世界最悪の女   作:野菊

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世界最悪の女、冒険をする 1

ご多忙にも関わらず、謁見は半日程で叶った。アバン先生の弟子ということで、優遇してくれたのだろう。

「女王陛下、ご機嫌麗しゅうございます」

だけど、今はアバン先生と一緒じゃない。以前来た時よりも、一層緊張した所作を心がける。

「我が師アバンより、この書物を女王陛下へと――どうかお納めくださいまし」

「堅苦しいのは結構よ」

「恐れ入ります」

差し出したのは、別れの時先生から預けられた『アバンの書』。旅の最中先生がずっと書いていたものだ。

もともとカール王国が保管していたものを、加筆修正のため先生が持ち出したのだ。カールに寄ることがあれば女王陛下に渡すよう言いつけられたのだが、こんな大切なものをずっと持ち歩くなんて恐ろしいことなど出来ない。すぐに徒歩とルーラを駆使して、カールの王宮にやって来たというわけだ。

「それで、アバンは? 相変わらずなのかしら」

「はい、今は私の後に入った弟子を育てています。魔法使いを目指す少年ですが、先生は見所があると申しておりました」

「そう、今度は男の子の弟子を取ったのね」

先生はとても素晴らしい人だ。思慮深く冷静で、機智に富んだユーモア溢れる紳士。性格は穏やか、ハンサムといわれる部類に入り、頭がよくて足も長い。なんといっても世界を救った勇者様。

だけど、私は毎朝焼きたてのパンを振舞ってくれる男なんてごめんだ。

こんなにも賢く、美しく、公平で指導力のある女性が、何だってあの先生にここまで執着しているのか、それを周囲がなぜ許しているのか、甚だ疑問である。

「本来であればアバン先生からお渡しするべきなのですが、そう言った事情があり、不肖の弟子が女王陛下へ献上に参りました」

いいや、先生ならルーラですぐ来られる。

麗しの女王陛下には、先生の性格など全てお見通しなのだろうが、私の立場を斟酌して頂いたのか、そこに触れることは無かった。

ご両方の関係は分からない。というか分かりたくもないし第一関わりたくない。

「確かに預かったわ。ご苦労だったわねソウコ――もうひとつ、こちらから用件があるのだけれど」

「はい」

「あなたが以前見せてくれたクリームのことよ。次女たちの間でもなかなか評判のようね。それで、ものは相談なのだけれど――」

 

アゼリアの花はカールの冬に咲く。

草丈50センチ程の棘のある茎に、品種によって紫もしくはオレンジの小さな花が、雪に混じって綻ぶ光景は、冬の風物詩。

摘んだ花びらを煮詰めると、濃紺と桃色の染料が出来る。

染料は生地や塗料、化粧品などに加工され、それらはカールが世界中に輸出している名産品だ。

生産には、多くの女手が必要になる。花摘み、洗い、煮詰め、布に晒し、絞る――それらは、多くの女性たちの貴重な収入源。家計を支えるため、彼女たちは手を荒らしながら、足に血を滲ませながら、アゼリアの花を摘む。

「侍女の知り合いが、手荒れが酷く膿んでしまい、指を開くことも出来なくなってしまったの。もう、何年も。それが、あなたのクリームを1月ぐらい塗り続けた途端、腫れが引いたというわけ。アゼリアに関わる労働者の手荒れや凍傷は、カールとしても深刻な問題だわ。そこで、あなたのクリームを一定量購入したいの」

確かに多少の殺菌効果もあるが、それほど酷い状況をあのクリームで治癒できるとは思えない。多分、その人の体質が大いに関わっているのだろう。

それを説明した上で、ひとつ提案をした。

「水仕事による手荒れや凍傷に効く薬を別に作ります。ただ、私一人で量産するというのは現実問題として不可能です。そこでレシピをカール王国に買っていただきたいのですが、いかがでしょうか? 」

女王は少し考えてから、頷いた。

「ここで即決できるとは限らないけれども――ちなみに、レシピはいくらで? 」

「100万Gです」

「ひゃっ――一100万!?」

近習たちもざわく。たかが塗り薬に100万だと――馬鹿らしい――がめつい女――あれでアバンの使徒とは――構わず私は続けた。

「アゼリアの産業に従事する女性が1万人いるとして、20Gで販売すれば5年で元は取れます」

「1万人? 」

「陛下、手荒れで悩んでいるのは、手が開かなくなるまで悪化した一部の労働者だけだとお考えでしょうか? 」

カールの生活水準がどんなものかは知らないけれど、アバン先生と旅をして私が見たこの世界の庶民たちは、みんな働いていた。

子供も、大人も、老人も。あのポップですら、初めて会ったとき、家の手伝いをしていたのだ。

もっと貧しい家庭であれば、10に満たない少女でも、貴重な労働力なのだろう。例えば、アゼリアを摘んで家計を支えたり。

「切傷と手荒れによく効く薬を作ります。きっと、多くの女性が欲しがるでしょう。この国でも、ほかの国でも」

100万Gは安すぎたか。もう一桁釣り上げても良かった。フローラ女王は賢い人。新たな収入源の可能性は見逃すまい。

「あなたの言うことは分かりました。ただ、先ほども申し上げたとおり、国庫からの出費には議会の承認が不可欠。審議が下りるまで、客室を用意するわ」

賢い女性は話が早くて助かる。

侍女に案内されている間、私の頭は100万Gの使い道でいっぱいだった。

 

最盛期はもう少し後だけれど、一面に広がる紫とオレンジの花畑は絶景で。

「早咲きの花は、一般的な染料にするには薄いのですが、神聖なものとして聖水の着色などによく利用されます」

解説するのは、滞在中の世話係として紹介された城勤めの侍女。どこまでも続くこの花畑は、彼女の実家が所有しているもので、作業風景を見たいと言ったら案内してくれた。フローラ女王はそれを見越して彼女を任命したのだろう。

世話係は実家の仕事をよく知っていた。必要な道具、真冬の水の冷たさ、どのような作業があるのかについて、詳しく教えてもらう。

実際の作業者とも話すことが出来、有益な時間を過ごすことができた。

労働者の年齢や環境も様々で、最盛期になるとオーザムから季節労働者が何人も来るそうだ。

実際の賃金も教えてくれた。彼女たちの手が届く金額で作れるものでなければ意味がないのだ。日給35Gという金額は、多いのか、少ないのは分からないけれども。朝から晩まで手ががさがさになるまで働いてでも、彼女たちにはその金が必要なのだ。

それから侍女は、アゼリアにまつわる物語を聞かせてくれた。

「この花は、アジルとリーゼという姉妹から生まれたといわれています。姉妹の家は貧しく、幼い2人は人買いに売られました。斡旋された仕事は過酷で、体を壊した姉妹は捨てられます。行き倒れたふたりを不憫に思った神は、その遺体を花に変えました。アジルをオレンジの花に、リーゼを紫の花に。やがて二つの色を持つ花は、カール中に広がりました」

そしてその花が今、カールの女性たちに職を与えているのだ。

 

城での生活は快適そのもの。

誰だって一度は憧れる。天蓋付きのベッドに、シルクのネグリジェ、薔薇を浮かべたお風呂。王子様――は、フローラ女王の手前遠慮しておこう。

「不自由は無い? 」

「とんでもございません。お心遣い痛み入ります」

「そう。兵士たちの士気も上がったみたいだし、こちらも助かるわ」

体がなまらないように、練兵に混ぜてもらったのは昨日の話。アバン先生のご威光のお陰で歓迎されたものの、所詮私のスターテスは盗賊。

模擬試合を申し込まれ、腕試しのつもりで引き受けた。渡されたのは試合用のひのきの棒。もともと長剣は苦手だし、そもそも、プロの兵士相手に勝てるとも思っていない。この人たちは、この国を守るために鍛錬を積み重ねて来たエリートなのだ。私とは、キャリアも出自も違う。胸を借りるつもりで挑んだ。

――予想以上の出来だった。

純粋なパワーや、技術では後れを取るものの、スピードとスタミナでは負けておらず。

1試合は酷いものだった。ただ、相手も大いに油断していたので、隙を付いて面一本。

2試合目、3試合目ではひのきの棒のリーチが上手くつかめず、防戦一色のすえ相手に一本を許す。

獲物に慣れてきた4試合目からは、スピードで掻き回し、相手の集中が乱れを待つという戦法でそこそこの結果。

ただ、向こうもプロの兵士だ。10試合目を迎えた辺りから、私のスピードや戦法に対する対策を取られ、やや劣勢。特に、鍔迫り合いになると不利だった。パワーでは劣るので、体勢を崩されて一本取られてしまう。

それならばと、ヒットアンドアウェイで対抗すれば、渾身の突きを繰り出され、ならばこちらも抜き胴を、するとあちらは足払い――といった具合で、結局30人近くと約80試合を行ったものの、勝敗に大差はつかなかった。

兵士たちも、まさかこんな小娘がそこまで食いつくとは思っていなかったようで、最後は賞賛してくれた。特にスピードとスタミナを。もちろん悪い気はしないのだけれど、すごいのは私じゃない、アバン先生だ。

素人の私を、1年でここまで育ててくれた。

「あの人は昔から人に教えるのが上手だったから。指導者としては最高なのよ」

その話をすると、女王も上機嫌になった。

そして確信する。

苦手な長剣でも、これだけの成果が出たのだ。得意武器である短剣や投げナイフ、呪文、そして毒を駆使し、組み合わせれば、もっと上手く戦えるはず。つまり、実戦ではそれなりのレベルになっているだろう。

戦える、彼らと――首元に下げたアバンのしるしを強く握り締めた。

例え魂の色は濁っていても、彼らの役には立てるはず。

 

先生と別れてすぐ、好奇心でアバンのしるしを光らせてみた。私の思いはただひとつ。

勇者を1人にしない。

 

「あっ――」

 

アバンのしるしは、黒く光った。




ここからは暫くオリキャラが出てきます。
予定ではこんな感じ。

カール 1話(原作キャラ出る)
オーザム 1話(原作キャラ名前のみ)
ベンガーナ 2,3話(原作キャラ出ない)
ロモス 1,2話(原作キャラ出る)
パプニカ 1話(原作キャラ出る)

このあとマトリフ編→原作突入を予定しています。
ダイの登場までもう暫くお待ちください。

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