世界最悪の女   作:野菊

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世界最悪の女、アバンの使徒に出会う 2

その日私は、レイラさんとふたりで毒消し草を摘みに行った。村に来る途中見つけた群生地まで。村の人たちはこの場所の事を知らなかった。多分、2,3年くらい前に風で種子が飛んできたのだろう。

普通はこのまま食すか、磨り潰して患部に塗るのだが、色々試した結果一度干したものを煮詰め濾過した液体を飲むほうが効果的だということは分かっていた。

「あなた、どこでそんな知識を? 」

「――それより、聖水の作り方、詳しく教えてください」

カールのマジックショップの女店主の言うとおり、聖水には一部の粉を固める作用があった。固まりやすい粉もあれば、そうでないものもあり、その規則性は分からないけれど、色々試してみた中では、安価で一年中手に入りやすいエンジ芋を粉にしたものが、特に固まりやすいということが分かった。

この世界には、錠剤がない。もう少し実験をする必要はあるが、上手くエンジ芋粉と粉薬を混ぜることが出来れば、色々な薬を錠剤に加工することが出来る。

ただ、聖水は高価すぎた。

「そうね。一般的には、教会で一番位の高い僧が、聖杯に汲んだ水に向かって祈るのよ。ただ、水にも条件があって、聖水にならないものもあるわ。だから、昔から聖水になる水が沸く場所に教会が立ち、町が出来るのよ」

なるほど、つまり電気分解で液体の性質を変えることに近いのかもしれない。水質と聖杯の材質、祈りという名の外的刺激によって、状態変化を発生させる。であれば、聖水の原料となる水の成分、それから聖杯の原材料が分かれば、大量生産が可能かもしれない。ただ、祈りと言う言葉が気になった。高僧の祈りに、私たちには図り知れぬ力があるのならば、それは再現不可能なのだから。神の力が大いに作用するこの世界に、私の知っている科学はどこまで通用するのか――考え込んでいると、レイラさんの笑い声。

「あなた、やっぱり変っているのね。そういうところ、少しだけアバン様に似ているわ」

「え? 」

「そうね、急に黙って考え込んで、私たちとは違う次元で答えを出そうとするところ」

「はあ……」

「そんな時、夫はいつも歯がゆそうにしていたわ」

レイラさんは少女のような顔で、かつての戦いの日々に思いを寄せていた。私などでは想像もつかない、きっと辛くて、苦しいことだらけだった魔王との戦い。その最前線に、この人は立っていたのだ。

 

そしてそれは、いずれ私にも訪れるのだろう。

そのためにここに来たのだから。

 

「あなたが来てから、マァムは変わった。ロカが死んでからは特に、私を支えるため、自分を押し殺すようなところがあったの。だけど、あなたの前では年相応の振る舞いをして。ふざけたり、怒ったり、我侭を言ったり――あなたを通して、今まで目を瞑ってきた色々な事に目を向けるようになった」

レイラさんは、どこか寂しそうだった。なにか、大きな予感があるのだろう。そしてそれは、実現する。かつて相対した魔王の復活と共に。

「……マァムは、いずれ世界がマァムを求める日が来ると思います。だけど――」

続きは、言葉にできなかった。差し出がましい。

慈愛を象徴するアバンの使徒の母親は、誰よりも広い心で、全身全霊を掛けて娘を愛しているうい。

そんなマァムが、少しだけ羨ましい。

 

そしてとうとう、この素晴らしい村を旅立つ日が来た。

先生の教えの元、マァムは目に見えて力を増した。私はとっくに追い越されていて、初日に組み手を行った時は翻弄していたのに、今ではもう、3本に1本勝てるかどうか。私と彼女とでは、もともとのスペックが違うのだろう。

「マァム、あなたはこの数日で、めきめきと力を上げました。私はもう、何もいうことはありません。あなたが得た力で、これからもどうかこの村を、レイラを助けてください」

卒業の言葉を、マァムは少し涙ぐみながら聞いていた。

そして、先生は懐から、ネックレスを取り出すと、マァムの首にそっと掛けた。

物語の重要アイテム、アバンのしるし。

受け取ったマァムは、どこか誇らしげで、その顔には今までにない自信があった。

「それから、これを」

先生が魔弾銃を差し出すと、しかしマァムはそれを恐れ、拒んだ。

先生は優しく彼女を嗜める。

名シーンだ。だけど私は、ふたりをまっすぐ見ることができずにいた。

マァムは尚も戸惑い、私のほうをじっと見る。

 

「なら、頂戴」

 

気付けば、私の口は勝手に動いていた。

 

「いらないなら私に頂戴、マァム」

 

なんて事をいってしまったのだろう。

これは、とても大事なところで。マァムの性格や、先生とマァムとの絆を象徴する重要な――。

「あなたが使わないのなら、私が使う。だけど、それじゃあ誰も救えない」

重要なシーンなのに。

「あなたの大切な人が、あなたの目の前で苦しんでいて、もしもそれが力で解決できることだとしたら――だけど、あなたの力は私が持っている。遠く離れた場所にいる私が。それで誰も救えなくても、あなたはそれでいいんでしょう? 力を使いたくないというその場限りの自己満足で、大切な人を守れなくなることを、あなたは選ぶのでしょう? 」

マァムは私を見た。私もマァムを見た。今度は目を逸らさず。先生はきっと、二人を見ている。

「誰かを傷つけることでしか、大切な人を守れないとしたら、あなたは躊躇なく『誰か』を傷つけない事を選ぶ。誰も守れず、救えない事を――それがあなたの……あなたの」

私の方に、暖かい手が置かれた。レイラさんの手だった。ごめんなさい、私はあなたの一番大切なものを傷つけ、そして否定した。

だけどレイラさんは、そんな私に「ありがとう」と言った。

先生は、再びマァムに魔弾銃を差し出す。

 

「正義なき力が無力であるのと同時に、力なき正義もまた無力なのですよ」

 

マァムは次こそ、躊躇せず受け取った。そして私をじっと見詰めて――。

 

「――――――」

 

言葉はない。

お互い駆け寄って、抱き締め合う。

ただそれだけで充分だった。

 

先生の思い。レイラさんの愛。マァムの覚悟――この村の全ては優しすぎて。

 

それが、アバンの使徒との初めての出会と、別れ。

 




複数箇所でものすごい間違いをしていました。
申し訳ございません。

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