世界最悪の女、ダイの大冒険の世界に行く 1
町は森から案外近く、人々の息吹にほっとした。
ここがどんな世界かは、分かっている。ここに来るまでに、スライムと3回出くわしたのだ。初期装備に竹の槍なんてあんまりだと思っていたけれど、何もないよりはマシだった。
「ドラクエか……弟が好きだったよな」
今頃、大層肩身の狭い思いをしていることだろう。両親に関しては自業自得としか言えないけれど、彼にだけは申し訳ない。
血が繋がっていないとはいえ、姉が死刑囚だなんて。
セオリー通り教会に向かうと、礼拝が行われていた。大抵の日本人宜しく、世界の人々から見ると特殊な宗教観を持ち合わせている私は、なんら抵抗なく一番後ろの空いている席に座り、神父のお説教に耳を傾けた。
神はいつでも、私たちを見守っています――。
その通り。あと、神って割りとイケメンだよ。
厳かな時間が終わると、人々は立ち上がり、静かに教会を後にする。タイミングを見計らって、私は扉を押さえるシスターに声をかけた。
「あの、冒険の書は、どちらで記録していただけるのでしょうか? 」
「は? 」
なるほど、さてはI方式か。それとも、ポータブルに対応した中断の書形式? いや、そもそも主人公でもなんでもない私に、セーブだとか全滅後の復活といった特典は採用されないのかもしれない。
とにかく、情報が必要だ。
なにをすればいいのか、どこに行けばいいのか全く分からないのだから。
所持金は200G。いくつかの店を見て回った結果、大体1G=100円 と言ったところか。
まずは、腹ごなしを兼ねて定食屋へ入った。
「いらっしゃい! 1人? カウンターでいい? 」
丁度混み出してきたころだ。何となく目に付いた魚定食、それから水を注文する。計4G。
水が有料だなんて、日本だったら炎上確実だ。
「お嬢ちゃん、見ない顔だね。旅の人? 」
お嬢ちゃん? まあ、日本人は若く見えるようだけれど。私は適当に返事をした。
「じゃあ、知らないだろうけれど、ここから南西にある山には近づかないほうがいい。最近山賊が出るって話だ。オレ達もリンガイアに荷運びが出来ず、困っているんだ」
――はい、フラグ来ました。
はじめのミッションは山賊退治……って、結構ハードル高いな。その前に何かあるのかも。そして十中八九山賊の名前は――
「カンダタ一味も困ったものだ」
「せっかく勇者様が魔王を倒し、世界が平和になったというのに」
なんか、すごい重要ワードが出た。そこもっと詳しく。勇者について詳しく。
「はい、魚定食お待ち」
いい匂い。
箸を持つ手が震えた。出来たてのご飯を、ゆっくり食べるなんて、いつ振りだろう。
ゆっくり、魚を口に運ぶ。薄い塩の味が口の中に広がった。現代人には物足りない薄味に感じるかもしれないけれど、塀の中の食事に慣れ親しんだ私には充分だった。
次はご飯を。味わおうと口の中に運んだ瞬間、その希望は隣席からの爆弾によって打ち砕かれる。
「勇者アバン様が来て、山賊一味を懲らしめてくれないかな」
ごふっごふっ――水、注文してて良かった。
アバン様って事は、ダイの大冒険――なんと言うことだ、物語のエンディングが頭によぎり、私は最終目的を理解する。
食堂を後にしてから、更に情報を収集した。
魔王の呪縛が消え、モンスターが人を襲うことはなくなった。ただ、人里から離れた森や山奥、洞窟内には、野性化した低級モンスターと遭遇することもあるようだ。
森の中でスライムに遭遇したのは、そういう理由らしい。
カンダタ一味が現れるのは、南東の大都市へ繋がる山道。荷馬車や旅人を襲うのだ。正直あの変態と接触するのは勘弁だけれども、それ以外にあてもないので、とりあえずの目標ということにした。必ずしも山賊と戦うと決まったわけでもないし。
山賊一味の規模は、カンダタを筆頭に20人前後。それくらいの規模なら、町で自警団なり組織すれば壊滅できそうだが、そうもいかない理由がある。
カンダタたちが根城にしている山奥の洞窟には、モンスターが住み着いているのだ。カンダタはモンスターを飼いならし、お陰で討伐に向かっても、カンダタとモンスターに返り討ちにされてしまう。
とりあえず、スライム相手にレベル上げして南西の山に向かうことにした。
そのために、武器と防具の整理。竹の槍と布の服では心許ない。
まずは武器屋に赴いた。
「ゲームだったら、銅の剣一択なんだけれど……」
実物は、ごついこと。
使いこなす自身が持てず、結局ブロンズナイフ80Gを購入し、店を後にした。
次に道具屋へ。実は先ほどスライムと戦った後、薬草1個ゲットしていた。4個買い足し計32G。残金が心許なくなってきたが、防具屋にも足を運ぶ。
初めて知ったのだが、例えば同じ「布の服」といっても、デザイン違いが複数有るらしい。今私の服装は、ブラウンのワンピースにレギンス。腰にバックルタイプのナイフホルダーを巻きつけ、足元はブラウンのシューズ。生地は普通の布。
これが旅人の服になると、全く同じデザインでも、生地が厚くなり、手袋やマントが付くのだ。スライムの体当たりなら、吸収されるくらいの装備。
「旅人の服、70Gか…」
残金が心許ない。G入手の当てがない今、出費は抑えるほうが賢明だろう。そう思い、店を出ようとしたところで、店主に声をかけられた。
「お嬢ちゃん、この服流行っているんだけど、よく似合うんじゃないか」
また、お嬢ちゃんですか。
別に、布の服は不要ですから。というか確かに可愛いけれど――店主が差し出したのは、スイスの民族衣装のようなデザインだった。襟元フリフリのブラウスに、赤いビスチェと揃いのスカート。裾には可愛らしい刺繍が施されていた。
いくらなんでも、年齢的にきつい。
「ほら、鏡であわせて」
なんだこの拷問は。断りつつ鏡を見て、私は再び、本日数度目の驚愕を味わった。
「っっっっっ!!!!!!」
「ほーら、お嬢ちゃんにぴったりだ」
鏡に映ったのは、私だ。見覚えがある。だけど――「おじさん!!」思わず、店主の胸元につかみかかる。
「今、私幾つに見えますか!?」
「はあ? 」
突然の質問に、店主は面食らったが、私の様子に真剣な顔で答えてくれた。
「そりゃ、15,6じゃないか」
ダイの大冒険の世界に迷い込んだ私は、なぜか若返っていた。