ドラゴンクエストV 天空の俺   作:az

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第6話

 酒場を出た後、リュカが「お酒っておいしいの?」と言い出した。

 

 いきなりのクエスチョン。当たり前だがリュカはまだ六歳。お酒の味を知らないお子様である。むしろ、この年で知っていたら逆に怖い。ヤンキーの子供ではあるまいし、とにかく今までリュカには酒を飲んでみる機会など皆無だったようだ。パパスは意外と酒好きのようだが、酔っ払ってもリュカに飲ませたりはしないからね。

 

 ビアンカはお姉さんぶって「子供にはのませてもらえないくらいだから、おいしいに決まってるわ」とか言っていたが、ビアンカも飲んだことがないのは明白だった。

 

 リュカもビアンカも飲酒経験はなし。残る俺は、中身は二十八歳。つまり超大人。精神年齢だけはバリバリの成人男性である俺は、もちろん現実世界で飲酒を経験済み。酒豪やザルと言えるほどではないが、カクテルやチューハイなどの甘めの酒が好みで、それ系なら一晩中でも余裕で飲める。

 

 あ、ビールは飲めないこともないけど苦手です。ウイスキーやワインは好きでも嫌いでもないです。日本酒は甘口ならどんとこい。とにかく、俺はそれなりに大人の味を知っている男なのだ。

 

「いいか、リュカ。酒は子供のうちは不味いとしか感じない。だが、大人になればなるほど美味くなるんだぞ。お前にもいつか分かるさ」

 

 かっこつけてそう言うと、リュカは「ほへー」と珍妙な声を上げて感心していた。

 

「それでも、やっぱり子供だけで酒場にくるなんてよくないわよね」

 

 ビアンカは不満そうだが、そう言われても俺は中身は大人なんだ。分かってくれ。この体では酒は飲めないが、せめてバニーさんくらいは見たい年頃なんです。

 

「お酒かぁ。僕もいつか、お酒のんでみたいなぁ」

「ま、子供が酒飲んでも怒られるだけだし、いつかリュカが大人になったらな」

 

 俺はリュカにそう答えると、ターバンの上から頭をくしゃくしゃっと撫でてやった。

 

「もう~! ユートは時々、僕を子供あつかいするんだから! 僕はそんなに子供じゃないよ!」

「いや、だってお前、どこからどう見ても子供だろうが」

「ユートだって僕と同じくらいの年じゃないか。もうっ!」

 

 はっはっは。俺は中身は二十八だぞ。舐めんな小僧。純度百パーセントのお子様である君とは雲泥の差です。格が違うのだよ、格が。

 

「そうだわ! 大人になったら、みんなでまた一緒にここの酒場にきましょうよ!」

 

 いい事を思いついたとばかりに、ビアンカが声を上げた。

 

「大人になれば、怒られずにお酒がのめるんだよね? うん、僕もまたみんなできたいなって思うよ」

「あー、そうだな。大人になったらな」

「みんな、約束だからね! わたしだけ仲間外れにしたらゆるさないんだから!」

 

 こうして、子供同士(若干一名中身は大人)で秘密の約束が交わされた。この約束が果たされるかどうかは、今はまだ分からない。俺は原作知識で未来を知っているとはいえ、万能の神ではないのだ。そもそも、俺という存在自体がすでにこの世界ではイレギュラーである。原作通りに全てが進むという保障はどこにもない。願わくば、望ましい未来を引き寄せられることを祈ろう。

 

 それにしても、大人になったら、か。子供らしい台詞だが、感慨深いものがあるなぁ。俺も子供の頃はいつか大人になったら何がしたいとか、色々考えていた気がする。ま、俺はもう実は大人なんだけどな。無粋なことは言わないでおこう。

 

「俺は、その時はビアンカにお酌でもしてもらおうかな」

「お酌ってなぁに?」

「あー、えっと、女の人が男の人のグラスにお酒を注いであげること、かな?」

「ふ~ん。別にそれくらいならいいわよ」

「おう。楽しみにしてるぞ」

 

 ビアンカは将来はリュカの嫁候補とはいえ、美女になるのは確定している。美女のお酌を今から予約できたのは僥倖かもしれない。もしリュカと結婚した後でも、人妻相手というのもそれはそれで味がある。

 

「ビアンカばっかりずるい! なら、僕もユートにお酌する!」

「ちょ、おい、おま!? 俺の話を聞いてなかったのか!? いいかリュカよ、よく聞け。もう一度言うが、そもそもお酌ってのは女の人が……」

「ずるいずるいずるい! 僕もやるったらやる! ビアンカだけずるい!!」

「いや、だからね。お酌は別に遊びとかじゃなくてね。大人同士のコミュニケーションというか、心と心の会話というか、無言の語らいというか、何というか」

「僕もやる~!!」

「話を聞いてくれ……」

 

 駄々をこねるリュカを宥めつつ、俺達は夜に向けて準備を整えることにした。

 

 武器屋、防具屋、道具屋と順に回り、必要な物を購入していく。ビアンカはどこから調達してきたのか、最初から武器防具の一式は持っていたので、とりあえず俺とリュカの装備を買うこととなった。

 

 まずは武器屋。リュカが銅の剣を買ったので、俺はお下がりとして樫の杖をゲット。これでついに、俺の装備が素手から変更された! ついに俺の時代がやって来たのだ。思えば長い道のりだった……。これでもう、あの全ての武を捨てたグルグルパンチを使わなくて済む。樫の杖を使って、魔物どもをタコ殴りにしてくれるわ。

 

 次は防具屋。リュカは皮の鎧を買ってマントの下に仕込み、俺は今まで着ていた布の服を旅人の服へと変更した。旅人の服を着てみて驚いたが、布の服とは明らかに違う。耐久性があるのに軽く、おまけに肌触りも素晴らしいというパーフェクトな衣類だ。長く旅人達の間で愛されてきた装備というのも、納得の理由だ。

 

 なお、お金はリュカとビアンカが出してくれました。最近の子供ってお金持ちですね。セレブですね。女子供に養われる俺。人、それをヒモと呼ぶ。情けないこと、この上ない。俺も自分の装備代くらいは自分で出そうと思ったのだが、懐に貯蓄しておいたゴールドを数えてみると四十ゴールドしかなかった。武器屋でも防具屋でも、四十ゴールドでは何も買えない。一番安い竹の槍ですら五十ゴールド。俺は心の中で涙した。

 

 一方、リュカは俺とは比べ物にならないくらいリッチだった。全部数えたわけじゃないが、パッと見で五百ゴールドくらい持ってました。サンタローズの洞窟で魔物と戦っているうちに、気がついたらお金が貯まっていたそうです。

 

 うわー、すごいねー。びっくりだねー。所持ゴールドを比較すると、単純計算で俺の十倍以上魔物倒してることになるねー。もうお前、魔物狩ってるだけで一生生活できるんじゃね? どこのモンスターハンターですか。生活力ありすぎだよ、リュカ。君の将来が心配です。あ、将来は王様ですか。そうですか。

 

 神は死んだ。まさに格差社会の富と偏在を、しみじみ実感した瞬間であった。ちなみに、これだけ買ってもリュカにはまだ懐に余裕があったらしいが、結局盾や兜の類は購入しなかった。本人に理由を聞いてみると「だってこれ以上は重そうだし」とのこと。要約すると、戦う時に邪魔になるかもしれないということだ。ゲームとは違い、無駄にリアルな理由に俺は少しだけ悄然とした。

 

 最後に道具屋。薬草と毒消し草を少量だけ購入。リュカはホイミが使えるので、あまり薬草の個数はいらないのだ。一応毒消し草も買ったけど、どうせリュカはすぐにキアリーも覚えるんだろうなぁ。俺なんてまだレベル1だぞ。せめてホイミくらい俺にも使わせろ。リュカばっかりずるいぞバーローと、嘆いてみても仕方がない。俺は大器晩成なのだと、今は信じるしかないのだ。

 

 とにかく、これにてお買い物タイムは終了。後は宿に戻って夜を待つばかり。

 

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時……というほど、遅い時間ではないが、とにかく夜。宿屋の一室で仮眠を取っていた俺とリュカは、ビアンカによって起こされた。

 

「リュカ、ユート、起きて……。起きて……」

 

 声を潜めて話し、体を揺すってくるビアンカ。同じ部屋にはパパスも寝ているので、慎重になっているようだ。リュカは名前を呼ばれただけですぐに起きたようだが、俺は違った。家の隣に住む幼馴染の女の子が、登校前に起こしてくれているというシチュエーションを妄想してしまって、ビアンカが「ユート! いいかげんに起きなさいよ!」と耳元で怒鳴るまでベッドで寝たフリを続けてしまったのだ。思わずベッドから転げ落ちそうになった。

 

「ようやく起きたわね、ユート」

「耳元で怒鳴るなよ。耳の奥がキーンとするぞ、おい。パパスさんが起きたらどうするんだよ……」

「おじ様はぐっすり眠っているわ。それに、あなたが起きないのが悪いんでしょ。リュカはすぐに起きたわよ」

「確かに起きてるけど、リュカは絶対まだ半分寝てるぞ。それに俺は寝起きが悪くて」

「知らないわよ、そんなの。じゃあ、早く行きましょう」

「んー? どこへ?」

 

 分かっているが、わざと聞いてみる。

 

「どこへって? もちろん、レヌール城へよ。お化け退治をして、あの猫さんを助けてあげなくちゃ。レヌール城は、この町からずっと北にあるそうだわ。リュカ、ユート、準備はいいわね? さぁ、ぐずぐずしてないで行きましょう」

 

 ビアンカは意気揚々と。

 

 俺は耳鳴りでフラつく頭を抑えながら。

 

 リュカは半分寝ぼけ眼で。

 

 一路こっそりと、宿を抜けた。

 

 目指す先はレヌール城。お化けが出没し、魔物が跋扈するという噂の場所。だが、どんな困難があろうとも、突き進むのみ。俺の行く手を遮ることなど、誰にもできはしないのだ。さぁ、いざ行かん!

 

「ちょっとユート! そっちは酒場よ! レヌール城に行くんでしょう!?」

 

 しまった!? また足が勝手に!?

 

「しかし、俺はあえて酒場に行く!」

 

 バニーさんを一目見てから出かけたい。ただ、それだけだ。この思いは、あくまでも純粋なのだ。

 

「いいかげんにしなさい!!」

「あ、痛ッ!? 痛たたたたたたたッ! ちょ、おい、耳! 耳を引っ張るなビアンカ! ちぎれる、ちぎれてしまう!?」

「いいから早くくるの!」

「分かったから離して!?」

「ダメ!」

「何故に!?」

 

 俺はビアンカに耳を引っ張られながら、町の入り口まで強制連行されていった。宿屋から大通りを道なりにまっすぐ進むと、すぐに町の入り口へと到着だ。

 

「やっぱり寝てる……。外に出られるのはいいけど、ちょっと不安になるよね」

 

 ビアンカの言葉通り、町の入り口では見張りの兵士が大の字になって熟睡していた。鼻ちょうちんを垂らしながら、幸せそうな顔で寝言を呟いている。

 

「おのれ、怪物め! 町には入れさせないぞっ! ムニャムニャ……」

 

 どうやら夢の中では大バトルの最中のようだ。それにしても、ムニャムニャとか寝言で言う人初めて見たよ俺は。本当にいるもんだね。うーん、貴重なものを見た。

 

「んじゃ、見張りの人が寝ている隙に通ろうか……って、おい」

「どうしたの、ユート?」

 

 突然立ち止まった俺を、ビアンカが不思議そうな顔で見ている。

 

「早く行かないと、見張りのおじさんが起きてきちゃうわ」

「いや、それは分かってるが、リュカはどうした?」

「リュカならわたしの後ろに……あら?」

 

 ビアンカが振り返るが、そこには誰もいない。目を凝らして辺りを見回してみても、どこまでも夜の闇が広がっているばかりだ。

 

「リュカったら、どこに行ったのかしら?」

「こ、これはもしや……」

 

 俺はごくりと唾を飲み込んだ。

 

「ビアンカ、もしかしたらリュカは……」

「え、何? どうしたの……?」

「リュカは……」

 

 声のトーンを落とし、ビアンカの目をじっと見つめる。

 

「な、何よ……? どうしたのよ……?」

 

 俺のただならぬ雰囲気に何かを察したのか、ビアンカの顔に焦りと怯えが浮かんできた。かわいそうだが、ビアンカには真実を伝えねばなるまい。たとえそれが、どんな結果をもたらすとしても。俺にはそれを伝える義務があるのだ。

 

「あそこだ……」

 

 俺はある方向を指差して、ビアンカに残酷な真実を宣告をした。

 

「リュカは…………宿屋の……ドアの前で寝ている」

 

 何ということだろう! 夜更かしに慣れていないお子様のリュカは、宿屋のドアにもたれかかって寝息を立てているではないか! おお、神よ! 眠気に敗北してしまった、あわれなお子様をお許しあれ!

 

「ユートの馬鹿! おどかさないでよ、もう!」

 

 ビアンカはプンスカと怒りながら、宿屋の方へと駆けていく。

 

「いたい、いたいよビアンカ!?」

 

 しばらくすると、リュカも耳を引っ張られながらやって来た。うんうん。あれは痛いよなぁ。気持ちは分かるぞ、リュカよ。

 

「これでやっとみんなそろったことだし、行きましょうか」

「あぅ……。耳がいたい……」

 

 痛みのショックで完全に目が覚めたのか、もうリュカの顔には眠気は残っていない。目には少し涙が浮かんでいるが、それはまぁ仕方ない。文句はビアンカに言ってくれ。

 

「んじゃ、出発~」

 

 俺の掛け声に合わせ、みんなで一斉に町の外へ向かって歩き出した。

 


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