ドラゴンクエストV 天空の俺   作:az

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第2話

 翌朝目覚めると、そこは見知らぬ部屋だった。

 

「知らない天井だ……」

 

 いや、本当は知ってるけどな。とりあえずお約束ってことで。

 

 見知らぬ部屋だと起き抜けに感じたのは嘘ではない。何しろそこは今まで長年親しんできた日本にある安アパートの一室ではなく、ドラクエ世界の家の中だったからだ。具体的に言うと、サンタローズ村のパパスさん家です。

 

「う~ん」

 

 眠気覚ましのために、ベッドで体を起こして大きく伸びをする。背中の方から、パキパキと小気味の良い音が聞こえてきた。

 

「さて、と……。今からどうするかな……」

 

 何の気無しに隣のベッドを眺めてみる。リュカはまだ寝てるかな……って、あれ?

 

「いない?」

 

 どこかに遊びに出かけたのだろうか? 子供は元気だなぁ。昼前から外に出かけて遊ぶとは、さすがお子様。

 

 いかん、思考が爺臭い、とは思ったが、中身は三十路前なんだから仕方ない。んでも、どうせ遊びに行くなら俺も連れて行ってくれたらよかったのに。つれないぞ、リュカ。

 

「おや? ユート坊ちゃん、お目覚めですか?」

「あ、サンチョさ……じゃなくて、サンチョ。おはよう」

「はい、おはようございます」

 

 笑顔で返してくれるサンチョ。思わずさん付けして呼びかけたが、何とか言い直した。

 

「よくお休みになられていましたね。きっと、かなりお疲れだったんでしょう。あ、そうそう。テーブルの上に、朝食の用意ができていますよ」

「おおぅ! やったぜ朝ご飯!」

 

 俺はベッドから飛び起きると、すぐさま朝食を頂くことにした。あ、もちろんちゃんと手を洗ったりはしましたよ?

 

 サンチョは「ユート坊ちゃんは偉いですな。リュカ坊ちゃんは時々、手や顔を洗うのを面倒くさがるんですよ」と苦笑していた。やはりリュカはまだまだお子様のようだ。ま、俺とは違って見た目と同じく中身も六歳なんだから当たり前か。

 

「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末さまでした」

 

 サンチョの作る朝食は予想通り美味しかった。肉や野菜をふんだんに使いつつも、素材の味を生かした調理法で、特にスープが絶品だった。食材の美味しい部分だけを全て抽出して詰め込んだような、そんな味のスープ。こう、舌の上でシャッキリポンと踊るような味? 自分で言ってて意味が分からないが、とにかく美味だった。

 

 美味だったが……肉は普通に牛や豚や鳥の肉だよな? ドラクエ世界だけに、魔物の肉とかじゃないよな? いやいや、確かにドラクエの魔物の中には食えそうなのとかいるけども。例えばおばけきのことか、いっかくウサギとか。スライム辺りは、見た目通りゼリーみたいな食感で甘い味がしそうだ。それともクラゲみたいな淡白な味なのだろうか? あれだけプルプルした体だから、コラーゲンを多く含んでいそうだ。もしかすると、スライムって食せば美容や健康にいいかもしれない。

 

「今度食ってみるか……」

「は? 何をですか?」

「あ、いや、何でもないですよ?」

「はぁ……。そうですか……?」

 

 俺の呟きがサンチョの耳に入ってしまったので、とりあえずごまかしておいた。危ない人と思われないためにも、スライム食用化計画は封印しておこう。

 

「ところで、今家の中にはサンチョと俺だけしかいないのかな?」

「はい、そうですよ。旦那様は昨日と同じく、所用でお出かけですが夜には戻られるはずです。リュカ坊ちゃんは、村の中を探検してくるとか言っておりましたな。あまり危ない場所には行かないようにしてほしいものですが……」

「リュカは探検か……」

 

 サンチョが心配するのも頷ける。何しろリュカというお子様は、齢六つのくせに平気で大冒険をやらかす男だ。夜のレヌール城行ったり、妖精の国に行ったりとかなー。もしかして、このままリュカの側にいたら俺も一緒に行くことになるのだろうか? 妖精の国はともかく、レヌール城は行きたくないぞ、おい。ビアンカと一緒に、墓の中に生き埋めにされる光景が目に浮かんでくる。

 

 い、嫌だ。それは嫌だ。生き埋め超怖ぇー。埋まりたくねぇー。

 

 俺はずっとサンタローズで暮らす! サンチョのご飯食べて、適当に遊んで寝る毎日を満喫してやる! ダラダラ過ごすんだ! ビバ、居候生活!

 

 まぁ、どうせ無理だろうけどな。何だかんだ言っても、最終的にはリュカに引っ張られて強制連行されそうな予感がする。

 

 そういえば、今はまだサンタローズにみんな滞在中だから、最初のイベントは確か……洞窟? ダンカンさんのための薬を取りに行った人が洞窟の中から出てこないから、リュカはその人を探しに、サンタローズ奥の洞窟の中へ……?

 

 うん、恐らく間違いないな。あいつのことだから、村の中の探検だけでは飽き足らず、いきなり洞窟まで行ってそうだ。主人公補正のお子様パワー炸裂だな。

 

 俺も付き合うべきなんだろうか? でも、魔物怖いしなぁ……。スライム一匹に勝てない俺が行っても、そもそも役に立たないんじゃなかろうか。ま、それはともかく俺もずっと家の中にいても仕方ないし、少し出歩いてみるか。

 

「じゃあ、俺もちょっくら村の中を散歩してきます」

「はい、気をつけて行ってらっしゃいね、ユート坊ちゃん」

「行ってきまっす!」

 

 少しわざとらしいかなと思ったが、子供らしく元気に返事をして家の外へ。まずは、適当に歩き回ってみるか。

 

 

 

 

 サンタローズ村。人々は純朴で穏やかで、大きな争いもなく平和に過ごしている。畑を耕し、大地の恵みを神に祈り、夜になれば酒場で一杯やりつつ笑い合う。古きよき日本の田舎町を彷彿させるような、ここはそんな村だった。

 

 出会う人は、誰もがみんな親切。パパスが俺の保護者というのが、その最も大きな理由だろう。なんでも、ここサンタローズの村はパパスを中心として拓かれていったらしい。村人達から絶大なる信頼を誇るパパスの家族扱いともなれば、好意的にされるのも納得だ。適当に歩いているだけでも、向こうから声をかけてきてくれたりする。ちなみにサンタローズ村での主だった会話内容をいくつか抜粋すると、こんな感じ。

 

「坊や、知ってるかい? 武器や防具は、持ってるだけじゃダメなんだぜ。ちゃんと装備して、初めて使いこなせるってわけさ!」

 

 当たり前のことを言うなと。こっちが子供だからと思って、馬鹿にしてないか? こちとら中身は三十路前だぞチクショウ。

 

「ありゃりゃ? 宿帳に、おかしないたずら書きがしてあるぞ。坊やじゃないだろうね?」

 

 違います。そもそも悲しいことに、俺はこの世界の字をまだ読み書きできません。泣きたいです。むしろ泣いてもいいですか?

 

「薬を取りにいってくれた人がまだ戻ってこないのよ。本当は誰かに探しにいってもらいたいけど、パパスも忙しそうだしねぇ……。坊やに頼むわけにもいかないし、誰か洞くつの奥まで様子を見にいってくれる人はいないものかねえ……」

 

 自分で行けよおばさん。とは、口が裂けても言えません。この話はリュカも聞いたんだろうなぁ。やっぱり今頃は洞窟大冒険中か、リュカよ。

 

「うー、さぶい、さぶい……。もうすぐ夏だっていうのに、この寒さはなんだろうね……」

 

 確かに肌寒いなー。あー、これはあれか。妖精の国で春風のフルートが盗まれたせいで、季節が巡ってこないとかいうアレか。んで、助っ人探しのために妖精であるベラって女の子がやってくると。妖精は大人には見えないから、いたずらして気付いてくれる人を探してるんだったな。俺は外見は子供だが、中身は大人だ。果たして妖精の姿は見えるのであろうか? 全然関係ないけどベラって名前、某妖怪人間みたいだよね。

 

 ……とまぁ、こんな感じであった。村人達の話を大雑把にまとめると、現在サンタローズ村で起こっている事件は全部で三つ。

 

 一つ目。謎のいたずら大発生。

 

 二つ目。謎の気温低下。

 

 三つ目。謎の……はいらないや。洞窟まで、ダンカンさんのために薬を取りにいった人が戻ってこない件。

 

 リュカが洞窟の中へと入って行ったという目撃談もありました。やっぱりかよ、おい!? 昨日旅から戻ってきたばかりで、いきなり大冒険に出かけるんじゃないよ。たまには家の中で遊べと言いたい。声を大にして言いたいね。何でそんなに野性的なんだよ。俺なんて、ずっと家にいても平気だぞ! 一年だろうが二年だろうが外に出なくても余裕だ! ちなみに、人それを引きこもりと言う。

 

 村の人達の中には、俺をパパスの新しい子供かと勘違いしてくる人もいた。ちゃんと訂正はしておいたが、何となく気になって理由を聞いてみると「坊やもパパスさんやリュカ君と同じ髪の色だしね。てっきりリュカ君の兄弟かと思ったよ」とのこと。

 

 髪の色を指摘されて、初めて俺は自分が黒髪のままなんだと知った。どうやら、元の日本人としての体がそのまま子供化してしまっただけのようだ。どうせなら、美形キャラに憑依とかやってみたかった。いや、別に将来イケメン確定なリュカが羨ましいとか、そんな理由じゃないですよ? 本当だよ?

 

 あれ? そういえば元の体が縮んだだけってことは、今の俺は丸々と平凡なだけの一般人? せっかくドラクエ世界に来てるのに、魔法とか一切使えないのか?

 

 いかん、それはいかんよ君。リュカなんて、職業欄が「パパスの息子」から「グランバニア王」を経て最終的には「勇者の父親」までバージョンアップするというのに!

 

 俺の今の職業は……とぼんやり考えてみると、唐突に頭の中に「居候」という単語が浮かんできた。居候とはその名の通り、居候である。職業の名称なのか、これ? 居候の身分がなくなれば「無職」か「遊び人」くらいしか名乗れないのが情けない。

 

 ドラクエはドラクエでも、ここの世界には転職できるダーマ神殿が存在しない。要するにこのままだと、俺は職業欄が「無職」→「居候」→「遊び人」で終わってしまう。そんな気がする。最初が無職で最後が遊び人って、何だよおい。これはあまりにも情けない。せめて、せめて魔法の一つでも使えれば!

 

 そう思った俺は、サンタローズの洞窟へと足を運ぶことにした。理由は実験のためだ。魔法の名前を片っ端から叫んで、俺にも何か使えるかどうか試してみるのだ。この成否次第では、俺の今後は大きく変わると言えよう。村の中で魔法の名前を連呼して叫んでいたら、頭の残念な子と思われること間違い無しなので、洞窟まで足を伸ばすしかないのだ。もし洞窟の中でリュカに出会うことがあれば、一緒に行動するのも悪くない。もちろん、リュカの手伝いとかよりも、純粋に俺の身の安全のために! だって、リュカの方が俺より明らかに強いんですもの。俺、情けないね。うん。

 

 ま、それはともかくとして、危なくないようにあまり奥には行かず、洞窟の入り口付近で魔法の練習開始しようかね。

 

 

 

 

 サンターローズの洞窟は村の中心を流れる川と繋がっていて、その上流部分に位置する。案外洞窟の奥の方には湧き水でもあるのかもしれない。

 

 洞窟に一歩足を踏み入れると、暗闇も相まってそこは不気味な雰囲気を醸し出していた。魔物が出るせいか、どことなく空気が張り詰めているような気もする。しかし、だからと言ってその程度で怖気づくわけにはいかない。

 

「やってやる。やってやるぞ!」

 

 まだ洞窟に入ってからろくに経っていないが、さっそく練習開始だ! 善は急げ。兵は神速を尊ぶのだ。

 

 俺は闘志を滾らせながら、魔法の使える自分を強くイメージしてみた。心は無に。個は全。全は個。

 

 俺にも必ず魔法は使える。必ず使える。必ず使える。必ず使える。……よし、自己暗示完了。

 

「メラッ!」

 

 腰を落とし、右手を大きく前に突き出して叫んでみる。まずは形から入るのが成功への近道。気分だけはすでに魔法使いだ。

 

 これで、手のひらから魔法が……。魔法が……。魔法……が……出ない。

 

「ならもう一度! メラァッ!!」

 

 同じ体勢のまま、再度魔法を唱える。気合十分。今度こそ完璧なはず!

 

「…………あれ?」

 

 ……しかし、何も起こらなかった!

 

 しかも「メラ……メラ……メラ……メラ……」と、俺の声が洞窟に反響して響く。それが俺の中の虚しさを更に増幅させた。

 

「くッ!? ならば今度は……ギラッ!!」

 

 ……しかし、何も起こらなかった!

 

「うおおおおッ! イオッ!!」 

 

 ……しかし、何も起こらなかった!

 

「ヒャド! バギ! ホイミ! スカラ! ルカニ! リレミト! キアリー!」

 

 ……しかし、何も起こらなかった!

 

「メガンテッ!!」

 

 ……しかし、何も起こらなかった!

 

 って、何を叫んでるんだ俺は!? もしメガンテ成功してたら死んでるぞ!?

 

「はぁ……」

 

 溜め息が出てくる。自暴自棄になってメガンテ唱えてみるくらいテンパってたのか、俺は。薄々そんな予感がしていたとはいえ、やはり俺には魔法は使えない……か。

 

「あーあ。俺も魔法使いたかったなぁ、ちくしょう……」

 

 無念だ。

 

「……あ」

 

 俺はふと、あることに思い当たった。もしかしてレベルが足りないから、まだ魔法が使えないだけとかかもしれん。つまりは、何匹か頑張って魔物を倒せば俺にも可能性がある……かも。魔物は確かに怖いが、こそこそと逃げ回りながら不意打ちを続ければ数匹くらいには勝てる……はずだ。

 

 でもそもそも、俺は一体何レベルなんだろうか? そう疑問に思ったら、何となく頭に数字が浮かんできた。例によって原理がどうなっているのかはさっぱり分からないが気にしない。

 

『ユート:レベル1』

 

 レベル1ですか、そうですか。俺のレベルはまだ1ですか。ほほぅ、そうなんですか。

 

 よりにもよって、レベル1。言わずもがな最低レベル。

 

 しかし俺にもレベルという概念が存在するからには、成長すればいつかは魔法が使えるかもしれぬ。ドラクエ世界は剣と魔法のファンタジー世界だしね。何が起きても不思議ではない。

 

 道は遠そうだけどなー。

 

「それにしても、寒いなここは……」

 

 俺は体の芯にくるような冷気に、肩を抱いてぶるっと震えた。ただでさえ外は寒いのに、こんな薄暗い洞窟入ったらもっと寒くなるは当たり前だ。洞窟の中に川があって水が流れているのも、温度低下の原因の一つかもしれない。現在の俺の服装、というか装備は布の服オンリー。この世界に来た時のまんまの装備である。サンチョに言って、上に羽織る物でも借りればよかったかもしれん。

 

 ん? ちょっと待てよ? 装備は布の服一枚?

 

 武器や盾は……ない。買ってないんだから当たり前だ。レベル1で、おまけに装備は布の服だけ。つまり、このまま洞窟に留まって万が一にも魔物と遭遇してしまったら……。

 

「うん。死ねる」

 

 間違いなく死ねる。早めに気付いてよかった。村には武器屋があったはずだ。一度戻って、せめて「ひのきの棒」くらいは購入しておこう。幸いにも、こっそり貯めたゴールド(パパスが倒した魔物からちょろまかした)が多少はある。余裕があれば道具屋で薬草も買って備えておけば万全だ。

 

「では、撤収~」

 

 こんなカビ臭くて薄暗くて魔物だらけの場所に、素手のまま長居しててもいいことは何もない。さっさと帰ってしまおう。

 

 俺は回れ右をすると、村の方へと戻ろうとした。

 

 したのだが。

 

「ピキーーッ!」

「グワーーッ!」

「ギャーース!」

「ウガーーッ!」

「パタパタッ!」

 

 見渡すとそこには、魔物の群れ。

 

 スライムさんに、いっかくウサギさんに、とげぼうずさん。あ、あそこにいるのは、せみモグラさんでしょうか。あれれ。ドラキーさんまでいますよー。いやー、こいつは壮観です。たくさんいますねー。素晴らしいですねー。

 

 ──ユートは魔物の群れに囲まれた!

 

「……なんでやねん」

 

 俺のぼやきは、洞窟の奥へと消えていった。

 

 


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