ドラゴンクエストV 天空の俺   作:az

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第22話

 サンタローズには春が訪れ、ようやく世間は肌寒い気候から解放された。人々は締め切っていた窓を開け放ち、着込んでいた服を減らし始める。

 

 にわかに沸き立つ村を尻目に、俺はパパス家の一室から動かずにいた。あの妖精の国での大冒険からは、早くも一週間が過ぎている。外に出て遊ぼうと声をかけてくるリュカや、構ってくれとニャーニャーうるさいゲレゲレを毎日適当にあしらい、俺は部屋の中でひたすらに考え事を続けていた。

 

 懸念事項は、今後に俺が取るべき行動についてだ。原作では妖精の国の次は、ラインハットでのイベントが始まる。この世界がドラクエⅤを基本骨子としているのは間違いないので、起こる事象も原作に追随するはずだ。

 

 ラインハットでの流れを大まかに思い起こしてみよう。

 

 まず、ラインハット王によりサンタローズ村から呼び出されたパパスは、紆余曲折の末に誘拐されてしまったヘンリー王子を単独で追跡。

 

 無事に発見してなんとか保護するも、パパスを追いかけてきたリュカをヘンリーと共に誘拐犯の黒幕であるゲマによって人質に取られて、手出しできずに殺されてしまう。

 

 その後、リュカとヘンリーはゲマ一味に連れ去られ、十年間の奴隷生活開始。

 

「うーむむむむ……」

 

 パパス家の二階。部屋のベッドに腰掛けながら、俺は顎に手をやって唸っていた。端から見ると、きっとさぞや気難しい顔をしていることだろう。もっとも、気難しい顔の幼児など見ても笑い話にしかならないが。

 

「このままラインハットに付いて行っても、俺が何もしなければ巻き込まれて奴隷生活は確定か」

 

 奴隷生活はご免こうむりたい。ペリカが配給されそうなタコ部屋生活で、元来インドア系の俺が肉体労働を続けるのは無茶すぎる。時々冒険する程度なら楽しめるが、死ぬか生きるかの日々を十年も送るのはお断りです。

 

「自分の安全だけに限れば、一番の危険回避方法はラインハットに俺が行かないことなんだよな……」

 

 パパスは死後、ヘンリー誘拐の汚名を着せられてサンタローズ村はラインハットの軍により襲撃されるはずだ。しかし、サンチョはその直前に村を出ていたらしいので、俺がサンチョの元にいれば同行させてくれることだろう。

 

「でも、それだけはできない」

 

 今更リュカ達を見捨てて俺一人の保身に走ろうとは間違っても思わない。倫理や道徳の問題ではなく、単純に俺が嫌だからだ。カルネアデスの板という、極限状況では人を見殺しにしても許されるという話があるが、それとは話が別。せっかく覚悟を決めて再び戻ってきた世界だ。どうせなら可能な限りハッピーエンドで終われるように、なんとか足掻いてみたい。

 

「となると、ヘンリーの誘拐を未然に防ぐ方法を考えるのがベスト……なのか?」

 

 誘拐が起こらない。そうなると、リュカも人質にならないしパパスも死なない。みんな幸せ。

 

 なんとなく、そんな三段論法もどきが頭に浮かんだ。

 

「よし、基本はこの路線で行こう」

 

 他にも、パパスをなんとか説得してラインハットに行かないようにさせるという方法もある。あるんだが、これは無理だろう。

 

 何せ、原作では大人になったリュカが未来を語って説得しても「予言や占いの類は信じない」と、パパスは一笑に付してしまったほどだ。息子ですら無理だったのだ。俺がいくら言ったところでどうにもならないに違いない。物は試しで、俺の正体を明かして正直に全て話すのは……止めた方がいいな。パパスなら信じてくれるかもしれないが、もし失敗して「ユートよ。きっとお前は疲れているのだ。しばらく休むといい」とか言われてサンタローズ村に置いていかれては敵わない。

 

 となると、ここはやはりヘンリーの誘拐阻止を第一に考えることとする。確か、ラインハットではヘンリーがかくれんぼで一人になったところを誘拐されてしまうんだよな。ヘンリーの側に、常に俺が控えておこうか? それともパパスを強引に部屋に入れるか?

 

 いや、それは無理か。子供時代のヘンリーは糞餓鬼という言葉を体現したような性格だったはず。どうせ難癖を付けて一人になってしまうだろう。拳を使用した肉体言語で強引にお話するという裏技的な考えもあるが、高確率で衛兵を呼ばれて捕まってしまいそうなので却下。兎にも角にも、王族の子供が本気で嫌がったら、平民側のこちらとしては従うしかない。パパスも本来なら対等とも言えるような王族なんだが、どうせ正体は明かさないだろうしなぁ……。

 

 なら、こっそりと監視するか?

 

 それも駄目だな。仮に誘拐犯が目の前に来ても、俺の実力では阻止できないだろう。なんとも情けないが、俺は弱いんだから仕方ない。

 

 城の人に助力を求めるのは?

 

 こいつも却下だ。子供の戯れ言扱いされて終わる可能性が高い。

 

「うーむむむむ……」

 

 俺の実力不足が憎い。せめてレベル上がれよ畜生。以前、一度村の教会を訪ねて神父さんに次のレベルまでのお告げを聞けないか試してみたことがあるが「は? レベルですか? レベルとは何です? 神からのお告げと、一体どういった関連が?」みたいに言われてしまったからなぁ。ゲームの中での当事者と、プレイヤー側の間には大きな壁があるようだ。

 

 おっと、話が逸れた。こうなったら、ラインハットではパパスにあらかじめ誘拐犯の存在を臭わせておくか? 怪しいやつらがヘンリーを狙っているから来てくれと言えば、きっと半信半疑でも付いてきてくれる……はずだ。リュカがヘンリーの相手をしている隙に、俺はパパスを連れてヘンリーの隠れ場所に先回りして監視。もし誘拐犯がやってきたら、パパスに全てを任せて倒してもらう。ひどい原作破壊だが、こっちだって命がけなんだから気にしない。

 

「うん。これがいいな」

 

 俺はその間、どこか隅っこの方でパパスを応援しておこう。邪魔にならないように。どうせ俺はモブキャラ程度の力しか持ってないんだ。下手にハッスルして目立つ真似をすると、死亡フラグに繋がってしまうからな。人間、分を弁えるのが一番だ。「ヘンリー王子は命に代えても俺が守る!」とか言って飛び出したりはしません。したくてもできません。

 

「ま、作戦はこんな感じでいいか」

 

 ここからは流れにまかせよう。誘拐さえ阻止できれば、きっと後はなるようになるだろう。俺が唯一持っているアドバンテージである原作知識が役に立たなくなっても、人が死ぬよりはずっとマシだ。

 

 そう考えた時、階段を誰かが上ってくる足音を耳が捉えた。

 

「ユート、いるか?」

 

 足音の主は、パパスだった。

 

「あ、パパスさん。どうしたんですか?」

 

 俺はベッドに腰掛けたまま、部屋へと入ってきたパパスの顔を見上げた。がっしりとした体躯に、立派な口髭の壮年の男性の姿が目に映る。長く伸びた後ろ髪を無造作に束ねた髪型は、リュカとお揃いである。

 

 思えば、飯時以外でパパスと顔を合わせるのは久しぶりかもしれない。剣の稽古をつけて貰うこともあるが、基本的にパパスは忙しいのでその時間も最近ではあまりなかったのだ。

 

「少し話があってな」

 

 パパスはそう言うと、近くにあった椅子を引き寄せ、俺と向かい合うように腰を下ろした。

 

「実は、ラインハットという国の王から手紙が届いてな。どうも、私に何やら相談があるらしい。しばらく家を空けることになるので、リュカを連れて行こうと思っているのだが……」

 

 そこでパパスは一旦言葉を句切ると、じっと俺の目を見つめた。俺は視線を逸らさずに正面から見つめ返す。パパスは何か納得したように軽く頷くと、話を続けた。

 

「……ふむ。ユートよ。お前も一緒に来るか?」

「ラインハットですか。俺も行ってもいいんですか?」

「うむ、構わんぞ。それよりも──悩みは解決したのか?」

「え、悩みってどうして?」

 

 思わず質問に質問で返してしまった。

 

「やはり図星だったか? ここのところ、部屋に閉じこもって何事かを考えていたようだったのでな」

 

 さすがはパパス。俺が悩んでいたことはお見通しだったらしい。

 

「ええ、確かに少し悩んでましたけど、もう大丈夫です」

「そうか。今回は自分で解決したようだな。ユートはリュカと歳が近い割に大人びているようだが、まだまだ子供だ。何かあった時は遠慮なく大人に頼るのも忘れぬようにな」

「分かりました。心配かけてしまってすいません」

 

 頭を下げると、パパスが苦笑した。

 

「やれやれ。そういう態度が子供らしくないと言っているのだ」

「ああ、ええっと……。それよりも、本当に俺も一緒に行っていいんですか?」

 

 俺が誤魔化すように言うと、パパスは不思議そうに首を傾げる。

 

「ん? 構わんと言ったはずだが。なんだ、遠慮しているのか?」

「いや、まぁ……」

 

 恐らく俺もラインハットに付いて来いと言われるだろうとは最初から薄々予感していたし、今後の計画的にもサンタローズに居残ることは避けたいとは思っている。だが、俺はこの家では居候の身の上である。一応は遠慮してしまうのは当たり前ではなかろうか。

 

「ユートよ。私は、お前のことは家族の一員だと思っている」

「パパスさん……」

「リュカと違ってあまり手はかからないが、ユートは私にとってはすでに、もう一人の息子みたいなものだ」

 

 まさか、そこまで思ってくれていたとは予想外だ。胸の奥が、じんと熱くなってくるのが分かる。元の世界では俺はすでに三十路前。下手すればパパスともあまり歳は変わらないかもしれない。それでも、息子扱いされて純粋に嬉しいと思ってしまった。

 

「俺も、パパスさんは父親みたいな存在だと思ってますよ」

「ほほぅ? ならば、いつでもお父さんと呼んでくれ。親父でもいいぞ?」

「いや、それはちょっと……」

「どうした、もしや照れているのか? わっはっは!」

 

 俺が困った顔をしているのが楽しいのか、パパスは大口を開けて豪快に笑った。そしてひとしきり笑い終えると、ふと気付いたように、

 

「何があったのかは知らんが、ユートは以前よりもいい顔をするようになったな」

 

 と、ぽつりと漏らした。

 

「いい顔、ですか?」

「うむ。男の顔になったぞ」

「成長したってことでしょうか? まぁ、俺は元々男ですけども」

「なるほど、それは確かにその通りだな。お前はれっきとした男だ。こいつは一本取られた。わっはっは!」

 

 再び笑い始めるパパス。この人の笑い上戸は筋金入りなのかもしれない。放置しておくといつまでも笑いが止まらなさそうだったので、俺は話題を変えることにした。

 

「ところで、パパスさんに質問があるんですが」

「わっはっは……うむ? 質問?」

「はい。聞いてもいいですか?」

「ああ。遠慮はいらんとさっき言っただろう」

 

 言ってたっけ? まぁ、いいや。話を続けよう。

 

「もし──もしもですよ? パパスさんが戦いの最中に大切な誰かを人質に取られ、手も足も出ないような状況に陥ってしまったらどうしますか?」

 

 今後の展開における最悪の状況を想定した質問だ。一応ここで聞いておけば、何かあった時に役立つかもしれない。

 

「難しい質問だな」

 

 パパスは真剣な顔をしてしばし考えた後、

 

「それは、話し合いではどうにもならない状況だと思っていいのか?」

「はい。交渉は無理な状況だと仮定してください」

「ふむ……」

「パパスさんなら、なんとかなりませんか?」

 

 一縷の望みを託して、聞いてみる。

 

「無理だな」

 

 だが、あっさりと無理だと断定されてしまった。

 

「戦いの最中に人質を取られてしまった時点でこちらの負けだ。戦術とは、そうなる前にどうにかするものであり、事が起こってしまった後ではどうしようもないのでな」

「そうですか……」

「まぁ、もし仮に私がそんな状況になってしまったとしたら──」

 

 パパスは言葉を選んでいるのか、少しの間宙に視線を泳がせる。

 

「私なら、せめて人質だけは無事に生かすために剣を捨てて投降するな。例えその後、この身が犠牲になろうとも、だ。せいぜい、それくらいしかできん」

「そう……ですか……」

 

 パパスらしい答えだ。だからこそ、何があってもリュカのことを守り通せたのだろう。

 

「ユートの満足のいく答えではなかったか?」

「あ、いえ。十分参考になりました。ありがとうございました」

「うむ。ならば良かった。それで……結局、ユートはラインハットまで一緒に来るのか?」

 

 あ、そうだった。話に夢中でまだ答えてなかったのをすっかり忘れていた。

 

「気が進まぬのなら、無理にとは言わんぞ。サンチョを一人ここに残していくのも心苦しいと思っているのでな」

 

 気を遣ってくれているのか、パパスからの言葉は控えめだ。だが、俺の答えは最初から決まっている。

 

「俺も行きます。行かせてください」

「おお、ずいぶんと乗り気だな。うむ、分かった。それではユートも連れて行くこととしよう!」

「よろしくお願いします。……ちなみに、行くのはいつなんですか?」

 

 明日か明後日くらいか? とにかく、行くと決まったのなら俺も準備をしなければ。何があるか分からないし、薬草でも買い込んでおこうかな。できれば武器や防具も新調したいところだが、あんまり金はないしなぁ……。リュカに借りるのも情けないし、どうしたものか。

 

「ん? そういえば言っていなかったかな? 今からだ。すぐに出るぞ」

「なるほど、今から……え?」

 

 今すぐ? え? あれ? そんなすぐに行くんですか? 心の準備がまだですよ?

 

「さて、急がなければな。ラインハット王がお待ちかねだ」

 

 テンパっている俺を余所に、パパスは椅子から勢いよく立ち上がった。

 

「では、行くとしようか! ああ、そうだ。リュカはさっき呼んでおいたから心配はいらんぞ!」

「ちょっと、パパスさん、待……」

 

 パパスは上機嫌で俺の手を引くと一階まで連れて行き、すでに用意してあった荷物を持つと、サンチョとわずかに言葉を交わしてそのまま家を出た。家の扉が閉まる時に首だけで振り向くと、背後の方でサンチョがやけに印象的な笑顔をしながら「行ってらっしゃいませ、ユート坊ちゃん」と言っていたような気がするが、あまりよく覚えてはいない。

 

 家の前でリュカとゲレゲレの一人と一匹に合流し、結局俺だけろくに用意もしていないままラインハットへ旅立つこととなったのだった。

 


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