ドラゴンクエストV 天空の俺   作:az

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第17話

 ドワーフの住む洞窟を出た後、俺達はベラの先導で「南」へ向かおうとしていた。

 

「さぁ、いよいよ次は氷の館よ。みんな、頑張ろうね!」

 

 吹き荒ぶ風のせいで、ベラの声がどこかかすれて聞こえた。雪は小降りだが、激しい風のせいで体感温度が半端でなく低い。

 

 こんなに寒いのに、俺以外のメンバーは元気いっぱいな様子で羨ましい。ゲレゲレは天然の毛皮があるから平気かもしれないけどな。ノースリーブの服で動き回っているベラは、体の中に血液の代わりに不凍液でも流れるんじゃなかろうか。

 

 だが、寒さや何よりも一番の問題は……。

 

「ちょっと待ってくれベラ。氷の館って北じゃなかったか?」

「そうよ? それがどうしたの?」

「いや、だってベラは明らかに南に向かってるような……」

「……え?」

 

 ベラは意気揚々と踏み出そうとした足を止めると、怪訝な顔をした。

 

「こっちって南だったかしら? 北じゃないの?」

 

 きょろきょろと辺りを見回しながら尋ねてくる。

 

「いや、違う。洞窟に来るまでに村から通ってきた道があっちだから……北はそっちだ」

 

 俺は指で北の方を示して見せた。ベラが進もうとしていた方向とは真逆だった。

 

「ふぅむ、なるほどね。私としたことが、少しだけ方向を間違ってしまったようね」

「少し……?」

 

 おーい、少しというレベルではないぞ。俺もそんなに方向感覚は優れている方ではないが、ベラのはひどすぎる気がする。

 

「その、私って実はちょっとだけ方向音痴なのよね。ま、過ぎたことは気にしないでいきましょう」

「ぼくもちずを見るのはにがてなんだ。ベラとおんなじだね」

「あら、リュカもなの? そうよね、北とか南とか難しいものね。あれってどうにも覚えにくいわ。だから仕方ないわよね」

「そうだよねー」

「ねー」

 

 ねー、じゃないよ。こんな悪天候で適当に歩いたら遭難してしまうぞ。本当にこいつらは分かっているのだろうか。吹雪いてきたら一貫の終わりだ。あっという間に三人と一匹の凍死体が出来上がってしまう。数万年後に発見されてピクルとか名付けられるのは嫌だ。

 

「じゃあ、改めて氷の館に向かいましょうか」

 

 そう言ってベラが一歩踏み出した先は、西だった。俺は眩暈がした。

 

「もういい。俺が先導する。みんなは俺の後から離れないように来てくれ」

「あ、ちょっと! 勝手に決めて先に行かないでよユート! 私には、あなた達子供を監督するという義務が……」

「はいはい、遅れずに俺についてきてね」

 

 偉そうなことは、方向感覚を直してから言ってくれ。

 

 俺はベラの言葉を話半分で聞き流し、北へと向かった。もちろん、ちゃんと後ろから全員が来ているのを確認しながら、と追記しておく。

 

「歩きにくいなぁ」

 

 自然と口からぼやきが出てくる。何度足を取られたか分からない。歩いているうちに体が暖まってきたおかげで、寒さには多少慣れた。

 

 しかし、果てしなく広がる白い景色はいくら歩いても途切れる様子を見せない。この道は終わりがないんじゃないかと、うんざりしてしまうほどに。

 

 音もなく降り積もる雪に、吐息が吸い込まれていく。どこまで行っても悪路。通ったのは、ただの雪道だけではない。朽ちかけた木々の森や、雪崩を起こしかけている谷間すら、おっかなびっくり進む俺。まるで気分は南極探検隊だ。誰かジェットスキーを用意してくれ。雪踏んで歩くのは、いい加減面倒くさい。

 

 そんなとりとめないことを現実逃避のように考えながら、氷の館を目指した。

 

「ねぇ、まだつかないのかな?」

「どうしたリュカ、疲れたのか?」

「そういうわけじゃないけど」

「あ、分かった。さては腹が冷えておしっこ……」

「ちがうよ~!」

 

 歩くのに飽きたのか、リュカの歩みが鈍くなってきていた。

 

「ベラ、氷の館ってあとどれくらいなんだ?」

 

 ひたすら北を目指して歩いた俺だったが、初めての土地なので具体的な場所は知らないのだ。土地勘というものは、基本的に地元の者にしか備わらないのだから仕方ない。俺の予想では、そろそろ到着してもいい頃だとは思うんだが……。

 

「う~んと、確かそこに見える岩を越えたらすぐだったはずよ」

「岩……? あれかな?」

 

 ベラの視線の先を辿ると、ゴツゴツとした大きな岩が鎮座しているのが見えた。鋭角的な先っぽの方には薄っすらと帽子のように雪をかぶっている。

 

「ってことは、あともうひと踏ん張りってとこか」

 

 俺は少し歩くと、その岩に背中を預けて一息ついた。だが、そこで気を抜いてしまったのがいけなかったのだろう。かなり注意力が散漫になっていたようだ。

 

「ユート!?」

 

 俺を呼ぶ声は、果たして誰のものだったのか。リュカか、それともベラか。頭がそれを判別する前に、俺の頭上から突然緑色の何かが落下してきた。

 

「ま、魔物!? ぬわ、うわ、こいつ、魔物で、でも、だけど、おわわわわわ!?」

 

 とっさのことで言葉にならない。自分でも何を言っているのか分からない。硬直したままの俺の腕にすっぽりと収まるようにして、その魔物は上から現れたのだ。

 

「ゲッゲッゲ……」

 

 気味の悪い声を上げながら、ウツボカズラに似た緑色の魔物が俺を見て笑う。子供程度なら丸呑みしてしまいそうな大きな口に、ウネウネと蠢く二本の蔦……ならぬ、触手。吊り上った細い目は、完全に俺を獲物として認識しているようだ。こいつは確か……マッドプラントか!

 

「き、気持ち悪い! こいつ、離れろよッ!」

 

 慌てて腕を振り回す。こんな気色の悪いオプションなどいらない。

 

 しかし──。

 

「うぉ! な、なんで取れないんだよ!?」

 

 よくよく見ると、触手が俺の右腕に絡み付いていた。それも、ちょうど素肌の部分に直に。

 

「うわぁああああッ!?」

 

 さっきよりも激しく腕を振り回す。でも全然取れない。触手はぬめりと光る、粘着質な謎の液体を出しながら俺をしっかりと締め付けて離れようとしない。

 

「リュカ! ベラ! こ、これを早く取ってくれ!」

 

 恥も外聞もなく、俺は大声で外野陣に助けを求めた。誰でもいいから俺を助けてくれ。

 

「で、でも、どうやって……」

 

 ベラの戸惑ったような声。

 

「どうやってでもいいから頼む! 誰でもいいから早く! もう限界! 色々と!」

 

 触手気持ち悪いんです。生理的に無理なんです、駄目なんです。腕がぬめっとして、ねちょっとするんです。

 

 そ、そうだ、こういう時こそ地獄の殺し屋の出番だ!

 

「ゲレゲレ!」

「ガウッ!」

 

 名を呼んだだけで全てを理解したのか、ゲレゲレは雪を蹴って俺の腕へと跳躍。そのまま勢いよくガブリと、俺の腕にかじりついた。

 

「痛ぇえええええええええええッ!?」

 

 上腕部に走る鋭い痛みは、マッドプラントが締め付ける触手の痛みの比ではない。どう見ても、触手部分よりも多量に俺の腕の肉の方に牙が食い込んでいる。魔物よりもゲレゲレからの攻撃の方がダメージが大きいとは、なんたる皮肉。痛恨のオウンゴールで大失態だ。

 

「ゲレゲレ、だめ! ユートのうでからはなれて!」

 

 とっさにリュカがゲレゲレを引き離さなければ、俺の腕は噛み千切られていたかもしれない。危機一髪だった。

 

 不満そうに離れたゲレゲレだったが、今はどうしようもない。たとえマッドプラントの本体の方を狙っていたとしても、触手で強引に俺の腕を動かして向きを変えられていたことだろう。

 

「ゲッゲッゲ」

 

 俺達の慌てっぷりがおかしいのか、マッドプラントは愉快そうに笑う。少量だが流血している俺の腕は、触手の粘液に混ざって一層感触が気持ち悪くなっている。痛いし気持ち悪いし、マッドプラントの笑い声はムカつくし最悪の気分だ。

 

「ちくしょう……ふざけんな……」

 

 なぜ俺がこんな目に? いつも俺ばっかり扱いひどくないか? こっちは一般人なんだぞ、おい。責任者出て来い。

 

 そう思うと、なんだか怒りが沸いてきた。

 

「一般人舐めんなよ」

 

 それは、勢いだった。後から考え直すと、きっと我を忘れていたんだと思う。沸き上がる黒い情動に身を任せ、俺は気が付くと自分でも思いもよらなかった行動に出ていた。右腕に幾重にも巻きついている触手の先端部分に、ピンポイントで思い切り噛み付くという行為をやらかしたのだ。

 

「アオギャッ!」

 

 甲高い声がマッドプラントから漏れた。触手の先端部は弱点だったようだ。痛ましく、切ない鳴き声が雪原に響く。噛んだ本人の俺が言うことではないが、少し哀れに思えた。なぜか俺の脳裏には、ソーセージが先端から折れる映像がふと浮かんだ。

 

「離れろ」

 

 腕をブンと振ると、今度は呆気なくマッドプラントは飛んでいった。放物線を描いて宙を舞うマッドプラント。そのまま雪の上にボトリと落ちると、よほど痛いのか小刻みに体を震わせる。

 

「みんな、魔物に止めを頼む」

 

 俺はもう疲れた。

 

「……え?」

「……あ、うん」

 

 ベラとリュカが、俺の言葉に一拍子遅れて頷いた。まずベラが遠距離からギラを放ち、火の付いたマッドプラントをリュカが杖で殴る。

 

 これで終了。最初に苦戦したのはなんだったのかと思えるほど、すんなり終わった。

 

 その間の俺はというと、

 

「うぇ……。気持ち悪……」

 

 何度も雪を口に入れて溶かしては、うがいするように吐き出していた。マッドプラントの触手に噛み付いたせいで、口の中が粘液とか血とかで色々とアレだったのだ。

 

 アレってなんだとか聞いてくれるな。具体的には言いたくないんだ。どうか察してくれ。

 

 その後は、ベラに腕の怪我をホイミで治療してもらってから再び進軍開始。岩を越えればすぐだと言ったベラの言葉通りに、ほどなくして氷の館に到着した。

 

 

 

 

 雪と氷に覆われ、不気味に佇む氷の館。館というよりも一見すると要塞にすら見えるそれは、切り立った崖を背に、硬い石を敷き詰めて作られている。

 

 堅牢にして強固。入り口にある門は重く閉ざされ、あらゆる者の行く手を阻む。

 

「汝らここに入るもの一切の望みを棄てよ、か」

 

 神曲の有名な一説が、なんとはなしに頭に浮かんだ。

 

 もしもこの門が、かの有名な地獄の門であるならば、そこに入ろうとする俺はダンテの役か。それとも、導き手のウェルギリウスか。

 

「どちらにせよ、地獄の門よりは確実に劣るな」

 

 その理由は、これだ。

 

「ユート、門があいたよ~」

「鍵の技法って、本当に便利よね」

 

 ただのピッキング技術で開いてしまう門だしなー。

 

 俺達は空き巣か? もうちょっとこう、雰囲気を大事にするというか、情緒というものをですね。地獄の門がどうとか考えてた俺が間抜けみたいじゃないですか。

 

「ユート、おいてっちゃうよー!」

「早く来なさいよー!」

 

 俺はすでに門を潜っているリュカとベラに「今行くー!」と返事をすると、鬱蒼とした気分で後に続いた。

 

 館の中は意外と広く、何よりも目につくのは床一面に張られている氷だ。嵌め殺しの天窓から漏れてくる、微かな光を乱反射して眩しくて仕方ない。周りはというと、石壁には寒さのためか表面が氷結してツララが群れを成している。

 

「中に入れば少しは暖かいかと思ったけど、全然だな。しかも、床はツルッツルだし……」

 

 雪道の次は氷道か。スケート靴でも持ってくればよかったよ。まるでスケートリンクみたいな床だ。

 

「うひゃー!」

「きゃーッ!」

「ガウー!?」

 

 二人と一匹の悲鳴が聞こえてきて、俺は顔をしかめた。

 

「何やってるの、君ら……?」

 

 俺が目にしたものは、床を縦横無尽に滑りまわるリュカとベラとゲレゲレの姿だった。もちろん、自分達の意思で滑っているのではないはずだ。無造作に床に踏み込んでしまったせいでああなったのだろう。生まれて初めてスケートに挑戦するような初心者を見ている気分だ。

 

「うわわ、あわ、わ! ユート、ど、どうしよう!?」

「ちょっとユート! 見てないで止めて~!」

 

 二人から止めてと言われるが、勢いがありすぎて難しい。氷上をスケーターよろしく、右に左に滑りまくるリュカとベラ。ゲレゲレだけは床に爪を立てて、強引に急停止を試みていた。さすがは野生動物。爪があるヤツは違うぜ。まぁ、リュカとベラはそのうち壁にでもぶつかって勝手に止まるんじゃね?

 

「でもこんな時に、魔物でも出てきたらどうするんだよ……」

 

 俺がそう思っていると、物陰から一匹のウサギが姿を現した。いや、分かっている。俺だって馬鹿じゃない。こいつが普通のウサギなんかじゃないってことは理解できる。

 

 薄紫の体毛に大きな一本角。前にサンタローズの洞窟で見たことがある、いっかくウサギの上位種タイプ。間違いない、あいつはアルミラージだ。

 

「参ったな、どうしよう……」

 

 床で滑ってしまわないように、すり足で後ずさりしながらアルミラージと距離を取る。

 

 これがマーフィーの法則というものなのか。魔物が出ないでくれと思っていたら、こんな風に出現してしまった。

 

「待てよ、それなら逆に考えてみよう」

 

 俺は今度は、魔物よ出て来いと強く念じてみた。さっきとは逆だ。法則的に、これでこの魔物は去っていくはずだ。

 

『アルミラージBが現れた! アルミラージCが現れた!』

 

 物陰から更に敵が出てきて増えた。計三匹になった。

 

「なんでやねん!?」

 


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