ドラゴンクエストV 天空の俺   作:az

17 / 24
第16話

 暗い洞窟に灯る、ロウソクのほのかな明かり。小さなテーブルを囲み、俺達はドワーフと向かい合っていた。

 

 ここは洞窟の奥深く、岩や土を削って作った小さな居住空間。テーブルだけではなく、就寝具やタンスといった物まである。まさに住居と呼ぶに相応しい。魔物が跋扈する場所に似つかわしくない、生活感溢れた空間がそこにはあった。

 

「……なるほど。盗まれた春風のフルートを取り戻すために氷の館に入りたいと。それでお前さんらは、『鍵の技法』を探すためにここまで来なさったのじゃな」

 

 どこか苦しそうに語るドワーフ。

 

 俺がドワーフという存在を初めて見たのは妖精の世界に来てからだが、目の前のドワーフは小柄な体躯に太い手足と、いかにもそれらしい姿だ。かなりの老年らしく、その顔には深い皺が刻まれていた。しかしそれでも背筋は真っ直ぐで、まるで己の生き様を表しているかのようだ。皺の中に埋もれた細い目で、俺達をしっかりと見据えている。

 

「その通りよ。『鍵の技法』について何かご存知なら教えてくださらない?」

 

 ベラがドワーフに問いかけた。

 

「ご存知も何も、あの技法はそもそもわしが考え出したものでしてな。誰よりもよく知っておるよ」

「それならちょうどいいわね。どうか詳しく教えてくださいな」

「その前に、少しだけこの老いぼれの話を聞いてはくださらんかね」

「え……? まぁ、別にいいけど……」

「ありがとうございます」

 

 ドワーフは目を閉じて大きく息を一つ吐くと、うなだれた顔を上げてゆっくりと話し出した。

 

 ドワーフの話によると、彼は昔妖精の村に住んでいた時に「鍵の技法」という技術を編み出したらしい。その技法があれば、誰でも簡単な鍵程度なら開けてしまえるようになるという。本来純粋な興味から作った技法だったのだが、この技法は一歩間違えば悪用されかねない。そのことに思い当たったドワーフは村から離れてこの洞窟に技法を封印し、住み込みながら厳重に管理しているのだという。

 

 しかし、そんなドワーフの行動を勘違いした者がいた。それがドワーフの孫であるザイルである。ザイルは、ドワーフがポワンによって村を追い出されたと早とちりをして、仕返しのために城から春風のフルートを盗み出してしまったというのだ。

 

「まったく、ザイルには呆れてしまうわい。わしは追い出されたのではなく、自分から村を出て行ったというのに」

 

 ドワーフは深々と溜め息を吐いた。辛そうな声からは苦悩が滲み出ている。

 

「なるほどね。そういう訳だったの。それにしても、ザイルって子はひどい勘違いをしたものね。お優しいポワン様が誰かを追い出すなんて、ありえないわよ」

「ん……と。つまり、ザイルって人がフルートをもっているの?」

「その通りだ、リュカ」

 

 俺は頷く。

 

「ザイルも、いじわるでやったんじゃなかったんだね。ちゃんとりゆうがあったんだね」

「そうだな。でも、フルートは取り返さないとな」

 

 そして、さっさと季節を春にしてくれ。俺は寒いのは苦手なんだ。暑いのも嫌いだが。

 

「妖精の村から来たお方達よ。お詫びといってはなんだが、『鍵の技法』をあなた方に授けよう。『鍵の技法』はこの洞窟深く、宝箱の中に封印しました。どうか、ザイルを正しい道に戻してやってくだされ」

 

 心からそう願っているドワーフの言葉に、俺達は拒否などするはずはなかった。

 

「ぼくたちに、まかせといて!」

 

 リュカのその一言が、俺達の総意である。

 

 何度もお礼を繰り返すドワーフを背にし、俺達は更に洞窟の奥深くへと進んだ。途中、幾度となく魔物とも遭遇したが、大して苦戦することもなく倒した。主にリュカとゲレゲレが、だが。

 

 肉弾戦は苦手だと公言しているベラは、基本的に後方で俺と待機だ。パパスから多少戦い方は習ったが、俺は前線には出て行かない。だって死にたくないから。

 

 実は俺の現在の武器は木製のブーメランである。サンチョやパパスから貰った小遣いを貯めて、こっそり武器屋で買っておいたのだ。魔物を倒してゴールドを貯めたのではないのがちょっぴり悲しいが、同じ金には違いない。いつかは俺だって、魔物をバッタバッタと薙ぎ倒して荒稼ぎしてやる。そんな日が来ればいいなぁ。いや、きっと来るに違いない。

 

 閑話休題。

 

 とにかく、俺とベラは後方待機。魔物が現れたら最初にゲレゲレが突っ込んでいき、すぐさまリュカが後に続く。魔物が弱ってきたところで、俺が側面かつ遠方からブーメランで攻撃。ベラは臨機応変に俺達全員を魔法で支援。大体そんな感じの役割分担だ。

 

 陣形で言えば雁行陣の変則といったところか。この役割分担は俺が考案したものだ。

 

 しかし、こうやって分担が決まるまではひどかった。最初に魔物が出てきた時には、雄叫び上げながら全員で同時に突撃してたからなぁ……。呆然とする俺を残して、土わらしやガップリンを囲んでタコ殴り。

 

 あのベラですら「うわああ!」とか言いながら杖持って突進していってました。魔物を囲んでボコボコにするエルフとか、初めて見たよ俺は。直接戦うのは苦手なんじゃなかったのかあんた。俺のエルフに対する幻想を返せ。どこの喧嘩屋かと問い詰めたくなったぞ。

 

 とにかく、これでは戦術も糞もない、ただの暴走だ。みんな身体能力が高いおかげで戦闘には勝利していたが、それでも危険すぎることには変わりない。俺まで同じように行動して付き合っていたら、死んでしまう。主に俺だけが。

 

 そこで、役割分担を考え出したのだ。

 

 その中でも特に突撃隊長であるゲレゲレは、時には撹乱、時には囮と重宝する。猫みたいな外見に似合わず馬鹿力もあるし、地獄の殺し屋の異名は伊達ではない。味方で本当に良かった。

 

 そして、例によって魔物を倒しても俺のレベルは一向に上がる様子を見せなかったのは言うまでもない。ちょっぴり泣きたくなったけど、我慢した。頑張れ俺。

 

「あれ? ユート、あそこにだれかいるよ」

 

 洞窟の地下二階辺り。ゲレゲレを歩哨役に、周りを警戒しながら歩いていた時のことだった。

 

 俺達の目の前に現れたのは、半裸でマッチョな大男だった。見るからに怪しい荒くれた男。しかも暑苦しくてむさ苦しい、汗の臭そうな体育会系。絶対に友達にはなりたくないタイプだ。

 

 が、問題はそこではない。

 

「もしかして、あいつ人間じゃないの……?」

 

 ベラが驚いている。

 

 さもありなん。ここは妖精の国。人間が入り込むのは極めて珍しいのだ。一体どうやって入ってきたのだろうか。

 

 そんなことを考えていると、こちらに気付いた大男が声をかけてきた。

 

「へへへ。さてはあんたらも『鍵の技法』を探しにきたんだな? 悪いが、俺様が先にいただくぜ!」

 

 そう言うと、大男は洞窟の奥へと去っていった。付け加えると、去り行く後ろ姿もむさ苦しかった。

 

「あんな人間が私達の世界に入ってくるなんて、今までなかったことだわ。何か良くないことの前ぶれかしら……。もしかして先代様はそれで厳しくなさっていたのかも……」

 

 ベラの表情が曇る。

 

「ベラ、あの人よりも先に『カギのぎほう』を見つけないといけないね」

「そうね。先を越されるわけにはいかないわ」

「でも、あの人は『カギのぎほう』なんかでなにをするんだろうね?」

「……う~ん、どう考えてもあの人、『鍵の技法』を手に入れてもロクなことしそうにないわよね。負けてられないわ! 早いところ『鍵の技法』を手に入れなくちゃね」

 

 盛り上がるベラとリュカを横目に見ながら、俺はその「鍵の技法」について思いを馳せていた。もしかして「鍵の技法」とは魔法の一種なのではなかろうか? ということは、会得すれば俺もついに念願の魔法を使えるように……?

 

「よし、行くぞみんな! 俺に遅れるな!」

「なんか無駄に気合が入ってるわね、ユート」

 

 じとっとした目でベラが見てくる。俺は視線を逸らすと、早足で歩き出した。

 

「さぁ行こう。すぐ行こう」

 

 目指すは「鍵の技法」だ。俺も今日からは魔法使いだぜ、ヤッフゥ!

 

 ──それから、しばし歩くこと数十分。

 

 澱が溜まったような、じめじめした洞窟特有の空気の中をひたすら進んだ。魔物は面倒だから可能な限り無視した。一刻も早く「鍵の技法」に辿り着きたかったのだ。

 

 階段を二つほど下りて、ここは地下四階。多少道には迷ったりもしたが、ようやくお目当ての宝箱の前に到着した。宝箱は隠すというよりも、あまりにも雑然と置かれているのには少し驚いたが。

 

「んじゃ、俺が代表して開けてもいいかな?」

「えー? ぼくもあけたい!」

「いや、しかしここは俺が」

「ぼくもあけたい!」

 

 リュカがだだをこね始めた。

 

 わがまま言うんじゃありませんよ。俺が開けるんですよ。そもそも、リュカはすでに魔法使えるくせにずるいぞ! このお子様、バギとかホイミ使えるんだぜ? ただでさえ俺より強いのに、ふざけんな。俺にも魔法使わせろ。不公平だ。差別だ。

 

「どっちでもいいじゃない。早くしなさいよ」

 

 ベラが心底どうでも良さそうな顔で言った。このままでは、時間だけが無駄に過ぎていきそうだ。仕方ない、ここは妥協案を出そう。

 

「リュカ。なら、俺と同時に開けよう」

「うん! それならいいよ!」

 

 ということで決定。定番の「いっせいのーで」で、同時に宝箱を開けることとなった。

 

「いっせいのー」

「……で!」

 

 俺とリュカの声が唱和し、ゆっくりと宝箱が開かれていく。

 

 中から出てきたのは、一冊の書物だった。

 

「なんだこれ? 本?」

 

 俺がその本を手に取った、その時。

 

「うわ!?」

 

 突然書物から光が溢れ出し、オーラとでもいうような不思議な何かが辺りを包み込んだ。かと思うと、俺の頭の中に天啓のように情報が流れ込んできた。摩訶不思議体験だ。これが、魔法を会得するという感覚なのか。

 

「なんだかぼく、カギのあけ方がわかったような気がする」

「私もよ。不思議な気分ね……」

 

 リュカとベラが、顔を見合わせながらそんな話をしていた。そして、俺も……。

 

「おおお!? こ、この技法さえあれば、その辺の鍵ならハリガネ一本あれば……って、違う! なんでやねん!」

 

 セルフツッコミが炸裂。

 

 おい、これのどこが魔法だよ! ただのピッキング技術を習得しただけじゃねぇか!? 俺に空き巣にでもなれというのか?

 

「騙された。俺の心が汚された……」

 

 こんなの魔法じゃない。俺が想像してたのと全然違う。

 

「違うんだよお……」

「ユート、あなたまた訳の分からないこと言ってるのね。何が違うのよ」

「いいかい、ベラ。魔法ってのはこんなものじゃないんだよ」

「魔法? 一体何の話をしているの?」

「魔法ってのはね。誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃダメなんだ。独りで静かで豊かで……」

「ああ、はいはい。そうね、それは大変ね。分かった分かった」

 

 ベラは適当に俺の話を打ち切った。

 

「これでもう、この洞窟に用はないわね。地上に出て、次は氷の館に向かいましょう」

「おー!」

「ガウッ!」

 

 ベラの言葉にリュカとゲレゲレがお返事。俺だけショックで無言。

 

 それにしてもゲレゲレ、君もいたのね。普段は大人しいね、君。まるで普通の猫みたいだね。

 

「おーい、ユート! おいてっちゃうよ~!」

「どうしたの? またユートが遅れてるの?」

「今行きますよ、行けばいいんでしょう……」

 

 とぼとぼと歩く。きっと今、俺の背中には哀愁が漂っているに違いない。俺の明日はどっちだ。

 

「早く洞窟を出たいわ。ここって暗いし、ジメジメしてるし、魔物は多いし、嫌な感じよね」

「そうかなぁ。ぼくは好きだよ、どうくつ」

「リュカは変わってるわねぇ」

「そうなの? へんかな?」

「私はやっぱり、明るいお日様の下が一番いいわ。まぁ、今はまだ外に出てもお日様は見えないんだけどね」

「ぼくもお日様は好きだよ。どうくつも好きだけどね」

「もう、リュカったら! 調子いいんだから」

「あはは。べつにうそじゃないんだけどなー」

 

 苦笑するベラに、リュカは屈託のない笑顔で返している。

 

「ちくしょう……」

 

 リュカの笑顔が眩しくて憎い。俺のレベルはいつ上がるのか。俺はいつ魔法を使えるようになるのか。

 

 あ、駄目だ。考えてたらどんどん気分が沈んできたぞ。気分転換だ。もっと楽しいこと考えよう。

 

 フルートを取り戻して妖精の国から戻ったら、今度はラインハットに行って、それから拉致されて強制的に奴隷に……。いや、拉致はなんとしてでも防がねば。奴隷だけは勘弁だ。

 

「うわぁ、楽しくねぇ……」

 

 全然気分転換できなかった。むしろもっと暗くなったような。

 

 気が付けば、俺達一行は階段を上がりきって一階へ。途中ドワーフに軽く挨拶をした後、ようやく地上へと戻ったのであった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。