ドラゴンクエストV 天空の俺   作:az

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第14話

 俺が口を酸っぱくして、まずは情報収集しろといい続けたのが功を奏したのか、氷の館に向かう前に村で聞き込みをすることとなった。

 

 本来なら俺には情報収集など必要がない。非力なレベル1のこの身であるが、俺には唯一の武器ともいえる原作知識というやつが存在するからだ。

 

 しかしこの原作知識というものをひけらかして、本来知るはずのないことを自慢気に言いふらしても意味がない。

 

 リュカは誤魔化せるかもしれないが、ベラには確実に怪しまれるだろう。ベラに怪しまれるということは、引いては同じ妖精族であるポワンにも怪しまれることとなるかもしれない。もしポワンに怪しまれて、それが引き金になって揉め事でも起これば一大事だ。主人公であるリュカを巻き込み、ゆくゆくは世界のバランスを狂わせかねない。

 

 こんな意味のない場所で下手に物語の流れを改竄してしまうと修正が効かなくなってしまう。つまりは、原作と大きく乖離した流れになってしまい、俺の持つ知識がゴミ屑と化す。原作崩壊万歳だ。そんなのは勘弁だ。

 

 切り札となる原作知識の使いどころは、もっと重要な場面でこそ。そう、例えばもうすぐ起こるであろう、パパスの死亡という場面など──。

 

 そろそろ俺も、腰を据えて未来をどうするか考えておかねば。切り札の使いよう次第ではパパスの死を回避しつつ、俺も幸せになる方法だってあるはずだ。

 

 そのためにも、今は無知な子供を装っておこう。未来をペラペラと話す子供など、不気味な不審者扱いされてしまう。やけに物事に詳しい不審者というポジションでこの世界を生きるよりは、もうしばらくはほんの少しマセたガキとして、世の中の隅っこの方を生きていたい。

 

 そもそも、俺は元は何の取りえもない一般人。このドラクエワールドに呼ばれてからは、現在進行形で意に反して色々と大冒険してしまっているが、そういうのは俺には似合わないのだ。願わくば将来は美人の嫁さんを手に入れて、左団扇で穏やかで平和な生活が目標です。できることなら、最終的には元の世界に戻れたらいいんだけどね。

 

 まかり間違っても、魔界にまで足を踏み入れて魔王相手に大バトルはしたくない。ただでさえ、ドラクエ世界というカオスな世界にいるのに、更に異世界にまで行ってたまるかい。

 

 ……と、そこまで思って俺ははたと気付いた。

 

 俺が今足を踏み入れている、この妖精の国ってバリバリの異世界じゃないのか、と。つまり俺はどっぷりと異世界で大冒険中。今後もなし崩し的に命を削って大冒険になってしまうんじゃね?

 

「それは嫌ァ!?」

「ど、どうしたのユート?」

 

 往来で突然叫び出した俺に、リュカが心配そうに声をかけてきた。辺りを見回すと、村人であるエルフやらドワーフのみなさんもこっちをガン見している。スライムや骸骨といった、明らかに人外の魔物ですら訝しげに俺を見ている。いやぁ、人種がたくさんで国際情緒豊かな村ですね。

 

「ユート、あんたねぇ……」

 

 ベラは額に手を当て、やれやれという風に下を向いていた。どうも、無駄に注目を浴びてしまったようだ。

 

「ユート、おなかでもいたいの?」

「気にするな。持病の癪が疼いただけだ」

「じびょうのしゃく? なにそれ?」

「いいから気にするな。さぁ、ぐずぐずしてないで行くぞ!」

「あ、ちょっとユート! いくってどこにさ!?」

 

 リュカを適当にあしらって誤魔化すと、俺は脱兎のごとく走り出した。

 

 俺が走ったのは、別にみんなからの視線が恥ずかしかったからじゃない。その、太陽が……あまりにも綺麗だったから……。

 

「今日も太陽が眩しいな」

 

 俺は走りながら空を仰ぎ見る。曇天の空には、風切り音と共に粉雪が舞っていた。太陽の姿はまるで見えない。これが話に聞く、白夜のような天候なのだろうか。風が唸る度に耳たぶが痛くなった。

 

「そこな小僧、ちょっと待つがよい」

 

 現実逃避気味だった俺を引き戻したのは、しわがれた老人の声だった。杖にすがりながらよろよろと立ち、白髪の老人が小屋の影から現れる。

 

「はい? なんですかおじいさん?」

「お主の後ろにおる、その獣……」

「俺の後ろ?」

 

 振り向くと、そこには激しく尻尾を振るゲレゲレの姿。お座りの体勢でこちらを見上げている。俺が走り出した時に、生意気にも遅れずに付いてきたらしい。さすがは野生のパワー。

 

 屈みこんで頭をひと撫でしてやると、ゲレゲレは嬉しそうに喉を鳴らした。

 

「こいつが何か?」

 

 俺の問いに、老人は手に持った杖をわなわなと震わせながら答えた。

 

「も、もしや……そやつは地獄の殺し屋ではないのか! 小僧の連れか?」

「いや、俺じゃなくてあいつの連れ」

「ほ? あいつとな?」

 

 俺が指で示した方向から、紫のターバンを巻いたお子様が息を切らしながら走り寄ってきた。誰であろう、このお子様こそ地獄の殺し屋の飼い主であるリュカだ。

 

「ユート、ひどいよー。きゅうに走っていったからびっくりしたよ」

「すまんすまん。俺が悪かった」

「ユートはいっつもそればっかりだ」

 

 リュカはご立腹の様子だ。そんなリュカを、老人は目を細めてじっと見つめている。どことなく、老人の眼光が鋭くなったような気がした。

 

「こんな小さな子供が、キラーパンサーの主だというのか……」

「え? きら……ぱんさー?」

 

 誰にともなく呟いた老人の声に、リュカが反応する。

 

「ねぇねぇユート。きらきらぱんさーってなに?」

「んー? キラキラじゃなくてキラーな。ゲレゲレは地獄の殺し屋で、キラーパンサーとかいうらしいぞ」

「うわ! よくわかんないけど、なんだかゲレゲレかっこいい!」

 

 褒められたのかと思ったのか、ゲレゲレが誇らしげに大きく吠えた。しかしその声は「にゃおーん!」という間の抜けた声で、どう贔屓目に見ても地獄の殺し屋とは思えない声だ。

 

 そういえば以前、俺が朝起きたら枕元にゲレゲレがネズミの死骸を置いていたことがあったのを思い出した。どう考えてもゲレゲレの行動は飼い猫そのものです、本当にありがとうございました。

 

 ハラワタをぶち撒けた小動物を、寝起きにいきなり目にした俺の気持ちを誰か察してくれ。臭いわ気持ち悪いわで、その日は一日憂鬱だった。

 

 あ、なんかその時の光景を思い出して気分が……。

 

「う……おぇ……」

 

 俺が胃腸の奥からこみ上げてくる酸っぱいものを必死で耐えようとしていた、その時。

 

「あ~! やっと見つけた!」

 

 どこからともなく、ベラがやってきた。

 

「ユート! 急に走り出したと思ったら、こんな場所で何をしてるのよ?」

「いや、ちょっと……」

「ちょっとって何よ? あれ、あなた顔が青いわよ? どうしたの?」

「いや、ネズミのハラワタが……」

「ネズミ? ネズミがどこにいるのよ? ユート、あなた寝ぼけてるの?」

 

 あれが夢だったらどんなに良かったか。夢は夢でも、悪夢の類だろうが。

 

「まぁいいわ。それで、結局情報収集はどうするのよ? こんな所で油を売ってる暇があるんだったら、早く情報を集めなさいよ。このままじゃ、氷の館に入れないわよ」

「今、氷の館と、おっしゃいましたか?」

「あら、おじいさん。何か知ってらっしゃるの?」

 

 ベラに隣から声をかけてきたのは、先ほどゲレゲレに驚いていた老人だった。

 

「もしやベラ様は、あの館に入ろうと難儀されているのではございませんかな?」

「その通りよ。でも生憎、扉に鍵がかかってて入れないらしくてね。とても困ってるのよ」

「ふむ、そうでしたか。ベラ様は、西の洞窟に住むドワーフのことはご存知ですかな?」

「えーと、確かドワーフが一人で洞窟に住んでいるってのは聞いたことがあるような……」

「そのドワーフですが、『鍵の技法』というものを持っておりましてな。その技法さえあれば、氷の館の扉も開くかもしれませぬ」

「それは本当!? いいこと聞いたわ! ユート、リュカ! さっそく西の洞窟に向かうわよ!」

 

 ベラが気勢を吐き、手を振り上げた。

 

 はからずも、これで目的地は決まった。

 

「よくわかんないけど、もう行くの?」

 

 ゲレゲレとじゃれていたリュカが顔を上げる。つられてゲレゲレも顔を上げると、ピンと張った髭が風に揺れた。

 

「まずは『鍵の技法』を手に入れるわよ! さぁ、ぐずぐずしてないで出発よ!」

「おー! 手に入れるぞー!」

 

 元気よく返事をするリュカを横目に、俺は無言で老人にお辞儀をしておく。老人は薄く笑うと、その場を去っていった。

 

 さて、それでは出発するかと思ったところ。

 

「……って、よく見りゃリュカもベラもいない!? おい、俺を置いていくな!」

 

 慌てて一行を追いかける俺。

 

 かくして、妖精世界での冒険は始まる。

 

 

 

 

 妖精の村を抜けると、俺の目に飛び込んできたのは荒涼とした大地だった。一面には、雪が薄く降り積もっている。雪と雪の隙間に時折見えるのは、枯れかけた草花と乾いた土。そんな光景が、ひたすらどこまでも続いている。

 

 空は薄灰色の厚い雲に覆われていて、太陽はいつまでたっても顔を見せることはない。生あるものの気配が、ほとんどない。耳をすませても聞こえてくるのは、風の唸る音だけ。まるでここは死の世界だ。

 

「詐欺だ」

 

 俺は思わずそう漏らした。

 

「ちょっと詐欺って何よ? 聞き捨てならないわね」

 

 俺の言葉に、先を歩くベラが反応してきた。

 

「……聞いてたのか?」

「ばっちりね。で、何が詐欺なのよ?」

「いや、だってここ妖精の世界なんだろ? それなのに……」

 

 俺は顔を上げる。雪がふわふわと落ちてくる濁った空が目に映った。

 

「あ痛ッ!?」

 

 頬に小さな衝撃。目を凝らすと、雪に混じって小さな霰が見える。なんとも嫌な天気だ。

 

「まぁ、ユートの言いたいことも分かるけどね」

 

 ベラは肩をすくめると、そう返した。

 

「これでも少し前までは、この辺りは一面に広がるお花畑だったんだけどなぁ……」

「花畑ねぇ……」

 

 全然想像できん。本当に妖精の世界なのか、ここは? 魔界だと言われても信じてしまいそうだ。

 

「それにしても、寒ッ……!」

 

 思わず肩を抱いてしまう俺。腕を見ると、無数の鳥肌。妖精の世界に来てから何度も思ったことだが、もう少し厚着してくればよかった。

 

「ユートはだらしないわねぇ。リュカを見習いなさいよ」

「リュカ?」

 

 リュカの姿を捜して目をやると、そこには元気に走り回るお子様と獣の姿が! 雪道に足跡をペタペタと付けながら、何が面白いのかご機嫌な表情だ。

 

「あははははははは! ゲレゲレ、こっちこっち~!」

「ガウッ!」

 

 リュカのすぐ後ろを、付かず離れずの距離でゲレゲレが追いかける。そんなゲレゲレに捕まらないように、リュカは右に左に避けながら、雪を蹴って踊るように駆け回る。

 

 雪原に、一人と一匹の小さな足跡がどんどん増えていく。リュカにとっては、雪や悪天候など大した問題ではないようだ。

 

「子供は元気だねぇ……」

「あんたも子供でしょうが」

 

 ベラが呆れたように言った。

 

 実は俺は中身は大人なんですよ、ベラさん。秘密だけどな!

 

「洞窟までもう少しかかると思うし、ユートもリュカと少しは遊んだらどう?」

「俺が? いや、遠慮しとくよ。疲れるし、寒いし」

「やっぱりあんた、子供らしくないわねぇ」

 

 放っといてくれ。俺はリュカと違って寒いのも疲れるのも嫌なんだ。

 

「ところで、ベラは寒くないのか?」

「私? なんで?」

 

 なんでという答えは想定外だった。いや、だって……。

 

「そんな寒そうな格好してるのに……」

 

 ちらっとベラの服装を観察してみる。ベラが身に着けているのは、恐らくは絹のローブだろう。それもかなりの薄手で、しかもノースリーブ。

 

「別に寒くわないわね。なんといっても私は、あなたたちと違って大人だからね!」

「さいですか」

 

 大人とか関係あるのだろうか? どうもエルフという種族は、俺の想像していたイメージよりも頑丈なのかもしれない。俺の中にあるエルフ族という名の幻想が、少しだけ壊れた気がした。

 

 もっとか弱くて儚い生き物だと思ってたのになぁ。

 

「いや、待てよ」

 

 案外、ベラだけが特殊なのかもしれない。だって、女王であるポワンはあんなに繊細な人だったんだし。つまりは、ベラはエルフの中でも特異体質なのだ。きっと神経が鈍いから寒さなど平気なんだろう。そういうことにしておこう。俺の幻想を保つために。

 

「ユート、あんた今失礼なこと考えてない?」

「いや、全然」

「いーや、絶対に変なこと考えてました! すごく失礼な目をしてました!」

「僕の目はいつでも宝石のように綺麗ですよ」

「急に僕とか言い出すし、怪しいわ……」 

 

 そんなやり取りをしていると、前方のリュカから声が。

 

「洞窟、見つけたよ~!」

 


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