ドラゴンクエストV 天空の俺   作:az

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第13話

 散々泣きはらした後、俺はリュカ達と合流するために城を出た。

 

「うお、めっちゃ寒ッ!?」

 

 玄関口にある木製の大扉を開けた途端、強烈な冷気が肌を刺してくる。

 

 どういう原理かは知らないが、城の中は暖かかったので忘れかけていたが、外は極寒の地だったのである。

 

 まさに天国から地獄への急降下だ。体感温度的に。

 

「うぅ……寒い。なにが妖精の国だよ。気温はシベリア並じゃねーか」

 

 シベリア行ったことないけども。元の世界では、せいぜい北海道が関の山です。こんなに寒いなら、もっと厚着してくるんだった。

 

「で、今からリュカと合流して、この寒さの中を冒険という名の強制労働かい。笑えるねぇ」

 

 思わず吐いた溜め息は、当たり前のように白かった。

 

 見渡せば雪景色。うんざりするくらい次々と降ってくる粉雪に、太陽の見えない曇天の空。白い息が、白い雪へと混じって溶けていく。

 

 ここは地の果て、北の果て。その名も妖精の国。

 

 ……話に聞く妖精の世界とは、全然違う。

 

 これでは詐欺だ。自分が子供の頃、絵本やアニメから伝え聞いた妖精の国は、こんな流刑者がいそうなところじゃない。最果ての地かここは?

 

 妖精の国ってのはもっとこう……鳥が舞い、花が歌うようなメルヘンチックな光景だったはずだ。それなのに、なんだよこの国、この気候。

 

 今にも物陰から筋肉質なロシア人の集団とか出てきてもおかしくないぞ。寒さだろうがなんのその。困難の全てをウォッカの一飲みで吹き飛ばす猛者達だ。

 

 いるなら出て来いロシア人。そして春風のフルートの奪還は、俺じゃなくてスペツナズ辺りに頼んでくれ。やつらならきっと一時間もあれば解決してくれるはずだ。魔物相手でも、トカレフとコマンドサンボで一発さ。ハラショー。

 

「ああ、寒い寒い。暖房の効いた部屋でごろ寝したいなぁ。面倒だなぁ。もう帰りたいなぁ。ロシア人いないかなぁ。この際、妥協してロシア人風の妖精でもいいから」

 

 現実逃避しながら歩いていると、目の前に見知った人影を発見。

 

「んん? リュカか?」

 

 それに、ベラにゲレゲレも一緒だ。

 

「……あ、ユート?」

 

 俺がリュカの前に姿を現した瞬間、少し沈み気味だったその顔がパッと明るくなった。

 

 そんなに俺と会えたのが嬉しかったのだろうか。野郎の顔見て喜ぶなんて、奇特なやつだ。

 

「おう」

 

 大げさに反応するのもあれなので、片手を上げてそっけなく返す。

 

「おかえり~! おそかったから、ぼく心配したんだよ!」

「そいつは悪かった」

「ユート、ぜんぜん悪そうにしてるように見えないよ……」

「すまんすまん。ま、心配はいらんから気にすんなリュカ」

「気にするよ!」

「あっはっは」

 

 とりあえず笑ってごまかしてみた。

 

「もう! ほんとうに心配してたのに!」

 

 俺の対応がお気に召さなかったらしく、頬をふくらませてそっぽを向いている。

 

 憤慨するリュカを見て、ふと思う。こいつ、このままの調子で大人になったらどうなるのだろうかと。結婚した後も、もしかしてずっとこんな感じなのだろうか?

 

 嫁さんとの痴話喧嘩まで俺に「ねぇ、聞いてよユート!」みたいに言ってきたりするのだけは勘弁願いたい。

 

 そろそろ、多少厳しく接して甘え癖を改善するべきか? 漢と書いて男と読むような、そんなオトコにするために。

 

「ねぇ、聞いてるの?」

「……ん? 悪い。で、ロシア人がなんだって?」

「そんなこと話してないよ! ろしあ人ってだれさ!? もう! ユートはそうやってすぐにごまかす!」

「いやぁ、はっはっは」

 

 ま、リュカが俺にべったりなのは今に始まったことではないか。だから今は気にしないでおこう。

 

 今問題なのは、さっきから俺をじとっとした目で見ているベラの方だ。

 

「結構遅かったわね、ユート。ポワン様と二人きりで一体何をしてたのかしら?」

「その、ちょっとだけ大切な話を……」

「大切な話ねぇ……? まさかとは思うけど、あなたポワン様に失礼なことしなかったでしょうね?」

「してないしてない。普通に話してただけだよ」

「本当かしら? なんとなく怪しいわね」

「う、嘘じゃないぞ?」

 

 半目でこちらを眺めているベラに、どもり気味に返事をしてしまう。まさかポワンの胸に抱かれて泣いていたとは、口が裂けても言えない。

 

 それにしても、あの時は久々によく泣いたなぁ。人間の体の半分以上は水分でできているらしいが、まさに納得である。

 

 あれだけ涙を流したのはいつ以来だろうか。遠い昔、まだ幼い頃の思い出が脳裏に蘇ってくる。

 

 子供とは楽しければ笑い、悲しければ泣く。それは人として至極当然の行為。

 

 なのに、いつからだろう。俺がろくに涙を流さなくなったのは。大人になるにつれて、徐々に無感動に、そして無関心になっていったと思う。どの辺を境に俺は変わってしまったのだろうか。

 

 昔は俺だって、たくさん泣いて、同じくらいたくさん笑っていた。それは間違いない。

 

 楽しみだった夏休み。走り回ったあぜ道。どこまでも追いかけてきそうな入道雲。夕立を麦藁帽子で避け、蝉の声をBGMに帰宅した夏の午後。

 

 それは過ぎ去りし、宝物のような思い出の日々。

 

 ────そう、あの頃は確かに……色あせることのない毎日を俺は「冒険」していたのだ。

 

「ちょっと、聞いてるのユート? なんか今、子供にはありえない遠い目をしてたわよ。あなた、リュカと同じくらいの子供のくせに、どこか大人びているというか、変にマセてるのよねぇ……」

「マセてるってそんなこと言われてもなぁ」

 

 どう答えればいいのだろうか。一応中身は大人だから、マセてて当然といえば当然なのだが。

 

「本当に変なことしてないでしょうね?」

「だからしてないって」

 

 しつこいぞベラよ。

 

 だが、ここでもし仮に「変なことって何かなぁ? んん? ベラは一体何を想像したのかなぁ? もっと具体的に言ってごらん? さぁ! さぁ! さぁ!」などと言おうものなら、間違いなくセクハラ親父扱いされてしまうので黙っておく。まだガキなのに親父とは、これ如何に。日本語って不思議だね。

 

「まぁいいわ。別に嘘は言ってないようだし、深く追求はしないであげる」

「……そりゃどうも」

「さて、話も終わったわね。それじゃ、さっそく行きましょうか。一刻も早く春風のフルートを取り返さなくっちゃね!」

「おー!」

 

 ベラの言葉に気勢を上げるリュカ。気合十分の様子だ。

 

「ガウーッ!!」

 

 続いて足元から声。視線を下にやると、ゲレゲレが激しく尻尾を振っていた。今のはゲレゲレの同意の声らしい。

 

 というか、

 

「ゲレゲレ。お前いたのか」

「ガウッ……」

 

 あ、鳴き声に元気がなくなった。ちょっと落ち込んだみたいだ。きっと今の声は意訳すると「ひどいぜ、ユートの旦那……」と言っているに違いない。

 

 すまん、ゲレゲレ。許せ。

 

「……って、ちょっと待った」

 

 村の外へと向かって歩き出そうとしている一行に、俺は待ったをかけた。

 

「何よ?」

 

 踏み出そうとした右足を宙に振り上げたまま、ベラが首だけをこちらへ向けた。なんとも器用な体勢である。

 

「村から出るのはいいが、目的地はちゃんと分かってるのか?」

「それくらい分かってるわよ。フルートを奪った盗賊が、ここから北にある氷の館に逃げ込んだって噂があるわ」

「それで?」

「だから、今から氷の館に行くのよ!」

「直接行くのか?」

「もちろん! 時間を無駄になんてできないわ!」 

「……実はさっき、城にいた人から聞いたんだが」

「あら、何を聞いたのかしら?」

「その氷の館とやらの入り口は、固く鍵で閉ざされているらしいとかなんとか」

「…………ほえ?」

 

 一瞬、間があった後、間抜けな返事が返ってきた。

 

 ベラは、ポカンという擬音がしっくりくる顔で固まってしまっていた。

 

「え? 嘘? それ、本当に? 一体誰がそんなこと言ってたの?」

「いや、嘘じゃないって。城にいた侍女っぽい人がそんなことをちらほら言ってた」

「えー? カギがしまってるんじゃ入れないよね。どうするの、ベラ?」

「ど、どうしましょう?」

 

 問いかけてきたリュカの方に、ぎこちない動きで首を向けてベラが答える。なんか、油の切れたゼンマイ人形みたいな動きだ。ちょっと怖いぞ、ベラ。夜中に子供が見たら泣きそうな動きだぞ。

 

「ま、まぁ、行けばなんとかなるわよ、うん。きっと……たぶん。というわけで、気を取り直して行きましょう!」

「おー!」

「ガウー!」

 

 再び気勢を上げる二人と一匹。回れ右して村の外を目指そうとする一行に、俺は言い知れぬ不安に襲われた。

 

 ……だめだこいつら。早くなんとかしないと。

 

 俺がどうしたものかと頭を抱えそうになったその時である。

 

「あら、ベラじゃない? あなた、まだこんなところをウロウロしてるのね」

 

 一人の少女が、俺達に声をかけてきたのだ。ツンと尖った耳から、彼女もエルフだということが分かる。

 

 にしても、エルフというのは似たような顔立ちが多いのだろうか。話しかけてきたエルフの少女は、ベラとよく似た整った顔立ちをしていた。髪の色も同じく紫。服装もほぼ同じ簡素な布製なので、並んでいるとまるで姉妹のようだ。

 

「ふーん……。これがあなたの選んだ人間の『戦士』ねぇ……」

 

 じろじろと、俺の顔を無遠慮にねめつけてくるエルフの少女。

 

「なんとも小さくてかわいい戦士様ですこと。ポワン様のお決めになったこととはいえ、本当にこの子が役に立つのかしら?」

 

 ベラとは違い、どことなく険のある瞳が疑わしそうに俺を見ていた。

 

「う、うるさいわね! ユートはね、こう見えても、えーと、こう見えても……えーと……」

「こう見えても、何よ?」

「その、凄いの……よ?」

 

 なんで疑問系なんだよ。

 

「ねぇ、ユート? そうよね?」

 

 俺に聞くな。

 

「ちょっとユート! あなたの凄さをなんとか言いなさいよ! なんで黙ってるのよ!?」

 

 何を言えと? 自慢じゃないが、俺はレベル1だぞチクショウ。

 

「そうだよ、ユートはすごいんだよー!」

 

 俺が沈黙を決め込んでいると、リュカから助け舟が。

 

「ユートはね、ぼくがあぶなくなったら必ずたすけてくれるんだよ!」

「ふーん……それは凄いわねー……」

「すごいでしょー?」

「はいはい、凄い凄い」

「えへへ。ユート、ぼくほめられちゃった」

 

 エルフの少女は適当に返しているだけのようだが、リュカは気付かずに喜んでいた。知らぬが花である。

 

 一方、リュカの後ろで顔を真っ赤にしているベラは地団駄を踏んでいた。

 

「うぅ~ッ! ば、馬鹿にして! 見てなさい、必ず私達でフルートを取り戻してみせるんだからね!」

「それは勇ましいことね。それじゃ、私はそろそろ行くわ。ベラと違って、私は忙しいの」

「わ、私だって今からフルートを取り戻すという大仕事が……」

「はいはい、怪我しない程度に頑張ってちょうだいな」

「うるさいわね! 忙しいならさっさと行きなさいよ!」

「言われなくてもすぐに行くわよ。……まったく、ポワン様も甘いのよ。そもそも妖精も人間も怪物ですら、みんなで仲よく暮らそうだなんて……。あげく、こんな人間の子供に重要な頼みごとですもの。そんな甘い考えだから、フルートを盗まれたりするんだわ」

「ちょっと……!? いくらなんでも言い過ぎよ!」

「……確かに少し不敬だったわね。でも、私は自分の考えが間違ってるとは思わないわ」

「あなた……」

「じゃあね。今度こそ、もう行くわ」

 

 エルフの少女は、背を向けて村の奥へと去っていった。ベラはその後ろ姿を、唇を噛み締めながらいつまでも眺めていた。

 

 悔しそうな、もどかしそうな、そんなベラの横顔。

 

 リュカも俺も、何も言わない。何かを気軽に話せる雰囲気ではなかった。

 

 俺は声をかけてやるべきなのだろうか? だが、なんとフォローすればいいのだろうか。こういう時は、下手な台詞は逆効果になる場合もあるのだ。

 

「ベラ……えっと、俺は……」

 

 そこまで言って、俺は言葉を飲み込んだ。続きの言葉が思い浮かばなかった。

 

「もう。ユートったらなんて顔してるのよ」

 

 俺の不安気な様子に気付いたのか、ベラが苦笑しながらそう言った。

 

「あのね……」

 

 少し言いよどんだ後、ぽつり、ぽつりと話し出した。

 

「妖精の国の先代の方はとても厳しい方でね。ほんの少しでも平和が乱れることを嫌われたの。その先代様も先日お亡くなりになり、ポワン様があとを継がれたばかりなのよ。ポワン様は優しくて大らかな方だけど、みんながみんなその考えに賛同しているってわけじゃないの」

 

 昔を思い出すように、どこか彼方を見つめながらベラは話を続ける。

 

「やっぱり、偉大な先代様の影響が強すぎるのかしらね……。私はポワン様の考えに大賛成だから、さっきみたいなああいう言葉を聞くと悲しくなってしまうの。いつか、エルフも人も魔物も、みんなで仲良く暮らせる日が来るといいのにね……」

 

 最後の方の言葉は、ベラは願うように呟いていた。

 

「……って、私ったら、子供相手に何話してるのかしら。子供にはちょっと難しくて退屈な話だったでしょう?」

「いや、別にそんなことは……」

「うーん、よく分からないけど、みんなで仲良くしようって話はぼくわかったよ!」

 

 リュカよ、それは全然分かってねぇ。

 

「なんだかしんみりしちゃったわね。気を取り直して、出かけましょう!」

「おー!」

「ガウーッ!」

 

 意気揚々と村の外へ進もうとする一行。目指すは氷の館だ。

 

 ……って、違う。

 

「だから、待てというのに」

 

 君ら、行動がループしているぞ。

 

 まずは村で情報収集してから行動しろとベラに説教しよう。うん、そうしよう。

 

 俺は浮かれる面々を前に、固く心に誓ったのだった。

 

 

 

 

「ところでベラ」

「急に何よ?」

「妖精の国ってロシア人はいないのか? こう、軍人とか、もしくはそれっぽいエルフとか」

「……はぁ?」

 

そんな会話もあったとかなかったとか。

 


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