ドラゴンクエストV 天空の俺   作:az

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第12話

 光の階段を抜けると、そこは妖精の国だった。と、どこかで聞いたようなモノローグから始めてみる。

 

 俺達がやって来たのは、妖精の村。村の中央には大きな池があり、その真ん中に位置する場所には巨大な樹木の切り株が根を生やしている。

 

 池の中だけではない。村のあちこちに切り株は鎮座している。そのどれもが、中を切り開いて住居として使われているようだ。

 

 特に池にある巨大な切り株は細かく手が入れられていて、城代わりに使用されている。あそこが恐らく、妖精の村の長であるポワンの住居である。

 

「あなた達、来てくれたのね。さぁ、ポワンさまに会って!」

 

 最初に出迎えてくれたのは、ベラだった。今からポワンの元まで案内をしてくれるのだろう。

 

 それはともかく。

 

 村の中に広がるのは、一面の銀世界。辺りの木々は葉を落として枯れ、寂しさを一層募らせている。空には粉雪が乱舞し、足元に降り積もった雪はまるで白い絨毯のようだ。

 

「寒い! めっちゃ寒い!」

 

 鳥肌が立ってきた。

 

 手をこすり合わせ、内股気味で震える俺。一方、リュカなどは「うわー、雪だー」と微笑ましい感想を漏らし、ゲレゲレは興奮して俺の足元を走り回っていた。

 

「こいつらは、なんでこんなに無駄に元気なんだよ……」

 

 それはお子様だからである。心の中で、自分で自分にツッコミを入れる。

 

「あなたはだらしないわねぇ」

 

 ベラが俺とリュカの様子を見比べながら、呆れたように言う。

 

「そんなこと言われても、寒いものは寒いというのに」

「確かに寒いけど、男の子なんだから我慢しなさいよ。さ、ここで話してないで行くわよ」

 

 ベラを先頭に、俺達はポワンの元へと向かった。途中、池を渡る時に大きな蓮の葉を足場代わりに歩いたのだが、寒さで池が完全に凍っているので、どこを通っても同じじゃね? と思った。

 

 池の中の切り株──今後は城と呼称しよう──の内部は、不思議な空間が広がっていた。空洞となった内部はいくつもの階層によって分かれ、螺旋状の階段で繋がっている。一つ一つの階層がとても広く、一階には図書館、二階には教会というように、小さなデパートの一フロア程度のスペースが丸ごと入るくらいだ。

 

 そして頂上に当たる三階では華美な玉座で、エルフの長ポワンが待ち構えていた。その傍らには、付き人と思われるエルフが姿勢よく佇んでいる。

 

「ポワン様。仰せの通り、人間族の戦士を連れて参りました」

 

 部屋に入ったベラが、ポワンの前で仰々しく頭を下げた。俺も続いて頭を下げる。その俺の様子を見て、リュカも同じように頭を下げた。

 

 俺は単純に、目上の者に対して礼を逸しないようにと思っての行動だったが、リュカはなんとなく俺の真似をしただけのようだ。

 

「まぁ、なんてかわいい戦士様ですこと。お二人とも、頭をお上げくださいな」

 

 ポワンの言葉で、俺とリュカは顔を上げた。

 

「あ……」

 

 意図せず、短い言葉が口から漏れてしまう。慈愛に溢れた顔で微笑むポワンは、幻想的な美しさを醸し出していた。

 

 髪を彩る銀のティアラに、ゆったりとした淡い緑のドレス姿。服装という点だけでも、簡素な布の服を主体とした他のエルフとは一線を画している。ベラを初めて見た時は「不思議な感じの少女だな」程度しか思わなかった俺だが、ポワンには衝撃を受けたと言っても過言ではない。

 

 エルフ特有の薄い青みがかった髪。ツンと突き出た長い耳。涼やかな目元。まごうことなき、絶世の美女である。

 

「あー、その、どうも……」

 

 たどたどしい俺の返事に、ポワンは小さく首を傾げて笑っている。ベラはというと、かわいらしい戦士という評価に焦ったのか慌てて言葉を継ぎ足す。

 

「め、めっそうもありませんポワン様。こう見えましても彼らは……」

「言い訳はいいのですよ、ベラ。全ては見ておりました」

「うぅ……」

 

 ぴしゃりと言われ、ベラが黙り込んだ。ポワンの視線がベラから俺とリュカの方へと移る。

 

「リュカに、ユートといいましたね。ようこそ、妖精の村へ。人間の世界でも私達の姿が見えたのは、あなた方に何か不思議な力があるためかも知れません」

 

 俺は半透明でしか見えなかったんですけどね。妖精の世界にきてからは、割とはっきり見えるけども。

 

「その力を見込んで、あなた達に頼みがあるのです。引き受けてはもらえませんか?」

「うん、いいよ!」

 

 リュカが即答した。

 

 やれやれ、仕方のないやつだ……。せめて、答えるのは頼みごとの内容を聞いてからにするとか、それを元に交渉した後でにしてくれ。即答するのは愚かの極みだぞ。俺はあらかじめ原作による事前知識として知っているからいいが、もし依頼が理不尽な内容だったらどうするのだリュカよ。こういう考え無しの行動はいただけない。俺は内心で溜息を吐いた。

 

「ユート。あなたはどうですか?」

「俺もいいですよ」

 

 今更後戻りはできない。リュカが引き受けてしまったからには、俺も腹を決めるしか…………あれ?

 

 思索の海に意識が沈む寸前、ふと自分の思考回路に軽い違和感を覚えた。さっきから、俺は何を考えていた? 「仕方がないから」だって? 

 

 魔物との戦いで生死がかかっているような切羽詰まった状況でもなく、相手はエルフの長といっても、今はごく普通の会話の最中。脅されているのではないのだから、身の危険はどこにもない。リュカが即答したとはいえ、俺がすぐに横槍を入れて口を挟むこともできたはずだ。

 

 自分も構わないと追随してどうする? ここは話を聞いてから返事をしろと言ってやる場面ではないのか。リュカにきちんと注意してやるのが大人としての行動ではないのか。

 

 その程度ならば、原作が破綻するほど干渉したことにもならない。頼みごとの内容を最後まで聞き、条件を吟味し、メリット・デメリットを秤にかけた上で答えを出す。これが交渉の基本である。

 

 元々俺は自己犠牲の精神は皆無の性格。実際に、今まで生きてきた中で無償奉仕などさっぱりしたことがない。学生時代の時だって、ボランティア活動とは縁のない生活だった。

 

 かつての俺なら、ポワンとの会話に何か一言口添えをしていたのは想像に難くない。それなのに「仕方ない」からとは何事だ? 確かに俺はノリと勢いだけで動くことも多いし、結構流されやすい性格ではある。だが、交渉内容の一切を他人に委ねて「仕方ない」の一言で済ますような人間ではなかったはずだ。それなのに、何故こんな結果に? 俺は、一体どうしてしまったのだ?

 

 考えてみればこの世界に来て以来、今までの自分の行動には納得できない点が多々ある。自分のすること成すこと、いい意味でも悪い意味でも若すぎるのだ。思いついたら深く考えずに即行動。そして問題が起こってから対処するような場当たり的な反応。

 

 サンタローズ洞窟では魔法を使ってみたいからといって、何の準備もなしに突入した。レヌール城で死にかけた時は魔物相手に不意打ちをしたものの、よくよく考えれば事前の計画は皆無。大人リュカとの件だって、ゲレゲレを連れに行かずにリュカの傍でずっと見張っているだけでよかった。

 

 ──精神は肉体に依存する。

 

 以前、アルカパの宿屋で自己診断した時に出た答えだ。こうして深く考えている時はいいが、日常の無意識下では子供の体に引きずられ、体が勝手に動いてしまうことがあるのか?

 

 つまり今の俺は……心と体のバランスが取れていない。反抗期に入った中学生よりも面倒な事態になっている。子供の肉体というものは、思っていた以上に厄介なようだ。今後俺はどうすればいいのだろう。体を動かす前に、必ず深く考えるようにするだけしか対策はないのか? 今この事実に気付けただけでも、僥倖だと思った方がいいのだろうか……? この世界に来てからというものの、俺の悩みは尽きることがない。

 

「実は私達エルフの宝、春風のフルートをある者に奪われてしまったのです。このフルートがなければ世界に春を告げることができません。リュカ。ユート。二人の力で春風のフルートを取り戻してくれませんか?」

 

 俺の内心の葛藤を他所に、ポワンの話は佳境に入っていた。リュカはまたしても「うん!」と即答し、俺は「ああ」と曖昧に頷くだけにとどめる。

 

「まぁ! 引き受けてくださるのですね! それではベラ。あなたもお供しなさい」

「はい、ポワン様!」

「リュカ。ユート。あなた方が無事にフルートをとりもどせるよう、祈っていますわ」

 

 ポワンの話は終わり、俺達のパーティにベラが加入することとなった。

 

「それでは、ポワン様。行って参ります」

「ええ。くれぐれも気をつけるのですよ」

 

 ベラはポワンに一礼すると、俺とリュカに向き直る。

 

「しばらくの間、私も一緒に行くからよろしくね」

「ああ、うん。よろしく」

「うん! いっしょにがんばろうね!」

「がう!」

 

 俺に続いて、リュカとゲレゲレが元気よく返事を返した。それにしてもゲレゲレ、お前大人しいと思ったがちゃんといたんだな。あまりにも静かだったから存在を忘れかけていたぞ。

 

「それじゃ、行きましょうか! 私達で絶対に春風のフルートを取り戻すわよ!」

 

 踵を返して階段へと向かうベラ達に、

 

「あ、すまん。ちょっと待った」

 

 俺は一人待ったをかけた。やる気満々で歩を進めようとしていたベラの肩が、ガクッと落ちる。

 

「急に何よ!?」

「あー、いや。その、ちょっとだけポワン様と話があるんだ。悪いけど、下の階で待っててくれないか?」

「ポワン様と話……?」

 

 うろん気な目で、ベラが俺を見つめた。声色も少し厳しい。俺は思わずうっと身を退いた。不審に思われてしまったようだ。

 

「す、すまん。少しだけだから」

「……まぁいいわ。くれぐれもポワン様に失礼のないようにね。リュカ、先に行きましょう」

「ユート、お話おわったら早くきてね」

「分かってる。悪いな」

 

 リュカ達が階段を降りるのを見届けると、俺はポワンの前へと向かった。

 

「私に話があるとのことですが?」

「はい。いくつか聞きたいことがあります」

「あら、何でしょうか? 私に答えられることならば遠慮なく話してくださいな、小さな戦士様」

 

 ポワンが穏やかに答える。その瞳には、どこか楽しそうな色が見え隠れしていた。

 

 しかし正面からこうやって向かい合ってみると、ポワンは本当に美人だ。香り立つような色気に、頭がくらくらしてしまう。もし俺の体が大人のままだったら、誘惑に負けて押し倒していたかもしれない。

 

 ……おっと、俺は話をしに来たんだった。余計な考えをしている暇はない。

 

「その、失礼な質問かもしれませんが、ポワン様はエルフですから、長生きをされていますよね?」

「エルフであるこの身は、人に比べればその生が何倍にも長いと言えるでしょうね」

「でも、長生きしても外見はあまり変わりませんよね?」

「ある程度育った後は、人のように激しく老化するということはありませんが……」

 

 こちらの質問の意図を掴みかねているのか、怪訝そうな口調だ。

 

「外見が若いままだと、やはり中身というか心もずっと若いままなのでしょうか?」

「そうですね……」

 

 俺の質問に、ポワンは少しだけ間を置いてから答える。

 

「その通りかもしれませんね。確かに精神的にも成長はしていきますが、その速度はとても緩やかです。フフ……。だから、ベラはあんなにそそっかしいままなのかもしれませんね」

「はぁ……?」

 

 ベラは割とそそっかしい性格だとは俺も思うが、それが今の話に関係があるのだろうか?

 

「ああ見えて、ベラはあなたの何十倍も生きているのですよ?」

「ええッ!?」

 

 てっきりまだ十代の少女だと思ってたのに。エルフ、侮りがたし。

 

「質問はそれだけでしょうか?」

「あ、はい。どうもありがとうございました」

「礼など不要ですよ。それで──求める答えは見つかりましたか?」

「え……」

 

 言葉に詰まる。もしかして、最初から見抜かれていたのだろうか。

 

「ユート。不思議そうな顔をしていますね」

「いや、そんなことは……」

 

 ない、と断言できない。

 

「私はこれでもエルフですよ、ユート。長生きしてきただけあって、誰かを見る目はそれなりに養われていると自負しています。あなたが私の前に来てからずっと、何かに悩んでいたことは感じておりました」

「そう、ですか……」

 

 予感は当たった。俺はぐぅの音も出せない。

 

「こういうのを──人間の言葉で年の功というのでしたか? フフ……人というものは面白い言葉を考えるものですね」

 

 そう言って笑うポワンの顔は、とても俺の何倍も生きているエルフとは思えないほど可憐で、美しかった。

 

「その……ポワン様のお話はとても参考になりました。本当にありがとうございました」

「お役に立てたなら幸いですわ、小さな戦士様」

「では、みんなを待たせているので俺も行きます」

 

 軽く頭を下げ、その場から立ち去ろうとした俺を、

 

「ユート。待ってください」

 

 ポワンが背後から呼び止めた。

 

「はい、なんでしょ──」

 

 振り向いた瞬間、俺の視界は薄い緑色に覆われた。柔らかな感触が顔を包み込む。

 

 とても、暖かい。

 

 とても、懐かしい。

 

 ずっと昔に覚えがあるような、そんな感触。

 

 心の中が、不可思議な感情で満たされていく。何が起きたのか理解する前に、頭上から優しい声が降ってきた。

 

「ユート。あなたは大人びていますが、まだまだ体は子供です。あなたの内面がどうであれ、今だけは、悩みを忘れて甘えても構いませんよ。エルフである私に力がないために、不甲斐ない頼みごとをしてしまい、とても申し訳なく思っています。許してくださいね、ユート」

 

 真綿に水が染み込むように、ポワンの言葉が心に響いてくる。

 

 ああ、俺は今、ポワンに抱かれているのか。前面に広がる暖かい感触は彼女の胸だったのか。柔らかいなぁ。気持ちいいなぁ。女の胸に抱かれるなんて、何年ぶりだろう。心の中のモヤモヤが、すぅっと消えていくような気がする。

 

「俺……」

 

 言葉が続かない。いや、今は言葉など無粋なだけかもしれない。目頭が熱い。知らず、涙が出てくる。気が付くと、俺は両手をポワンの腰に回して泣いていた。全ての体重を預け、心のままに泣きじゃくる。堰を切ったように溢れる涙は止まらない。そんな俺の頭を、ポワンの手が慈しむように撫でた。

 

 果てしない安心感の中、俺はしばらくされるがままに身を任せたのだった。

 


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