「……着飾るのも悪くはないな」
カーテンで仕切って作られた試着室の中で沙羅は満更でもないように小さく笑った。
全身を映す鏡の中にいるのは白いセーターとカーディガンを着た沙羅だ。スカートは膝までを覆う長めのものを履いている。
どれを選べばいいかわからなかったから店員におススメされたものを適当に着てみたが、悪くない。
「お客様、ご試着はお済ですか?」
「くっくっく。私の高潔な姿をお前にも見せてやろう。ひれ伏すがいい」
カーテンの向こう側からの店員の声に答え、沙羅は店員の前に姿を見せた。
ニコニコと愛想笑いを浮かべている店員の向こうでは飾られている服を眺めて時間をつぶしている彩人が見えた。服を買いに来たのは沙羅だから、店員が相手をしている間は何もすることがないのだろう。
「まぁー! お客様、大変かわいらしいですよ! 清楚なデザインが黒髪にあっててぐーっ! 思ったとおりお嬢様スタイルがお似合いですよぉ」
店員が握りこぶしを作りながら沙羅を褒め称える。お世辞ではないと言うのは伝わってくるが、私情が入りすぎているようにも見える。しかし沙羅は気にしない。
「しかし私はもう少し肩が露出していて胸の谷間が強調されるものがいいのだが。それにどこが腰だか尻だかわからないままでは色気が足りない」
「……あの、失礼だとは存じておりますが、どこがお尻か腰かわからないのはもとからかと。あと胸の谷間ができていないのはお客様の……」
「わかっている! それでもどうにかならないのかっ」
「そうですねぇ。やはりブラのつけかたが問題になるかと思いますよ」
「つけかたか。わかった、教えろ」
沙羅は狭い試着室の中に店員を招きいれた。店員はカーテンを閉めた。布一枚が張られただけだというのに窮屈に感じてしまう。
「お客様、上を脱いでもらわなければ教えることができません」
「それもそうだな」
もっともだと納得した沙羅はセーターとキャミソールを脱ぎ捨てた。スカートにピンクのブラという姿になってしまったが沙羅は気にする様子もない。このまま街を出歩いても気にしないかもしれない。
「お客様のつけかたではブラを巻いているだけとも言えますねー。このままでは成長期の胸が押し込まれて余計に形が悪くなることもありますよ」
「むぅ。人間は、いや女はめんどくさいな」
「ですから脇やお腹のほうに行ってしまったお肉を寄せて上げてカップの中に納める必要があるんです。ちょっと失礼しますよ」
むににっ。
狭い試着室の中で一瞬のうちに沙羅の背後に立った店員は沙羅のブラからこぼれている脇の肉を指で押し込んだ。
「にわっ!? ひっ、卑怯な、いきなり後ろから触れる、など……っ、あっ!」
「後ろからでないとわかりにくいですよ? いいですか、こうやって指の腹をしっかり使ってカップから逃げてしまったお肉をですね、ぐいぐいと、ぐいぐいとですね、うふふふふふ」
「ば、ばか、脇ばかり攻めるなっ! ち、力が入らな……やっ、あ、ああっ、は、離せぇ……!」
むにむにむにむに。
店員の指はたくみな動きで沙羅のわき腹や鎖骨に微妙な刺激を与えていく。本当にこれが胸をカップの中に納める作業なのだろうか。沙羅の首筋を店員の生あたたかーい鼻息がかすめていった。
「ひゃっ!? こ、これが本当に正しい、ひゃぅっ! つ、つ、つけかただと、あ、ああぅっ言うのか! ぜ、ぜったい違う、だろぉ……!」
沙羅は店員のたくみな指使いにより、ぞくぞくと体に沸き起こる謎の感覚に翻弄されまくっていた。
正確に言うなら謎ではない。強欲の魔王にとっては慣れ親しんだ感覚だ。
だがそれは手足から力を奪っていくほど強いものではなかったはずなのに。
体のせいなのか、店員の技巧のせいなのかはわからないし、今の沙羅がまともに考えることができるわけがない。
「お、お、お、お客様の髪の毛いい匂いですね……あ、私仕事中ですのにいけませんわ。でもこんな狭い空間に二人きりですと妙な気分になってきません? 私はなってきましたわ、お客様も無理なさらず自分を解放……!」
「するかばかー!! 離せ離せ離せ、うわぁーんいやだぁー!」
ジタバタと暴れた沙羅はどうにか店員の魔の手を振り払い、上半身下着姿のまま試着室から飛び出した。すぐそこには何事だろうかと試着室を不安そうに見守っていた彩人が立っていた。
飛び出した勢いのせいで、沙羅は彩人のシャツにしがみついてしまった。
「ど、どうしたんだよ、そんな姿で。何かあった?」
「な、な、何もないぞ。何もなかったんだ!」
沙羅は力強く否定した。中で店員に乳をもまれてしまったなどと口走るのは嫌だった。自分が隙を見せてしまったことを認めることになってしまう。
「私ばかりが自分の裸体を堪能するのはもったいないと思ってな。お前にも見せ付けてやろう。どうだ美しいだろう」
「……きれいだけど、女の子がそんな格好で出てきたらダメだ。早くこれにでも着替えてきてくれ」
彩人は沙羅の頭にそばのマネキンが着ていた上着を頭から被せた。
「……ああ、着替えてくる」
沙羅は大人しく試着室に戻った。
試着室の中で微笑みながら手招きしている店員は蹴飛ばして追い出しておいた。