服を脱ぎ、エースは蛇口を捻りシャワーヘッドから出る温かい湯を全身に受ける。
(気持ちいいな・・・)
戦いの日々、隙を見せたら企業に、一応協力的な姿勢を示していたリリアナにすら寝首を掻かれるような毎日を過ごしていたエースにとって、自身のアーマード・コア・ネクスト。PAを展開しているディターミネイションのコックピット内が唯一休める場所だったのだ。
寝ることもシャワーを浴びることも飯を食べることすら隙であり、自身の身を脅かす戦いであった。
そんな毎日を数ヶ月は続けていたエースの体は、例え強化人間の強靭な体を持っていたとしても限界に近かった。
エースの全身から抜け出す疲労感が、とにかく心地よかった。
「・・・ほぅ」
ふとエースは自身の体に目を移すと、鍛え抜かれ、引き締まった筋肉質な体のあちこちにある大小無数の怪我の後。
だが何より目立つのは、線に沿って斬ると体が四分の一と四分の三に別けれそうな、ギザギザに斬られた所を無理矢理繋ぎ合わせたような線が有った。
エースはこの傷がホワイト・グリントとの戦闘の時に負った傷と場所が一致していたので、その時の物だろうと考えた。そして、それはエースが間違いなく一度死んだという証明でもあった。
「俺は間違いなく死に、その後に、あの森にいたのか・・・」
シャワーの蛇口を閉め、シャワールームから出て、備え付けのタオルでガシガシと体を拭う。
五分くらいしかシャワーを浴びることが出来なかったが、それでも、エースは久しぶりに休息らしい休息を取れた。
耐Gスーツを着るために更衣室に入ったのだがここで問題が起きた。
「エーアストさんクラリッサ・ハルフォーフ入りま――」
まだシャワーを浴びていると思っていたクラリッサが運悪く更衣室に入ってきたのだ。
(しまった。久しぶりのシャワーのせいでレーダーに意識を集中してなかったな悪いことをした)
エースはまだ着ていたボクサーブリーフすら穿いてない。つまり裸なのだ。エース自身は見られても何とも思わないが、クラリッサはまだまだ若い軍人だろう。
「・・・すまんな」
エースはタオルですぐに上半身を隠しながら謝った。それはアレを見せてしまった事ではなく別の理由に。
クラリッサはエースのアレをもろに見てしまい顔がみるみる赤くなるが、それも一瞬。上半身に目を移した時、クラリッサの血の気が引き顔が真っ青になった。
「エーアストさん・・・それは?」
「ただの古傷さ」
エースは素っ気なく答えながら再びシャワールームに入り、壁越しで会話することにした。
「ところで、何か用か?」
「・・・はい。エーアストさんが着ていたスーツを洗おうかと思いまして。あと、着替えも」
「気持ちだけは受け取っておくが、俺はあのまま着るつもりだ」
「そうですか・・・着替え類は一応置いておきますので良かったら使ってください・・・では」
エースはレーダーに意識を向け、クラリッサや他の人間がいないことを確認してから更衣室に入る。
クラリッサが置いていった着替えの中からトランクスだけを拝借しそれを穿き、元から持っている密着型のパイロットスーツ。その上にぶかぶかとした耐Gスーツを着こむ。
(着替えに明らかに女性用の軍服が置いてあるのだが・・・)
それは更衣室に置いておきエースは更衣室を出た。
これから最低でも数日間は世話になる黒ウサギ隊にあいさつをするために。
シュヴァルツェ・ハーゼの指令室。そこにエース、ラウラ、クラリッサの三名が入室する。
(シュヴァルツェ・ハーゼ。特殊部隊とはいえ、ラウラが少佐なのだから30か40はいると思ったが10から20人といったところか。思ったより少ないな。ISの戦闘能力ゆえか。ま、それ以上に・・・)
目の前にキチンと四列に並ぶ左目に眼帯を付けたラウラと同じ少女としか言えそうにない年齢が大半を占める部隊に大丈夫なのかこの部隊は?という懐疑心を持ちながら眺める。
「誰だろあの人?」
「結構カッコいいかも」
「・・・良い体」
その心情に気が付かない少女達はキチンと並んでいながらも珍獣を見るかのような視線をエースに送りながらヒソヒソと話していた。
「全員注目!!」
「「「はい!お姉さま!!」」」
本来ラウラがやるべき仕事であろう号令を何故クラリッサがするのだ。あと、今の返事はなんだ?と思いエースは隊長であるラウラを非難するように見るが、ラウラは一切の興味がなさそうに目を閉じていた。
(クラリッサが部隊最高齢。今の返事。実質クラリッサが部隊を動かしているのだろうな)
「今日よりどれくらいの期間になるかは不明だが、彼を我々シュヴァルツェ・ハーゼが保護する事となった!あの、陸軍大将ロレフ・シュタイベルト大将から直々に指名を受けた任務だ!我々シュヴァルツェ・ハーゼの名に懸けて保護するように!・・・ではエーアストさん」
名前を呼ばれてエースは一歩前に出る。
「初めまして、今回君達に護衛させてもらうエーアスト・アレスだ。エースと呼んでくれても構わない。どれだけの期間、君達と寝食を共にするか分からないがよろしく頼む」
名乗ると、さらにあちこちから声が溢れだす。
「ロレフってあの辞書大将だよね?一応凄い人?」
「エーアストさんかぁ~!」
「軍関係の人・・・納得」
顔には出さないがエースは確信を持った。
(大丈夫かこの部隊・・・ロレフの気持ちを察するなこれは・・・)
ざわざわと騒ぎ始めた隊員を鎮めるべくクラリッサはパンパンと両手を強く叩く。
「皆、彼は今この場にいる唯一の男性だ。だからと言って決して好からぬことをしないように!」
(男の着替えに女性用の物を置く人間の言えた事かね)
「では――」
「言っておく。こいつは男なのにISが使え、つい先ほど八機のラファール・リヴァイブを相手にし勝った男だ。決して刺激するな」
さっきまで口を閉ざし黙っていたラウラがそう言い、場が凍りつく。ISを使える男。それだけでも十分、驚きを黒ウサギ隊を与えるが、量産機とはいえIS八機を相手にして勝つ者。つまり、ドイツが所有するIS10機全機投入した全面戦争を仕掛けても勝てる可能性がある戦闘力を有していることに他ならない。
「ボーデヴィッヒ少佐。そういった情報は隊員達にいらん疑心を生むので隠しておくのが常識だと思うが」
エースがそう指摘するが、ラウラはふんと鼻で笑う。
「常識だと?貴様のような訳の分からん異常だらけの人間が常識を語るか?滑稽だな。それに疑心?今まで実戦なんてした事のない奴らだ疑心を持ったところで銃すら握れんだろう」
「隊長あまり言いすぎるのは・・・」
「黙れクラリッサ。だいたい、私はここが――」
「黙れよ」
地獄の窯から出てきたような、ドスの利いた声に、エースから発せられるオーラにも似た威圧感にその場にいた全員の呼吸が止まる。
(・・・自分から心証悪くしてどうするんだ)
エースはこのままラウラに話させたらラウラに対する隊員達の印象を悪くなると思い、止めさせるために少し強く言ったつもりが、目の前にいた黒ウサギ隊の赤髪でショートヘアーな髪型の隊員を見ると、何故か泣き出しそうだった。
「・・・君達に例え話がしたい」
泣き出しそうなその子にエースは近づき、目の前に立つとビクリと怯えるその子の頭を優しく撫でる。
「例えば、銃を持った君の目の前に銃を構えた男が現れたとする」
怯える相手を安心させ心を掴む。簡単な催眠術のような物をしながらエースは続ける。
「その男が、協力しなければ撃つと言う君ならどうする?」
エースの問いに撫でられ心地よくなったのか少しとろんとした顔をしながらもその子は答える。
「せ、説得します」
撫でる手を引き、エースはその子の答えに頷く。
「そうだな、普通の人間ならそう言うだろう。たとえ軍人でも銃を持ち相手を殺せるとしても殺しなんてしたくないだろう。それだけ人の命を奪う銃はとても重い」
エースは目を閉じ、はっきりと宣言するように言い放つ。
「だが俺は違う。俺はその重い銃をすぐに構え、説得を考える前にこの手でトリガーを引き、男がトリガーを引くより早く殺すことが出来る。戦いとは交渉の一つだ。武器を持ち相手を捻じ伏せ要求を通してもらうためのな。向こうが暴力で要求を通らせようとしたのならこちらも暴力で要求を通すまでだ」
黒ウサギ隊の隊員達がエースに恐怖してる事をその目で訴える。是非もない。目の前にいるついさっき出会ったばかりの男が、いきなり自分は人を殺す事が出来る人間だと言い放ったからだ。
「・・・だが俺は、暴力で俺の要求を無理にでも通す時がある。それなのに同じ暴力を与える者には暴力で返す。そんな自分勝手な俺に恐怖し無視するのも構わん。だが、厚意を与える者には厚意で返し友好的な関係を築くつもりだ・・・もう一度言う。諸君、よろしく頼む」
エースは背筋を伸ばしまるで、一本筋の通った大木のように堂々とした姿勢で告げる。
その姿勢に例え、軍に所属してから日が浅い者もいる黒ウサギ隊のエースより年上であろうと同年代であろうと年下であろうとも、隊員達全ての人間が理解した。
目の前にいる男は目的のためになら人を殺し自らの糧とする事を躊躇なく出来る人間なのだと。
「・・・ふん」
エースの言葉を最後に数分間は静まり返った場から一番先に動いたのはラウラだった。早足で指令室から退室し、どこかへ行き。
「あーまぁ、皆、職務に就いてくれ」
指令室に残された人間はクラリッサの声に黒ウサギ隊の全員はエースを囲むように動いた。
「・・・何をしている?」
「「「保護です!!」」」
全員一致の返答にさすがにエースは呆れた。
「ハルフォーフ大尉。どうすればいい?」
「それは彼女達なりの厚意です。返してあげてください」
まるで部隊員を愛娘を見るようなクラリッサの姿に、真剣な表情でエースは部隊員達に問うことにした。
「一つ聞く。さっきの俺の言葉を聞いて、少しでも俺に恐怖した奴がいたら一歩下がってくれ」
エースの言葉に全員がザッと一歩下がる。
黒ウサギ隊隊員達の顔が皆エース同様真剣な顔つきであることをエースは周囲を見渡しこれが彼女達の真剣な答えだと理解した上で続ける。
「・・・では俺が本当に厚意を厚意で返す人間だと思う奴は一歩前に出ろ」
エースの言葉に今度はクラリッサ含む全員がザッと一歩前に出る。
その顔は皆ニコリと笑い、目の前の男と純粋に友好的な関係を結びたいという表情だった。
こればかりはエースはまったく隠しもせず溜息を吐く。
「心証は悪く思われてるはずだがな」
これは間違いなくエースの心情だった。いきなり私人殺しできますと言ったのだから尚更である。
それでも部隊員達は嘘偽りのない言葉をエースに返す。
「怖そうだけどカッコいい!」
「怖かったですけど撫でてくれました!」
「怖いけど会っていきなり本音を言える良い人・・・」
「という訳です怖いエーアストさん。よろしくお願いします」
「・・・好きにすればいい」
理解出来ん。エースはそう言うが黒ウサギ達の耳には届かなかったようだ。
「ここが、エーアストさんの部屋です」
クラリッサと愉快な黒ウサギ隊隊員達に案内された部屋は個室でそれなりに広くベット、テーブルとソファーと様々な本が入った本棚の家具しかなかったがそれらの素材はどれも見るからに高級品で、窓からは基地内が見渡せるほど高く、見晴らしがいい。
「いいのか?俺は独房でも構わんぞ」
「「「駄目です!」」」
周りから聞こえる女子特有とも言うべき甲高い声にエースは頭を痛める。黒ウサギから質問攻めを受け、すれ違う女からは情を含んだ視線を、男からは奇異な物を見るかのような視線を受け、歩いてきたせいでクタクタなのだ。
(女三人寄ればなんとやらと雷電が言っていたが。なるほど、疲れる)
「シュタイベルト大将からの指示です。ドイツにひいきしてもらえるようにエーアストさんをもてなせと」
「ふん・・・基地でどうもてなすと」
疲れを見せないように涼しげな表情を浮かべながらエースは背負ってきたザックをテーブルに置き、ソファに座る。
ふかふかとした、腰を下ろすとまるで沈むような感触に間違いのなく高級品であることを実感した。
「ハルフォーフ大尉。明日でいいが、買い物に行きたい。だが、残念な事に俺は現金を持ってない」
エースは勿論いくらかはCOAMを持っているが、世界が違うのなら紙屑同然である。
「緊急を要するなら、私達が近場まで連れて行きますし、現金も私が立て替えますが?」
「いや、明日でいい。あと、現金はないが金ならある」
「は?」
エースはザックからGA製のチタン合金素材で作られた軽く硬い正方形の小金庫を取り出し、指紋認証やら網膜スキャン等でロックを解除。金庫から紫色の布包みを取り出した。
そして、その布包みをはらり解くと黄金に光り輝く金が現れる。
「「「「はぁぁぁあああああああああ!!?」」」」
今度はクラリッサも含んだ絶叫に、さすがにエースは少しだけ眉間を寄せるがすぐに無くす。
「・・・うるさい。ただの24カラットの金だろうが」
「たたた、ただのってこれ本物なのですか!?」
「そうでなければこんな事は言わん。こいつを換金してほしい。200gが五個はある。一個あれば最低限の生活必需品は購入できるだろう?」
金は不変にして普遍の価値を持つ。
現金以外にすぐに価値があると分かりやすい物というのは、いざという時に何かと助かるのでエースが正当な取引で購入したものである。
「エーアストさんあなた何者ですか?」
「そうだな・・・傭兵志望者だな」
クラリッサはエースの答えに、違う。そうじゃない。と言うが、エースはそれを知らぬ顔しながら金を一個クラリッサに放る。
「「「「うわぁあああああああ!!」」」」
クラリッサに投げたはずの金を、黒ウサギ隊全員が貴重な物を落として傷を付けさせまいと全身を使って受け止める。
だが、17人の脚と脚が絡み合い、金を受け取ろうとする両手は金ではなく空を掴み、結果的に倒れ行く者達により生まれた人の山で文字通り全身で受け止める形となった。
「何をしている・・・」
目の前に生まれた人の山に今日何度目になるか分からない溜息を吐いた。
「まぁ、明日までには頼む。今日は帰れもう寝る」
「も、もう寝るんですか?まだ18時ですよ。それにお食事は?」
クラリッサが一番下に埋もれてるためか、上のほうにいたつい先ほどエースが撫でた赤髪のショートヘアーの子がクラリッサの代理に聞く。
「悪いな、色々あって疲れた。食事は明日貰おう」
ぞろぞろと山が崩れ、一番下に埋もれていたクラリッサが髪と帽子を整えながら立ち上がる。
「了解しました。何か用がありましたらインターホンでお呼びください。私がすぐに駆け付けます。撤収!!」
「「「了解です、お姉さま!!」」」
クラリッサの掛け声に隊員達は脱兎の如き速さでエースの個室を出て行く。
「ここはホテルかまったく・・・」
やれやれと呆れながらエースはさっそく耐Gスーツを脱ぎ捨て、ベッドに倒れる。
(三時間寝よう)
睡眠時間を決め、エースは久しぶりの長時間休眠が出来る今を感謝する。
(色々有ったが、まだ生きてる事が信じられんな。・・・これは俺に何かを果たせ。そう言っているのかセレン?)
意識が眠りの中へ落ちる前にそんな事を思いながらエースの意識が眠りへと落ちた。
Q COAMって何?
A V系のみしかやったことのない人のための説明ですV以前の作品の通貨です。1COAM=日本円で大体一万円ぐらいなので、維持費とか諸々引いてプレイヤーの持つ所持金ならば相当のお金持ちですね。