ロレフ・シュタイベルト。
ドイツ陸軍の大将という任に就く彼は、女性比率の高くなった基地内の廊下を歩くたびに、かつての同僚や部下を思い出す。
そして、ISさえ無ければ、能力有る者が然るべき場所にいたはずなのに。
昨晩、政府指示で配属された女性佐官の不注意で本来の目的地とはまったく別の場所に着いた大隊がいる聞き、しみじみそう考えていた。
「…………」
廊下を曲がり、また少し歩き。
網膜と指紋認識のドアを開け。
鉄格子の中で、やつれてはいるが自身を睨む男もそう考えているだろう。ロレフはそう思った。
睨む男の名はディルク少尉。
ロレフの元部下で、IS登場以前までは中佐の階級に座っていた男だ。
「ディルク……本当に君がやったのか?」
「……部下の中にはコンピュータに精通した者がいたが、生憎私は疎くてな、軍のコンピュータから証拠を探せばいくらでも出てくるだろ?」
ディルクの主な罪状は情報漏洩。
ファントム・タスクに国際IS委員会に届ける予定のISコアの所在と、それを護衛する部隊の戦力。
通る道までの時間といった細かな作戦内容のことごとくをファントム・タスクへ売った。
そして極め付けに、ディルクに感化された複数の部隊が突如として行方を眩ませた。
幸いなことに、ISを任された者はその中にいなかったが、ドイツの機密を知る者の複数人がいる。
武装は盗られたならば金で買えばいい。だが、情報は金では取り返せない。
事の大きさだけに世間には広まらないが、売国奴であるディルクの死はもはや決定されているだろう。
「どうして……君が」
「分からないか大将?いや、分からないだろうな。この現状を良しとし、暗黙する辞書大将殿にはな!」
牢の鉄格子を蹴り威嚇するディルクにロレフは臆すことなく立つ。
辞書大将、IS登場以降ロレフにつけられたあだ名だ。
名前の通り、分からないことがあれば調べられる便利な道具、いや、テレビや雑誌に写る他の若く美しい女性大将がふんぞり返る中、その影で小間使いのように走り回る様は女尊男卑の図そのものだ。
「…………」
「貴方は何故政府にIS推進派に抗わなかった!この十年!その日の生活に困り、泣きながら犯罪を犯す者を!!痩せこけた姿で縋るかつての部下の嘆きが聞こえなかった訳ではあるまい!?言えロレフ!!」
「家族。そして、ドイツに住まう国民の皆の為だ。ISが登場した。それでかつての部下だった多くの優秀で愛国心溢れていた者が路頭に迷った。理解している……だが、十年前……我々ドイツ軍が、軍内で対立し指令系統を崩していたら、十年前の混乱でどれだけの市民が犠牲になったか……お前にも分からない訳ではあるまい」
ロレフの言う十年前とは、白騎士事件の話だ。
ISに通常兵器では太刀打ち出来ない。それによって軍という力に対する不信感、職が失うと感じた軍人、それを失う態勢が出来ていない社会。
疑心が招いた不運だったとしか言えない。しかし、実際に十年前に各地で軍というもの、ISというものに対する様々な意見が力を持って飛び交った。
それはドイツも例外ではなく、ISを受け入れるか否かで対立し銃弾が飛び交う寸前まで過熱。
国際IS委員会が結成しISに関する全ての制御しなければ、また世界大戦にも繋がっていただろう。
「それくらい私にも分かる。だが、今!我々女ではない軍人も元軍人も苦しんでいる!犠牲になっている!!それでも尚犠牲になり続けろとお前は言うのか!?」
「そうだ!それが国民と領土と主権を守るドイツ軍人だ!!」
ロレフは威圧するように断言する。
十年前、ISを早々に受け入れることで対立が深まる前に決着をつけたことを間違いではないと叫ぶかのように。
「人道を踏みにじる遺伝子強化の実験すらも黙認した男が、国民を守るか?笑わせる……ふざけるな!」
鉄格子の隙間から伸びた腕に、ロレフは襟首掴まれ引き込まれ。
ロレフは鉄格子に強く頭をぶつけた。
「ぐっ!」
戦場から身を引いてから久しく味わってなかった痛みにロレフは呻き声を上げるが、目はディルクを捕らえ続けていた。
「大将お引きを!」
「ぐぉおおおおおお!!」
ロレフに対する暴行を見て、ようやく事態に気がつき、割って入った女性隊員はロレフとディルクを引き剥がし、ディルクに電流を流した警棒を押し当てる。
その激しい激痛に、三十代とはいえ日々の疲れに体が弱ったディルクにはかなりの負担だ。しかし、ディルクは悔しさに顔を引きつかせながら、それでもはっきりとロレフに訴えた。
「どうしてISを反対しなかったのですか。シュタイベルト少将!」
「……それだけを言いに、お前は残ったのか?」
「…………ぐっ!うぉぉぉおおおおお!!ファントム・タスクは必ず全てのISを破壊する!!このふざけた社会も破壊するだろう!!そしてお前は後悔する!十年前の選択は間違いだと!その大将の肩書きは空虚で無意味の物だとぉ!!覚えておけ裏切り者がぁああ!!」
血走った眼で、再びロレフに腕を伸ばすディルク。
しかし、その腕が伸びる前に、再び警棒が押し当てられ今度は気を失った。
ロレフは昔を思い起こすかのように空を見つめ。
「厳重に拘束しろ。他の者もふざけた幻影に感化されぬよう、口も塞いでおけ」
それだけ命令すると、顰めた顔をしたロレフは踵を返した。
――――――――――――
一つの部屋に男女二人。
いや、体格が良いだけで男は少年で、女は細い少女だ。
そんな少年は少女の口に熱い棒を突きつけ声高々に告げる。
「物欲しそうな顔をしやがって。素直になったらどうだ?」
「断ります!私はそんなものに屈指はしません!」
「皆最初はそう言うんだよ。けどな、どうやっても抗えないものがある。大人しく言うこと聞いた方が身の為だぜ?」
「くっ……どれだけ貴方に言われても私はっ!」
「じゃ仕方ないな……暴れるなよ?」
「それ以上はいけない!」
少年と少女の会話を遮るように、バタンと勢いよくドアが開いた。
水色の髪を揺らし、赤い瞳で少年を睨む少女、更識楯無だ。
だが、少し。あと一秒はあれば助けられた少女の悲痛の叫びが木霊する。
「あっつい!」
「だーから素直に口開いて食べろって言ったんだよ。何が敵の施しは受けないだ。飯食わなきゃ死ぬだろうが」
「止めっ食べ……」
「久しぶりに会って早々だけど……何してるの?」
椅子に拘束されて、無理やり焼いただけのソーセージやらパンを次々と口に捻じ込まれる銀髪の少女と、捻じ込むエース。
奇妙な図面に楯無は思わず呆れた表情を浮かべていた。
エースがドイツから帰還して数日。
エースは久しぶりにIS学園の制服の袖を通していた。
「ていうかその子誰?」
「名前はクロエ・クロニクル。どうやら篠ノ之束と関係があるらしい。ドイツで拾った」
「ドイツ云々は一先ず置いといて、あの篠ノ之束博士?」
「あぁ、所有物を弄っていたら名前が出てきた。断定は出来ないが可能性は高い」
「うわぁ……丁重しなきゃ何されるか分からないわね。何かされてないって現在進行形でされている所か」
「水だ飲め」
「……!……!」
水の入ったペットボトルを口に押し込まれ。
クロエの声にならない悲鳴はしばらく続き、ぜぇぜぇと荒い息を始める頃にはクロエの食事という名の拷問が終わっていた。
「……酷い」
「放置してやってもいい所を拾って、拘束することなく飯もちゃんとした物を提供している。どこが酷いのか私にはさっぱりだな。ハハハ」
「銃を撃ちながら追いかけて誘拐!そしてこの乱暴!この仕打ちが酷くないのなら何が酷いと言うのですか!?」
「肉体的苦痛というのはどうかな?なぁ更識」
「そうねー。じゃ、おねーさんが見本を見せてあげましょう」
そう言い、楯無はクロエではなくエースに向け万遍の笑みを浮かべた。
こめかみに青筋を立てながら。
対するエースも一週間ほど前の会話の内容を思い出し、楯無の気持ちを察した。
それ故笑顔で対抗した。
「エース君。君が先週言ったとおりフランスで散々ドンパチやったらしいわねーうんうん。シャルロットちゃんとIS学園に被害なし。偉いわねー。でも、おねーさんは色々と偉い人に頭下げたりするハメになったのだけどー何か言いたいことあるでしょ?言いなさい」
「騙されるほうが悪い」
「てぇい!」
悪びれる事無く断言したエースに、楯無はミステリアス・レイディを展開。大型ランスをエースに勢いよく振り下げる。
それは紛れも無く殺意が宿り、楯無の一週間の苦労があふれ出ていた。
ガチンと重い金属音が鳴る。
エースもディターミネイションを部分展開。
C01-TELLUSとA01-TELLUSを現出させてランスを受け止めたのだ。
「えぇい!殴らせなさい!」
「私は一言も君個人や君の家に迷惑を掛けないと言ってはいない。それ故私は悪くない」
「屁理屈だー!!」
突きと払いを交互に隙無く繰り返す楯無の連撃を、エースは突きが来るならば先端から撫でるように受け流し、払いが来るならば柄を掌で叩いて軌道を反らす。
そして反撃とばかりに、凸を二つの指で小突こうとするが、楯無も首を最小限動かして避ける。
端から見たら真剣に戦っているように見えるが、エースと楯無。
お互い、クロエや物を巻き込まないように気を使っているので、全力を出していない。
恨み言を言ってはいるものの、実質じゃれあいのようなものだ。
クロエの怪訝な視線を他所に並みの生徒では即座に叩き倒される両者の戦いは口を動かしながら続く。
「それで、その子はどうするのっ!」
「聞きたいことがある。暴れたり、この学園から出るつもりがないのならば衣服住を提供し、特に制約をつける気は無い。少なくとも、こいつが何か出来る力があるとは思えんし、する前に両脚を貰う」
「脅しているつもりですか?私は何一つ貴方の問いに答えるつもりはありませんですし、欲しければどうぞ」
「って言ってるんだけど?エース君」
「……体に聞くってのもまぁ手の一つだが……手荒なまねは極力しないつもりだ」
「その心は?」
「部屋を汚したくない」
「そのような柔和な姿勢で私が口を開くとでも?」
「開きたくなれば開けばいい。したくないのならば閉じればいい。ただ飯は食う為には口を開いてくれ!」
エースと楯無の両者の間に微かな熱気が帯びてきた頃に、エースはランスの先端を掴むと、特に取り決めた訳ではないがエースも楯無も同時に戦闘態勢を解除した。
信頼し合う仲という訳ではないが、互いに分別を見極めそこそこ遊ぶが締める時はしっかりと締める。
余裕を持つ者同士の暗黙の了解のようなものだ。
「今回はそっちも色々と苦労したらしいから見逃すけど、次同じことしたらただじゃおかないからね」
「そう何度も起きないと良いな。さて、もう明け方だ。少しくらい仮眠したらどうだ?私の帰還を聞いて飛び起きたんだろ?寝癖がついている」
「あら失礼。それなら、そうさせて貰うわ。はっきり言ってもう連日忙しくもう眠たくて眠たくて……詰まる話はまた今度にしましょう」
「あぁ。ところでクロニクル。お前も寝ておけ。時差ぼけで意識ははっきりしているが体が睡眠を欲しているはずだ。ベットは一つしかないんで、そこを使ってくれ」
「……貴方の指示には従いません」
食事の為に椅子と手錠で繋がれていたクロエはエースの手で、開放される。
クロエは口では反論するものの僅かに痛む手首を摩りながらもベットに腰掛けた。
エースの力量差はすでに嫌というほど理解しているので、今更暴れる気はないのだろう。
「お前の体調管理はお前の仕事だ」
「分かっています」
「それは良かった」
エースは部屋の電気を消し、部屋に備え付けられた椅子に深く背を預け、デスクライトを点灯。
フランスへ旅立つ前まで読んでいた、医学に関する本を読み始めた。
(さて、後は監視カメラつけてパソコン起動したまま放置したら嫌でも尻尾を出すだろう。篠ノ之束博士と接触する手段はそれでいいか)
クロエが束を護衛する為に経験を積んだ戦士だと当初は思っていたエースの予測を裏切り、筋肉や立ち振る舞いは、姉妹かと疑うほど似ているラウラと比べ。
エースの想像以上にクロエはただの少女で、何もしなければすぐに警戒を解く。エースはそう考えた。
素人が他者を警戒するなど、たかだか数時間しか保てないからだ。
部屋を改造し、尋問用の個室を今エースとクロエがいる部屋に、用意しておきながら手荒なマネをしたくない。部屋を汚したくないというのはただの建前だ。
するまでもないのである。
一時間ぐらい経った後、コンテナに詰め込んで、ネクストによる不安定な高速飛行の疲れからか、小さな寝息が聞こえ始めた頃、エースも少しだけ。深く眠った。
久しぶりに女尊男卑やら白騎士事件に触れた気がします。
次回、「ラウラ憤怒」。デュエルスタンバイ!