IS×AC<天敵と呼ばれた傭兵>   作:サボり王 ニート

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この作品における事実上のメインヒロインの織斑マドカ=サンが表紙のIS第10巻は、7月25日発売決定!
ゲーム第二弾IS2ラブ・アンド・パージは9月3日発売予定だ!
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34 根底

「ほら、逃げろ逃げろ。弾が当たるぞ」

「当てようとしているのはあなたでしょう!ていうか何で私が見えたのですか!?」

「黙れ鼠め。鳴け!」

「ひゃぁあああああああ!!」

 

薄暗くなった森の中、エムは物騒な男の声と女の声、そして一発の銃声に目を覚ました。

飛び起き、周囲を見回した後、ひどく損傷したISに意識を送り状態を確認。

あちこち赤いモニターを眺め、全体的に損傷。特に木っ端微塵となった腹部の装甲を眺め、悟る。

負けたのだ。そして運よくか、はたまた見くびられたのか捕らえられることもなく、絶対防御を超えて殺されることもなく生き残った。

エムは意識を失う前のことを思い出す。

 

「うわぁああああ!!」

 

首に極大のエネルギーを持つブレードが触れる寸前、あまりにも容易に死のイメージを沸かした。

いや、もはや死そのものと戦闘の中で磨かれた本能から感じたエムは、そのエネルギーの刃を全身全霊を持って体を無理に捻り、テンペスタのブレードと銃剣を犠牲にして軌道を変え。

ギリギリの所で避けた。

しかし、続く強靭な鉄塊を思いっきり喰らい、何度か殴られシールドエネルギーを削られた後、そのままエムは黒い機体に吹き飛ばされた。

そして必死に逃げた後、意識を失ったのだ。

 

「クソッ」

 

苦々しく、そう呟いたエムは使う予定は無かった拳銃を構え。

声の方向へ辛うじて生き残っていたハイパーセンサーで観察する。

敵戦力の中にいたラウラという名の少女に似た銀髪の少女とそれを追うヘラヘラと笑いながら銃を持った白金頭の男。

非常に危ない図面だ。しかし、そんなことよりもエムには銀髪の少女の手に目標のISコアが入った箱があるのが気になった。

 

(本物か?)

 

エムは涙目になっている銀髪の少女を見ながら考える。

果たしてあれは本物かどうか。

流し見た程度だが、オータムのシールドエネルギーの残量は撤退領域に入っているとはいえまだ戦える程度はあると確認していた。

奪取も出来ない訳ではない。

だが、エムは即刻否定する。

オータムの性格上命を賭してでも遂行する人間ではないと確信しているからだ。

そうなると他の可能性は他部隊がISコアを奪取したということになるが、ISの戦闘領域に壊滅状態でわざわざ獲りに行く馬鹿はいないとエムは踏み。

 

(偶然とはなんたる馬鹿げた話だが……両方殺すか)

 

偶然という便利な二文字で片付け。

隠密性を高めように専用機よろしく待機状態へ移行出来る、ぼろぼろのテンペスタを帰還の際に動かせるように一時解除。

声の方向へ負けた憂さ晴らしも込めた銃を少女に向けて放つ。

 

「おっと」

 

しかし、その銃弾は男が少女を突き飛ばしたことで避けられた。

だが、狙っていたのか突き飛ばされた少女は木の幹に後頭部を強く突きつけられ、きゅうと鳴いたと思ったらそのまま気を失った。

そしてその際、少女が持っていた箱は地に落ちて、衝撃で蓋が開く。

中身は紛れもなくエムの目標であるISコア。

白い玉のようなそれを男は取り出し、ポケットへねじ込んだ。

エムの中で敵と断定した瞬間である。

 

「鼠獲りはもう終わりかな?」

 

不敵な声でそう言う男の顔は月影で隠れてよく見えないが、それはエムもまた同じで男からエムの顔はよく見えないだろう。

 

「いや、今度はお前が鼠で逃げる番だ」

「そうか、なら日本の窮鼠猫を噛むという言葉を教えてやろう」

 

エムは大股で僅かに見える男の銃の銃口の光を頼りに男に銃を向けながら近づく。

考えは男も同じようだ。

光は少しずつだが、大きくなり。森が二人の為に用意したかのような、月明かりがはっきりと照らされる広場に両者は躍り出る。

そしてエムは疑問に思った。

どうして男は自身の顔を見た瞬間、信じられない物でも見たかのように目を見開いたのだろうと。

 

「何だ。子供が出てきて驚いているのか」

 

一考した後、男の目をエムは子供だからと馬鹿にしている目。のような気がして、むっとした表情を浮かべながら口調を強くして言葉を吐く。

子供が戦いに参加するなんて。

エムが所属する組織内であっても、今でも聞く鬱陶しい言葉だ。

同情するだけ同情しておいて結局何もしない偽善者。

何かしたとしても戦いのさなか早々死んで行く馬鹿者。

単純に他者から良い様に見られたい下種。

厳つい顔をしたこの男もそういった部類の人間なのだろう。エムはそう考え、殺意を抱き心臓を狙い銃を放つ。

静まり返った森の中に不相応な音が鳴り、ぼたぼたと血が地に落ちる。

 

「ありがとな」

 

呻き声の一つで上げて、偽善ぶった顔が変形するかと思ったエムの予想にまったく反した言葉。

感謝の言葉が男の口から出た。

 

「おかげで頭が冷えた」

 

エムの弾丸は男が体を反らした為か左肩に当たったようだ。

そこから垂れる赤いものは血であることに間違いない。だが、男はまったくグラつくこともなく立っていた。

 

「さて君は、織斑一夏の関係者と見て間違いないかな?」

「……織斑一夏だと?」

 

エムは頭から熱湯を注がれたかのような気がした。実際には頭に血が上り、エムの体温が上がっているだけだが、そんなことは関係ない。

怒りが殺意に変化し、殺意が力に変化する。

本来ならば自身が居た場所を奪った兄の名を出した男にエムは怒る。

 

「おっとそんな怖い目をするもんじゃない。せっかくの顔が台無しだぜ?」

「黙れぇ!!」

 

エムは男を始末した後の事を考えず、無計画に銃を乱射した。

 

「その反応、関係者と見て間違いないな。俺の名はエーアスト・アレス。呼びにくいのなら、エースと呼んでくれ。さて、縁あって織斑姉弟とは多少付き合いをさせているが……君の話は一度も聞いて事がなかったな。名前は?」

 

しかし、男は軽いステップで容易く銃弾を避けてみせ、話しかける余裕すら見せる。

エムが真剣そのものに対してエースと名乗った男はどこか面白そうに、にたついている。

この態度は当然、エムの神経を逆撫でしているような物で。

怒りで軽く歯軋りをしながらもエムは、カチカチと弾切れの情けないを音を鳴らした銃を捨て、今度はナイフを取り出すと同時に疾走する。

体格。つまりは力とリーチではどうあがいてもエースに勝てないエムは、出来る限り背を低くしながら速さと柔軟さで勝負を仕掛けつもりだ。

一発二発と足に目掛けて放たれた銃弾をするりと交わし、地に当たり舞い上がった土が再び地に戻るよりも前に、エムはエースとの距離を詰め、エースが体を屈めて一歩左足を前へ出し、銃を持たない左手を伸ばした瞬間。

エムは足首をその場で捻り、一回転しながらナイフの刃をエースの右足のアキレス腱を目掛けて振るう。

 

「……ぐわぁ!」

 

だが、エムに待っていたのは肘打ちだった。

そして続くエースの攻撃は手の平を広げて突き飛ばす。所謂ただの突っ張りだ。

しかし、か細い少女が体格の良い男から喰らうその衝撃は、数メートル吹き飛ばすには十分なもので、先ほどの銀髪の少女のようにエムは後頭部を木の幹にぶつけてしまった。

 

「くぅ……」

 

痛みにある程度慣れている成果、気を失うことはなかったがエムは頭を抑えながらも、よろよろと立ち上がる。

 

「怒りは力となる。が、怒り過ぎれば冷静な判断力を失い、最適な答えを選べず普段は犯さないミスをする……感情を支配しろ、我を忘れるな。戦場では感情を支配しきれず、我を忘れた奴から死んで行く」

 

エムから奪い取ったナイフをくるくると回しながらもエースはどこか指導するように厳しく告げる。

そして、ナイフの先端をほどエムが狙っていたアキレス腱の場所を指し示しながら、ゆったりと歩き出す。

 

「視線が俺のアキレス腱にずっと向いていたぞ。ここを狙ってますと言ってくれているのか?」

「ふざけるな!」

 

そうエムは叫び、再びエースに向け走り出す。

しかし、エムは再び余りにも容易に死をイメージさせる何かに触れて、背筋を凍らせ足を止めた。

エムは目の前にはあと少し歩みを止めなければ鼻先に触れていた鋭いナイフの先端。そして、どこまでも冷たく鋭い。

死がそこに描かれているかのような男の顔だった。

突如として出現した腹部の痛み。全身がばらばらになるかのようなそれに対し、エムは一連の動作からエースの正体に気がついた。

 

「おま――」

 

言葉を遮る様に、少女であろうが一切の容赦の無く繰り出されるエースの上段前蹴りはエムの顎を捉え、脳を激しく振動させるそれにはさすがのエムも視界が揺れ、目に涙が滲む。

けれどこれは試合ではない。ルールが無いのがルールである戦いだ。

蹴りに続く形で頬に向けて殴り抜く右ストレート、左手の手首を重点にして振り下ろされた手刀は首を強打。

脚を鞭のようにしならせた連続蹴りをエムはその小さな体に受け、内臓にダメージを重く伝わるように素早く拳を当てては引き、また拳を当てる。

軍人らしいきびきびとしたエースの猛攻をエムは一息つく間もなく、全て受けきった後、反撃も出来ずへたり込んだ。

 

(歯……折れてたら嫌だな。まぁ、その前に死ぬか)

 

痛みによる熱で感覚が分からなくなった顔にふとエムはそう思いながら、目の前に立つエースを見上げた。

頭から血を流してしまったエムには視界が赤く染まりよく見えなかったが、暗い顔よりも尚深く暗い目が印象的だった。

 

「お前……あの、黒い……ISに、男がどうして?」

「そうだ。あの黒いIS。いや、ネクストには俺が乗っていた」

「ネク……スト?」

「詳しいことは秘密だ。それよりも……」

「……殺せ。恥を……かかせるつもりなら殺せ」

 

エムの脳裏には救援した後、狂いながら死んだ。同年代くらいの同じ実働部隊の少女が敵に捕まった末路を思い出した。

あぁはなりたくないとエムは常々思ってはいたが、いざ自身の立場になると特に意識はしていないが、世間の世論が滑稽に思い始める。

何が男と女が戦争したら三日は持たないだ。

結局ISが無ければこうも容易く女は男の腕力に蹂躙される。

つまりはISという椅子に乗れなかった女は今のエムのようにされる。

そしてその後はどうなる。

助けが来るまで無事でいられる訳がない。人間は敵に対しては例え人間でもとことん非情になれるからだ。

ただ、そこは男も女も関係は無いとはエムも理解している。

そして、理解しているからといって助かる道理ではないと理解しているエムは薄っすらと歪んだ笑みを浮かべた。

だが、エムはせめてもの折れなかった証を残そうと残った力を振り絞り。エースの脚に噛み付こうとに飛びついた。

 

「ぐぁああああっ!」

 

しかし、勝てないものは勝てないし、出来ないものは出来ない。

力を振り絞っても、そう易々と実力差を覆すことも、たったの一撃も与えることは出来ないと、背中にぐりぐりと圧し掛かる脚の重圧がその事実を否応に押し付ける。

 

「加減はしたが……大した奴だ」

 

脚で脇腹を蹴られ、エムは仰向きにされる。もはや抵抗する力が尽きたエムはまさにされるがままだ。

それでもエムはエースを睨み付けるが、それをただの嗜虐心を刺激するスパイスとでも代弁するかのような笑みをエースは浮かべ。

エムの白いスーツの首元を掴みぐっと顔を近づけると。

 

「期待しているのならすまないが、生憎俺はEDだ」

 

そして、エムからしたらにもある意味侮辱にも感じる言葉を軽々と吐いてのけた。

 

「……は?ななななっ!何を言っていっ――うぅ……」

「口切ってるのに無理して話すな。さて、話の続きだが」

 

そう言い、優しくエムは放り投げられた。

先ほどよりかは遥かに痛みも勢いも無いが、また木の幹にぶつかりエムは後頭部を抑えた後。

目の前に差し出された手の平を、年相応の幼い表情を浮かべながら見つめ。

 

「俺と組まないか?」

 

思いがけないその言葉に、言葉を失った。

 

「……は?」

 

数分にも思える数秒の後、エムはようやく言葉を吐く。

今までの流れからどうしてそのような言葉をエースが出せるのか。

エムなりに真剣に考えた末の言葉だった。

そしてそれは、間違いようもなく、エースの問いに対する返事ではなかった。

 

「聞こえなかったか?俺と組め」

「いや……命令口調にって、そうじゃない!何をふざけたことを言っている!?私とお前は敵だ!!」

「で?」

「え?」

「敵だから……なんだ?」

 

意図を理解できないエースの問いにエムは一瞬混乱するが、エムの心の内はとっくに決めてある。

勿論言いたいことは多々ある。

だが、エムはそれよりもエースという敵の実力差を理解し、死を覚悟していた。

 

「……敵で種無しならば……用がないならさっさと殺せ。加減されていたことは腹立たしいが、加減されて尚お前に負けた私に……弱い私に意味など無いだから……殺せ」

「ふぅん……そうか。なら、言い方を変えよう。ファントム・タスクから抜け。強くなる為に、俺を利用する気は無いか?」

 

反論を、エムはしたい。

しかし、力強い言葉にエムは再び顔を見上げ、先ほどまでは畏怖しか感じなかったはずの目に篭る、真摯な光にエムは見とれた。

そしてエースの気分を害さないという意味でも、強くしてやるとも取れるエースの言葉にも、昼も夜も散々殴られただけに本心からエムはその力の術を学べることが魅力に感じた。

だが、それはファントム・タスクから離れる事が前提だ。

そうなるとエムには問題がある。

ファントム・タスクの実働部隊以前の記憶を体を強化する薬などでほとんど失ったエムには、自身の過去を探す手段がファントム・タスクにしかない。

それ以外に、ISの盗難を防ぐ為に、ある程度の信頼が無いものは命令一つで体が蒸発する監視用のナノマシンが注入されている。

除去しようとすれば果たしてどれだけの巨額の金が必要になるか。

今抜けるのならばデメリットどころか死しかない。

 

「……断る。私には監視用ナノマシンが注入されている……!それに私の過去も組織にしかない……だから!組織から離れることは出来ない!」

 

自分の過去を知る力。

自身を置いていった姉と、本来ならばそこに自身がいてもいいはずの場所にいる兄に復讐する力。

その力を手放すことが残念ではないとは嘘になる。けれど、エムにはそう言うしかないのだ。

 

「何だ。その程度か」

 

しかし、エースはエムの言葉を簡単に一蹴した。

 

「……お前、ナノマシンがどういうものか理解しているのか?」

「ここにあるISコアは俺の立場もあるのでな。このまま持ち去るが、俺は別の場所にISコアを一つ確保している。何か責任を問われた際、IS傭兵管理機構BIND所属傭兵エーアスト・アレスの名を出せ。他の連中は知らんがお前の身の保障はしてやる」

「ま、待て!そんな重要なことをべらべらと話すな!それにさっきの話とは繋がってないぞ!」

「気が変わったら、後日メールを送るから連絡しろ。最優先に対応してやる。あと、数時間後。湿疹を合図に、お前は高確率で高熱を出すだろうから、それまでに仲間と合流しておけ」

「だから!こちらの話を、って何をしている!?」

 

エムの言葉を遮るように、エースは左肩を襟からはだけさせると先ほどエムが撃った左肩にナイフを自ら突き刺す。

そして体から穴が開くように、捻って引き抜き。

血は当然溢れだした。

しかし、それに対し、痛がる様子も無くよしとエースは呟くと同時にエムは首の後ろを掴まれた。

そして、傍から見れば抱き締められる形で出血するその場所に口を押し付けられた。

 

「飲め。だが、飲みすぎるなよ。喉越しが悪い上に、吐き気がして気分が悪くなるからな。俺もそれで苦労したもんだ」

「やめっ!がぁっ…………」

 

エムは両手両足をジタバタと動かして抵抗するが、エースの腕は硬く大きく。止め処なく血は口に流れる。

吐き出そうにも口も鼻辺りもエースの肩の筋肉に塞がれているので辛うじて息は出来るものの、実質塞がれているようなものだ。

何よりも抱き締められた瞬間、心臓が突然に早鐘を打ち始めた。

それは異性に抱き締められたことによる高揚を意味しているのか、それとも別の物か。

混乱で頭がかき乱されているエムには考える余裕がなかった。

そして、抵抗する力が離れたいと考えるエムの意思と反して弱まり。

少しの間、エースの腕の中でおさまった後。

一度喉を鳴らし、息苦しさから開放する為覚悟を決め、言われたとおり少し血を飲んだ。

鉄の味に、何かが混じっているような妙な味。

初めて飲む他者の血にエムはそう感じた。

 

「よし。じゃ、さっきの話を忘れるなよ。また、会える日を楽しみにしている」

 

血を飲んだら、早々に腕から開放され、優しく降ろされた後。

薄い笑みを浮かべたエースは、早々に踵を返して去っていたが、エムの視界が最後に捕らえたエースの表情は複雑そうな表情だった。

その後、エムはしばらくの間。

何度も咳き込みエースの血を吐き続け、落ち着いた頃に叫んだ。

 

「あの男殺してやる!絶対に殺してやる!!」

 

たった一回でもミスをしたら死にかねない環境で、負けたのも、屈辱を受けたのもエムにとっては久しぶりだ。

これだけでエムにとっては怒る理由にしては十分だが、何よりもファントム・タスクで誰にも心を許す気もなく孤立して生きてきたエムには、今まで人肌に触れた記憶も触れられた記憶もない。

エースに抱き締められた時、エムは不覚にも心臓が早鐘打つほど何かに対し動揺した。

冷静になって考えても分からない何かを。

 

(私も昔は、あぁやって。誰かに抱いて貰ったことがあるのだろうか……)

 

ふとそんなことを思いつつも、体を起こして言いつけ通り、仲間に合流するために歩き出した。

 

―――――――――――――――

 

(興味のないミッションだったが……色々と収穫があった。それに、似ていたな)

 

少女の姿に、エースは千冬初めて会った数分しか出せてなかった素の自身の姿が出せた気がした。

セレンに似ていたからという私情しかないが、それで十分だった。

 

(叩けば伸びるな。あの子は……セレンに出会い戦いを学び始めた俺のように)

 

誘った理由、と誰かに問われれば、エースは間違いなくその少女の秘める力だと答える。

幼いなりに、そこらのIS操縦者では太刀打ち出来ない力。

戦いの中で一番危険な物が何かを一瞬で判断する力。

どれだけ痛めつけられても抗い続けた意思という力。

どれも兼ね備えた少女はまさに磨けば光るダイヤの原石だ。

そして、そんな原石であるにも関わらず、エースは教育の仕方によっては従順な僕にすることも出来そうだと思った。

自身の血液に存在するナノマシンを飲ませる為とはいえ無理やり抱き締めた時、明らかに人肌の温かみに動揺し、その熱の安心感に無意識に酔った少女の目を見て、エースは確信していた。

少女の心はとっくの昔に冷え切り、壊れてしまっていると。

どれだけ痛めつけても抵抗する強い意思はある。

だが、その根底を成す心は穴と傷だらけで、あったはずの心の幻影を追いかけて意思だけが一人歩きしているようなものだ。

それを少女は直視することが出来ずに、意思や潜在的に持つ力が強いだけに、体が壊れることなく誰にも熱を欲していること伝えられず、必死に忘れて生き続けていることを。

そしてそれに付きこんで、甘い言葉と共に熱を与えれば少女は自身の思うが侭に動く良い手駒になると。

 

(……散々殺しをしておいて、女一人でまた悩むのか……まぁ俺も男ということか)

 

だが、ここでセレンの顔が浮かび上がりエースの考えを切った。

それをしてしまったら、今度は自身の心の根底が壊れると自分自身が警告しているようにエースは感じ取ったからだ。

人類の為に戦う人類種の天敵。

それが生誕した原点は間違いなく、セレンという獣を人に変えた一人の女性の存在だ。

厳しい指導と戦いの中で、触れ合う事で人を知り、その愚かさも浅ましさも理解した上で、不可能を可能にし、強大な力に抗う人というものに希望を持った。

それを最初に気がつかせたのはセレンである。

少女とセレンは勿論別人である。

しかし、少女か女性かというだけで、面影をエースに確かに感じさせる程度には似ている。

そんな少女を自身のいい様に扱うのは、セレンという人を、その人と過ごして来た時間、今尚残り続ける人としての心。

どれも、否定して侮辱し、破壊すること他ならない。それだけは出来ることならエースはしたくはなかった。

 

(……とりあえず、今はミッションだ。ディターミネイション。通常モード起動)

 

考えを切り替え、エースはネクストを起動する。

 

アセンブル――

HEAD

HD-JUDITH

CORE

CR-LAHIRE

 

そしてプライベートチャンネルをラウラ宛に送り、繋がった所で話し始める。

 

『聞こえるか?エーアストだ』

『エースか!早く戻って来い!?ISコアが奪われた!』

『知ってるよ。もう取り返したし、犯人は殺した』

『そ、そうか!良かった……』

『まったく情けないですねぇ。気負いせずに次から頑張りたまえよ君』

『その癪に障る口調止めてくれ。こっちの失敗だけに怒りにくい』

『悔しいでしょうねぇ』

『貴様後で殺す』

 

その言葉の後すぐ、ラウラが黒ウサギ隊がISコア発見報告したためか、スピーカーからは少女たちの歓喜の声が漏れていた。

どうやら揉みくちゃにされているらしいラウラは照れているのか声が僅かに高揚しているが、被害や現状の報告をエースに話した。

煙を吸い込み過ぎて眠っている者はいるが、生死に関わるほど大きな負傷をした隊員がいなかったこと。

無事にドイツ陸軍と連絡が付き、合流地点が決まったことを。

 

『なら、もう私の手助けはいらんな。帰還するがよろしいか?』

『あぁ。本当に助かった。お前がいなかったら隊員の中から炭素中毒で死人が出ていただろう……部隊長として深く感謝する』

『仕事をしたまでだ』

『世辞だ素直に受けとれ』 

『なるほど崇め奉るが良い』

『貴様ぁ!私に対して言った言葉を忘れたか!?相手をしろぉおお!』

 

怒鳴る声にエースは僅かに笑みを浮かべつつ、先ほど押し倒して気絶させたラウラに顔つきが似て、理屈はさっぱりだが、姿を消す力を持つ不思議な少女を背負った。

ISコアに手を出した所から、敵ではある。

だが、服装からしてファントム・タスクとは関係が無さそうだとエースは考え。

おそらく第三勢力の一人として、ついでに以前聞いた遺伝子強化試験体という単語を調べるに打ってつけだと思い、IS学園の自室まで誘拐しようという魂胆だ。

何よりもし、また姿を消して逃げられても孤島という立地と、生体反応を感知する脳内レーダーを持つエースの敵ではない。

エースからすれば姿を消した所で、少女は貧相な武器しか持たない丸裸同然の小娘なのだから。

 

『何だ、今日は随分とまぁ柔らかいじゃないか?えぇ?失恋でもしたか?』

『して、ない!!!恋も……その、したこがってええぃ!しばらく会うことは無いと思って相手をしてやっているんだ!!』

『ほーう。理由は?』

『……私はこのミッションが終了したら、しばらくIS学園という全寮制の学校に通うことになっている。軍との関係が断つという訳ではないが。戦場でしかお前に会えそうな気がしなくてな』

『…………』

 

エースは内心、大笑いをしていた。

話していないから仕方ないとはいえ見事な道化だと感心すらしていた。

だから乗ることにした。

 

『そうか……だが、学校に行くということは良い事だ。軍とは違い賑やかで、多くの事を学べる。何より、同年代の人と触れ合う経験は言い刺激になる。文化や環境、過去に囚われ拒絶せず。多くを触れ、多くを学び、そして多くを奪い取り力に変えろ。必ず君の糧になる』

『何だ?年寄りくさいぞ』

『……そうだな。では、連中にはよろしく伝えておいてくれ。では、またいつか会おう』

『あぁ、その時になったら、私は貴様に戦いを挑む!』

 

明るく決意の篭ったラウラの言葉を最後にプライベートチャンネルの接続が切れた。

 

「こいつは面白いなホント」

 

エースは悪魔染みた笑みを浮かべつつ、数日後に浮かべるラウラの表情を思い浮かべ、また笑った。




メインヒロインなのにボコりました後悔はない。

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