自殺行為ね。ホワイト・グリントのオペレーターがそう言った。
勝負ともいえない一方的な戦いはすぐに決着がついた。
OBも、QBも、ただのブーストですら危険な状態である彼の機体に残された武装。
MOONLIGHT。
その攻撃力は同じ近接格闘武器である
だが、当たらなければその効果など出るわけがない。
ただひたすらに前へ歩行か、ブースト移動するしか出来ないネクストがまともに戦うことが出来るわけがなく。
ホワイト・グリントは後退しながら分裂ミサイルと手に持つライフルで迎撃。
全ての弾が機体に当たり、接近する前に彼の機体のAPが尽きた。
PAが切れ、どこも動かす事が出来ない彼の機体にホワイトグリントの右手に持つライフルが突きつけられ、発砲、炸裂音が鳴る。
コックピット部分を直撃したことを確認し、さらに二度、三度ライフルを撃ち、両肩の分裂ミサイルを崩れ落ちたPAのないネクストにぶつける。
確実に死んだと確信したホワイト・グリントのリンクスはOBを起動しどこかへと去っていた。
(行ったか・・・)
リンクスという数少ない天才を保護するために徹底的に強化された体の丈夫さが災難し、彼は体が半分以上吹き飛んだ状態でも辛うじて生きていた。
彼の中にある医療ナノマシンや強化された細胞が彼を生かそうと必死になっているが、血が出すぎた。
対ネクスト用であるライフルの弾が生身の体に当たり、ミサイルの衝撃で頭を強く打ち、成形炸薬弾により機体が燃える。
体が震え意識が朦朧とする中、彼は信じたことのない神に向けて生まれて初めて祈った。
人類に・・・平穏のあらん事を。
人類種の天敵である彼が、世界から意識を無くす最後の最後まで思ったことは。人類の幸福。ただ、それだけだった。
ドイツ某所の森の中
ミッションを連絡する。
所属不明のISがドイツ国内に現れたと偵察衛星より確認した。これを速やかに捕獲しろ。
人員はラウラ・ボーデヴィッヒ少佐、クラリッサ・ハルフォーフ大尉の二名だ。
所属不明ISは一か所に留まり、まるで他のISでも待っているかのような状態だ。
現に、君達がすぐ近くにいる場所に現れたくらいだ。
どこから来たのかも、武装も目的も分かってない。十分に注意してくれ。
なお、これは極秘ミッションだ。他言した場合はISを没収、長期間は独房に入れられると思ってくれ。
ドイツに新しいコアを手に入れられるチャンスだ。必ず捕獲しろ。
IS<インフィニット・ストラトス>とは、元は人類が宇宙進出するためのマルチフォーム・スーツだったが、既存の兵器を遥かに凌駕する性能を持ち、女性にしか動かせないことと、ISを動かすのに絶対に必要となっているコアパーツは、現状IS開発者である篠ノ之束博士でしか作成が出来ないという致命的欠陥こそあるが。
主力戦車も戦闘ヘリも捉えることが出来ない超高速三次元立体起動による一方的な攻撃を可能とし、シールドエネルギーによる不可視のバリアも脅威だが、最低限操縦者の命を守る絶対防御。それによる操縦者がISを使用している間殺すことがほぼ不可能に近いという防御力。
そんな現代兵器全てを過去の物とする。バランスブレイカーと呼ぶに飛行パワード・スーツ。それがISだ。
そして、それに対抗するには同じISが必要だ。
「クラリッサ。聞こえるか?応答しろクラリッサ!」
左目に黒い眼帯を付け、幼さ残る顔立ちに銀色の艶がありサラサラと流れる長い髪と小柄な体を持つドイツ軍のIS配備特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼ。通称黒ウサギ隊隊長の少女ラウラ・ボーデヴィッヒはISに搭載されているコア・ネットワークを使い、部下であるクラリッサを呼ぶが返信がない。
(クソッ・・・もっと気を付けていれば)
ラウラは心の中で今さらどうしようもないことに愚痴をこぼした。
「・・・隊長!聞こえますか?応戦中です!援護を願います!」
「クラリッサか!待っていろすぐに行く!」
ラウラは急ぎクラリッサから連絡を受けた場へ向かう。
5分ほど前。ドイツ軍から送られてきた情報通り、目標である所属不明のISがいる場へ部下のクラリッサと共に向かい。
ハイパーセンサーによる目視で所属不明のISを確認。
森の少し開けた場所の中に佇む、全身ネイビーカラーのそれは、ラウラの見覚えが有る物だった。
フランスのデュノア社製第二世代型のIS。
4枚の多方向加速推進翼を持つラファールリヴァイブだ。
変わったところと言えば、操縦者が灰色のヘルメットが被っているぐらいだ。
「何だ偵察衛星は壊れたのか。役立たずめ・・・」
所属不明のISと言った割にはただの凡人共が使う量産機ではないかと、ラウラは偵察衛星の精度の悪さに呆れた。
「ただのラファールリヴァイヴですねこれは」
クラリッサも同じ感想を抱いたのか呆れた口調で返した。
「さっさと終わらせる」
了解とクラリッサが答える前にラウラは動いた。
ラウラのIS<シュヴァルツェ・レーゲン>に搭載されている六基のワイヤーブレードを使い、捕える必要はないと思いながらもミッション通り捕獲することにする。
だが、そのワイヤーブレードはラファールリヴァイブに届くことはなかった。
ワイヤーブレードがラファールリヴァイヴの手足を絡めようとした瞬間。ラファールリヴァイヴが突如、ISを展開する時に発せられる。光り輝く粒子を辺りに散らしながら消えていった。
「「なっ!?」」
ラウラ、クラリッサ共に驚きの声を上げる。
だがその驚きも、次に来た物に消された。
何もなかったはずの空間から一機のISが現れたからだ。
(ハイパーセンサーがまったく感知出来なかっただと!それに工学迷彩か!?)
ISにはステルスモードが搭載されており、探知されないようすることが出来るが、至近距離ではハイパーセンサーには感知されるはずだ。
だが、全身薄い灰色。ISには珍しいフル・スキン<全身装甲>で異常なまでに長く太い両腕、それを支えるには細い滑らかな両脚。頭にはセンサーレンズらしきものが並べられているそれを、まったく感知することが出来なかった。
「こいつが本命か!避けろクラリッサ!」
ラウラが叫んだときにはもう遅かった。
所属不明のISが両腕からスラスターを展開、腰を捻り、クラリッサ、ラウラの順に巨大な拳で殴り付ける。
不意を突かれたクラリッサはガードする間もなく吹き飛ばされ、ラウラは咄嗟に右肩部にある試作品の大口径レールカノンを盾にし、直撃を免れたが、レールカノンの銃身が歪んでしまった。
「ぐぅう!」
試作品のレールカノンを犠牲にしたが衝撃は防ぎ切れずにクラリッサとは真逆の方向へ吹き飛ばされた。
ラウラはPIC<パッシブ・イナーシャル・キャンセラー>による慣性制御とワイヤーブレード二基を巧みに使い、二本の木を貫き。ラウラを矢、ワイヤーブレードを弓の弦とし、弦を引くのに邪魔をする木はプラズマ手刀を使い切り倒す。
衝撃を殺しきったところで矢を放ち、運動エネルギーとPICによる加速。最初に灰色のISを接触した場所へ向かう。
「どれだけ飛ばされた!?それに、たったの一撃でシールドエネルギーが四分の一も減らされただと!?」
ハイパーセンサーを欺くほどのステルス性能を持つ上に、たったの数発でシールドエネルギーが0になるような相手。
危険。ラウラの思い浮かべた言葉はそれだった。
(もし、いつでも完全に隠れることが出来たら、一機で戦うのは余りにも危険すぎる)
ラウラは気を引き締め、周囲を警戒しつつ、コア・ネットワークに接続した。
んっ?・・・生きている?
彼が真っ先に思い浮かべた疑問。
間違いなく死んだはず。
全身から溢れ出る血を、どうしようもなく体が震えていたことしっかりと感じ、覚えている。
だが、体を動かすと何故か無くなったと思っていた半身の感覚があり、普段通りに手足を動かすことが出来た。
彼は気怠い瞼を開けるとそこには、青々とした細長い葉を茂らせている木が眼前にあった。
「・・・木?」
彼は上体を起こし、生きていることを不思議に思いながらも周囲を見渡した。
「何故・・・木がこんなにも生えている?」
困惑した。生きていることよりも、眼前に広がる一面の草に花に木に緑に彼は驚いた。
荒野や砂漠が広がる荒廃した世界。コジマ粒子による更なる環境汚染。そして環境を無視する企業という支配者。
その結果が、木も草も苔すらも自然と生えることのない世界。
そんな世界に彼は生きてきた。
ありえない。
脳内にあるコンピュータとレーダーを使い、冷静に現状を理解しようとしたが返ってきた答えは。
彼は死後の世界でも、妄想空間でもなくたしかに生きおり。
これら全ての物が正真正銘の草であり木であり。
致命的な環境汚染を引き起こすコジマ粒子は一切存在しないという事だった。
「どういうことなんだ・・・」
彼は戸惑いながら草と判断した、地面に生え風に揺れるそれを手でむしり取り鼻に寄せて嗅ぐ。
そしてその草から出る青臭い緑の匂いに。
「・・・あぁ」
頬に伝う涙を彼は意識せざる負えなかった。
まるで天国だ。
人を虐殺し地獄に行くことしかあり得ないと考えていた彼に待っていたのは、それと真逆の光景。
言葉が出ない。見ることが感じることが生涯ないと思っていた自然の息吹がそこにあった。
美しい。彼は心に刻み込むようにその光景を脳に焼けつけた。
(・・・さて)
彼は流れた涙を拭い、もう一度冷静に周囲を見渡す。
(精神安定剤を探すか)
感動はした。感動したはいいがその感動と同程度に彼は混乱はしていた。
幸運なのはコックピット内にあった武装や食料、薬などといったクレイドル襲撃前に蓄えるだけ蓄えておいた物が辺りに散らばっていた事と、黒色の耐Gスーツは傷がなく新品同様だ。という事だ。
それらを集め、どこか異変がないか一つ一つ確認し、緑一色のここでは意味の成さない砂漠用迷彩色のザックの中に詰め込む。
安定剤を一錠飲み、次に彼は武装を確認する。
ローゼンタール製のごく普通のサバイバルナイフ。
そしてハンドガン、アサルトライフル、対パワードスーツ用大口径ライフル。
ハンドガン、アサルトライフル共に信頼性の高いGA製の物で口径は9mmと7mm。
弾は痕跡を消す時に薬莢を拾う必要のないケースレス弾を使用している見た目がただの長方形の箱にしか見えない物と。
BFF製の口径が18mm、銃身長700mmもある、強化人間か、鍛錬を積み重ねた人物でなければまともに構えることが出来ないが、最大有効射程が3000mもあるノーマルですら当たり所が良ければ撤退にまで追い込める銃である。
バレルやグリップ、弾薬などを念入りに調べ、バラバラになっているパーツを組み立て、サバイバルナイフを左太腿のナイスシースに入れ、ハンドガンを右太腿にあるホルスターへ収納し、アサルトライフルを肩に背負う。
パワードスーツ用ライフルは担ぐには大きすぎるので分解し、ザックに入れた。
合計重量30kg近くはあるが強化人間である彼の人工筋肉や強化された骨がそれを支える。
(ん?)
ふと、首に違和感を覚え、触れてみると首輪らしきものがあった。
(なんだこれは?こんなもの着けていたか?)
あいにく、彼の持ち物には鏡がなく、どんなものか確認することは出来ない。だが、触れると不思議とこの首輪をこれまでずっと着けてきたような錯覚を覚えた。
(・・・まぁいい。どちらにしろ情報収集が必要だ。人に会わなければ)
彼は、この世界の情報を集めるための第一歩を歩みだす。
と同時に脳内のレーダーが人型にしては少しサイズが大きい存在を二つ探知した。
一つは生体反応、もう一つは無人機と反応。
その存在はサイズが大きいことも気になるがそれ以上に素早い。
(何だ?戦闘中か?)
彼は草むらに体を伏せお互いぶつかり合うように向かってくる一人と一機を、分解しておいたパワードスーツ用大口径ライフルを組み立てながら待った。
(捉えた!)
最初に所属不明のISと接触した場から1km離れた所で、ラウラのハイパーセンサーがクラリッサのIS<シュヴァルツェア・ツヴァイク>と所属不明のISを視認。
どうやらクラリッサが一応という形で押しているようだ。
「おおおぉぉ!!」
クラリッサが吠え、シュヴァルツェア・レーゲンと同じ武装のプラズマ手刀による突き、払い、突きの連撃。そして、それを両腕を盾にして防ぐ所属不明のIS。
プラズマの刃が所属不明のISの両腕の装甲を焼き、火花を散らす。
カウンターとして来る拳には距離を取って対応し、レーゲンより数の少ない4基のワイヤーブレードで本体を切りつける。
だが、ワイヤーブレードでは威力が弱く、フルスキンに守られた体に致命的なダメージを与えることが出来ない。
コア・ネットワークを使いラウラはクラリッサのプライベートチャンネルに接続、シュヴァルツェア・ツヴァイクと機体情報をリンク。
(まずいな・・・やはりあいつは危険すぎる。だが勝つ!)
シュヴァルツェア・ツヴァイクの試作品、連射型レールカノンは破損。
シールドエネルギーは150を下回り、あと一発でもあの拳の直撃を受ければ具現維持限界<リミット・ダウン>になるだろう。
「クラリッサ!後退しろ!!」
ラウラの声にクラリッサはワイヤーブレードを包囲するように囲い、四基のブレードを同時攻撃しながら下がり、ラウラは六基全てのワイヤーブレードで所属不明のISの両腕を絡め腕の動きを拘束し、PICによる加速。
そのスピードを保ったままプラズマ手刀を所属不明のISの胴体を斬りつけ、体を守るフル・スキンの装甲を切り裂く。
手応えあり。だが、ラウラは油断せずワイヤーブレードの拘束を解除させ一度距離を取る。
「隊長。感謝します」
「勘違いするな。こんなところで負けては教官の名に泥を塗ることになる。勝つぞ」
ラウラは思い出す。
織斑千冬。第一回モンド・グロッソ優勝者にして、一年間ドイツ軍の教官として指導をしてもらっていた女性の姿を。
気高く、強く。刀の様に研ぎ澄まされた心から尊敬するその人を。
「了解。行きましょう」
最強に指導してもらった自分が、誰にも負けるわけにはいかない。ラウラは密かに闘志を燃やす。
「遅れるなよ」
ラウラは所属不明のISへ先ほどのPICによる加速を乗せた攻撃しようとしたが、ラウラの後ろから轟音とも呼べるような銃声が鳴り響き、一閃の光と風を切るような音が走る。
その光がラウラのプラズマ手刀により傷つけられ、穴が開いた装甲へ直撃した。
「クラリッサ!?」
「違います!!」
ラウラはもう一度シュヴァルツェア・ツヴァイクを見る。レールカノンは使用不能状態に変わりはない。
どうしてとラウラが考える前に、コア・ネットワークのオープン・チャンネルが見たことのないIDを表示し、声が発せられる。
『聞こえるか?無人機撃破の援護をする。繰り返す。無人機撃破の援護をする』