放課後の午後五時。フランスでは午前十時頃。
エースは携帯電話を右肩で押さえながらデュノア社社長であるフランソワに電話を掛けていた。
勿論フランスが代表する企業に電話を掛けいきなり仕事中であろう社長を出せという無茶な要求が簡単に通る訳がない。
何言ってんだこいつと言いたげな冷淡な女性の声にエースはエグザイルの名を出し、出さなければ所有している株を全部売ると脅した。
嫌がらせをしようと決めた日からコツコツと目立たないように、デュノア家親族以外が持っているデュノア社の株をかき集め今ではデュノア社の株を三分の一を所有しているエースは所謂大株主だ。
株を買い集める手口はただでさえラファール・リヴァイブを世界中に売り尽くした為に、全盛期が過ぎ下落傾向。
さらにエースによる有象無象の嫌がらせによって、徐々に株価が下がっていく旨味のないデュノア社の株を少し高めに買うと甘い言葉で誘い、全て奪うという、税が適応されずに法外な報酬を得るIS傭兵だからこそ出来る金の力によるごり押し。
これによってたった数ヶ月でデュノア社にとってただの株主ではなくなったエースの要求を断れる訳がなく。
『まったく会議直前で……アポイントなしは失礼じゃないのか?エグザイル氏』
苦々しそうな声で出てきたフランソワにエースは鼻で笑って返した。
「デュノア社の株を三分の一は持っている。どうせ第三世代第三世代と開発担当者を責めるだけの無駄な時間を止めれるくらいの権限は十分にあるはずだが?」
『君は……!』
「安心しろ手短に終わらせるつもりだ」
『…………』
「まずは先日のミッション、クアッド・ファランクスの件だ。通常兵器でのISの破壊。そのコンセプトに合った良い武器だった。私には不要だが、今後は第三世代よりもクアッド・ファランクスの改良と量産を目指したらどうだと株主として提案しておく」
『……それが本題か?先日君が送ったデータの中にすでに似たようなことを書いてあったはずだが?』
「まぁただの意見だな。では本題だ。何故今私が住んでいるIS学園にシャルロット・デュノアを男として送った?」
フランソワはエースの問いに沈黙で返す。
正確に言えばエースがIS学園にいるとはまったく予想しておらず返す言葉が見つからないのだ。
しかし、誰もフランソワを責めることは出来ないだろう。
傭兵と言う金次第でいつ暴れ出すか分からない危険人物を有望な人材が多くいるIS学園に送り込むIS委員会の方が常識から逸脱しているからだ。
「宣伝か織斑一夏の生体データか使用しているISの奪取か。まぁ少なくとも私はターゲットに含まれていないようだな」
『あぁ、シャルロットは君を害するつもりは一切ない。織斑一夏の生体とISのデータを奪取するように命じたのは私で、シャルロットはただ私の指示に従っているだけだ』
フランソワは親としての心を失っていない。
会社や自分よりも真っ先にシャルロットを擁護したフランソワにエースは憶測ながらもそう判断した上で、フランソワの性格を利用しさらに追い立てる。
「そうか。だが私はデュノアを害する気があるぞ。残念ながら先制攻撃を仕掛けたのは君達の方だ」
『……シャルロットをどうするつもりだ』
「どうするねぇ……楽しみにしておけと、言わせてもらおう。君は望んでいないようだが、私達はすでに敵同士だからな。切るぞ?」
『待て!切る――』
エースはフランソワの声を無視して電源ボタンを押して制服のポケットへ仕舞い込み、何度も振動する携帯を無視して中断させていた作業を開始させる。
現在エースがいる部屋は1025室、つまり一夏の部屋だ。
そして今日からシャルロットという女が入居する部屋でもある。
(照明の電気を少し貰うか。照明を落としているときは電気をカメラのバッテリーに充電するようにしてと……)
エースの行っている作業とは簡単な話、監視カメラの設置だ。
真の意味でのプライバシーの侵害、所謂犯罪だ。
しかし、エースに罪悪感などはない。
「盗撮はどうかと思うなー傭兵さん」
そしてその犯罪行為を咎める楯無の声に構わずエースは作業を続行する。
楯無は気配を隠しながら行動しているが、エースには脳内レーダーがあるため奇襲と言うものが全く意味を成さない。
まったくのノーリアクションに楯無からため息が漏れるが、エースは楯無にある用事があったためお構いなしに話しかける。
「馬鹿いえ、これは貴重な男性IS操縦者を保護するための防犯行動だ」
「物は言いようとはよく言うけど、それは強引すぎ」
「……とりあえず部屋を出よう。もう用事は済んだ」
エースが鍵を掛けておいた部屋のドアに背中を預けている楯無と会話をしながらエースは防犯カメラを複数台設置し、一夏が違和感を覚えないように僅かでも動かした家具の位置を修正する。
そして、一切の証拠を残さぬように掃除を始め、工具一式を手に持ちエースは脳内レーダーで周囲を確認した後一夏の部屋を出る。
楯無もエースに続いて一夏の部屋を出ていき、学園の教師しか持っていないはずの各部屋のマスターキーを使用して施錠した。
「ところで更識。お前はデュノアの件については、理解しているか?」
勿論知っているよなとエースは言いたげに、半分は本気で半分は冗談で試すかのような口調で楯無に話し。
それに対して楯無は余裕綽綽といった笑みを浮かべながら当然と書かれた扇子を広げ鼻で笑った。
「シャルロット・デュノアちゃん。デュノア社社長のフランソワ・デュノアの愛人の娘さん」
「完璧だ。轡木から聞いてないよな」
「ちゃんと自分で調べました!エース君。お姉さんの事信用してないのね悲しいわ……およよ」
「するわけないだろ。依頼次第ではいつでも君を襲う所存だ」
「怒っちゃうわよ!?」
「知った事か」
同年代の学生に比べ、大人びた印象を受ける楯無の笑みの裏には、暗部組織の当主として努力あってこそだろう。
エースは冗談を交えながらもしっかりと更識家の評価を上げた。
フランス代表候補生であるシャルロットをIS委員会や日本政府に根回しなく、IS学園に男性として送り込むのは不可能だ。
例えば身体測定でもされようものなら女だとすぐにバレてしまうだろう。
日本政府もIS学園もシャルロットを黙認している。
そしてデュノア社の推薦という形ではなく、フランス代表候補生としてシャルロットを送り込んだ時点でフランス政府もこれを黙認している。
つまり国対国で政治的なやり取りをしているということになり、国家機密である情報を得るのは並みの組織では非常に難しい。
それも、シャルロットの転入までの期間を考えてもせいぜい二、三週間くらいの期間しかなかったのだ。
だからこそ、エースは更識家の情報収集能力を評価するべき物だと判断した。
「更識。君はデュノアをどうするべきだと考えている?」
「変なことしないで普通の生徒のように普通に学園生活を送ってくれるのなら私は何もする気はないわ。十蔵さんも個人的なやりとりが少しあったらしいけど考えは私と同じ」
「つまり今のところは君も用務員も何もしないと」
「そうねーエース君はシャルロットちゃんをどうするつもりだったの?」
「攫ってどこかに売り飛ばす」
「あらあら過激ね」
「と思っていたが事情が変わった。金の準備が出来次第俺は少し馬鹿をやるつもりだ。最悪フランスを敵に回す可能性があるけどな」
すっと楯無の雰囲気が猫のような能天気な物から冷たい刃物のような物へと変わる。
エースの発言は委員会の犬としては余りにも行き過ぎた発言をしたからだ。
しかしエースは楯無に臆することなく言葉を続ける。
今ここで楯無やIS学園教師、そして千冬を相手にしてもエースは荷物を抱えて逃げ切れる自信があり。
そしてそのリスクを背負ってでもやるべきことをエースはデュノア社の依頼から考え出し、計画を立てた。
緑の息吹を感じた木々にエースが涙を流してから早くも三ヶ月経過している。
エースはただ目的の為に少し行動を起こす時が来たとしか考えていない。
だが、エースの目的を楯無が知っている訳がなく、お互いの考えを探るような視線が交わるにつれて鋭さが増していく。
「まぁその最悪にならんようには行動するつもりだ。だからしばらくの間俺の行動を見逃してほしい。安心しろ学園に迷惑は掛けん」
「それを私が信じると思う?」
「思わん。だが信じろとしか言えん」
「…………」
両目はしっかりと楯無を捉えておりながらもどこかはるか遠くを見通しているかのようなエースに楯無は小さなため息を出し。
「
静かにISの名を呼んだ。
瞬間、光の粒子に包まれた楯無にエースも手に持っていた工具箱を空へと放り投げ、パートナーである愛機の名を呼ぶ。
(ディターミネイション。戦闘モード起動)
色が違えど光る粒子に包まれた両者から強烈な光が発生し、辺りを白く染め上げる。
そしてその瞬間を狙ったように飛び出してきたもう一人の人間をエースは脳内レーダーで確認していた。
最先端技術である強化人間の力と、研ぎ澄まされた動物的直感を持つ人間に奇襲を仕掛けても突破は不可能に等しい。
アセンブル――
HEAD
LINSTANT/H
CORE
SOLUH-CORE
ARMS
LINSTANT/A
LEGS
XLG-SOBRERO
R―ARM WEAPON
L―ARM WEAPON
「ッ!!」
「……あらら。避けられちゃった」
戦いの始まりは極めて静かに始まり、エースが放り投げた工具箱が落ちるより早く一瞬に終わった。
楯無から戦闘の火蓋を切られたが、楯無がISを展開したのを気配で察したエースは反射的にACを展開。
そして楯無の大型ランス蒼流旋の突きを動体視力で攻撃を見切り、体を逸らして躱したエースは右手に装着されたMUDANの射出口を楯無の装甲無き胴体へと当てた。
エースの取り出した武器はACの装甲に使われている金属で構成されたAFの様な巨大な鉄の塊でさえ揺れ動かす一撃必殺の杭だ。
射出しようものなら、杭の質量と強度のみを頼りにした力任せの一撃が衝撃を逃すことには長けていない絶対防御を優に打ち破り、柔らかな四肢が内部からの衝撃で飛散するだろう。
それに加え、エースと楯無が動き出した瞬間を狙って飛び出してきた掌サイズの小さな機械を持った少女の額にエースは左手に持つハンドガンを攻撃される前に突き付け、その引き金には指が掛けられている。
つまり、二人の命はすでにエースの手に握られているも同然だ。
その後、数十秒三人は動かずに動向を伺っていたが、楯無がISを解除すると同時に出た小さなため息が沈黙を打ち破った。
エースも武器は取り出したものの、最初から攻撃する気は一切なくAMSを停止させ楯無と同じく小さくため息を出した。
「不意打ち失敗ね。虚」
「申し訳ございませんお嬢様……」
「別にいいわ。でも、本番の時はよろしくね」
虚と呼ばれた少女の面影が本音と重なったことや、虚が持つ機械に質問を投げかけたいエースだったが楯無と虚の話が終わるまで散らばった工具類をこそこそと拾い集め。
二人の話が一段落終えた所で自己紹介を兼ねて口を開く。
「とりあえず、布仏の姉でいいかな?エーアスト・アレスだ。よろしく頼む」
「えぇ私は布仏虚。楯無お嬢様の使用人で本音の二つ違いの姉です。あと本音がお世話になってます」
「お嬢様はやめてよね。せめて学園内は会長って呼んでちょうだい虚」
「申し訳ございません癖で」
「布仏だと被るな……布仏先輩でいいか?」
「はい」
「あ、じゃあ私は楯無先輩と呼びなさいエース君。それがいいわ先輩には尊敬の念を持って――」
「お前は更識で十分だ」
「ちょっと!?」
「ところで、布仏先輩その手に持っている機械は何だ?」
虚が手に持つ機会をエースはマジマジと見つめながら機械を指でつつき。
にょきにょきという擬音がピッタリな勢いで生えてきた六つの足の様な物に驚嘆の声を上げた。
楯無がISを展開した以上にエースが疑問に思ったのは虚が持つ武器だ。
エースが今いる世界では最強の兵器として君臨しているISを持っているのならばともかく、普通の人間ならこの武器を使えば勝てると確信を持たなければ戦車に生身で突撃するようなことは誰もしないだろう。
楯無の使用人ならばエースの機体性能も把握しているはずのだから猶更である。
「気になりますか?これはリムーバーです。ISコアを強制停止させて、展開を解除出来る、IS条約の関係で世界でも僅かしかない強力な機械です。ですが、一つに付き一つのISにしか使えないのが難点ですね」
「で、これを使ってどうするつもりだったんだ?」
「耐性を付けるのよ。まぁ簡単に言えば予防接種ね。一応は貴重な男性IS操縦者だから何かあったら困るし。後で貼らせてもらうわよ」
(……俺に付けた所で意味があるのだろうか)
ISコアを強制停止させるのであって、ACNISというISの名を持ちながらもISコアを搭載されていないACには一切関係がない。
使った所であまり意味がないと判断し、リムーバーではなく今度は開発元に興味が湧いたがエースだが、その前に咄嗟の事とはいえ生身の人間に遺体すら残さぬほどの強力な銃の銃口を突き付けた非礼をしっかりと詫びた。
そのうえで開発元を虚に聞いたエースだったが、極秘の一点張りで拒否する虚に項垂れる結果となった。
「……さて、改めてもう一度言おう」
答えない人間はどれだけしつこく聞いても頑なに答えない者が多い。
その為の苦痛を与える拷問だが、それでも尚口を閉ざす者もいる。
しかし、拷問してまでも虚に聞く必要性はないため、一時諦めたエースはそう言いながら楯無の赤い瞳をしっかりと見つめた後に膝を折り曲げ跪く。
信頼関係どころか信用すらしていない。
しかも一歩間違えれば敵となる人物を信じるのは困難だ。
ならば誠意を態度で示すしかない。
年下の少女からほんの少しの信用を得るために、人類種の天敵と恐れられた人物が、目的の為にその頭を深々と下げた。
「信じろ。俺は学園に迷惑を掛ける気はない。二週間だけでもいい。その間俺の行動を不問にしてくれ」
周りの音を打ち消しているのかと錯覚するような力強い信念を感じ取れる声が三人しかいない寮内の廊下に響き渡る。
楯無は静まり返った状況の中、エースの言葉と態度に返す言葉を必死に考えながら見下ろしていた。
虐殺に近い非人道的な仕事でも、淡々とこなすIS傭兵としての一面を知っていて尚且つ、正確な射撃能力、強靭な肉体、奇襲を察する感の良さ。
ISがない生身での実力も身を持って体験した楯無はエースの優良性を把握している。
だからこそ自然とプライドが高い物だと楯無の中で勝手なイメージが定着していたため、そのイメージとはかけ離れた行動に焦りに焦っているのだ。
(駄目か。更識の目をどうやって誤魔化すか……)
数分間も相手にされずにエースは楯無も敵に回すことを覚悟していたが、顔の近くに人の気配を感じ思考を停止する。
そして囁くように聞こえてきた楯無の声にエースは人知れずに下衆な表情を浮かべる。
「学園に被害が生じた場合はいかなる特記事項を無効とし、どんな指示でも私と学園に従って貰います。守れるなら、エース君が言う馬鹿が終わるまで黙っていてあげる。危険な橋を渡るから、私達にもメリットがあるのよね?」
「勿論だ。出来る範囲内で協力しよう」
「……じゃあその時が来たら少し協力して貰うわね」
「何だ今すぐじゃないのか」
「えぇ、貸し一つってことで」
「大きな借りにならんことを祈るよ」
楯無の言葉に不審に思いながらもエースは歪ませていた表情を元に戻し脳内ではさっそく、日本とフランスへの対処を考えていた。
対処と言うのはもちろん武力による解決ではなく、戦わない為の交渉の内容だ。
武力を使えば面倒な手順を踏まずともすぐに黙らせることが出来る。
そして黙らせるほどの圧倒的な力をエースは持っているが、不必要な流血は民衆と言う厄介な敵を作るうえに、世間に存在が露見されれば嫌でも注目が集まり迂闊に人殺しを行うようなミッションへ行くことが出来なくなる。
金さえあればなんでも行う傭兵という自身の価値と立場が消え失せ。
元々IS委員会にとっては格好の実験体であるエースが国際指名手配されて研究所に送り込まれても何ら不思議ではないのである。
だからこそ、傭兵としてではなく個人として動く場合は目立たないように動くことが必須となり、プライベートには関わらないと宣言したIS委員会の目の代わりとなって逐次報告している更識家を押さえることに成功したことはエースにとっては喜ばしい事この上ないのだ。
立ち上がり。さっそく部屋へと向かおうとしたエースだが、普段ならば絶対にしない試合ではなく死合として戦う可能性が高い相手に助言を送る。
エースなりにようやく目的のために一つ行動を起こせるので、気分が良いのだ。
「ところで更識。戦いに手を抜くのはお前の勝手だが、時と場所を考えろよ」
「大丈夫、年上の余裕って奴よ。それに切り札は最後まで取っておく物じゃない?」
「切り札か。いつか見てみたい物だ……ところで、せっかく防犯カメラを仕掛けたんだ。あの二人を見るか?」
「あ、それいいわねー!面白……ちゃんと不純異性交遊しないか見張らないとね!」
「織斑がデュノアを女だといつ気が付くか賭けるか?」
「うーん……一週間。シャルロットちゃんが一夏君に良からぬことをしたから、で」
「なら俺は織斑が偶然転んでデュノアの尻を揉んで気が付くに賭ける。あぁ、二週間だ」
楽しげに語り合う二人だが話の内容は明らかに悪趣味な変人そのものだ。
「放置されましたけど、放置されて良かった」
傍から聞いていた虚はそう呟きながら主の意向通りにIS委員会に偽の情報を送り込む準備を始めるべく、生徒会室へと向かっていった。
銃口を突き付けられ、息が詰まるほどの殺意によって流れた冷や汗を拭いながら。
Q:株売って脅す関連
A:経済関連を勉強している方にはおかしいと思われるかもしれませんが見逃してくださいお願いします。
とりあえずいきなり体の約三分の一をよこせ言ってるようなものだと解釈してください。シャルロット関連を解決させようとするといやでも国を相手にしないといけないんです。