要はアホ。
エースは保健室に備え付けられている椅子に座りながら見舞い用に買った、しなしなとした触感にほんのりとしか感じれない甘さのせいで残念かはずれとしか評価できないリンゴを齧っていた。
(喰えんことはないがな)
合成食品よりは良いと言い訳しつつ、食べ掛け以外の残りのリンゴは一夏に食べさせようとポケットナイフを取り出す。
リンゴの皮は剥くのが一般的だが、エースには皮も栄養の一つとしか認識していないので皮を残しながら切っていく。
(あれ?こっちの方が美味そうだ)
先ほど食べたリンゴに比べて見るからに水分が多めで、半透明の蜂蜜色の蜜があるリンゴを恨めしく見ながら切っていき、プラスチックの皿の上に置く。
そしてしなしなとしたリンゴを再び齧り、オレンジ色の暖かい光を放つ夕日を見ながらエースは数十分前にいた千冬との会話を思い出す。
「アレス。IS学園の代表として学園を防衛に協力してくれたことには感謝する」
そう言い頭を下げる千冬にエースは僅かに困った顔をする。
セレン本人だったら滅多にしない行動を見せつけられているようで内心祟りが起きないか心配になっているのだ。
「頭を上げてくれ。学園の防衛というミッションだったら怪我人出した時点でミッション失敗だ。私はあくまで他の仕事と寝床のためにを戦ったにすぎん」
「私にも役目がある立ててくれ」
「だったらなおさら頭を上げてくれ。君は味方でも敵でもないが私と対等な立場なんだ。余計な事をするな、それでいい」
怒りたいのか呆れたのかどっちつかずな複雑な表情を浮かべる千冬にエースも同じく、感謝されることを喜ぶべき当然と捉えるべきか複雑な表情を浮かべる。
避難誘導、治療行動、無人機撃破と損得感情でしか動いていなのにも関わらずまるでヒーローのように持てはやす女子達に対処しきれず、エースは保健室まで逃げてきた。
エースが一夏の見舞いに来た一つ目の理由だ。
「……どちらにしろ仕事をさせたんだ。礼がいるな、何が欲しい?言ってみろ」
「デートでもするか?」
「ば、馬鹿な事を言うな!」
頬を僅かに赤くした千冬にエースは自然と千冬から夕日へと目を逸らし、乾いた笑いを返す。
エースからしたら真剣に言ったつもりはないのだが、完全に拒否する気はないらしい、千冬の予想外な反応にどう対処すればいいのか分からないので頬に冷や汗を流しながら笑うしかないのだ。
(織斑姉弟にこの手の話をするのは二度としない。二度とだ)
頭の中に浮かべたことを深く記憶し、頭を緊急冷却する。
少しだけ乱れた調子をすぐに取り戻す。
千冬もゴホンと咳を出し、話を流すことを決めたそうだ。
「なら報酬はいらん。私にも傭兵としての矜持があるからな」
「あーそうか……ところで、お前はなんで一夏の見舞いに来たんだ?」
「……血も涙もない屑だが、厚意をもって接する相手を心配しないほど人間をやめたつもりはない。ということにしてくれ」
「……頼りにする気はないが今後も一夏に悪影響を及ぼさないならよろしく頼む」
そう言いながら保健室を出ていく千冬にエースは何も返事をせずに夕日を眺めた。
(目的のために殺し続ける屑でもあり、意志を持つ人間でもあるのならば。俺はいつまでたっても答えを迷い続けるストレイドか?)
目を閉じればすぐにでも思い浮かべることの出来る地獄絵図。
銃声は、さらなる銃声に埋もれ。
爆風は、新たな爆風にかき消される。
生きるために、欺き、裏切り。
昨日までの味方にさえ、銃を向け。
倒さなければ、倒される。
極限の状況の中で生き残るために戦う。
時に人間の情を捨て、生き残るために獣の如く地を駆けることになってもだ。
(いや、俺はディターミネイションだ。迷うことは俺が許さん)
彼は平和を謳うにしてはもう心が穢れすぎた。
彼は愛すべき誰かを作り守るにはもう手が汚れすぎた。
彼は罪を償うにはもう殺し過ぎた。
彼は破滅に抗う人間の可能性をすでに見た。
彼は獣の果てのような人間をすでに見た。
彼は獣に情を呼び起こした人間をすでに見た。
天敵と恐れられることになっても彼を動かし続ける答え。
それはたった一つ。
(人類に平穏のあらんことを)
大の為に小を殺す。
人類の為に人を殺す。
矛盾した存在にしてエゴの塊。
彼の目指す物はまるで神のような力の権化だ。
(今回の件でIS委員会と学園がどう動くか)
正当防衛とはいえ授業とミッション以外での戦闘行動と、実際に壊していないとはいえ、貴重なコアを破壊する気があると明確に意志を見せた。
縛り付ける者達としては番犬が勝手に暴れ出したうえにたった450強しかない貴重なものを一つ壊した。
躾けとばかりに何かあるとエースは睨んでいる。
(まぁ、いざとなったらコアを手土産にどっか行くか。有澤の温泉に行ってみたいし、栄えている上海を見るのも面白そうだ。壊された世界遺産達を見るのも魅力的だな。まぁそれ以上に居心地の良いぬるま湯から出ないのが一番いいけどな)
エースはしなしなとしたリンゴを軽々と握りつぶす。
強化人間としての力もあるが、元々体を鍛えてきたエースにとってはリンゴを潰すくらい簡単なことだ。
手首に滴り流れる果汁を舐めとり、レーダーで確認した次に来る来訪者のために椅子を立つ。
名も無き獣は答えを改めて決心し、答えのために問への旅を続けていく。
――――――――――――――――――――――――――――――
一夏は重い瞼を開けて、明るくなった視界の中に鈴の顔がすぐ近くにあるのを確認した。
「何してんだ?」
「うわわぁ!!」
ぴょんと兎のように跳ね上がった鈴を見ながら一夏は上体を起こす。
「お、おおお起きてたの?」
「何焦ってんだ?」
「焦ってないわよ!勝手な事を言わないでよ馬鹿!」
明らかに焦っている鈴を言及しようとした一夏だが、再び気を失う予感がして思い浮かべた言葉を飲み込み。
代わりに、今日起きた出来事の結果を鈴に聞く。
「ところであのISは?」
「動かなくなったわ。怪我人は六人。でも全員命に別状なし」
「六……あれ?俺、確かにあの黒いの斬ったぞ?」
「アンタが無茶した後にもう一機来たのよ。アタシも戦おうと思ったけどシールドエネルギーがヤバからって、先生に無理矢理ピットまで引っ張られた。結局二機目はエースが一人で倒したみたい」
「エースが……そっか」
一夏はエースが倒したという事実に大きな衝撃を受けることなく、ごく自然に納得し深くうなずく。
グラウンドに穴を開けた時に何も言わずに手伝ったり、冷たそうに見えてしっかりと相槌を打つ優しさ。
自分よりも早く専用機を持ち、自身が戦い強敵と感じたセシリアを驚かせる程の性能があるISを持っている測り知れない力量。
一夏にとってエースは面倒見が良くて、すごく強そうな奴。
その強そうな奴が実際に強かっただけの事なので一夏は大して驚かなかったのだ。
「そういえば試合は中止だよな?」
「そりゃそうよ」
「勝負の決着ってどうする?」
一夏の言う勝負とは、鈴と喧嘩した際に負けた方が勝った方のいうことを何でも聞くという内容だ。
その喧嘩の発端は片方は些細な事で片方は重大な事だった、というだけだ。
「あれは……ごめんなさいでアタシの負けで終わりにしたつもり。エースが、先に手を出した方に非があるだって……だからアタシの負け」
顔を曇らせながら言う鈴に一夏も、むきになって言い過ぎたと喧嘩していた当初の自分を反省し始め。
「……ごめん!俺もむきになって言い過ぎた」
自然と鈴に頭を下げて謝っていた。
そして一夏はふと、視界にちらちらと入る夕日の光を見て、小学校六年生の過去の出来事を思い出す。
「もし料理が上達したら、毎日アタシの酢豚食べてくれる?」
一夏は鈴の言葉の意味を思考し、ある一つの結論へと至る。
「そういえばあの約束だけど、ただ飯食わせてくれるってことか?それとも毎日味噌汁的な――」
「ちちち、違うわよ!」
怒気を孕んだ鈴の言葉に気圧され、一夏は追求すると痛い目に合うと思い至り、約束の件については思考を停止させ、話を逸らすべく別の話題を出す。
それから一夏は鈴が代表候補生となって中国から日本へと来た経緯。
両親が離婚したことによって中学三年生という時期に突如中国に行かなければならなくなった理由。
一夏は鈴の話を聞き、同情をしたものの、友達として言葉を掛ける。
「今度どっか行くか?」
「それって――」
「皆で!」
気分転換と思って提案した一夏だが、崩れ落ちた鈴の意味を知る由もない。
「一夏さん!申し訳ございません他の先生方のお見舞いをしていたら遅れましたわ!」
「待てセシリア!抜け駆けは許さんぞ!!」
「アンタ達なんで来たのよ!せっかく良い雰囲気……?だったのに!」
ドタバタと騒ぎ始めたセシリアと箒と鈴を尻目に、ふと台に置かれているプラスチックの皿の上にあるリンゴを一夏は見た。
皮があり瑞々しく、蜜がある切り分けられたリンゴを。
「千冬姉からかな?」
放って置いたら勿体無いという精神を宿る一夏は一口リンゴを齧った。
シャリっと軽快な音を立て、甘く口の中に広がるリンゴの果汁がとても美味だったという。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
バタバタバタバタ。
ベットのマットレスが凹み、マットレスが元に戻ろうと膨らみまた振り下ろされた足で凹まされる。
「チックショォオオオオオオオオオオ」
ベットにうつ伏せになりながら両足をバタバタと動かす女性の名はIS開発者の篠ノ乃束。
絶賛ご立腹だ。
「何だよアイツ!結局庇った時しか当たってないじゃないか!束さんの労力を返せ!!」
両足に加え、両手もバタバタと降り始める。
因みに年齢は24だ。
「博士」
「ついでにコアも返せコルアアアアアアア!何パクってんだよまったく!!」
「はーかーせー」
「今度はぎゃふんと言わせてやる!!」
「博士!」
パァンと大きな音が鳴ると共に頭上から来た衝撃に束は秘密ラボ内にいるもう一人の人間へと視線を向ける。
華奢な体に透き通るような銀色の髪の少女、その少女の手には、はりせんがあった。
「やぁやぁ愛しの愛娘クーちゃんよどうしたんだい?」
「ご飯です。呼んでも反応がないので強行手段に出ましたすいません」
「そんな硬い事言わなくてもいいのだよ。クーちゃん」
クーちゃんと呼ばれた少女を束は愛娘というが、彼女が生んだ子ではない。
ただ色々あって束と共に暮らしているだけだ。
「ところでどうしたのですか博士?」
「聞いてよクーちゃん!束さんが手塩を掛けて作ったISがどこぞの馬の骨に傷物にされちゃったんだよ!おーいおいおい」
泣く演技をしながらも指で空間投影ディスプレイに映し出されている画像を指差し。
クーちゃんことクロエ・クロニクルは同い年位であろう少年の画像を見て目を細める。
「消しますか?」
「うーん。それは保留だね。今の所箒ちゃん達に手を出していないし、面白そうな情報持ってそうだしとにかく保留で」
「了解しました。博士に従います」
「もうちょっと砕けた感じで話してもいいのに……クーちゃん」
「何ですか?」
「ちょっとドイツまで行ってきて」
「え?」
ドイツの大地に波乱の種が撒かれる。
―――――――――――――――――――――――――
そして日本国内のごく有り触れたマンションの一室。
起きたばかりでまどろむ少女に少女の上司となっている女性が話しかける。
「M。オータムと一緒にちょっとドイツまで行ってきて。もちろん命令よ」
「……了解した」
波乱の種に水が撒かれた。
種は待つ、芽が息吹くその時を。
Q:首輪付き別になんでORCAルートにしなかったの?
A:ここの首輪付きは思考がナインボー寄りなので企業が原因を作ったのならその罪を償えっていう感じです。
ここがORCAとは決定的に違う所です。
ORCAはあくまでも平和的解決がしたかったけどそれはもう出来ないところまで来たから仕方なくテロ起こして大本の原因である企業達を折って結託して人類仲良く宇宙へ行こうでしたが。
ここでの首輪付きは原因排除しなきゃ意味ない。
オールドキングよろしく革命なんて結局のところ殺すしかないから皆まとめて俺に殺されろ的なイカレ思想です。じゃないとORCAルートの方が革命の成功率が高く現実的でオールドキングにホイホイついていく道理がないので。
まぁ結局のエゴの一言ですがあくまでもここの首輪付きは人類の為の力の権化でありたいということです。
その結果が人類種の天敵です。