IS×AC<天敵と呼ばれた傭兵>   作:サボり王 ニート

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※リメイク前の二話を見ないと三話目の話が分からないので一応読むことをお勧めします




リメイク版プロローグ -Scorcher-

 

 

To nobles.Welcome to the earth.(高貴なる者たちよ、汚れた地上へようこそ)

 

七月。

その宣言と共に始まった、企業連とORCA旅団の戦争は、僅か数か月の内に、ある一人の人間の手により急速に終息した。

しかし、戦争を終えたというのに人類はその数を大きく減らし続けていた。

その勢いはかつて、人類が食や、土地、宗教、金といった理由で引き起こしてきた戦争を遥かに超える速度でだ。

それにも関わらず、原因は突如地球外生物が攻めてきたわけでも、致死性と感染力が高いウイルスが流行したのでもない。

ある一人の人間の手によって、虐殺されているのだ。

 

クレイドル07

 

世界の約三分の一を牛耳じていたGAグループの上層部の人間達が住まう。巨大なる鋼鉄の母の腕。

そこに抱かれし、幼子達は母を命を奪おうと暴れ狂う獣を畏怖し、母の手から離れようと未熟なその体で地を目指し、我先にと飛び立とうとしていた。

 

「急ぎなさい!クレイドルから離れるわ!」

「……何で?」

「天敵が来てるの!いいから早く来なさい!」

 

クレイドルの中央部後方にあるカタパルトに向け、上層部の人間の妻だった母とその娘である少女は手を強く握り、人で溢れたクレイドルの居住区をつなぐ通路を先に歩く人を押し倒す勢いで歩いていた。

だが、それは周りにいる人間すべての人間が考えていること。一歩進むにも誰かの体を押しては押されで疲労が募る上に一向に脱出口であるカタパルトには進まない。

さらに、クレイドルが落とされかねない、自らの命が脅かされている現状、一部ではパニックに陥り、社内では上下関係であったはずの者達が殺してでも、前へ進もうと必死にあがく。

逃げたところで待つのは、自らの罪で汚された地で、見下していたはずの人間にいつ襲われても不思議ではない地獄だというのに、そこが天国だと信じ歩き続けていた。

 

「……?何言ってるのお母様?」

(何でクレイドルから離れなくちゃいけないの?天敵って何?)

 

ただ、母に手を引かれる少女は現状を何一つ理解できずにいた。

クレイドルは安定なエネルギー供給を受けているから絶対に落ちることはないこと。

クレイドルにいれば、外部からの敵はアーマードコアが守ってくれるから何も危険はないこと。

人類に天敵なんてものがいないこと。

そう少女は通う学校で教わってきたのだ。

だが、学んできた情報とは対照的な出来事が少女のすぐ近くで起きている。

それを少女の脳では処理できていないのか、どこか夢現な気分でまるで、現実に起きていない。或いは他人事のように観察していた。

 

「馬鹿野郎!俺がどれだけ面倒見てきたと思ってやがる!」

「ふざけるな!散々失敗を擦り付けやがったくせに!!」

 

普段ならば父と母の些細な口喧嘩でさえも、その無垢な瞳に涙を貯めさせ、耳を塞いで凌いでいるというのに、少女はスーツを着た大の大人が互いを罵り合い、殴り合う。

企業の本社としての役割を持つ以上、重役も住まう社員寮のような物であるクレイドルの。さながら中世の階級制度でも存在しているかのような普段の日常ならばまず起こることのない出来事。

そんな非日常的な光景を少女は淡々と興味が無さそうに冷めた目で眺めながら足を機械的に動かし続けた。

 

「邪魔だ貴様ら!カタパルトまであと少しなんだぞ!!」

 

だが、ここで新たな怒声が生まれ。殴り合いをしていた男達に、また別の身なりが整った男が食って掛かった。

ただでさえ、殴り合いが起きれば必然的に人は足を止める。

目的地に歩きながら殴り合いをする器用な人間なんてものはいるわけがない。

そして、広くない通路に足を止めるということは、人が少ない時間であればいざ知らず。

緊急時である今、溢れんばかりに人が混んだ通路で足を止めるということは、それだけで救えたかもしれない非常に迷惑極まりない行為である上に、一度生まれた争いという雰囲気は周りを飲み込み更なる火種を生む。

 

「仕方ない」

 

徐々に周りを巻き込んで加熱していく闘争に、カチャ。という妙な金属音が鳴ったかと思えば、少女にはテレビの中でしか見たことのない拳銃が、殴り合いをする人々の近くにいた別の男の懐から取り出された。

引くだけで、人の命を奪う鉄の悪魔は、だた人の手にあるだけで周りから悲鳴を生み出し。

悲鳴は混乱を呼び出し。

混乱は人々に伝染し怒りを生む。

そして、怒りは生物が当たり前のように望む、生き残りたいと願う欲。

何を犠牲にしたとしても生き残りたいという生存欲を煽り立てる。

だが、怒りは強力な力を生むと同時に理性を奪う。

理性を奪われた人間は獣と何も変わらない。

たった一発の銃弾に理性という首輪から放たれた人間達は生きる為に他者を襲い始め。

人が金やプライドの為ではない。

ただただ生きたい。

遺伝子に刻まれた最も望む欲求。

原始の記憶が鋼の監獄と化したクレイドルの中で、人々は普段の生活の中で埋もれ、忘れてしまった生存欲求を覚醒させていた。

全てを赤に変えながら。

 

「あれは……」

 

ただ、少女が見つめているのは、そんな阿鼻叫喚というべき醜い争いではない。

通路部に二重窓から僅かに見えた巨大な黒い巨人を、少女はその目で見つめた。

神々しくも禍々しい、洗練されているようでどこか無骨。

人の手により生み出された人型機動兵器。

 

アーマードコア。

 

その兵器の力、速さ、堅さ。そして、兵器が兵器である為の役割を学校だけの知識ではあるものの、少女は知っている。

だからだろう。

少女の脳裏にけたたましく鳴る直感というべきそれは、黒い巨人は少女を守る為に来たのではない。殺しに来たのだと強く訴える。

 

「――ッ!」

 

そして、その直感は少女の理解を得る間もなく現実のものとして訪れた。

まず真っ先に少女が感じたことは一秒一秒全ての時間が永遠にまで引き伸ばされたような奇妙な感覚。

次に自身の体がすんなりと入る大きさの銃口を突きつけられ本能が危険だと訴えているが。

自分の体が自分の物ではないかのように体が震え、カタパルトへ少しでも進めていた足を止め、ただただ棒のように突っ立つ感触。

どちらも死の恐怖によって陥った物のだ。

そしてそれは少女だけではない、周りの子供も大人も皆そうだ。逃げる為に動かしていた足も、争う為に動かしていた手も全て止めて。

食い入るように、窓から見える黒いアーマードコアを見つめ、表情を固める。

さながら、本物の神を目にしたかのように。

 

幼き少女が最期に見た光景は、覆いかぶさる優しき母の姿と、僅かに覗かせる銃口から放たれた白い光だった。

 

―――――――――――――――――

 

「良い天気だな……っと、雲の上だから天気も糞もないか」

 

SAMPAGUITA(ショットガン)を重要人物が逃げないように脱出用のヘリや航空機が集まるカタパルト付近を狙った為か、クレイドルのカタパルト周辺から火と煙がごうごうと立ち上る。

何であれ、たった一発の弾丸で間違いなく多くの人が死んだ。

ネクスト相手に使用するショットガンを被弾したのだからクレイドルのフレームに大量の穴が開き、弾が残ろうが貫通しようが衝撃でその付近にいる人間は皆肉塊と化す。

それを使用者である人類種の天敵である彼は理解しているが理解していて尚、知人と世間話でも話しているかのように、目の前にある惨劇を前にしてもそう彼はぽつりと呟く。

人類種の天敵、人類史上最悪の虐殺者、イレギュラー。世間が彼をそう評価するのも仕方ない。それだけのことを現在進行形で彼は行っている。

虐殺。それも百や千ではない。億を超す人間をたった一人の人間が虐殺しているのだ。

 

「さぁて、ネクストが来る前にある程度は落とさないとな。逃げられてはかなわん」

 

彼は自身の愛機であるアーマードコア・ネクストの左腕部に取り付けてあるレーザーブレード。月光の名を持つMOONLIGHTを起動し、クレイドルのエンジンブロックをMOONLIGHTから発せられし紫色のエネルギーで出来た高出力のブレードを振るった。

そして紫電の光がエンジンブロックを斬れば、膨大な熱によって金属のフレームが融けて歪み、金属と金属が擦れた音と内部の水素燃料に火が付いたことで小規模な爆発が起き黒煙を青い空に撒き散らす。

クレイドルだけの話ではないが、航空機のエンジンを破壊されることは心臓を破壊されることと同じだ。

そして、飛ぶことの出来なくなった航空機の末路は地に叩きつけるように落ちるだけ。その中にいる人間がどれだけ地位や金を持っていようとも例外なく全てを巻き込んで落ちる。

 

「それにしてもよくもまぁこんな所に住めるもんだ」

 

そう呟く彼だが、通信からは鬼気迫るように老人達の声が鳴り響く。

内容は大雑把に言えば命乞い。

自身の命を金などで値踏み、強者に媚を売る。

悪く言えば悪いことのように思えるが、誰もが無意識に行ったことがある行為で何一つ恥じるものではない。

だが、金も地位も名誉にもまったく興味を抱かない彼には一切の意味はない。

彼に必要なのは人類を破滅にまで陥れたクレイドルに乗る企業の上層部の人間を無差別に粛清することなのだから。

だからこそ、彼はブレードを振るい続ける。

まるで機械のように、無感情に。

 

「MOONLIGTH起動」

 

多少の冷却時間が経過した後。

彼は再び、高出力のレーザーブレードを構成。

エンジンブロックをその凶刃で切り裂こうと動く。

 

「やめろぉ!!」

 

だが、刃がエンジンブロックに触れる寸前に、命乞いをする有象無象の老人からの声が鳴る通信から突如はっきりとした意志を感じ取れる声とレーダーに映る敵機体の反応に、彼は機体の膝を自身の体のように柔軟な動きで飛翔した後、QB。

アーマードコアの各所に取り付けられているQB用の小型ブースターからコジマ粒子を一気に吹き出し、上方から落ちてきた敵機の横払いに払われたブレードを難なく躱す。

 

「この声は……セレブリティ・アッシュか。いよいよネクスト登場か」

 

彼はレーダーと仮想情景に映った三機の敵ネクスト機を見て、気を引き締める。

ランク16雷電、有澤隆文。

ランク18メリーゲート、メイ・グリンフィールド。

ランク28セレブリティ・アッシュ、ダン・モロ。

カラードから追放されたことでランクというものが彼にはないが、一対一ならば三人オーダーマッチにてすでに勝利を収めている。

さらにネクスト複数機を相手に取るという状況はクレイドル落としを始める前から彼はすでに慣れている。

彼からすれば敵ではない。しかし、一パーセントでも死ぬ可能性があるのであれば彼は敵に対し一切油断する気はない。

争いを止められないが、人類が地球というクレイドルから脱出すらできずに死に絶える未来を避ける為ならば例えどれだけ苦痛を伴おうとも、何を賭したとしても戦い続ける権利を彼は苦痛という義務を受け入れ、己と愛機以外は全てを賭してでも手に入れたからだ。

故に少なからず三人のリンクスに抱いていた好意を彼は切り捨て、ただ目的を遂行する為に獣の皮を被る。

 

「なぁ!お前どうしちまったんだよ!?無口だし愛想ねぇけど、ちょっとはお前に憧れてたんだぞ!それなのに……何でだ!?」

 

激昂するダンに彼は、かつて夕暮れの砂漠で変な球体。ソルディオス・オービット相手にダンと共闘した時のことを思い出す。

彼のダンに対する評価は弱い。ただその一言だ。

間違いなくその場に彼が居なければ、今この場でダンが激昂することも息をすることも出来なかっただろう。

しかし、最初から勝てないと分かっていながらも最初から逃げ出す素振りは見せなかった。

人はそれを無謀と言うのだろうが、彼には最初から諦めずに強い者にたった一度でも立ち向かえる勇気をダンから感じていた。

破壊の権化であるネクストに乗りながらも、それで守れる物があると、自身は戦闘向きの人間でないのにも関わらず、今もネクストに乗り、人間を狩り続ける彼と敵対しているのがその勇気の何よりの証拠だ。

彼とはまったく違う思考と行動で人を守ろうとするヒーローそのものだ。

 

「さぁな?だが、俺を憧れるのは止めておいたほうがいいだろうな」

 

ダンの心情をある程度理解しながらも、煽るように鼻で笑いながら彼はそう言い、SAMPAGUITAを突きつける。

これが彼の真の返事だ。来るなら誰であろうと殺す。

例えネクスト三機によるリンチが始まったとしても、ダンは武器を持って戦う意志を持った相手を殺したという後味が悪くならない事実が残る。

彼がダンにかけた唯一無二の情はそれだけだ。無論リンチになるような状態に彼が追い込まれればの話ではある。

 

「初めて聞いたわ……貴方の声。とっても素敵ね。出来ることなら味方として、貴方の声を聞きたかったわ」

 

続いて哀れむような声で、メイは呟いた。

その声に彼は深い霧の中。互いの背を守り合い、どこから飛び出るか分からない二機のネクストとノーマル部隊を相手に共闘した。

GAの機体を駆るに相応しい逞しく力強いメイの戦いぶりに女でありながらも背を任せられる頼もしさを感じていたのを思い出す。

しかし、今の彼には背を守る人間は必要ない。

全ての業をたった一人で背負い、戦い続けるつもりだからだ。

何よりも誰にも自身の業を背負わせたくなければ理解されてほしくないというのが本心ではある。

 

「聞きたいなら攻撃しろ。悲鳴の一つや二つが、出るかもしれんな」

「……そう」

 

メイはそれ以上何も言わずに、GAN02ーNSSーWRを構えた。

彼と同じくそれがメイの返事だ。

彼女とて、戦に生きる傭兵。浮ついた感情に動くほど軟ではないのだろう。

その態度に彼は満足そうに人知れず頷いた。

 

「君と戦場で相まみえるのは三度目か」

「そうだな。ま、今回は敵だがな」

 

そして最後になるだろう会話の相手は、有澤隆文。

一度目はアームズフォート相手に共闘し、二度目は敵としてグレートウォールを守る巨大なる壁。

味方としての顔と敵としての顔の両方を見た、タンクを愛用し有澤を支える。戦場で自らの愛機で戦う社長だ。

その機体の破壊力の高さに、敵対した時には彼も舌を巻いた記憶が脳内にしっかりと刻まれている。

 

「一つだけ尋ねさせて貰おう……クレイドルを落とす時に、たった一度でも私の……有澤の商品を使ったか?」

「あぁ、素晴らしい破壊力を持つ良い商品だ」

「そうか……なら、私は君を殺す百万の理由を得た!」

 

あらん限りの怒りを冷静に訴える有澤の声を切っ掛けに雷電が背負う、有澤の象徴ともいえる巨大なる砲、OIGAMIが展開されると同時に三機から強い殺意を彼は感じ、左背部兵装のKAMAK (スラッグガン)を構えた。

一対三。しかも相手はノーマルではなく、ネクスト。

通常のミッションならばその成功率低さに破格の報酬が期待できるが、今の彼は独立傭兵ですらない完全なるフリー。加えて、民間人を大量虐殺する狂人に報酬なぞ出るわけもない。

 

「来い。貴様らを喰らい俺は進む」

 

だが、彼は臆することも、迷う事もなく突撃を始め、四機のネクストが空を舞いコジマ粒子と火花を散らす。

 

革命を成すには多くの犠牲がつきものだ。

それは一度構築された体制を根底から覆すことなのだから、仕方のない事だ。

だが、これは革命と呼ぶには。

余りにも多くの血が流れ過ぎた。

しかし、これは歪み過ぎてしまった世界には必要な血だったのかもしれない。

 

「……あと一つ」

 

落ちるクレイドル。果たしてその中にはどれだけの人間が生活を送り、どれだけの物語があったのだろうか。

だが、結末は決している。高度7000mから鉄塊に中に閉じ込められたまま地面に叩き付けられ、平等に無慈悲に死が揺り籠に揺られ、地上の罪に目を背け続けていた人々に贈られる。

直接的な原因である彼は、自身の手で大量虐殺を行ったというのに見下すように淡々と見つめる彼の機体は、所々被弾の跡を見せてはいるが激戦を経たというのに致命的なダメージは何一つ受けてはいない。

それにも関わらず、敵対していた三機のネクストはAPが尽き。

機体中から火花を散らし、腕と背部武器を接続する接続部を切断され、ブースターからは黒煙が立ち上り、コアには大きな穴が開けられ。

青緑色の死の粒子をまき散らしながら二機は地へと落ちて行った。

機体の状態は修理するよりも、全てのパーツを買い替えた方が安く済むほどの大破。

しかし、それは操縦者が生きていたらの話である。

勇敢に人類種の天敵とすら呼ばれ恐れられている彼と戦った戦士の運命はクレイドルと同じだろう。

 

「お前は何がしたいんだよぉ……!」

「……ほう」

 

最初に撃墜され、とっくに地上まで落ちているものだと思い込んでいた彼はダンの声を聞き、地へと落ちて行った二機とは違い、運よくまだエンジンブロックが稼働し続けているクレイドルの上に着地し鎮座しているその青と黄の機体を見て僅かながらダンの持つ運の強さと精神力に感嘆とする。

ネクスト機は操縦者の脳と脊髄と機体を物理的に接続し、脳内の動きのイメージを入力することで、機体の動きをコントロールするAMSを使用している。

機体の損傷が、そのまま操縦者の体に痛覚として伝わることはないが、APが尽きれば、戦闘系のシステムが一度完全に落ちる。

AMSでどれだけネクスト機と強く繋がっているかどうかで変わるが、強弱変わらずシステムがAMSが強制停止すれば脳内にIRSという大まかに言えば操縦者の脳に直接送られる情報を簡略するクッションのようなものが止まる為。

膨大な機体情報が一気に脳へと流れ出し、高いAMS適性を持つ人間だとしても負荷によって良くて意識を失うか、二度とネクストに乗れなくなるか。

最悪廃人化、もしくは死ぬかだ。

さらに、同じ死でも運悪く高精度な機体制御が必要となるQBの最中にもしAPが尽きてシステムが停止すれば、高度な機体制御が必要となるQBの情報に脳が耐え切れず。

脳が焼ける様な強烈な負荷がかかり、そのまま脳が壊死し、ミキサーのように回る機体の衝撃に肉体が耐え切れずにミンチになった人間がいた。

実際に、彼と戦ったことのある、アスピナ機関の実験体であるCUBEは、機体の軟さとQBを多用していた事も合わさり脳の負荷と同時にコックピットに血と体液の池を生み出すまで機体に搾り取られ死んだ。

その苦痛はあらゆる痛みを想像したものを超す痛みとなっていただろう。最後の断末魔がその強烈さを物語っていた。

ダンがその痛みに準ずるものを受けたかどうかは別として、AMSから送られてきた強烈な情報の噴流を受けてなお、意識があるというのは並大抵の精神では成し遂げることが出来ないことだ。

 

「意識があるとは、運が良いのか悪いのか……」

 

だが、これから殺されれば何も意味はない。

彼はSAMPAGUITAを動かぬ鋼の巨人に向け構える。

APが尽きた後に、MOONLIGHTでコアに穴が空くほどの突きを受けたのだ。もはやコア付近に一発撃ちこめば事足りる。

 

「何で……こんなことが出来るんだ……お前は……」

(恐怖は決して与えん。苦痛もこれ以上受けさせるのは酷だ。一発で終わらせる)

 

しっかりと耳に届けられるダンの言葉を無視しながら、彼なりのダンや散って行った戦士達の敬意を示すために、無意味な行動はせず、クレイドル向けていた殺意をただダンへと向ける。

 

「畜生ッ……畜生ッ!この中にどれだけ人が生きてるって思ってるんだよぉ!?」

 

脳の負荷ですでに意識が霞んできているのだろう。ぜぇぜぇと荒い息が耳に聞こえ、蝋がほとんど尽きた糸に灯る。消えかけたの火のような不安定な状態で今にも意識という火が消えてしまいそうだ。

しかし、それでもダンは消えかけている火を必死に保たせていた。

命を乞うこともなく、ただクレイドル破壊を止めるよう彼に訴える。

彼を止める手は、武力では不可能となった今、説得で止めるしかないからだ。

だからこそダンはあらん限りの力で叫んだ。

 

「お前には……誰かを守る力が!俺にはない強い力がある!ヒーローにだって……なれるはずだ!それなのに何でこんなことが出来るんだお前はぁぁ!!?」

 

火が最後の力を振り絞り、眩しく光る。

それは尽きた蝋に灯る小さな火が放つ一瞬の閃光。

無差別に焼き付くす炎には単純な力では決して敵わない。

しかし、炎では生み出すことの出来ない輝きがあった。

一瞬だが、心を惹かれる強い輝き。炎を僅かではあるが、止めてしまう確固たる輝きが存在した。

 

(…………守るか)

 

ダンの言葉に彼は数か月前までは幾度となく悩み続けてきた問いを思い出していた。

短期的に見て、今を生きる人間を生かし、人類を殺すか。

長期的に見て、後を生きる人類を生かし、人間を殺すか。

果たして、この二つの内どちらを選べば最善にあるのだろうか。

どちらを選んでいればダンの刺す、誰かを守る力を持つヒーローというのだろうか。

何を持って人は他者の行動を正義や悪と決めるのだろうか。

数多の言葉が彼の脳を巡り、殺してしまった敬愛していた人物がチラつき、彼の拳に力が籠る。

 

(下らん……)

 

だが、ダンの言葉に次々と思い浮かんだ思考をばっさりと切り捨て彼は自らを律するよう、そう卑下した。

周囲から称えられる正義も周囲から恐れられる悪。どちらを受けることになっても今の彼にはどうでもいいことなのだ。

人類が地球という船で徐々に朽ちることなく、宇宙という新たなフロンティアで生き続ける。

その事実だけが、彼が欲しているもの。

過ぎたことを引きずり立ち止まっては前へ進めはしないのだから。

 

「お前は純粋過ぎた」

 

彼はイメージする。

ネクストの鋼鉄の右手、そして右手に握るSAMPAGUITA。

後は、SAMPAGUITA引き金を引くイメージをすれば、銃口から銃弾が飛び出し、ダンの機体セレブリティ・アッシュを一瞬で穴だらけにすることが出来る。

 

「生まれる時代が違えば、お前の考えは人々の希望となりえる。ヒーローというものになれたかもしれんな」

 

革命を成すには多くの犠牲がつきものだ。

それは一度構築された体制を根底から覆すことなのだから、仕方のない事だ。

しかし人は、自身の最も大切な人が犠牲になった時に、仕方ないで終わらせることが出来るのだろうか。

 

 

 

お前にやられるのも、悪くない。

 

 

 

SAMPAGUITAに発砲の命令をした直後、ふと彼の脳裏に、APが尽きた桜色の機体を自らの意志で月光の剣で貫く直前に聞いた彼の相棒であり敬愛していた人間の最期の言葉。

どのような意図でそう言ったのかは彼はもう知ることが出来ない。

しかし、彼が無条件に信頼できた唯一無二の人間は死に、欲望の赴くまま行き過ぎた発展の末によって生み出された企業の業を彼は全人類からの敵意を受けながらも全てを背負い。

最期まで走り続ける決心を固めた。

対ネクスト用の巨大な散弾が拡散し、唸るような爆発音と共に無慈悲にネクストの装甲を貫く。

彼の通信に、何かが破裂するような音と僅かなノイズが入った後。通信が切れたことを伝える高音の電子音が鳴り響く。

そしてそれと同時に、セレブリティ・アッシュはゆっくりと倒れるように崩れ落ちた。

 

「……だが、正義では消せぬ炎がある」

 

彼の言葉はダンには届いていないだろう。

しかし彼にはそれでよかった。夢は理想であるからこそ追ったり叶えたりする価値がある。夢が現実と混ざった所で生まれるのは諦観。

ダンの最期が変わらなくとも、最後に抱く感情は少しでも良い物であればいいと彼は祈りダンへ誓う。

 

「それを俺が消し去る。何があってもな」

 

クレイドル07全滅。

その速報はクレイドル07に本社を置くGAが事実上の壊滅したという意味でもあり、これから始まる更なる破壊と混沌の序章に過ぎないという意味でもあった。

次々と行われる人類種の天敵による無差別のクレイドルやメガリス、コロニー襲撃の被害に対し企業や地上勢力は過去の出来事や民族、宗教的なわだかまりを全て放棄し、共同戦線を張り天敵の討伐を開始。

アーマードコア・ネクストという質では決して敵わないのだから、アームズフォートすら超える量で連合軍は人類種の天敵を攻める。

どれだけ人類種の天敵が駆るネクストが化物のような力を持ったところで、ネクストは機械で人の手が必要であり、中に乗る人間は強化人間とはいえ水や睡眠が取れなければ三日も経てば例え生きていても衰弱によって戦える状態にはならなくなる。

ネクスト、アームズフォート、ノーマルといった集められる限りのあらゆる戦力を投下し、日夜、連合軍は人類種の天敵に対し恒久的な攻撃をし続けたが、人類種の天敵はこれを正面から迎撃。

全方位から襲い掛かる弾幕を単身で掻い潜りながら補給基地を襲撃をし続け。連合軍の予測に反し戦場を一週間戦い続け、打ち勝った。

そしてその日から再び始まった虐殺の日々に、ついに連合軍は敗北し、完全なる達観の雰囲気が世界を覆った。

 

―――――――――――――

 

「…………」

 

彼の眼前に広がる残骸と化したアームズフォートと天を貫き宇宙にまで届く、企業の罪を滅する、破壊の光を見て混濁していた意識を覚醒させる。

 

「……寝てたのか」

 

寝ぼけた頭を幾度か振った後、彼は操縦桿を握り足元のペダルを踏み。エーレンベルク(衛星軌道掃射砲)を背にして機体を動かす。

ネクストにはAMSの存在で脳内でイメージすれば動かすことが出来るが、ノーマルと同じく操縦桿やペダル等はしっかりと備え付けられている。

理由は勿論、AMSによる脳の負荷を避けるためだ。

QBなどの高精度な姿勢制御が必要となる機能は使えなくはなるが、ネクストとはいえども、歩行と飛行くらいならばAMSがなくとも難無く出来る。

わざわざ歩くのに、全身の筋肉に力を入れて歩く必要がない事と同じく、不必要に操縦者へ負担をかけないようにするためだ。

だが、それが必要となるのはネクストと繋がるレベルが最低状態でも脳へ廃人になりかねないほどの負担がかかるAMS適性が低い人間のみ。常時最高レベルでネクストと繋がることの出来る彼は、あったとしてもまったく使っていなかったが、今は話は別だ。企業の資本力なくてはネクストを動かせないというのに、連日連夜迫りくる企業連のノーマル部隊やアームズフォート、時にはネクストとも戦い。

リンクスという貴重な才能を持つ人間を守る為に内臓から骨に至るまで、人の手が加えれ徹底的に強化された体は骨が浮き出るほど痩せこけ、目の下には深い隈が刻まれ。激戦の中の渇きを潤す為の自傷によって血だらけとなり、天才とも言われたAMS適性を持つ脳はすでに強烈な頭痛に耐え切れず断続的な麻痺を起こしている。

機体の方も燃料であるコジマは奪取し続けた為は辛うじて稼働しているもののいるものの、ジェネレーターやブースターの一部はノーマルのパーツで代用し、満足な整備を受けていないままだ。

 

「さすがに疲れてるな」

 

頭部パーツのセンサー、統合制御システム、AMSと介して彼の視界に表示される仮想情景。

その隅に表示されている機体状態を示すモニターを彼は脳で視界の中央へ運び拡大とイメージ。

視界に映っていたモニターは彼のイメージ通りに動かされ拡大される。

 

「……推進剤とジェネレーター内のコジマが枯渇寸前か」

 

ただ、ネクストの全身図を表示するモニターには、機体中のあらゆる所から整備不良や超高速機動戦闘によって生じた金属疲労からか黄色に染められ、装甲には激戦を物語るように亀裂や穴で滑らかだったフレームに無数の凹凸が生まれ、装甲の穴からコード垂れ、全身のアクチュエーターも異常な動作音を鳴らす。

長時間の稼働を想定されていないネクストを酷使し続けた果て、彼の機体はいつ爆散しても可笑しくはない状態だった。

だが、それ以前に渇きや飢え、怪我によって彼の体が限界だった。

 

「俺もいよいよか……まぁやれることはやった」

 

世界の雌雄を決したと言っても過言ではないアルテリア・カーパルスの激闘から半年過ぎ、オーメル、インテリオル、GAは本社を置くクレイドルと地上に残していた主要設備、アームズフォートやネクスト。

企業の持つ力の象徴であるそれらの大半は破壊され、その傘下にある企業も、ラインアークや今だ尚国家復権を目指してテロ活動を行う旧国家主義者達が集う組織が持つメガリスなども彼の手で破壊され甚大な被害を受けた。

そして、その巻き添えに世界人口の約三分の一以上が彼の手で死んでいった。

人を狂わす戦争、医療が発達していなかった時期に発生した黒死病をも超える数の人間が彼の手で死んでいった。

ここまで死人が出たのはひとえにクレイドルという一つの建物に大量の人間を詰め込む体制が原因である。

まとめるやるには最適だ。

かつて、革命の為ならばクレイドルに住む民間人を直接的に殺すことも厭わないという思想ならば彼の真の理解者と言えたオールドキングという狂人が発言した言葉はまさに的を射っていた。

クレイドルという体制がなければ億を超す人間が死ぬことはなかっただろう。しかし、その体制を築き上げた人や暮らしていた人達の大半を失われた以上もはやどうしようもない結果論であり、それについて言及する気力が持ちうる限りの戦力を全て投じて尚彼を仕留めきることが出来ず降服した人類には無かった。

確かなことは、上層部のほとんどを無くした企業の生き残り達は内部分裂を繰り返し彼という災害から逃れるべく、クレイドルを止め、自らが汚染した大地へと降りた。

そして、彼から被害を受けたラインアークや旧国家主義のテロリストといったかつては敵対していた組織と併合し。コジマ汚染による環境破壊で生存できる地域減少によって規模自体は国家解体戦争以前と比べると縮小されたが小さな国や都市を作り上げ、ほそぼそと生きながらえている。

その結果、完全に邪魔者がいなくなった彼はクローズ・プランを実行。クレイドルを支えていたエネルギーを根こそぎ奪い、エーレンベルクを起動。

企業の業アサルト・セルの網を払い除け、企業上層部がなぜクレイドルという体制をとっていたのかを知らない多くの人々は宇宙という新たなフロンティアを知らぬ内に得た。

全ては密かにアサルト・セルを払いのける下準備をしてきたORCAの英雄達の力があったからこそというのに。

だが、彼にとってはそれももはやどうでもいいことだった。

 

「少しはテルミドールとORCAの連中も報われたかな……」

 

革命への道を彼に示し、ORCAの名を貶めた彼を憤怒を持って戦った、人類のために最後まで戦い抜こうとした男。

 

「オールドキングは呆れてそうだな……」

 

目的に至るまでの過程には賛同したものの、最終的な目的の食い違いで殺し合い、死の間際でも淡々としていた男。

 

「セレン。地獄に行けそうにないが、もし会えたら……あの世で殺されそうだな」

 

敬愛する師にして命尽きる最後まで彼を止めようと戦った女。

他にも少なからず好意を抱いていた者達や多くの人々。

払った犠牲は余りにも大きいが、勝利者である彼に残されたのはボロボロの体と機体だけだった。

 

「…………」

 

鉛が入っているかのような頭をドライバーシートに深々と預けて、重い息を彼は吐く。

アサルト・セルの排除という最低限命を懸けてでも果たさなければならない目的は達成された。

全ての元凶である老人達の粛清と同時にコジマ汚染外地域では抱えきれない人口や食料や資源の問題を解決するべく大幅な口減らしを行った。

そして、クレイドル体制を壊し企業の人間が地上に降りることで発生するであろう、地上に点在する反企業派の組織との戦争を避けるべく。

あらゆる組織に戦闘を仕掛けることで全人類からの悪意を彼一点に引き付けることにも成功した。

壊された秩序を復興するのに人々は忙しくなり。生きていることに必死で争っている暇がないという意味で大規模な戦争がなくなり。しばらくの間は平穏が訪れる。

彼が思い描いた結末通りではあった。

投げやりではあるが今後宇宙へ逃げようが地球と心中するかは、はたまたコジマ汚染すら乗り越え生き続けるかは人類次第である。

 

「あの世か……」

 

ぽつりと彼はそう呟いた後、一度操縦桿を握る右手をホルスターに静かに眠る。GA製のハンドガンのグリップへと移し替え、銃口を口に含みトリガーに指をかける。

引けば強化人間とは言えども脊髄を破壊され苦しまずに死ねる古くから存在する自殺方法だ。

だが、小さく息を彼はトリガーを引かずにハンドガンをホルスターを戻す。

 

「これじゃ……卑怯だよな……」

 

彼は笑みを浮かべつつ、操縦桿を強く握りなおす。

殺し殺される覚悟は幼少の頃からすでに終えて、死に対して微塵の恐怖を覚えていない。

だが、ここであっけなく自決して楽に死ぬのは彼が奪ってきた命に対する侮辱だと思いなおす。

 

「どうせ死ぬなら、戦って死にてぇよな……彼女のように」

 

革命の報復を受けようものなら、弁明することなく。最後まで人類種の天敵として相応しい戦いを貫き通す。

それが己が人生を顧みた末の納得して出した彼の答えだ。

そして、何よりも自身の最後は自身で納得できるものにしたかった。

奪い続けてきた者だからこそ、最後まで我儘を貫き通すというのもそれはそれで格好がつくと彼は考え、さっそく行動へと移す。

 

「行くか」

 

新たな目標を胸に抱き、彼は再び走り出す。革命や人類の為という理由が存在しない、正真正銘混ざり気のない自身の為に。

彼の望みは死ではあるがその顔は革命を行う時よりも、どこか晴れやかだった。

 

―――――――――――――――――――

 

それから彼は僅か数人しか残っていないリンクスに戦いを挑んだ。

ただでさえ、あらゆる軍事力が衰退した中、たった一機存在するだけで世界統一も不可能ではない強力な兵器だからという理由もあるが、ただ戦いの果てにある死を求めていた。

だが、彼は強すぎた。

SAMPAGUITAとKAMAK右腕の肘から先を失い、APも僅かしかないがそれでも勝ち続けた。

時には運命ともいうべき何らかの超越的な力が存在するのかと無神論者の彼が疑うほど、最悪の状況に陥ったとしても彼は生き残った。

そして、イレギュラーネクストを含めてもネクストを駆るリンクスは彼と、連合軍と戦っている際唯一ネクストに乗れた所で操縦できるかどうかすら不明で参戦していなかった一人だけとなった。

 

「アナトリアか……」

 

霞む視界の中、破壊されうち捨てられた地に訪れた彼は一時の感傷に浸る。

かつては自然に溢れていた、最後の楽園とすら言われた場所もコジマ汚染によって緑は死滅して荒地へと変り果て、血を外壁に残す半壊した家々やまるで抉られたかのようなクレーターの跡がリンクス戦争終戦後に起きたアナトリア襲撃事件の強烈さを物語る。

盛者必衰。

古い言葉だが蔑ろにすることの出来ない、そんな言葉が彼の脳裏に過る。

そして、風化したアナトリアの街からすこし離れた荒地に彼は自身の黒い機体を止めた。

 

「どうやら、先に来たのは俺のようだな」

 

仮想情景に映る、地平へと沈みつつある日と厚い雲のせいで夜なのかと錯覚するほど暗くなってしまった夕焼けを彼は眺め。

静かに来るべき時を待つ。

彼がアナトリアに訪れることとなった発端は、カラードに登録していた際に使用していた携帯に、場所とホワイトグリントのエンブレムの画像つきのメールが届いたことから始まった。

そのメールにはアナトリアと一言書かれていただけが、彼にはどういった意図でメールを送ったのかは容易に想像できた。

何故なら残ったリンクスは最後のORCA、最悪の革命家、人類種の天敵と呼ばれている彼とラストレイヴン、リンクス戦争の英雄、ラインアークの守護神と呼ばれているホワイト・グリントのみ。

化物と呼ばれる存在と英雄と呼ばれる存在。

ありきたりだが、この二つの存在が相対した時必然的に戦いは起こらなければいけないのだ。

そして、彼の機体に通信が入る。

 

「ホワイト・グリント。オペレーター、フィオナ・イェルネフェルトです……逃げずに来たのですね」

 

淡々としているが凛とした声を聞き、彼はコロニーを背に眼前に広がる荒野と暗い空。

そして、闇を切り裂くように飛翔する。白い翼を生やした白い閃光へと視線を移す。

 

「尻尾撒いて逃げる理由が俺にはない。全てを受け入れてただ進む。貴様らもORCAに少しでも関わってるなら、俺の言葉の意味が分かるだろ?」

 

ラインアークからの依頼で、彼がステイシスとフラジールと戦った際。

当時ORCAの存在を知らなかった彼でもはっきりと分かるほど、何か裏があると確信するほど不自然な戦線離脱をしたステイシスと本拠地が攻められているに関わらず余りにもやる気のないどころか、整備不良というあってはならない事態たった数発銃弾を受けて落ちたホワイト・グリント。

どう考えても八百長であり、クレイドル体制の打破という点ではラインアークとORCAが裏で取引をしていてもおかしな所は一つもない。

だからこそ、彼はラインアークはORCAの思惑に触れていると考え、言葉を濁しながら、革命を成した今特に意味を成さない問いをする。

だが、心身疲れ切った彼にとっては今の会話はただの愚痴に過ぎず、ホワイトグリントがそのまま戦いに挑んできても彼はそれでもよかった。

 

「……えぇ。ですが、なぜクレイドルを落としたのですか?なぜORCAの皆さんを裏切ったのですか?」

「裏切る?馬鹿言え……俺はORCAの意志を継ぎ、目的を遂行させた。俺は未だORCAだ」

「なら……なぜORCAが守りたかった人類を不必要に殺すのです!?」

 

以前から淡々と冷酷と感じるほど冷静だったフィオナの声が突如激情がこもった声へと変わる。

メガリスの破壊のような直接的な被害を彼から受けたこともあるだろうが、それよりも余りにも人命を奪い過ぎた彼を嫌悪しているのだろう。

だが、はっきりと感じ取れる怒りに対し彼はただ機械的に応じる。

 

「その人類の為に必要だからだ。俺達ORCAは、例え歴史の陰に隠されようが恨まれようがアサルト・セルを払いのける覚悟はあった。だが、俺ともう一人のイカレ野郎以外の連中は温すぎた」

「温い?」

「そうだ。当初のORCAの計画では温いんだ。クレイドルを地上に落とし、アサルトセルを潰した所で、この革命を起こさなければならない原因を作った企業という癌は生き続ける。そのせいでまた少し前の状況になったら、もはや誰にも止めることが出来ん。

それにORCAがやってることはどの道クレイドルを落とすことだ。死ぬぞ?たくさん。それこそ俺が虐殺した人間と同じくらいの人間がな。それなのに、罪を犯した上にのうのうと生きてきた人間が無駄に生きて。地上で必死に血反吐吐きながら生きてきた人間の食料や資源を食い潰す。殺してなんの問題がある?いや、寧ろ死んでくれた方が得だ。特に老人共の所業は死しか罪を拭えないだろう。一瞬で死ねる殺し方をしてやった分寧ろ感謝してほしいね」

「それで……それで!クレイドルに住む民間人を巻き込んでまで殺す正当な理由になるとでも!!?」

「なるに決まってるだろ」

 

きっぱりと悪びれる様子もなく当たり前のように言い放つ彼に、フィオナは言い返す言葉が無く息を飲む。

そんなフィオナに彼は鼻で笑い、言葉を続ける。

 

「この戦いの後に起きる人口やクレイドルに備わっていた生産力低下に伴う食糧危機の為の口減らしも、罪を犯した老人共の粛清も誰かがやらねばならないことだと俺は確信している。だから俺はやった。それこそ、自身以外のすべてを賭けることとなっても俺は果たした。お前達もやってきただろう?力と金無き者達が次々と死ぬ世界で、楽園を保つ為に、食う為に、守る為に、生きる為に、誰かが戦う必要があったから。AMS適性が最低値のそこのレイヴンをネクストへぶち込んだ」

「私達の戦いを……貴方の虐殺行為と同じだと?」

「あぁ、どうせ。正義やら大義やら下らん理由を吐くだろうが俺からすれば全部同じだ。誰かがやらねばならないことがこの世にはある。例えそれが本人の意志や能力に関係あろうがなかろうがな」

「…………」

 

彼の言葉にフィオナは完全に押し黙る。

極論だが、彼の言葉は全て事実であるが故の説得力がある。

誰しも汚れ役はやりたくはない。だからこそ目を逸らし、他者に押し付ける。その汚れ役の事が大きく、するもしないも選択できるのならばなおさらだ。

しかし、彼は逃げずに直視して立ち向かう事を選び、諦観の世界でただ一人熱く走り続けた。

それは真実を知っているフィオナからすれば、救世主として名を残す程の偉業だ。

だが、彼のやり方は一度力を持ち過ぎたが故に全てを失ったフィオナからすれば認めることは決して出来ないことだった。

彼の行いは力を持ち過ぎたが故の惨劇。

自らのエゴと理想で全てを破壊したただのイカれた虐殺者である彼と、守る為に全てを破壊したレイヴンともう一人の白い閃光を同一視される事があってはならない。

もし一方的な虐殺が許されるのであればそれは、神話の中にいる圧倒的な力を持つ神達だけだろう。

だが、彼は人だ。どれだけ力を持ったとしても人は神になることは出来ないのだから、フィオナは彼の人間性を否定する。

 

「それでも、企業と協力することで貴方達の目的が達成出来た可能性があったはずです。壊すとしても最小限の力で済んだ可能性があったはずです。やらねばならないことがあるのならば話し合いをして企業同士協力する事も出来たはずです。私にはORCAや貴方達の行いは急すぎたと考えます。特に貴方は……ネクストの力に溺れて、周りの意見を聞かず。自身のエゴを押し付けているだけだと、そう思います」

「溺れるねぇ……まぁ一切話しても理解される事ではなかったから、黙って押し付けた事もネクストと言う力に溺れているという事も自覚はしているよ」

「貴方には……自分の考えを話して理解して欲しいと思う人はいなかったのですか?」

「……話したいと考えた人は居たよ。ただ理解してほしくはなかった。あんなことにはな」

「…………」

「このままじゃ、闘争の空気が逃げてしまうな。さぁさっさと始めようではないか。レイヴン」

 

口を動かしながら彼は機体状態を再度確認するが、相変わらず機体はボロボロだ。

僅か数分ならば全力で稼働出来る程度の燃料と推進剤と一万を下回るAP。

右腕は肘より先を無くし、装備していたSAMPAGUITAとKAMAK所か遠距離武器が何一つない。

唯一持つ武器は左手に装着された近接武器のMOONLIGHTだけだ。

それに対しライフルとアサルトライフル。そして分裂ミサイルを持ち、アサルトアーマーを使用できる中遠距離を得意とするホワイトグリント。

彼が勝つには絶望的過ぎる状況だ。

 

(メインシステム、戦闘モード起動。AMS接続開始。AMS接続レベルを最低値から最高値へ移行)

 

それでも彼はネクストを通常モードから戦闘モードへと移行しホワイトグリントへ挑む。

 

「そんな機体で……」

「カッコいいだろ?俺の愛機なんだ」

 

体の震えも割れるかのような頭痛もAMSと接続した途端ピタッと止まる。

脳が興奮して一時的に痛みを忘れているだけで、もはや末期の状態だ。彼の命は風前の灯だろう。

しかし、フィオナの言葉に彼は自慢げに強く答えて見せた。

 

「……最後に聞かせてください。貴方はなぜORCAに加わったのですか?」

 

レイヴンが勝つことを確信しているが故の慈悲なのか憐みからか突如幾分か柔らかくなったフィオナの優しげな声に彼は僅かに心惹かれながらも、ゆっくりと口を開く。

 

「……俺はかつて獣だった。だが、彼女と出会って共に歩み。俺は人になれた。そして、人としてこの世界を見て……人は愚かだと確信した。愚かな人間はそのままコジマで死んでも構わんとも、コンピューターにでも管理されればもっと良い世界になれるのではないかとすら思った……しかし、そう思うからこそ現状を変える為にORCAに加わろうと思ったのかもしれん。だが、俺はそれ以上に。可能性と言うべきかイレギュラーと言うべきか。どんな絶望的な状況だとしても、必ず立ち向かってくるような奴が僅かにいるんだ。そいつの力をもっと見たい、戦ってみたいと思っているうちに、その僅かの為に全部賭けて人類を存続させるのも悪くないと今も考えている。自分勝手だろ?それが俺だ」

 

思いを好き放題言っているうちにいつの間にか上がっていた口角に彼はくつくつと笑い、そして顔を引き締める。

あらん限りの殺意をホワイトグリントへと向け、勝利への渇望に燃える。

 

「さて、下らん話は終わりだ。レイヴン……俺は見たいんだ。リンクス戦争の英雄である貴様の力をな」

 

いつ爆散しても可笑しくはないメインブースターにエネルギーを送り、火を灯す。だが、ブースターの火は途切れ途切れで僅かながら黒煙すら含まれている。

勿論、機体から危険信号が送られるが、そんなことは彼はすでに数か月前から理解しているが、機械としては操縦者の命に関わるほどの重大な問題の為、高い電子音が騒がしく鳴り、操縦者を引き留めようとするが、彼は耳障りになり戦闘の邪魔になると判断し、システムの一部の機能を強制停止させてMOONLIGHTの剣先を白い機体へと向ける。

それに応じるようにホワイトグリントも051ANNRと063ANARの二つの黒い銃の銃口を彼の黒いネクストへ向ける。

相対する白と黒。

ラストレイヴンとラストリンクスの戦いが始まった。

彼は接近しなければダメージを与えることが出来ないが、射撃武器がない以上広い荒野で戦うのは不利と判断しOBを起動。

所々欠けている背部装甲板を開き背部に備え付けれた、何度も使用し続けたことによって熱が溜まり続けフレームが歪んだオーバードブースターが外気に晒される。

そしてPAに使用していたコジマをブースター内に回収し圧縮。ブースター内で高密度に充填されたコジマに電気エネルギーを送りプラズマ化。

整備不良の為か、プラズマ化出来なかったコジマが装甲の穴から漏れ出すが、一時的に爆発的な速度を得た彼の機体は旧住宅区へ向けコジマ粒子と黒煙を撒きながら、ふらふらと機体を揺らしながらも飛行する。

広い場所で戦うよりは遥かにマシだが、ホワイトグリントと距離を離してしまい。

その隙だらけの背中を空高く飛ぶ白い鳥のようなホワイトグリントは二つの銃を下し、両背中に付けられたMSACインターナショナルの最新型分裂ミサイルSALINE05で狙う。

 

(来るか)

 

両背中のミサイル発射口から僅かに発射間隔がずれた二本の細長く白い筒が地を這う黒い獣のような彼の機体を追い回し、一定距離まで彼の機体に近づくと筒が裂け中から八つの小型のミサイルが二つ。十六発のミサイルが飛び出る。

その小型ミサイルはサイズこそは小さいが最新型だけあって、追尾能力が高く火力もある。ただでさえAPが少ない彼の機体ではまともに喰らえばAPが根こそぎ取られかねない。

周りの風景が横に伸びる中、彼はレーダーで上から襲い掛かるミサイルの存在を把握しQTで半回転。円を形作るように分裂したミサイルの左をOBの速度をそのまま、ミサイルの動きを予測し、右腕の欠損を利用してミサイルを機体の右寄りに集中するよう機体を動かして誘導し、多少強引ながらも避けた。

しかし、その先には二発目のミサイルの八発の小型ミサイル。ホワイトグリントが僅かに間隔をずらしたのはこの本命であるミサイルを当てる為だ。

すぐ目の前にまで来たミサイルに対し彼はホワイトグリントとその周囲を確認し、空へ逃げるのは不利へ逃げては見す見す勝機を逃すと判断し横へQB。風化した家に躊躇なく飛び込んだ。

そして10mはあるネクストの時速1000kmを超える勢いでぶつかった家は一瞬で崩れ周りの家も巻き込みながら吹き飛び、その瓦礫はミサイルとぶつかり、ミサイルの爆風で大きな砂埃を起こす。

ネクストの装甲の堅牢さならばその瓦礫と衝突した衝撃にAPが削られることはないが、揺れる機体に彼の体が揺れ、止血が甘かった場所から血が滲み、血が渇き黒く塗れた耐Gスーツをさらに赤く染め痛みを引き起こす。

だが、舞い散る砂埃に彼は機体を隠し、チャンスを待つ。

対するホワイトグリントは一定の距離を保ちつつ追撃に051ANNRによる射撃と左背中のSALINE05が再び発射。

彼は砂埃の中、051ANNRを砂埃が鋭い弾丸によって裂けた僅かな空気から弾道を予測し常人から大きく離れた反射神経で機体を僅かに蛇行しながら避け、隙を見てQBと共に飛翔。

SALINE05を被弾覚悟で正面から突っ込み、QBとQTで致命傷にならないよう損傷の少ない装甲で受け止めさらにOBを起動しQBを織り交ぜながら加速。

舞った砂埃がPAと干渉し、コジマ粒子を輝かせながら、彼の機体がホワイトグリントのすぐ目の前へ晒される。

 

(MOONLIGHT起動)

 

一瞬の迷いも許されない状況、彼はMOONLIGHTを起動しブレードを形成。その刃でホワイトグリントのPAを抉り、白い装甲を浅く斬り。

ブレードの熱がフレームは僅かに曲がり焦げたようなあとをホワイトグリントに作った。

だが、長年の歴戦の勘からかホワイトグリントもまるで彼が飛び出るのを予見していたかのように、両手の051ANNRと063ANARを構え彼の機体を光学センサでロック。そして追撃を許さんとばかりに撃つ。

攻勢から一気に反転。一撃を加えた後そのままホワイトグリントの横を通り過ぎていた彼は後ろから来る銃弾を避けようとQBで機体を動かすが、正確無比の射撃を繰り出すホワイトグリントの銃弾の洗礼にAPが急激に削れて行き、ついにネクストの動力ケーブルに引火したのか機体に小規模な爆発が起き煙が上がる。

たった一撃しか与えていないが、大きすぎる損害だ。

 

(いける!!)

 

だが、ホワイトグリントのAPに大してダメージは入ってないのは彼の予想の範疇、最初の一撃はPAを奪うことにある。

彼は機体をQTしてホワイトグリントに機体を向け。近場にあった建物を蹴飛ばしてPAという防壁を奪い取った後の二回目の斬撃を与えんとさらに加速する。

無論ホワイトグリントはブレードを喰らうわけにはいかないのでライフルで彼を迎撃しつつ後ろへと下がるが、彼は天才と称されるだけの精密な動きで致命傷になりえる箇所以外は全て装甲で受け止め加速を止めない。

そしてMOONLIGTHを再び起動し。紫電のエネルギーの刃を再びホワイトグリントへ向ける。

しかし、刃が届く寸前でホワイトグリントは後ろへQB。ギリギリで避けられた彼の機体は空中で僅かばかり停止した。

決定的な隙。その隙をホワイトグリントはSALINE05を放つ。

ミサイルが発射されるまでの工程の一瞬一瞬が嫌に遅く彼は感じた。

逃げるにはあまりにも距離も時間もない。そして当たってしまえばAPが消し飛びそのまま死へと繋がる。

常人ならば本能的に萎縮し懺悔や後悔、走馬灯でも見てしまうそんな一秒だ。

だが、彼の脳裏に過ったのは勝利への渇望。それは刹那をも超える速さで彼の心臓と魂を燃やし滾らせ、体と機体を突き動かし、前へただ前へ疾走する。

 

「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

 

気が付けば彼は目の前の死に吠えていた。

そしてQBで機体をひたすら前へ前へと動かし。MOONLIGHTを起動し、二つミサイルが分裂する前に紫電のブレードで斬り裂く。

たったの一振りによってミサイルは爆発し、破片と爆風が彼の機体襲う。

それによって彼の機体のAPが大きく削れたが僅か数千残った、正しい起爆方法を起こしていない為、威力は大きく軽減されていたのだ。

彼は生き残った。

しかし、彼にとって重要なのは生き残ったかどうかではない。勝つことに意味があるのだ。

それを証明するかのように彼はホワイトグリントにまったく減速することなく捨て身の突進を行った。

武器を使わない原始的な攻撃だが、巨大な鋼の塊がぶつかる衝撃と威力は並みの兵器と比較にならないほど大きく、甲高い音が鳴ると共に装甲がぶつかり合ったことで火花を散らし、勢いよく衝突されたホワイトグリントの装甲フレームを湾曲させ、その衝撃でAPを奪った。

揺れる仮想情景と痛みで震える身に血が出るまで歯を食いしばりながら堪え、コジマ粒子が舞う中彼は追撃に、MOONLIGHTで真っ直ぐにホワイトグリントを貫く。

MOONLIGHTの光とホワイトグリントの装甲表面に流れる電気エネルギーが干渉しブレードを形成するプラズマ粒子が散り、直撃を受けたホワイトグリントは飛び退くようにQBを連続で使用して彼から距離を離す。

 

(逃がさん)

 

だが、攻勢の流れを読み、彼もそれに喰らい付くかのようにブースターにエネルギーを送り続ける。

ホワイトグリントはライフルで迎撃をしながら逃げるが、彼はそれ以上の速さで追いかけブレードを振り払い。

空中で二機のネクストが舞い踊り、コジマ粒子を散らす。

時に静かに。時に激しく。

夕日から夜へと移るアナトリアの空にオーロラにも似た模様を作り上げる。

それには戦いと言うにはあまりにも心を滾らせ躍らせる一種の動く絵画のような美しさと、互いの命と消す為に強靭な意志とあらん限りの力を機械に宿らせ、雄々しくも泥臭い。互い傷付け死に追いやり、その淵から勝利を見出そうともがき苦しみながら、必死に足掻く男達の叫びという名の唄があった。

彼もホワイトグリントも一瞬の油断を許されない極限の状況で戦い続ける。

しかし、それは突然終わりを告げる。

嵐のように攻撃を続けていたホワイトグリントは063ANARを下し051ANNRを構え、停止。

彼がそんなホワイトグリントを不審に思い、動きを予想しようとした時にはすでに遅かった。

逃げに徹していたホワイトグリントが突如前へQB。

距離を詰められ、反射的に彼はMOONLIGHTを起動して攻撃しようとするが、それよりも早くホワイトグリントの持つ051ANNRの銃口が光る。

彼は銃弾の行く末を予想し、思わずホワイトグリントの腕に舌を巻く。

ホワイトグリントが狙撃した場所は先ほど動力ケーブルに銃弾が引火し煙を吹かした、一撃でジェネレーターにまで火が届き爆発しかねない弱点。

超高速戦闘をするネクスト同士の至近距離での戦いにおいてホワイトグリントはピンポイントにその弱点を当てて見せた。

激しく動かしていた為辛うじて機体の中で弾道がずれ、ジェネレーターに被弾することなく、機体が爆発することはなかったが、それでも飛び散った装甲の破片にジェネレーターが僅かに付けられた傷によって彼の機体からコジマ粒子が噴出し、彼は一度機体状態を確認するため地へ落ちる。

 

「チッ」

 

目を忙しなく動かしてモニターを見て、ジェネレーター内のコジマ残量が急速に減り始めたことに、彼は舌打ちをする。

だが、避けれなかったことを悔む時間もないので彼は機体の体勢を立て直し、すぐさま上空から降り注ぐミサイルをブースターを吹かして逃げ回る。

ところが、エネルギー出力が極端に落ちた彼の機体は徐々に速度を落とし、右脚の関節部に付けられたブースターが063ANARの銃弾に被弾する。

ネクストの全身を表示する簡易図は全て赤く染められもはや戦闘を続けられることすら困難だ。

そして、そんな彼に止めを刺さんとホワイトグリントは急速接近。PAを形成するコジマ粒子が僅かぶれたことに彼は気が付き、ある単語を思い出すと共に冷や汗をかく。

アサルトアーマー。

核兵器ですらも殺しきれない最硬の防護壁であるPA。

つまり核兵器の威力に匹敵しかねない威力を持つPAに特殊なパルス信号を送りPAの表面から外側に向けて、全周囲にコジマ爆発を発生させる強力な一撃だ。

直撃を受けるわけにはいかない彼はすぐさまOBを起動して僅かでも距離を離し、多少はましになるだろうと思いコックピット内で全身に力を込めて衝撃に備えた。

そして視界が緑に染まる。

コジマ爆発による爆風で激しく揺れ、あらゆる部位から悲鳴を上げる機体。

彼もまた何度も点滅する強い光に、一時は忘れられたAMSによる、まるで頭を何度も太い針で刺されているかのような痛みを訴える。

 

「…………」

 

頭痛で冷静な思考が回らなくなる中、彼は歯を食い縛りながらブースターを起動し機体制御に全力を注ぎ。

AAで受けた勢いを殺すが、結局彼の機体は地面に叩き付けられるかのように吹き飛ばされ、APが残り千と少しまで減ってしまった。

だが、彼は運が良かった。偶然地上から地下へ資材を搬送するための縦穴に落ちアナトリアの心臓部だったであろう地下まで落ちた為、僅かに落ち着く時間を得た。

眩暈で揺れる視界の中彼は周囲を見渡す。

そこはレンガ造りの家が並び立つアナトリアの地上の外観とはうって変って、無機質で電力が無くなった為か彼が落ちてきた縦穴から僅かに刺さる光が無ければ先がまったく見えないほど暗い、アナトリアと企業や他コロニーとの物流の為に建造された広く長いトンネルがあった。

ただ、何か戦いがあったのかそれとも、野盗が暴れたのかトンネルの一部が崩壊しており、トンネルを支えていたらしい鉄筋コンクリートの柱が倒れていた。

 

(さてどうするか……)

 

彼は途切れ途切れになる呼吸を何度も繰り返して気を落ち着かせる中、頭部レーダーがホワイトグリントの接近を知らせる。

今まで広い場所で戦い続けたホワイトグリントがわざわざ狭いトンネルに入ってきたのは、瀕死状態の彼の機体に慢心したのではない。

逃げ場のない閉所ならば近接武器を持つ彼ならば、懐にさえ入り込めばAAを放たれる前にPAを剥ぎ取りAPを半分以上は奪ったホワイトグリントを撃破することが可能だが、逃げ場がないのは彼も同じで待ち伏せしたところでたった一度きりのチャンスでホワイトグリントを封殺しなければ、逃げることもままにならずにライフルでじわじわと殺されるだけだ。

原則、剣と言う物は銃には勝てないのだから。

そうなると、追い込まれているのは紛れもなく彼の方になり。

例えすれ違ってでも地上へ出るか、トンネル内で決着をつけるか彼は選択に迫られる。

残された僅かな時間幾度も思考し勝つ為の手段を探り、結論を得て彼は悟る。

残り数分で動けなくなるであろう今の機体とMOONLIGHTでは地上で戦おうがトンネル内で戦おうがホワイトグリントを殺しきれない、と。

 

「…………」

 

視界が徐々に暗くなり、僅かにため息を吐いた彼はドライバーシートに深々と頭を預ける。

そして日が完全に落ちたのだろう。

彼の結論にまるで示し合わせたかのようにトンネル内が全て闇に染まり、黒く塗装された彼の機体が闇に溶け、天からは死神の鎌を持った天使が青い複眼を闇の中で光らせながら舞い降りた。

 

「「…………」」

 

目の前に敵がいるにも関わらず、彼もレイヴンも武器を交えることもなく。言葉を交わらせることもなく。

互いは対峙した。まるで時が止まったかのような数秒の静寂の後、金属音が鳴りトンネル内が反響した次の瞬間。

彼とレイヴンの時が動き、051ANNRの銃口が光った。

ダーツのような銃弾が闇の中白く光り、衝撃を纏い彼の機体へと飛翔し、満身創痍の彼の機体に吸い込まれ何かが粉砕したかのような破壊音が響く。

そして、追撃にホワイトグリントは二度三度051ANNRを撃ち、いずれも破壊音を鳴り響かせた。

再び訪れた静寂。

戦いは終わったと確信したホワイトグリントが振り返りブースターを起動した瞬間。

彼は動く。

OBを起動、背部装甲が開かれると同時にオーバドブースターは爆発を起こした。

ブースター内部のプラズマを推進力へと変換しきれなかったのだろう。それを元に柱や機体のあらゆる場所が爆発し火に包まれる。

それでも彼は迷うこよなく、右腕が完全に使い物にならなくなる代わりにネクストの半分ほどの長さはある鉄筋コンクリートという名の先ほど盾に使った武器を持ち上げ、辺りに落ちていた同じ素材の柱であろうが壁だろうが全てを粉砕し突撃する。

そして彼はホワイトグリントの目の前でQTを繰り出し、体が柱を振ります際に発したGに耐え切れず内臓を傷付け吐血しながら、重い柱を全力で左へと薙ぎ払った。

ネクストの戦法から大きく外れた無茶苦茶な攻撃に対して、ホワイトグリントはだまし討ちをされる可能性を決して捨てていなかっただろうが、火に纏われていても尚突撃する彼の気迫と鉄筋コンクリートの柱の迫力に押されたのか回避がワンテンポ遅れた。

左腕が柱に巻き込まれそうになったホワイトグリントは063ANARをパージして機体を軽くして後ろへQB。機体への直撃こそ避けれたが063ANARは柱の圧倒的な速度と質量に叩き潰され弾倉に残された銃弾の火薬が柱の火に引火し爆散する。

だが、その程度では柱の勢いは衰えず、トンネルの壁に激突して轟音を鳴らし、衝撃で地が揺れた。

 

「…………」

 

口から血が止めどもなく流れ出る。

全身の筋肉が軋み激痛を訴える。

頭痛が激しさを増す。

しかし、彼の思考は先ほどまでの霞んでいたものとは違い、一切の痛みが遮断され震えも止まり、ただホワイトグリントを殺すことに意識が集中し。

まるで透き通る冷水のように無駄無く冷静に思考が回るが、体の方は鼓動が激しく打ち、火が灯ったかのように熱く滾る。

彼はその感覚に記憶があった。

ネクストに乗り初めてから最初のミッションとしてラインアークに降り立った時、言い表せない不快感を強く感じたスティグロと対峙した時、答えを見つけ恩師との決別の為にアルテリア・カーパルスへ赴いた時、全方位を世界中からかき集められた兵器達で囲まれた時。

どれも彼の感情を昂らせる何かが有った為か普段以上の力を呼び起こし、例えどんな状況であろうが、その都度彼は勝利をもぎ取った。

ホワイトグリントと戦っている今もそうだ。

機体も体もボロボロで絶体絶命だというのに、彼に諦めという感情はなく。ただ勝利の為に感情を強く昂らせ、最後まで思考し戦い続ける。

 

(まだだ!)

 

QTの勢いを活かし彼はMOONLIGHTを起動し、その光り輝くエネルギーの刃で横払いし、ホワイトグリントのPAごとAPを削り。

そして追撃に再びQTを何度も繰り出して柱を振り回し彼は暴力の嵐と化し、ホワイトグリントを追い詰める。

激しい彼の連続攻撃の末、ホワイトグリントは致命的な損害自体は受けてはいないが、彼の攻撃から逃げるべく彼の攻撃の僅かな隙をついて横を通り過ぎ、ブースターを起動してトンネル内から脱出。

彼も、ホワイトグリントを追うべく重い鉄筋コンクリートの柱を持ったまま、ブースターの推進力では昇りきれなくなった縦穴をAMSの精密な動作で壁を何度も蹴ってホワイトグリント以上の驚異的な速さで上がり。

空へ逃げたホワイトグリントに攻撃すべく、MOONLIGHTを再び起動。

ホワイトグリントが反撃に放ったSALINE05を空中で柱を振るって破壊し、刃を振り下ろす。

そして、プラズマ粒子の刃とホワイトグリントの装甲に流れる電気エネルギーが再び干渉し。

白い火花を散らしながら、彼はQBを繰り出し機体と柱の重量をホワイトグリントに押し付け地上まで叩き落とした。

地が揺れる。

鋼鉄の巨人二人分の重量と落下の速度が加わり、大きなクレーターが生まれ、砂埃が立ち上る。

その中心でコジマ粒子が幻想的に舞い。白い機体は倒れ、その上に黒い機体が白い機体の右脚を踏みつけていた。

そして黒い機体は腕ごと突き刺した柱をゆっくりと高く掲げ、真っ直ぐレイヴンがいるコアへと振り下ろした。

避けようがない距離と状態でPAが無く、APも少ない。

勝った。一瞬だが彼はそう考えた。だが、その考えを彼は彼自身で消し去る。

何故なら彼は、リンクス戦争の英雄であるレイヴンがまだ終わるはずがないという強い期待と、劣勢の中でも一瞬で状況を覆せる実力があると戦いの中で見出したからだ。

金属が拉げる音が鳴り、機体が振動し。当てたという感触を彼は実感した。

 

(ほう……)

 

しかし、彼の期待通りホワイトグリントは生きていた。

青い複眼を光らせ、QBで彼の機体を吹き飛ばし、何度かターンした後051ANNRで反撃を始める。

彼はその銃弾を左右へQBをしながら紙一重で避け、振り下ろされた柱に対してホワイトグリントはコンマ数秒あるかないかのたった一度しかないチャンスで左裏拳を振るい、柱の軌道を逸らした為だろうあらぬ方向へ向いている左腕を見てにやりと彼は口角を上げる。

 

(やるな……)

 

SALINE05が再び放たれる。

彼は地を這うようにして分裂したミサイルを掻い潜り、僅かに脚部の関節が被弾したことによって十分な速度はないがそれでもホワイトグリントに向かって跳び。

ホワイトグリントもそれに応える様に彼に向かって跳ぶ。

そして交差する瞬間、彼は柱を振るい。ホワイトグリントは右背中のSALINE05をパージして柱から逃げるよう左へQB。

柱の勢いのせいで咄嗟にQBをしても対して軌道を帰れない彼はSALINE05を破壊してしまい、ミサイルの爆薬によって黒煙が彼の機体を包む。

柱が爆風や爆炎を巻き込んだ為大した被弾にこそならなかったが、ホワイトグリントを見失った彼の機体に衝撃が走る。

 

「グッ……」

 

血管が切れたのか目や鼻から血が垂れ流れ、血も内臓も何もかも吐き出してしまいそうな嗚咽感に襲われ、まともに息が出来ず意識が遠のく。

だが、意識を失う寸前でありながらも被弾した場所からホワイトグリントの位置を予測し彼はOBを起動。

飛ぶよりも、吹き飛ばされたという形容が相応しい恰好で機体が動き、ホワイトグリントを彼は視界に捉えMOONLIGHTを起動させる。

そして姿を捉えたのはホワイトグリントも同じで、051ANNRを彼に向け構えた。

白と黒の閃光が走り、二つの機体は交差し、鋼鉄の機体に己が意志を重ね。

彼はレイヴンに劣る戦闘経験を天性の才能で補い、レイヴンは彼に劣る天性の才能を長年の戦闘経験で補い。

白い機体は銃を撃ち、黒い機体は剣を振るう。

彼が幾度も繰り出す斬撃と突きを交えたブレードをホワイトグリントは軽いジャンプを交えた鳥のような軽やかなステップで躱し。

ホワイトグリントが放つ051ANNRの銃撃と銃身による突きを彼はQBで獣のような俊敏でしなやかな動きで躱す。

数秒が永遠にも思える程の濃密な時間を二人は攻撃しては避け続け、命を奪わんと疾駆する。

そして時は訪れる。

OBを展開し、光のような翼を生やしたホワイトグリントのPAが一瞬ぶれた。

AAの兆候だ。彼はそれを見て、柱を振るう。

柱の先端がホワイトグリントに触れる寸前、AAによるコジマ爆発。

その爆風についに柱はばらばらと崩壊し始め、彼の機体も吹き飛ばされそうになるが、柱を地面に突き立て衝撃を殺し、MOONLIGHTを起動。

ブレードの刃を構築させると同時に、刃はジェネレーターに残された全てのエネルギーを奪い。彼はこの一撃に全てを賭け、ホワイトグリントを薙ぎ払った。

 

(殺った)

 

確かな手ごたえ。そしてそれを証明するようにホワイトグリントの青い複眼の光は消え膝をつく。

彼は静かに後ずさり大きく荒い息を何度も繰り返し、限界以上に体を酷使し続けた為か戻ってこない痛みと震えに違和感を覚えながらも強く思う。

強かった。

あらゆる敵に対して勝利してきた彼を戦う前からすでに疲弊しきっていたとはいえ、殺す一歩手前まで追い込んだホワイトグリントは間違いなく今まで戦ってきたリンクスの中でも一番の強敵だったと。

 

「だが、あのレイヴンですら俺を殺せなかったか。ははははは」

 

コックピット内で下らなそうに小さな笑い声を上げ、徐々に弱まる鼓動で自らの死期を感じ取り頭をドライバーシートに預ける。

そして彼は力尽きるようにその瞼を閉じようとした瞬間、殺意に本能が感じたのだろう。

背筋に悪寒を感じ、飛び起きレーダーを確認。

周囲には自身の機体とホワイトグリントしかいないことを確信した後、ゆっくりと視線を倒れているはずのホワイトグリントへと向ける。

 

「まさか……」

 

彼は信じられない物でも見たかのような驚愕の表情を浮かべた後、自身でも気付かぬうちに笑っていた。

装甲やアクチュエーターに流れる電気がバチバチと音を鳴らしながらゆっくりと立ち上がり、その青い複眼に意志の光が再び灯らせAPが一度完全に尽きたはずのホワイトグリントは051ANNRを構えていた。

 

「再起動だと……クックックッ」

 

ジェネレーターのリミッターを解除することで装甲へ電気を過剰に流し込み、APが残っているとシステムを誤認識させることで理論上は可能とされているネクストの再起動。

ただし、それはAPが尽きた際に起きたであろうAMSの負荷で大きなダメージを受けた脳にさらに鞭を打つことになり、根性論ではどうしようにもならない負荷が脳へと流れる。

AMS適性の高かろうが低かろうが操作するままにならないだろう。実行は不可能とされている。

だが、今ホワイトグリントは立ち上がり銃を構えている。戦う意志を彼に見せている。

不可能を可能にして見せた。

 

「ハハハッ!アーハハハハハハハッ!そうだ!それでいい!!」

 

狂ったように彼は大きく笑う。

先ほどのMOONLIGHTによる攻撃はまさに全力を賭したものだった。

その為かジェネレーターの燃料が尽きかけブースターも破損し、APもギリギリでまさに万策が尽き、戦況は逆転した。

一度勝利したはずの彼が、今度は殺されそうになっているがそれでも狂った笑いを止めない。

 

「最高だ。最高だよ貴様……」

 

目の前で銃口を突きつけられ、彼は笑いを止める。

 

(これが、この力こそが可能性……面白い。俺の選択に間違いではなかった)

 

そしてどこか嬉しげで、すっきりした表情を浮かべた後、顔を引き締め。

ブレードと半壊した柱を構え一歩ずつ歩を進める。

当てる事は不可能だろう。だが、それでもこれは彼の精一杯の強がりであると同時に、彼も戦う意志は消えていないという叫びだ。

ゆっくりと歩き続ける彼の機体にホワイトグリントは051ANNRとSALINE05を放たれ。

それを避けることが出来ない彼の機体に一瞬で被弾しAPが尽きた。

コックピット内で絶叫が反響する。

脳がミキサーでかき回されたかのような激しい頭痛と最適化されていない機体の挙動や状態がなだれ込む。

その情報の噴流にまるで無数の光で脳が焼かれているような激痛に意識が消えかける。

いっそ意識を離した方が楽だったのだろうが。

それでも彼は、最期を意識を失ったまま死んでたまるかと強靭な精神力で耐え続け、やがてAMS処理が停止し痛みが僅かに引く。

 

(再起動……)

 

そしてその僅かに許された思考と時間。彼は今だ戦うことを止めはしない。

彼は緩慢とした動きで振るえる左腕を伸ばしコックピット内に備え付けられたキーでコマンドを入力し、ジェネレーターのリミッターを解除するスイッチが出現する。

 

(まだだ……まだ俺は戦える!)

 

重いスイッチカバーを開けスイッチの先端を彼は押そうとした瞬間。

機体に衝撃が走り、体の半分以上が消え去り傷口は炭化していた。

SALINE05の爆炎が装甲を抉り、コックピットまでに届いたのだろう。

痛みもあるがそれ以上にあったはずの肉体が無くなったことに彼は一瞬呆然とするが、すぐさま消えた左腕の代わりに右腕をスイッチへ伸ばす。

しかし、半身を失ったことで体のバランスが崩れ、スイッチを押す。たったそれだけの動作に時間がかかってしまい。

手が届く寸前で再び銃弾が被弾。それは機体の装甲をも貫き、コックピット内を掠めた。

運良く銃弾自体を被弾しなかったが、耳元で金属が金切り声を上げ、貫通した銃弾によって生じた破片に体中が斬られ頭を強く打つ。

 

「ガハッ」

 

そしてそれと同時に機体も倒れ伏し、追撃に放たれた051ANNRの銃弾がさらに貫通しSALINE05の爆薬でただでさえ燃えている機体はさらに炎上する。

蒸されるかのような高温で振動するコックピットの中、彼はそれでもスイッチへ向けて右腕をずるずると伸ばし続け。

自身の血溜まりに全身を赤く染めた頃。遠くなっていくブースターの音に彼は素直に負けを認めため息を吐く。

 

(行ったか……まぁ奴もネクストに乗れるような体じゃないだろうな)

 

リンクスという数少ない天才を保護するために徹底的に強化された体の丈夫さが災難し、彼は体が半分以上吹き飛んだが、それでも辛うじて彼は生きていた。

彼の中にあるナノマシンや強化された細胞が彼を生かそうと必死となるが。血があふれ出し幾度も血が混じった吐瀉物を吐き出し彼はついに頭を下す。

だが、適性と噂されるレイヴンに再起動と言う無茶をさせたのだ。二度とネクストに乗ることは出来ないだろう。

そしてただでさえ彼の凶行のせいで禁忌とされつつネクストに関する技術とただの一般人と言うはずれがいるAMS適性がある人物を探して育成する余裕が今の世界にはない上必要ない。

一人いるだけで彼が築きあげた平穏を崩壊させかねないネクストとリンクスを全滅させた点では彼の死は無意味ではないとは言える。

 

(クソッ……機体が万全なら俺が勝っていた)

 

しかし、今の彼にはそんなことを考える頭はなく、柄にもなく悔しさに口を歪める自身に思わず吹き出し。

胃酸で焼けた喉が刺激され、しばらく悶絶しては彼は喉を揺らして笑う。

死に際ではあるが、自ら選んだ道を突き進み、人の可能性を垣間見ることの出来た戦いの果ての死。

そんな納得できる最後に憑き物が落ちたかのように彼の顔はすっきりとしていた。

 

(……俺が選択した道だ。セレンを殺したことに後悔してたまるか。そして……もしまだ俺に生があるのならば……人類に再び危機が迫るのならば、何度でも戦ってやる)

 

徐々に冷えていく体に霞む視界。

それでも尚、彼の答えと決心は変わりしない。

 

(だが……もし……もし、やり直せるならば……)

 

しかし、死を目の前にして彼の脳裏に走り始めた。かつての日々に幾度も悩んだ末の答えだからこその一つの後悔が生まれる。

それは懺悔にも似た彼の願いだった。

 

(……革命家としてでも、人類種の天敵としてでもなく。人類がどうとか関係なく、自分勝手に生きて殺して殺される……そんなただの傭兵として生きてもみたかった……貴女(セレン)と一緒に)

 

彼がセレンに抱いていた感情が何だったのかは答えに出してはいない。

そんな言葉では形容できない程、彼にとって何よりも重要な人物だった。

だからこそ、彼は最期に強く願う。

 

(……セレン。説教ならいくらでも聞いてやる。だから、また俺と組んでくれないか?報告したいことがあるんだ……)

 

 

 

戦いの向こうに、答えはあったよ――

 

 

 

炎とは違った不思議な温もりに包まれた彼は一筋の涙を流し。

 

体に電流が走ったかのような刺激を感じた後、彼は意識を手放した。

 

――――――――――

 

硝煙と血と死に溢れた世界とはかけ離れた。

まるで別世界のような緑溢れる自然の中。

面妖な事に彼は再び目覚め、その美しき光景に涙を流す。

しかし、それは新たなる戦いの始まりに過ぎず。

彼は再び武器を手に駆け始めた。

 




色々とACFAでは出来ないことやらIS要素が皆無になってますが許してください。

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