「……」
シャルロットはISラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡを解除。
白い粒子を散らしながら装甲が消え失せ、ただの生身の少女になった事を確認した後に、エースは武器を量子化させピットへ戻って行く。
少女の瞳から流した涙の真意を測りながら。
「お疲れ様ですエーアストさん。約束通り、貴方を傭兵として歓迎します」
マリーの言葉に少なくともエースはようやくかと内心ため息を吐いた。
「…了解した」
(ディターミネイション。AMS停止処理を開始)
エースはディターミネイションを解除。
装甲が青緑色の粒子となり、首輪となってエースに着けられた。
(体に問題なし…今後のため医術関連も調べておくか)
AMSの適正が高いエースは特に何ともないが、AMS適正の低い者は接続中も停止した後も激しい頭痛や吐き気と言った様々な症状に襲われる。
AMS技術の進歩である程度は改善されたがそれでも数日間、昏睡状態になる者も戦闘中AMSの負荷に耐え切れずにそのまま脳が壊死して死ぬ者もいた。
適正が高いとはいえ、決して無害ではない。AMSという脳を酷使する物を使っている限り命を削る。
まだ、傭兵としてこれからこの世界での戦いは始まったばかりで、すでに人命を奪ったエースは倒れる訳にはいかない。
エースは自身の体調を入念に確かめた後ピットの残して置いたアタッシュケースを手に持った。
「もうここに用はない。帰ってもいいか?」
エースの服装は黒いジャケットと白いTシャツに黒いカーゴパンツ。
さっきの戦闘ぐらいでは汗一つかくことがないのでシャワーを浴びる必要もない。すぐにでも帰れる格好だ。
首輪を着けているので一部の人には勘違いされそうな点を除けば。
「いえ、この後デュノア夫妻と会食に参加してもらいます」
「ほう…」
突然の食事の誘いに、食の娯楽が20数年間ほとんどなかったエースにとってどんな料理が出るのだろうかと一瞬だけ期待したが、すぐにどういう意図を持って会食を持ち掛けたのだろうかと考えを始めた。
「俺が参加する必要性をあまり感じない。それに、今は予定がないとはいえ、そういう事は早く言え」
「申し訳ありません。傭兵活動を始めるとお伝えしましたら、あちらが是非と申しておりましたのでエーアストさんの為にも引き受けました。アリーナの入口に向かいましたらデュノア社長がお待ちしています」
「俺の為…宣伝か?」
エースは宣伝と言ったが正確には面接というのが正しいだろう。
実力を見せるだけならば、すでにエースには十分な情報はある。
だが、それだけではエースという人間性は誰にも理解できない。
傭兵を制御できると自信がある大きな組織は力だけあれば良い、裏切れば粛清するだけという考えが多いのだが、それに当てはまらない組織は裏切られ制御出来なくなったらという畏怖を抱く。
そこで、信頼に足る人物なのかという情報を知りたがる。
しかし信頼というのは言葉を交し合い、態度を見て得る物だ。戦いの場だけでは全てを理解できない。
だからこそ宣伝が必要だ。
エースという人を知ってもらうために。
「はい。話が早くて助かります」
にっこりと、マリーの見事なまでのビジネススマイルと器量を測っているかのような視線がエースの癪に触ったが、会食を楽しむかと気持ちを切り替えた。
エースは生きるためと目的のためと敵対する者には容赦情け一切ないが、元々の性格は決して獰猛ではない。
戦場でもない所で無用な騒ぎは起こしたくない。価値観は狂っているがそれくらいの一般的な感情は持っている。
「承諾した…が、俺は男であることは知っているのか?」
男性でISが使えるというのは女性しか使えないISという物の根底を覆す重要な要素だ。
ISの性能と数が軍事力として直結される世界でその希少価値に目を付けない組織が無い訳がない。
ありとあらゆる組織がエースの体を狙うだろう。
特に、世間一般に知られている一人目の日本のイレギュラーとは違いエースは世間に知られていない。
エースを力技で捕らえるならば他の組織も知られていない今捕らえた方が良いと、捕獲対象のエースですらそう思っている。
「いいえ。ですが、もう傭兵活動をすることは決まってますので遅かれ早かれ分かってしまうでしょう」
だが、危険な時期と分かっている上でバラしてしまえと言うマリーの発言にエースは同意するように頷く。
マリーの言うとおり、結局の所エースがディターミネイションを使う限り、世間にエースの存在が分かってしまうのは避けようが無い。
傭兵活動する上で、絶対に誰とも顔を会わせずに活動するのは、兵器を使う人間である以上不可能だからだ。
「まぁ…変な組織やトラップが来ないといいがな」
(もう慣れているけどな…)
力を持つ人間は、その他の人間や組織に狙われるものだ。
アルテリア・カーパルス占領後、人類種の天敵として企業が支配する世界を震撼させたエースに例えば企業からの奇襲、例えば企業からのスパイ。
ある企業は殺すために、ある企業は懐柔させるためにとエースに近づいてきた目的は様々だ。
そして、それら全てを己の体。もしくはネクストの力で叩き潰し、必要だと思ったのなら強靭な体力と精神を持って相手を骨抜きし利用する。
日常茶飯事のように来るそれらを対処していったらいつの間にか慣れてしまった。
だが、慣れているとは言え起きて欲しい物ではないのがエースの真情だ。強化人間で体の半分以上はサイボーグだとしても、ナノマシンが血を通っても人間であるので疲れるからだ。
「我々が欲するのは力です。その程度、貴方個人で切り抜けて貰わねば困ります。我々は貴方のプライベートに関わることはありませんのでそのつもりで」
自分の身は自分で守れ。
そうエースは解釈し再び頷いた。
「…分かった。では行く」
エースはカーゴパンツのポケットに使う事ないようにと祈りながらGA製ハンドガンの固い感触を確かめながら入れる。
「マリー・エバン。今後君がどういう関係になるかは分からんが、よろしく頼む」
エースはマリーにそう告げアリーナの入口に向け歩き始めた。
(素晴らしい戦闘能力…それに…)
マリーはエースのいないピットで一人、この後まとめなければならないレポート内容を考えながら、先ほどの戦いと機体に思いを馳せていた。
(まるで芸術のように美しい)
触れれば壊してしまいような一種の脆さを感じさせる直線的にも曲線的にも思える、匠が作り上げた工芸品のような複雑な装甲。
そして感じた脆さとは裏腹に、そこから溢れ出る力無き者全てを平伏せそうな絶対的な神のような威圧感。
機体が持つ武器も、その神にも似た威圧感を持つ機体に似合う、サイズからは想像できないほどの異常な力を誇っている。
あの機体を目にした時、そしてそれが動くときを見た時。
ISとはまったく違う、究極に完成された美をマリーは黒い機体から感じた。
(ISは常に進化するから完成という文字はない…ですが、あのISには何故か完成を感じてしまった…)
自身が美しいと感じた黒い機体の次にマリーの脳内に、今後付き合うことになる少年を思い浮かべた。
(…僅かに見えた顔の縫った様な跡。事故か、それもと生身での戦闘経験があるのでしょうか…まぁ、後者の可能性が高い)
テロリストに増援を送った工場の時もそれを利用し脅し、急な作戦変更をしたとしても決して慌てないエースの余裕綽々な態度に、相当の数の修羅場を潜り抜け、その肉体と精神共に先練されている底の知れない少年とは思えない少年。
そうマリーはエースから感じ取れた。
(あの少年。傭兵をすると言いましたが、上がうまく手懐けないと委員会に不利益を被りますね)
嫌な物を拾ったかもしれない。何か嫌な予感を感じ、マリーはこれからの生活に一抹の不安を抱いた。
「はじめまして。本日対戦させて貰った、エーアスト・アレスだ」
「「……」」
「見て貰えば分かると思うが正真正銘男だ。なんなら、起動して見せても構わん」
「……え?」
「……どういう事だ」
つい先ほど戦った相手は男。その事実に対して一分ほど時間を要した後に、ようやく二人は反応して見せた。
「どういう事?君達が見ている事全てが真実だ。男がISを使った。それだけだ」
「それだけ?…まるで意味が分からない。その首輪は君のISか?何より君がISを使える理由を――」
「俺はタダで食事を楽しむという目的で君達の招待を受けただけだ。質問は受け付けん」
エースの明確すぎる拒絶の姿勢にデュノア社社長。
エースがデュノア社を調べた時に名前を覚えた男フランソワ・デュノアは口を閉ざした。
「すまないが、時間を無駄にするのは好きではない」
「…分かった。行こう」
色々と納得していないが、相手を刺激する必要はないとフランソワは考え歩き出し、シャルロットも付き添うメイドのように音無く静かに歩き出した。
(どんな食事が来るのだろう。美味いといいな)
そして、シャルロットに付いていくのは心の底から料理を楽しむ事しか考えていないエースだった。
「美味かった。特に肉料理の鴨が噛み応えがあり、ソースも良い味だった」
食後に出された、深みのある香りとキツイ苦味がするコーヒーを飲みながら、出されたフルコースの感想を交し合う。
「それはよかったです。エーアストさん」
ニッコリとマリーとは違い、完璧なビジネススマイルではなく僅かに嫌味を含んだ笑顔を見せた両親が、デュノア社の取引先の娘で現在フランソワ・デュノアの妻ネリス・デュノア。
食事中も終始夫のフランソワを監視するかのような視線とそれを徹底して無視するフランソワに、エースは両者の仲がどんなものかなんとなくだが察していた。
「ところで、こういった場での食事はあまり慣れていないので何か粗相でもありましたか?今後の参考にぜひ教えて貰いたいのですが…」
「いえいえ、とても良い育ちなのですね。一切の文句のないテーブルマナーでしてよ」
(育ちは糞みたいな所だがな)
強盗、強姦、殺害。
それらが力があれば全てを許容される、政府の統治能力が低下し環境汚染、人口爆発、そしてそれによる食糧難などで疲弊したある国のスラム街。
ギャングが街を支配し、銃弾や悲鳴が絶えない世界でエースは育った。
若い男は衰弱して死ぬか僅かな賃金のために労働するか、ギャングか兵士となり戦うか。
若い女は衰弱して死ぬか体を売り、体の価値が無くなるまでしゃぶりつかされるか。
惨めな生か衰弱しながら死か。どちらも、考えるだけでも嫌なものだ。
だが、彼らにはまだ選ぶ自由がある。
それに対し、生と死を選ぶ自由すらが無い最も弱い存在は子供だ。
そんな中でも最も生存確率が低い両親が無き子供であるエースが生き残れたのは、大部分は顔のおかげと言っても過言ではない。
顔が非常に整っている、それによりエースは男女問わず第一印象は良く思われやすい。
そこに目をつけたエースを拾った盗賊団に男娼として売られるために育てられた。
そして、男娼と売り出す時に最高状態で売り出すためにエースは盗賊団の中でも飯が一番食べれた。
生きるにはまず食料が必要だ。
体を動かすためのエネルギーに食料が必要だ。
病気を治すにも抵抗力を付ける食料が必要だ。
皮肉にも顔が良いため食え、そのエネルギーで生活の糧のための盗みや殺しも一切問題なく出来、伝染病や怪我から回復させる抵抗力が出来た。
それに加え危険に対する勘が鋭く、戦場での動きが異状にまで良かったエースは、盗賊団で最も待遇が良くなり、国家解体戦争の混乱時も、リンクス戦争の混乱時も、老若男女関係なく最も生存競争が激しい時代のスラム街の中で数少ない地面の上に両足で立ち続けることが許された人間だった。
そんな地獄のような幼少期を過ごしたエースがテーブルマナーを覚えるきっかけとなったのは、セレンのおかげである。
リンクス戦争後、AFが生まれてからは企業の尖兵と成り果てたリンクスだが、国家解体戦争直後のリンクスは貴族と言っても差し控えなかった。
煌びやかな衣装に身を包み、貴重な天然食品を使った料理を食べ、仏頂面で企業の重職と会話する。
エースがリンクスとして活動していた時とは破格の扱いの時にセレンが学んだ技術をそのままエースへといつか役立つという理由で学ばせた。
練習のために食べた食品は合成食品だったが、それでもエースからしたら戦闘以外の事をセレンと共に学ぶことが出来た、かけがいの無い時間だった。
そんな時間で学んだ所作は全て、体と脳内の記憶装置に叩き込み一切間違えることはない。
そう言える自信を持つエースからしたら自分で問うのも馬鹿らしいが、今は下に思われた方がいい。エースはそう考えている。
(そろそろ演じるか。スープからはそれなりに時間が経っている)
「ありがとうございます。いや本当に素晴らしい…食事だ…」
エースはグラっと体を揺らし、少し頭をフラフラ揺らす。
「申し訳…ない…少し眠気が…」
そしてそのまま、机に倒れるように頭をぶつけた。
「大丈夫ですか?エーアストさん。何か料理に入っておりましたか?」
体を揺すりながら、心配そうな声を出しながら、顔はにやりと歪ませているネリス。
(あぁ、スープに睡眠薬が入っていたな。意味ないが)
それに対し、余裕綽々に寝たふり始めるエース。
寝たふりをしているのはフルコースのスープに入っていた薬をエースは飲んだら危険そうという直感で見破った。
だが、それでもスープを飲み、睡眠薬と確信した上でエースは芝居をしてみる事にした。
(さて、何が起きるかな)
完璧に寝たふりを演じて見せているエースの姿に、まさか幾万もの犠牲を積み重ねた上で完成された、数十年未来の医療技術の結晶とも言える強化人間で、睡眠薬を体内のナノマシンによりとっくに無効化されているとは思う訳なく。
完全に寝ていると思い余裕が生まれたのかネリスは食事中一切会話に参加しなかったフランソワに初めて声をかけた。
「フランソワ。分かっているわね?デュノア社は経営危機なの。そのために、男性でISが使えるこの子を利用するためにあの泥棒猫の娘を使う他はないの」
ネリスの泥棒猫の娘という単語にシャルロットの姿をエースは思い浮かべた。
マリーの言葉にエースは違和感を感じていたのだ。
なぜ夫婦と直接勝負をした子ではなく、夫婦だけで会食を申し込んだのか。
その理由を考え、もしエースの想像通りなら、不幸な目に有っていたのだろうと少しばかりシャルロットにエースは同情した。
「それで事が上手く運ぶとは思えんが…」
「なら、他に手段がある?あの女の娘を有効的に使ってあげる事に感謝してもらいたいくらいよ。それに、縛り付けるのなら今しかないわ」
「だが…!」
「あら、逆らうのかしら?」
「君がやろうとする事は血の繋がった娘というのは関係なく未熟な乙女に対して許される事ではない!もし、これが世間に流れたら我が社は――」
「大丈夫よ。彼、傭兵をやるのでしょう?それに強いのでしょう?ならあの娘を利用して守って貰えばいいじゃない」
「そんな簡単な話では!」
(喧嘩は他所でしてくれ…)
どんどんヒートアップしていく両者に耳を防ぎたくなるがエースは寝たふりを続ける。
「話はもういいでしょう。運んで頂戴。あとは、あの子が全てやってくれるわ…」
ネリスの声に、SPらしき屈強な体を持つ男が一人、エースを背負うべく持ち上げようとしたが。
「ッ!重い!!」
強化人間として色々な機械を植えつけられていたり、細胞単位で弄くられているエースの体重は見た目に反して異常に重い。
「大丈夫か?」
もう一人の男が助けに来て、鍛えられている大人二人でようやくエースを運んでいった。
エースはベットに寝かせられ、運んだ男が二人部屋から出た所で薄っすらと目を開けた。
(どこかホテルの一室なのだろうか。銃はある。それに、アタッシュケースも見えた。酒で酔った勢いであの
食事中に出された酒。貴重だからとネリスに半ば無理矢理勧められたラム酒のアルコール度数が75度もあり酒に弱い一般人では一杯でも酔うには十分すぎる。
しかし、環境汚染が酷かったせいで、水より酒の方が安全な世界で育ったエースにとって酒はまさに水のように飲み慣れている飲料だ。
そもそも強化人間は酔って判断能力が鈍らないように肝臓のアルコール処理能力を向上させているので酔うことはない。
その代わりに酒で酔って一時でも気を紛らわせる事が出来ないのが唯一のデメリットだ。
(さて、どこかにカメラがあるはずだが。今起きたらきっと彼女は来ないだろう。大人しく待つか)
そして、エースが部屋に連れられてから数分後にドアが開く音が聞こえた。
「お邪魔します…」
寝ていると思っている相手に何故か挨拶をする、声量が小さい少女の声。
エースの想像通りの少女がそこにいた。
(シャルロット・デュノアか。やはりな…考えなしと言うべきか、速いと言うべきか。まぁ…相手が悪かったな)
シャルロットがドアを閉め、エースに近づいた瞬間エースは部分展開を開始。
ISの持つ機能で、その名のとおり体の一部分に装甲を展開させる。
アセンブル――
ARMS
063AN03
エースの首輪から青緑色の粒子が溢れ、両腕を包み込み、装甲を形成させる。
(片腕だけ呼んだつもりだが、まぁいい)
何故両腕に装甲が現れたのか。疑問に思いながらもエースは武器を呼び出した。
アセンブル――
SHOULDER WEAPON
エースは呼び出した063ANEMをさっそく起動。
エースを中心に周囲にECMを発生させ、盗撮に使用されているであろう隠しカメラなどを一時的にマヒさせる。
そのままベットから飛び起き、ポケットに入れておいたGA製ハンドガンを右手で持ち、その銃口をシャルロットの喉に突きつけながら、右足を払い転ばせそのまま組み伏せ左手の人差し指で叫ぼうと口を開けたシャルロットの唇を押さえる。
無駄のないエースの一連の動作にシャルロットは何も出来ずにただ息を飲むしかなかった。
Q:デュノア社夫婦について
A:ランク23のフランソワ・ネリスさんからお名前頂戴しました。調べて分かったのですが、フランソワってフランスの男性名らしいです。
Q:首輪付きの設定について
A:過剰なまでに色々と設定してあります。設定しないと首輪付きが特に理由無く虐殺を行ったイカレ狂人になりますのでご了承ください。生い立ちについては首輪付きのテーマことScorcherのhell=地獄という単語から、AC4系世界の最底辺民層を想像しながら書きました。