前回の七夜と霊夢の戦いと並行して、行われた咲夜さんと早苗さんのバトルです。
……それにしても、七夜以外の人物たちの戦闘は何故か、表現が鈍るんですよねぇ。どうにかならないものか……。それとも単に私が七夜を好きすぎるだけなのでしょうか?
視界が――――おかしい。
さっきまで眼前に広がっていた草原、と草が取り除かれ人里へ続くように出来た道や、紅魔館や氷の湖に続いている大森林さえも見えない。
いや、見えるのだが、ソレは青白い半透明上の結界によって見えにくくなっているのだ。
咲夜はきょろきょろあたりを見回す。
この世界そのものから閉じ込められたような感覚――――そして、『時を操れない』。
「固有結界、か……。随分と大層なモノを使うのね、貴方」
「そんな……大層なモノじゃありませんよ。心象風景を具現化した訳ではありませんし……、そもそも本当に心象風景を具現化させるのなら神奈子様と諏訪子様の力が必要ですから……」
……なるほど、と咲夜は目を瞑って納得した。
今、彼女が展開しているのは固有結界ならぬ……疑似・固有結界と言った所か……。性質こそまったく同じであるものの、心象風景の具現化には至らず……。
だが――――
「――――厄介ね」
心象風景の具現化に至らない為か、早苗自信の固有結界の能力は発動されないものの、それでも固有結界としては機能しているのだ。
彼女の『時を操る程度の能力』は謂わば、世界に働きかける事象を引き起こす程であり、そしてここは彼女の世界。
――――早苗の『時間』は咲夜のモノにはならない。
「本当、霊力の消費も行わずして自身を『固有結界化』できる霊夢さんが羨ましいですよ。……彼女はアレは生まれつきで、しかもその固有結界の効果があらゆる圧力から『浮』くんですからね……」
「アレも固有結界なの? だとしたら、霊夢は相当な化け物ね。録に霊術や体術の修行もせず、才能だけで固有結界能力を開花――――本当、色々出鱈目な巫女ね、彼女は」
「アレはもう――――彼女自身が生まれつき固有結界そのものであったと言った方が正しいかもしれませんね」
「……否定したいけど、出来ないのが怖いわ」
咲夜は霊夢の才能を考えて表情には出さないものの、ぞっとする。
固有結界とは魔法に一番近いと言われる。幻想郷において、人間が固有結界を使う様になるには、莫大な霊力が必要となる。……妖怪であれば妖力。……魔法使いであれば魔力だ。
幻想郷でそんな量の霊力を有している者など霊夢くらいだ。
……しかし、目の前の少女は何だ?
確かに、巫女として、現人神として、多くの霊力を有しているものの、固有結界を――――心象風景がない空っぽの疑似物だったとしても、彼女に固有結界を展開できる程の霊力は備わっていない筈である。
「……私が固有結界を展開できる程の霊力を持っているか、て考えていませんでしたか?」
「……」
――――表情に出したつもりはないのに、感づかれてしまうとは……。
いや、彼女は咲夜のそういった疑問はもう予測済みなのかもしれない。
……未熟者の自分如きが、未熟な霊力で固有結界を展開するなど、荷が重すぎていることなど、早苗自信がよくわかっている。
……となると――――
「なるほど。――――確か貴方は妖怪から妖力を奪う能力もあったわね……。だから、結界に霊力だけでなく――――妖力までもが充満しているのか」
自分の考えが読まれても、咲夜は冷静に早苗の能力と照らし合わせ、早苗が固有結界を発動できている種を知った。
「……貴女、ここに来るまでに何匹の妖怪の妖力を奪ってきたのかしら?」
「奪うとは失敬ですね。……これまで退治してきた死者と化した妖怪を退治してきた結果です。……まあ、ソレもこの固有結界で、今日全部使い切りそうですけれど……」
言って、早苗の体には汗が多く流れているのが見える。
……彼女自信も無茶をしているのだろう。
だが、咲夜の『時を操る程度の能力』は封じておかなければ、まともな弾幕ごっこであるならばともかく、本気半分の戦いであれば、『止まっている間』に終わってしまう。
早苗は今まで退治してきた妖怪から奪った妖力の余り分を全てと自分の霊力のほとんどを固有結界分に回しているため、今の彼女に長期戦は無理だ。
……だが、これぐらいのリスクは承知の上だ。
現に、咲夜の能力を“外界”から閉ざすことによって封じるという役割を、固有結界は果たしてくれた。
そう考えれば、おつりも返ってくるだろう。
「なるほど、外界に働きかける私の能力を封じるのなら、外界から独立した固有結界に――――閉じ込めてしまえばいい、か」
「……ずいぶんと冷静ですね。顔色一つ変えないなんて……」
自分の能力を封じられてもなお冷静でいられる咲夜に早苗は苦笑しながらも不貞腐れる。そんな早苗を少し可愛らしいと思ったのか、咲夜は口元にくす、と笑いを浮かべた。
「安心しなさい。正直脅かされたわ、十分にね……。だけど、固有結界を“その為”だけに使うなんて、貴女も大概バカね」
「……馬鹿にしたような口調には聞こえませんね」
「ええ、馬鹿は褒め言葉っていうでしょ。……貴女のようなバカは、嫌いじゃないわ」
そう言って咲夜は、両手に三本ずつナイフを持ち、構える。
――――同時に、眼は空のような青から血の赤に変わり、闘気を、殺気を、早苗にぶつけた。
銀のナイフは真っ直ぐ早苗に向けられる。
「――――だけど、能力を封じられた程度で私に勝てると思うなんて……紅魔館のメイド長も舐めれたものね。……私にはまだ――――コレ(体術)がある……!!」
咲夜は背後に結界を作り、更に霊力を身に纏って、空を飛ぶ、そのまま背後に作った結界を蹴り――――早苗に斬りかかった。
早苗はソレを飛んで回避――――そのまま空中へと飛ぶ。
「まだよ」
――――傷符「インスクライブレッドソウル」――――
咲夜はナイフの刀身に霊力を為、そのまま両手に持ったナイフを高速に振った。
……そこから出てくるのは斬撃の嵐がそのまま形となったもの。
振るわれる度に三刃ずつ出てくる斬撃は、真っ直ぐに早苗へと向かっていく。……早苗は目を大きく見開きながらも、斬撃と斬撃の間をくぐって対処していたが、やがて追いつかなくなったのか、霊力による結界でソレを防ぎ始めた。
「……あまり、霊力を使わせないで下さいよ。……この結界を保つだけで精一杯なんですから……。ああ、せっかくの巫女服が破れたじゃないですか……」
早苗の巫女服のスカート部分に三つ並べられた小さな、切り痕が付いてしまった。
「ソレは謝ります。弁償は必要かしら? まあ、してあげないけど……」
「思いっきり嫌味ですね。まあ、弁償なんて求める質じゃありません――――よっ!!」
早苗はお祓い棒を取り出し、左右に振って見せる。
ソレに連動するように発生する風。
規則的に動いていく――――キレイで、美しい風だった。
更に早苗はその風の中に霊力弾を乗せる事で、その威力を倍増させ、咲夜に向けて放つ。
「くっ――――!!」
限りなく隙間のない弾幕群。
たとえ弾幕そのものを避けようとしても、風圧によって、弾幕は再び咲夜に向かってくるし、咲夜自信もその風圧でバランスを崩されてしまう。
そして、おそらく咲夜自信が霊力による弾幕を放っても、その風の軌道により咲夜自信に向かってくる事はもう眼に見えて分かる事だ。
「ならば――――切るっ!!」
咲夜は視界に埋まる弾幕を目にし、それでもナイフを早苗に向かって投げた。時を止める能力は封じられている為に、投げたら回収はもう不可能と考えていい。
つまり、使い捨てである。
ナイフを投げる事は、すなわちそのナイフを使い捨てにする事だ。だからと言って、温存している戦える程の時間等、咲夜にはない。
一刻も早く――――七夜の元に向かわなくてはならないのだ。
「切るという割には投げてますね……」
そう言って、早苗は自分の頭部に向かってくる咲夜のナイフを頭で逸らす事で回避、そして風の軌道によってそのナイフは早苗の後ろを周り、そのままU字状に早苗の周りを動き、その凶刃は再び咲夜に向かわれるが――――。
――――スパっ!!
「――――え?」
自分の頬がかすかに切られたような感触を感じ、早苗は自分の頬を触ってみる。
……確かに、血が滲んでいた。
「そんなっ……!!」
確かにナイフを避けた筈だ。
……なのに、ナイフが当たっていないのに、何故、切れた?
そして、早苗の風の軌道により、ナイフの凶刃は咲夜に向かわれるが――――、
咲夜は、そのナイフを、キャッチした。
「普通の霊力弾が戻ってくるのは厄介だけど……ナイフのように物理的な物で出来た得物が投げても自分に返ってくるのは結構便利ね。
……そのかわり、そう一気には投げれないけれど」
撃った弾幕が風の軌道によって、自分に向かってくるという事は、つまり投げたナイフは自然と向こうからやってくる訳だから、何もせずとも回収できる。
咲夜は、本来自分にとって不利になるはずの敵の技の効力を逆に利用しているのだ。
しかし、それでも一気に大量のナイフを投げてしまえば、その分も自分に返ってくるので、さすがに一気に十何本ものの飛んでくるナイフを、時を止める事ができない状態で回収する事は難しい。
……つまり、一度に投げれる本数は限られている。
咲夜にとって劣勢である事に変わりはない。
「さあ、今度は三本よ。避けても何故か切れるナイフ。――――貴女に私の小細工が見破れるかしら?」
「小細工、ですか?」
咲夜は、また両手に三本持ったナイフを、また早苗に投げる。
この風の中――――しかも早苗の弾幕が飛び交っている中で、そういう芸当ができる事自体が神業だ。
伊達に彼女は瀟洒なメイドなどと名乗っていない。
彼女の能力を封じる事で勝率を上げたことは及第点だが、それだけでは終わらないのが、紅魔館のメイド長こと――――十六夜咲夜である。
「くっ!!」
何とか咲夜の“小細工”を見破ろうとするが、如何せん事に、早苗にも時間は限られている。
咲夜の能力を固有結界によって封じたはいいものの、力の大半はソレに回しているため、小細工を一刻も早く見破ろうとする焦りが、小細工を見破る事を不可能としていた。
「避けてばかりでは分からないわよ。もっと見なさい」
――――よく、見る。
早苗の左脇に、三本の切り傷が入った。
「――――っっ!!」
しかし、早苗はここである事に気付く。
今さっき咲夜が投げた一本のナイフは自分が避けたと同時に、自分の“左”頬が切れた。
そして今咲夜が投げた三本のナイフは自分が避けたと同時に、自分の“左”脇に切り傷が入れた。
そして咲夜から見て、早苗がおこした右側の風は早苗の後ろをU字型に回って、左側の風が咲夜のナイフを手元に戻している仕組みとなる。
つまり――――
……もう三本の、ナイフが飛んでくる
早苗はそのナイフの――――正確にはナイフの軌道をよくみる、ナイフが通った軌跡を凝視する。
「……見えたっ!!」
そして、早苗は咄嗟でお祓い棒で、その視界に見えた何かを――――衝撃波を発生させ、見えた何かを切った。
「……本当に、小細工なんですね」
……気が付けば、早苗の風によって投げられたナイフは咲夜の手元にある。
「まさか、私の風をここまで利用するなんて……」
早苗はナイフが飛んできた時に掴んだ何かの正体を見る。
……それは、とても細くて、とても鋭利な、鉄の糸――――ワイヤーだった。
……そして、咲夜は戻ったナイフにワイヤーが付いていなことから、おそらく早苗は自分の小細工の正体を見破ったと取った。
「確かにナイフの柄の部分にワイヤーを付けて投げれば、たとえ私に当たらなくても私の風がその軌道を変えて、ワイヤーが私の体を切る、ですか……。
まるで何処ぞの切り裂き王子みたいですね……」
……言って、早苗は自分が起こしていた風を止めた。
そして手やお祓い棒に霊力を溜めこみ始め、ソレに対抗するように、咲夜もナイフに霊力を溜め始める。
……お互いの、眼が交差し合ったとき、第二の火蓋が切られた
まず先手を取ったのは早苗の方だった。
空中を横に飛びながら、蛇とカエルを模した弾幕を、撃った。
続けて手に持ったお祓い棒で、放たれた弾幕は凄まじい風を帯びて、咲夜へと向かっていく。
「(風を帯びた霊力弾……さっきのようにフィールド全体に風が起こっている訳ではないからワイヤーを使った戦法はもう無理ね……。固有結界にほとんどの力を使っているため、向こうも本気が出せないのが、不幸中の幸いと言った所かしら)」
咲夜はそう言って、ナイフにありったけの霊力を溜め、ソレを三本――――投げた。続けてもう三本ナイフを取り出し、両手に三本ずつ持ち、早苗の弾幕へと突っ込んだ。
右に持った三本のナイフは霊力を溜めたまま弾幕を斬り――――左に込めた三本のナイフは溜めておいた霊力から、振るう事で斬撃を作り、飛ばす。
それでも弾幕に纏った風は強いのか、相殺しきれないモノが出てきたときは、ナイフそのものを投げて相殺するより手はない。
咲夜は七夜ほど、接近戦におけるナイフ裁きは得意ではない。
いや、咲夜のナイフ裁きは接近戦においても尋常じゃないのだが、七夜のソレとはもはや病的と言っていい程に差がある。
今度、七夜にナイフでの接近戦の戦い方を教えてもらおうか、と咲夜は考えたが、やはりやめようと思った。
……あんな病的なまでの解体技術を習おうなんて誰も思わないだろうし、おそらくアレはソレを極めた彼だからこそたどり着けた地平なのだろう。
……そう考えていたら、弾幕の勢いが緩んできた。
「(やはり……向こうも本気は出せない……か)」
ならばチャンスは今しかないと、咲夜は判断した。
ナイフをホルスターに仕舞い、手から霊力弾を咲夜は放った。
その霊力弾は早苗に直接当てずに、ただ早苗の周りに空中で停止していく。
「何を……するのですか?」
「こうするのよ」
言って、咲夜は手に持ったナイフを、先ほど放った霊力弾に当てた。
……そして、霊力弾に当たったナイフはそのまま跳ね返り、回転しながら早苗へと襲い掛かった。
「――――ッッ!!?」
後ろから飛んできたナイフに反応してお祓い棒で弾いた早苗であったが、他に設置された霊力弾にナイフが当たり、跳ね返ってまた早苗へと襲い掛かる。
「まだよ」
咲夜から懐からナイフを更に取り出し、次々と霊力弾に投げつけてゆく。
――――正にナイフが奏でる狂奏曲。
咲夜が的確に操る霊力弾により、ナイフは弾かれ、早苗へと襲い掛かり、更にナイフ同士が弾きあう事で、火花が飛び散り、刀身に熱が増す。
霊力弾で弾かれる度にナイフ自体の速度も加速していく。
「くっ、風を起こす暇も、霊力弾を撃つ暇も、ない……!!」
時間が立つごとに威力も速度も熱も量も増してゆく、ナイフの狂奏曲。
十六夜咲夜は――――能力を封じられたその身でありながら、戦闘の主導権を握っていた。
……とはいえ、早苗が本気を出せないというのも大きいが……。
踊る凶刃たちは、はじかれ度に威力が増し、早苗の身体を切り刻んでいく。
「う……ああぁぁ……ッッ!!」
何とか深い切り傷は避けているものの、何度も弾かれたことにより、刀身に帯びた熱が早苗の傷口にじわじわとダメージを与えていく。
「こうなったら……!!」
早苗は自分自身を囲むように、四角形の結界を四面に貼り、その勢いで、彼女の一斉に襲っていたナイフも結界にはじかれ――――そのナイフの狂奏曲は崩れていった。
「――――ちっ……!!」
咲夜は僅かに舌打ちをし、早苗の周りに設置した霊力弾を消す。
「はぁ、はぁ、はぁ……っっ!!」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
……両者の、息が乱れた。
早苗は、固有結界による霊力、および妖力の消費。そして、ナイフの猛攻によるダメージで……。
咲夜は、霊力弾を遠距離から手動で操り、その時に要した霊力、そして集中力は半端な量ですまされなかった。そして何より、不利な状況で何とか主導権を握っているだけであり、『時』を封じられることは、彼女にとっては少しキツいハンデだ。
……そして、咲夜の懐に、ナイフはもう数本しかない。
――――両者に沈黙が流れたその時、空間が歪み始めた。
「うぅ……っ!!」
途端に、早苗が悲鳴を上げながら苦しそうにするが、何とか踏みとどまった。
「まだです……もう少し、持たせてみせる……!!」
……そう、早苗の固有結界も限界が近付いていた。
元より、固有結界を長時間保てるほどの霊力を持たない早苗は、今まで退治してきた妖怪たちから奪った妖力で補うことで、何とかここまで持ち応えものの、所詮は小さいき個人が作り上げた擬似・固有結界。
しかもその状態で、紅魔館のメイド長との戦闘だ。
「私はもう長続きはしません。一気に……終わらせますっ!!(霊力も妖力も残り僅か……!! 固有結界ももう持ちそうにない……これで決めるしかない!!)」
「そうね。だけどその”(ナイフは残り九本、ワイヤーは残り十本、霊力もあと僅か……弾幕用の小ナイフは時を止めて設置しないと威力は発揮されないから除外……これらに全てを賭けるしかない……!!)」
両者はお互いに自分の状態をそれぞれ確認し、そして、碧と紅の瞳は交差し合った……!!
「これで……決めるっ……!!」
――――秘法「九字刺し」――――
早苗は最後の渾身の霊力を使い、ソレを放った。
本来スペルカードで行われる筈のソレは、早苗がもつ限りの威力を高め、更に左右上下に張り巡らされた格子状は、スキマを限りなく小さくし、視界を覆い尽くす程の粒弾が咲夜を襲う。
更に格子状のレーザー自体も動きながら、咲夜へと襲いかかってきた。
「来る……!!」
決意を固めた咲夜はそう言い、赤い瞳に強い意思を宿して、両手に三本ずつナイフを持ちながら、早苗へと迫った。
まず襲いかかってくる格子状の――――レーザーとレーザーの僅かな間を潜る。
それと同時に――――粒弾が彼女に被弾。
メイド服の一部が破れ、く、と痛む彼女だが、堪え、再び早苗を見据えて、突進する。
……そして、もはやくぐれるスキマもない格子状のレーザー
咲夜はソレを手に持った三本のナイフにありったけの霊力を込め、切る。
……同時に、ナイフに亀裂が入る。
一つは霊力を刀身に溜めすぎたことによる、刀身への負担。二つ目はレーザーの固さによるものだ。
使い物にならなくなった三本のナイフを咲夜は捨て――――懐からまた三本のナイフを取り出す。
……ナイフは、残り七本。
必死に僅かな間を潜り、多少の粒弾に当たり、ダメージを負うものの、レーザーを喰らうよりかは随分とマシなほうだ。
次々と迫ってくる格子状のレーザーを潜り、多少の榴弾に当たりながら、次の関所へと迫った。
極太のレーザーが3重にも重なって――――咲夜の行く手を阻む。
「邪魔――――するなぁっ!!」
咲夜は叫び、両手に持った六本のナイフの刀身にありったけの霊力を溜め、ソレに対応する。
そして、レーザーとナイフはぶつかった。
「はああぁぁぁ……っっっ!!!」
……ビキビキ、とナイフに亀裂が走っていくが、レーザーにも切れ目が入ってゆく。
ナイフが砕けるのが先か……それともレーザーが切られるのが先か……。
――――ばりんっ!!
ナイフが砕けると同時――――レーザーもまた切断された。
……ナイフは残り一本。
残り一本となったナイフを懐から取り出し、再び空中を駆ける咲夜。
残り一本となった得物で粒弾を一々切っていては、おそらくナイフは次のレーザーを切る時に持ってはくれないだろう。
だから――――迫ってくる粒弾は、当たっても我慢した。
「うぅ……ああ……っっ!!」
悲鳴が、上がる。
――――それが、何だ。
必ず、七夜の元にたどり着いて、彼を、記憶が戻るまで紅魔館の執事にして――――約束を果たすのだっ……!!
……最後の行く手を阻むレーザーと、渾身の霊力を貯めた銀のナイフが激突。
銀のナイフは砕き散り、レーザーもまた両断される。
……ナイフはもう手元にない。
「く……っ!!」
眼前にはありったけの霊力を使って結界を貼った早苗の姿。
結界に施された”拒絶”の術式を持って咲夜に止めをさすつもりなのだろう。
結界で止めを刺そうとするあたり、殺すつもりはないようだが、得物がなくなった咲夜に手段は残されてなど――――いない。
――――どうすれば……。
考えろ。
まだ結界まで距離はある。
――――考えろ。対抗手段は必ずある。
――――考えろ、あの日の約束を果たすのだ。
――――考えろ、七夜があの少年であるのなら、“七夜の短刀”を返す……。
「――――あ」
咲夜はメイド服のポケットの中にある鉄の棒を確認する。
――――そうだ、まだ七ッ夜があるっ!!
咲夜はポケットから「七ッ夜」と刻まれた黒い鉄の棒を取り出す。その端にある小さいボタンを押した。
シャキ、という音を立てながら、棒から五寸ほど刃物が飛び出しくる。
「これなら――――」
言って、咲夜は眼前の結界へと集中する。
「……悪いけど、しばらく眠ってもらうわ」
「ソレは、コチラのセリフですッ!!」
両者は相対する。
――――一人は、昔した約束のために……。
――――もう一人は、眼の前の知り合いの眼を覚まさせるために……。
早苗の結界と、咲夜の七ッ夜が、ぶつかった。
咲夜は七ッ夜の刀身そのものに霊力を宿さず――――ただ切っ先のみに渾身の霊力を集め、早苗の結界へとぶつける。
七ッ夜の頑丈さは折り紙つきだ。
わざわざ刀身そのものに霊力を貯めなくても、切っ先に一点に霊力を集めた方が、結界を破る勝率は上がる。
「「ハアアアアアアアアァァァ……ッッ!!!」」
両者は覇気の声をあげながら、お互いの想いをぶつけ合う。
――――結界が七ッ夜を弾き、早苗が勝つか。
――――七ッ夜が結界を突き破り、咲夜が勝つか。
霊力と霊力の衝突により、衝撃波が二人の間に殺到するが――――二人の意思は、ソレに負けることはなかった。
ただ、お互い、向き合うのみ。
そして――――
――――バリンっ!!
……咲夜の七ッ夜が、早苗の結界を突き破った。
◇
手に持った七ッ夜が早苗の結界を破ったと同時――――ソレを眼した早苗は、優しく微笑んで、眼を閉じた。
霊力も使い果たしたのか――――疲労に満ちた、それでいて安心感を漂わせる表情を私はただ優しく眺めた。
突き破った七ッ夜はあの激突の後であるというのに――――亀裂どころか、傷一つ、いや刃こぼれすらしていない。
……七ッ夜の頑丈さに私は呆れつつ、地へ落ちてゆく早苗の身体を私は抱いた。
――――ぼす、という軽い衝撃が、両腕に走る。
……早苗を抱いたまま、私はゆっくり地へ約束したと同時――――空間が歪み、周囲にヒビが入ってゆく。
――――ビキビキ……。
まるでガラスが割れるような音を発しながら、背景にヒビが入っていった。
――――バリンッ!!
そして割れたと同時、見覚えのある風景が私の眼前に広がったと同時――――上空から、押しつぶされるような錯覚を感じた。
……ザァーザァー、と私の頭上に落ちてくる。
「近いと思っていたけど……大降りね」
自分達は早苗の固有結界の中で戦っていた為、外界の天気の変化に気づけるわけなどない。
私はしばらく雨に当たりながら曇天の空を眺めるが――――
「……こうしている場合じゃないわ。早く、七夜を――――」
私はそう呟き、時を止め、周りに落ちているナイフを回収する。
早苗の固有結界が解かれたことにより、私の時を操る能力も戻ってきたらしい。
……砕けてしまった物以外のナイフを回収した私は、ゆっくりと森林の方へ振り返る。
――――とてつもない、霊力が、あの森から感じられた。
「あそこね……」
言って、私は倒れている早苗に振り返る。
「……ごめんさない」
そう一言、言って私は再び森に振り返った。
おそらくあそこで、七夜と霊夢が戦っている。
……七夜の実力では霊夢に敵うかどうか……。
「……間に合って」
疲労に満ちた身体を浮かせながら、霊力を感じるところへ向かった。
……ザァーザァー降ってくる目障りな雨に当たりながら、私は森の中へと急いだ。
◇
「行きましたか……」
ザァーザァーと目障りな雨に当たりながら、倒れている私は、森の中へ入ってゆく咲夜さんを見送り、そう呟いた。
はぁ~、とため息を付き、曇天に包まれた空を見上げた。
「負けちゃったなぁ……」
顔面にあたってくる雨を見つめながら、私は思い返した。
能力を封じれば、勝てるなんて思い上がり、守矢の巫女としてはあるまじき事だ。
心象風景の具現に至らないものの、固有結界としては機能する、擬似・固有結界を使って、咲夜さんを外界から閉じ込めることで、外界に働きかける咲夜さんの能力を封じたはいいものの、未熟者の自分は、どんどんとその霊力や妖力を、固有結界を維持するのに持って行かれてしまったのだ。
「……だけど、いいや」
眼を瞑り、笑いながらそう呟く。
不思議と、悔いはない。
……むしろ清々しい気分ですらある。
咲夜さんは騙されていたとか、操られていたとかじゃない。
咲夜さんの眼からは、きちんと咲夜さん自身の意思と、咲夜さんの想いが宿っているのを、あの瞬間に感じた。
……私の結界と咲夜さんのナイフがぶつかった時、咲夜さんの眼は、確かに咲夜さん自身の意思がはっきりと伝わってきた。
お互いの想いをぶつけることができた満足感に、私は笑ってしまう。
……番長物のドラマや漫画で、番長同士が原っぱで喧嘩した時の気持ちってこんな感じでしょうか。
「きっと……そうですよね」
彼らは喧嘩した末に、原っぱで力尽き、ソレで最終的には笑いながらお互いを認め合う。……その時の気持ちはとても清々しいものだ。
現人神である以前に、人間である私は、そんな事に少しだけ憧れてもいた。
私と咲夜さんの場合は少し違うけど、ちょっとだけ近いのではないのかと思ってしまう。
……そう思うと、痛快で仕方ない。
「そういえば、あの男の人……咲夜さんの何だろう?」
ふと、森林の方に眼を向け、私は思う。
……咲夜さんをあそこまでさせる何かが、あの男にあるというのだろうか?
「まあ、私が知る術も、ありませんか……」
そう言って、曇天に再び私は微笑んでみせる。
「しばらくしたら動けるようになるでしょうし……それまでこの雨にでも当たっていましょう」
……たまには、雨に濡れるのも……悪くはありませんよね?
補足説明
・早苗の固有結界
今回、作られた早苗の固有結界は、心象風景の具現化に至らない、擬似・固有結界と言ったところ。本当に心象風景を具現化させるには諏訪子と神奈子の力を借りるか、もしくは早苗自身がもっと精進しなければいけない。
しかし、それでも固有結界としては機能し、”外界”から独立できる役割は果たしている。
・咲夜さんの能力
咲夜さんの能力が封じられた原因は、固有結界に閉じ込めれたことによるもの。”外界”に働きかけることによって『時』を止める咲夜さんの能力を封じるには、”外界”から独立した世界に閉じ込めてしまえばいいと早苗が思い至った結果である。
第九夜、如何でしょうか?
東方、型月ともににわかな俺が必死に頑張ってもこの程度ですね……www
次回、「第十夜 『浮遊』する巫女と『死』を見る殺人貴」、お楽しみにっ!!