双夜譚月姫   作:ナスの森

8 / 24
今回もバトルオンリーで悪いね☆

七夜が強すぎだ、やりすぎだ、と思った方はブラウザをバックしてください。

文字数は一万以上あります。




第八夜 幻想弾幕と蜘蛛之体術

「空が曇ってきた。太陽の片燐も感じさせぬ程に、か……。これは一雨来そうだな」

 

 空はいつの間にか雲に覆われ、灰色にそまった重雲から今にも雨が溢れだしてきそうだった。

 風も強くなり、辺りは緊張で覆われる。

 ……草は激しく揺れ、風は木々の葉っぱを揺らす。

 七夜の目の前に立っている少女はその紅白の巫女服を風に揺らせながら、七夜を睨んでいた。

 七夜も目の前の巫女に殺気を向ける。

 六寸ほどのナイフを逆手に持ち、その淨眼の色――――蒼の色を深くし、口を歪ませて笑みを浮かべる。

 

 ――――ああ、楽しみだ。

 

 胸が高鳴る、鼻息が荒くなる、無意識にナイフを振るいそうになる、理性は今すぐにでも目の前の彼女を殺したがっている。

 あくまで、理性が彼女を欲す――――。

 まるで目の前の美女に恋焦がれているような……そんな感情ですら、彼は殺意でしか表現ができないのかもしれない。

 目の前に立つ少女は別段、魔という訳ではない。

 よって、七夜が本能から彼女を殺したがる要素は本来なら存在しない。

 ならばこの殺人衝動は紛れもない、七夜一族としてでなく、純粋に彼自身の殺し合いへの“渇望”であった。

 暗殺者である以前に、殺人鬼である彼は、今――――己にとって最高の獲物をその淨眼に定める。

 

「すごい殺気ね。人間が放つ類のモノではないわ」

 

 無意識に殺気が漏らしていたらしい。

 ――――ああ、俺の想いに気付いてしまったか。

 なら目の前の彼女は自分のこの想いに応えてくれるだろうか。弾幕ごっこだとかそんなモノに囚われずに自分を殺しにかかってきてくれるだろうか……。

 

「……ああ、博麗霊夢。咲夜に聞いた時からずっとあんたを想っていたよ。あんたをどうバラすか、どう切るか、どう裁くか……いや、あんたのような美女にそれは似合わないな。もっとあっさり殺した方が一興かな?」

 

「なに貴方、変態? 死の魂がほざくんじゃないわよ……」

 

「連れないなあ……」

 

 七夜の発言に、霊夢は汚物を見るような眼で七夜を睨む。

 霊夢は今すぐにでも七夜を退治したいのか、手にはもうすでに博麗の紋章が入ったお札が握られていた。

 やれやれと言わんばかりに七夜は手を開く。

 どうやら相手は自分の想いを受け取らずに、このまま自分を消したいと思っているらしい。

 つまり、相手は自分の想いを受け止めてくれる気はないようだ。

 ――――だが、応えてくれぬのなら、こちらが一方的に想いをぶつけるだけである。

 

「ああ、もう我慢できない。俺の理性が一秒でも早くあんたを殺したいと言っている……!! その首……貰い受けるぞっ……!!?」

 

 そう言って、七夜は疾走する。

 ソレは一瞬で十メートルもの距離を縮めてしまう程の驚異的なスピード。

 更に、左右にぶれる事で、敵に分身がいるかのような錯覚を起こさせ、翻弄している隙に一気に仕留める。

 相手が魔でないにも関わらず、七夜としての身体性能を惜しみなく引き出す彼は正に、七夜一族の最高傑作と言っても過言ではない。

 たとえ相手が魔でなかったとしても、尚その殺意を退魔衝動以上に放つ……“生粋”の殺人鬼はソコにいた。

 

 

 

 

 

 ――――ドクン。

 

 

 

 

 

 しかし、ソレは直感か、それとも単なる勘か――――七夜は前進する事をやめ、すぐさま後ろ向きに後退する。

 ザ、という音を立て、七夜は一足で八メートルもの距離を七夜は跳んだ。

 その瞬間――――

 

 

 

 

 

 

 ――――霊夢の周り半径十メートルが、青い霊力の結界に閉ざされ、焦土と化した。

 

 

 

 

 

 

 ソレは一瞬――――刹那の出来事であった。

 本来、スペルカードである筈のソレを、博麗の札で行う事によって、その「封魔陣」の本来の威力を霊夢は地面に容赦なく叩きつけたのだ。

 その出鱈目さに、七夜は一瞬茫然としたが、ソレも刹那な事。

 体勢を立て直した七夜は、棒立ちになり、ハァー、と一息吐く。……彼から湧き出てくる感情は“呆れ”だった。

 

「やれやれ、規格外じゃないか。……本当に人間かい?」

 

「貴方こそ……死者であるとはいえ、スペックは人間と変わらない筈。なのにあのスピード……呆れるのはむしろ私の方なんだけれど」

 

「ククク……、スペックがとうに人間を超えいている奴に言われても嫌味にしか聞こえないんだが……」

 

 その規格外さに七夜はひゅ~、と口笛を吹きたくなった。

 今のを受けていたら、間違いなく自分はあの世逝きだ。つまり、この巫女を相手に、一歩でも間違えれば死んでしまう。

 いや、自分が上手く立ち回った所で殺せるかどうかも疑わしい。

 

「だけど、貴方の刃は私には届かない。……たとえ届いたところで、私の能力を使ってしまえば簡単に避けられる」

 

「……」

 

 七夜は、霊夢の言葉など聞いていなかった。

 その様子は呼吸を整え、緊張しているというよりは、むしろリラックスしているという感じであった

 ……そんな七夜の様子が気に入らなかったのか、霊夢はまた先ほどと同じ博麗のお札を手に取り、七夜に向かった。

 

「そう、実力差が理解できた。――――と、取っていいわよね? なら――――、おとなしく退治されなさい……!!」

 

 そして、間合い10メートル、七夜は棒立ちのまま目を瞑っていた。

 

 間合い9メートル、七夜は静かに、ナイフを逆手から正手に持ち替え、視線は霊夢に向けないままだった。

 

 間合い8メートル、霊夢は先ほどと同じように手に持った札を地面に叩きつけ、ふたたび「封魔陣」を放とうとしたが――――、それより先に行動したのは七夜だった。

 

「極死――――」

 

 ナイフを上に掲げた七夜は、そのまま身体を1回転させ、遠心力でナイフを飛ばす。

 吹いてくる横風すらその軌道をずらせず、その凶刃は銃の弾丸すらも凌駕したスピードで霊夢へと迫った。

 

「――――ッッッ!!?」

 

 突如放たれた凶刃は、霊夢の手にあった札に、ジャストヒット。

 ナイフはお札を貫き、彼女の後方にある木に刺さってしまった。

 

 ――――ドクン

 

 瞬間、霊夢の勘が告げる。

 彼女を襲う危機感――――霊夢は無意識に体から霊力による衝撃派を発した。

 衝撃が彼女の周囲を駆け巡り、地面にもクレーターらしきモノができる。

 

「ぐぅ……ッッ!!?」

 

 同時に、彼女の頭上から悲鳴のようなものが聞こえた。

 ……ソレに反応した彼女は、すぐさま頭上に向かって、手元に形成した霊力弾をぶつけた……!!

 

 ――――キィンッッ!!

 

 金属の手応えが響く。

 霊夢の頭上にいた七夜はすぐさま、もう一本のナイフを取り出し、霊夢の一撃を防いだ。

 

「ガッ……!!?」

 

 七夜はさらに2度目の悲鳴をあげ、衝撃で自分の投げたナイフが刺さっている木の所まで吹き飛ばされる……。

 このまま体勢では、後頭部から木にぶつかってしまい、最悪の場合は「死」に至ってしまうが――――。

 

「――――っと」

 

 しかし七夜は途中で宙返りをし、木に足を足場にし、受け身を取った。

 ――――その口元には、笑いが浮かんでいた。

 

「子供騙しとはいえ、まさか初見でこの奥義が敗北するとはね……」

 

 極死・七夜――――得物を投げつけると同時に相手の首の上に飛び乗り、相手の首を捩じ切るというとても残酷な技だ。

 投げたナイフを避けようとすれば首が取られ、飛び掛かってくる七夜を避けようとすればナイフで心臓を貫かれる。そしてナイフと七夜は、ほぼ同時に襲ってきて、実質回避は不可能という、七夜の暗殺術の境地とも言える技。

 その奥義を――――、目の前の少女は初見で、ソレも勘だけで対処し、見事その暗殺技を破ってしまった。

 しかし、霊夢の「封魔陣」の発動を抑えるという目的は達成したため、七夜は別段落ち込む様子は見せなかった。

 

 七夜は足場にした木を蹴り、すぐ隣にある木に飛び移り、蹴る。

 霊夢に吹き飛ばされた衝撃を利用しながら、木を蹴ることで、性能以上のスピードをたたき出し、霊夢の首へ斬りかかった。

 今度のスピードはさっきの比ではない。

 そう判断した霊夢咄嗟に結界を作り――――七夜の突きを防いだ。

 

 ――――キィンッ!!

 

 強烈な金属音が周囲に響き渡るも、霊夢が張った結界にはヒビ一つ入っていない。

 ――――だからと言って、猛攻をやめる七夜ではない。

 

 ―――――キキキキキキキキィンッッ!!

 

 瞬時に9連もの斬撃を寸分違わず同地点に繰り出し、霊夢の結界を切り刻もうとする。

 ……並の人体なら9分割になってしまうその斬撃さえも、結界を傷つける事は出来なかった。

 殺す事だけに磨かれた技は硬度の高い物質を貫く事には適さず、結界は無傷という結果で終わってしまった。

 

 

 

 

 ――――瞬間、七夜の周囲を弾幕が覆い尽くす。

 

 

 

 

 

 霊夢が周囲に七夜を囲むように展開した霊力弾。

 色とりどりの光を放ちながら、ソレらは七夜に殺到している。

 それも弾幕ごっこのように手加減された威力ではなく、隙間は限りなく無いに等しく、並の人間が一撃でも当たれば致命傷という――――人間の七夜からしてみれば限りなく荷が重すぎる状況だった。

 ――――そして、霊夢も霊力を使った瞬間移動で自分の弾幕の包囲網から脱する。

 

「はぁー」

 

 その出鱈目さに七夜は溜息を吐く。

 体勢を低姿勢に変え、ソレはまるで敗者が強者に対して降参の意を示すような――――懐から見ればソレは諦めだった。

 七夜はもう一度――――息を吐き、リラックスをする。

 ……もう、彼は抗う気など残っていない。

 所詮、彼はここまでであっただけの事……。

 周囲から隙間なく七夜を囲み、眩しい光が七夜の視界を照らし、更に彼の手元のナイフがその光を反射し、七夜の視界を一層白くさせる。

 ……彼にとって、ソレは何に見えただろうか。……己を断罪する煉獄か。……それともこの光景こそ天国というべきなのか……。

 ……彼に残された猶予は、もう間近で消えようとしていた。

 

 ――――終わりだと、その光景を見たら誰もが思うだろう。

 

「――――やべえ、楽しすぎだって……!!」

 

 ――――しかし、七夜はその口元の笑みを一層深め、その淨眼の蒼い眼光もその輝きを増す。

 瞬間、七夜は足を動かした。

 低姿勢のまま、蜘蛛の如く地上を這い――――弾幕の雨の中に、自分の身を投げた。

 ……何と言う無謀、何と言う無茶。

 しかし、七夜は興奮しながらも――――冷静に隙間なく向かってくる弾幕の海を見定める。

 普通に見ればソコに人の生きられる隙間など――――否、強力な魔ですら生きていられる隙間など見当たらない。

 しかし類まれなる戦闘センスの持ち主は――――

 

「――――見えた」

 

 それでも彼の淨眼は、生命道を見つける。

 霊夢が意図的に隙間を失くしていても、それでも、埋める事ができなかった僅か――――彼の生きる道であり、希望が残された道。

 ――――が、それはあまりにも細く、蜘蛛の糸よりもそれは複雑難解な道だった。そしてその道すらも、今にも消え去ろうとしている。

 

 ならば――――切り進むのみ……ッッ!!!

 

 

 

 

 

 ――――閃鞘・八点衝――――

 

 

 

 

 

 七夜は目の前の虚空を腕が10何本にも見えるような速度でナイフを振るいながら――――その細い道へと突っ込んでいった。

 そして細い道へと差し掛かり――――細い道への入り口は弾幕によって閉ざされようとした時――――彼はその弾幕を何重にも切ってその道へと入った。

 同時に、ナイフを持った右腕に、衝撃が走る。

 ナイフを通してのモノなので、直接的なダメージはないものの、それだけで右腕中が痙攣しそうな錯覚に陥る。

 しかし、七夜はソレを気にすることなく、高速でナイフを振るいながら、複雑難解な道を駆ける。

 

 ――――切る

 

 ――――駈ける

 

 ――――衝撃。

 

 ――――切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る切る……。

 

 ――――駈ける駈ける駈ける駈ける駈ける駈ける駈ける駈ける駈ける駈ける駈ける駈ける駈ける駈ける駈ける駈ける駈ける駈ける駈ける駈ける駈ける駈ける駈ける駈ける……。

 

 ――――衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃……。

 

 切るたびに腕に衝撃が走り、それでも七夜はスピードを落とさずに駈ける。重なる斬撃が弾幕を斬る度に腕が悲鳴をあげ、それでも彼は笑いながら駈けた。

 

「ああ、本当に堪らない!!」

 

 そして彼はその笑みを深くし、獣すらも超えた速さで駈けた。

 七夜一族最高峰にして最高傑作――――人の身でありながら、鬼神と呼ばれた彼の者すらも凌駕した動きで、駈ける。

 

 

 そして彼は――――弾幕の海を抜けた

 

 

 途端に視界に広がるのは、さっきとまったく同じ風景と――――驚きに満ちた眼で七夜を見る霊夢の姿。

 

 ――――その出鱈目な光景に、霊夢は呆然としてしまった。

 

「やれやれ、ひどいじゃないか。誘ったのはソッチなのに、閉じ込めて逃げる事なんてないだろ?」

 

 ……霊夢は見た。

 ――――肉体のスペックも、才能も、実力もコチラの方が上だというのに……あの眼はなんだ?

 まるで殺し合う事しか楽しみを知らない。

 あれだけの事をされておきながら、尚深まるその殺意、および殺気。

 『今すぐにでもお前を殺したい』と眼は嗤い、その蒼き眼光は真っ直ぐに霊夢を貫く。

 ……相手が人間であるにも関わらず、ソレは……今までどれよりも感じてきた殺気よりも、濃く、そして重かった。

 唯の人間が、あそこまで狂えるというのか?

 

「――――いや、死者だったわね」

 

 そう、アレは人間じゃない。

 スペックは人間と相違ないが、アレは死者。

 ……尋常である筈がないのだ。

 

 ……そう考えていた手前、七夜の姿はもう霊夢の眼前にあった。

 

「――――甘いわッ!!」

 

 霊夢は霊力を体中に帯び、その体を――――空中に浮かせ、空を飛んだ。

 足は地から離れ、霊夢は上空20メートルほど浮かんだ。

 そのまま周りに無数の陰陽玉を形成し、さらに自信もお札の弾幕を七夜に向けて放った。

 

 ――――その一つ一つは普段、弾幕ごっこで威力を緩められたものではない。隙間も少なく、しかも本来、空で受けてこその弾幕を地上で受けたりしたら、弾幕ごっこ用の弾幕でも普通に死にかねない。

 

 曇天で覆い尽くされた空は更に、その霊力の弾幕によって、それすらも視界に少したりとも映させなかった。

 鈍重の弾幕嵐が、一斉に七夜に降り注ぐ。

 ……一発でも当たったらソレは死に繋がってしまう、絶体絶命の状況。しかし、それでも先ほど受けた弾幕の包囲網には及ばないのか、七夜は済ました顔で、それでいて口を歪ませたまま――――

 

 ――――跳んだ。

 

 いつまでも地上にいたら、地上にぶつかった弾幕の爆風で死にかねない。

 一気に7メートルほど跳躍――――、更に幻想指輪で空中に足場を作り、また跳んだ。

 ……弾幕の雨はもう彼の眼前まで迫っている。

 

「ククク……、痺れるねえ……」

 

 見る者を圧巻させる幻想的な光景。

 七夜はソレに目を奪われつつ、弾幕と弾幕の間の数少ない隙間を探す。

 ――――いくら隙間を埋めようとも、弾幕である以上、どこかでその歪みは出てくる。

 

 ソレにここは空。

 さっきのように弾幕そのものが彼を閉じ込めているような状況でもない。――――そう、霊夢の間違いはソコにあった

 相手を見失う程の弾幕――――その弾幕そのものが障害物となり、蜘蛛の巣になりえてしまう事を――――。

 

「ならコチラも――――ソレに相応しい遊戯をお見せしよう」

 

 相手がこれほど幻想的で、美的で、そして殺意を込めた見世物を放ってくれたのだ。そんな相手の意志に七夜が応えないわけにはいかなかった。

 まず七夜は、弾幕の海の内の――――一つの、僅かな隙間を見つける。ソレを見つけた途端、七夜は即座に行動した。

 ……まるで空に巣を張った蜘蛛の様……そして獣以上の速さを持って……。

 ――――まるでテーブルの下を潜るかのような感覚で、弾幕の隙間を通る。

 

 そして眼前に広がったのは、押しつぶす程の弾幕の海。――――否、彼はもうその内部に入ってしまった。

 だが、それでも持ち前の勘と経験で、わずかな隙間を見出し、そこに体を捻り入れる。

 霊夢に姿が見られそうになった時は、その弾幕すらも障害物として利用し、身を隠す。

 本来、人間では考えられない動き。しかし、七夜の肉体と、その体術がソレを可能にしていた。

 加えて、指にはめたマジックアイテム――――幻想指輪≪イリュージョン・リング≫は空中での七夜の体術の本領を発揮させる。

 何もない空間では屋内でやるより暗殺効率は落ちるが、弾幕に満ちたこの空でなら話は別だった。

 霊夢は何も知らないままに、彼に効率のよい蜘蛛の巣を生み出していたのだ。

 しかし、厄介な要素として、一度食らってしまったらそこから動けなくなり、拘束する結界まで混じって張られている事だ。

 なので七夜はできるだけ弾幕に混じって迫ってくる結界だけは触れないようにする。更に不可視の玉まで飛んでくるが、ソレは彼の淨眼で視認可能なので、まったく問題はない。

 ……一番厄介なのは、追尾機能を持ち合わせた弾幕がある事だ。

 しかし七夜はソレも誘導し、他の弾幕とぶつけさせ、消滅させる事によってやり過ごす。

 

 ――――ソレらは皆、神業だった。

 

 何の神秘に恵まれない彼だからこそ――――たどり着ける地平とも言える。

 

 

 その弾幕の雨は霊夢の視界すらも埋め尽くしていた。

 隙間はない訳ではない。しかし、視界が埋め尽くされては、それは隙間であるかどうかを判別するなど、もはや神業の域とも言っていい。

 彼女が展開した10何個もの陰陽玉から重ねて放たれる弾幕の雨は、彼女自身が七夜の姿を捉える事を不可能としていた。

 元より、命の危険に晒された事があっても、別段他者の手で殺されそうになった経験など彼女にはない。

 

 

 ――――だから、後ろから奇襲を防げたのも、彼女の勘が優れている証だったかもしれない。

 

 

 彼女は無意識に、後方に向けて結界を貼った。

 

 ――――キィンッ!!

 

 そして後方で響いた金属音。

 結界がナイフを押し返し、ナイフからは鮮やかな火花が飛び散った。その火花は霊夢の眼前まで飛び散り、霊夢の視界に映る。

 

「ちっ」

 

 後ろから聞こえた舌打ちの声――――霊夢は、冷たい汗を流しながら、ゆっくりと後ろを向いた。

 そこもう――――七夜の姿はいなかった。

 ――――空は曇っているため、影の特定はできない。

 殺気も、気配も、感じない。しかし霊夢は――――。

 

「――――そこっ!!」

 

 七夜の頭上からの刺突を、手に持ったお祓い棒ではじき返した。霊力を込めたソレは、七夜を7メートル程吹き飛ばした。

 七夜は体中に渡った衝撃でしばらく一時的に動けなくなったものの――――ドン、と自分の左腕を殴りつけ、身体に刺激を与える事で感覚を取り戻し、すぐに空中で受け身を取った。

 すぐに自分の足場を作り――――七夜が眼にしたその光景は――――

 

「いやいや、いつ見ても絶景だ。さっきの比ではないな、これは。密度も、速度も、量も全然違う……」

 

 霊夢は更に陰陽玉の数を倍増させる。

 陰陽玉そのものが空を埋め尽くし、それぞれの陰陽玉から違う類の弾幕が撃たれていた。

 ある陰陽玉は陰陽玉そのものを、ある陰陽玉は博麗の札を、ある陰陽玉は切れ味が入った結界。更には、自動的に七夜を追尾する光弾――――その中には不可視の光弾も入っている。

 ――――今度こそ、隙間という隙間が見当たらなかった。

 どれだけ凝視しても、感じても、隙間は見当たらない。――――ただ有象無象に空が光に埋め尽くされる程に、放たれている。

 

「――――けど、そろそろ見飽きてきたかな?」

 

 しかし、男は動じない。

 ――――その眼は、淨眼は、赤みを帯びた蒼に変わる。

 その眼に映すのは“死”。

 空を埋め尽くした弾幕は、眩しく、神々しいそれから――――禍々しい“黒い線”を所々に走らせた何かに変わった。

 

「――――ああ、世界が死に満ちていく。なんて――――愉快」

 

 万物にはどれも終わりがある。

 それは人間であれ、妖怪であれ、魔であれ、星であれ、大気であれ、意志であれ、時間にだって――――。

 ――――いつか“死ぬ”のであれば、ここで死んでも大差はない。

 彼にとって、全てなど捨石に過ぎない。だから彼は、以前の自分をどうとも思わず――――ただその場その場の舞台を楽しむ。

 

「さて――――」

 

 彼は迫りくる弾幕の雨を凝視する。

 “黒い継ぎ接ぎ”に覆われたソレらを見る。隙間など存在しない……人――――否、生き物が生きる道など何処一つ見つけられない。

 しかし――――彼はソコに突っ込んでいった。

 一足で7メートル程跳躍し、また空中に足場を作り、跳躍。

 そして、最前線に迫った、陰陽玉を―――――

 

 ――――“殺す”。

 

 続けて迫る弾幕を避ける。

 

 続いて隙間がなく迫る弾幕の海――――壁とも言っていい。

 眼前に迫った弾幕のみを殺して――――彼の体は壁を貫いた。

 そう、隙間がないのであれば――――隙間が出来るように弾幕を消滅させていけばいいだけの事。

 追捕機能が付いた光弾の弾幕も、ただなぞるだけで消滅させ、不可視の光弾ですら彼は視認し、避ける、または消す。

 都合よく隙間を作ることで、己にとっての理想的な移動空間を七夜は作り上げていった。

 適度よく弾幕を残す事で、霊夢から身を隠し、厄介な類の弾幕は消せばいいだけの事。

 

 そして七夜は――――霊夢の真横に、たどり着いた。

 

「――――ッッ!!」

 

 ――――狙うは霊夢の首を通る“線”。

 ナイフを逆手に持ち替え、横に一文字に霊夢の首の線へとその凶刃を走らせた。

 もちろん、ソレは結界によって阻まれるものの、七夜は即座にナイフの軌道を変え――――結界に走る“死の継ぎ接ぎ”をなぞり、バラバラにした。

 

「終わりだ……!!」

 

 そう呟き、霊夢の体をバラバラにせんと、ナイフを振るうが――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――霊夢の姿が、消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「な……ッ!!」

 

 彼の顔に浮かぶ表情は驚き。

 ――――手応えはあったのに、ソレは生き物を切った感触だったのに、肉片が残らず消えていくのはおかしかった。

 さっきまで感じていた霊夢の気配は――――後ろにあった。

 

「残念ね……」

 

 その時、霊夢の声が後ろから聞こえてきた。

 七夜はすぐさま振り返り、ナイフを霊夢の体へ走らせるが、そんな単純な攻撃に当たる霊夢ではない。

 霊夢は後ろに後退して、七夜の凶刃を回避。

 

「ソレは……私が霊力で作り上げた“分け身”よ。……そして――――」

 

 そう言って、霊夢は七夜の方へと向かっていった。

 弾幕を撃たずに、霊力で身体を強化する。

 その身体能力はおそらく並の魔を超えてるだろう……霊夢は弾幕を仕掛けずに、七夜へと飛び出し、お祓い棒や拳、蹴りなどの体術で攻撃をし始めた。

 霊力による身体能力強化。

 更に霊夢の霊力そのものもそこ等の輩より濃度も質も量も違うため、その霊力のほとんどを身体能力強化に回せば、驚異的な事になる。

 

「ぐぅッッ……!!」

 

 七夜は霊夢の動きなど見えていない。

 ――――だが、霊夢の動きや技は雑多であるため、勘でなんとか回避できる。

 しかし、それでも限界というモノはある。

 次々と繰り出される打撃、蹴り、拳。

 

「貴方の弱点も見破ったわ。むやみに弾幕を撃つからいけなかったみたい……」

 

 そう、霊夢はようやく気付いたのだ。

 無駄に弾幕を撃っていては、自分の弾幕そのものが相手の蜘蛛の如き動きを捉えるのに邪魔をしてしまうのだと……。

 七夜が弱いのは正面からの押しの強い相手だ。

 障害物の多い屋内での暗殺を得意とし、弱い魔であれば、正面からの暗殺にも特化している。

 生物として格段に優れる身体能力と魔としての能力を持つ者達を殺すために七夜一族の者達はどうやっていたか……

 答えは簡単だ。要はその2つを封じてしまえばいいだけの事だった。

 相手が上手く動けない複雑な足場に誘い込み、そして能力を使わせる暇を与えない。ソレが七夜本来の戦い方であり、同時に暗殺方法である。

 殺しに適した場所――――蜘蛛の巣を作り出し、ソコに敵を誘い込み、瞬殺する。

 弾幕という蜘蛛の巣を失った七夜はソレこそ、ただただ尋常ならざる身体能力を有するだけの人間に成り下がってしまったのだ。

 

 ――――ドゴォッ!!

 

 霊夢の蹴りが、七夜の腹を打ち飛ばした。

 

 あ、という断末魔の声が流れる。

 七夜は意識をほとんど失い――――その体勢は崩れ落ち、地へと落ちていった。

 

「終り、ね……」

 

 霊夢はそう呟き、落ちていく七夜を見つめた。

 ……七夜は、落ちてゆく身でありながら。朦朧とした意識で――――こちらを見下す霊夢を、見た。

 

 ――――ああ、美しいな。

 

 凛々しさ、強さ、己であろうとする自我。あんな輩と殺し合ってたなんて――――自分は何て幸せ者なのか。

 ……七夜はわずかに動く手を霊夢に向け、掴むように拳を握った。

 

 ――――自分が夢見ていた、届く事のない最高の獲物。

 

 届かなかった。殺せなかった

 

「殺…せ……」

 

 そういえば、ここに来て、自分は誰も殺していない。

 

 ――――誰も殺していない?

 

 ――――誰もバラしていない?

 

 ――――何も成せていない?

 

 ――――何も奪っていない?

 

 ――――このまま何も成せずに終わる?

 

「そんなのは……御免だ」

 

 自分は殺人鬼、誰も殺せぬなら、最後に自分自身すら殺して見せるし。目の前の最高の獲物を前に、殺意が薄れるなんて、殺人鬼としてあるまじき。

 七夜は体に力を入れる。

 ――――その眼には殺意が再び満ち、淨眼に蒼は戻る。

 

「――――このまま消え去るのは、頂けない」

 

 七夜は意識を再び戻した。

 ソレは七夜の血に流れる退魔衝動でも何でもない。……彼自身の、殺しへの“執念”。

 ここで何も成せず、殺せずに終わるなんて彼にとっては、なによりもあるまじき事だ。

 

 ――――五体は、満足。

 

 ――――殺意は、十分。

 

「殺すッ……!!」

 

 そう叫ぶと同時、彼は空中で体勢を立て直し、一瞬だけに垂直に足場を作り、蹴った。

 同時に七夜の体は、後ろ向きに宙返り。そのまま慣性を無視した急降下で、地へと落ちていく

 

「――――やれやれ、俺も飽きないモノだね」

 

 自分の往生際の悪さを自嘲し、七夜は地に足を付けた。

 これだけやられても、まだ自分はあの相手を殺す気でいる。あの相手を殺したいと思っている。あの女を解体したいと思っている。

 

「ああ、本当に堪らない」

 

 七夜はその口に笑みを取り戻す。

 ――――そのまま四足を獣の如く地に付け、霊夢から背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

「――――嘘ッ⁉」

 

 七夜のその行動に霊夢は驚いた。

 ――――あれだけやっても、まだ彼は動くのか。普通の人間なら、地に頭をぶつけてソレで終わりだというのに。

 

「ああ、もうッッ……!!」

 

 霊夢は七夜が逃げてゆく方向を見る。

 そこは――――森林だった。

 頑丈な大木が有象無象に立ち並ぶ――――紅魔館や氷の湖へと続く、大森林。

 紅霧異変によって、広まった妖力がつまった紅い霧の影響によって、木々に妖力が宿り、その生命力を強化させた木々たちが立ち並ぶ場所だ。

 そこに、驚異的なスピードで逃げていく七夜を見た。

 

「……逃がさないわよ」

 

 そう言って、霊夢もまた地へと急降下した。

 木の上から探しても、あの大木が立ち並ぶ深い森林の中では、七夜を探すことなど到底不可能だ。

 ならば、自分の森の中に入って探すしかない。

 そう思い――――

……霊夢は低空に停滞した後、身体を浮かせながら森林の方向へ前進する。

 相手はもうすでに手負いの獣だ。

 仕留めるだけなら容易いだろう。

 

 ――――森林に入るまで後、十メートル。

 

 ぽた、ぽた、と何かが自分の頭に落ちたのを、霊夢は感じ取った。

 最初は気のせいかと思いきや、今度は前進が下に押されるような錯覚に陥る。……上から、大量の何かが降ってきた。

 

「……雨。それもかなりの大雨ね」

 

 そう呟き、霊夢は再び森の方へと意識を向け、七夜の追跡を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 ――――木に、背中を付け、獲物を待つ。

 

 七夜は自分の体の調子をチェックした。

 

 まずあの弾幕の包囲網を切りながら進んだことにより、ナイフを持っている右腕の骨に、亀裂が入っていた。

 続けて、空中でうけた打撃により、肋骨が何本かイってしまったようだ

 

「ああ、なんて――――無様」

 

 そんな自分の惨状を七夜は自嘲した。

 だが――――

 

 (性能に問題はあるが――――殺す事に支障なし)

 

 彼の殺意は尚、失っていなかった。

 そしてここまで来て、むしろ彼の殺意は増してきていると言っていい。彼の殺しへの執念は、もうその身に宿す退魔衝動を超えていた。

 相手は魔ではない――――人間なのだ。

 魔でなければ、本来殺意がそのものが湧かない筈体質である筈なのに、今もこうして殺しへの執念だけが彼を地へ立たせている。

 

「ああ――――最高だ」

 

 そして彼は笑う。

 自分は手負いであり、自分はこれまで相手に傷を一つたりともつけずにいていた。ソレは殺し合いでもなんでもなく、ただの蹂躙。

 お互いを傷つけあい、命を奪い合うからこその殺し合いなのに、ああも一方的ではただの暴力にしかならない。

 

 ――――ソレでも、彼は殺意を失っていなかった。

 退魔衝動から沸き起こる殺意ではなく、自分の理性から沸き起こる――――明確で、鋭い殺意。

 

「――――ん?」

 

 ぽた、ぽた、と何かが頭に落ちる感触を七夜は感じ取った。

 ソレは次第に確かなモノになってゆき、やがて全身を地へ押されるような錯覚を七夜は感じた。

 ……七夜はゆっくりと空を見上げた。

 

「――――ああ、近いと思っていたが、まさかこんな時に降るとはね……」

 

 ――――ソレも、かなりザァーザァー降りだ。

 

「まあ、殺し合い前の舞台付けとしはちょうどいいかな?」

 

 ……七夜は、雨に降られた森の中を見渡す。

 数多くの大木。地には数多く、そしてかなり深い草むらまでもが揃っている。

 更に木々も普通の木とは比べ物にならないくらい固そうで、あの巫女の弾幕にも耐えてくれそうな固さである。

 ……これで、自分の巣が壊される心配はなくなった。

 あの巫女も自分を本気で退治しようと来るだろうし、この森の上を飛ぶことはしないだろう。

 この森の木葉はかなり根深く、少しでも森の上から離れてしまえば、自分の姿など目視できまい。

 だから相手はこの森の中を飛ばざるを得なくなる。

 

「――――来たか」

 

 音も、気配も感じない。

 自分には、敵が来たか来ないかなど感じる手段など既にないというのに、それでも七夜は敵の来襲を確信した。

 

 ――――七夜の眼前にある大木から、すり抜けるように、霊夢が出てきた。

 

 彼女に異変などはない。

 姿も、その凛々しい眼も、その綺麗な容姿も、何一つ変わって等いない。

 変わっているとしたらソレは一つ

 

 ――――“死”が視えなかった。

 

「――――おい、何の冗談だ。 周りに“死”はあれど、アンタにだけ無いなんてまるで――――」

 

 ――――『浮』いているようだ。

 そう思い、七夜は豪雨に打たれながらも――――霊夢の凝視する。

 ……こんなにザァーザァーと振っているのに、雨粒は彼女の体をすり抜けて、そのまま地へ振るだけではないか。

 ……ソレを見て、七夜は更に笑みを深くする。

 

「ああ、そうか。『浮』いているんだな、あんた」

 

「……」

 

 雨に打たれている七夜を見下す巫女は、答えない。

 ――――否定はしない。すなわち、肯定と七夜は取った。

 

「ああ、時を止める咲夜といい、運命を操るご主人様といい、気を操るあの門番といい――――この世界は、まるで宝の宝庫だなあ」

 

 そう言って、七夜は立ち上がる。

 ……その眼には未だ殺意が宿っている。

 懐からナイフをもう一本取り出し、両手に一本ずつナイフを構え、己を見下す巫女を見る。

 

「いいぜ、視えないのなら、視えるまで見てやるよ。俺は、ただ『殺す』だけだからな」

 

 

 ――――必死に、『浮』いた少女の“死”を理解しようとする。

 

 ――――ズキ、と頭痛が走った。しかし、まだ視えない。

 

 

 

 

 

 ――――視る視る視る視る視る視る視る視る視る視る視る……。

 

 

 

 ――――ズキ、と頭が痛む

 

 ――――脳が、熱くなる。

 

 ――――視界が、揺らぐ

 

 ――――寒気が、走る。

 

 ――――眩暈が、する。

 

 ――――だが、それ以上に昂揚、狂喜する

 

 

 

 ……まだだ。視えないのなら――――

 

 

 

 

 

 

 ――――脳髄ガ溶ケテシマウマデ、アノ女ノ“死”ヲ視ルノミ……。

 

 

 

 

 

 

「――――視え、た……」

 

 

 

 

 

 

 そして七夜は少女の”死”をついに理解し、ソレが視えた。

 黒い継ぎ接ぎ、黒い線、生き物の範疇を免脱し、ただ『浮』くだけの概念となった彼女にもまた――――”死”はあった。

 

 

 

 

 

 

 

 




……さすがにやりすぎたかも……。

批判、感想、指摘共々みんな受け付けます。

早苗さんと咲夜さんの戦いは同じ時系列で次話で書きます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。