双夜譚月姫   作:ナスの森

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七話目、投稿。
いや~、記念の「七夜」目ですよ~。

今回はついに一万文字を超えてしまいました。
後、オリキャラが不快に思う方はブラウザをバックしてください。


第七夜 人里と記者のたまご

 そこは人の活気で満ちていた。

 幻想郷において数少ない生き物ともいうべき人間。

 幻想郷の人口の八割はこの人里に集結しており、そこで外とは独自の生活を営んでいる。

 妖怪から見て彼らは、「群れた草食動物」に過ぎないだろうが、それでも人と人とのつながりがあってこそ、人々は今日まで生きてこれたのも事実。

 ……そうでなければ、人間などとっくの昔に妖怪たちによって滅ぼされている。

 それが人間の強さであり、そして弱さでもある。

 そんな人間たちに理解のある妖怪たちもこの人里の出入りをしている。

 外の世界の人間関係の深みが閉ざされた都会とは違い、空気も、そして活気も大違いであり、ある意味ここも人間たちにとっては理想郷と言うべきか……。

 

「あの……その……」

 

「ん……?」

 

 彼女は戸惑っていた。

 目の前の男に一目ぼれし、告白しようとする所まではいいものの……。

 男の傍にはあの吸血鬼・レミリアの狗として恐れられる女性――――十六夜咲夜がいるのだ。

 

「どうかしたのかい、麗しいお嬢ちゃん?」

 

「――――っ……!!!」

 

 鮮やかな着物を着た黒髪の女性は赤面してそっぽを向いてしまった。

 もじもじと手を合わせ、顔を逸らしつつも、視線を青年へと見つめる。

 

「(う~ん……声が気怠い感じでちょっと怖いけれど……そこがいいかも……)」

 

 上目遣い――――頬を赤くしながら俯き、そして視線だけを向ける。

 可愛い子がこれをやると、大抵の男性はコレで堕ちる。

 特に青春期真っ盛りの男ならほぼ百パーセントの確立で堕ちるとまではいかなくても、胸を打たれるだろう。

 その可愛らしい仕草にはさしもの七夜も――――

 

「……(容姿は問題ないが……バラすにはちと物足りん体つきだな)」

 

 訂正しよう。

 この男にソレを求めるのがそもそも間違いであった。七夜は女性の仕草など眼中になく、女性の体つきだけ凝視していた。

 すなわち――――解体する価値のない女。

 つまり、彼が興味を引くには値しない者と言う事。

 

「その……私と……付き合って…」

 

「やめておけ」

 

 勇気を振り絞って告白しようとした女性であったが、言葉を言い終わる前に七夜の声に遮られてしまった。

 

「……え? どうして……」

 

「お嬢ちゃんが俺と付き合うのはちと割に会わない。俺のような奴と付き合うのはやめておけよ。そこらの男と幸を育んだ方が、アンタの為だ」

 

「……」

 

 その、七夜の言葉に、女性は黙りこくり、しばらく茫然としてしまった。

 しかし、やがて七夜の言葉の内容を理解したのか、彼女は顔を背け、眼からこみあげてくる涙を手で必死に抑えた。

 そのまま背も七夜に向け、走り去ってしまった

 

「……」

 

「あれで、よかったの」

 

 やがて二人の会話を黙って聞いていた咲夜は、女性の背中が見えなくなるのを確認すると七夜に話しかけた。

 

「さてね。恋沙汰に付き合うだけの甲斐性など持ち合わせる気なんてないんでね。あれでよかったんじゃないか?」

 

「もっと言う事ぐらいあったんじゃないかしら? 気持ちはうれしかったよとか……。それくらいなら嘘でも伝えるものよ? あの子にとって、今の返事は未練が残るモノになったんじゃないのかしら」

 

「未練なんて、時が立てば自然と闇の中に消えていくモノさ。まあ、例外はあるがね……」

 

「ふぅん、まあいいわ。とりあえず、野菜は一通り買い終わったし、後は――――血の採取ね」

 

 咲夜は真顔で言うと、目を光らせながら、懐から血液採取器を取り出す。

 咲夜は真剣な顔をしながら言うが、はっきりいって言っている内容と雰囲気にギャップがありすぎた。

 

「聞く限り物騒だが、その道具を見るとそうでもなさそうだな」

 

「ええ、里の人達からは有料契約で、定期的に血を提供させてもらっているわ」

 

「ならわざわざ眼を赤くしてまで真剣にする事か?」

 

「ええ、人間の血は吸血鬼にとっては最高のドリンクよ。私達にはちょっと理解しかねるけれど……。お嬢様は主にB型の血が好みだから、主に契約者はB型の人達ね……」

 

 なるほど、と七夜は納得するが、それでも眼を赤くしてまで真剣になる事ではないと思った。

 まあ、所詮自分はまだ下っ端に過ぎないので、咲夜の意向には従う事にした。

 ――――が、ふと疑問が湧いてきた。

 

「ご主人様には妹がいると聞いたんだが……その妹とやらの分は取らないのかい?」

 

「……妹様の好みの血液型は……特殊なのよ?」

 

「特殊?」

 

「RH-型……と言えば分かるかしら?」

 

「納得した」

 

 RH-型――――人口の多い外の世界においても百人に一人しかいないと言われる極めて珍しい血液型。

 希少価値があり、売れば金が入るほどだ。

 人が少ないこの幻想郷において、そんな希少な血液が手に入る確率など、万に一つもない。

 故に、幻想郷の人間たちからレミリアの妹の好みな血液を採取することはほぼ不可能と言っていい。

 

「それじゃあ、七夜。貴方は買い出しを続行して。店の大体の位置はわかったでしょうし。私は契約者たちから血を採取してくるわ」

 

「了解だ。――――で、終わったらどこに行けばいい?」

 

「寺子屋前で待ち合わせましょ。多分、私は貴方より遅れると思うから、待っていてね」

 

 ――――寺子屋、七夜と咲夜の眼前にはもうソレがあった。

 つまり、待ち合わせ場所はここという事になる。

 気が付けば、咲夜の背中はもう人ごみの中に消えてしまい、七夜も咲夜からもらった地図を確認しながら、寺子屋から背を向けるが――――。

 

 

 ――――ドクン。

 

 

「……?(この気配……混血か?)」

 

 

 人里には出入りしてくる妖怪も多数いるので、頻繁に起こる退魔衝動はもう慣れっこだが、今まで感じていたよりも、強い退魔衝動だが……ソレでいて人間の気配も混じっていたのだ。

 七夜は気配がする方向に振り返ると、そこには――――

 

 寺子屋の子供たちと遊んでいる女性の姿があった。

 青のメッシュが入った銀髪で、頭に頂に赤いリボンが付いた青い帽子を被っていた。

 

「へぇ……」

 

 女性の姿を見るや否や、七夜はその口元を歪めた。

 

「まあ、今はよしておくか」

 

 そう言って、彼は再び寺子屋から背を向ける。

 おそらく、アレは彼女の人間としての姿だろう。

 いつかは自分に晒してくれのだろうか……魔としての彼女の姿……ソレをを想像した途端、七夜は自分の鼻息が荒くなっているのに気が付き、すぐに平然を装った。

 

「差し詰め花びらを閉じた魔花と言った所か……その花びらを開かせた時が――――狩り時かな?」

 

 七夜はそう呟き、咲夜からもらった買い物手帳を片手に寺子屋を後にした。

 

 

 

 

 

 今日はめずらしく子供たちが真面目に授業を聞いてくれたため、機嫌がいい私は子供たちを外に出して遊ばせてやることにした。

 おしくらまんじゅう、隠れん坊、鬼ごっこなど子供たちは楽しそうな表情を浮かべながら遊んでいた。

 ――――ふむ、やはり子供が元気が一番だな。

 そう思っていた時――――

 

 ――――ゾク

 

 急に背中に寒気を感じ、後ろを振り向いてみるとソコには――――

 黒い執事服を身に纏い、その執事服のメインカラーに合わせたかのように、髪も瞳も黒い男だった。

その男と眼を合わせた瞬間――――、先ほど感じた寒気の正体を知ってしまった。

 ――――男は、一瞬だけ不気味な笑いを浮かべるとそのまま背を向けてどこかへ行ってしまった。

 ……私はその背中を、ただただ見つめていた。

 

 

 

 

 

 

「このお肉を……一番大きい奴と、後、そのデカイ鶏肉も十匹ほど頼む」

 

「兄ちゃん、ここじゃ見ない顔だねえ。そしてその執事服――――もしかして咲夜ちゃんのパシリかい?」

 

 パシリ、ねえ。

 当たらずも遠からず、と言った所か……。

 それにしてもよく執事服だけで当てる物だな、と若干の感心を抱きながら、俺は答えた。

 

「まあ、大体そんな所かな?」

 

「そうかい。つまり、あの悪魔の館の新しい執事って事だな。さてさて……、お前さんはいつまで持つかねえ?」

 

 肉屋の親父は顎に手を当てながら、そんな事を言ってきた。

 いつまで持つ、とはおそらくいつまであの館の執事をやっていられるか、という事だろうか?

 まあ、幻想郷には男性の実力者は女性に比べて少ないと聞く。

 俺をそこらの奴と一緒にされても困る者だが、仕方ないといえば仕方がないのか……。

 

「前回、紅魔館が雇ったという執事はたった一週間で倒れたらしい。これでもよく持った方だ。その前の奴は、三日。その更に前は半日だとか……」

 

 半日……となると大体俺が雇われてから、今ぐらいまでの所か……。

 その時点で倒れる奴がいるとは……やれやれ、この世界は男性には期待しない方がいいのかね……。

 

「参考までに聞くが、今までの最高記録は?」

 

「最高記録……ねえ、一人だけだが、三週間と六日持った大した野郎がいたな。……まあ、ソイツは、親御さんの元に帰って来た時はもう、感性がおかしくなっていたとかなんとか……」

 

 ……一般人があんな所で三週間と六日……ほぼ四週間だな。

 あんな所で一般人がそこまで耐えきるとは、中々見上げたものだ。そもそも、あんな所は普通の奴が入っていいような空気は漂っていないというのに……。

 

「まあ、兄ちゃんがどこまで持つか、拝見させてもらうぜ」

 

「俺は見世物じゃない。そういう台詞は本人の聞こえない所で言ってくれ」

 

「ハッハッハッ……!! 悪い悪い。んじゃ、お会計と行くかね」

 

 そんなこんなで俺の買い物は終わった。

 牛肉、鶏肉、ためねぎ、人参、たまねぎ、各種スパイス諸々も買い揃えた。……あとご主人様の為にプリンも。

 しかし何故だろうか……魚介類も少なからず売っているが、なんだあの詐欺とも疑いそうになる値段は……。

 幻想郷で魚介類は希少価値があるものなのか……後で咲夜に聞いてみるか。

 

 ……そんな事を考えていたら、寺子屋前に付いた。

 

 あの混血の気配は……建物の中から感じるな。

 やれやれ、咲夜が来るまでにこの気配に耐えなければいけないとは……俺の気が触れんといいのだが……。

 

「……遅いな」

 

 血液採取はそんなに時間がかかるものなのか……。

 話によると、一人一人の血を採取する度に、契約書に何グラム、誰から取ったと記入しなければいけないらしいが……。

 ソレを一週間分の血液を採取した後、ソレを何等かで加工して、血液を固まらなくさせ、吸血鬼にとっての最高のドリンクにするらしい。

 まあ、よくわからんがね……。

 

「……寝るか」

 

 たまには惰眠を貪るのも悪くはあるまい。

 ちょうど寺子屋の建物の脇にベンチっぽいものを発見した。

 咲夜が戻ってくるまで、まだ時間はかかりそうだ。

 俺はここで気持ちよく寝させてもらうとしよう。

 ……そう思い、ベンチに腰掛け、目障りな日光を腕で遮りながら俺は眠った。

 

 

 

 

 

 

 ……私の名は雨翼桜。

 生まれてからまだ三百年ぽっちの烏天狗です。

 文先輩の「文々。新聞」や、はたて先輩の「花菓子念報」に触発されて私も「桜雨羅刊」という新聞を初めてみました。

 私は文先輩や、はたて先輩と違い、消極的な性格なのでいつも取材を惜しんでいる内にお二人にネタを取られてしまいます。

 しかも文先輩に限っては、取材できなかった部分をねつ造で補ったり――――というかねつ造がほとんどのネタに改変してしまうので質が悪いです。

 私の新聞は出回りこそ少ないものの、取材者のプライベートはちゃんと守ったり、ねつ造はしないので、「文々。新聞」よりは一応信用されています。

 ……まあ、消極的な性格は新聞記者にはあるまじき性格ですよね……。

 だけど、今日はそんな私から抜け出すと決意しました。

 そう思ったきっかけもあの十六夜咲夜と一緒にいた執事服を着る男性です。

 銀髪美人の十六夜咲夜と並んであの執事服を着ている男性も結構な美男子です。

 歳も……だいたい十六夜咲夜と同じ位でしょう。

 その美男美女の絵面に周りの人達がみんな注目しています。

 ……十六夜咲夜の彼氏、でしょうか?

 だとしたら、これはスクープ――――と言いたい所ですが、まだ何もわかっていなのにソレは早すぎますよね。

 ……何より十六夜咲夜が懐にいる限りはスクープがし辛いです。

 

 ……おや、一人の女性が男性に話しかけました。

 

 あの娘は……確か、人里でもその美貌が有名な人ですね。

 名前は確か……伊村希恵だった気がします。

 とある八百屋の娘で、人里でもアイドル的な存在ですが、本人は至って普通の少女だそうです。

 その八百屋というのも、さっき二人が買い物していた所なんですけれど……。

 なるほど、俗に言う、「一目惚れ」って奴ですね。

 その娘は勇気を振り絞って、男性に告白しようとしいます。

 しかし……咲夜さんが傍にいるのにも関わらず……すごい根性ですね。

 その根性……なんか羨ましいな、私はいつも消極性が災いしてたいてい先輩の御二方に先を越されてしまいますし……。

 ……おや、女性が泣きながら、男性から背を向け走って行ってしまいました。

 振られましたね、あれは……。

 何ていうか……可愛そうですね、しかもあの男性は容赦なく振ったようですし、女性を泣かせるなんて紳士としてあるまじきです。

 ふつふつと湧き上がる怒りを抑えていると、ある事に気が付きました。

 あんなにもきっぱりと女性の告白を断るという事は……やはり本命は十六夜咲夜ではないのだろうか?

 そう思えたきたら、やはり追跡をやめる訳にはいかない。

 ――――あ、どうやらここから別行動のようですね。

 寺子屋の前に付いた二人は何やら話をした後、別れました。どうやら、寺子屋で再び待ち合わせるそうですね。

 とりあえず、十六夜咲夜が消えた今――――今すぐにでも取材……したいけれど。

 

「うう……近づきがたいなあ~」

 

 そう、十六夜咲夜があの人の傍にいたせいで突撃しづらかったのもあるけれど、何よりあの人からも近寄りがたい雰囲気が漂っているのだ。

 声も遠くからでよくは聞こえないが、大分気怠い感じで、ちょっと怖いような気がした。

 ……というか人間相手に怯えるってどれだけ私は小心者なのでしょうか?

 ――――そう思いながら、追跡していると、男性は肉屋らしき所に足を運びました。

 ふむ――――、どうやら牛肉と――――鶏肉……鶏肉……。

 

「鶏肉……」

 

 うわ~んッ!! 鳥類を食べ物にするな~ッ!!

 私達烏天狗も烏――――鳥類の妖怪なんですよッ⁉ 店で売られている鶏肉を見る度に、目を逸らしてしまいます。

 うう……やっぱり、どの生き物をお肉にされちゃうんですね……。

 

「ハッハッハッ……!! 悪い悪い。んじゃ、お会計といきますか」

 

 むぅ、会話がよく聞き取れませんね。

 強いて言えば、肉屋のおじさんの笑い声が聞こえてぐらいです。……会話の内容まではよくわかりませんでした。

 会計が終わったのか、男性は肉屋から背を向けると、何やら買い物袋を地面に置いて、ポケットから取り出した紙と見比べています。

 ああ、買い物手帳でまだ買っていないものがあるのか確認しているのですね。

 やがて、確認が終わったのか、男性はまた寺子屋の方向に歩いていきます。……どうやら買い出しは全て終わったようですね。

 私もその後に続くように行った。

 で――――

 

「眠っちゃ……たのですか?」

 

 急いで寺子屋まで追いかけてみたら、ベンチに腰をかけて、腕で日光を遮りながら眠っている男の姿があった。

 ……荷物を置いたまま寝て取られないんですかね……あ、一人の子供が袋の中身を見ようとしましたが、傍にいた親が子供を引っ張って注意してどこかにいきました。

 さっそく取られそうになってるじゃないですか……。

 

「とりあえず、近づいてみようかな。幸い今は寝てるし、顔写真だけでも……」

 

 ……って何を甘い事を考えているのだろうか、私は。

 顔写真だけ取って帰るなんて新聞記者としてどうなのだろう。

 だけど……起こすのも、何かなあ。……気持ちよく眠ってそうだし。

 

「よし、まずは起きるを待ちましょうか。何事もコミュニケーションが大事って文先輩も言っていたし……」

 

 そう小言で呟き、決意をするのだが――――。

 

「へぇ、随分と張り切ってるじゃないか。人の安眠を妨害する事がそんなに楽しいか?」

 

 その小言が、彼を起こす結果となったのは、誰が予想できようか。

 

「――――あ」

 

 まずい、どうしよう。

 もしかたらだけど、この人――――眠りを妨げられるのがすごい嫌いなんじゃ……。ちょっと不機嫌そうだ。

 

「俺は眠りを妨げられるのと、獲物を横取りされるのが嫌いでね。……付きまとわれる分にはどうとも思わんが、まさかここまで迫ってくるとはね。男としては大変複雑な心境だよ」

 

 え――――?

 まさか、私が付けていたのを気付いていた? そんな……これでも気配の消し方は自信があるのに……・

 

「ああ、気付いていたさ」

 

 ……心読まないで下さいよ。

 

「お前がわかりやすいだけだ」

 

「うう……。いつから、気付いていらしたんですか?」

 

 ……今まで一人も気付かれたことないのに、あの藤原妹紅さんからも気付かれたことがないのに……。

 

「大体、俺と咲夜が八百屋で買い物をしている辺りからかな?」

 

 つまり、最初から気付いていたという訳だ。

 そんな――――事が……。

 

「まあ、咲夜が気付づかなかった辺り、お前の隠形は大した物だよ。しかし、気付いたのが俺だけでよかったね、お嬢ちゃん。

 咲夜に見つかったら――――ただじゃ済まなかったかもしれんぞ?」

 

「うう……」

 

 確かに、この人の言う通りかもしれない。

 この人のように気配に敏感な人もこの世にはいるという事を思い知らされました。

 

「――――で、何の用だい? 面白かったら聞いてやるが……」

 

 ええっと……私、ここに何しに来たんだっけ……あ、そうだ!! この人に取材しようと思ってきたんだ。

 

「ええっと……まず、自己紹介させていただきます……。わ、私に名前は……烏天狗の雨翼 桜。『桜雨羅刊』という新聞を書いている記者です……」

 

「――――へぇ、そんな小さき身で大した事をする。いや、妖怪だから俺よりも年上かな?」

 

「はい、こう見えても三百年ぽっちは生きていますよ?」

 

「――――で、その記者が俺に何を聞こうと言うんだい?」

 

「え……えっと、その……取材させてくださいッ!!」

 

 ああ……!! 私のバカ……ッ!!

 そこは「取材させてください」じゃなくて「取材させてもらいます」って言えと、文先輩に言われたばかりなのに……。

 しかし、相手は幸いにも――――

 

「……まあ、咲夜が来るまでの暇つぶしだ。答えられる範囲なら答えてやる」

 

「本当ですかっ……!!?」

 

 つい顔を突き出して叫んでしまった。

 ああ、嬉しい。

 今までは、私の自信なさげな態度から私を記者として見ないのか、断られるか、子供の遊びと勘違いされてスルーされるばかりだった。

 ……何か、久しぶりに取材をまともに承諾させてもらいました。

 

「やった~、取材ができるぞ~♪」

 

 あまりに嬉しくて、羽根をパタパタと羽ばたかせながら、舞い上がってしまった。だけど、それくらい嬉しいのです。

 お偉いさん達には売れない記者の気持ちが分からないんです。

 一部の人達から私の新聞は書いてあることは正確だ、と評価を受けているのに……。

 

「とりあえず、お前も座ったらどうだ?」

 

 そんな私を見ていた男性は――――私の首根っこを掴んだ。

 ちょっ……!! 痛いです、もうちょっと優しくしてくださいよっ!! こちとら妖怪とはいえ女の子ですよっ!!?

 男性は私の首根っこを掴んだまま、自分の隣へと運び、ベンチの上に丁寧に置いてくれた。

 丁寧に置いてくれるくらいなら、最初から丁寧に持ってくださいよ……。

 それにしても――――。

 

「何か、記者が取材者の隣に座りながら取材って……変だな~」

 

「まあ、大抵は有名人が座って、ソレを記者が立ちながら取材する印象は多々あるが……仮にお前も妖怪とはいえレディだ。

 それに、お前のようなちっこい奴が立ちながら上目線でベンチに座っている奴に取材する方がよほど不自然に思えるがね……」

 

「うぅ……」

 

 やっぱり、まだ私に記者は早いのかな……。

 まだ背もちっちゃいし、そこらの人間の子供とそんなに変わらないのが今の私の現状だ。

 三百年ぽっちの妖怪なんて、人間に例えたら五歳児にも等しいですよ……と、文先輩に言われたことがある。

 

「まあ、まずは自己紹介だな。仮にもお前から名乗ってくれたわけだしな……。俺の名前は七夜。『七』に『夜』と書く。わかるか?」

 

「七夜……わかりました、七夜さんですね。え、えっと……それじゃあ……イ、インタビュー……スタートですっ!!」

 

「やれやれ、元気なお嬢ちゃんだ」

 

 よーし、色々聞いて、立派な新聞を作るぞ~っ!!

 文先輩、はたて先輩っ!! 見ててくださいねーっ!!

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、これでだいたい全件回ったかしら?」

 

 大体数十件のB型血液保持者の家を回った。

 鞄にしまった契約書の量が多く、多少思いが、これぐらいなら問題はない。はぁ、それにしても何で血液採取する度に契約書を書かなくてはいけないのかしら……。

 まあ、血だから吸われる本人たちはいい気がしないだろうが、あれでは私も吸われる人達もいちいち契約書をかくのが面倒になってくる。

 いくらお嬢様が律儀だとはいえ、契約書をかくのは半年に一度の頻度でいい気がする……。

 そう考えながら寺子屋に行くと――――

 ベンチに座っている七夜と、もう一人――――アレは、妖怪の子供かしら? 

 気になって近寄ってみたら、どうやら烏天狗であるようだ。

 二人は何やら話をしているようであり、烏天狗の方はペンを持ってメモ帳に何かをメモっている。

 ああ、取材ね。

 あのブン屋に当たらなかったのは結構運がいい事だ。

 それにしても、烏天狗ってあんな歳で新聞記者をやるのもいるのかしら?

 まあ、おそらくまだ記者のたまごと言った所であろうか。

 

「おや、待ち人が来てしまったな。今日はここまで、か……」

 

「え――――? そんな~、まだ質問五つしかしてないじゃないですかーっ!!」

 

「お前の質問の切り出しが遅いのも原因だぞ? 記者に向いてるのか、お前」

 

「こ、これから向くようになるんですっ……!!」

 

 私の姿を見るや否や、七夜は烏天狗と別れようとするが、まだ取材し足りなかったのか……子供の烏天狗は七夜を引き留めている。

 ……せっかくの所可哀想だけれど……七夜は今はウチの執事だから、そういう訳にはいかない。

 

「お取込み中の所悪いけれど、私達はもういかなければならないわ。……用事なら取材なら今度にしてくれると助かるのですけれど……」

 

「そんな~、もたもたしていたら文先輩に取られちゃうよ~っ!! 七夜さん、取材と咲夜さん、どっちが大事ですか?」

 

 取材と私の価値を比べるとは……ちょっとムカつくわね。

 私の価値は取材以下とでも言うのかしら?

 

「悪いが上司の命令とあらば逆らえん。ここでお開きだ……」

 

「うぅ……」

 

 さすがに取材者に本人に断られては何も言えないのか、子供の烏天狗は顔を俯いたまま泣きそうになる。

 そういえば今さっき先輩にネタを取られてしまうとか何とか言っていたわね……

 そうだとしたら哀れね・

 だけど生憎、同情はするが、情けをかけている暇は持ち合わせていないので、諦めてもらおう。

 

「うぅ、ふええんっっ……!!」

 

 ……まさか本当に泣くとは思わなかった。

 

「やれやれ……」

 

 そんな子供の烏天狗を見ていた七夜は、両手を開いてヤレヤレと言ったポーズを取る。

 

「咲夜。明日、この時間あたりでちょっと休みが貰いたいのだが……。もちろん、休んだ分、こき使っても構わん」

 

 七夜、貴方……まさか……。

 

「え、ええ。休んだ分はきっちりと働いてもらうけれど、どうするつもりなの?」

 

 ……まさかね。

 七夜がそんな事をするような人柄には見えないが……。

 私から承諾をもらった七夜は悪いね、と一言言い、泣いている子供の烏天狗の頭にポン、と手を置いた。

 

「おいチビ。明日、この時間に来るといい。俺も気が向けばここに来てやる。取材の続きはその時にしてやるよ」

 

「ふぇ……、本当ですか……」

 

「ああ、本当だ。だからそんなにメソメソするな」

 

 ……えっと、今は私が見ている光景は見間違いなのかしら?

 それとも単に七夜が子供にやさしいだけなのかしら?

 

「本当? ホントの本当ですか?」

 

「さっきからそう言っている」

 

「――――ッッッ!! わ~いっ!!」

 

 子供の烏天狗は泣き顔から一気に輝かしい笑顔になり、羽根パタパタを動かし、身体を浮かせた。

 瞬間――――周囲に小規模な風が舞い起こり……気が付けば子供の烏天狗はもうはるか上空にいた。

 

「約束ですよー!!?」

 

 そう言い残して……子供の烏天狗は去って行った。

 

「……行ったな」

 

「……そのようね」

 

 これで帰れるわね。

 七夜が持っている買い物袋を見る限り、不備はなさそうだし、帰ってからお嬢様と七夜と三人で紅茶でも飲むとしましょうか。

 採取した血液も、今は凝固防止液で固まるのを遅らせているが、固まってしまうのも時間の問題だ。

 早く紅魔館に帰って、ドリンクに加工しなければ……。

 

「帰るわよ、七夜」

 

「了解だ」

 

 私達は、寺子屋を後にし、人里を出る。

 ……徒歩は面倒だが、こう見えても体は鍛えてあるので、問題はない。

 空を飛ぶことばかりに頼っていては体も鈍ってしまうのもあるが、単純に仕事仲間と帰りを徒歩で共にするのも悪くはないと思ったのだ。

 もし七夜が、あの少年であるのなら……猶更……。

 

 

 

 

 

 

 さて、人里を出てからはや数十分。

 氷の湖へと続く森道に差し掛かる所だ。

 咲夜に空を飛ばないのか、と聞いてみたが、どうにも飛べない俺の為らしい。……いや、レディに気を使われるとはね……。

 まあ、空を飛んでいてばかりでは体が鈍るという事もあるらしい。

 

「それにしても、貴方があんなに面倒見がいいとは思わなかったわ」

 

「何の事だ?」

 

「あの子供の烏天狗の事よ。あのブン屋よりマシだけれど、よく約束までして取材を受けてあげる気になったものね……」

 

 ああ……あのチビ――――雨翼 桜と言ったか――――の事か。

 まあ、確かに俺らしくもないが、まあ暇つぶしになってくれた事と、それなりに楽しませてもらった礼という奴か……。

 

「何、ただの気まぐれさ」

 

「まあ、せっかく休みまであげてやったのだから、ちゃんと行ってあげなさいよ?」

 

「レディとの約束を破る程堕ちてはいないさ。まあ……俺としてはおまえが休みをくれた事自体が不思議でならないがね……」

 

「……さすがに哀れだと思っただけよ」

 

「……そうかい」

 

 そんな会話をしながら、俺は咲夜から幻想郷について色々な事を聞いた。

 妖怪の山――――あのチビが住んでいる所らしい――――の事や、妖怪の事。どんな人間、妖怪が住んでいるか。

 ……特に妖怪の話は聞き甲斐がある。

 特に気になったのは、四季のマスターフラワーと言われる風見幽香――――そして旧地獄にいる“純血”の鬼共。

 混血なら幾度となく相見えたような気がするが、“純血”の鬼はおそらく俺の生涯で見えた事はないだろう。

 

 ……くくく、本当、面白そうな世界だよ、ここは……。

 

「もう森の目の前まで来たわね。どうする、このまま徒歩で行く? それとも空を飛んでいこうかしら? 貴方は空中を走る羽目になるけれど……」

 

「どちらでも構わないよ。あんたの好きすれ――――ッッ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

――――夢想封印――――

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、背後から七つの霊力の大玉が俺に飛んできた。

 ……チッ、俺に向かって一斉に来ている事からおそらく追尾機能があるのだろう。

 障害物だらけの空間ならともかく何もないこの場所でソレが避けきれる筈もない。ならば――――。

 

「……視えた」

 

 魔眼を開き、その蒼き眼光を発す。

 向かってくる七つの大玉の死を直視しナイフを振るう

 

 七つの大玉は、七つの斬撃によって消滅していった。

 

「……誰だ?」

 

「貴方が今回やってきた死者ね。なら退治するのみよっ!! ここで消えなさいっ!!」

 

 そこには――――紅白の巫女服を身に包んだ少女が立っていた。歳は、俺や咲夜と同じ位か……。

 

「死者? 俺には何のことだかさっぱり分からないのだが?」

 

 いきなり他人に死人だとか言われても俺はこうして生きている。……なのに勝手に人を殺すとはな……。

 いや……待てよ。

 そういえば紅魔館の庭も大量の死者が転移されてきたな……ソレと関係あるのか?

 そう考えていたら――――

 

「一体どういうつもりかしら、霊夢?」

 

 咲夜が両手からナイフと取り出し、少女に敵意を向けながら話しかけた。

 

「おまえの知り合いか? 咲夜」

 

「ええ、博麗霊夢。博麗神社の巫女にして――――幻想郷のバランサーよ」

 

 ……ああ、さっき咲夜が話してくれた博麗の巫女。

 厳しい修練を重ねず、センスと才能と勘だけで幻想郷の異変を解決してきた、歴代の博麗の巫女の中でもイレギュラーな存在だと聞く。

 

「それで、霊夢。七夜が死者というのは――――どういう事かしら?」

 

「簡単な事よ。最近、幻想郷で死者が出現し始め、妖怪、人間問わず襲い掛かる事件が起こっているのよ。何かあると思って、閻魔の所を訪ねてみた所、どうも幻想郷の死の魂じゃなくて、外から死者たちが転移されてきている。そこで閻魔からコレをもらったのよ」

 

 そう言って、霊夢は懐から、紐が付いた鈴のようなモノを取り出した。その鈴は光を帯びながら、俺の方向に向いてチリンチリンと鳴っていた。

 

「これは死者に対してのみ反応する特殊な鈴よ。だからソイツは死者。咲夜、貴方はソイツから騙されているのよっ!!? とっとと、化けの皮をはがしたらどうかしら、そこの貴方」

 

「……何を言っているのかは知らないが――――あんたは俺の敵って事でいいんだよな?」

 

「ええ、そうよっ!! 咲夜から離れなさいっ!!」

 

 ……そう来るか。

 やれやれ、俺が何者かなんてそんなモノは世間に聞いてほしい物だが……まさか死人扱いされるとはね……。

 まあ、何であれ……。

 

「……楽しめそうだ」

 

 そう言って淨眼を開いた。

 いきなり魔眼を開いては詰まらないからな……。

 

「さあ、あの世に帰る準備は出来たかしら?」

 

「さてね。遊び相手は“あっち側”の方が多い事は否定しないが……」

 

 そう呟き、腰からナイフを取り出した。

 

「生憎そんな事に興味はなくてね。だけど、俺はたった今楽しみを見つけた所でさ……あんたにはソレに付き合ってもらうかな?

 ――――素敵な楽園の巫女さん?」

 

 

 

 

 

 

 ……私は、どうれすればいいのだろうか・

 七夜が――――死者?

 私を――――騙していた?

 そんな、彼は何を考えているのかはわからないが、少なくとも嘘を付いているようには見えなかった。

 霊夢が持っているあの鈴――――あの閻魔からもらったものであるのなら、七夜は間違いなく――――。

 

「いいえ、何を考えているの、私は……」

 

 彼が死者であろうが生者であろうが関係ない。

 彼は今は紅魔館の執事、お嬢様に使える紅魔館の執事だ。ソレに――――せっかくあの日の約束を、果たせるかもしれないのに……!!!

 

「七夜、私も戦う――――」

 

「邪魔はさせませんよっ!!」

 

「――――ッッ!!?」

 

 七夜を助けると決意したその時は、私の横から霊力の弾幕が飛んでくる。この蛇とカエルを模したような弾幕の形、まさか……。

 

「東風谷、早苗」

 

 そこには――――青と白を基調とした巫女服を身に包む少女は、東風谷早苗が立っていた。

 

「久々の妖怪――――じゃなくて死者退治に張り切っちゃいますっ!! 何故咲夜さんがあの死者の味方をするのかは分かりませんが、きっと騙されているんですよ。だから私が咲夜さんの目を覚まさせてあげます。

 そして一緒にあの死者を――――」

 

「お断りよ」

 

 やめろ、それ以上は聞きたくない。

 それに、たとえ七夜が死者だとしても、あの時は私、お嬢様、美鈴と一緒に死者どもを片づけくれた。

 あの烏天狗の子供とのわざわざする必要のない約束まで、面倒見よくも、その約束をした。

 そんな彼が――――私を騙しているですって?

 ソレに――――

 

「私が彼に味方をするのは、紛れもない私自信の意志よ。はき違えたら困るわ。

 ……何も、知らない癖に……七夜を、知ったような口で……死者と言うな……っ!!」

 

 彼を、死なせるわけにはいかない。

 あの日の約束を――――果たせるかもしれないのに、こんな所で、彼を死なせて溜まるものか……っ!!

 

 私は目を赤くし、その怒りを目の前の巫女にぶつけた。

 

 

 

 




補足説明
・八百屋の娘
七夜の傍に咲夜さんがいるにも関わらず、七夜に告白しようとしたある意味すごい人。名前は本編中で出た通り。
人里ではそれなりに有名で、嫁にしたいと思う近所も多い。
あの後、彼女を振った七夜は男たちに恨まれたとか……。

・肉屋の親父
肉屋を営んでいる気のいい親父。
あの後、七夜がいつまで紅魔館の執事を続けていられるか、おふくろさんと賭けたとかなんとか……。

・雨翼 桜
生まれたから三百年ぽっちのチビ烏天狗。見た目も結構可愛く、ロリコンならまず飛び付くべし。「桜雨羅刊」という新聞をかいているが、まだ出回っていなく、本人も至って未熟な記者のたまご。その消極的な性格から、記者に向いているとは到底思えないが、それでも一流の記者を目指してがんばっている。
 彼女の新聞は出回りこそ少ないものの、信用度は「文々。新聞」より高い。
 たとえネタを手に入れても、いつも文からネタを盗まれては、ねつ造物に改変され、嘆いている不運な子。
 射命丸文はこれでも彼女を可愛がっているらしい。

・鈴
霊夢が持っている鈴。
四季英姫からもらったもので、死者に対して、光を発しながらチリンチリンと鳴るらしい。




 第七夜、如何でしょうか。
 かっとなって書いた結果、一万文字を超えてしまったので、長いと思った方は申し訳ございません。
 そして七夜が死者であると告げた二人の巫女――――、果たして七夜の運命は――――?

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