ここまで旧作と違いますが。
この回が終わった後の展開、旧作と変わら……なくはないかな?
肉に飢えた食人鬼は、七夜と美鈴の姿を目視した瞬間――――一斉に殺到した。
人としての理性がないゆえに、身体能力のリミッターは解除され、その力とスピードは人並み以上。
しかも彼らに食われた者は、例外なく彼らと同じ『死者』として死んでいながら現世を彷徨う事を余儀なくされる訳なので、そういう意味では妖怪よりも質が悪いというべきか。
――――そんな者たちが、一人の人間と、一人の手負いの妖怪に襲うという絶望。
死者たちは声こそ聞こえない者の、その表情からは、今にも飢えた猛獣のような声が聞こえそうである。
もし彼らに声というものがあるのなら――――それはとっても苦しくて、醜悪な声になっていただろうな、と――――充満する『死気』を感じながら美鈴は思った。
彼女には彼らの声が聞こえるような気がした。
その『死気』から感じ取れるのは――――
――――助けれくれ。
――――苦しいよ。
――――お腹……すいた。
彼女には今にもそんな声が聞こえてきそうな錯覚を感じた。
しかし、同情をは不要なのだと彼女は悟る。
――――彼らはもう『人』から外れてしまったモノ。
ただ血肉を求め、彷徨う哀れなグールに過ぎない。
……やがて彼らはその飢えを暴走させるかのように一斉に美鈴の前に立っていた七夜に襲い掛かる。
――――ただ絶望的な光景でしかなかった。
死者の数は軽く見積もっても三十――――しかも何者かが転移させているのか、後ろではその数が増え続けていた。
こんな光景を目したら、誰もが戦意を喪失し、彼らの餌となってしまうだろう。
――――しかし、その男だけは違った。
端から見れば、男は醜き食人鬼たちの獲物でしかない。
――――しかし、男は目の前の彼らを“獲物”として見ていた。
十人ほどの死者が彼に飛び掛かり、それは七夜の視界を覆い――――そして刹那に、ソレは起こった。
今にも七夜に密着するであろう距離
しかし――――死者たちは、何分割にもバラバラにされた。
その肉片はもはや人の原型を残さずに――――塵となって消滅していく。
「やれやれ、あんたらも不運だよな。こんな醜き食いしん坊になるよりか、もう少しマシな形で死んでいればいい夢も見れただろうに……」
男はただ思ったことを口にした。
もちろん、その言葉が死者は死者達に届く筈もない……男は、単に思ったことを口しただった。
その足取りはまるで夜の街を散歩するようなどこにでもいる普通の人ようだった。
しかし、目の前の光景を目にしながら、なおそうしていられる事は、この空間においては男こそが一番の異常者であった。
紅い和服を靡かせながら、その血に濡れる彼は――――美しかった。
――――そんな光景に、美鈴はただ心を奪われていた。見惚れていたと言ってもいい。
血に濡れしその姿は醜悪という域を乗り越えて――――そこには“美”があった。
「来いよ、出来損ない共。貴様らに本当の“死”というモノを教えてやる」
その赤みを帯びた蒼眼は――――ゆっくりと彼らの“死”を直視した。
十人の仲間が一瞬で解体された事に怖気づく様子もなく、死者たちは七夜へと殺到する。
しかし、七夜はソレよりも早く行動した。
左右にスライドしながら、それでいて速度を落とさずに、驚異的な速さで死者たちの命を刈らんとその凶刃を向けた
その動き方はまるで分身でもしているかのような……彼は自信の残像と共に死者たちに迫る。
そして前線にいた一人の――――中年の男性くらいの死者にその凶刃が届いたと同時―――――。
――――その蹂躙は、始まった。
獣じみた動き、速度を落とさずに、角度を変えての急な方向転換。それでいて舞う様に彼は、死者をバラバラにしていく。
その動作にも、一切の無駄がなかった。
ただ“殺す”事だけを念頭に鍛え上げられた肉体と、洗練された体術。
その一つ一つの動作が完成された至高の芸術のようで、本来醜くみるべきその血に濡れた舞台そのものがその“醜さ”を極めた美しさに、美鈴は声も出なかった。
――――果たして自分が一生涯かけた所で……あの境地にたどり着けるのか。いや、おそらくは無理であろう
正に、七夜だからこそ、たどり着ける境地。
一人。二人。三人。四人。全て無駄のなく舞うように殺していく。
それらの全ての動作が合わせても、刹那の如く行われているのにも関わらず、美鈴はその一つ一つに目を離せずにいた。
――――自分と戦っていた時のアレはなんだったというのか?
先ほど、あの男に情けをかけた結果、自分は殺されかけた訳であるが。もし、彼が本気を出していたとしたら……自分は情けをかける暇もなく――――あの死者たちのように鮮やかに散っていくのではないのではないかと。
――――あんな鮮やかに殺されるのであれば、他の殺され方など眼中に留めない。
◇❖◇❖◇
……紅一色の館の中、その永遠に幼き紅い月はいた。
見た目は十代にも満たない幼女……しかしその雰囲気や纏わせているオーラは幼女のソレや、人間のソレとも違う。
銀がかった水色の髪に真紅の瞳。
ピンク色の衣服とピンク色のナイトキャップを紅いリボンで占めたその姿はまさしく、幼い“美”と言えるだろう。
――――しかし、その背中に生えた黒い翼が、彼女が人から外れている者だという事を示していた。
彼女の名はレミリア・スカーレット。
紅き館――――紅魔館の主にして、絶対なる力を持つ――――吸血鬼である。
「……咲夜」
彼女は紅茶のカップを向き、虚空にむかってその名を呼ぶ。
「ここに……」
しかし、その虚空に向けられた呼び声が伝わったのか……彼女の前に――――銀髪のメイドが現れる。
銀髪にセミロングに両方の揉み上げ辺りから、先端に緑色のリボンを付けた三つ編みを結った――――歳は、二十代に差し掛かった十代後半の少女。
その青と白のカラーのメイド服は彼女によく似合っており、その美貌を引き立たせていた。
彼女の姿を確認したレミリアは、紅茶はまた一口――――飲んだ後、カップを置き、目の前の従者に話しかける。
「……外が何だか騒がしいわね」
「……どうやら何者かが戦闘を行っているようですが……、美鈴ではなさそうですね」
「……咲夜」
「はい……」
紅茶を飲みほしたレミリアは座から立ち上がる。その静かな威圧を発して、彼女もまた戦場に立とうとしていた。
「いけるわね?」
「はい、そのつもりです」
咲夜と呼ばれたメイドはその戦意を誇示するかのように両手に三本ずつナイフを構える。その獲物に対する殺意を感じ取ったレミリアは、そう――――、と頷き、私室の扉へと眼を向ける。
「それはよかったわ。 じゃあ、行きましょうか」
彼女ら出向く――――己の庭の塵掃除と言う名の、戦場に。
「誰だかは知らないけれど、人の庭を汚してくれた事――――血の涙で後悔させてやるわ」
そう言って、『永遠に幼き紅い月』はゆっくりと静かにその歩を歩めた。
銀髪のメイド――――十六夜咲夜もその小さき背中に続く。
だが、咲夜は知らない。
これから行く血だまり場の先に――――、思いがけない、再会が待っている事を――――。
◇❖◇❖◇
「――――ふん、数だけ多いな。その上――――これか」
七夜は周囲を見渡す。
“無”に返した死者の数はとうに三桁を超えている。それでも、出現した黒い瘴気からわらわらとソレが出てくる。
数が減る様子は一向にない。
もう聞くのも億劫なくらいの怨嗟でまみれた飢えの叫び、死んでいながらも必死に“生”にしがみつこうとする有象無象。
こんな醜態をさらしだしてまで必死に生きようとする彼らの気持ちを――――七夜は理解しない。
あんた姿になるぐらいなら――――生き地獄の方がよほど辛かろう。
――――突如、七夜の頭上に七つの黒い瘴気が出現する。
そこから伸びてくる死者の手。
まるで冥界に誘い込む“グールの魔手”のようだった。
突如七夜の頭上のそれぞれの瘴気から死者が飛び出して来る。
「――――罠……」
目前にも、大量の死者が迫ってくる。
しかし、七夜はナイフを逆手に握り、ソレらに目も向けないまま静かに、対抗の意を敷いた。
そして彼に近づいた有象無象は――――。
「の……つもりか?」
無惨にも、バラバラにされてしまう。
鮮やかに肉片が舞い――――、そして塵へとかえってゆく。
数で押した所で、その結果が変わるはずもなく、彼はただ――――日常作業をこなすかのように“殺”していく。
そして、背後から、二十代の女性らしき死者が彼を襲う。
もちろん、ソレに気付かない七夜ではない。
彼はナイフを振るおうとしたが――――途中でその凶刃を止める。
そして死者は――――はるかかなたに、吹き飛ばされる。
背中でその存在は感じ取った七夜は、ほう、と一笑した。
ついさっき感じたこの闘気――――誰かであるかはもう、確認する必要はない。
「ようお嬢さん。存外、治るのが早いじゃないか。――――まったく、これからあんたの体を解体できると考えると興奮してくる……クククッ……」
そして、後ろの背中は紅い長髪を靡かせながら、答えた。
「貴方が何者であるかは、今は問いません。今は――――この状況を打破するのが先でしょう? その後で、さっきの借りは返させてもらいますので、覚悟してくださいね?」
七夜と背中合わせで立つ女性――――七夜に致命傷を負わされ、ついさっきまで動けずにいた紅美鈴だった。
その美鈴の言葉に男は振り向かずに、笑い、そして爆弾発言を言った。
「そうかい。なら精々、“死者”ごときに食われてくれるなよ? あんたは――――俺の“モノ”なんだからな」
その言葉は――――美鈴の胸を打った。
男と女が、背中合わせの状態で、この台詞。
近くで聞いたら、胸が高鳴ってしまうのも無理はないだろう。
その言葉をささやかれた美鈴は顔を紅くして、慌てた。
「な……何を言っているんですか!!? い、今はそれ所じゃ……、その、……ないでしょうっ!!」
「いや、俺は本気さ。この想い――――あんたに伝わるかは別にしてな……」
「~~~~ッッ……!!」
その言葉に、更に顔を赤くしてしまう美鈴。
だが――――彼女は知らない。
彼が美鈴を『自分のモノ』と言ったのは決してそういう意味ではなく――――“獲物”という意味である事を……。
「――――っと、おしゃべりしている暇はないな……。奴さんたちも痺れを切らしたようだぜ? ――――来るぞ」
二人を囲んだ――――数はとうに数百を超える死者たちの群れ。
しかし、二人はそれにおじける事もなく、恐怖するわけでもなく――――二人の“狩り人”は死者たちを見据える。
一人は静かな――――それでいて闘志を込めた目で、拳を構えた。
もう一人は口元に笑いをうかべながら――――構えずただナイフを握り、しかしその目は『殺したい』と笑っている。
どちらも――――類は違えど、“狩人”の目だった。
そして更に――――“狩り人”は増える。
「――――神槍『スピア・ザ・グングニグル』」
「――――傷符『インスクライブレッドソウル』」
……真紅の槍だった。
ソレはまるで、命を刈り取るためだけに生み出された流れ星の如く――――死者たちの群れへと向かっていく。
さらにその流れ星に“色”を付けるかのように、無数の斬撃の嵐が飛び交い、死者達を切り刻んだ。
刻まれて、怯んだ死者たちに――――紅い“死の象徴”は死者たちへと殺到する。
――――ドオオオォォォォンッッッッ!!!
そして途轍もない地響きが――――大地を駆け巡った。
その出鱈目さを見て――――七夜はいっそ、ひゅ~、と口笛を吹きたくなる。
美鈴は攻撃の主の存在を感じて――――紅い槍が飛んできた方向に、振り向く。
「へぇ~、随分と醜い事になってるわね」
「同感です。漂ってくる死臭に鼻の感覚が麻痺しそうですわ……」
そこには、背中に黒い翼を生やした銀がかった水色の髪の幼女――――レミリア・スカーレットと、銀髪のメイド――――十六夜咲夜の姿があった。
その光景はまるで――――禍々しい紅い月と、ソレに照らされた銀色のナイフのようだった。
「お嬢様ッ!! 咲夜さんッ!!」
「やっほー、美鈴。面白そうだから来ちゃったわ。……そして来てみれば、知らない男性と心中真っ最中か……。いやはや、美鈴も女の子って事かしら?」
手を顎に当てながら、悪戯そうに笑いレミリアはそう言った。
またしてもの爆弾発言に、美鈴は顔を赤くして、必死に反論した。
「い、いやッ……!! 違いますよッッ……、私達はただ……」
必死に言い訳しようとするが、赤面して慌てているために、呂律が回っていない。
そしてソレに追い打ちをかけるかのように――――。
「これでもお互い曝け出し殺りあった仲だからな」
ソレをわざわざ卑猥な言い回しで、七夜は言った。“ヤりあった”という発音は、聞く者からすれば、とんだ誤解を生むだろう。
「ちょ……ッ、そう言うと別の意味に聞こえますから、ちゃんと普通に戦ったって言ってくださいよ……ッッ!!!」
その爆弾の追い打ちに美鈴は、更に慌てる。
そんな美鈴に――――後ろから、頭にナイフを刺されたままの死者が美鈴に襲い掛かった。
突然の事に――――、反応できなかった美鈴だが―――、
その死者は、一振りのナイフによって解体され、塵となる。
「やれやれ、人の“獲物”を横取りするとは、無粋にも程がある」
「な、七夜さんッ!!?」
「ボサっとするな。まだまだ……来るぞ?」
背中合わせの四人――――ソレを囲む数々の有象無象。
時刻は昼で、日はまだ明るいにも関わらず――――、そこまるでアンデット・ワールドのようだった。
「ちっ――――、やっぱり日が出ている時に、外に出るものではないわね……」
レミリアは自分の皮膚を見る。
見た目だけでは分からないが――――レミリアは皮膚が異常な早さで乾燥していくのを感じ取った。
「(早く終わらせましょうか。幸いこちらは四人。私と、咲夜と、美鈴。もう一人は誰か知らないけど――――腕は立つっ!!)」
まだ目障りな日光に苦渋しながらも、身体性能の劣化がないかを確認し、レミリアは背中を合わせている他の三人の号令をかけた。
「いけるわね、美鈴、咲夜。そして、貴方――――七夜と言ったかしら?」
その呼び名に……ピクッ、と反応する者が一人いた。
十六夜咲夜は……その名を聞いて、背中を合わせている七夜の方向を向いた。
「――――ッ!!」
確かに、あの少年と同じ後ろ姿だった。
しかし、そんな咲夜の反応を後目に、七夜とレミリアの会話は進む。
「ああ、その呼び名でいい。ちょうどこいつ等をバラすのも飽きてきた所でね……助太刀、感謝するよ」
「そう……。こちらこそ、ウチの館の“掃除”を手伝ってくれる事、感謝するわ」
そう言って、両者はまた視線を死者たちの方へと向ける。
全員、この場で話す事はもうなくなった。
後は――――四者で蹂躙するのみ。
――――紅魔館の門番、紅美鈴から繰り出される打撃と、そこから出される『気』の弾幕で、敵を打ち飛ばしていく。
――――紅魔館のメイド長、十六夜咲夜から繰り出されるナイフの嵐。的確に、正確に敵の急所をに向かって、ナイフは殺到していく。
――――吸血鬼、レミリア・スカーレットの紅い弾幕と、紅い爪が敵を圧倒し、ねじ伏せ、蹂躙する。
――――殺人貴、七夜の獣じみた奇怪な体術と『死』を視る魔眼を持って、死者たちを次々と解体していく。
年末年始までまだまだ先だというのに――――紅魔館での“大掃除”はそんな血腥さから始まった。
十六夜咲夜は、次々と死者たちを串刺しにしながら――――その視線は七夜へとずっと向いてた。
「……志貴、なの?」
そう、呟いた。
旧作の反省点
旧作は七夜×咲夜のタグを付けておきながら、日常編において、七×咲の描写が一つもなかった。
全ては作者が何も考えずに書いていたせいです。