双夜譚月姫   作:ナスの森

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最近気付いた事なんですが、自分ってどうやらパチモノキャラを好きになる傾向があるようです。

「ロックマンX6」の影ゼロとか、「ロックマンゼロ3」のオメガとか、「F‐ZERO」のブラッドファルコンとか、「ドラえもん」のキレイなジャイアンとか

七夜を好きになったきっかけも今思えば、そんな理由だったかもしれません。


第十八夜 キャラ崩壊とその経緯・前

 日は落ちて、普段ならば白く点っている障子の和紙は今はその役目を休めている。

 壁と天井を見れば、一目でソレは木造建築のモノであると分かる。

 障子の隙間から流れる風は心地よく、まさしく自然の風流を感じさせた。

 床は畳に敷かれ、どこか気分を落ち着かせる雰囲気を漂わせている。

 障子を開いてすぐそこに見えるのは広大に広がる竹林と夜空に浮かぶ満月だ。

 畳の上に一つポツンと置かれたランタンから出る灯りはその落ち着いた雰囲気に、一途の風情さえ感じさせた。

 幻想郷と言えど、ここまで和風建築に徹した建物など一つしかない。

 ……『永遠亭』だ。

 幻想郷一の医療施設にして、幻想郷一の薬師が住むと言われている場所。

 人里から出向くには、迷いの竹林を通っていかねばならぬため、ここに直接来る患者という者は少ない。

 あくまで永遠亭から人里まで唯一、日常的に出入りをしている月兎を通して、薬の予約をし、医師本人が薬を提供しに行くという特殊な営業方法である。

 ……そんな患者が滅多に来ない永遠亭の一室に、三つの人影があった。

 一人は男性――――童顔の美形ではあるが、その刃物を思わせるような目付きは他者を寄せ付けない。髪は黒。年は大体19かそこらと言ったところだろう。

 一人は女性――――白と青を基調としたメイド服を身にまとい、まるでナイフのような煌きを感じさせる銀髪。年は男と同じくらいだろう。

 一人は妖女――――見た目は3歳ほどの少女と変わらないが、その背中から生えている小さい烏のような翼が彼女が人間でない事を証明している。少し青みがかったロングヘアーで、まだその見た目相応のあどけなさを感じさせた。

 ……男は、女性に一方的に語りかけ、女性はソレをただただ眼を瞑って聞いているのみ。

 妖女はソレをただただ静観しているだけ、と言った所だ。

 男は、布団に寝ながら、女性に語りかける。

 体中に包帯が巻かれ、彼がさっきまでどんな状態であったかを想像させるには容易い。

 実は男は一週間前も、とある事情でこの永遠亭に入院したのだが、また同じテツをやらかし、またもや永遠亭の寝室に運び込まれてしまったというのが現状であった。

 それでも、男性は飄々とした口調で女性に話しかけ、女性は腕を組み、眼を瞑りながら、延々と男性の話を聞いていた。

 

「相手の最初の一撃は、まるで鉄槌のようだった。拳には熱を帯び、それで地面に半径十メートルもの窪みを作りやがった。……いや、定義を壊すとは正にあの事だろうな。まったく、楽しすぎるったら、ありゃあしない。アレが鬼のパワーか、と痛感させられたよ……」

 

「……そう」

 

 楽しそうに語る男性に、女性はただそう相槌を打つだけ。

 何を言われても動じず、そこから漂うクールビューティーさは、女性が見たら憧れ、男性が見たら興奮する事だろう。

 

(うわぁ……鬼ってやっぱり恐いなぁ……。ソレを相手に勝っちゃうこの人もだけど……)

 

 一方、妖女の方は彼の話を、体をビクつかせながら聞いていた。

 かつて、彼女の一族たちの上司が鬼だったこともあり、彼女ら天狗一族は皆、その恐怖を脳の根底まで刻み込められている。

 無論、その時代、彼女はまだ生きていなかったが、同族の先輩たちからたちまち聞かれるその恐怖話に、彼女も幾ばか共感させられた事だろう。

 

「次に、その鬼によって砕かれた地面、竹の残骸が弾幕となって襲いかかってきた。無論、博麗の巫女とやらの弾幕に比べれば、朝飯前のようなモノだったから軽々と避けたさ」

 

「……そう」

 

「問題はここからだった。弾幕を掻い潜った後、意表をついて奇襲したまでは良かったんだが、防がれちまった。笑えるよなあ、暗殺者が二度も奇襲に失敗するなんて、さ……。奇襲に失敗したから即座に木陰に隠れたさ。鬼の一撃なんて食らったら、それこそ一瞬で地獄逝きだからなぁ……。

 ……だが、もっと下手に出ちまったのはここからだった。相手が片手に持っていた瓢箪をいきなり捨ててね、拳を鳴らして宣戦布告をするのさ。あろう事か、俺はソレに乗っちまった。暗殺者よりも、殺人鬼としての性が出ちまったらしい。

 そのまま鬼とドンパチやった。俺が斬り付けたら、相手が防ぎ、相手が殴りかかったら、動きを先読みして躱す。……その繰り返しさ。

 そんな単純な攻防ではあったが、アレは最高だったね。一度でもタイミングを間違えれば、相手の魔手によって殺される。常に死と隣り合わせという極限の状況は、俺にとっては極楽だった」

 

「……そう」

 

 女性は、繰り返しそれだけを言って相槌を返す。そこにはどんな意図があるかは彼女のみぞ知る。

 心なしか、その腕は僅かに震えているようにも見えた。

 

(うわ、極楽とか言っちゃいましたよこの人!!? それも鬼との殺し合いで!!? M!? Mなんですか!!?)

 

 一方、至極的外れな思考を巡らす妖女であったが、ソレは彼の相手をした鬼にも一理言える事である。

 

「……まあ、そこまではよかったんだが。途中から、一瞬だが眼が眩んじまってね。どうやら俺の体も相当ガタが来ていたらしい。痛みはともかく、性能が落ちてしまうのは問題だった。相手はそんな俺を見かねたのか、俺を苦しまずに死なせたくないという理由で、降参しろ、とか言ってくるんだぜ? そういう勧めだけはお断りってもんだ……どちらかが食われるまで咲き誇るのが殺し合いってもんだろうに……。

 ああ、もちろん断ったよ。それで負けじと挑発したんだが……まさかあそこまで乗ってくれるとは思わなかった。鬼ってもんは存外直情的な性格をしているらしい」

 

「……そう」

 

 女性は相変わらず同じ言葉で相槌を打つ。まるでまだ自分が口を出すのは今ではないと言わんだ。彼の語りが終わったあとに彼女が何を言い出そうとしているのかは、彼女のみぞ知る。

 

(ど、どんな挑発だったんだろう……?)

 

「そこから奴は本気を出した。――――いや、本性を表したってのが正しいかな? まあ、身体を霧に変えやがってね、俺に弾幕を避けさせておきながら、霧となった自分は高見の見物だとさ。まったく、いい趣味してやがるよ。こっちは避けるのに精一杯だったってのに……」

 

 その台詞を言い終わったあとに、七夜は、だが、と続けて口を抑えた。

 ソレは笑いを堪えているようであり、そして耐えられなくなったのか、プハ、と吹き出して台詞の続きを言った。

 

「ありゃあ不味いよなあ、まったく抑えがなってない。扇情的すぎるね」

 

 思い出したらもう止まらないかのよう勢いで話してゆく男性。

 本当に、殺し合いの事となれば表情豊かになる男だと、つくづく女性は呆れながらも、黙って男性の話を聞き続けた。

 

「だって俺の前で“喉元()”を晒け出してしまうんだぜ?

 あんな“ツギハギ”を見せつけられたら、ほら、ついナイフも軽くなるというか。……おかげでこの様だ」

 

 最後に皮肉げに肩を竦め、男性は笑みを浮かべる。

 本当に楽しかったのだろう。

 やっていた事の危険さは比べるべくもないが、男はその危険さすらも己の快楽として楽しんでいたに違いない。

 ……まったくもって、狂っている。

 

「――――呆れた。誰彼構わず誘いに乗って、誰彼構わず殺しにかかるからそうなるよ……」

 

 冷めた眼で男を見下す女性。

 ……その眼に光はなく、ただ微かにその瞳は何かで潤っていた。

 

「……なら、私からも一言貴方に言うことがあるわ……」

 

「ん? メイド長から?」

 

「……ええ。さっきからずっと言いたかった事――――」

 

 途端に、メイド長と呼ばれた女性は大きく息を吸い、深呼吸をする。

 ……まるで気持ちを落ち着かせるような動作で、胸を抑えすぅー、と息を吐く。

 それが女性がこれから言おうとしている事の重さを物語っていた。

 やがて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰が殺し合いの感想なんか言えと言ったぁッッ!!? 他にも言うべき事くらいあるだろうがぁッッ!!!! こんの――――ダメ殺人貴がああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女性、十六夜咲夜はこの日、人生最大のキャラ崩壊を起こした。

 もはや今まで溜まった憤怒が爆発し、それはまる彼女の今までの慟哭を表すかのような叫びだったかもしれない。

 後に、「アレはまるで阿修羅の咆哮のようだったよ」と、男性――――七夜は平然とした顔で言ったという。

 ちなみに幼女、烏天狗の雨翼 桜は彼女のあまりの迫力に気を失ってしまったという。アッパレ。

 ……まあ、何故こうなったかは前話の最後の場面あたりまで遡ろう。

 

 

     ◇

 

 

 金属と地面がぶつかる音が響いた。

 何者かが地面にナイフを投げさしたのだ。

 地面に刺さったナイフは月光を反射し、とある2人の影を映していた。

 一人は男――――紅色の単衣を身にまとい、暗闇の中でその蒼い眼光を光らせている。……が、着物で隠れてよく見えないが、体中の所々から血が流れ出ており、男も立っているのがやっとの状態のようだった。

 一人は女――――まだ10か12と言った見た目だが、それにしては少し背が高い程度。見た目に外傷はないが、それでもその首と顔以外はまったく動かずに地面に伏していた。

 地面に刺さっているナイフは、先程男が投げ捨てたものだ。

 ……何故、自らの獲物を捨てたのか?

 答えは単純明快。

 今の男は、立っているのがやっと。そんな状態で得物を両手に二本持っていたら、重荷以外の何者でもない。

 目の前に倒れている幼女に止めを刺すのであれば、彼女を殺す為だけの得物以外は全て不要。

 それがきっと……自分に“最高の時間”を与えてくれた目の前の少女に対する、敬意。

 

「じゃあな、お嬢さん。地獄に落ちたら、閻魔によろしく言っといてくれ」

 

 その宣言の元、月光を反射し、輝くナイフは少女の首筋に到達……する前にソレは起こった。

 

「ウワァァァ~~~~ン、もう駄目ェェェ~~~ッッ!!!」

 

「「ん?」」

 

 突如、頭上から聞こえる悲鳴。

 得物を振り上げた七夜も、大の字に横たわっている萃香も、その悲鳴に気を取られた。

 ナイフは萃香の首を跳ねる寸前で寸止めされ、その上空から聞こえた謎の悲鳴に、萃香と七夜は思わずその方向へ視線を向けた。

 

「だ、だれか、助けてくださァァァァいィィィ~~~~」

 

 何かが悲鳴をあげながら、七夜に向かって落下してきているではないか。

 しかし、七夜と萃香にとっては何か白い大きな物体が悲鳴を上げながら、落下してきているようにしか見えなかった。

 ……だが、そんな事は今は両者にとってはどうでもいい。

 問題は、その物体が七夜に向かって落下しているという事だった。

 

「?」

 

 突如、萃香は自分の首筋で感じていた金属の感触がない事に気付く。

 七夜が寸止めしているナイフを引いたのだ。

 もう、立つのがやっとである筈の体を、更に酷使して、身を引いたのだ。

 

「ウワァァ~~~~~ンッッ!!」

 

 頭上から聞こえる悲鳴を他所に、かろうじて動く足を跳躍させて身を引く七夜。

 身体が、内蔵が、血管が……疼くような悲鳴を上げるが、それでも七夜は回避行動を優先した。

 やがて、落下の加速力を相まって、殺人的な威力を伴ったソレは、真っ直ぐに、萃香の頭の傍に落下した。

 

「――――ッッ!!?」

 

 瞬間、途轍もない量の砂埃が萃香の視界を覆いかぶさる――――が、かろうじて視界が生きているだけで、そのような感触は一切感じなかった。

 ――――ハ、とうとう頭部の感覚まで鈍ってきたか。こりゃあ、あの殺人鬼が止めを刺さないまでも死んじまうね……。

 せめて、あの殺人鬼の名前くらい知っておきたかったと後悔する。

 彼女に時間があるとすれば、あと持って数時間くらい。

 むしろこの状態でも生きていられるのは、単に鬼としての驚異的な生命力の贈り物という奴だろう。

 ……だが、その時間は萃香にとっては余分なモノだ。

 どうせ死ぬのなら、さっさと殺して欲しいモノである。

 ソレを、見事に邪魔してくれた先程の白い物体に、心底恨めしく思った萃香であった。

 

「ちぃっ!? なんだ、新手の奇襲か!?」

 

 一方、七夜は突如の乱入者に、普段の彼からは想像できないらしくない口調で、驚愕の声を上げる。

 見つめる先は、落ちてきた大きな白い物体。

 その中には、一体どれほどの狂気が積まれているのか、想像しながらその正体を見る七夜。

 そして……

 

「……食材?」

 

 脱力した。

 米やらトマトやら人参やらジャガイモやら玉葱やら葱やらナスやら豚肉やら猪肉やら牛肉やら鶏肉やら魚介類やらその他調味料やら……。

 ――――こんなモノが、自分達の殺し合いに水を差したとでも言うのか?

 落下の衝撃でほとんどの食材は潰れて駄目になっているが、上の方に積まれた食材は比較的被害が少なく、まだ調味する分に問題なさそうである。

 とかどうでもいい事を考えた矢先――――

 

「うぅ~、どうしよぉ~。咲夜さんに怒られる――――いや、下手したら殺される……」

 

 そして、その白い物体――――大きな買い物袋の集まりの頂上にて、子供のような涙を流しながら、項垂れている小さな烏天狗が一匹。

 見た目は3才程の少女。青みがかった黒のロングヘアー。そして天狗の証たる青い天狗帽子を被っている。

 ……その容姿に、七夜は見覚えがあった。

 

「こんな所で何をしているのかな、チビ?」

 

「――――へ、七夜さん? あれ、そういえば何でここ、こんな滅茶苦茶になっているんですか?」

 

 暗闇の中、月光で自分に話しかけてきた人物が七夜だと分かった小さい烏天狗――――雨翼 桜は、途端に辺りを見回す。

 この惨状は自然で出来たものではない、明らかに何かの争いごとがあって荒れたものだ。

 おそらく地上で放てば被害甚大の筈の弾幕を地上で使用していたと考えるのが妥当だ、と桜は即座に思考をする。

 ――――だとしたら、誰が?

 咄嗟に犯人の候補として、目の前にいる七夜が浮かび上がるが、彼にはそんな『力』は感じない。

 とすると――――

 

「あの~、七夜さん? この惨状の犯人に覚えは?」

 

「……お前の後ろにいるよ」

 

「後ろ?」

 

 言われて、振り向く。

 そこには、見た目が12才程の少女が大の字に横たわっている。

 ……ここまではいい。

 薄茶色いロングヘアー、白のノースリーブ、紫のロングスカート、頭の後ろには大きな紅いリボンを付けている。

 ……これもまだいい。

 これだけなら純粋に可愛らしい少女という一言で片付ける事が出来る。

 だが、天狗である桜にとって、少女の”ある部分”に目が止まった。

 それは――――

 

「――――角?」

 

 そう、少女の頭の左右から生えた、その身長とは不釣り合いの長く捻れた二本の角。

 最近、外の世界で言う所の“こすぷれ”という訳でも、はたまた変装という訳でもない。本当に、頭からソレが生えていたのだった。

 これらの特徴から、推察するに……この少女は、まさか……まさか――――

 

「鬼の……伊吹、すい……か――――?」

 

「ハ……ハ……、そう……か。お前…天狗、か……。なら……私の事を、知っていて……も、おかしくは……ない……か……ぁ」

 

 脳髄以外のほとんどの内蔵機能を“殺され”ても未だ生命を維持する驚異的な生命力はまさしく鬼。

 ……されど、そこから発声される声には力のチの字も感じず、その姿はとてもかつて四天王に数えられた鬼とは言えない。

 

「――――う……そ……?」

 

 その光景が、信じられなくて、桜は目の瞳を虚ろにしながら絶句した。

 

 ――――誰が?/――――かつて妖怪の山を支配し、天狗達を支配した鬼が、

 

 ――――何をされて?/――――ここまで弱らされて、

 

 ――――ここで何をしている?/――――ここで死にかけている。

 

 もはや吐血する血すらないのか、血の一滴も出ていないその姿は逆に弱々しく、おそらくもはやかつて人間や天狗を恐怖に陥れたその『力』は今や一介の妖怪にも及びやしないかもしない。

 ……怯える。

 ……足は震えて動けない。

 ……怖い。

 ――――何が怖い?

 今、自分の目の前で無様に倒れ伏している鬼に対してか。――――否、そんな筈がない。

 そもそも彼女のそんな姿、とても『鬼』と言える様ではないし、そんな姿を何処に恐れる必要がある。

 ――――否、怖いのは、彼女の後ろにいる――――誰、とは言えなかった。

 

「……あ……な、七夜……さん……」

 

 さっき、桜の傍にいた2人の内の一人――――鈴仙は言った。

 この竹林のどこかで誰かが殺し合っていると。

 最初は到底信じられなかった。

 確かに、ここ幻想郷で定められた非殺傷ルール決闘『スペルカード決闘』とて命の危険がない訳ではない。

 いや、むしろ危険と言えた。

 いくら妖怪と人間の力の差を無くすためにそのようなルールが設けられたとしても、所詮、それでも妖怪と弾幕で張り合えるのは一部の力を持った人間のみ。

 それでも、以前、妖怪と人間の因縁の間にあった“殺し合い”は禁止され、『命の危険』というのもある程度は緩和され、幻想郷は楽園の地となったのだ。

 だから、もうこの幻想郷で殺し合いだなんて万が一にも有り得ないと思っていたのに……ソレを否定する事実が、目の前にあった。

 

「七夜、さん……」

 

 だけど、受け入れられる光景ではなかった。

 スペルカードルールですら妖怪に勝つという事は到底至難の業である筈なのに――――あまつさえ、その相手を、しかも鬼を、“殺し合い”で勝ってしまう。

 だが、何よりも信じられないのが、ソレを実行した“人間”が――――

 

「な、七夜……さん。これをやった犯人は、アナタ……です、か?」

 

 分かっていた。聞くまでもないという事など分かっていた。

 男の右腕に握られた六寸ほどのナイフ。

 紅い単衣に隠れて見えないが、着物の袖から赤い液体が流れ出ており、少なくとも並の出血量ではない。

 周囲がこんな焦土と化しているのは、おそらく自分の後ろに倒れている伊吹萃香が放ったであろう弾幕の跡。

 おそらく目の前の男はソレを掻い潜って、そのナイフで伊吹萃香に致命傷を与えうる何かをしたのだろう。

 ……そんな事は、聞くまでもなく分かっていたのに……それでも――――信じたくなどない!

 

「……」

 

 返ってくる答えは、無言。

 しかし、その無言の中に浮かべられた、薄ら笑いは、答えが何なのかを言わずとも物語っていた。

 その邪悪な薄ら笑いには、一周間以上前に、自分の取材の続きに応じてくれると約束してくれた彼の面影など何処にもない。……その刃物のような目付きを除いて。

 

「何故、こんな事をしたんですかっ!!?」

 

 それでも、その答えを否定したかった桜は吠える。

 許容できるものではない。

 “殺す”という行為がどれほどのモノであるかという事についてもそうであったが、何より、“七夜”がソレを行ったという事実がだ。

 ……しかし、そんな桜の叫びを嘲笑うかのように、七夜は口を開く。

 

「何故こんな事を……だと? 決まっているだろう、ソイツは俺を呼び出し、殺し合いを仕掛けてきた。あんな眼で誘われたら断れない。

 それに、ソイツは俺を“呼んだ”。自らを呼ぶモノを殺すなんて、全く以て俺の『本分』じゃあないか」

 

「そんなの……おかしいです!!」

 

 桜にとっては何もかもが理解できないその返答に、桜はさらに大声で否定する。

 ――――鬼に殺し合いを仕掛けられ、そして“断れなかった”?

 そんなのはヒトとして、いや、生き物としておかしい。

 普通は何が何でも御免こうむるものであろう。

 たとえソレがどんなに逃げられない状況でも、自分ならば殺し合わずに、なんとかに生き残る策を模索する。

 だが、この男は、嬉々とその誘いに乗り、あまつさえ今はその鬼を現に殺しかけている。

 そんな事実を、さも当然かのように答えるこの男が、桜には理解できない。

 だって……。

 

「おかしいですよぉ、そんなの、そんなの……!! ……七夜さんは、そんな――――」

 

 そんな人じゃない、と言いかけたその刹那、桜の胸に――――ナイフが刺さった。

 

「――――ッッ!!?」

 

 胸が軋むように傷んだ。

 足がワナワナ震えて動かない。

 恐怖のあまりに体中の血液が逆流しているかのようだ。

 ……そして、自分はナイフで刺された。

 だから、ソレが意味をするのはすなわち……――――アレ?

 

(死んで、ない?)

 

 正気に戻った桜は、まだ自分の体に何の異常もない事を認識する。

 ……という事は、今のは――――

 

(今のは――――殺気?)

 

 その答えにたどり着いた桜は、ゆっくりと七夜を見上げる。

 ……まるで妖刀のような目付きだった。

 〈七夜〉は退魔の一族――――彼らは妖刀、一度抜かれれば、眼前の魔は斬られるが道理。

 そこに居合わせてしまった彼女は正に不運以外の何者でもなかった。

 ここで殺されるのであれば、彼女の境遇はまさしく、彼の七夜の最高傑作の殺害現場に居合わせてしまった混血とどこかに似ている。

 

「さて、いつまでそこに立っているつもりだい? 生憎今の俺は自制が効かなくてね。そんな所にいちゃ、恐い恐い殺人鬼に、傷物にされちまうぞ?」

 

「――――ぁ、な……や、さんは……」

 

 必死に口を動かす桜。だが、恐怖に支配された彼女の心中が、その動きを麻痺させ、ただ唇を震わせながらも、必死に発音するにがやっとであった。

 ……そんな桜の様子をお構いなしと言わんばかりに、七夜は口を開き続けた。

 

「殺されたくなければ退くといい。これ以上の焦らしは、お前にも、俺にも、そして――――そこに倒れている鬼にも酷だろうよ」

 

「――――え?」

 

 顎で桜の後ろの方向を指す七夜。

 同時、桜は後ろから圧を含んだ視線が注がれている事に気付き、桜は思わずその方向へバッ、と振り向いた。

 

「退け……天、狗ぅ――――」

 

 後ろから聞こえる、死んだ導管を通るような呼吸を挟んだ、痛々しい声が、桜に向かって発せられる。

 ……鬼としての圧はもう微塵も感じられないが、それでも幼き烏天狗の桜を一歩退かせるだけの迫力はあった。

 

「こ、れは……私が売って、私……が、負け……た、勝負事、だ……。あんた……如きに、止められ……る、筋合い……も、義理も……な……ぃ。

 ハ……ハ……、こんな、状態……になっ……ても、生きて……ぅ……なんて。今……だけ、は……鬼の、……生命力……とやらに、呪おう……か……な……ぁ」

 

 その姿は果たして、かつて妖怪の山を支配した鬼であったのか。

 その姿は果たして、かつて天狗社会を恐怖で支配し、人間達から最も恐れられた妖怪の最強種族なのか。

 その姿は果たして、鬼の四天王を歌われた者の一人なのか。

 ……否、それ故のこの様なのかもしれない。

 太古の幻想郷において、多くを『奪ってきた』彼らの所業に報いを受け、そのツケがただ返ってきただけなのかもしれない。

 ただ、喧嘩をして、奪い、潰し、血を浴び、そして最後にその報いを受ける。

 それが、『鬼』の背負いし業であるのだから……。

 

「いずれ死ぬのであれば、ここで殺しても大差などない。むしろ、ここですぐに殺したほうがその鬼は楽に行けるだろうさ。

 元より真っ当な奴が居ていい現場じゃない。この事は忘れ、後は天狗らしく生きていくのがお前の為だ」

 

「――――な、な、や……」

 

「分かったならさっさと退くといい。

 前にも言ったよな、俺は眠りを妨げられるのと、獲物を横取りされるのが嫌い(・・・・・・・・・・・・・)だと」

 

「――――や、です……」

 

「ん?」

 

 桜は思う。

 人殺しはいけない事だ……それもある。

 昔自分たちを力で支配した鬼だとしても、それでも殺すのはお間違いだ……それもある。

 だが、何よりも許容できないモノがある――――ソレは、他でもない彼が“殺し”という行為をする事。

 初めて会った時は、怖い人だと思った。

 陰のある雰囲気を漂わせ、その鋭い目付きは他者を寄せ付けず、そのくせ性格は捻くれている。

 それでも……、それでも彼は、今まで誰もが付き合ってくれなかった自分の取材に……

 

「――――嫌、です……」

 

 だから、断った。

 恐怖のあまりに麻痺した口が無理やりその束縛を抜け出し、控えめながらも、意思の篭った声で、断った。

 七夜の蒼い淨眼とは違った――――雨を彷彿とさせる青色の目で、己に向けられる刃物を突きつけるような視線を、真っ直ぐに睨み返す。

 

「ここは、退きません」

 

 一周間以上前、再取材の約束をしてくれた時。

 今はこんなにも冷たい空気を放っているけれど、あの時自分の頭を撫でてくれた彼の手には、確かに、ほんの僅かではあるが温もりがあった。

 そのほんの僅かの温もりを、何故か忘れられないから。

 

「……やれやれ、困った子だな」

 

 しかし、七夜はそんな桜の思いすらもあざ笑うかのように言う。

 相変わらずの飄々とした態度。

 その薄ら笑いを浮かべた能面顔は、相手に何を考えているのかを悟らせない。

 

「言う事を聞けない悪い子には、少しお仕置きが必要だね」

 

「――――ッッ!!?」

 

 瞬間、先程とは比べ物にならない視線が桜に突き刺さった。

 ……まるで胸を刃物で貫かれたかのような錯覚が襲いかかる。

 が、体中が冷たくなっていくような錯覚に陥るが、それでも桜は負けじと真っ直ぐに七夜の眼を見つめ、構えた。

 

「怖がらなくていい。殺し合いにせよ、餓鬼の躾にせよ、終わるのは“一瞬”だからね。

 丁度いい、ここで一周間前の約束を果たすとしよう。――――“密着取材”と洒落こもうじゃないか」

 

 桜に向かって一歩踏み出す七夜。

 立つのがやっとの状態であるにも関わらず、新しい標的を見つけた蜘蛛はゆっくりと、その獲物を淨眼に定める。

 

「な、な、や、さん……」

 

「そうだな。鶏肉というモノは得てして笹身が一番うまいんだが、やはりバラすとなれば腿肉の部分に限る……!」

 

 桜の制止も虚しく、その“お仕置き”は始まった。

 

 




 AA七夜からRe七夜に豹変したワイルドなお兄ちゃんでした

追記
すみません、七夜の台詞が一部抜けていたので修正しました。

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