二人共幼い頃に虐待を受け、後に藤乃は感覚を無理やり封じ込められ、宗次郎は感情を封じ込んだ。
この2人の境遇はとても似ています。
しかし、罪悪感を感じながら人を殺していた藤乃は、実は人殺しを楽しんでいた。
対して、笑顔で人を切ってきた宗次郎は、実は心の中でずっとそれを悔いてきた。
それぞれの作中でも、藤乃は罪悪に塗れた顔をしながらも本当は笑っていて、幼い頃初めて人を殺した宗次郎は笑っていたけど実は泣いていて……。
違う作品のキャラ同士ではありますが、こうして比べてみると少し感慨深い気がします。
〈七夜〉は退魔を生業とした一族である。
魔を滅する際に陰陽術や法術、魔術といった神秘を一切使わず、近親相姦を繰り返す事で人間としての純度を高め、一代限りで終わってしまう筈の超能力を血という形で伝える事に成功した一族である。
つまり、普通の人間よりも「魔」とはまったく対極の境地に立っており、それ故に両儀、浅神、巫淨を含めた退魔四家の中でもその筆頭として見られていた。
彼らは何故、『七夜』なのか?
彼らの一族の祖先の名が最初からそうであったのか、それとも混血という化け物を殺し続けていくうちに付いた名であるのかは定かではない。
そして、『七夜』という名にどんな意味があるかも定かではない。
おそらくは、彼ら自身もよく分かってはいなかっただろう。
『七夜』を知るある者はこう言う――――七夜の「七」の字は完全数を表す。つまりは完全なる夜。……つまりは『夜の頂点に立つ者』、であると。
ある者はこう言う――――七夜の「七」の字は「匕首」の「匕」の字をもじっており、切るという意味を表す。そして七夜の「夜」は魔を表している。……つまりは『魔を切る者』である、と。
他にも彼らが七夜と呼ばれる由縁は諸説あるが、代表的な説はこの二つであった。
……そう呼ばれるほどに、彼らの魔に対する殺しの執念は並ならぬものだったのだ。人との純度が高まりすぎたが故にその血に宿してしまった退魔衝動――――近くに魔がいると過敏に反応し、それに対する殺害衝動を本能レベルまで奥深くにソレが刻み込まれたのだ。
この退魔衝動こそが、七夜一族が背負う業にして呪い。
七夜を『七夜』たらしめる呪いである。
七夜が純粋な魔ではなく専ら混血を専門とする理由の一つにもこの呪いが関係している。
相手が強い魔であればあるほど、この衝動は過剰に強くなる。
時にはその強い衝動に飲まれて、魔を殺すどころか、人殺しそのものを快楽とし殺人狂と化してしまう者も現れた。
如何に人を超える能力を持ち、如何に人外じみた技を駆使しようと、所詮は人の域を出ない。
ただでさえ純粋な魔と相性の悪い七夜。
理性でソレを理解しても、殺せと命令する本能に逆らえずに無謀にも向かってしまう者もいた。
故に、魔への拒絶性を適度に起こさせ、相性のいい比較的魔性の薄い混血を専門とするのは必然であった。
このように、七夜に望まれたのは過度な魔への拒絶性ではなく、如何に冷徹な暗殺者であるかであった。
例を上げるのであれば、彼の最高傑作と、その兄、妹がいい例であった。
まずは兄の方――――七夜家の長男として生まれ、彼の子供の頃の夢は人を混血の脅威から守り、人を守る――――そんな『七夜』になりたい。
それが、兄の夢だった。
子供ながらも七夜の里での人望も厚く、将来は、七夜を引っ張ってゆく立派な当主になるだろうと、期待されていた。
しかし、初の殺しの任務でその夢は崩れ去った。――――否、狂気に塗り潰される事になった。
初の殺し。命を初めて奪う感覚。
長男がそれに対して抱いた思いは、達成感でも、罪悪感でもない。
――――快楽、昂揚だった。
まだ少年だった長男には、それが何なのか分からなかった。
現役となった長男は、その違和感を感じつつも、自らの夢に矛盾を感じつつも、己の信ずるがままに魔を狩った。
……そして、ある時ようやく気づいた。
自分は、人間を守りたいなどという理想を建前にして、その実魔を殺すことを――――いや、『殺し』そのものを快楽としていた事に、長男は気付いた。
しかし、長男はそんな自分に不思議と絶望しなかった。
いや、むしろ自分の本質に気付けて良かったとさえ思った。
……中途半端な理想を掲げるという回りくどい事をしていては、殺しも中途半端にしか楽しめないのだから。
そこから長男は狂っていった。
魔は愚か、人殺しにすら快楽を抱くようになり、人間などの暗殺も進んでやるようになった。
七夜に宿る過剰な退魔意思に飲み込まれ、凶悪な殺人鬼と化した。
いや、もしくは退魔衝動だとか七夜だとかそういうのは関係なしに、彼という人間の本質はそういうものだったのかもしれない。
――――故に、当主として望まれるような資質を一切持たなかった長男は、当主候補から除外された。
もし彼に抑制すべき理性があったというのであれば、当主になっていた可能性もあっただろう。
次は妹の方――――七夜家の長女として生まれ、兄とは正反対に臆病な性格だった。普段は物静かで大人しく、あまり目立ちたがるような性格ではなかった。
しかし、それでも彼女に備わっていた才能は本物だった。
女性ならではの華麗な暗殺術は長男に勝るとも劣らず、当主候補として相応しい能力を持っていた。
しかし、彼女も長男とはまた違った狂気を持っていた。
臆病な性格であるがゆえに、退魔衝動に体どころか精神すらも過剰反応し、怯える。
それだけならまだ可愛げがあっただろう。
だが、その過ぎた臆病は彼女を狂気に変えるのだ。
臆病な性格から来る魔への拒絶性が強すぎるあまり、恐怖に怯えて、逆に魔をメッタ斬りにしてしまうのだ。
混血を死に至らしめるには充分な一撃を与え、絶命させた後も、その恐怖のあまりに必要以上にその魔をバラバラにしてしまい、跡形もない肉片へと変えてしまう事さえあった。
その能力にそぐわぬ弱い精神を持っていた少女は、当主候補から除外された。
もし彼女に臆病な気質がなければ、当主になっていた可能性もあっただろう。
そして最後に弟の方――――後に七夜の最高傑作と呼ばれたその男は、七夜家の次男として生まれた。
その男は、生まれながらにして『七夜』だった。
生まれながらにして、七夜がどうあるべきかを頭で理解していた訳ではなく、本能がソレを悟っていた。
故に、男は人としての情を幼い時に捨てた。
いや、もしくは人としての情など生まれたその時から持っていなかったのかもしれない。
いくら人の感情が分かる眼を持とうとも、自分にはソレがない。
男は他人にはあって、自分にはないものがどういったものであるかをを理屈の上では理解していた。
それでも、男は完璧な『七夜』となる事を選んだ。
そこには目標も、志も何一つない。
――――如何にして人体を停止させるか。
――――如何にして自分達より優れた魔を解体するか。
幼い頃からただそれだけを追求して、殺人技工を鍛錬、研究してきた殺戮マシーン。
人としてあまりにも免脱した生き方であったが、彼はそれが『七夜』である事に何の疑いもなかった。
兄のように殺人に悦を見出す訳でもなく、妹のように過剰に怯える事もない。
ただソレが当然であるかのようにこなす……謂わば殺人に関して高度なAIを搭載した機械のよう。
やがて七夜の枠から外れた規格外とよばれるようになった七夜の最高傑作は、いつの間にか当主となっていた。
だが、それで男が変わる訳ではない。
当主になった後も、鍛錬に余念なく励み、七夜の暗殺術を誰の追随も許さぬ域へ進化させてゆく。
当主になろうと、ならなかろうとも、男は変わらずに鍛錬を続けるだろう。
男はそれだけの存在だった。
……故に、彼が当主として選抜されるのは当たり前だった。
このように、殺人を悦とする狂人でもなく、魔を過剰に拒絶する狂人でもなく、ただ殺人に対して恐怖も悦も罪悪も感じることなくただなすべき事としてソレを実行する――――そんな人物が、当主として望まれたのが分かるだろう。
混血が必要悪になってしまった時代においては尚更の事であった。
そんな最高傑作ですら、かの鬼の子を見た途端に理性を破壊されたのだ。
……その様を見れば、七夜が如何に純粋な魔と相性が悪かったか分かるだろう。
――――彼の最高傑作は、ただひたすらに殺人技巧を追求する『七夜』。
――――その兄は、人を殺すことに悦を見出す『七夜』。
――――その妹は、魔を過剰に恐怖し拒絶する『七夜』。
ならば、この幻想の地に立つ『七夜』は――――
◇
逢魔が刻を過ぎ、日はとっくに沈んでいた。
日光をある程度遮断していた竹林の中は完璧な闇に包まれ、大凡人が生きていけるような空間ではない。
始まりが逢魔、そしていよいよピークを迎えようとする夜。
その何も見えぬ竹林の中で、二つの人影が対峙していた。
一人は、頭に日本の角を生やした幼めの少女。
薄い茶色のロングヘアー。白いノースリーブに紫のスカートを身にまとった少女だった。
見た目は幼いが、その堂々たる威圧感は見た目との矛盾さを思わせた。
その威圧感はまるで太古に存在した鬼そのもの。それもその筈だった。――――何故なら……彼女は正真正銘の“純血”の鬼なのだ。
そんな、少女から放たれる海に押しつぶされるような威圧を前にして、ソレを物ともせず――――否、むしろ歓喜すらしていたもう一つの人影があった。
紅い和服。黒い髪。蒼く、鋭く、まるで『今すぐにでもお前を殺したい』と嗤う眼。
整った童顔をしており、間違いなく美男子の類に入るが、その身に纏った尋常ならぬ空気は回りを寄せ付けない。
片手に六寸ほどのナイフを逆手に持ち、あくまで構えずに無手のまま佇む青年。
ただお互いを見つめ合ったまま動かないでいるにも関わらず、両者の緊迫した空気は闇夜の中に吹く心地よい風すらもその緊迫を吹き飛ばす事は出来きなかった。
時は逢魔の出会いから既に日は沈んでいる。
……そんな両者立ち竦みの状態に、鬼の闘争心を長時間焦らされていた鬼の少女――――萃香はついに痺れを切らした。
「どうした。いつまでそこに立っている?」
「……」
常人ならば恐怖を煽り、恐れのあまり体を束縛させてしまうその闘気を前方にいる殺人鬼に放ち、しかしドスの聞かない女性らしい声を放つ。
「お前の前に立っているのは誰だと思っている?
人か? 蠅か? 鼠か? 虎か? 像か? はたまたそこらの魑魅魍魎か?
――――否、そんな奴らなど比べるべくもない。
ここに立っているのは私という“百鬼夜行”ただ一人。
そんな私に先手を許そうというのかい?」
「……」
しかし、そんな萃香の挑発に臆することも、動じることもなく七夜はただ立って萃香を見つめていた。
美形の童顔から垣間見える表情は何を考えているのか読めぬ能面顔。暗殺者であるのならば、敵に何を考えているのかを悟らせない為にこの表情をしていると思われるが、実際は彼自身の性格から来ている物なので彼自身にそういった意図はない。
……あくまで無手の姿勢のまま彼は佇んでいた。
「鬼の染まる所に人も妖怪も居れない。あるのはただ私という百鬼夜行だけ。速く私を殺らないと、――――死ぬよ?」
“死ぬ”――――その言葉を強調し、先程よりも増した闘気を七夜に放つ萃香。あまりの凄まじさに、周囲の木の葉が揺れ動いてしまう程にその闘気は尋常ではない。
だが、七夜は動じない。
その蒼眼を確かに萃香に向けていることから殺る気は確かにあるようだが、動じる気配は一切なかった。
しかし、何を思ったのかいつもの薄ら笑いを浮かべ、口を動かした。
「――――ああいや、悪いね。ちょいと月が綺麗なもんでね、少しばかり眺めていた」
不敵な笑みを浮かべながら、七夜はナイフを掲げる。
刃のように輝く蒼い眼の中には、どこか懐かしげな心情が伺えた。
……無論、それが何で、どういうものなのか。
記憶喪失の彼には皆目検討の付かぬものであった。
――――夜の空に浮かぶ満月。
――――目の前にそびえ立つ鬼。
覚えがない――――しかしデジャヴはあるという矛盾。
――――脳裏に映るあの光景。
――――脳裏に映るあの屈辱。
――――脳裏に映るあの恐怖。
――――脳裏に映る自身にとっての絶対的な死。
本人にとっては覚えのない、しかしデジャヴ感によって脳裏に呼び起こされるあの日の夜の光景。
――――ま、どうでもいい事か……。
しかし、七夜はその違和感を内心で切って捨て、目の前の鬼に向き合う。
せっかくこんないい舞台を用意してくれたのだ。中途半端な舞では返って失礼というものである。
それもただの舞では駄目だ。
ただ観客が楽しめるだけの舞など言語道断。
お互い始末が悪くならぬよう、派手に、優雅に、潔く散る。
醜悪に、泥沼に、血沙汰に――――しかしそれでいて洗練に、華麗に、そして殺伐とした。
お互いが血だまりに沈むまで止まることのない――――正真正銘の死合。
想像するだけで、興奮が止まらない。
「鬼を前にしてよそ見といい度胸しているじゃないか。その図太い神経だけは認めてやる。――――が、私は焦らされるのが嫌いなんだ。いい加減来ないと、潰すよ?」
七夜への憎しみと、先手は譲ろうという鬼としての妥協がぶつかり合い、それが余計に萃香の中に渦巻く憤怒を一層増幅させた。
しかし、七夜はそれに対して表情を一切変えずに答えた。
「そう怒るなよ、仮にも鬼退治だ。吉備団子の一つでもあれば余興に食していたんだがね、生憎そんな代物持ち合わせている筈もなし。変わりの余興と言ったら――――月見ぐらいしか思いつきやしない」
やれやれ困ったもんだ、と肩を竦めて薄ら笑いを浮かべる七夜。
鬼を前にしてこの余裕――――と言った具合ではない。
餓鬼でありながらも解脱したような精神の持ち主である彼は、例えどんな状況であろうと“彼”らしく有り続ける。
例え周囲が何に“染まろうと”――――。
「それに、さ――――」
七夜は上に掲げたナイフの刀身を月光が比較的明るい所へ持ってゆく。
……月光を反射し、美しく光る凶刃が萃香の目に映った。
その月光すらも、自らを暗殺する手段として利用しようとしているとも知らずに――――。
「月明かりの元で、自らの全てを曝け出して舞った挙句に大往生……そんな浪漫もありっちゃありだろう――――さっ!!」
瞬間、その異様な出来事は起こった。
七夜が手元の月光を反射するナイフの刀身を動かし、月光の反射光を萃香の眼球へと注いだ。
所詮日の光を反射しているおぼろげな月光をさらに反射するとなれば、その光は目晦ましにすらならない。
多少はなっても、それは精々相手の意識を一瞬そちらへ逸らさせる程度の物だ。
――――だがその一瞬は、萃香の死角へ回るのに、充分すぎる時間だった。
「――――」
萃香は目を見開いた。
たかが月光、されどここは幻想郷。
何が起こってもおかしくはない。
むしろ期待すらした。
故に、そこにつけ込まれた。
非常識が常識の敵になり得るように、逆に言えば常識もまた非常識の敵になり得るという事を。
月光だけでは何も出来ない――――そんな物は常識。
月光すら油断ならない――――幻想郷における常識……すなわち非常識。
まだ神秘が幻想ではなかった時代から生き、そして現在幻想郷の住民の一人である萃香はもちろんの事、後者を多く味わってきた。
『月光すら油断ならない』という言葉自体は確かに今の状況にも当てはまる。
だが、月光そのものは自分に何の影響も持たないという認識に欠けていた萃香は、そこにつけこまれてしまったのだ。
幻想入りしてから一週間以上も滞在していた七夜は、この短期間で幻想郷の住民の常識非常識に対する認識をある程度ではあるが把握した。
……暗殺、引いては殺し合いにおいて相手の事を知ることは重要なアドバンテージにも成りうるからだ。
七夜自身、常識か非常識かと聞かれれば間違いなく非常識寄りだ。
しかし、常識に囚われる事もなく、非常識に囚われることもない精神の持ち主は、それを利用して、萃香の視界から己を見失わせた。
(――――何だい、こりゃ?)
萃香は僅かに身を震わせる。
まるで周囲の竹の群れが、殺気がそのまま形となった蜘蛛の巣のような錯覚。
少なくとも、萃香が今まで戦ってきた人間の中では桁違いの殺気。
訳あっての殺意ではない――――ただ単純に殺したいという純粋な殺気。
稀代の暗殺者にして生粋の殺人鬼から放たれる――――ただ“殺す”という一念のみで放たれた純粋な殺気。
(――――恐怖しているのか、この私が?)
――――瞬間、背後から萃香の死を狙う凶刃が襲いかかる。
まるで殺気がそのまま固有結界になったかのような錯覚の中で、七夜本人から放たれる殺気を捉える事は困難。
相手の死角に飛び込み、相手の恐怖を僅かだが煽り、そして背後斜め上からの奇襲。
理想通りの場所に到達し、理想通りの角度から音も気配を感じさせずに死を与える。
――――筈だった。
「……ッッ!!」
だが、そこは四天王を名乗る鬼。
並の鬼であれば今の一撃で終わったかもしれないが、同じ鬼だからといって萃香にも通じるという道理など存在する筈もない。
――――萃香の体が、薄紅い霧となって霧散するのを、七夜の蒼い淨眼が捉えた。
「――――ちっ」
僅かな舌打ち。
完璧なタイミングだった。
ミスなどなかった筈だった。
速度も、ナイフを振るう速度も、初速から全てを振り絞って奇襲を仕掛けた筈だった。
『疎と密を操る程度の能力』
霧、という個体としてあやふやな存在に姿を変えた事により、萃香の体に走っていた『死』の位置がずれ、神業の域に達していた奇襲は失敗という結果に終わった。
初撃の必殺を逃す――――暗殺者にとっては致命的な失敗。
だが、七夜の笑みは崩れなかった。
確かに一撃で殺す気で掛かったが、心の何処かでは一撃で決まる筈などないという期待もあったからだ。
――――とはいえ、あの一撃を交わされたというのは暗殺者のプライドに傷が付かない事もなかったが……。
だが、暗殺者というよりは殺人鬼という行動原理を持つ彼はそれ以上に歓喜した。
――――まだ続けていられる……この殺し合いを……!!
ならば感謝しなければならない、この大凶(ダイキチ)を引いてしまった自分の境遇に……!!
(危なかった、一瞬でも霧になるのが遅れたら……!!)
一方、霧から元の姿に戻った萃香は心の中でそう呟き――――。
「……“遅れたら”?」
咄嗟に心の中で呟いた言葉を、再度口に出して呟く萃香。
……後一瞬でも遅れたら、あんな変哲もないただのナイフに、自分は殺されていたとでも言うのか?
――――否、そんな事は有り得ない。
あのナイフとて業物であるかもしれないが、それでも何の法力も魔術も施されていないただ切れ味がいいだけの刃物に、自分が殺される事など有り得ない。
それは彼女の思い上がりでもなく、覆しようのない事実。
ならば、と萃香は思いつく。
(ナイフ以外の何かが、私にそう思わせた?)
その考えに行き着いた途端――――。
「ク――――ふふふ……」
その瞬間、彼女は僅かだが――――微笑んだ。
……周囲の闇へ気を配る。
その闇の中で何時、何処から蜘蛛が飛び出してくるかわからない。
周りには竹という名の殺気がそのまま蜘蛛の巣になったような素晴らしき惨殺空間。
その殺気は自分すら恐怖に陥れる程。
だが――――その恐怖は不思議と心地よかった。
「――――面白い」
――――この憎しみの憤怒を歓喜で染め尽くしてくれる程のモノが待っているというのであれば、それもいい、と……。
――――さあ、幾数百年ぶりかの人と鬼の殺し合いは、始まったばかりだ。
◇
――――時は遡って七夜と萃香が出会う前の夕方――――
咲夜と鈴仙はそれぞれ買い物袋を両手に抱え、人里の中心部である市場にいた。
既に夕方頃であったせいか、昼の時よりも人の賑わいは少なく、閉店しているお店もいくつかあった。
それでも、まだ食材を買うのに困るという程でもなく、2人は店を回りながら今日の晩ご飯に必要な食材を買ってゆく。
何故今頃買うのか、もっと早く買いに行けばよかったではないか、と2人の現状を察する者ならばこう漏らすだろう。
それを一番理解しているのは無論本人達である訳なのだが……。
だが、それ以前に気にする問題が一つ。
「さ、咲夜さん……」
「何でしょうか?」
鈴仙が心底疲れたような目線で咲夜を見る。
無論、それは咲夜も同じである筈なのだが、あくまで平静を取り繕いながら友禅と瀟洒なメイドは歩んでいた。
……あくまで取り繕っているだけで、実際はあまりの重さに嘆きたい気持ちであるのだが、こういうのは慣れっこである。
さて、そんな2人を現状苦しめているのが何であるのかというと……。
「重いです……」
「……ごめんなさいね」
不満を漏らした鈴仙に、心底申し訳なさそうに謝る咲夜。
……疲れながらも必死に体に力を入れるあまり、頭の上のうさ耳が立たせている様が少しだけ可愛いとおもった咲夜であった。
そう、今現在2人を苦しめているのは、手に持った大量の食材が入った買い物袋だった。
元々夕食を作るだけならこんな時間に食材を買いに行く必要なんてなかった。
そして言いだしたのは咲夜である訳なのだが、こんな事に至った経緯は次話で明かそう。
「まったく。咲夜さんの頼みでなかったら……やりませんよ、こんな事……」
全身が地面に引き寄せられそうな錯覚に陥りながらも、必死に喋る鈴仙。
「ふふ……、有難う」
鈴仙の発言に、綺麗な笑顔を向けながらお礼を言う咲夜。
そんな笑顔を直に向けられ、何を思ったのか鈴仙は顔を赤くしながら、プイ、とそっぽを向いてしまった。
……決して、同性愛意識がある訳ではない。
鈴仙は単に人見知りをする性分というだけで、こういう事に慣れていないのだ。
鈴仙の咲夜に対する認識は、“お人好し”の一言だった。
――――完璧で瀟洒なメイド。
――――紅魔館のメイド。
――――悪魔の狗。
一番最初はともかく、後の二者には不穏な雰囲気を漂わせる肩書きを持つ咲夜。
実際、表情はあまり変えず、その仕草からは隙が見えない。
家事はなんでも完璧にこなす事が可能で、ナイフを扱った戦闘が得意でその戦闘能力は人間とは思えない程に高く、また料理の腕もそれに比例して一流。
容姿、能力、家事スキル共に完璧で正に従者の鏡とも言うべき存在である。
しかし、そんなクールビューティーな雰囲気とは裏腹に、厳しい性格をしながらも根はお人好しである。
そして彼女と親しければ親しい者ほど、彼女のお人好しさを理解する事が出来る。
上記で語った肩書きが災いしてか、彼女を忌避しがちな人間は人里には少なくないが、勇気を持って話しかけた男子達には、そんなクールで冷徹そうな雰囲気とは裏腹にある彼女の人間らしさにどストライクゾーンであるそうな……。
鈴仙の友人といえば、咲夜かもしくは白玉楼の庭師の2人くらいだ。
――――後者は、お互いに主に対する愚痴や不満を共有できる仲。苦労する主を持っているという共通点で互いにシンパシーを感じ取り、仲良くなった。
――――対して、前者である咲夜には友人感覚というよりは憧れに近い情を抱いていた。
容姿に関しては、まあ鈴仙もそれなりに自信をもっているのでそれは置いておこう。
自分や白玉楼の庭師と同じように、苦労するような主を持っているにも関わらず、それを不満に思う様子もなく、そしてさも当然かのように与えられた命令や業務を完璧にこなす技量と能力を持つその瀟洒ぶりに、同じ従者として憧れと尊敬の念を抱いていたのだった。
「それにしても、随分沢山買いましたね……」
自分の手に、そして咲夜の手に握られた買い物袋の中にある大量の食材群を見て呟く鈴仙。
咲夜曰く、「おそらく、この中の内のほとんどが買い損になる」との事。
経費は全部永遠亭ではなく紅魔館で賄っており、しかもその余った食材は永遠亭に全て提供するというものだった。
「これくらいは買わないと、ね……」
咲夜にとってはそこまでして
……もっとも、その余念のない厳しい従者修行のせいで何人の執事が心折れてやめていった事か……。
無論、こういった問題を気にしない咲夜ではないのだが、それ相応の技量がなければ紅魔館で生きていくのは不可能だという事を彼女は誰よりも理解していた。
故に、多少の失敗は許すし、チャンスだって何度もやるが、あまりにも下手すぎたり、レミリアの怒りを買ってしまったりすればもうそこでクビ決定だ。
なまじ七夜を紅魔館から追い出したくない個人的な理由が咲夜にはあるため、余計に彼を従者として優秀な執事にしなければならないのだ。
後は、少しでも自分の仕事を減らしてくれれば、文句はなかった。
(本当に大丈夫かしら?)
不安は募るばかり。
七夜に執事としての才能があるかどうかは、ある程度時間をかけて色々な事をやらせた上で判断しなければならない。
無論、戦闘能力、頭の回転の速さについては文句なしである。……そうでなければ、あの博麗の巫女を相手に生き残る事などできる筈がない。
そして――少し悔しいが――接近戦におけるナイフ捌きや純粋な体術においては、彼は確実に自分よりも上の境地に立っている。
お互い能力を除いた純粋なナイフでの戦闘ならば、自分は彼に確実に負けるだろう。
だからこそ、咲夜は思う。
(料理の腕はナイフの腕に比例しますし。大丈夫よね、きっと……)
いや何の根拠にもなってねえよ、と大衆は突っ込みたくなる所だが、そつがないようでどこか抜けている所もまた彼女の魅力の一つであるので仕方ない。
「……あれ?」
「どうかしたの?」
急に声をあげて立ち止まる鈴仙。
そんな鈴仙に声をかけた咲夜だったが、鈴仙の視線が遥か前方に向いていたので彼女も即座に同じ方向に視線を向けた。
そこには――――。
「烏天狗――――しかもまだ小さいですね」
コチラに歩いてくる子供の烏天狗を物珍しそうに見つめる。
手にメモ帳とペンを持ち、キョロキョロしている様を見るあたり、この人里にネタが転がっていないか探し回っているのだろう。
まあ、如何にもネタを探してます、みたいな仕草をされては新聞記者としてはまだまだ未熟である事が伺えるが……。
そう思っていた鈴仙に対して、咲夜は――――。
「あの子、どうして?」
その烏天狗の子供と面識があった咲夜は疑問の声を上げる。
彼女は積極的に取材してゆくような性格ではないことは知っているし、そしてまだ七夜が目を覚ました事を伝えていないのに何故こんな所にいるのか……。
「あ、咲夜さーん!!」
やがて向こうもこちらに気付いたのか、子供の烏天狗――――雨翼 桜は無邪気な笑顔で羽をパタパタさせながら2人に向かってきた。
「知り合いなんですか、咲夜さん?」
「……ええ、少しね」
(まあ、ちょうどいいタイミングかしら……)
今の内にこの子と七夜の約束を済ませておけば、わざわざ休暇をとってまで取材させる必要だってなくなる。
ただでさえ従者2人が一週間もの間、紅魔館に不在なのだ。
これ以上面倒事の為に休暇を取らせる訳にも行かない。
「こんばんは、一週間ぶりですね。咲夜さん。えっと、そちらの方は……?」
「こんばんは、桜。 こちらは鈴仙・優曇華院・イナバ。 私の友人よ」
「よ、よろしく……」
随分と控えめに挨拶する鈴仙。
子供相手にすらこれだ、とそんな鈴仙を見て心の中でため息を吐く咲夜。
まあ、よほど親しい者でない限り、彼女の態度はいつもこれなので慣れっこなのだが。
「よろしくお願いします。えっと、ウドン――――」
「鈴仙って呼んであげて」
ウドンゲと言いかけた彼女の発言による鈴仙のよからぬ反応を即座に感じ取った咲夜は、即座にフォローを入れ、鈴仙が望む呼び名を呼ぶように言った。
「それじゃあ、鈴仙さん。よろしくお願いします」
(有難う御座います、咲夜さん)
本当は自分で自己紹介しなければいけない事は分かっていた鈴仙ではあるのだが、やはり人見知りをする性格が災いしてしまった。
そんな自分に代わって自分の名前を紹介し、あまつさえ呼び名を自分が呼ばれたい名に即座に訂正させる咲夜の気遣いと瀟洒ぶりに、心の中で涙を流した鈴仙だった。
「それで、お二方は何故ここに? 何か食材の量が多いですが、宴会でもするんですか?」
「宴会だったらもっと多いわよ。ちょっとやりたいことがあるだけ。貴女は何故ここへ? そんな積極的に取材するような性格にも見えないし、何より七夜が目を覚ましたってまだ伝えていない筈だけど……」
「……えっと、強いて言えば予行演習、という物ですね」
「「“予行演習”?」」
一体何の予行演習なのか疑問に思う2人。
「七夜さんに取材する約束の時間が随分伸びてしまいましたし。私って緊張しやすいですから、取材する時の質問の切り出しが遅いんです……。前回は七夜さんにそれで呆れられてしまったので、その……」
「今の内に取材になれておこうと?」
「……はい」
「それで、少しは慣れた?」
「……」
「……慣れてないのね」
咲夜の質問に急に黙ってしまう桜に、咲夜はやっぱりかと言わんばかりに目を瞑った。
まあ、こうして自分に平然と話しかけられるという事は少しは進歩したのかもしれない。
というよりは、二度の邂逅で、彼女の二つ名から来るイメージとは裏腹に、実の彼女が気さくで優しい性格をしている事を知ったためにこうして話しかけている、というのが正しいかもしれない。
……なのでまあ、進歩はほとんどない、という事でいいだろう。
「一応、言っておくわ。七夜、目覚ましたわよ」
「えっ?」
「ほぼ死んでいるのに等しいくらいの重症だったけれど、一命を取り留めて今じゃすっかり元気よ。彼も貴女との約束を忘れてはいない。取材するというのであれば応じてくれると思うわ」
「……」
俯いてしまう桜。
確かにこんな状態では、また彼女の言う『質問の切り出しの遅さ』で七夜に迷惑をかけてしまう事もありえる。
彼女としてはもう少し積極的な取材に慣れておきたい所であろう。
しかも相手があの七夜とくれば、緊張は自然と増してくる。
そんな桜の気持ちを理解できない咲夜ではなかったが――――。
「こう言っては悪いけど、貴女の為にあまり時間は取っていられない」
「――――え?」
「私と七夜は紅魔館を一週間以上もの留守にしていたの。無論、今も現在進行形でね。特にメイド長たる私が一週間もいないとなると、妖精メイド達の仕事にそろそろ支障が出てしまう。
七夜が完治したら、私と七夜で早急に一週間分の穴を埋めなければならない」
「……」
「だから、取材をするのなら出来れば今の内にしてほしいの。夕食が終わった後なら時間が取れると思うから、そこで――――」
「……分かり、ました」
桜は、少し控えめになりつつも、今夜七夜に取材する事を了承した。
実際の所、このままウジウジしていたは取材相手を先輩方に取られてしまうかもしれない懸念もあったが為に桜もこの判断に落ち着いた。
桜の了承を満足げに受け取った咲夜は、申し訳無そうな顔で鈴仙に言った。
「ごめんさい、鈴仙。この子も――――」
「別に構いませんよ。あのブン屋でない限りは、師匠も姫様も了承してくれると思いますし……」
(文先輩、一体何をしたんですか……)
自分の先輩の相変わらずの嫌われっぷりに呆れる桜であった。
「すっかり夜になってしまいましたね……。姫様、お腹すかせて待っているだろうなぁ……」
「蓬莱人でもお腹は空くんですね……」
鈴仙の呟きを聞いた桜が率直な感想を言った。
「蓬莱人とて元は人ですから、肉体構造は人間と変わらないんです。だから人と同じように飢え死に近い状態にだってなりますよ。
まあ、それでも死ねないから余計に辛いんだけど……」
「うわぁ……」
三人が迷いの竹林を歩いている頃には、もう日は暮れてしまい、夜を迎えていた。
竹と竹の間を掻い潜ってくる気持ちいいそよ風に吹かれながら、月光の刺す竹林を延々と歩いていた。
目的地に近づいている気は全然しない桜と咲夜であったが、鈴仙曰く、「これでも永遠亭に近づいている」との事だ。
「それにしても、咲夜さん……」
鈴仙が口を開いた。
「どうしたの?」
「貴方の主は何であんな男を執事にしようとしたんですか?」
鈴仙は率直な疑問を咲夜にぶつけた。
咲夜に向けれられているその視線の中には、彼女を心配しているような心情さえ読み取れた。
鈴仙とて自分の住居に患者として居候している七夜とは嫌でも顔を合わせざるを得ない時もあったため、直に話さなかった事がなかった訳ではない。
しかし、その中で言葉では言い表せないような恐怖を鈴仙は七夜に対して抱いていた。
「……何故、そんな事を聞くの?」
咲夜はゆっくりと目を瞑りながら鈴仙に聞き返した。
一方、桜は七夜がどんな人物であるかは深く知らないため、頭に?マークを浮かべたままである。
「一度、直に向かい合って話しました。無論、話題は他愛のないモノですが……」
「……」
「ですが、見てしまったんです。彼の波長を……」
「……“波長”?」
鈴仙の能力を知らない桜は、波長という言葉に引っかかりを覚えるが、今の2人の話題は自分には蚊帳の外だと認識したのか、今はあえて聞かなかった。
「波長そのものは正常で歪みがなかったのに、波質の狂いが段違いで……。なんというか、その……」
言いよどむ鈴仙。
「まるで、“狂っている事が正常である”かのような……」
「……」
狂っている事が正常――――その言葉を否定することは、咲夜にはできなかった。
だが、同時に驚く事もなかった。
彼が狂っているという事なんてもう、霊夢の件で散々思い知らされている。
今更、彼が狂っていると言われたところでそれを一番に理解している咲夜が驚く筈もなかった。
「咲夜さん、彼を従者なんかにして大丈夫なんですか?」
咲夜は真っ直ぐに鈴仙の目を見た。
――――ああ、この子はこの子なりに自分の心配をしてくれているのだ。
しかし、咲夜も、そしてレミリアも七夜を執事にする決断を既にしてしまっている。何より従者がこうたらの以前に咲夜の主たるレミリアが七夜自身を気に入っている節もあるので、今更心配してどうこうなる訳でもない。
何より、七夜を紅魔館から追い出したくない個人的な理由が咲夜にはある。
その為にも、自分の答えは必然的に決まっていた。
「大丈夫よ、鈴仙。覚悟は、とっくに出来てるわ……」
まるで悟ったような笑顔を鈴仙に向ける咲夜。
鈴仙もこれ以上は言う気がなかったのか、そうですか、と相槌を返してこの話題を終了した。
まあ、すぐ後に咲夜は己の覚悟がまだまだ甘かったという事を思い知らされるハメになるのだが……。
(え~っと、つまり……。七夜さんは私が想像している以上の問題児で、そんな男を部下に持って咲夜さんは大丈夫なのか、という事かな?)
一方、蚊帳の外にいた小さい烏天狗の桜は2人の会話を自分なりに解釈し、そして大まかにだが内容を理解した。
――――その時だった。
「――――ッッッ!!?」
何を思ったのか、鈴仙は急に驚いたような表情で立ち止まった。
そんな鈴仙を見て、咲夜と桜は思わず立ち止まった。
「「どうかしたの?(どうかしたんですか?)」」
「波長が……二つ……。それも、凄まじい狂気……。もしかして、姫様と妹紅が殺し合って――――いや、あの2人の狂気すら生温い……」
怯えたように、小さい声で呟く鈴仙。
「「つまり?」」
口を揃えて鈴仙に問う咲夜と桜。
「この迷いの竹林のどこか――――おそらくそう遠くない場所で、何者かが殺し合っています」
殺し合っている――――そんな言葉に嫌な予感を覚えた咲夜。
――――まさか、ね。
そんな筈はないだろうと自分の心に言い聞かせる咲夜であったが。
――――あの殺人貴なら、やりかねない。
「ちょ、殺し合いって!!? スペルカードルールが定められたこの幻想郷でそんな事って――――」
殺し合いという言葉に、桜はそんな馬鹿なと言った表情で言った。
「この凄まじい狂気、私ではどうにもならない。早く永遠亭に行って師匠を呼んで――――!!?」
咄嗟に、鈴仙の表情は更なる驚愕へ変化する。
周囲に大量に感じる、多量の波長。
虚無で、しかしまるで餓鬼のように飢えた波長が――――。
「残念だけど、お邪魔虫がいるようね……!!」
咲夜もその周囲の異様さに気付いた。
咄嗟に買い物袋を地面に置き、銀のナイフを取り出して構える咲夜。
「そんな、嘘――――」
そして、桜は恐怖と驚愕が入り混じった表情でソレらを見つめているだけであった。
――――彼女達の周囲は、いつの間にか死者の群れで埋め尽くされていた。
一週間前にも紅魔館の庭にて大量に発生した死者の群れ。
既に死んだ血肉の中に存在するのは既に、他者の新鮮な血と肉を求める飢欲のみ。
「あ、あぁ……」
いつの間に大勢で囲まれている絶望感。
……地上だけではない。
竹から生えた枝に捕まって上から咲夜たちを飢えた目で見つめいている者。
その絶望感に桜は怯えるしかなかったが――――
「桜!!」
とっさの自分を呼ぶ叫び声に正気に戻された桜は、咲夜の方へ顔を向けた。
「貴女は逃げなさい!! それと悪いけど、私と鈴仙の足元にある買い物袋全部持って永遠亭に届けて欲しいの!!」
「えっ!!?」
咄嗟に桜は咲夜と鈴仙の足元にある買い物袋に目を見やる。
……桜とてカラス天狗――――妖怪だ。
そこいらの人間よりは力もあるし、頭の回転だって速い。
だが――――人間でいうならばまだ10にも満たないこの小柄は体であんな量の食材を永遠亭まで運ぶのはさすがに萎える、が――――。
「頼めるのは貴女しかいないの。お願い――――」
何故か必死に頼み込む咲夜のもの言わぬ迫力に何故か押され――――。
「……分かりました」
渋々了承した桜は、翼を広げ、高速で咲夜と鈴仙の足元にある大量の食材が入った買い物袋を拾い上げた。
「永遠亭はそこから真っ直ぐ行った所にあります。さ、早く――――!!」
「はいっ!!」
鈴仙の指示の元、桜は小規模な風を巻き起こしながら上空へ駆け上がり、真っ直ぐに永遠亭へと飛んでいった。
「それにしても、何で買い物袋を持たせたんですか?」
「一週間前に七夜と買い物に行ったとき、霊夢の弾幕に食材が巻き込まれてオジャンになっちゃったのよ……。メイド長として、二度目の失態は避けなければならないわ……」
「はぁ……」
こんな状況にも関わらず、妙なプライドを持つメイド長に鈴仙は若干呆れめな表情で咲夜を見た。
――――そんなやり取りをしている間にも、彼女らの周りを囲んでいる死者が迫ってきている。
「背中、任せていいかしら? 鈴仙」
「勿論です!!」
――――咲夜の目の色が、空のような青色から血の赤色に変わる。
――――鈴仙の眼が、狂気を操る赤目へと変わる。
――――迷いの竹林にて、もう一つの舞闘が始まった。
そして、竹林の上空の夜空には、大量の食材を涙目で運ぶカラス天狗の姿があった。
最後に、更新遅れてすいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!m(><)m