七夜は己が切り落とした筈の右腕を見つめた。
……直死の魔眼を使っていないとはいえ、ここまで綺麗にくっつけてくれた医者は何者なのかと問いたくなる。
右手をグーにしたりパーにしたりを繰り返す――――右手に不調はなし。
続いて右肩を後ろ向きに回転させてみるが、不気味という程に不調は感じられなかった。
しかし、体中は未だに痛み、性能的にはまだ女子供一人殺すだけでも一苦労だろう。
一番治療に優先された部分は脳髄とこの右腕なのだろうが、ソレを差し引いても治りが先ほど述べた二箇所より遅れているのも可笑しな話だと七夜は内心で一笑した。
自分の体の現状を大体把握した七夜はそのまま起こしていた上体をゆっくりと布団へ下ろし、やれやれ、と言わんばかりにため息を吐いた。
――――やれやれ、我ながら厄介なしがらみが付き纏ったもんだ。
最初は――――あの門番と殺し合って、それで死んでもいいと思った。
その次に――――博麗霊夢と殺し合って、それで死のうとも本気で思った。
しかし、運が悪い事に自分はここまで生き残ってしまい、あろう事か重いしがらみまで背負わされているのだ。
「馴れ合いってのはあまり趣味じゃないんだが……」
主従ごっこは嫌いではないが、長く続けていられる程彼の気は長くない。
されど、今ここで縁を切ってしまうというのは、義理を果たすという自分の性分には合わない行為だし、未練がましい。
されど、彼にとってはしがらみだが……。
「……いいぜ。『役目』が終わるまでは付き合ってやるよ」
“役目”――――その言葉は、意識的にか、無意識的に出たのは定かではない。
だが、少なくとも七夜は義理を果たすまでは、レミリアや咲夜達と共にいようという決心をした事を確かだった。
――――とは言うものの、どうしようかね……。
今現在の自分の現状を概ね咲夜から聞いていた七夜は再び思考に耽った。
死ぬ事自体はそんなに吝かではない。
むしろこのしがらみから開放されていっそ楽になるというものだが、それでは未練がましいにも程があった。
第一、自分はまだ誰も殺していないのだ。
だからと言ってそこらの野良妖怪相手にしても、うまくない血が飛び散るだけだ。
せめて一人くらいはレミリアレベルの上玉をこの手でバラしたいモノである。
欲を言うのであれば、あの博麗霊夢ともう一度殺し合いたかった。
……とはいえ、あれは向こうが七夜の体術が初見であり、かつ森という狩場に誘い出し、更に豪雨を降らした曇天が日光を完全に遮断してくれたおかげで、何とか奇襲が成功したようなものだ。
それでいながら、状況そのものは向こうが圧倒的に有利であった訳なのだから、真っ当に殺り合ったらコチラは抵抗も許されずに消し炭にされるだろう。
博麗霊夢に限らず、まずここの住民達には真っ当な殺し合いではまず殺せそうにない。
……だが、だからこそ殺し甲斐があるというもの。
どの道、幻想郷で獲物に困る事はまずなさそうだ。
それにここの異能者共はそれぞれ違った特徴的な能力を持っているらしい。
「違った獲物に逢う度に、違った料理の味を楽しめるってのも唆る話じゃないか……」
……まあいい、この話は置いておこう。
そう思い、七夜は今までの思考を放棄して、先ほどからこちらも眺めている視線の方向へ声をやる。
「そろそろ出て来たらどうだ? 気配を隠している事については合格点だが、こうも『衝動』が疼いてちゃ、オチオチ安静にしていられない」
「……」
七夜は虚空に向かって、そう呟く。
虚空とは字の如く――――そこには何も“無い”。
だが、七夜の体に流れる“血”はその存在を認識していた。
いや、たとえその“血”でなくとも、彼の淨眼にくっきりとその“境界”が視えていたのだ
「それとも、また一週間前のように背中からどん、と俺を突き飛ばすかい? だとしたら絶好のチャンスだ。生憎、今の俺には女子供一人殺せる余裕もない。ましてやあんた程の『魔』だ。その気になれば指先一つで俺を殺すくらい造作もないだろう?」
蒼い眼が、歪んだ境界を直視する。
その限りなく細い境界の穴の奥にある圧倒的な存在感を、何の恐怖心もなく、その蒼い眼光がソレを貫いた。
「……気付いていたか」
境界の穴が現わになる。
……その姿を七夜は、淨眼の視界に収めた。
……金髪のショートボブ、金色の眼、美しくて端正な顔立ち、そして背後に見える九本の尻尾。
その姿に、七夜は眼を大きく見開き、口には微笑が浮かんでいた。
「これは驚いたな。まさか妖怪でも伝説級の九尾にお目にかかれるとは……。本当、この世界には驚かされてばかりだ」
「……」
九尾の女性は無言のまま七夜を見つめる。
表情からは読めないが、彼女は本心からこの男を八つ裂きにしたいくらいに思っており、それでも私情を出さずに七夜を見つめた。
しかし、七夜の次の発言に、彼女は僅かに眉を潜ませる事になる。
「そして……何より驚きなのが、あんたが使い魔に甘んじてる所か……」
「――――」
……表情には出していなかったが、正直な所内心では彼女はそれなりに驚いていた。
九尾――――八雲 藍はしばらく無言のままだったが、やがて口を開いた。
「何故――――そう思った?」
「簡単な事さ。最初は俺を突き飛ばした奴と気配が似ているからてっきり同一人物かと思ったんだが、あの時感じた衝動より遥かに緩い。
あんたからはあんた自身の気配と共に、何か別の気配を感じる。おまけにその目がたくさん見える空間――――どうにも“あんた自身”の力ではなさそうだしね」
そう、勘混じりだが、七夜はあの空間を見るのはこれで二度目だ。
……なら、一度目は何処で?
それが一週間前のあの出来事だ。
殺し合いに昂揚していた自分の背後から突然現れた、女性らしき者の手。
その手の出処であった空間と、今自分の目の前にいる九尾の背後にいる空間は正に同一の物であった。
これだけ聞けば、自分の殺し合いを邪魔したのは目の前の九尾であると、単純な思考者ならそう思うだろうが、それにしては違和感がある。
目の前の九尾を決して馬鹿にするつもりはないが、あの時に沸き起こった退魔衝動は今の比ではなかった。
殺し合いに没頭し、高揚し、他の事など眼中に入らぬ程に夢中になっていた自分を振り向かせる程の衝動。
――――次元が違った。
――――格が違った。
――――住んでいる世界が違った。
――――自然とナイフの軌道はその手に行きかけた。
それ程までの衝動を、目の前の九尾を前にして沸き起こる事はなかったのである。
例え同族の妖怪だったと仮定しても、種族間にこれ程の力差があるとは到底想像が付かない。
そして七夜は一つの仮説にたどり着いた。
――――おそらく、目の前のいる九尾すらも遥かに上回るであろう妖怪が、その九尾を使い魔として使役しているという事を……。
そしておそらくその妖怪こそが、自分たちの殺し合いを邪魔してくれたであろう張本人である事を。
目の前の九尾はその妖怪の力の一端を与えられ、ソレを使用しているに過ぎないという事を……。
「フン。 人間風情にしては勘がいいな」
藍は一度、鼻で笑うと同時にそう呟いた。
……そこに、否定の意は見当たらない。
「で、実際の所はどうなんだい? 俺としちゃ、視野の狭い勘混じりの仮説だったんだが……」
「半ば確信を持っている癖してよくほざく……。その『眼』なら視えているのだろう?」
そう、七夜自身が立てた仮説だけでは、確証には至らない。
だが、正解はもう七夜の淨眼に映されていた。
そう、藍の体に組み込まれているであろう〈式〉が、彼の蒼い眼に映っていから……。
「蒼い瞳――――淨眼、か。実物は初めて見るが……。その眼は何故か不快だ。
どうだその眼。私が抉りとって、紫様に直々に献上してやろうか? 紫様の眼中に入る程の価値はないが、稀少ではある。
少しは紫様の機嫌取りに使えるかもしれないぞ? 最も、そんな価値があればの話だが……」
本心に潜ませていた殺意を、藍は少し引き出して、七夜を威圧する。
その殺気は常人であればあまりの恐怖に足が動かず、逃げる事も、そして顔を逸らす事すらも出来ないだろう。
……しかし、七夜は違う。
顔は能面に微笑が浮かんだ程度の無表情のままだ。
「おお、恐い恐い。生憎、取っても視えるもんは視えちまうんでね……。そのお気遣いは無用だよ」
「そうか。それは残念だ」
“残念”……その言葉にどれほどの皮肉が込められているのか、それはこの場にいる二人のみぞ知る。
無論、藍も本気ではない。
事実、全ての非がこの男にあるわけではなし、自業自得という意味ではあの博麗の巫女にも非はあるし、彼女の主である妖怪も博麗の巫女を監視しておかなかった責があり、その式である自分もその責を負う義務がある。
……だから、今のは冗談混じりの脅しに過ぎないのだ。
「……長居も無用だ。貴様が私に感づいてくれたおかげで余計な時間を食った。私は行かせてもらうぞ」
「ああ、あんたの主とも何れ殺し合いたいね。もちろん、あんたも……。
夜空に浮かぶ星を掴むような無謀であろうと、あんた等の力を見て死んでいくだけでも十二分に価値はある」
「……地に這う事しかできない殺人鬼風情が、紫様――――引いては私の相手に事足りる価値があるとでも思っているのか?」
「さあてね。価値だとか資格だとかそんな事は世間が決めればいい。だけど、自分より上の存在に手を出してみたくなっちまうのが人の性ってもんだろう?」
「ならば黄泉路を宛もなく這い回って朽ち果てろ。貴様にとっては本望だろう?」
……そう言い残し、藍は自身の身を後退させ、自らが開いたスキマへと身を投げる。
何の痕跡も残さずに、彼女は空間の裂け目へと消えていった。
……静寂だけが、この空間を支配する。
だがその静寂も束の間、今度は右隣の障子が開く音がしたので、七夜はそちらに眼をやる。
障子にある人影のシルエットが映っている。
……まだ10かそこらにみたいない子供に蝙蝠のような翼が生えたような……シルエット。
つくづく分かりやすいな、と七夜は思った。
「入るわよ?」
……障子の開く音がする。
まだ十かそこらに満たない幼女の姿、背中に生えた蝙蝠のよう翼、他者を魅了する紅の瞳、水色がかった銀髪。
レミリア・スカーレットはそこにいた。
「おや、ご主人様自らお見舞いとは、涙が溢れてくるね。いや、こんなにも素晴らしい主人に使えて誠に光栄でございますよ」
「……何故かしら。なんだか褒められているような気分がしないわ。貴方のそのエr――――じゃなくて飄々とした口調が原因かしら?」
「さあ? ご主人様の想像にお任せします」
……この時、レミリアは思った。
自分が従者にしたこの人間は、自分が思っているよりも厄介で、ひねくれ者なのかもしれないと。
……まあ、その方が面白そうではあるが。
「それで誰かと話していたみたいだけど。一体誰だったの? まあ、気配からして想像は付くのだけれど……」
想像は付く、という言葉は本当なのだろう。
現に、レミリアの眼は嫌悪感に満ちたソレに変わっている。
「ええ、さっきまで九尾の妖怪と話していましてね。去り際の『傾国の美女』に片想いの告白をしたんですが、見事に振られました」
そんな七夜の発言に、レミリアは更に機嫌悪そうな顔をした。
七夜と話していたであろう人物が自分が想像していたのと同じであった事。
そして、今の七夜の発言であった。
レミリアは不快げに七夜に聞いた。
「主を差し置いて告白だななんていい度胸ね。それで、告白の内容とはどのようなものかしら?」
「まあ、簡潔に言えば『貴女と殺しあいたい。付き合ってください』ですかね……」
「……」
レミリアは不機嫌そうな眼で七夜を睨んだ。
当たり前だ。
これ以上、自分のモノを壊されたくなどないし、自分の命を投げ捨てるような従者を咎めるのは当然の事。
「そんな恐い目で見ないでくださいよ。別に(向こうは)本気って訳じゃない」
「……だといいのだけれど。貴方って表情からじゃ考えが読めないから。そこの所がスキマ妖怪みたいで少しムカつくわね」
「おっと、コイツは少し嫌われましたかね?」
「私のモノにすると決めたモノを嫌いになる筈がないでしょ? ただ少しそう思っただけよ」
レミリアは返答に七夜はそうですか、とそっけない敬語で返した。
予想に過ぎないが、このレミリアという吸血鬼はその実妖怪らしからぬお人好しなのかもしれない。
……身内に甘いだけ、というのもあるかもしれないが。
仮にも会って間もない男に対してここまで世話を焼くとは、咲夜に負けないお人よしな部類だと七夜は思う。
――――足元掬われなきゃいいんだがね……。こういった輩は……。
……そう思ったのは昔の誰かに心当たりがあったからなのか、それは七夜自身も分からなかった。
「……貴方、今の自分の状況は把握しているわね?」
「ああ。大体の事は、ですが……」
顔色を変えて質問をしてくるレミリアに対し、七夜は答える。
そう、とレミリアは相槌を打った。
……ならば、今これから話す事も理解してくれよう。
「八雲 紫っていう名は聞いた?」
「ええ。聞くところによれば、あの九尾の嬢ちゃんの主って話だな。そして、殺し合いの邪魔をしてくれた張本人って所ですかね?
後は、この幻想郷の創始者であり、妖怪の頂点に立つ者であり、幻想郷一の賢者であったり、物質やら概念やらに存在するありとあらゆる境界を操る能力をもっているだとか……」
聞く限りでは、出鱈目という域を超えているように思える。
しかし、七夜はさほど驚かない。
……だって、あれ程の力の持ち主であるのなら、これくらい造作もないであろうと容易に思えてしまう。
しかし、七夜にとってそんな事など正直『どうでもよかった』。
そう、ある一点を除いては……。
「どうでもよさげに言った割には、“殺し合いの邪魔をしてくれた張本人”という所を地味に強調しているのは何故かしら?」
「美人とのベッドを邪魔されたら誰だって怒りますよ。それと似たような感覚で、その八雲 紫とやらには正直穏やかじゃないのですが……。まあ、今となってはもう些事ですね」
「気持ちは分からなくはないけれど、その前に貴方から時折出るその卑猥な言い回しなんとかならないかしら?」
「ん、もしやご主人様はこう言った言葉に反応しやすい類ですか? そんな形をしておきながら品に欠けますよ?」
「そ、そんな訳ないじゃない!! と、とにかく……話を戻すわ」
レミリアは赤面しながら、コホン、と咳をすると、再び真剣な面持ちになる。
……その眼を、七夜は表情を変えずに真っ直ぐと見つめた。
「さっき、その八雲 紫と話し合ってきたわ……」
「……」
「今、幻想郷で起きている異変。そして“今の”貴方自身の事について、彼女がいくばか話してくれた。
……全てを教えてくれないのが癪なのだけれど」
――――全て、か。
正直、七夜は“前”の自分がどのような人間だったかなどに余り興味はなかった。
知った所で、“今”の自分がどうこうなる訳ではないし、何よりこれからの事を考えればしがらみにしかならないような気もするのだ。
……とはいえ、気にならないと言えばそれは嘘になる。
何より――――先ほど、起きる前に見たあの夢の事もある。
「貴方は、幻想郷に迷い込むこと――――『幻想入り』についてどれだけ聞いているかしら?」
「一応、あの門番から聞いた話ですが、『誰の記憶にも残らず忘れ去られる事』と聞きますが……」
そうね、とレミリアは七夜の返答にうなづく。
……大抵の幻想入りはこのケースに当たる。
幻想に招かれるのではなく、幻想に迷い込む。
「美鈴が言っていたケースは、正式な幻想入り――――つまりよくある幻想入りという事よ」
「……まるで例外があるみたいな仰り方ですね」
ええ、とレミリアは返答する。
何事にも例外は存在する。
例えば、中身は球場の空洞で、外はガラス製で出来た一つのボールがあったとしよう。
そのガラスはとても強固なガラスで、どんな銃弾にも、どんな衝撃でも、どんな熱にも耐える正に強固さにおいては世界最強のガラスであったとする。
しかし、フッ化水素という薬品が存在する。
その薬品は強度に関係なく、ガラスという個体を見る間に腐食させ、やがてはボールの中にある空洞へあっさりと侵入してしまう。
このガラス玉の空洞の中を『幻想郷』と例えれば分かりやすいのではないか。
「幻想入りするもう一つの方法――――それは八雲 紫自らが対象の『現実』と『幻想』の境界を操る事で、幻想郷に招かれる事よ。
例外ではあるけれど、別段めずらしい事ではない。
八雲 紫の気まぐれによってこの幻想郷に拉致された哀れな子羊だって存在する。まあ、私の所で三週間と6日間踏ん張った執事もそうなのだけれど、今頃どうしているからね……」
――――”まあ、ソイツは、親御さんの元に帰って来た時はもう、感性がおかしくなっていたとかなんとか……”。
肉屋の男が言っていた言葉を思い出した七夜は、僅かながらその男は哀れんだのであった。
そんな自分に、少し苦笑してしまう。
――――誰かを哀れむなんて、そんなおめでたい性分はしてない筈なんだが……。
それは、ここに来てから自分が変わったのか、それとも“前”の自分がから受けた影響なのかは、記憶喪失の彼には分かる余地などなかった。
「まあ、貴方なら大丈夫だと信じているわ。初仕事早々、博麗の巫女の洗礼を受けながらも生きながらえたんだ。
それどころか、貴方は一矢報いて相手の左腕を切り落とした挙句、押し倒して殺しかけた。
無論、あの子を本当に殺されては私たちも困るけど、それくらいのハプニングはないと面白くもない」
さらっと恐いことを言うレミリアであったが、心の底では七夜の無事を安堵しているには違いなかった
……それ故に、彼女は藍から“甘ちゃん”と言われているのだが、吸血鬼という肩書きがあるが故に、やはり彼女とまともに話したことがない人間たちにとってはあまり好印象が持たれていない。
まあ、レミリアも一言に“甘い”とは言われたものの、それは誰に対しても甘いという訳ではないのだが……。
「……話が逸れたわね。
それで、先程言ったように、幻想入りする方法は二つある。先に述べたのは“幻想入り”と呼ばれ、後に述べたのは“神隠し”と呼ばれている。
前者は正式な幻想入りに対して、後者はスキマ妖怪――――八雲 紫の故意によるモノ。
まあ、他にも博麗大結界を無理やりこじ開けて入る方法もなくはないけれど、よほどの力を持たない限りソレはないから除外するわ」
「……」
七夜は表情を一つ変えずにレミリアの話を聞く。
「……だけど、スキマ妖怪曰く、貴方は先程の述べたどのケースにも属していないそうよ」
「――――」
レミリアのその言葉に、七夜はピクリと眉を動かした。
初めて八雲 紫について聞かされた時は、彼女が自分を呼んだ主犯だと思っていたのだが、状況から考えて彼女ではなさそうだ。
となれば、レミリアが言ったように前者かと踏んだが、それにも含まれていないという。
だとしたら――――。
「……まったく違う第三者に、俺は『呼ばれた』という事ですか?」
「……ええ。
これもスキマ妖怪から聞いた話だけど、外の世界だと貴方は既に死んでいるそうだけど、何故か今はここにいる。
だけど、死んでいるだけが忘れ去られる理由にはならない。現に貴方は外の世界では『忘れ去られていない』。
かと言って、幻想郷の外から干渉して内部に直接、物体を転移させるなんて通常じゃ考えられない。
必ず、幻想郷のどこかに貴方を『呼んだ』者がいる筈。……どんな目的があるかは知らないけれど……」
「ハ――――」
七夜は初めて表情を変え、密かに微笑を浮かべた。
――――獲物が多すぎてどれから有りつけようか迷っていた所だが……。
どうやら……先約ができたようだ。
……最も、七夜を『呼ぶ』という行為自体をしたのは他の何でもない『幻想郷』なのだが、ソレは七夜が知る由もない。
だが、『呼ばれた』からには、呼ばれた『要因』というものがある筈である。
「……何が可笑しいのかしら?」
表情をあまり変えなかった七夜が、邪悪な微笑を浮かべた事にレミリアは疑問を持つが、そんなレミリアの疑問に対して七夜はそっけない返事で返した。
そんな七夜の返事にレミリアは気にする様子もなく、そう、とまたそっけない返事で返した。
「フフフ……」
「ん? どうか致しましたか、ご主人様?」
突然、笑い初めてレミリアに七夜は首を少し傾げながら、そっけない質問をした。
そんな七夜の質問を無視し、レミリアは右手を七夜の顔に差し出し、笑ったまま七夜の左頬を撫でた。
「随分と思いっきり引っぱたかれたようじゃない。……咲夜をあそこまで熱くさせるなんて、本当に面白いわ、貴方って?」
「おや。仕えて早々に褒め言葉を頂けるとは、至極光栄で御座います」
七夜の左頬をなで続けるレミリア。
……七夜としては咲夜に平手打ちをもらった左頬がまだ若干ヒリヒリするので、できればご勘弁願いたかったのだが、曲がりなりにも自分の主は楽しそうだったので何も言わない事にした。
「スキマ妖怪からの名目で、『監視』という形で貴方を傍に置く許可を貰ったわ。あの胡散臭いババアから許可を貰うっていうのは癪に障るけど……。
よろしくね、ナナヤ……」
「ババアかどうかは知りませんが、仮にも淑女ならその発言は控えた方いいですよ? いくら自分の形が幼女と変わらない事を妬んでソレを言っても惨めになるだけですから……。
……まあ、ソレはそうとコチラこそよろしくお願いします、ご主人様」
「フフフ、この私に面と向かってそんな冷やかしをぶつける執事は貴方が初めてよ……」
七夜の発言にレミリアはこめかみを押さえながらも、小悪魔的な笑みを浮かべながら言った。
……別段、本気で怒っているという訳ではないのだろう。
レミリアに冷やかしをぶつけた一方で、七夜はレミリアが言った事を思い返していた。
――――自分は、外の世界では死んでいる。
――――自分を呼び出した者は、この幻想郷の中に必ずいる。
つまり、あの博麗の巫女が自分に死者といった事については間違いないのだ。
にも関わらず、この身が何故かしがらみだらけの肉の檻に閉じ込められ、こうしてチグハグな『生』を謳歌している。
いいぜ。誰かは知らないが、俺を起こしたって事は――――
――――“殺せ”って事だよな?
◇
幻想郷に、死者が再び出現した。
――――その噂をどことなく耳にした霊夢の様子は、そこから一変した。
本当に異変が起きたのならば、幻想郷の賢者たる紫が教えてくれる筈なので、霊夢はいつものように一人、神社の縁側でお茶を飲んでいた筈だった。
なのに、“死者”という言葉だけで、心の闇の底から湧き上がる怒り……。
その日、霊夢は珍しく、誰から頼まれた訳でもなく、スキマ妖怪に諭された訳でもなく自らこの異変に乗り出した。
……ただ心の底から湧き上がる怒りを静める為に、彼女は疾走した。
無論、闇雲に探そうと思う程、彼女も馬鹿ではない。
たとえ異変の首謀者を一発で引き当てる勘の持ち主であろうとも、死者の出現地帯が複数ある中を闇雲に引き当てようなどとは思わない。
ならばどうするか、『餅は餅屋』ということわざの如く、死者ならばあそこ、と目星をつけた霊夢が向かったのは三途の川だった。
そこには、ちょうどサボり常習犯の死神を説教しているお目当ての人物がいたので、説教を中断してもらい、事情を話したのだ。
お目当ての人物は事情を把握してくれたのか、霊夢にある玩具を渡したのだ。
――――死応の鈴。
既に死した個体に反応し、その方向に向けて鈴が勝手になってくれる代物だった。
ソレを受け取った霊夢はその人物に軽く礼を言うと、鈴が反応する方向へすぐさま飛び立った。
そこで偶然、人里から離れる途中の守矢の巫女――――東風谷早苗は霊夢の姿を見かけ、彼女を追いかけて、そして早苗は霊夢から事情を聞いた。
やがて事情を把握した早苗は自分から異変解決に乗り出す霊夢に違和感を感じらながらも、自分も同行しようと決意したのか、霊夢に自分も同行させてほしいと願い出た。
好きにしなさい、と霊夢はそっけなく返したが、決して拒否の意を示さなかった霊夢を見た早苗は、霊夢と同行する事にした。
……風圧をモノともせずに上空を真っ直ぐに疾走し、やがて紅魔館へと続く大森林付近までに着いた二人はある二つの人影を目にする。
――――一人は、二人共見知った人物。
綺麗な銀髪に、頭に白いカチューシャを付け、メイド服を身にまとった女性――――十六夜 咲夜
――――もう一人、二人が知らない男だった。
黒い短髪、顔立ちは整っており、少し冷たい感じだが地味ながらも美形の類に入るだろう。着ている服――――執事服のメインカラーも髪の色と合わせて黒かった。
……その光景は、端から見れば何ら不自然ではなかった。
紅魔館が男手を欲して執事を募集しているのはよく見かけていたし、あの男はその経緯で雇われたに過ぎないと、端から見ればそう思うだろう。
しかし、霊夢の手元にあった死応の鈴は彼に向けて反応していた。
そして、霊夢は感じた。
……あの男から、他の誰かとは明らかに違う匂いが感じられると。
そう感じ取った霊夢の行動は早かった。
霊夢の勘を信じていた早苗もソレに続いた。
しかし、急に襲撃したとて、傍にいる彼女――――十六夜 咲夜が納得する筈もなし。だから早苗はあの男を霊夢に任せ、早苗の足止めをする主旨を霊夢に伝え、霊夢もソレに乗った。
そして、霊夢は男――――蒼眼の殺人貴と対峙する事になる。
彼女の運命は、ここから狂っていった。
――――否、もしくは彼女の運命は、“あの時”から狂っていたのかもしれない。
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