双夜譚月姫   作:ナスの森

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 やっと投稿できた……。
 久しぶりに書くので、文章が色々おかしくなっていると思いますが、ご了承ください。


第十三夜 過去夢と目覚め

 ふと――――少女の眼が覚めた。

 まるで闇の深淵から抜け出せたような、深い泥沼から引き上げられるような感覚を少女は感じ取るも、ソレが何であったかは少女は分からない。

 

「あ……」

 

 不意に、女性の声が聞こえたような気がした。

 まだ意識と視界がハッキリしていなかった故に、それが明確になっていくまでその正体は分からなかった。

 ……視界がはっきりしてくる。

 ぼんやりとした世界が明確になっていき、その範囲も広がっていった。

 

「……」

 

 ――――が、視界は赤い髪の女性のドアップで埋もれていた。

 

「……」

 

「……」

 

 両者の間に沈黙が走る。

 ……眼を覚ました銀髪の少女は、人形のような虚ろな視線を向けながら……。

 ……赤髪の少女――銀髪の少女との見た目の年齢は7か8は離れていそうだが、まだ少女と呼べる容姿だ――は、眼をパチパチさせながら、何度も銀髪の少女を凝視した。

 そして――――。

 

「ああああああぁぁぁぁーッッ!!」

 

「――――ッ!?」

 

 あろう事か、赤髪の少女は銀髪の少女は絶叫を部屋中に響かせ、眼を更に大きくしながら銀髪の少女を見た。

 一方、今まで人形のように表情が動いていなかった銀髪の少女は、体を若干引かせながら、驚きのあまりに眼を大きく開いた。

 感情あるなしの以前に、こうも眼前で大声を上げられては、誰しもが引くに決まっていた。

 

「ど、どうしよう……。 まさか部屋に私だけがいるタイミングで眼を覚ますなんて……。美鈴さんはいないし、パチュリー様もいないし、妖精メイドは一部を除いて大して役に立たないし……」

 

「……」

 

 赤髪の少女はオロオロさせながら何かを呟いているが、銀髪の少女にはよく聞こえない。

 ソレをよそに――――ふと、銀髪の少女は辺りを見回してみた。

 床、壁、天井と、三次元全てに血のような紅で染まっており、常人はそれだけで気が狂いそうであるが、そもそもそんな感性を持ち合わせない少女はただ単に“変わった部屋だ”という認識にしかならなかった。

 角っ子に置かれている数少ない家具が、辛うじてこの部屋の立体感を感じさせた。

 もし家具さえもなかったら、ドアを見ない限り、辺り一面に紅が広がっている空間にしか見えないだろう。

 

「あ、あのー……」

 

「……?」

 

 呟き事が終わったのか、赤髪の少女は銀髪の少女を見下ろしながら、声をかけた。

 銀髪の少女も見上げるように、視線を合わせるが、先に見られたような驚きの感情は既にみられず、また虚ろな眼で赤髪の少女を見つめ始める。

 ソレが、赤髪の少女の困惑を一層加速させる事になる。

 

「えーっと……」

 

 どうしよう、と心の中で吃る赤髪の少女。

 実際にまともなコミュニケーションを取った事があるのは、彼女の主たる魔法使いのみで、それゆえに彼女の主以外の者はおろか、“種族”さえもが違う者とのコミュニケーションを行うなど、彼女にとってはまだ経験なき事だ。

 ――――が、何かをしなければ始まらないのも事実。

 ソレを自分に言い聞かせた赤髪の少女は、再び銀髪の少女に向き直る。

 コホン、と息を付き、気持ちを仕切り直す。

 

「とりあえず、自己紹介からいきましょうか。私の名前は――――そういえばないんだった……」

 

 己に明確な名がない事に気付き、そんな自分を軽く小突く赤髪の少女。

 名前がないというのも、そもそも名前が必要なかった彼女にとって、今ほど己が無名である事を恨んだことはなかった。

 

「……?」

 

 いきなり吃った赤髪の少女に対して、その仕草に疑問を抱いた銀髪の少女は首を傾げた。

 とりあえず……とりあえずだ。

 名前がないのなら、普段使われている呼び名を名乗ることしか必然的にないわけだ。

 

「――――失礼。私は小悪魔と言います。ちゃんとした名前はないので、“コア”と呼んでくださいね?」

 

「“コア”……?」

 

「はい、こあです。貴女の名前は何て言うんですか?」

 

 言われて、銀髪の少女は、自分の名を思い出そうとする。

 ……そもそも、ここが何処で、今はどういう状況か頭の中で整理もついていないのだ。

 ――――自分は、どうしてここにいるのだ?

 ――――自分は、今まで何をしていた?

 他にも疑問に思う事はたくさんあったが、はっきりしない頭の中で記憶からかろうじて引き出せたモノ。

 自分の名は――――。

 

「……■■」

 

「“■■”……?」

 

「名前……私の……」

 

 ■■――――ソレが自分に付けられた名であり、自分が自分であるための寄り代でもあった事は確かだ。

 

「“■■”……覚えました、■■ですね?」

 

 コアと名乗った赤髪の少女の言葉に銀髪の少女はこくんと頷いた。

 そして■■と名乗った銀髪の少女は、再び自分が何をしていたのだろうと考える。

 ……確か、あの少年と出会って一周間を過ごして、その少年と別れて、その時に――――

 

 ――――あれ?

 

 その時だった。

 意識も現実感も戻ってきた少女は、ある事を思い出した。

 ……そう、その思い出したものが手元になかったのだ。

 

 ――――ドコ?

 

 少女は探す。

 自分が入っている布団の中、自分が来ている衣服の中――――くまなく探したが、それがなかった。

 

 ――――ウソっ!!? ドコにあるの……?

 

 手放していいものじゃない。

 手放したくない。

 手放してはいけない。

 ……ずっと、持っていなければいけないもなのに……!!。

 

「あ、あの……。どうしたんですか……?」

 

 そんな銀髪の少女の焦った様子に、小悪魔は少し戸惑っていた。

 今まで無表情だった銀髪の少女がいきなり何か焦り始め、周囲を見渡しては、自分の身の回りを漁っているのだ。

 銀髪の少女――――■■は小悪魔を視界に入れず、しかし小悪魔の声は聞こえていたのか、ある単語を口にした。

 

「七ッ夜……」

 

「え……?」

 

「“七夜”って掘られた鉄の棒……知らない?」

 

「“ナナヤ”……?」

 

 ナナヤ――――聞かない単語だ、と小悪魔は思った。

 そもそも横文字で聞くような単語ではなさそうだが、生憎と小悪魔は縦文字の学はあまりないため、その“ナナヤ”という読みはどういう字を書くのかは分からなかった、が――――。

 ――――もしかして、あれの事だろうか?

 この子の持ち物は大量の銀のナイフしか無かったのだが、その中に一つだけ、異様なモノがあったのを小悪魔は覚えていた。

 もしや、“アレ”が――――。

 

「■■ちゃん、その鉄の棒って――――飛び出し式ナイフですか?」

 

「……うん」

 

 どうしようか、と小悪魔は思う。

 後で、“洗濯”してあげて返そうと思っているのだが、今まで無表情だった■■がここまで目の色を変えたのだから、■■にとってはよほど大事なモノであるには違いない。

 

「……」

 

 小悪魔は胸ポケットの中にあった赤い布に包まれたソレを取り出した。

 ……小悪魔は少女の身に“何”があったのかはよくわからないが、それでも、見せてあげる事にした。

 ■■が大切なモノにしていたモノを持つべきは自分ではなく、■■である事は理解している。

 それでも、“ソレ”を見せることに躊躇いはあった。

 それでも、小悪魔は見せるべきだと判断した。

 赤い布に包まれれたソレが、現わになる。

 

「え――――?」

 

 そして、■■は絶句した。

 小悪魔が見せてくれた、飛び出し式ナイフは確かに、「七ッ夜」だった。

 形も、大きさも、「七夜」と彫られた柄の部分も一切遜色のない、正真正銘、■■があの少年からもらったあの「七ッ夜」だった。

 だがその七ッ夜の刃は――――

 

 

 

 

 

 

 ――――“真っ黒ナ血”デ濡レテイタ。

 

 

 

 

 

 

 ――――/――――

 

 意識が覚醒する。

 何か妙な夢を見た気がするが、まあそんな事は置いておこう。

 まず視界に入ったのは、木造建築らしきモノの天井だった。

 ……今現在の自分の状況を確認する。

 まず俺はあの博麗の巫女とやらに戦いを挑まれ、それはもう最高の時をベッド(殺し合い)の中で過ごしたていた筈なんだが……。

 確か、俺が地面を殺した後に相手が驚愕している隙を付いて、あの巫女の左腕を切り落とした後、あの巫女を地面に押し倒して――――。

 

「……漸くお目覚めかしら?」

 

 横から聞き覚えのある声がし、一旦思考を中断した。

 その声の主が誰であるかなど、振り向く必要もなく分かった。

 ……なので、そっけないジョークで返してみた。

 

「レディに目覚めを看取られるっていうのも情けない話だがね……」

 

 とりあえず、上体を起こす。

 まだまだ体中が疼くが、どうやら命に別状がない程度に回復はしたらしい。

 ……あんな事をして、あんな事をされたのに、こんな人でなしを助けるお人好しは一体誰なのか……。

 

「それで、“初仕事”の感想はどうかしら?」

 

 ……そんな思考に耽る間もなく、咲夜から皮肉交じりの質問をされた。

 よって、こっちも皮肉で返す。

 

「ああ。最高、絶頂、感嘆の初仕事だったよ。あれほどの極上な厄介事が舞い込んでくるのなら、雇った執事が早々にやめていく理由も頷けるね、まったく」

 

「そう……。生憎、本当にそうだったら真っ当な執事は辞めるどころか、生きて帰れないのだけれど……」

 

「生憎、真っ当であったつもりなんて一度もないさ。人でなしの人殺しが真っ当な人間らしく振舞うなんて、それこそお笑い者だろ?」

 

「そうね。未熟な忠犬が成し得ない荒業も、狂犬となればソレも成し遂げてしまう……。正にこの事ね」

 

「ハハハ、違いない」

 

 狂犬、か――――。

 言い得て妙だが、否定はしない。俺はそれだけの存在だからな。

 “餓鬼”と言われればそれまでだが……。

 

「まあ、その話は置いておくわ。貴方にいくつか聞きたい事があるけれど、まず最初に上司として貴方にする事があるわ」

 

「……? というと――――」

 

 

 

 

 

 

 ――――パシィンッッ!!

 

 

 

 

 

 

 左頬に凄まじい衝撃が走る。

 ……その正体が何であるかを知るには、さほど時間がかからなかった。

 左頬が凄まじくヒリヒリする。

 この腫れはしばらく引きそうにもないな。

 

「……まあ、予想しちゃあいたんだがね。やはり怒ってたか……」

 

「当たり前よっ!!」

 

 今日一番怒鳴り声が部屋中に響く。

 耳を塞ぎたくなるくらいの大声だが、あくまで目を逸らさずに俺は銀髪のメイド長――――十六夜 咲夜を見続けた。

 ……これは本気で怒ってるな。

 あの時の遊戯(殺し合い)が楽しすぎて、こういう事態は予想できなかった。

 我ながらつくづく下手である。

 

 

     ◇

 

 

「……まあ、予想しちゃあいたんだがね。やはり怒ってたか……」

 

 ……自身の手に未だ痺れが残るくらいに、思い切り私は、この馬鹿な殺人貴の頬を平手打ちした。

 ……なのに、その未だ飄々とした口調に苛立ちを隠せず、私は叫んだ。

 

「当たり前よっ!!」

 

 今日一番の怒鳴り声が部屋中に響く。

 七夜にとっては耳を塞ぎたくなるくらいの大声だが、それでも七夜は目を逸らさず、耳を塞ぐ素振りも見せずに私を見ていた。

 そんな彼に、言いたいことをありったけ言う。

 

「何故、あんな事をしたの?」

 

「……」

 

 答えは、帰ってこない。

 

「何故あの時、私の助けを拒んだの?」

 

「……」

 

 七夜は、能面顔のまま黙って私を見つめるだけ。

 

「あの時私が貴方を治療して、霊夢を説得すれば……貴方も、霊夢も、こんな目には会わなかった筈でしょう!!?

 なのに何故、あんな真似を……!!」

 

「……仮にお前があの巫女を説得したとして、向こうがお前の説得に応じてくれような玉に到底見えなかったがね……」

 

「それでも……!!」

 

 この馬鹿殺人貴は、ああ言えばこう言う……!!

 

「何故貴方は私の助けを拒んだのっ!!? 殺し合いに水を差されるのがそんなに嫌? たとえソレが自分の助けになるモノだとしても、貴方はソレを拒んでまで殺し合いをしたいのっ!!!!?」

 

「……」

 

 もはや感情の抑制ができないのか私は言いたいことを全て吐き出す。

 

「殺して、殺され合うのがそんなに好き?」

 

「……」

 

「それで理不尽に死んでも、貴方はどうとも思わないの?」

 

「……」

 

 そして、今の時点で言ってはいけない名前を口にする。

 

「志貴。貴方は殺し合いが、恐くないの?」

 

 それでも聞かなければいけない。

 この根本からズレた殺人貴――――七夜志貴に、私は聞かなければいけない。

 命の奪い合い――――たとえ人間達、いや、生物達の生存競争の歴史において繰り返されているモノだとしても。

 理由もなくただ楽しいというだけで、殺し合いを興じるこの男に聞かなければいけない。

 

「七夜志貴。貴方は、死ぬのが恐くないの?」

 

 脳表に浮かぶのは、お嬢様と会話したあの日――――

 

 ――――/――――

 

“咲夜。私に身を捧げるのは結構だけど、命まで捧げる必要はない”

 

“何故ですか、お嬢様。私にはお嬢様には返しきれない恩があります。ましてや貴女様は吸血鬼です。人間一人如きである私では命くらい捧げなければ恩返しにもならないでしょう?”

 

“……咲夜、貴女は一つ勘違いをしているわ?”

 

“勘違い?”

 

“そう。私は自身が吸血鬼である事を誇りに思っている。無論、貴女のように出来た従者を持つ事も誇りの一つだけど……。

 咲夜、貴女の誇りとは何かしら?“

 

“お嬢様の下で仕え、最後までお嬢様の下でお役に立つことだけが私の唯一無二の誇りです”

 

“唯一無二、か。ありがとう、咲夜。だけど、それだけでは不合格よ”

 

“え?”

 

“貴女は私の従者である事以前に、誇らなければいけない事がある”

 

“ソレは?”

 

“貴女が人間である事よ”

 

“私が、人間である事?”

 

“そうだ。私は吸血鬼として生を受けた事にこれ以上のない誇りを持っている。それと同じように、貴女はヒトとして生まれた事を誇らなければいけない”

 

“……”

 

“命令だ、十六夜 咲夜。ヒトとして生まれたのならば、最後までヒトであることの誇りを忘れるな。その誇りを、命を、オマエ自身が誰よりも大切にしなければいけない”

 

“……”

 

“自分を大切にしろ、死を恐れろ、最後までヒトとして生きろ――――ソレがお前の中で、お前自身が一番誇らなければいけない事。

 だから、咲夜――――“

 

“……”

 

“命を捧げるだとか、そういう言葉は二度と言うな。オマエが死んでも変わりなんていない。

 何より、オマエが死んで悲しむ者はもう私だけではないのだからな……。

 それでもオマエは、死を恐れずして私に命を捧げるとでも言うの?“

 

“私は――――”

 

 ――――/――――

 

「私は、恐いわ」

 

「……」

 

「死んで……お嬢様やパチュリー様、美鈴、小悪魔達と一緒にいられなくなる。

 そんなのは――――とても嫌だから……」

 

「……」

 

「貴方はどうなの、志貴?」

 

 返答を待つ。

 七夜は未だ能面顔のまま黙っていた。

 ……人の事を言えて義理ではないが、殺し合い以外でこの男は表情一つ変えないものなのだろうか。

 

「”死が恐い”、ね……。

 少なくとも、殺すだけの存在である俺にそんな事なんて関係ないがな……。

 まあ、少なくとも殺し合いは恐いな」

 

 一瞬、耳を疑った。

 ――――この男は何と言った?

 聞いたのがコチラとはいえ、聞かずにはいられなかったとはいえ、あっさりと“殺し合いが恐い”なんていう答えが返ってくるなんて、誰が予想していただろう。

 七夜一族は奇襲戦法に特化していると聞くが、日常会話においてもソレが反映されているのだろうか?

 

「だったら――――何故?」

 

「だからこそ、だよ。殺し合いっていうのは誰もが恐いもんだ。俺だって恐い。それこそ笑っちまう程にな……」

 

「……」

 

 恐いのだったら、何故――――?

 

「言っただろう、“だからこそ”だって? 生きている実感がない俺にとって、現在など鬱陶しいしがらみに他ならないからな」

 

 生きている実感が、ない――――?

 

「だが、殺し合いは違う。『生きている』という事を、生存本能が恐怖という形で教えてくれる。傷付けられる度に恐怖心が増し、その度に理性が弾けて昂揚して『生きている実感』を感じる事ができる。『生きている』獲物を『殺す』事で、残った自分が『生きている』という実感を味わう事ができる。『生きている』自分が『殺される』事で自分は『生きていた』という実感が味わえる……!!」

 

「……狂っているわ」

 

 ありのままの、本心を口にする。

 幻想郷に真っ当な者などいない。

 ソレは精々、人里に住んでいる何の異能も持たない人間くらいだろう。

 だが、彼はどうだろう。

 純粋な力量なら幻想郷の中の下あたりだろうし、まず弾幕が打てないから、そういう意味では彼は真っ当な人間に近いとも言えた。

 しかし、ソレを差し引いて幻想郷の住民と比べても、この殺人鬼が真っ当と言えるには到底思えない内面の狂いっぷりがそこにあった。

 ある意味彼は、幻想郷で霊夢を差し置いて真っ当でない人種なのだろう。

 

「そういう存在なのだから仕方ないだろう。元より、生の実感以上に死を味わってきたこの身だ。記憶が戻った訳じゃあないが、それだけは断言できる」

 

 ――――確かに、記憶がなくてもその言葉に偽りはないだろう。

 それでも反論せずにはいられない。

 だって、“前の貴方”は――――。

 

「例えそうだとしても、前の貴方は殺し合うために、殺してたの?」

 

「……なに?」

 

「貴方のその暗殺術は本来、魔を殺すために編み出されたモノ。ソレは覆しようがないわ。だけど、本当に貴方は殺すためだけに、そのナイフを振るっていたの?」

 

 思い出されるのは、一週間前にみたあの夢。

 あの中の“彼”は、確かに『彼女』を救う為に、守るために戦っていた筈だ。

 なのに、それすら失ってしまった彼――――“今の貴方”は、ただ殺すためにだけに殺し合っているようにしか見えない。

 ソレは、到底納得できるものではない。

 

「……」

 

「……」

 

 重い沈黙が走る。

 いや、ソレは私にとっては重いだけで、七夜にとっては瑣末事なのかもしれないが……。

 七夜は相変わらず能面に微笑を浮かべた程度の無表情だ。

 沈黙の中、先に口を動かしたのは七夜の方だった。

 

「シキ、と言ったな。俺のことを……」

 

「……」

 

「ソレが、俺の名前なのか?」

 

「……」

 

 七夜の疑問に否定をしない私。

 確証も、証拠もないが、おそらく目の前の彼は、私に「七ッ夜」をくれたあの七夜志貴と同一人物。

 例えどんなに変わろうとも、おそらくは……。

 

「……なあ、咲夜」

 

「……?」

 

 唐突に名前を呼ばれ、俯いていた顔を七夜の方へ見上げる。

 

「俺はお前が俺の何を知っているのか知らないし、俺は以前の俺が何者だったかなど知らん。

 お前が俺を知っていても、俺はお前の事を知らんが、それでも一つだけ言う事がある。

 ――――悪かったな」

 

「え……?」

 

 いきなりの事に、戸惑ってしまった。

 ――――七夜が、謝った?

 ソレが何を意味するのか。

 彼は自分がした事を後悔するような玉には見えないし、何より反省もしなさそうだったから……。

 

「ご主人様もさぞお怒りだろう。上司の命令を無視して、目の前の遊戯に興じるような真似、怒らない方が可笑しいわな……」

 

「……ええ、それはそうだけど……」

 

「お前は随分とお人好しだよ。それこそ人でなしのこの身とは正反対と言う程にな。

 俺がこの場で生きている事を考えれば、俺に応急処置を施したのはおそらくお前だろう? そして目が覚めれば、お前は俺に“上司として貴方にする事がある”と言った。つまり、お前はまだこんな人でなしを執事として見てるって事だ。

 お人好しもここまで来れば呆れるもんだが、ソレを無下にはできん」

 

「七夜、貴方……」

 

 何を言って――――、と言いかけたが、ソレを遮るように七夜を口を開き続けた。

 

「だから、罰は甘んじて受けよう。こんな人でなしでも俺を雇うのであれば、そのくらいの代償は必要だろう?

 さすがにさっきの平手打ちで済むと思うほど、おめでたい性分はしちゃあいない」

 

「……」

 

 先ほど、七夜については私が好きにしていいと言われていた。

 ……本来ならば、万死に値すべき罰を下すのかもしれない。

 ……本来ならば、慈悲をかけるべきではないのかもしれない。

 七夜の目を見る。

 相変わらず感情の読めない表情だが、それでも七夜の目をみて確信した。

 ――――きっとこの男は、どんな罰でも当然かと言わんばかりに受け入れるだろう。それこそ、己の命に関わるモノだとしても……。

 平然と自分の命を玩具の如く扱うこの男に対して、私は――――。

 

「今回は、さっきの平手で水に流してあげる」

 

「ハッ――――」

 

 その一言に七夜は何を思ったのか、一瞬唖然とした後に一笑した。

 ……きっと心の中で私の事をお人好しだと嘲笑っているのだろう。

 

「やれやれ、お人好しにも程がある。まるで誰かを思い出しそうだよ。誰かは知らんが……」

 

「案外、“前”の貴方自身かもしれないわよ? それと勘違いしないようにね。

 あくまで、今回は初めてだから、見逃してあげたのよ。次、同じような事を繰り返したら、只では済まさないわ」

 

「桑原、桑原。それじゃ、こっちも従者らしく振舞うとしようかね。何度も主人の期待を裏切ってちゃ、話にならない。

 ――――っとそうだ……」

 

 七夜は何かを思い出したかのように相槌を打ち、私にこう聞いてきた。

 

「そういえば、あれから何日立った?」

 

「ちょうど一週間ね……」

 

「……」

 

 七夜は何かを渋るかのように黙る。

 その理由に心当たりがあった私は、その心配はいらないと伝える為に口を開いた。

 

「もしかして、あの烏天狗の子供との約束?」

 

「……ああ」

 

「なら心配はいらないわ。貴方が倒れた翌日に、貴方の目が覚め次第伝えると言っておいたから」

 

「……そうか」

 

 そっけない返事で返す七夜は表情には出さないものの、どこかホッとしたような様子だった。

 

「それにしても意外ね。まさか本当にあの子の所へ行くつもりでいたなんて……」

 

「約束、だからな……」

 

 何故か顔を背けて返事を返す七夜に、クスリ、と笑いが漏れてしまった。

 一つだけ……彼の事がわかった気がする。

 先ほどの事といい、あの烏天狗の子供との約束と言い――――。

 

「本当、律儀な殺人鬼よね。貴方って」

 

「お褒めに預かり光栄ですってかい?」

 

 素直な感想を言う私に対して、そんな返事を返した七夜の口にも微笑が浮かんでいた。

 彼が幻想郷に来てから初めて――――私は彼と笑い合えたような気がした。

 だけど――――笑っていられるのは今の内。

 いくら紅魔館での処罰がなくなったといえど、七夜が幻想郷のバランサーたる博麗霊夢を殺しかけたという事実は変わらない。

 ……あの八雲 紫が、七夜を無事に返すなどと、とてもではないが想像がつく筈がなかった。

 

 

     ◇

 

 

 たくさんの目が視界に映る亜空間――――俗に“スキマ”と呼ばれるその空間世界に、八雲紫の姿はあった。

 普段胡散臭い彼女から垣間見ることのない真剣な表情。

 ……普段、感情を表に出す事のない彼女がここまで真剣な顔をするのは余程の事がない限りない。

 あの殺人鬼が霊夢の腕を切り落としたという点を除けば、事態はそこまで深刻化はしていない。

 だが――――彼女に付きまとっている嫌な予感が抜ける事はなかった。

 

「死者の大量発生、紅魔館……」

 

 今、幻想郷に起きている異変――――他者を食らって同族を増やす死者の発生である。

 しかし、被害はほんの一部の妖怪達が死者と化しただけで、死者は現れる度に天狗たち駆逐してゆき、被害も一番最初の時に死者たちに噛まれた妖怪達しかいない。

 だが、一週間前、異様な現象が発生した。

 紅魔館付近に今までにないほどの数の死者が出現したのだ。

 ――――何故、紅魔館だけ?

 紅魔館の主が吸血鬼だからと理由付けするにしても、ヒトから吸血種となった死徒とは違い、妖怪としての吸血鬼が眷族を増やすには主たる吸血鬼と対象の人間との同意が必要と聞く。

 そんな彼女があんなに死者を――――ましてやあんな出来損ない共を配下にする筈もないし、何より彼女の信念がソレを許さないだろう。

 ――――では、紅魔館に大量の死者を引き付ける何かがあったとしか思えない。

 となれば、その引きつけた何かとは……。

 この場合、大抵の者ならば彼と目星をつけるが、紫はその可能性は低いと言えた。

 ……そもそも、閻魔の証言から、彼はこの異変とは直接的な関係はない可能性が高い、となれば――――。

 ……思い当たる節はない訳ではないが――――ソレもまた先ほどと同じようにとてつもなく可能性は低い。

 しかし同時に現実性があるのも事実。

 だが、やはり確実な答えには行き着かない以上、手は出せない。

 あの男の事もある、今は様子を見るしかない。

 ――――ソレが今、紫が下した決断だった。

 

「紫様……」

 

「何かしら、藍」

 

 後ろから声がし、紫は後ろに振り向いた。

 金髪のショートボブ、紫に勝るとも劣らない美貌の持ち主、されど二人の間の上下関係ははっきりしていた。

 ――――八雲 藍、八雲 紫に付き従う九尾の妖怪。

 妖怪を象徴する伝説の九尾が他の妖怪に付き従うなど醜態に他ならないように見えるが、ソレは誤弁だ。

 ……事実、八雲 紫の力は九尾妖怪である藍よりも遥かに勝る力を持っている。

 そして藍も、そんな力の持ち主である紫に惹かれ彼女の式となった。

 本当に、それだけである。

 

「あの殺人鬼の目が覚めたようです。現在は、あの紅魔館のメイドと共に永遠亭の一室にて療養しています」

 

「……そう」

 

「では、これにて――――」

 

 式が仕事に戻ったのを確認しら紫は、再び思考に耽る。

 ……この異変の事ではない、あの“堕ちた殺人貴”についてだ。

 何かが幻想入りするには、二つの条件の内、一つを満たす必要がある。

 

 ――――一つ目は、この世から忘れ去られる事。

 

 ――――二つ目は、八雲 紫自身の手によって、『幻想』と『現実』の境界を操られる事によって、例外的に幻想郷に招かれる者。

 

 前者は俗に言われる正式な“幻想入り”と呼ばれているのに対して、後者は紫の故意による“神隠し”と呼ばれているモノであった。

 しかし、彼――――あの殺人鬼の場合はいずれもこの二つに属していないのだ。

 そして、もう一つ気がかりな事がある。

 ――――彼は、外の世界ではもう死亡している。

 つまり、霊夢が閻魔からもらった死者に反応する鈴の反応は間違いではないのだ。

 しかし、何故か今ではその鈴の反応が止んでしまっている。

 ……一週間の時を経て、彼の体が幻想郷に馴染んできたのか、それともはたまた別の要因があるのか。

 だが、これではまるで――――

 

 

 

 

 

 

 ――――『幻想郷』そのものが、彼を呼び出したみたいではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 




 とりあえず、異変自体はまだそんなに大きいモノではありません。
 あくまで日常を中心にしたいので……。

 余談
 作品によって設定やら性格やらが微妙に違う七夜さんですが、作者は無印のワラキア七夜が一番好きだったりします。

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