巴ェ……
らっきょの巴とMBAAの七夜ってどこか似ていると思いませんか?
二人とも違う形であれ”偽物”。
それでも、自分の道を走り続けた二人。
巴は家族の仇を取るために荒耶の所へ……。七夜志貴は「七夜の誇り」を清算するために軋間の所へ……。
こういう救われないキャラ達を見ていると、二次創作で幸せにしたくなるのが、人の性って奴でしょうか?
……まあ、ソレはそうと、第十一夜、ご覧あれっ!!
霊夢は何も考えられなかった。
雨でドロドロになった地面に俯けに倒れた自分にのしかかっているのは、自分と同じくらいの年の男。
……右腕を切り落とされ――――否、自分で切り落とし、それでも私を殺す事をやめなかった、狂気的で、それでいて美しい男。
自分には見えない何かを視ているような、その蒼に輝く眼光。
そう、確かに美しいかも知れない。
一つ事だけを突き詰め、ただ殺すことだけを念頭に鍛え上げられたその身体――――一瞬だけ、霊夢も美しいと思ってしまった。
……しかし、そんな感情も霊夢の頭から吹き飛ぶ。
――――男が、左手に持ったナイフを上に掲げた。
ソレはただ切れ味がいいだけの六寸程のナイフ。
何の術式も施されていなければ、それなりの年月をかけた概念武装でもない……ただ鋭いだけのナイフ。
……しかし、触れられるほどの“死”を前に、霊夢にとって、そのナイフはまさに死の象徴である事に他ならない。
霊夢には、そのナイフが、死神の鎌にしか見えなかった。
そして、冷酷で残酷で慈悲のない、雨に洗い流された、銀光に輝く刃が、振り下ろされた。
「――――ッッ!!」
迫り来る“死”を直視できる精神を持たない霊夢は、怯えた顔で眼を瞑る。
――――やだ、もっと生きたい。
――――まだ、死ねない。
――――まだ、やりたい事だってあるのに。
――――もっと、生きたい。
――――もっと……生きたいよ……。
「お義母さん……」
頭に浮かぶのは、青みが入った黒の長髪――――紅白の巫女服を纏った義母の背中。
霊夢は今は亡き先代巫女の背中を思い出した。
人間の癖に誰よりも超然としていて、巫女のくせに全然巫女らしからぬ事ばかりに手を付けていた、だけど巫女の仕事をきっちりと遂げていた――――霊夢にとって、唯一無二の家族にして、霊夢をただ一人大切にしてくれた女性の背中。
瞑った目からは、かすかな涙が流れ出ていた。
身体は動かそうにも、そもそも今の自分は五体満足ですらない。
左腕は切り落とされ、右足は潰された。
そして、俯けに押し倒された状態――――たかが右手一本と、左足一本で何が出来ようか。
「――――?」
しかしいつまで立っても、己の意識が途絶えない事に霊夢は違和感を感じた。
霊夢は眼を瞑ったまま、自分の首に手を当ててみた。
――――首が、繋がっている?
それどころか血の匂いすらしなかった。
右足から来る痛みも、切断された左腕から来る痛みも、確かにあった。
左足が動かせることも、右手が動かせることも確認した。
……朦朧とした意識の中で、霊夢はゆっくりと眼を開けた。
「……ゆか、り?」
……この豪雨の中では似合わぬ出で立ち――――金髪のロングヘアーに、紫を基調としたドレスを身に纏う……あの胡散臭い女の後ろ姿……。
その背中を最後に視界に入れた時、霊夢の意識はそこで途絶えた。
◇
「コイツね……」
女性は自身が吹き飛ばして、気絶させた男を見て呟く。
金髪のロングヘアー、この豪雨には不釣合いな日傘、紫を基調としたドレスを身に纏い、金色がかった紫の瞳。
……その端正な顔立ち、容姿は見る者の心を奪う――――魅了させると言っても過言ではないだろう。
普段は胡散臭い彼女であるが、今回ばかりはその眼を見ただけで彼女の感情が分かろう。
――――怒り、憎しみ、嫌悪、憎悪。
ソレ以外に表現できる彼女の今の感情などあろうか……。
周囲は彼女の表現しようのない“圧”で覆われ、その空気の中にいたものはそれだけで発狂してしまうだろう。
……幸い、この場には意識を失った博麗の巫女と、女性によって気絶させられた殺人鬼しかいないので、実質的に彼女の“圧”を直に受けるものは一人もいない。
「この男が……霊夢の左腕を……」
女性は指を突き出し、そこに妖力を収束させ、やがてエネルギーが女性の指先に溜まってゆく。
見た感じは大した事がないというのに、その指先に溜まってゆく妖力のエネルギーは倒れている殺人鬼一人を木端微塵にするには十分すぎる程の威力を秘めている。
……しかし、女性の指先から光は消えてゆく。
「……」
そして、女性は突き出した指を下ろした。
女性は怒りを抑えて、倒れている巫女――――霊夢の方に向き直る。
……右足は潰され、左手は切断されている。
気絶しているにも関わらず、切断された左手の断面に霊夢自身の結界が張られたままなのは、ソレは何よりも霊夢自身の才能を表していた。
そして、気絶している霊夢の下に、一つの空間が現れた。
俗に、スキマと呼ばれる空間。
その空間を生み出したのも、もちろん金髪の女性である。
霊夢はその空間に吸い込まれるように、落ちていった。
「まあ今回、半分はこの子の自業自得だから、今少し猶予を与えるわ。……最も、この場を生きられたらの話だけど……」
女性は、倒れている男性に向き直り、そう言った。
そうは言ったものの、男性はもう助かる様子などない。
肋骨は2、3本折れ、身体中の所々から少量の出血、加えて彼自身が切断した右腕、そして彼自身の能力で負担をかけた脳髄。
……辛うじて、生きているという状態だった。
「……誰か来るみたい。行きましょうか」
そして、女性は虚空に指をトン、と置いた。
……そこから、先ほどの同じような空間が現れた。
女性もまた、ソレに飲まれるように消えてゆく。
「運がよかったわね……“殺人貴”」
……そう言い残して、彼女は消えていった。
◇
「何で……こう、なるのかしら?」
雨でずぶ濡れになったメイド服を纏いながら、咲夜は愚痴る。
地面が崩壊した後、最後に見たのは奈落へ落ちてゆく霊夢の姿だけだった。
……その後は、そんな余裕など残されていなかった。
崩落する地面、それによって支えを失った大木達が次々と倒れてゆき、地面と共に崩落してゆく状況の中、足場のなくなった咲夜に襲いかかってきたのは落ちてくる大量の大木だった。
足場がないだけなら、空を飛ぶだけでなんとかなる。
しかし、上から一斉に降ってくる木々を避ける俊敏性など咲夜は持ち合わせない。だから一つ一つを時を止めながら避けていったいいものの。
葉っぱという唯一、屋根の代わりに雨宿りとなるものが失われた今、メイド服はびしょ濡れ。
今、メイド服の上着を脱いでしまえば、ワイシャツが透けて彼女の肌が見えてしまう程だった。
おまけに早苗との戦いで、負傷しているため、息も荒かった。
その上に七夜が地面を崩壊させた所を巻き込まれれば……とばっちりもいい所である。
――――ぐちゃ、ぐちゃ
雨に濡れた地面は泥となって、咲夜の足音を嫌なモノに変えていく。
そんな音に対してなのか、ずぶ濡れになった自分のメイド服に対してなのか、それともさっきから自分の頭に降り注ぐ豪雨に対してなのか……咲夜は不機嫌そうに顔を顰める。
……おそらく全てに対して鬱陶しいと思っているだろう。
当たりを見回そうにも、倒れた木々と、視界を不安定にさせる程に降ってくる雨粒しか見えないのが現状である。
咲夜は右手に持ったナニカ――――もとい七夜が自分で切り落とした右腕が握られていた。
……骨は砕かれ神経がぐちゃぐちゃになっているが、咲夜が時を止めているため、腐敗する事なく、あの永遠亭の医師なら綺麗に直してくっつけてくれるだろう。
そんな希望を抱きながら、咲夜は崩れた地形を進んだ。
「――――っっ!!?」
その時だった。
横方向からとてつもない妖圧……もとい妖力を感じ取った。
……威圧して放たれるものではない……ただそこにいるだけでこれほどの圧を発させる何かが、ソコにいるのだと咲夜は感じ取った。
――――この気配、どこかで……。
ただそこにいるだけで、視界にないのに感じるこの圧倒的存在感――――咲夜はこの気配に覚えがあった。
「……あそこね」
……あまりに自然に、そしてとてつもない妖圧に冷たい汗が肌に流れるが、それでも咲夜は行くことにした・
ふと、その妖圧が止んだ。
一体、あそこで何が起こっているのか、咲夜は確かめるために、空を飛び、その方向へと進んだ。
……下を見渡せば、無惨に倒れている木々。
そして周りを見渡せば、崩れ落ちた地形が無惨にも広がっていた。
それでも崩壊したのが森の一部分であっただけにまだマシな方である。
「……これ、七夜がやったの?」
咲夜は見たのだ、七夜がナイフを地面に突き刺しているところを……。
その瞬間、地形は崩れ落ち、この様になったのだ。
こんな芸当……誰にも……。
「いや、妹様なら、もしくは――――」
できるかもしれない、と咲夜は零す。
ありとあらゆるものを破壊する彼女ならば、このような芸当も不可能じゃないかもしれない。
……となると、七夜の能力をあの妹様と同じ――――もしくは似たようなモノではないのかと咲夜は推測した。
だけど……あの少年は、そんな能力など持っていなかったはず……七夜一族の異能はあってもせいぜい淨眼くらいだ。
なら七夜は本当に……あの少年なのだろうか。
……そんな疑問を抱いたその時――――
「――――ッッ!!?」
咲夜の視界に、一つの人影が入った。
……俯せに倒れているため、顔と表情は見えないが、見違えることはなかった。
中身は変われど、昔からその面影を残していた後ろ姿……漆黒の髪。
そして、血が所々に滲んだ白いワイシャツ姿。
……誰であるかはもう、特定できない方がおかしかった。
「七夜っ!!」
咲夜は顔色を真っ青にして、すぐさま地へ降り立ち、倒れている七夜に駆け寄った。
雨で濡れた地面は走りにくかったが、ソレを気にすることなく、咲夜はただただ必死に七夜へと駆け寄る。
七夜の傍までたどり着いた咲夜は俯けに倒れた七夜を仰向けに寝かせた後、七夜の身体を抱き起こし、彼の名を呼んだ。
「……」
しかし、七夜からの返事はない。
まるで、死んでいるかのような穏やかさで、七夜の息は薄かった。
まるで死人のような顔で、生気は宿っていないような、傍にいるだけで“死”を感じさせるように……動かなかった。
「七夜っ!! しっかりしてっ!!」
「……」
それでも、七夜は眼を瞑ったまま、何も答えなかった。
帰ってくるのは、木霊して帰ってくる咲夜自身の声だけ……七夜から帰ってくる言葉など、一つとてなかった。
七夜はただ……光を、生気を、失った死人のような静けさで、動かなかった。
「目を……開けなさいよ。貴方は……紅魔館の……執事でしょう? ねえ――――志貴」
そして咲夜はついに呼んでしまった。
彼の本当の名前。
……幻想郷において、彼女だけが知っている彼の本当の名前だった。
「……」
……それでも、七夜からの返事はない。……ピクリとも動かない。
「――――ッッ!!」
咲夜は七夜の左腕を手に取り、脈に手を当ててみた。
まだ、死んだと決まった訳ではない。
七夜の静かな脈とは正反対に、咲夜の脈拍度は上昇するばかりである。
……脈は、動いていなかった。
いや――――
――――……クン……、ド…クン、ド……クン。
……まだ、かすかに動いていた。
「……生きてる」
七夜の生存に安堵し、咲夜は呟くが、身体から力を抜く事はなかった。
現時点で生きているというだけの話なのだ。
……これは、いつ死んでもおかしくはないのだ。
幸い、ここから紅魔館までそんなに距離はないはずだ。
「……絶対、死なせないから」
咲夜はそう呟き、七夜の身体を抱いた
そして、七夜と咲夜以外の世界が、『止まった』。
咲夜は七夜を抱いたまま、上空へ飛んだ。
――――時間はもう、残されていない。
◇
妖精メイドが入れてくれた紅茶のカップを見つめる。
……その見た目と匂いはいつも咲夜が出してくれるモノと何ら大差はない。
そう……あくまで見た目と匂いだけだ。
紅茶の水面に映った地面の顔をしばらく見つめ、やがて紅茶のカップを手に取り、一口飲んだ。
……甘味と後からくる苦味がグっとくる味が、口の中に染み込む。
これが妖精メイドが入れたものであるのなら、及第点――――否、大絶賛に値してもいいぐらいである。
しかし――――
「駄目ね……」
それでもレミリアは静かに紅茶のカップをテーブルの上に置き、不満そうに呟く。
いや、これ以上の品のある紅茶を求めるこそ我儘であるのは分かっているのだが、やはり咲夜が入れてくれた紅茶が彼女には一番なのだ。
十六夜咲夜――――私が唯一傍に置くことに決めた人間にして、神であろうと、妖怪であろうとたどり着けぬ次元――――「時を操る程度の能力」を持つ、レミリアにとっての満月。
私が知る限りで、自分にとっての美しい人間は咲夜以上にはいなかった。
「何なの……この嫌な予感……。この雨のせいかしら……?」
……呟いて、雨つぶで外の様子が見えにくくなった窓を見やる。
空は曇天、視界を覆うは鬱陶しいほどの豪雨。
流水は吸血鬼にとっては天敵であるが、この豪雨に対する不快感は果たしてソレからくるモノとは思えない……まるで……
この嫌な予感が……雨粒みたいに肌に纏わりついて……それでいて拭えないようなナニか……。
「早く――――帰ってきなさい、二人共……」
そう言って、再び紅茶を啜るものの、甘味が足りない……。
物足りない……あの二人は……何をしているの?
「お……、お嬢様っ!!」
……そう思っていたら急にドアがバン、と開き、何事かと思ったら、ドアを蹴り開けた美鈴が……って、ちょっと蹴り開ける事ないじゃないっ!!?
ただでさえさっきギィーギィーいっていたのにこれ以上がドアがおかしくなったら修理が面倒になるじゃないっ!!
その様子からして慌てているのは分かるけど、もう少し落ち着いて――――。
「美鈴、ドアは手で正しく開けてちょうだい。主の居間のドアを思い切り蹴り開けて……貴女はどこぞのお尋ね者にでもなるつもりなの?」
「す、すいません。だけど――――今はそれ所ではありあませんっ!!」
私の注意を軽く流しやがったよコイツ……後でどう料理しようから……せっかく中国なんだから、「美鈴の麻婆肉」にでもしようかしら。
……とまあ、巫山戯るのはここまでにしましょう。
「咲夜さんと七夜さんが帰ってきました。だけど――――」
「……だけど?」
「二人共ひどい怪我。……特に七夜さんが――――もう、今にも死にそうで……」
――――バリン。
その瞬間、頭が真っ白になり、何か落ちて割れるような音がした。
……意識をはっきりさせ、下を見てみる。
そこには……割れた紅茶にカップの破片と……紅茶の液体がこぼれた床があった。
◇
「どうかしら、月の賢者さん?」
「……」
布団に寝かせた博麗の巫女の切断された腕をよく見た……傍にいる妖怪の賢者さんの話だと切断されたからそう時間は立ってはいない。
くっつけることは容易いのだと……さっきまでそう疑わなかった・
しかし――――。
「……無理ですね」
「……」
妖怪の賢者は表情を変えない。
……だけど、目を見ればその感情は分かってしまう。
むしろ……普段胡散臭い彼女は目を見ても、その感情すら悟らせないというのに、目をみるだけでその感情が分かってしまうのもレア物だが……眼の前の事態は、そう思う程に穏やかではない。
「……どうしてからしら?」
「……切断されこの腕はもう“死”んでいます。僅かでも生きていればくっつければ機能しますけれど……この腕はおそらくくっつけてももう機能しない。ただ重荷になるだけですね……」
「……どういう事?」
「個体そのものとしては残っていますが、腕としての機能が完全に失われている。ただ個体だけが存在し、腕としての存在意義、神経組織、筋肉組織に至るまでのそれぞれが担っている機能が全て『死滅』しているということです」
重い空気が……ただただ漂った。
……眼の前の賢者は表情には出さずとも、絶望しているのが分かる。
それもそうだ。私にとってもこの事態は好ましい筈がない。
幻想郷のバランサーたる博麗の巫女の左腕が落とされたなど……そんな事、幻想郷中に広まったらどうなるか……。
今まで妖怪たちは幻想郷を囲む結界を保つを役割を持つ博麗の巫女を眼の敵にしようとも襲うことも、傷つけることも、触れることすら恐れ多くてできなかった。
しかし、その巫女の腕を……何者かが切り落とした。
しかも、その腕はもうくっつかないという……。
「……そう」
やがて現実を受けれた妖怪の賢者――――八雲紫は静かに眼を閉じ、顔を伏せた。
……博麗の巫女の腕を直せないという後ろめたさに、私も顔を俯けてしまった。
「……一つ、聞いていもいいですか?」
そこで、ふと浮かんだ疑問を聞いていみることにした。
……もちろん、間を置いてだ。
八雲紫は顔を上げ、私を見た。
……整った丹精で美しい顔が私を見つめた。
「博麗の巫女は……能力を使わなかったのですか? 使ってさえいればこんな事にはならなかった筈では……」
「……それは……眼の前の本人に聞いてみないと分かりませんわ」
……本人も知らない、という事か。
しかし肝心の霊夢本人は未だ現に目覚めない。
だから現時点で分かることではないという事だ。
もし、能力を使った状態で尚切り落とされたというのならば……腕が死んでいる理由も……なんとなく納得できるような気もするのだが……。
「とりあえず、潰れた右足に関しては処置を致しました。おそらく一日ほど経てば元通りになるでしょう。
ですが……左腕だけは……どうにも……」
「……他に方法とかはないのかしら?」
「残念ながら……腕そのものが完全に“死んでいる”ので、もうくっつきません」
再び、沈黙が支配する。
「紫……?」
「……大丈夫よ、月医師。……今回は、霊夢を野放しにした私に責任がありますわ。まさかこの子が、“あの事”をまだ引きずっているなんて……感づけなかった私の責任ですわ……」
あの事……とは何の事であるかは聞かない方がいいのだろうか……そう判断した私は敢えて何も聞かなかった。
眼の前の妖怪の賢者は幻想郷の創始者であるが故に、ソレを背負う責任の重さも、本人が一番身を持って感じている。
……幻想郷の住民として、少しでも手助けはしたい。
だけど、結局の所、背負っている責の重さは彼女の方がはるかに大きいもの。
不老不死という罪を犯した私が背負っているモノと比べることすらおこがましい……彼女の責を一緒に背負うことができないのが……後ろめたかった。
……そう思ったその矢先――――
「賢者殿だけの責任ではありません。……博麗の巫女に“鈴”を渡した私にも、責任を負う義務があります」
障子が開く音がしたので、その方向に顔を向けてみれば、そこには、青を基調とした礼装服を纏った緑髪の少女と、その後ろに癖のある赤髪ツインテール……後ろに巨大な鎌を背負った死神が一人……。
「わざわざ来ていただき、感謝致しますわ、閻魔殿……」
「紫……この方は?」
「初めまして、噂はかねがね聞いています、月医師・八意永琳……私の名は四季映姫・ヤマザナドゥ。幻想郷の閻魔を担当している者です。ヤマザナドゥはただ単に役職名なので、本名は前者の方になります。
後ろにいるのは、部下の小野塚小町と言います。
以後、お見知りおきを――――」
丁寧にお辞儀をする閻魔と名乗った少女……ソレに続いて後ろにいる赤髪の死神をペコと頭を下げてお辞儀をしてきた。
「八意永琳と申します。知ってのとおり、この竹林の中で医者を務めさせてもらっています。これからもよろしく――――」
相手の丁寧なお辞儀に対してこちらもお辞儀で返した。
……性格はかなり真面目そうね。
「最初は、鈴を渡して、巫女が異変を解決してくれればいいと思っていました。……けれど、それがこのような結果を招くとは……完璧に私の失態です」
申し訳なさそうに、映姫は顔を俯けた。
このままでは……一向に話が進まさそうだ。
「とりあえず責任伝々は置いておきましょう。誰の責任だとか論じていても仕方ありません」
このままだと両者とも自分の責任だとか言って、自分を攻め続けそうなので、とりあえず歯止めをかけることにする。
今は……眼の前の状況について論じるべきだと思う。
「そう……ですね。今更、責任伝々言っていても仕方ありません」
顔を俯けていた映姫は顔を上げて、未だ布団で目覚めない博麗の巫女を見つめた。
「基本的に、私は幻想郷そのものには不干渉ですが。今回の異変については別です。……死者が関わっているこの異変……私もできる限り力を尽くしましょう」
罪悪感に塗れていたその目は、真っ直ぐになり、堂々と力を貸す事を表明した閻魔……おそらくこれが彼女の本来の性格なのだろう。
「お力添え感謝しますわ、閻魔殿。……月医師、貴女にもこの話は聞いて欲しいのだけれど……」
「はい、この巫女の治療に関わった以上、私にも話を聞く義務がありますね」
むしろ、席を外された溜まったものではない。
バランサーたる博麗の巫女がこの様では、幻想郷の住民たる私が無関係である筈がないのだから……。
「小町、少し席を外してもらえますか? 貴女にも後で話します」
「畏まりました、映姫様」
席を外すように命じられた、赤髪の死神はそのまま障子を開いて、出て行った。
……この部屋に残さたのは。私――――月医師こと八意永琳と、幻想郷の賢者・八雲紫、幻想郷担当の閻魔・四季映姫。
「では、話し合いましょう。――――今回の、異変について……」
◇
「やれやれ、上達はみんな大変だね……。いや、映姫様が後で話すって言っていたから私も無関係じゃなくてなるって事かい……」
本当に面倒だね……もちろん仕事をしょっちゅうをサボっているおかげで三途の川には死者の魂たちが溜まっているけれど、まさか外からゾンビが転移されてくるなんて……吸血鬼襲来異変以来じゃないか……。
しかも、博麗の巫女はその死者の一人に腕を切り落とされたとかなんとか……ソイツって死者なのかって疑問が残るが、まあよく分からない。
「おや……」
縁側に来てみたら、縁側に座っている月兎が一匹……。
こんな雨を見つめてどうかしたんだか……。
とりあえず見かけたからには、声をかけなきゃね。
「あんた、こんな雨なんか見つめてどうかしたのかい?」
声をかけた。
突如、その視線は雨から私に振り返られる。
……制服らしきモノを来て、頭に……つけ耳(?)らしきものがついている少女だった。
「貴女は……あの閻魔と一緒にいた――――」
「小野塚小町。死神さ。あんたの名前は?」
「……鈴仙・優曇華院・イナバと申します。師匠からはウドンゲだとか言われてますが、できれば鈴仙ってよんで欲しいです」
「そうかい。じゃ、鈴仙って呼ばせてもらうよ」
そう言って、縁側で鈴仙の隣に腰掛けた。
……視界を覆うのは雨だけだが、退屈するよりはまだマシって所か……。
「今回の異変、相当面倒な事になりそうだね……、映姫さまがあんなに罪悪感を感じる所……見たことないよ」
「私も、博麗の巫女が腕を取られた状態で紫さんに連れてこられたときはビックリしました。……一体、何があったのだと、今すぐにでも聞き出したくらいに……」
隣を見れば、顔を俯けている鈴仙の顔。
……まだそのショックから立ち直れないのか、目は澱んでいた。
「いずれお前さんの師匠が話してくるさ。映姫さまも話が終わったら私に話してくれるみたいだし……私ら下っ端はここで待っているしかないって事さ」
「……そうですか」
……しばらく、沈黙は続く。
私も、相手も互いに思う所があるだろう。
今回の異変について知りたくても今すぐには知れないもどかしさ、重傷を負った幻想郷のバランサー。
色々な事がありすぎる。
「今回の――――」
「ん……」
しばらくして、先に口を開いたのは鈴仙だった。
「今回の異変。外から死者たちが結界を飛び越えて、転移されてきています。今の所はまだ少数なのですが。
幸いにも人里には被害がないです。しかし、何匹かの妖怪は死者たちに食われて、またその中の妖怪が死者として活動を開始してしまったケースも見受けられます。
まあ、現時点でそのほとんどは退治されたようですが、まだまだ死者たちは幻想郷に来る。
おそらくその数も増えていく。
その時は――――私たちも、行くことになるんでしょうね……」
「そうなる可能性が高いね。
今はまだごく少数しか来ていないし、その度に退治されているが、一向に来る傾向が止まない。
……まだ小事で済まされているが、今回の件で小事じゃなくなった。博麗の巫女の腕を切り落とした死者――――一体何者なんなんだろうね……」
「わかりません。……だけど、靈夢さんをアレほどにまでに傷を負わせるなんて、私達でどうにかできるレベルなんでしょうか……」
「できる……と思い切って言える自身は少なくともないね」
むしろできないと言い切らないのは、私に備わった最低限の負けず嫌いの性分って奴なのか、敵さんを前にそんな事を言ったら映姫様に説教させられそうだ。
……いや、映姫様はああ見えて、他人の事を考えて説教している訳だから、むしろ自分の命を大事にしろって説教されそうだけど……。
「さてさて、これからどうなるんだろうねぇ……」
そう呟き、空の曇天を見つめた。
……やっぱり、晴れ時じゃないといい気なんてしないモノだ。
こんなザァーザァー振られては鬱陶しくて叶わない。
「あれ……?」
突如……隣にいた鈴仙が声をあげた。
「どうしたんだい?」
「向こうから……複数の人影が……」
冷静が竹林の向こうを指さした。
……それに釣られて、私も竹林の向こうを向いてみる。
複数の人影が何処か慌てている様子で、コチラに向かっているのが見える。
「アレ……もしかして紅魔館の面子じゃないのかい?」
「そうみたいですね。永遠亭に何の用で――――」
人影が、近づいてくる。
戦闘にいるのは……紅魔館の主――――レミリア・スカーレットと言ったか。
後続には彼女の仲間たちもいるようである。
……やがて、彼女たちは、コチラにやって来るや否や――――
「そこの月兎、月医師はいるかしら?」
「え、ええ……。いますけれど……」
「今すぐ中に入れて頂戴っ!! ウチの執事と、咲夜の治療をしてほしいのっ!!」
叫んだレミリアの後ろには……怪我を負った紅魔館のメイド長――――十六夜咲夜と。
……紅魔館の門番と……、ソレに抱かれた一人の男が――――、
「「……っっ!!」」
私と鈴仙はその男の様子に口を噤んでしまう。
全身はボロボロ――――応急処置はされているようだが、それでもだ――――で右腕は切り落とされており、意識を失っていた。
「すぐに……っ!! 呼んでちょうだいっ!! コイツ、今にも死にそうなのッッ……!!」
「――――ッ!! 分かりましたっ!! とりあえず部屋に寝かせますのでこっちに来てくださいっ!!」
……ああもう、今日は厄日かね……。
博麗の巫女に続いて、ソレに並ぶ重傷患者が運ばれてくるなんて……今日のここは大繁盛じゃないか。
そう、溜息を付いた。
「小町さん、師匠を呼んでいただいていいですか?」
「あいよ、お安い御用だ」
あんな気まずい話し合いの中を邪魔するのは気が引けるが、それ所じゃないねこりゃ……。
とりあえず、頼まれた事をやりますか。
……そう自分に言い聞かせて、私は映姫さま達の所へ行った。
・”あの事”とは
要するに霊夢の過去。
まだ咲夜ルートでは明らかにしません。霊夢の過去は霊夢ルートで明らかになると思うので待っていただけると有難いです。
小町さん、鈴仙さん、実は目の前にいる重傷患者こそが、霊夢の腕を切り落とした張本人ですぜ……。