まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第97話 旗艦の覚悟

「やあ、加賀……」

扉の向こうで満面の笑みを浮かべている長門。

 

加賀は何事も無かったように扉を閉めると鍵をかけ、ドアガードをかけた。

軽くため息をつくと再び部屋の奥へと戻ろうとする。

 

すると、外から「えっ? 」という驚いたような声が聞こえたと思うと、すぐさまドアが激しくノックされる。

「おい、加賀! なんだなんだ、冗談は止めてくれ」

と、叫ぶ声が聞こえてくる。加賀は無視しようとしたが、さらにドアがノックされる。その間隔はどんどんと短くなり、おまけに無理矢理開けようとする気配を感じたため、仕方なく扉を開くことにした。

 

「何かしら? あまり廊下で騒がれると、隣の部屋の提督が起きてしまうのだけれど」

と、夜中の来訪者を窘める。

 

「……相変わらず冗談がきついな、お前は」

そう言って笑いながら長門が部屋へと入ってくる。

 

「ちょっと、あなた。誰も入っていいなんて言ってないのだけれど」

 

「気にするな。私とお前の仲だろう。そんな気遣いは無用だ」

止めようとする加賀を押しのけ、ずかずかと歩いていくと、ソファーにどかっと腰掛けた。長い足を組み、辺りを見回す。

「いやあ、さすがに名門ホテルだった建物を改装しただけあるな。ふむふむ、内装は豪華なままなんだな。初めて来てみたが、なかなか雰囲気も良い感じだし、部屋から見える外の眺めも良いな」

 

「別にあなたが泊まる部屋じゃないから、豪華だろうと貧相だろうと、どうでもいいでしょう? それに眠るだけの部屋だから、内装や眺望なんて……興味がないわ」

 

「ふうん。やっぱり……提督と一緒じゃないからかな? 」

と、ニヤリと笑う。

 

「な! 何をいきなり変なことを……馬鹿馬鹿しい」

 

「しかし、なんで提督と同じ部屋じゃないのかな」

不思議そうに長門が疑問を口にする。どうやら本気でそう思っているようだ。

 

「当たり前でしょう? 提督と私はそんな関係じゃないのだから。何を破廉恥な事を考えているの、あなた」

と、加賀が語気を強めながら答える。

 

「いや、私はそんなことを言ったつもりはないんだが。……提督は身体が不自由なのだろう? ならば誰が彼の面倒を看るというのだ。ここは舞鶴じゃない。誰も彼の世話をしてくれないぞ。そうなると、秘書艦のお前がその役割をするのが当然じゃないのかな? 」

ニヤニヤしながら長門が彼女を見つめてくる。まるで何を勝手に勘違いしているのかと責めているようにさえ思える。

 

「そ、……そそ」

言葉に詰まり、黙り込んでしまう加賀。

 

「ふ……ふ、うふふふ」

そんな姿を見て、堪えきれずに長門は笑い出してしまった。

 

「な、何が可笑しいの? 」

憮然とした表情で加賀が答える。その瞳には、明らかに不快感に似た感情が表れている。

 

「まあ怒るな怒るな。別にお前を馬鹿にしているわけじゃないんだ」

必死に笑いを抑えようと真面目な顔を作ろうとしているようだが、どうしてもうまく行かないようで、必死に湧き上がる押さえ込もうと妙に歪んだ表情で長門が弁解する。

 

「それは、どういうことかしら? 」

あえて感情を抑え淡々と質問する加賀。

 

「いや……」

なんとか真面目な顔を作り出して長門が加賀を見る。

「うん、まさかこんな風に話せるとは思っていなかったからな。そうだな……。一言で言うなら、今のお前を見て、安心したってことだ」

 

「それは、どういうことかしら」

 

「正直なところ、お前が来ると聞いて、私は悩んでいたんだよ。もし、お前と顔を会わせた時、お前と話さなければならなかった時、私はどうすれば良いんだ? どんな顔をすれば良いんだってな」

長門は時々言葉に詰まりながら、ゆっくりと話す。その表情は先ほどまでの茶化すようなものはどこにもなく、言葉も気持ちを込めた真剣なものだった。

「あの時、意図せずに赤城が沈むこととなり、結果としてお前は全ての罪を一人で背負い、苦しんでいた。全てを憎み世界中の何もかもを呪い、そして自分さえも憎んでいたな。そんなお前の気持ちが分かっていながら、私は何もお前にしてやれなかった。忙しさにかまけ、私がなすべき事を先送りにしていた。あの頃は失った戦力を補うためになさねばならないことが多かった。とてつもなく忙しかった。寝る間も惜しんで対応しなければならなかった。……しかし、それは全て私自身への言い訳に過ぎなかったんだ。本当はお前に何て言葉をかければいいか、どう対応すればいいか分からなかったから、避けていただけなんだ。私にとって、あのころのお前の存在が重すぎた。……そして、何もできないままお前は舞鶴へと去っていった。私は横須賀鎮守府の秘書艦であったのに、……否、お前の親友の筈だったのに、何もできなかった。何ら言葉をかけることができなかった。いや、そうじゃない……しなかったんだ。そうだ……為すべき事を為さなかった」

苦しそうな独白だった。

 

加賀は首を横に振る。

「あの時の私に何を言っても、聞く耳を持たなかった。何をやろうとも私は拒絶し、かけられた優しさに対してさえ、傷つけようとしたはず。だから、あなたは何も悪くない。私が一人、殻に閉じこもっていただけ。あなたが気に病む事じゃないわ」

 

「そう言ってもらえれば、少しは気が楽になる。けれど、聞いて欲しいんだ。私の気持ちを。私は悩んでいたというより、正直、怖かったんだ。お前と会うことが怖かった。親友なのにお前に何もしてやれなかった。そんなお前が再びこの地に戻ってくるなんて。ここを去ったときと同じ状態だったらどうしようかと思っていたんだ。どうすればいい? なにをすればいい? だから必死でいろいろと考えた。私がお前に何ができるかを。あの時できなかった事、なさなければならなかった事、今度こそ、その少しでもいいからお前の心の重荷を少しでも軽くしてやれることがないかって……」

 

「その気持ちだけで充分よ。……それだけで嬉しい。今の私には、十分すぎるわ」

目の前で独白するかつての戦友に、加賀は微笑みかける。それは、心からの感謝のつもりだった。自分が自分に課せられた苦しみの中で藻掻いていた時、長門も同じように苦しみ悩んでいたのだ。そんなことに思いをはせることさえできず、自分だけが不幸を背負い込んでいたと思いこんでいた事が恥ずかしかった。そして、友の気持ちに感謝した。

「ありがとう、長門」

 

「そう言ってくれるだけで、私も嬉しい。……しかし」

長門は加賀を見つめ頷くと、少し間をおいた。

「あの時、お前が横須賀を離れる姿を見ていたせいもあるんだが、ここまで立ち直れるなんて想像もできなかった。よくここまで明るさを取り戻せたな。それが正直な私の気持ちなんだ。一体、何があったんだ」

 

「……私が気づくのが遅かっただけなの。それだけのこと。みんな、私の事を心配してくれていたのに、私は自らが作りあげた殻の中に閉じこもり、全てを拒否していた。横須賀でも、今いる舞鶴でも……。ずっとずっと、みんなの優しさに包まれていたのに、それから目を逸らして拒絶し避けていた。全く、馬鹿よね……そんな当たり前の事に気づくことさえなかったのに。でも、そのことを気づかせてくれた。暗闇の中の私に手を差し伸べてくれた」

加賀は、自分の身体を両腕で抱きしめるような仕草をしながら語る。

 

「気づかせてくれた人……それが冷泉提督だった、ということか」

その問いに、加賀は頷くだけで言葉では答えなかった。

 

「そうか、そうだな。今のお前を見ているだけで想像できる。冷泉提督は相当素晴らしい人のようだな」

 

「フン。人間としては、褒めるとすぐに調子に乗るし、気が多くて艦娘みんなに手を出そうとするような基本ドスケベだし、根拠もなく偉そうだし。提督としても人間としても、半人前だわ」

視線を右に逸らしながら加賀が今の提督の評価を語る。表情からは、照れているのか本気で言っているのか分からない。

 

「なかなか辛辣な意見だな。……それにしても、珍しいな」

 

「何がかしら? 」

 

「お前が誰かのことをそんなに語る事がだよ。基本クールで人間のことは必要最低限しか関わろうとしなかったお前が、そこまで誰かの事を批評するなんて今まで無かったからな。生田提督ですら、そこまで言わなかったように思うんだがな」

 

「そ、……それはたまたま口にする機会が無かっただけで、自分の上司や同僚になる人間については分析していたわ。何を変なことを言うのかしら」

早口でまくし立てるように反論する加賀。

 

「ふーん。まあ、それならそれでもいいさ。……しかし、なんだな」

 

「何かしら」

警戒するような目で長門の様子を伺う加賀。まだ何か余計なことを言うのかと構えているようにさえ見える。

 

「いや、お前の様子を見ていると、なんだか舞鶴は楽しそうだな」

 

「……まあ、確かに賑やかではあるわね。いろんな子もいるし」

 

「そうか……。うん、決めた! 」

 

「な、何をよ! 」

突然、大声を出した長門に驚いた表情で答える加賀。

 

「私も舞鶴鎮守府へ異動願いを出すことにしたぞ」

 

「は? 何を言い出すの、あなた。どこかで頭でも打ったの? 」

一瞬惚けた加賀であったが、すぐに冷静な口調になる。

 

「横須賀には、大和と武蔵の二人が着任した。ここはもうあの二人に任せればいい。私は私のやりたいことをやってみたい。これは良い機会だよな。ずっと余所の鎮守府に行ってみたかったんだ。そこで自分の力がどこまで通じるか試してみたかった。舞鶴鎮守府は、まさに私の理想にピッタリだ! それに……」

 

「駄目ぇーーーー! 」

長門の言葉を遮るように、加賀が叫んだ。

「絶対にダメダメ! 駄目なんだから駄目よ」

明らかに動揺した態度で否定をし続ける加賀。顔を上気させ、目を見開いたまま睨むようにしている。

 

「……どうしたんだ、加賀? 」

あまりの友人の変化に戸惑いながら長門が問いかける。しかし、その声は彼女には届いていないように思える。なにやらブツブツと独り言を言っている。

 

「絶対駄目だわ。これは認めてはいけない。長門みたいな艦娘が鎮守府に来たら、提督がどうなるか分からない。黒髪でロングヘア、そして巨乳。これは、絶対に提督の好みなんだから。そして、真面目そうに見えるけど実は……っていうギャップもある子だから、興味を示さないはずがないわ。またあの人、絶対にちょっかい出すに決まっているもの。……もう、どうすればいいっていうの。ただでさえ、金剛や高雄みたいなのがいる上に、島風や叢雲みたいな子もいて、みんな提督が好きみたいなのに、長門まで来たら、どうしたらいいっていうの。ライバルが多すぎる。私じゃ、勝ち目なんてないじゃない。ああ、どうしたらいいの。どうしようどうしよう……」

加賀は、両手で頭を掻きむしり、独り言を続けている。

 

「……加賀、おい、加賀? 加賀さん、聞こえてますか」

恐る恐る声をかけるが、まだ自分の世界から戻ってきていないように見える。このまま放置もできないので、肩を何度か叩く。加賀の瞳からは光沢が失われていて、焦点が合っていない。長門を見ているはずなのに、遥か後方にピントが合わされているように見える。叩いても反応がないので、肩を揺すってみる。

 

「……」

なんとか瞳に光が戻ってきたように見える。

「え? どうしたのかしら」

虚ろな表情で加賀が答えた。

 

「ふう。一時はどうなることかと思ったぞ。何かいきなり深刻そうな顔をしたかと思ったら、急になんかネガティブな発言を繰り返すもんだから。正直、驚いてしまったぞ。お前、そんな性格だったかな」

 

「へ、変なことを言ってたの」

 

「いや、まあ別に大した事は言ってなかったぞ。舞鶴では恋のライバルが多くて困っているというのと、私が巨乳で黒髪ロングだから冷泉提督のタイプだから困るって事くらいだ。そうかそうか。冷泉提督は乳がでかい女が好みなんだな。それなら、加賀もタイプの女性ってことになるな。わはははは」

その言葉を聞いた途端、加賀の顔が真っ赤になる。

 

「あうあうあう」

手をバタバタと振り、何かを言おうとするが言葉になっていない。

そんな友人の姿を見ながら、長門は楽しそうにニヤニヤと笑っている。

 

「別に気にやむ必要は無い。私はお前の恋のライバルになろうなんて思っていないからな。お前はお前の魅力を発揮して、冷泉提督の心を手に入れるんだ。私は、冷泉提督の愛人として幸せになるから」

そう言いながら、何やら幸せそうに笑う長門。

 

「は? あなた、何を言っているの」

 

「いや、何の事はないぞ。私のことなど気に病む必要など無い。お前は自らの魅力を武器に提督の心を手に入れればいいんだ。そして、お前が冷泉提督の恋人となり、私はそれを知りながら冷泉提督に近づいて誘惑し、私達は隠れて付き合う事になるのだ。親友に隠れてその恋人と付き合う……。ああ、なんという絶望的な背徳感。もし、ばれたら、恋人もそして親友も両方を同時に失ってしまうという恐怖。二人は隠れて爛れた関係に……。提督もそれを知りながら、関係を絶つことができずに煩悶する。ああ、考えただけでも、悩ましい悩ましい。ああ! 悩ましい」

今度は、一人籠もって鼻息も荒く興奮している親友の姿を見て、呆然とするのは加賀の番だった。普段はまじめで凛々しいのだが、あるきっかけで妄想の世界に旅立つこの艦娘の姿を知るものは少ない。

冗談のように聞こえるが、おそらく、彼女は本気で言っているはずなのだ。

 

「本気で言っているのかもしれないけれど、いえ、恐らく本気なんでしょうけど、聞かなかった事にしておくわ。前提条件からして、ありえないのだから、あなたの妄想ということにしておくから……」

一瞬だけ危機感を持った加賀であったが、よくよく考えてみれば、長門が舞鶴鎮守府に来るはずがない事に気づき、人知れず胸をなで下ろしていたのだった。

長門は、横須賀鎮守府の旗艦なのだから。そんな彼女が余所の鎮守府に行くことなどありえない。何故なら、横須賀が日本の鎮守府の頂点にあるからだ。一番上の鎮守府の旗艦である彼女を他の鎮守府に持って行くことなど、降格人事の何者でもなく、それは絶対にありえないことだったのだ。彼女が旗艦でなくなる時、それは退役の時しかありえないのだから。

「あなたが横須賀を離れられるわけが無いじゃない。横須賀鎮守府の旗艦は、日本国の旗艦なのよ。そのあなたが、格下の鎮守府へ異動なんてできるわけないじゃない。そんな前例なんて無いし、そんな事は許されないわ。そして、何より、あなたのプライドが許さないでしょう? 」

当たり前のことを当たり前のように、加賀が言う。

 

「……」

しかし、長門は黙り込んだまま、次の言葉を発さない。思い詰めたような、深刻な顔のままだ。

 

「ねえ、まさか……本当なの? 」

息をのむ加賀。

 

「お前の言うとおりだ。間もなく横須賀鎮守府旗艦は、戦艦大和になる。……私は、旗艦の任を解かれることになるんだよ」

 

「そ、そんな。……だとしたら、あなたはどうなるっていうの? 」

唖然とした表情で問いかけるが、長門は少し考え込むような素振りを見せる。そして、大きく深呼吸をして、告げる。

「横須賀鎮守府の旗艦を解かれたら、お前の言うように、次に行くところは無いし、私も行くつもりは無い。故に、この先については既に決まっている」

 


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