「さてと……」
冷泉は、そこで一呼吸置く。
とりあえず、今回の舞鶴鎮守府近海防衛戦における、艦娘達に対する労えたと思う。
しかし、反省する事ばかりだ。今回の戦いは、結果だけでいえば人類側の勝利となっているが、本当に危なかったなと思う。まさか、冷泉本人が倒れたのを計ったようなタイミングで侵攻してくるなんて……。涅槃に行きかけていた冷泉がたまたま戻ってこられたから良かったものの、もし、冷泉が帰らぬ人となっていたら本当にこの鎮守府は堕ちていたかもしれないのだから。
冷泉が不在時の対応について、もう少し練っておく必要があるなと反省するばかりだ。マニュアルでも作成しないといけないか……。
「ところでさ、高雄」
「はい、何でしょうか? 提督」
一人だけ残った秘書艦高雄がニッコリと微笑む。他の子達には、戦闘明けであることから、休養を取るよう指示をしている。幸い、あれだけ激しい撃ち合いのあった艦隊戦であったけれど、被弾した艦は無かったので、休養だけで問題は無い。
「何だかよく分からないんだけど、ほっぺたが腫れているようにズキズキ痛むし、それにちょっと動くだけで全身に激痛が走るんだ。……特にどこかで打ったわけじゃないんだけど、何でなんだろう? 」
ずっと感じていた違和感を、彼女に何気なく問いかけてみる。
「え? いえ、何ででしょうね? えーっと……何か心当たりがありますか? 」
どういう訳か慌てたような話し方をする高雄。
「そうだなあ。それが全然思い当たらないんだよな。戦闘を終えて帰ってきたら、お前達が夕張の艦橋まで迎えに来てくれて、そんで司令室に戻って、お前達と話をしてって感じかな」
「そ、そうですか! ……では、加賀さんを救出する際の戦いの傷がまだ癒えていないだけでしょうね、多分。……覚えていないんですねぇ、良かった。さすが扶桑さん」
「うん? どうかしたのか」
最後の方の言葉は小声になっていたので良く聞こえなかった。
「いえいえ、何でもありませんよ。ところで、提督、この後はどうされますか? 」
軽く否定の言葉を返すと、唐突に話を切り替える高雄。
「えっと、そうだな」
と言いながらも、予定は決めていた。
「ドッグに行って、島風と加賀の様子を確認したいな」
彼女たちの様子を確認しないわけにはいかない。二人を残したまま、世界の狭間に放り込まれていて、戻ってきてもすぐに戦闘があって、確認ができていなかったが、ずっと気になっていたのだ。彼女たちの治癒状況や、今後の対応を医師(技術者)に確認しておきたかった。
「はい、わかりました。では、すぐに迎えに来させますね」
本来なら一人行くつもりなのだけれど、冷泉の体の状況が状況だ。一人で歩くことなどできるはずなく、電動車椅子でなら移動だけなら可能だけれど、いろいろと不具合が生じるし、その度に、兵士達の手を借りるのも面倒だし気を遣ってしまう。そこで、秘書艦である高雄も同行することとなった。
ドッグに着くと、高雄は冷泉に問うことなく、進んでいく。島風と加賀、どちらの艦娘の方を先に見舞うかについて、冷泉は何も言っていない。
「ちょ、ちょっと待って、高雄」
と、慌てて秘書艦を制止する。
「はい、何ですか」
高雄は冷泉に見える場所まで移動してくると、少し俯き加減になり怪訝そうな顔で彼を見る。
「誰の病室に行こうしてたんだ? 俺は、何も言ってないけど」
「え? 加賀さんの所でしょう? 彼女の怪我は、重傷と行かないまでも結構酷かったですし。……それに、彼女の精神的な面について提督は、ずいぶんと心を痛めていましたからね。加賀さんの状況が気になると思ったんです。だから、そちらへ行くと思ったのですが」
「いや、加賀のことも気になるけれど、まずは島風に会いたい。あいつのがんばりが無かったら、加賀を救うことさえできなかったからね。そのために相当無理をさせてしまったはずなんだ。だから、あいつのほうが心配だ。それに、あいつにまずはお礼を言いたいんだよ。よく頑張ったねと褒めてあげたいんだ」
「そ、……そうですか」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけではあるが、高雄の表情が何故だか曇ったように見えた。けれど、それもすぐに消え、
「そうですね、島風は……彼女にしては珍しく、頑張ってましたからね。先に行って褒めてあげないと、あの子、拗ねちゃいますよね」
そう言って笑った。
ノックをして病室に入ると、島風はベッドに横になって、退屈そうに主治医と会話をしていた。しかし、冷泉の姿を見ると瞳を輝かせ、飛び起きた。
「提督! 」
五月蠅いくらいの声で冷泉の名を呼ぶ。
「もう入院してるの飽きましたー。ずっと寝てばかりで退屈すぎて死にそうです。ずっとずっと寝てばかりでおかしくなりそうです。でも、先生はまだ駄目だって退院させてくれないんですよー」
ほっぺたを膨らませながら不満を延々と話し続ける。
「仕方ないだろう? お前は、加賀を助けるために相当無理をしたんだ。だから、先生が完全に大丈夫って言われるまで休まなきゃだめだぞ」
冷泉は、鎮守府最速を誇る島風とはいえ、加賀を助けるために限界付近の速力で長時間突っ走ったのだから、艦本体にも、そしてそれとリンクしている身体にも相当の負荷がかかっていたのではないかと思っていた。それがどの程度のもどであり、身体にどの程度のダメージがあったのかを心配していた。
「はーい」
仕方なさそうに頷く島風。
冷泉は彼女の側に車椅子を進めて近づくと、彼女の頭を撫でてやり、ながらねぎらいの言葉をかける。
「島風、よく頑張ったね。お前の力が無かったら、加賀を救えなかったし、俺もどうなっていたかわからない。こうやってお前と再会できたのもお前のおかげだ。ありがとう」
「えへへへへ。そんなに褒められると照れますね」
照れながら島風はまんざらでも無さそうだ。そして、
「島風は大丈夫だけど……でも、提督の体は大丈夫なんです? まーた変な顔になってるし。顔がパンパンに腫れ上がって不細工」
と言って、冷泉の顔を見ながら笑う。
「体調については万全とは言えないけど、まあなんとかいけそうだよ。あんな酷い怪我をしてたからな。生きているのが不思議なくらいなんだよなあ。だから生きているだけでラッキーと思わないとね」
まともに動かせる部位が少ないけれど、死んでいてもおかしくない状態だったのだから、現状については特に悲観していない。
「けどさ、……戦闘指揮で集中しすぎていたから覚えていないだけなのかもしれないけれど、どうしてこんなに顔が腫れてるか覚えていないんだよな。でも、そんなに俺の顔が腫れているのか?? うーん、おかしいな。戦闘前は、顔が腫れていなかったはずだし、戦闘で夕張に着弾なんて無かったはずだし、どこでどうやったらこんな打撲傷ができるんだろ? 不思議だな……まあ、それはいいか。俺の身体の状況については、このくらいの状況で済んでいるんだからむしろラッキーだと思わないといけない。お前達と再会できたんだから。それに、これもリハビリをすればちっとは、ましになると思うさ」
要介護状態からどれくらい戻すことができるかは不明なのに、妙に自信たっぷりに冷泉が答える。
高雄は、島風との会話中、何故かあたふたして落ち着きがない。何かあったのだろうか?
「それよりも提督。……少しお話をしてよろしいですか」
ドッグの島風担当医が何かを言おうとする。
「あー、提督提督!! 」
「どうした、島風? 」
「えっとねえっとね、島風ね、……ちょっと、疲れちゃったんだけど」
さらに割り込むように島風が言葉を挟んでくる。
「何か眠たくなって来ちゃった」
「あ、そうか。済まない、ちょっと長居しすぎたか。ごめんごめん」
まるで医師が冷泉に何か言おうとしたのを遮るような気がしたが、まさかと思い冷泉はそれ以上は言わなかった。高雄と話している時に、島風がかなり厳しい表情で医師を睨んでいる姿が視界の隅っこに見え、どうしたのかと思って彼女の方を見ると、どうしたの? といった感じで不思議そうな顔をする島風しかいなかった。
気のせいか。
「ええと……」
困ったような顔で医師が高雄を見る。高雄は医師に頷く。それを見て諦めたように医師も納得したようだ。
「分かりました。では、また後で」
そう言うと医師は引き下がる。
「じゃあ、また来るからな、島風。ちゃんと休んでおくんだぞ」
「はーい」
そう言うと、笑顔を見せて冷泉達が部屋を出送るのを見送ってくれた。
今回、夜にもう一回投稿予定です。