まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第85話

 

「掌握、完了しました」

夕張の声に合わせ、冷泉はゆっくりと意識を集中させていく。静かに右手を前方へと伸ばす。

夕張が冷泉の座った椅子を少し斜め前へと移動する。手を伸ばせば射撃管制システムの操作ができる状態だ。

操作盤に手を乗せると意識を集中していく……。自分の脳から肩へ、右腕へ、指先へ。そしてそこから操作盤へと意識を這わせ、艦内の回路を通ってメインコンピュータへと繋がるイメージを作り出していく。

 

チクリと頭の奥を刺すような痛みが貫いていく。

くっ……結構、きついな。

しかし、その動作をやめるつもりはない。

 

夕張が得ているデータ以上のものが、冷泉の脳へと送り込まれて来ている。それは、領域内での戦いを遙かに上回る量だった。

第一艦隊の状況、敵艦隊の状況、それらをすべて含めたエリア全体の情報も入ってくる。その膨大なデータを受け止めるには、冷泉では負荷が大きすぎるということなのだろう。けれど、現状、それを限定的に取捨選択する方法を彼は知らない。

大丈夫―――。

頭痛さえ無視すれば、無理をすればなんとかなるかな……。自信はないけれどもやるしかない。

 

敵艦隊との距離は、レールガンの射程より少し遠い状況。敵は領域と通常海域との境界線付近をゆっくりと移動している状態だ。こちらへ接近してくるという意志は、今のところそれほど強く無いように思える。そこから推測するに、今回の奴らの狙いは鎮守府を襲うものではなく、艦娘への攻撃のようだ。

 

ならば……攻撃をするのみ。

 

モニタの表示がめまぐるしく変化していく。

冷泉の視界の中に表示されるモニタの一つが拡大され、遙か彼方の敵艦隊へとフォーカスされていく。それに連動するかのように夕張の14cm連装砲および単装砲が動いていく。

艦娘(本体である軍艦部)に搭載されている兵器は、領域戦と通常海域戦の両方に対応できるようにハイブリッド化されている。そのため、搭載できる装備や弾薬には限りがあるため、出撃時には組み合わせに常に頭を悩ますのだ。ただ、夕張は通常海域戦に特化しているため、装備や弾薬の搭載量を減らせる代わりに、電子機器を大量に搭載できている。ゆえに作戦指揮艦として活躍ができるわけだ。

 

夕張と同じように他の艦の主砲も冷泉によって制御されているのだろう。そのイメージが脳内に再生されていく。

そして、十字陣形の先頭の駆逐艦にカーソルが合う。

 

「全艦……砲撃開始!! 」

第一艦隊の全砲門が開かれる。

同時に脳が焼けるような痛みに襲われる。思わず呻いてしまい、突っ伏してしまいそうになる。

 

「提督、大丈夫? 」

慌てて夕張が体を支えてくれる。その瞬間、電気のようなものが冷泉の体を流れ、そのまま夕張に伝わっていくイメージ。

「ひゃあ! 」

と、唐突に悲鳴を上げる夕張。

夕張も同じような感覚を得たということか。彼女の突然の反応は、まさに全身に電気が流れたという感じだった。

そして、さらに今、明確になった事が一つ。冷泉の体を伝わって操作盤を経由して艦内へと伸ばしたイメージは、艦娘の夕張へ直接繋がった方がより効率が良いということだ。艦と艦娘はいわゆる一心同体。ならば巨大な艦内を経由するより、艦娘に直接通したほうが負荷が遙かに少ないということなのだろうか。

自分の持つ謎の能力……。射撃管制装置を強化するような能力を発揮する為には、艦娘に触れて直接指示した方がどうやら効果的だし、何よりも冷泉本人の脳などへの負荷が明らかに少ないようだ。夕張に触れているだけで、これまで感じていた痛みが全くとは言わないまでも、相当に軽減されているのが分かった。

 

これは冷泉にとっては、朗報だ。

 

まともに艦本体へ干渉することによるデータ送受信量は、冷泉の脳のキャパシティを越えるものらしく、おまけに、現在は艦隊そのものをコントロールしている状態。流石に特に優秀でもない冷泉の頭脳では、処理能力が追いつかないどころの騒ぎではなく、そもそも持ちこたえられずにショートしそうだったのだ。

 

「すまん、夕張、しばらくの間、我慢してくれよ」

そう言って、冷泉を支えてくれている艦娘の腰に手を回す。

直接触れた彼女の肌はすべすべしていて、暖かかった。そんな余計な情報まで入ってきてしまう。

 

「あっ……」

直接彼女の肌のぬくもりを感じると同時に、彼女の体へとアクセスしていく感覚が伝わってくる。それは艦自体にアクセスするよりも楽で、より情報が入ってくるような感覚だ。

「な、て、提督。これ……なんなの」

少しだけ体をのけぞらせながら、驚きと戸惑いの表情で冷泉を見つめる艦娘。頬を赤らめ、その瞳は少し潤んでいていて、何だかなまめかしささえ感じる。

「艦隊の様子や、……状況が、いつもより遙かに……クリアに見えるの。これは、どうして? 」

息づかいも少し荒くなり、体をよじらせたりしている。

「それに、何だか、体がずっと熱くて、おまけに、痺れるような……あん! そんな、感じなんだけど」

何だか見てるこっちの方が恥ずかしくなるのだけれど。ちゃんと説明しないと、冷泉が彼女に悪戯しているように見えてしまう。

 

「これは、俺の能力の開眼……なのかもしれない」

そう言いながら、第一射の軌跡をモニタで確認する。全弾が未だ射程外のはずの敵艦隊の先頭艦に命中したようだ。敵は射程外ということで油断していたのか、防御が遅くなったようだ。数発が直撃し、炎を巻き上げている。

言葉を発さずに、指示を行う。第二射の攻撃準備だ。

「どういうわけか、戦場を俯瞰し、さらには通常では得られない情報をどこからか手に入れられるようなんだ。そして、艦に干渉して操作をできるらしい」

 

「そんなことができるなんて、信じられない……わ。ゃん! 」

すぐ側に夕張の顔があり、悶えるような表情をするので結構緊張してしまう。凄く艶めかしいんだから。

 

「えっと、基本的には、領域線の時に情報を得るだけで、少しだけ艦を操作できるようなんだ。だけど、通常海域だとその力はより強化できるようだ。この前に島風と出撃した時、それを感じた。そして、今は、お前が第一艦隊の指揮権を掌握しているから、俺は全艦の操作ができてしまうらしい」

 

「あん……よく分からないけど、提督の手から何かが私の体に伝わって行って、それがみんなの攻撃を指揮しているのは分かる、ん、だけど……」

言葉を詰まらせる夕張。

「提督が何かするたびに、私の体全身に電気みたいなのが流れてくるの。そのせいで、私、まともに考えることもしゃべることも出来ないよ。提督と意識が重なるような感じがして、なんて言ったらいいかわかんない」

 

「大丈夫。俺に任せろ。戦闘は俺が指揮するから。お前は俺を信じて、俺にすべてをゆだねていればいいんだ」

 

「そ……そんな」

夕張が恥ずかしそうにうつむく。

何か言い方を間違えたかもしれないけど、弁解をする間がなさそうだ。

敵艦隊が前進を始めた。

 

「第二射を始めるぞ」

再び、攻撃システムへとアクセスし指示を出そうとする。

 

「ひゃん! 」

夕張が妙な声を上げる。

再び、夕張以下、全艦が砲撃を行う。

冷泉は認識する。自らの不明な能力で艦娘の能力を高めることができるらしいが、夕張を経由することでその能力がより高められること、そして冷泉の体への負荷が減っている事が分かる。

彼女が集約したデータを把握し、彼女を経由して指令を伝達する。

問題点としては、直接、夕張の肌に触れておく必要があることくらいだ。……何かするたびに彼女が身をよじったり、喘ぎ悶えたりする姿を間近で見せられるというのがちょっと恥ずかしいけれど。

しかし、それをやめる訳にはいかない。そうすることで夕張が得ている情報が自然と冷泉も把握することができる。そして、得られる情報は、冷泉単独で把握できている情報よりさらに精度が高い、味方だけでなく敵の細かい状況も含まれている情報である。どの艦がどういう状態であり、どの武器がどういう状況で照準を行えばどうといった細かい情報が脳への負荷をかなり減らした状態でありながらも、今まで以上に詳しい情報が得られるのである。この能力は、夕張の情報収集能力があってこそのものであり、それを領域では使えないのがとてつもなく勿体ないと感じる。なぜなら、通常海域では、この力を使えば、敵に対して圧倒的優位な状況で戦いを挑むことができる。どういった理屈で敵艦の状況までが詳しく分かるかは不明なのが気になる点ではあるけれど。

 

舞鶴鎮守府第一艦隊は、艦娘データリンクシステムによる超精密度砲撃により敵艦隊を猛攻する。その精度は、誘導弾ではない砲撃でさえほぼ100%近い命中率だ。200キロ程度離れた距離で、衛星や航空機による誘導等を使うことなく、この精度は、ある意味反則といっても良い精度なのではないだろうか?

 

ただし、敵深海棲艦は映画でよくあるバリアのような斥力場シールド展開による防御を行うため、単純に砲弾をばらまくだけの攻撃ではすべて防がれてしまう。敵は全方位からの攻撃に備え、艦を中心に水面より上へ半球状の斥力場シールドを張っているため、あらゆる方向からの攻撃を受け止めることは出来るが、防御を集中できない。この敵の展開する防御壁を打ち破るためには、弾幕を一点集中させる必要がある。

 

冷泉は攻撃システムをすべて掌握した状態で、攻撃を敵艦1隻に集中させる攻撃を取る。戦艦2隻重巡洋艦2隻の砲撃は凄まじいものがある。これにより、敵の防御障壁はついに一点集中攻撃に耐えきれずに消失し、敵艦本隊への着弾を確認できた。当たり前なのだけれど、球状に張り巡らせば全方位からの攻撃を防げる代わりに、その耐久度はどうしても落とさざるを得なくなるので、攻撃を集中させると保ちきれないのだ。

「命中です……。先頭の駆逐に損傷」

夕張が嬉しそうに伝えてくる。

 

「油断をするな。敵は圧倒的に数的優位だ。被弾したのは駆逐艦にすぎない。そう簡単にはいかないよ」

淡々とした口調で冷泉は答える。

 

そして、冷泉予想通り、数的に三倍に勝る戦力を誇る敵艦隊は、全く怯まずに攻めてくる。まるで明確な勝利が見えているかのようにその戦意は高いように思える。冷泉からも実際にそう思えるし、艦隊同士の連携も隙が無く、ほぼ完璧に機能しているようにみえる。まだ敵の射程外であるからこんな風に観られるが、敵の攻撃が始まったらそんな余裕は無くなるかもしれない……。現に敵は射程外だということで砲撃をしてこない。数的優位であろうとも、無駄弾を使わない冷静さもある。

 

「距離を維持したまま、アウトレンジ戦法を継続する」

敵が接近の気配を見せれば後退し、下がれば前進する。そして、冷泉の能力を用いた徹底した火力の集中を行うことで少しずつ敵にダメージを与えていく。けれど、その攻撃は敵艦に致命傷を与えるまでには行かない。

そして、敵艦隊の艦隊運動もさらに洗練されていき、15隻の艦が一つの生き物のように正確に前進と後退を繰り返し、冷泉の艦隊運動の裏をかき、舞鶴鎮守府艦隊を艦砲射撃の射程内に捉えることが多くなっていく。火力において三倍の威力に徐々に押されていくことになってしまう。

 

防御システムが臨界に達するほどの敵の火力。こちらも敵と同様の斥力場シールドを装備している。防御壁は、全体に張り巡らす方があらゆる方向からの攻撃に備えることができるが、防御限界が低くなる欠点を持ち、大火力もしくは集中攻撃を受けると突破されるという危険性をはらんでいる。このため、防御スクリーンは限定的に柱状、面的に設置することが多いのだ。現在の舞鶴鎮守府第一艦隊においても、全方位に斥力場フィールドを展開させることはしていない。本来ならば、その方が確実であり楽なのだが、敵艦隊の火力が強すぎるため、防御しきれないのだ。

冷泉は巧みに艦隊運動を指揮し、斥力場シールドの展開範囲角度を操作している。データリンクシステムの効果か敵の攻撃を的確に予測し、目標とされた艦に防御を集中させることにより被害を最小限に抑えることができているのだ。しかし、火力の差は歴然。

おまけに攻撃を測定し、かつ予測しながらの全艦への操作指示を行うということは相当に負荷が高い。

 

「提督、敵艦隊前進を始めました! 」

夕張が悲鳴を上げる。

敵艦隊が前進を開始し始めたのは認識している。これまでとは異なり、明確に戦線を押し上げてきている。どうやら、遠距離からの砲撃だけではダメージが与えられないと判断したらしい。

「敵艦隊、ミサイルを発射しました」

 

「空域分析開始。対象把握。目標把握。驚異判定。スケジューリング把握……。電子的妨害開始。続けてパッシブデコイ射出。シーカーへの干渉を同時発動」

目まぐるしい速度で指示を各艦へと冷泉は出していく。

敵からのミサイルには電波妨害、デコイを射出による誤射、さらに目標捜索装置を妨害を行う。それを通り抜けてくる物については、弾道を予測し回避行動を取る。そしてよけきれない物については、迎撃ミサイル、最終的には斥力場フィールド展開による防御を行うのだ。

「ダメです、攻撃の数が多すぎます。避け切れません」

そう言ったと思うと、悲鳴を上げた。

同時にすさまじい閃光と衝撃、爆音が巡洋艦夕張を襲う。なんとか防御壁によって本体への損傷は免れたようだ。

「慌てるな、夕張。他艦にも伝えろ。これぐらいの攻撃ではまだ大丈夫だと。奴らはまだ、自分たちの戦力を過信しすぎているようだからな」

更に複数の着弾。……これも防御しきった。

「よし、今だ夕張。ダミーの爆発を艦後部に発生させろ。そして黒煙をまき散らせ」

 

「り、了解しました」

それを合図に巡洋艦夕張の後部より爆発が発生し、黒煙が巻き起こる。

 

「夕張、大丈夫なの? 」

「テートク大丈夫? 今すぐ下がって」

「たいへん!! 待避して」

旗艦の被弾を見て、悲鳴のような声が通信されてくる。

 

それを見てかどうかは不明だが、敵艦隊は冷泉達へ飽和攻撃を行うための再接近を始めているのがモニターより確認できる。しかし、敵は自らの艦隊が冷泉の艦隊に比して数が多いため、攻撃の集中を行うことなく、鎮守府艦隊すべてをまとめて処分しようと攻撃してきているのだ。そのため、いや、そのおかげで、まだまだ各艦の防御許容量は超えていない。まだまだ持ちこたえることはできるはず。

けれど、やはり圧倒的な火力により、このままでは本当に被弾は避けきれない。

 

「テートク、防御ばかりじゃ持ちこたえないデース! こっちからも攻撃しようよ。被弾してるんでショウ? ワタシ達が援護するから、ここから逃げて」

「そうです、提督。斥力場フィールド展開したままでは反撃ができません。このまま後退するしかありません。巡洋艦の装甲ではこれ以上の被弾は危険すぎます」

と金剛達が連絡してくる。

 

「もう少し我慢するんだ。今は、敵の攻撃が激しすぎて砲撃ことができないだろ。砲撃するためには防御スクリーンを解除しないといけない。そんなことをしたら、火だるまだぞ! もう少し待つんだ。今は我慢するんだ」

 

「でも、いつまでも保つとは思えません」

と、高雄。

 

「俺たちは大丈夫だ。それより俺の合図があるまでは防御と回避に徹しろ。俺の指示があれば一斉攻撃できるように準備をしておけ」

 

「そんな長くは保ちません……わ。提督、大丈夫なのですか」

心配そうな声は扶桑だろう。

 

「大丈夫、俺を信じろ」

冷泉は彼女たちを安心させるように声を発した。

 

「分かったネー! ワタシは提督を信じる。だって正妻だモンネー」

妙に元気な声が通信で帰ってきた。

 

こんな状況でありながら、金剛の言葉に冷泉は思わず吹き出してしまう。凄いなこの子は……と感心もしてしまう。

 

 

―――そして、その時、敵の猛攻が一瞬止まった。

 

「なんなの? 」

「何が起こったの? 」

冷泉の艦隊にも動揺が走る。

 

「全艦、前進を開始する」

冷泉が命令を出した。

 

敵艦隊の沈黙……。

その理由を瞬時に悟った。

理由はあまりにも簡単。……弾を撃ちつくし、補充の必要が生じたからだ。あまりに圧倒的な状態だったため、残弾計算すら忘れて撃ちまくっていたのだ。

押すときは全力で押し切る。それは基本だ。まさか、敵も冷泉達があの攻撃を持ちこたえるとは思っていなかったのだろう。

 

今がチャンスだ!

 

 

しかし、その時! 

 

「敵艦隊の背後の領域より艦影あり! 」

夕張が叫ぶ。

「艦影より判断はできませんが、総数6。一気に向かってきます」

緊張した夕張の声が艦内に響く。

 

「敵の増援なの!? 」

「そんな……」

 

飛び出してきた艦隊。敵の更なる増援なのか! 

皆に衝撃が走った。

 


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