まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第81話

冗談……だって? 

結構、焦ってしまったのに。

 

けれど……。

彼女達が自分の帰りを待っているなんて、期待はしていても本気で考えようとはしなかった。なぜなら、それを求めてはいけないと思っていたからだ。

 

冷泉朝陽という司令官の死という事実は、一部の艦娘にとってはショックな出来事かもしれないけれども、それでも、彼女たちはすぐに立ち直り、新しい提督を迎えて再び戦いの場へと向かうと思っていた。

悲しいけれど、それが艦娘という戦いを宿命づけられた存在であるからだ。過去に囚われてばかりいては戦えなくなる。

 

普通は、そうだろう。

否、そうであるべきはずなのだから。

 

「えっと、嘘をついて、ごめんなさい。ショックを受けたかも知れませんね」

 

「驚きはしたけど……ね。けれど、俺の復帰を信じて行動しているなんて、想像もできなかった。どう考えたって俺が戻るなんて考えられない状況だったはずなのに……あいつらは」

冷泉の怪我の状況を見れば、誰もが無理だと考えるはずなのに、彼女たちは冷泉の復活を信じている。一体、どうしてそこまで信じられるのだろう? どうして、自分を待ってくれるのか。

冷泉は、自分がそれほど待望される事が理解できなかった。死んでしまった人間にいつまでも囚われたままでは、前には進めない。特に、艦娘たちのように常に戦いの中にある状況なら尚更だ。済んでしまったことをいつまでもくよくよしても前には進めない。そして彼女たちは前に進まざるを得ない。休むことなど許されない宿命なんだから。

 

「それだけ、みんながあなたを信じていたのでしょう。……もちろん、加賀さんもあなたの事を信じていますよ。特に、彼女は、ずっと……あなたを待ち続けています。会ってあなたに謝りたいのですよ」

何故か念を押すように、加賀の事を付け加える。

 

「そうか……」

彼女たちに対しては好き勝手な事を言ってたし、しょっちゅうセクハラまがいの行為もしたけど、それでもまだ信頼されていた事を喜びつつ、その期待に応えなければならないという重圧のほうが強い。もちろん、その重圧は心地よいものであるのだけれど。

 

「そうか、……そうだな。こんな俺でも、あいつらが待っていてくれるなら、尚更、戻らなければならないな。期待に応えないと、あいつらに失礼だよな。……それに、俺が帰らないと、碌でもないやつが俺の後任になりそうだしな。……せめて、それだけは阻止しないといけない。絶対にだ」

 

「では、元の世界に戻りますか」

 

「うん。でも、どうやったらいいんだ? 」

帰る覚悟は決めたが、どうやって戻るかが想像も出来ない。

 

そんな冷泉に、いとも簡単に赤城が答える。

「簡単な事ですよ。あなたは現在、肉体を持たない存在になっています。所謂、アストラル体と呼ばれる存在になっています。そして、この世界は現世・前世・来世・霊界・冥界・魔界・神界……それら概念的世界とは異なる、単なる狭間の空間です。あなたをこの空間に束縛する引力斥力重力などなど……そういったものはここにはありません。あなたは意志のままに自由なのです。なので、ただ戻りたいと念じれば、あなたの体に戻ることができるはずです」

 

「??? 」

頭の中にクエスチョンマークが無数に現れてくる。何も理解できない。こんな事なら宗教学を習っておけば良かった。……もしかするとオカルト学の方になるのかもしれないけれど。言葉の意味が理解できないし、その概念も把握できない。

 

「そう深く考える必要は無いですよ。ただただ、みんなが待っている世界に戻る。戻りたい。そう強く念じるだけなんです。必ず戻れると信じる。戻ると決定する。……あなたの意志の力があれば、それだけで向こう側に行くことができるのです」

 

「……なるほど。とにかく、原理は不明ではあるけど、帰りたいと願えば……その想いが強ければ元の世界に戻れるってことなんだね」

半分も理解していないけれど、そう答える。

 

「そうです。あなたのことを想ってくれている彼女たちの顔を思い浮かべてください。そうすれば、おのずと道は見えてくるはずですよ」

 

冷泉は、鎮守府で待つ、彼の部下達の顔を思い浮かべる。そうする事で心が温かくなり満たされていくのを感じる。みんなが自分を待っている。彼女たちの心の波動を感じるだけで、体が浮かび上がりそうになる錯覚めいた感覚になる。

軽く念じるだけで飛んで行けそうだ……。

 

「そうです、その感じです。心を軽くして飛んでください。彼女たちのもとへ。あなたを待っている彼女たちのもとへ」

背中を後押しするように赤城が言う。

今、飛べば本当に元の世界に飛んで行けそうだ。そんな予感がする。

 

「……だったら」

と、冷泉は赤城に問いかける。

「元の世界に戻れるというのなら、君も一緒に行かないか? ……いや、拒否しても無駄だ。俺は君を連れて行くぞ」

それは誘いではなく、ほぼ命令に近かった。

「そもそも、俺が戻れるのなら、赤城、君だって戻れるんじゃないのか? もし、難しいとしても、俺と一緒ならその困難も可能になるのではないか」

そう言って、冷泉は赤城に手を差し出す。

赤城は、差し出された手を見て、一瞬だけだけれど、瞳に明らかな動揺が走る。

 

「どうしたんだ? 何を迷ってるんだ。俺と一緒に元の世界に戻ろう。そして、みんなの所へ帰るんだ。君が戻れば、加賀も喜ぶだろう。それから、……個人的にはどうでもいいけれど、横須賀鎮守府の提督も喜ぶだろう」

 

赤城は、一瞬だけ笑みを見せ、その笑顔が悲しみの表情へと変わる。

「冷泉提督、ありがあとうございます……。けれど、私はあなたと共に行くことはできません」

 

「何故なんだ? どうしてダメなんだよ? 元の世界に帰りたいんじゃないのか? 生田提督の側に帰りたくないのか」

 

冷泉の問いにそれまでとはうって変わり、悲しそうな切なそうな顔で赤城はこちらを見る。

「それは叶わぬ夢なのです。私だって出来ることなら戻りたいです。……けれども、それは不可能なのです。私は、すでに死んだ存在なのですから。そして、あなたは生きているのです。私たち二人の間には絶対に越えられない壁があるのです。だから、提督、あなただけでお戻りください。それしかありません」

 

「いや、しかし。けれども……」

 

「私の事は、気になさらないでください。そもそも、提督が迷い込んだだけなのです。それぞれの者は、本来あるべき場所に戻らなければなりません。あなたは元の世界に、そして、私も本来行くべきところにいかなければならないのです」

 

「けれど、君もこの狭間の空間に来ることができた。だったら、条件は変わらないんじゃないのか。俺と戻る可能性だってありうるはずだぜ」

 

赤城は、首を横に振る。

「残念ながら、私もここに長くとどまることはできません。先程も言いましたが、私はすでに死んだ存在なのですから。死者は本来、行くべきところがあるのです。けれど、冷泉提督にお願いがあったからこそ、無理矢理に私は摂理をねじ曲げて……これは言い過ぎですけど、ここにやって来たのです。いえ、来なければならなかったのです。親友の加賀さんの為に。その想いがあったから、来られました。でも本来なら、私はここの住人ではないのですから、そう長く留まることができないのです。そして、もう、そう長くはここに居られないです」

 

「いや、でも君は沈んだんだから、ここに来るのは問題ないでしょ」

 

「艦娘には、私も知らなかった……いえ、忘れていたのかもしれませんが、死んで終わりにはならないのです。私たちは輪廻転生を繰り返す存在。循環する存在なのです。艦娘としての生を終えれば次のステージに進むだけなのです。そして、それが永遠に繰り返されるだけなのです」

と、どこか遠くを見るような目をしながら彼女は呟く。

 

「何を言っているのか、意味分からない……」

彼女の語る言葉の半分も理解できない。さらなる疑問を口にしようとした刹那、冷泉を中心とした場所から急に空気が上へと持ち上がっていく感覚。どういう理屈か分からないが上昇気流が発生している。それはどんどんと勢いを増していく。力を抜けば体が持ち上げられそうなほどの力だ。

 

「もう、あまり時間が無いようですね。とにかく、時間がそれほどないのです。提督には戻ってもらわないといけないのです。えっと、時間が無いので、単刀直入に言いますね。私は、加賀さんのためにあなたに生きてほしいのです。死んでしまった私は、加賀さんに何もしてあげられません。それどころか、私の存在が彼女を悲しませ苦しめるだけです。けれど、冷泉提督、あなたは違います。あなたが居てくれれば、加賀さんは生きる希望を得ることができます。あなたが居てくれれば彼女の心は癒やされるでしょうし、希望を持つことができるのです。こんなこと、あなたを好いている他の艦娘もいるのに勝手な言いぐさだと思います。本当なら、冷泉提督には、元の世界に戻り、私が守り通せなかった世界を護ってほしい。艦娘達みんなを護ってほしい。そういうべきなのでしょうけど、今、言いたい事は、私の親友の加賀さんのためだけでいいから、戻ってほしいのです。こんなの、勝手なエゴだとは分かっています。けれど、これが私の本音です」

真剣な瞳でこちらを見つめ、伝えてくる。その言葉一つ一つが彼女の願いであり、彼女の心からの想いだった。

 

「もちろん戻るよ。……そして、おまえも帰るんだ」

冷泉は頷くと共に、彼女に命じる。

「舞鶴鎮守府提督として、空母赤城、おまえに命じる。俺とともに世界に戻る。一緒に来い! お前を置いてなんていけない」

赤城は応えない。悲しそうな目でこちらを見、そして首を横に振った。

「ありがとうございます。私の事まで考えて下さって」

 

「そんなことはどうでもいい。もう、あまり時間が無いみたいなんだ。お前の考えとかこの世界の摂理とかどうでもいいんだ。とにかく、俺と一緒に元の世界に戻るんだ。ごちゃごちゃ理由なんて言わなくて言い。これは命令だ。お前は命令に従えばいいんだ」

これくらい強引に言わないと彼女は従わないだろう。彼女の言うように、死んだ者が蘇る事なんてあり得ないのかもしれない。赤城を元の世界に連れて行く事なんてどんなに頑張ったところで人間である冷泉には不可能かもしれない。けれど、不可能かどうかなんてやってみなければ分からない。

何もせずに諦めるなんてできない。

 

「すみません、冷泉提督。私に命令をできるのは生涯、横須賀鎮守府司令官の生田提督ただお一人しかいないのです。ですので、上司でもなんでもないあなたのご命令には従えません」

冗談を言うように微笑むが、しかし、毅然とした口調で赤城が応える。

「……提督、そのお気持ちだけで結構です。けれど、もういいのです。私のことを心配して下さり、ありがとうございます」

 

「けれど、……可能性があるなら試してみるべきなんじゃないのか? 」

そうは言うものの、赤城の決意は固いことは明らかだ。そして、この試みが失敗することを彼女は知っているのだろう。それは、彼女の態度を見ただけで分かる。何度も元の世界に、彼女の上司がいる世界に戻ろうとして叶わなかった事が。やるべきこと全て試し、それが徒労と終わったことが。

「……分かった。これ以上は言わないよ」

辛そうに寂しそうに苦しそうに……冷泉はその言葉を口にした。

それを聞き、心から安堵したように赤城が微笑む。

 

「……赤城」

 

「はい、なんでしょうか? 」

 

「俺が向こうの世界に戻ることができたら、生田提督に伝えたい事は無いか? 俺は君を連れて帰られないけれど、君の想いを彼に伝えることはできる。せめてそれくらいはさせてくれないか? 」

その言葉を聞き、一瞬驚いたような顔をした赤城であったが、少し考えこんだ後、

「もし……生田提督に会うことがあったら、伝えて下さい。あなたの選択は決して間違っていなかった。あの時、最良の選択をしたのだと。そして、私は決して、あなたの事を恨んでいません。今でもあなたを誰よりも愛しています……。ですから、私の事には拘らず、あなたの理想を、あなたの進むべき道をお進みください……と伝えて頂けますか」

 

「了解した。必ず、君の想いは伝えるから」

何よりも彼女の想いを伝えることが冷泉に課せられた使命だと認識した。

 

「……けれど、あの人の事ですから、冷泉提督の言葉をすぐには信じないと思います。そもそも突拍子も無いことですからねえ」

赤城は悪戯っぽく笑う。

 

「た、……確かに」

冷泉はこの世界に来ているし、そこで赤城と実際に会っているから彼女の言葉に何の疑いも持たないが、この世界を知らないものに信じさせることが果たして可能なのだろうか。それは、この世界から戻ることより難度が高いのではないか。そして冷泉は不安になる。

 

「……」

突然、赤城が冷泉の側に近づくと、耳元で囁く。

 

「え! 」

彼女が耳元で囁いた言葉に、冷泉は一瞬硬直してしまう。

 

赤城は面白そうに笑うと

「今言った事を彼に伝えたなら、疑い深いあの人でも流石に信じてくれますよ。いえ、信じざるをえないでしょうね。ふふふ……それから、たぶん、顔を真っ赤にして恥ずかしがると思います。これは、私と生田提督しか知らない事ですから。その場面を想像するだけで笑っちゃいそう」

確かに……聞いた冷泉も恥ずかしかった。まさに、彼女たち二人しか知らない秘密だろう。

 

「さて、お願いもできたことですし、そろそろお別れですね……」

赤城が告げる。

確かに、冷泉を持ち上げようとする力がさらに強まり、制御できないレベルになってきている。時間はあまりない。

 

「冷泉提督。もしかすると、今度、お会いする時は戦いの中かもしれません。もちろん、敵同士として。その時は、あの子に、加賀さんに命じてください。敵空母赤城を倒せと。艦娘としての使命を果たせと。何を護るべきかは彼女にも分かるはずですが、過去への想いが彼女の意志を折ろうとするかもしれません。その時は、提督が彼女を正しい方向へ導いてあげて下さい。あの子を護れるのは、あの子が頼れるのは。あなたしかいません。私の親友を任せることができる、この世界で唯一の人よ……彼女の事をよろしくお願いします。そして……」

赤城は言葉を続けるが、その刹那、冷泉の身体が宙に浮いた。そして、身体が一気に上昇する。

咄嗟に冷泉は、赤城に向けて手を伸ばした。

最後の最後になっても彼女をもとの世界に連れて行きたいと思ったのだ。このまま彼女たちが離ればなれになるのは辛すぎる。

赤城も右手を伸ばしかけるが、左手で伸ばそうとした手を押さえこんだ。

 

そして、寂しそうに笑ったのだ。

「ありがとう……」

 

「赤城!! 」

冷泉の必死の叫びは、かき消される。

 

次の刹那、一瞬で世界は、暗転したのだった。

 


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