まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第77話

「な……何だと! 」

次の刹那、大佐は形相を急激に変化させて怒鳴ります。

そして、金剛さんに飛びかかると、そのまま両腕を掴んで押し倒します。

 

「キャッ、何をするネ」

金剛さんは抵抗をしますが、不意を突かれたためか、完全に体を押さえ込まれて、さらに両腕の関節を完全に決められてしまっているようです。逃れようと藻掻きますがまるで身動きがとれないようです。

勝ち誇ったような顔になった小野寺大佐は、彼女に馬乗りになるとその腕をぐいぐいと締め上げます。

金剛さんは痛みに耐えられず、うめき声を上げてしまいます。

 

「うふふふふ。ほらほら……どうしたんだい、金剛。さっきまでの威勢の良さはどこにいったのかな? 」

 

「……う……く、苦しい。離し……て」

苦痛に顔をゆがめる金剛さん。

 

大佐は彼女の苦しげにもがく彼女の綺麗な顔を見て興奮してしまっています。目を大きく見開き、見苦しくも嬉しそうな顔をします。目が血走り、瞳孔が開き気味です。おそらくは過呼吸状態です。彼自身、自分が興奮状態に陥りコントロール出来なくなりそうになっているのを自覚しているようで、それをなんとか抑えようとしています。けれど、それを彼自身でも抑えきれないようです。ゼエハアゼエハアと奇妙な呻きを上げます。そして、耐えきれなくなったのか、彼女の長い髪に頬ずりをし、ついには気持ち悪い笑い声を上げました。

「くへあははあああ」

 

金剛さんはなんとかその拘束を外そうと身体をよじったりしますが、どうにもならないようです。本来ならば、金剛さんが、いえ、艦娘ならだれでもですが、本気になれば、たとえ関節を完全に決めた大佐の拘束であろうとも、さほど努力せずとも取り除くことができます。けれども対人間への攻撃制約という名の規制が艦娘にはプログラムされているので、それができません。なので、金剛さんのように普通の女の子並にセーブされた力で足掻くしかできないのです。

艦娘の持つ本来の力で、本気で大佐の拘束を外そうとすれば、彼女の体を拘束した大佐の両腕簡単には引き千切られてしまいます。

 

「う、うーん、おお、いい香りだな。お前、結構いい香水を使ってるようだな? これは結構高いんじゃないのか? これは冷泉に貰ったのか? ふふーん。お前、冷泉の気を引くためにどこまでさせたんだ? さあさあ、教えろよ」

小野寺大佐はその事を知っているのか知らないのか分かりませんが、金剛さんの手入れの行き届いたサラサラの髪に顔を押しつけ、その香りを堪能し、とても嬉しそうに話しかけます。完全に勝ち誇ったような顔です。

一歩間違えれば、自分がどんな危険な事をしているのかを認識していないのかもしれません。

 

「提督は……そんなことしないネ。私達は、何もそんなことない。提督をお前みたいな人と一緒にしないで」

 

「なに? なんだと!! 嘘じゃないのか? 本当なのか? おまえ、まだあいつに手を付けられていないのか! ウェー、ハッハッハ……傑作だ。それは傑作だ。これはいい話を聞いたぞ」

満面の笑みを浮かべ、彼女に顔を近づけ、ハアハアと息を吹きかけます。彼女はそれを必死に避けようと、顔を歪めて藻掻きます。

 

「離して、この変態」

 

「くううううううん。実に無念だ。私はまだ鎮守府提督じゃないから、今は、お前に何もできないが……。着任したら、たっぷりと楽しめそうだな……なぁ、金剛」

 

「な! き、気持ち悪い。お前なんかのいうことなんか、誰がきくものですか。お前に触れられるくらいなら、死んだ方がましだわ。……考えただけで寒気がする。気持ち悪いネ」

痛みを堪えながらも、金剛さんはあえて小野寺大佐を罵るような事を言います。関節を締め上げられる痛みは相当なものでしょうに、表情にさえ表さないように耐えています。それは、何をされようとも決して金剛さんが小野寺大佐には屈しないという意思表示なのでしょうか。

 

「ふふふふふ。金剛よ、お前、必死になって可愛いなあ。そして、本当に冷泉提督の事が好きなんだろうな。そして、それ以上に私の事が嫌いなんだろうなあ。うんうん、分かるぞ。けれどな、その反抗的な態度も私の気持ちを昂ぶらせる燃料にしかならないのだよ。私の事を毛嫌いし、反抗的な態度を取る者に絶対服従を誓わせるのは、とてつもなく楽しいのだよ。私の愉悦の一つなのだよ。……提督が持つ艦娘に対する権限を知らないおまえでもないだろう……。ワクワクするな。私の着任を本当に楽しみにしているがいいぞ、金剛。昼に夜に、たっぷりとネットリとお前に再教育を施して、冷泉が施した洗脳を心と体の両方からじっくり解きほぐしてやるからな。そして、上の口も下の口も目一杯使わせて、真の快楽愉悦というものを教え込んでやるからな……」

必死に抵抗のそぶりを見せていた金剛さんの顔から、みるみる血の気が引いていくのが分かります。

それは、金剛さんが今まで小野寺大佐へは見せることのなかった「恐怖」の表情でした。

 

「ははん。やっと自分の立場が理解できたようだな。いいぞいいぞ、負けを認め抵抗の無意味さを悟ったその表情。実に堪らないよ。負けん気の強い女が絶望し、諦めの表情になるところを見るのは本当に最高だよ。何度見ても素晴らしい。美しい。なあに、怖がることなんて何もないから安心していい。……お前が私のモノになれば、身も心も私のモノになれば、それがどれほど幸せかをたっぷりと教えてやるからな。……なあ、高雄、羽黒。おまえ達も同じように悦ばせてやるから、期待しておけよな」

そう言うと金剛さんを抱きしめながら、私を見、そして羽黒をなめ回すように視ます。

 

「ひーっ!!! 」

羽黒が情けない声を上げ、床にへたり込んでしまいます。両手を身体を抱え込むようにし、怯えた表情で小野寺大佐を見ます。明らかに震えています。

 

「大佐、これ以上の冗談はお止めください。艦娘たちが怯えています」

女性士官がこれ以上はまずいと考えたのか、なんとか声を上げます。少し嫌悪感の混じった声です。彼女なりに私達を庇おうとしてくれたのでしょう。けれど、彼女には何の権限もありませんから、形式的に言っているだけでしかありません。故に大佐は、女性士官からの指摘を全く無視し、金剛さんに対する拘束を解くこともなく、顔を彼女の身体に擦りつけ金剛さんをいたぶり続けています。

 

何故か、女性士官が助けを求めるように私を見てきます。

私にどうしろというのですか……? 私に何が出来るというのですか? ただの秘書艦でしかないのですよ。その思いを目で彼女に訴えかけます。

それでも彼女は縋るような瞳でこちらを見ています。まるで何かを忘れていることを指摘するかのように。

 

一体、何を……。

そう思った時、忘れていた事に気づきます。やっと気づくことができました。

 

そうでした。肝心なことを私は忘れていたのです。

現在の自分の立場を、冷泉提督から与えられている権限を思い出したのです。

 

私は現在、鎮守府司令官代理……。

つまり、提督から彼の持つ全権を委任されていたのでした。それは鎮守府のすべての事に対する権限です。

 

「小野寺大佐、金剛さんを離してください」

なんとか平静さを保った、威厳を持たせた声で言葉を発する事ができました。

提督、私に力をください。そう祈ります。

 

「はあ? おまえ、何言ってるの」

少し呆れたような声を大佐は出します。

 

「……二度は言いません。すぐに彼女から、金剛さんから離れなさい」

 

「だから、何言ってるのかね。誰に向かって口をきいているのかね? お前、自分の立場をわきまえてるのか? 」

 

「私は、秘書艦の高雄です。そして、冷泉提督より舞鶴鎮守府に関する全権委任をされています。これがどういう意味かわからないあなたではありませんよね? もう一度言います。これ以上の部外者による鎮守府における狼藉は舞鶴鎮守府司令官代理の私が許しません」

鎮守府における司令官の権限は絶対です。すべての艦娘及び兵士が提督の指揮下にあり、その命令には絶対的に従わざるをえません。ですから、その気になれば、邪魔なものを軍隊の力をもって排除することができるということです。物理的に、そして秘密裏に永遠にです。

 

「な、……なにを言うのだ」

私の言っている事を理解したのか、明らかに動揺を見せます。

 

「小野寺大佐。仮に、あなたがこの鎮守府の次期司令官だとしても、今はただの部外者でしかありません。そして、今ここに来ているのは公式な訪問ではなく、私的にこちらに来ただけのですよね。あなたがここに来たということを知る者はほとんど、いえ、人事の話ですから、極秘扱い。誰にも言えないでしょう。そして、ここに来ることを誰かに漏らす事もなかったはずですから、おそらくは誰もいないでしょうね。ならば簡単な事ですね。もし、これ以上の狼藉をあえて働くというのであれば、私も兵士のみなさんにお願いして、あなたを排除せざるをえません。金剛さんへの無礼、私や羽黒への無礼。そんな事をこれから行うと宣言するような人間を私が許すと思いますか? そんな人がやがて自分の上司となって横暴を働くと知ったら、その前に何らかの手を打ってもおかしくはないですよね。その選択肢の中には排除というものも含まれてもおかしくありませんよね。もちろん……排除というのは、物理的に、かつ、永遠に排除することになるのですが」

普段の私の言葉遣いと比べ明らかに丁寧でそして低い声で澱むことなく言葉が出てきます。どうやら緊張はしていないようです。提督が側にいてくれるような気がして、緊張しないで喋っていられます。

 

「なにを! そんなこと許されるわけがないだろう」

大佐が大声で怒鳴り、虚勢をはりますが、その声に迫力が無くなっています。

 

「フフフ、そうでしょうかね? 仮にあなたがいなくなったとしても、そもそも舞鶴鎮守府に来たという証拠は一切ありませんし、絶対に出てこないでしょう。痕跡すら残させませんからね。それに、どんなに調べたとしても、うちの兵士たちはあなたの来訪を認めませんよ。そして、そもそも警察権力も鎮守府には、そうそう介入することもできませんし。ただ、警察側にもそれなりの成果を与えてあげないと、捜査をやめるわけにはいかないでしょうから、何か手柄を与えてあげる必要がありますね。仮に沖合であなたの死体が見つかったとしたら、彼らは喜んでただの事故死として処理することになるんでしょうね。結局のところ……私たちには何の関係のない話ですね」

 

「き、……この女!! 」

 

「話はこれまでです。さあ、早くここから立ち去りなさい。さもなければ、速やかに消し去ります。猶予は10秒です。……10、9、8」

私は彼がどう反応するかなど考慮せず、カウントダウンを始めます。

 

「ひえー」

大佐は金剛さんの身体から飛び退くと大慌てで立ち上がり、あちらこちらをキョロキョロと見回します。どうやら脱出路を探しているようです。そして、女性士官をはじき飛ばすと戸口まで一気に駆けていきます。

 

「クソ! 高雄、てめえ絶対に許さないからな。……覚えていろよ。お前も同罪だ。いや、それ以上の重罪だ。クソ扶桑と一緒に粛正してやるからその時どんなに許しを請うてもダメだからな、許さねえからな。ヒーヒー泣き喚かせてやるからな。ボケが……くそくそくそったれがっ! 」

情けない捨て台詞を吐くと、猛然と去っていきました。

 

慌てて他の人間達も彼を追っていきます。女性士官は完全に呆れた表情でこちらを見、肩をすくめ、少し笑いました。それにつられて私も笑ってしまいます。

「高雄秘書艦、ありがとうございました。助かりました。一体どうなることかと思いました。それにしても、正直なところ……あんな人が来たら、私も困ります。冷泉提督には絶対に回復してもらわないと、この鎮守府、とんでもないことになります」

 

「そうですね。けれど安心してください。冷泉提督は、必ず意識を取り戻してくれますから」

私は絶対的な自信を持って彼女に伝えます。もちろん、それは自分に向かっても言っているのですが。

 

「そうですよね。きっとそうですよね。あの提督があの程度の怪我でいなくなっちゃうわけありませんよね」

女性士官も同意してくれます。

「そんなことになったら、あの人がいなくなるなんて事になったら、私だって悲しいですし……」

 

「大丈夫です。もう少ししたら、突然意識を取り戻して、どうしたんだお前たちって声をかけながらお尻を触ってくる未来が見えますもん」

 

「確かに。ありえますね。私もまた触られないように気をつけないと……。では、私は小野寺大佐が鎮守府からきちんと出て行ったかを確認、いえ、お見送りをしないといけないので、失礼します」

そう言うと彼女は敬礼し、走り去っていきました。

最後の方の彼女が話した提督に関する事は記録から削除しますが。

 

「金剛さん、羽黒、大丈夫ですか? 」

私は軽く深呼吸をすると、仲間に声をかけます。

 

「ヤレヤレ、酷い目にあったネー。あんニャロー、今度会ったらこてんぱんにのしてやるやるんだからネ」

乱れた服を直しながら金剛さんが強がります。涙を浮かべたままなので、相当ショックだったのは間違いないですが、みんなに心配させないようになんとか元気そうな振りをします。

 

「ごめんなさいごめんなさい。私、何もできなくて。震えてるだけで……」

泣きながら羽黒が謝ります。

 

「羽黒、気にすることなんて無いネー。とりあえず、みんな無事だし、あいつも逃げてったから良かった良かったって事ネ。高雄もお疲れ様ネ。あなたのおかげでなんとか乗り切れたヨ」

 

「私なんて何もしていないに等しいですよ。提督から鎮守府を任されていたのに、こんな混乱状態にしてしまって。金剛さんに嫌な想いをさせてしまったし、助けることがなかなか出来なくてごめんなさい。本当に迷惑をかけました。羽黒も怖い想いさせてしまってごめんなさい」

 

「私は大丈夫デース。あれくらいではビクともしないね。だって舞鶴鎮守府が誇る最強の戦艦、それから提督の正妻だもんネー」

 

「私も大丈夫ですから、謝らないで下さい」

羽黒は何度も頭を下げて謝ります。

 

「まあとにかく、追っ払うことができて良かった良かった」

と、金剛さんがざっくりとまとめます。すごい大雑把すぎますが。

 

「そうですね。無駄で不毛で腹立たしいだけの時間でしたね。でも。やっと平和になりました」

私もとりあえず同意をしてみます。

 

そんなこんなで、とりあえず、茶番はなんとか乗り切りました。

私達三人は、お互いの顔を見合い、笑顔を見せることができたのでした。

 





次週より新展開のはず。

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