まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第76話

「は? ……大佐のおっしゃる意味がわかりませんが」

恐らく、ずいぶんと素っ頓狂な声をあげてしまったのではないでしょうか。彼の言っている言葉は認識はできたものの、それが何を意味しているかを理解するまで、にしばらくかかってしまいます。

小野寺大佐が舞鶴鎮守府司令官?

司令官は冷泉提督です。小野寺大佐ではありません。

意味が分かりません。

いえ、彼の言っている事の意味が分からないわけではないのです。受け入れたくないのです。

現実から目を逸らし、状況を見誤るなんてことは私達艦娘にはあってはならないことなのです。状況は最悪。そして、来るべき時は、すぐそこまで来ている。……その現実を認識していない艦娘は一人もいないでしょう。けれど、私と同じく、皆それから目を逸らして認めようとしないのです。

 

「高雄、お前それほど馬鹿じゃない艦娘だとて認識してたんだが、どうやら、私がしばらく目を離している間に、相当に馬鹿になったみたいだな。……栄養がその乳にばかりに行ってしまい、脳まで回らなかったのかな? ……ふふふ。まあそれはないか。やはり無能な上司の下でいると部下までダメになるという良い見本ってことか」

大佐は私の事を勝手に解釈して、話を続けます。相当に失礼なことを言いながら。

「まあ、安心しろ。私が着任すればそんな問題も速やかに解決するだろう。この停滞した鎮守府の状況はしっかりと認識している。何が原因であるかもそれなりに推測はしているし、解決法もだいたい考えている。着任後、それらの施策を速やかに実行するつもりだ。しかし、鎮守府の問題は根深い……。今のこの鎮守府の現有戦力だけで作戦ノルマ等をこなすのは流石の私でも、相応の覚悟と忍耐、そして血の滲むような努力が必要だ。……だが、不幸中の幸いというべきなのだろうか。光は無いわけではなかった」

 

「それは、どういう事でしょうか? 」

思わず問うてしまいます。会話を続ける必要などないというのに。

 

彼はすぐに反応します。自説を展開するのがとても楽しく嬉しいのか、満面の笑みで私を見ます。自分の話に私が引き込まれているとでも思っているのでしょう。

 

「並の人間であれば鎮守府を回していくのは相当に困難な仕事だ。しかも、頭数が少ない状況であればなおさらだ。流石に冷泉提督もそのことに頭を悩ましていたのだろう。いろいろと手を回したのかわからんが、艦娘の増員要求を出していたのだよ。そして、それが認められていた」

艦娘の増員については冷泉提督から聞いていました。舞鶴鎮守府があまりに艦娘の数が少なすぎて、艦隊運用に支障を来していて、なんとか増員をしなければならないということを。そして、近々それが認められるとおっしゃっていたことも。

「まあ、そんな要求が出ていることをしった私が、舞鶴の停滞を打破する助けになればと思い関係各所に働きかけたという事が大きかったのだけどな。……まさか、それが自分のためになるとは思っても見なかった。人助けはやっておくものだな」

と、満足げに小野寺大佐が頷きます。これぞ自画自賛ってやつでしょう。

「まあ、そんなこともあり、新戦力が鎮守府に来れば、私の仕事も少しは楽になるということだよ」

 

「その新しい艦娘は、どういった子が来るのでしょうか」

こんなこと聞く必要はないのに、つい、聞いてしまいます。

 

「戦艦榛名、正規空母翔鶴、軽空母龍凰、重巡洋艦熊野、同じく三隅、軽巡洋艦阿賀野、阿武隈、駆逐艦天津風、浜風、綾波、潜水艦伊168……等が現在のところ予定されている。それぞれ各鎮守府との調整や新造艦である者もいるからまとめて着任という形にはならないが、順次着任の手はずとなっている。どうだ? そうそうたる顔ぶれだろう。これだけの増強が為される時に着任となる私は、あらゆるものが味方についてるとしか思えないな」

大佐の語る増強として派遣される艦娘の面子を見て、驚きを隠すことはできませんでした。実際に彼女たちが鎮守府に着任すれば、たしかに大幅な戦力増強であることは間違いありません。今後の領域解放や遠征についても相当に捗ることになるでしょう。

どういう経路でこういった艦娘が選択されたかはわかりません。けれど凄いことです。他の鎮守府で旗艦を努めていたり、主力艦隊の一員として活躍しているような子も混じっています。よく所属先の提督が許可したものです……。

 

「驚きで声もでないか? 私も驚いたのだ。実際、彼女たちが一人も来ることなく、舞鶴鎮守府の現有戦力ですべてをやれと言われたとしたら、少しではあるが頭を抱えていたかもしれないな。さすがの私であっても、この鎮守府の置かれた状況から立て直すには、少し時間がかかろうというものだ。ふはははは。あれほど能力に疑問のあった冷泉提督ではあったが、なんとか最後の最後にまともな仕事をしたと、そこだけは評価してやらざるをえない……かもしれん。

だが、しかし! 新しい血がこの鎮守府に導入されるとなれば、改革を可及的速やかに断行をせねばならないということになる。澱んだ血を排出せねばならぬ。……つまり、能力の劣る者には去って貰わねばならないということだ」

大佐の演説に力がこもります。

新たな戦力が手にはいるということは、能力の劣る者は排除するということなのでしょうか。

 

「けれど、私が言うのもなんですが、舞鶴鎮守府にいる艦娘の中に、他の艦娘と比べて劣るような子はいないはずです。みんな優秀な子ばかりのはずなのですけれど」

 

「身内にはどうしても甘い評価をしてしまうのは、問題だぞ、高雄。できの悪い奴はいるじゃないか。その筆頭がだな、能力も無いくせに長く舞鶴鎮守府に居座っている奴がな。おや……わからないのか? おいおい、まったくダメだな。……戦艦扶桑のことだよ。あれは能力が無いだけでなく、私にどんな恨みがあったのかは不明だが、あらぬ濡れ衣を私にかぶせ、失脚させようとした前歴があるんだぞ。無能で敵対意志のある反乱分子である扶桑は、当然ながら用無しだ。さすがの温厚な私でも、あいつだけは許せない。濡れ衣を着せられた恨みを晴らせば、あとは放逐するだけだ」

積年の恨みを大佐は語ります。はっきり言えば、逆恨みでしかないですが。

 

「それが終われば、やっと私も一つの歴史を終わらせることができる。そんな怯えた顔をするなよ……残ったおまえ達は、たっぷりと可愛がってやるから……安心しろ」

と微笑みます。

その不気味な笑みに本気で戦慄しました。

 

「さっきから馬鹿な事ばかりいってるケド、そんなくだらない話をするだけなら、さっさとどこかに行ってほしいネ。……提督は絶対に助かるんだから、残念だけど、アナタの着任はありえないネ。それにネ、そもそも、部下の悪口をペラペラ喋るような人とは私は一緒にいたくないヨ。……いい加減にして欲しいネ。提督を越える人なんて何処にもいるわけないから。どうでもいいケド、あなたのような部外者はさっさと消えてほしいんですケド」

黙っていた金剛さんがいきなり口を開きます。普段の口調とは異なる辛辣な話し方で小野寺大佐を非難します。

 

一瞬、驚いたような顔をした大佐ですが、すぐに冷静さを取り戻します。

「あーあ、なんだなんだよ。金剛、上官に向かってそんな口の利き方をするなんて、おまえ、本当にダメだなあ。どうしたんだろうな。冷泉のやつにいろいろとたっぷり仕込まれてしまったのかな? だからそんな意味不明な事を言うのかな? けどな、ちゃんと先を見越した言動をしておいた方がいいと思うんだよ。これはお前を責めているんじゃなくて、私なりのアドバイスと思って聞いて欲しいな。……この人事は決定事項なんだよ。一応、念のために医師にもさっき確認をしたんだよ。冷泉提督については、これ以上の治療の余地ってのは、無いんだとさ。もう生きているだけでも奇跡的な状態だそうだ。……恐ろしくゴキブリなみに生命力が高いらしいな、あの男は。普通の人間ならとっくにおっちんでるほどの重傷なんだそうだ。絶望的に重篤な状況であるということだよ」

 

「だから、さっきから何度も言ってるよ。提督は、死なないね。絶対に戻ってくるもん」

 

「あー、無理無理。こんなことは、はっきり言ってやらないといけないだろうからな。これ以上の回復は現在の医学をもってしても、全く望めないんだとよ。全くってことは0%ってことなんだよ。あとは、どんなにがんばったところで、次第にあらゆる治療の効果は弱まっていき、彼は緩やかに死に向かっていくだけしかないんだ。どんな奇跡が起きたとしても、植物状態にしかならないんだとよ。つまり、ただ生きているだけだ。そんな状態てことは、どっちにしても司令官としての職は退かないといけないってことになるだろ? そんなんでチンタラ生きているくらいなら、むしろ死んでもらった方が僥倖だろう、おまえ達にとってはな」

 

金剛さんは大佐を挑むように睨み、否定します。

「提督は、きっと戻ってくるネ。私と、ううん、みんなと約束したんだから。だから、私たちがあなたの部下になることなんて無いヨ。そもそも、はっきり言ったら、アナタ、生理的に無理ネー。ゴメンネ。だから、これ以上、アナタと話すことなんて無いヨ。さっさとどこかへ消えてくれないかナ」

 

「くっ。おまえ、本当に性格悪いな。どうして、そんなにひねくれてしまったんだ? 前に私がここにいた頃は、もうちょっと可愛げがあったような気がするんだがなあ。少し頭に来るけど、それでもおまえを手放す気は、俺にはないんだよな。……まあ、おまえは戦艦だし、なんだかんだ言っても、結構可愛い顔してるし、それに、いい体してそうだしな。せっかくかわいがってやろうと思っていたけど、こりゃあ、大幅な減点だな。なあなあ、どういうことを冷泉にされて仕込まれたんだ? おまえ、どこまで開発されているんだ?? 」

下卑た笑いをしながら大佐が金剛さんに問いかけます。

 

「何を言っているのか分からないネ。でも、言えることは、提督はあなたのようなゲスではないネ。提督と私の関係を貶めないで欲しいネ。汚らわしい目で見ないで! 気持ち悪い」

 

「けけけ。そんな偉そうな口をきいていられるのも今のうちだぞ、金剛。人間も艦娘も結局は同じってことさ。……なんでも要領よくやらないと、わりをくうだけだぞ。おまえは上司運ってやつがこれまでまるで無かったようだから、これでやっと上向きになれるんだぞ! 本気で喜べよ。身も心も、お前のすべてを私に委ねるんだ。そうすれば、自然と幸せになることができるんだよ。私が提督として着任すれば、この落ちぶれた舞鶴鎮守府を横須賀に匹敵するレベルまでに高めてやる。そうすれば、おまえ達も今のような辛い惨めな思いをしなくて済むんだぞ」

 

「……私は、提督と出会えた事が幸せね。アナタからみたら不幸なのかもしれないけれど、私は提督といっしょに居られるだけで幸せだったネ。そして、これからもそうネ」

 

「ふはははははは、馬鹿か。確かに、それは傑作だ。私には、それのどこが幸せなのか全く理解できんがな。……ろくに戦果も上げることができずに、支給される資材も右下がりなんだろ? いわゆるジリ貧状態でしかないわけだよな。衰退するだけで、これ以上の出世はこのままだと望めないんだぞ。いくらなんでも、無能な提督の下だと辛いだろう。あ、そうだ……。そもそも、この鎮守府は呪われているのかもしれないな。なんせ、こんな短い期間に2人も提督が死ぬなんて、まったくあきれた話だ。本気で呪われていて、やばいのかもな」

 

「どういうこと? それは、どういうことネ? 」

金剛が問います。私もそれは気になります。

 

「大佐!……。そのことについては、それ以上は彼女たちも」

慌てた士官の女性が止めに入ります。

 

「お!、おうそうだったな。これは失言だった。今のことは忘れろ」

大佐も何かに思い当たったのか、少し動揺したような表情をします。

 

「大佐、それ、どういうことね? ちゃんと説明して欲しいネ」

 

「だーかーらあ。おまえ達には関係の無いことだってことだよ」

何故か意図的に巫山戯た口調で彼は返事をします。そして、それ以上については何も言わなくなりました。違和感を感じますが、それ以上は答えてくれないからどうしようもありません。

 

時間の概念というもが人と艦娘では異なるため、人の短い期間というものは数ヶ月単位なのか数年単位なのかわかりません。もっとも、そもそも冷泉提督はまだ生きています。亡くなってなんていません。けれど冷泉提督の前の提督……つまり、私が着任する前の時にいた提督は、なんらかの原因で亡くなられているということになります。それがどれほどの期間だったのかは後で調べないと分かりません。そもそも、冷泉提督の前任が亡くなっている事実さえ、私は知らなかったのですから。

 

「もういいもういい。とにかくだ……。あと何日もしないうちに、人事異動が発令されるのだよ。冷泉提督死去に伴う、人事異動がな。当然ながら、彼の後任は私だ。これについては、すでに内定している事項だし、関係者であるおまえ達も知る権利がある。だから教えてやったのだよ。私がこの鎮守府に着任するからには、これまでのような生ぬるい腑抜けたやり方はもう通用しないから、皆、覚悟を決めておくがいい。使えないものは放逐されるという覚悟ある精鋭のみが私の指揮下、この鎮守府に残ることとなるのだ。それ以外のものは、残念だがここからは出て行ってもらうことになるな」

 

「だったら、私は、ここを出て行くネ」

金剛さんが敵意むき出しに反応する。珍しくかなり怒っているようです。

 

「残念だが、無理だ。おまえは残ってもらわないといけないのだからな。私の鎮守府再建計画の中におまえ組み込まれているから、残念ながらご期待には添えないな。ダメなのは、あのポンコツ扶桑だよ。あいつはダメだ、役立たずだ。全然ダメだ。本当に欠陥戦艦だ。おまけに私を色仕掛けで罠にはめようとしたやつだからな。流石に許す訳にはいかないよ」

金剛さんも羽黒も、そして、もちろん私も知っている。

彼が扶桑さんを襲おうとした事実を。そして、それ以外にもある艦娘や職員に対する多数のセクハラ案件を。ここにいる羽黒だってその犠牲者だ。彼女はその時のことを思い出してしまったのだろうか。大佐がここに来てからずっと怯えた表情のまま、わずかに震えている。

 

「アナタ、扶桑をどうするつもりなの。そもそも、それってただの逆恨みじゃない。あれはアナタが彼女を襲うとして捕まっただけじゃない」

 

「何を言うか!! あれはえん罪だ! ……まあ、おまえらに言っても無駄なんだろうけれどな。お前達は庇い合うだろうからな。水掛け論にしかならないから、話にならん。今は、おまえ達になにも命じることができないが、ここの提督になった暁にはまず手始めに、この鎮守府の停滞の根源となっている極悪雌狐たる扶桑に対する徹底的な粛正を行い、それでも更正の余地を検討してやるのだ。しかし、それでも叶わない場合は、やむを得ないな、放逐する」

明らかに軍幹部では無い、ただの変質者の眼で男は宣言する。

 

「粛正ってそんな事させないし、……許さないネ」

金剛さんが叫びます。

 

「扶桑にはたっぷりと自分の犯した罪の深さを知らしめ、反省させ、惨めったらしく床に這わせてやらないと、私の気が済まないのだよ。あの女のせいで、私がどれほどの屈辱、辛酸な辱めを受けたことか……。ありもしない無実の罪を着せられ、弁明の機会さえ与えられずに、この鎮守府を追われたのだぞ。これまで私がどれほどの努力をし、どれほどの物を犠牲にして尽くしてきたのかが、おまえ達には分からないだろう。それが一瞬にして崩れ去ったのだぞ。常に真っ正直に、愚直に実直に生きてきたというのに、何故なのだ? 私が不器用すぎたという事が罪なのか? 一体、私が何の罪を犯したというのか? 私が受けた屈辱、そして、ここまで再び這い上がってくるまでの死にものぐるいの苦労。されど、失われた時間は二度とは帰ってこない。無実の者にこれほどの地獄を与えたものを許す訳にはいかんだろう? 間違いは正さなければならないのは、この世の摂理だろう? そして、扶桑は私の責めに耐えられず、必死に許しを請うだろう。だが、やつの罪はそんなもので決して償えるものではない。絶望の中、あれは消えていかねばならないのだ。辱められ苦痛にもがき、よだれを垂らしながら許しを請おうと人目を憚ることなく泣きわめき、糞尿にまみれながら鎮守府を追われるのだよ。それが正当な裁きというものだ」

興奮気味に話し続ける小野寺大佐。感極まっているのか、涙ぐんでいる。

 

「あなた、本当に馬鹿じゃないの? 呆れるくらいに被害妄想が酷すぎるネ。扶桑を襲おうとして提督に見つかって、ぶん殴られただけじゃない。……本当ならあなたは軍から追われていたはずなのに、男のくせに情けないくらい泣きわめいて、恥ずかし気もなく土下座をして、必死で提督に許しを請うたのを忘れたの? その姿があまりに哀れで、提督が鎮守府から去ることだけで許してくれたから今のあなたがあるのでしょう? ただの変態のくせになにを偉そうに言っているネ? ただの気持ち悪い変態腰抜けが偉そうになにをいうネ。あんたなんかがこの鎮守府の提督なんてなれるわけないし、扶桑にも一切触れさせもしないヨ! 」

金剛さんが叫びます。明らかに怒りの感情をぶつけるような叫びです。


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