まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第63話

領域に入ってから複数回、敵との遭遇戦があった。

 

しかし、前回とは比べものにならないほど、その戦闘は、鎮守府艦隊側に有利に進んだ。

その原因と思われるのは砲撃の命中率の大幅なアップがなされたことだと思われる。前回の戦闘と異なり、嘘のように攻撃が命中しているのだ。

 

今回の出撃までにだいぶ時間があったため、各艦娘たちがシミュレーションを繰り返すことにより能力アップがあったのは間違いない。屈辱的な敗北が彼女たちの戦意を高めたのは間違いないだろう。そのおかげでより効率的に訓練ができたのかもしれない。

しかし、それだけでは説明できないほどの命中精度の差が出ているのは明らかだった。

 

領域という深海棲艦に有利に設定された世界では、射撃管制装置といったものは使用不可能となっており、第二次大戦以前と同様作業を艦娘が行っていた。このため、当然ながら命中率は低いのはやむを得ないことだった。揺れる海の上であること、お互い動き、さらに回避行動を取ること、遠距離からの砲撃であること、そして、そもそも着弾地点がばらつくことなどなど様々な命中率を下げる要因があることから、せいぜい数パーセントの命中率であることは本を読んで知っていた。けれども前回の海戦においての鎮守府艦隊の命中率は1パーセントを下回っていた。特に戦艦金剛と扶桑に至っては冷泉が射撃補助を行うまでは0パーセントだったというデータを見て冷泉はショックを隠せなかった。

たとえ手作業によるデータ入力による照準とはいえ、人間より遙かに演算能力に優れた艦娘が行う作業であり、収集できるデータが少ないために命中率が下がるのはやむを得ないとはいえ、命中率【0%】となることはあり得ないはずだった。

 

そこで様々な調査検討を行った結果、鎮守府内部の何者かによる射撃装置への悪意を持った細工の疑いが浮上したのだった。

もちろん、なんら証拠は無かった。

冷泉の単なる思い過ごしであれば、それはそれで良かった。けれども、確認しておく必要はあった。

そこで、冷泉がすべての整備に立ち会うという作業を行ったのだった。艦娘たちにも普段は整備員との信頼関係があることから、整備員にすべて委任した状態だったものを止め、彼女たちにも念入りに確認させるという作業を全員に徹底させたのだ。「みんなを疑うようで凄く嫌な気分です」という艦娘もいたが、彼らへの疑念を打ち払うための手続きのようなものだから、我慢してくれと実施させた。

 

そして、今回。

 

領域における戦闘において、各艦の命中率は劇的に上昇したのだった。

 

実際に戦闘を行ってみて、軍艦本体である艦娘による射撃は予想以上に精度が高いことが証明された。そして、更に今回の敵には航空戦力が皆無であったため、こちら側は常に制空権を確保できた。これにより弾着修正射撃を行うことができたため、更に命中率を上げることができたのだ。しかも敵より早く相手を発見できたため、常に航空戦力による先制攻撃で戦力を削って後の砲雷撃戦とすることができたため、こちらの損傷はほとんど無く勝ち続けた。

 

しかし……。

勝利に沸く艦隊にあって、冷泉は一人冷静に考えに没頭していた。

 

砲撃については、やはり、なんらかの細工が艦自体施されていたこと思って間違いない。しかし、誰が一体、誰が何のために……?

 

「提督……どうかされたのですか? 」

秘書艦高雄が心配そうな顔で覗き込んでくる。

勝利しつづける状況なのに、ずっと黙り込んだままの冷泉を心配しているのだろう。

 

「いや、どうというわけじゃないだけどね」

と適当に誤魔化そうとするが、高雄はその赤い瞳でじっと見つめてくる。冷泉は、すぐに無理だと諦めた。

 

「やはり、命中精度の上昇の件ですか」

 

「ああ、そうだ。条件が同じではないから断定はできないけれど、やはりなんらかの細工がされていなければ、こんなに差が出るわけ無いからな」

 

「そうですね……。鎮守府の中に悪意を持った者が、……私たちが深海棲艦に勝つことを望まないものがいるということですか」

少し辛そうな顔で高雄が呟く。

「すごく裏切られた感じもしますし、少し、気味が悪くもあります」

鎮守府において働く者は、共に深海棲艦と戦うという一つの目的の為に集まった仲間であり、ある意味家族同様といっていい。しかも艦の整備を行う整備員達と艦娘はほとんど顔見知りあいの人間ばかりのはずだ。しかし、その中に自分たちに対し悪意敵意を持っている人間がいると知った時のショックは計り知れないだろう。悪意を持った存在が自分の分身の中を自由に動き回り、さらには艦の整備にあたっていると思ったら……。

これは早急に手を打ち、彼女たちの不安を消さなければならないと認識させられた。整備員に対する信頼が無くなってしまったら、大変なことになる。彼女たちの不信感はすぐに人間側にも伝わってしまうだろう。相互に不信感を持つようになったら、鎮守府を回していくことなど不可能となる。

 

「とりあえずはこの戦いが終わってからだな。今はこの戦いに勝利することが最優先だ。ここでいろいろ考えても、どうすることもできないしね。高雄……しばらくの間は、第一艦隊の中だけの秘密とし口外はしないようにしてくれ。もう少し調べてみるから、この件については俺に任せてくれないか」

 

「わかりました。提督が仰るのであれば、みんな納得するでしょう」

少し考えるような素振りを見せた秘書艦ではあるが、頷いた。

 

「不安な気持ちのままになってしまうだろうが、少しだけ我慢してくれ。実行犯だけを見つけるのはそれほど難しいことではないと思うけど、それではいたちごっこになるだけだ。根っこを叩かないと、何度でも形を変えて陰謀は蘇るだろうからな。……実行犯はすぐにでも見つけるが、しばらく泳がしておきたい。なんとか俺たちに悪意を持つ何者かの本体の手がかりでも掴むことができれば言うこと無いのだけど」

 

「提督! 」

突然、高雄が真剣な声で冷泉の話を遮る。

見ると普段は優しそうな顔をしている彼女が眉間にしわを寄せ、少し怒ったような顔でこちらを見ていた。

 

「ど、どうしたんだ? 」

 

高雄はじっと冷泉を見つめる。

「提督、約束してもらえますか? 」

 

「なんだい? 」

唐突な言葉に動揺してしまう冷泉。

 

「絶対に、絶対に危険なことはしないって約束して下さい」

 

「いや、別に危険な事をしようなんて思ってないけど」

 

「今、敵の手がかりを掴むとか仰いましたよね。今回の事を調べるに辺り、鎮守府に働く人は誰も信用できない状況だと私も判断します。だとしたら、提督は誰にも頼らず、ご自身で調べようとしますよね。そして、もし敵の本体に行き当たったとしたら、彼らはどんな行動をすると思いますか? 」

矢継ぎ早に質問を繰り出す秘書艦。

「どうしますか? 」

 

「……まあ、状況によっては排除しに来るよな」

仕方なくそう答える。

 

「絶対に止めて下さい、そんなこと。提督ご自身が命の危険を冒すような事は絶対にしないでください。もし、もし、提督に万一の事があったら私が、いえ、みんなが悲しみます。私達がいるのに、提督を守れなかったなんて、そんな辛い想いをさせないでください。どんな時でも、私達に頼って下さい。私達を側に置いておいて下さい。決して、一人で行動を起こすような無茶はしないでください。私達は常に提督の側にあり、提督をお守りするのが使命なのですから。勝手に行くようなことは絶対にしないでください」

訴える彼女の瞳は驚くほど真剣だった。どうして、そんな言葉が出てくるのかは分からない。これまでに何かあったのか、それとも前世の事を思い出しての事なのか。それは冷泉には想像できなかった。

ただ言えることは、彼女が自分の事を心から心配してくれていることだけだった。

 

「うん。……わかった。何かあればお前達に連絡するし、お前達に頼るようにするから」

そう言うと、冷泉は高雄の頭をそっと撫でた。

「心配させてすまないな」

彼女は冷泉にされるがままで、目を閉じてしばらくじっとしていた。

そして感情が落ち着いたのか、

「失礼しました」。……けれど、あまり心配させないで下さい。提督に万一の事があったら悲しむ者がいることを忘れないで下さいね」

そう言うと元の立ち位置に戻る。

 

「了解だ。ありがとう」

冷泉もそれだけ言うと、何事もなかったように戦況分析に戻る。

現段階で最優先すべきは、この海戦に勝利することだからだ。

 

これまでの戦闘の結果からの判断である。

今、戦場となっているこの海域は冷泉の予想通り、それほど難度の高いマップではないことが確定した。ゲームで言う所の出撃一覧のうち、鎮守府近海に似た感じだ。現在の戦力なら充分に力押しできる相手だ。空母もいないし、現在のところ戦艦すらいないようだ。現れる敵はせいぜい重巡洋艦程度。よほどのアンラッキーなヒットがない限り、損傷も考えなくてよいだろう。

航空機による索敵を徹底し、敵より早く発見し、速やかに航空戦力により先制攻撃を行う。その後、敵艦対との距離を縮め、戦艦重巡洋艦による艦砲射撃。残った敵をとどめとして雷撃する。

単純な力押しではあるが、まず負ける要素がないと考える。

 

これまで、どうして苦戦したのかわからない。味方による妨害工作があったとはいえ、なぜこれまで気づく事ができなかったのかという疑問もあるが、それ以上にゲームで言うところの、近海の比較的初心者向けとしか思えないMAPに似たこの領域を開放できていないことが不思議だった。前任の提督は何を考え行動していたのだろう。

鎮守府提督になるくらいだから、冷泉より能力が劣ることはあり得ないだろう。何か他に意図するものがあったとしか考えられない行動だ。それは一体、何なのだろうか? その理由が前任の提督の死と密接に関係するのかもしれない。しかし、こんなことを今考えても答えはでそうにない。

 

冷泉は高雄に命じ、ディスプレイに戦況を表示させる。

今回及び過去の艦隊の航跡と敵との遭遇ポイント、敵の艦種をデータに表示させた画面を見ると、冷泉はどこか既視感を感じた。

 

―――【1-3】製油所地帯沿岸―――

 

若干の敵艦のグレードや交戦回数は異なるものの、基本構成は同じように思える。

まさかゲームと同じようなマップになっているとは思わないが、これが事実ならば現在の艦隊であれば、やはり、そう苦戦する相手ではないだろう。

 

しかし、たとえこの世界に艦娘と深海棲艦が存在し、世界観も似ているとはいえ、ゲームと現実は異なるはずだ。安易な油断は禁物である。

冷泉は、はやる気持ちを抑えながら慎重に進行するよう指示し、領域の更に奥へと進んでいく。

 

そして……ついにBOSS戦となる。

 

ディスプレイには最大望遠で映し出された敵艦影らしきものが表示されるている。

「この距離ではまだ敵艦隊の詳細が見えませんが、偵察機の報告によると、戦艦1、軽巡洋艦2、駆逐艦2の5隻編成とのことです」

高雄が現在入手した情報を伝えてくる。

 

「そうか……」

冷泉は頷きながら、画面を見る。

艦影の上にポップアップ画面が表示され、戦艦ル級、雷巡チ級、軽巡ヘ級、駆逐ロ級、駆逐ロ級と表示されているのが見える。

ただし、これは高雄の艦橋内にあるディスプレイにはこの表示はされていないようだ。

偵察機では敵艦種を正確には判別できないようだし、その級種を知ることはさらに難しいようだ。実際の敵の種類と報告には差異が出てしまうことは、前回の戦いでも確認済みであるため、特に驚くことはなかった。

誰よりも早く、敵の詳細な情報を得られるというこの強み。なぜこの能力が冷泉にあるのかは本人にも全く不明だ。こちらに来た当初から持たされた能力なので、説明のしようがない。

海軍の誰も知らない事のようなので、冷泉としてもこれを公にするつもりは無かった。

知られるとろくなことが無さそうだ。それが最大の理由だった。

 

「敵は単縦陣で向かってくる。こちらも単縦陣で迎え撃つ。祥鳳、第一次攻撃隊を発艦させろ。各艦に指示。射程に入り次第砲撃を開始する。目標は先頭の艦のみに集中する。全艦全速前進」

先頭の艦とは敵旗艦戦艦ル級である。まずは旗艦を叩き指揮系統を寸断する。戦力の集中による各個撃破。基本的な戦術の積み重ねによる確実な勝利。ごくごく単純な戦い方だ。

 

高雄が速やかに冷泉の指示を伝達していく。

後は淡々と作業を進めていくだけで良い。

一隻づつ着実に倒していくだけのことだ。現状でさえ戦力は6対5でこちらが数的に優位。かつ、こちらは戦艦2、重巡洋艦2と質的にも圧倒している。全兵力を持って戦艦を攻撃をすれば、その火力に持ちこたえることなどできないだろう。さらに戦艦を倒せば数的な差は6対4となる。戦艦がいなくなれば質的な差はさらに大きくなる。

勝利は必然だ。

 

「提督、祥鳳より報告です。第一次攻撃隊が敵戦艦と交戦。魚雷3発が命中。敵戦艦の被害甚大とのことです」

嬉しそうに秘書艦が伝える。

 

「第二次攻撃隊の準備をするように祥鳳に伝えてくれ。それから彼女によくやったと伝えてくれ」

 

「了解しました。彼女も喜びます」

高雄がすぐに何かを伝えているような素振りを見せる。

勝利がさらに近づいたことを確信しつつ更に指示をする。

「まもなく敵艦隊が射程に入る。金剛、扶桑に伝達。砲撃準備! 」


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