まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第62話

出撃1時間前―――。

 

冷泉は鎮守府にあるコンビニで出撃中の必要品の買い出しを終え、今回の艦隊旗艦である重巡洋艦高雄の係留場所へと向かっていた。

前回の出撃の際の失敗を糧として、今回の出撃の旗艦となる重巡洋艦高雄においては、冷泉用の宿泊施設および風呂・トイレが設置されている。

軍艦であることからもともとそういった設備は設置されているのだけれど、これまで領域に出撃するのは艦娘のみであることから、そういった人間用の施設は撤去されていたのだった。

艦娘だけで戦わせるということに批判的な意見もあったが、領域内の環境が人の精神に与える影響は無視できないレベルのものであることがこれまでの戦いで証明されており、これはやむを得ない措置とされていた。

 

ほとんどの鎮守府司令官も、それに従っていた。

 

艦娘と共に出撃し、現地で指揮しようとする冷泉に対し、何度も止めるように部下から助言がなされていたが、彼はがんとしてその主張を曲げることは無かった。このため、第一艦隊の旗艦だけでなく各艦に、そういった設備が改装によりスペースの関係から最低限ではあるもの、設置しなおされたのだった。

ちなみに、こういった改装を行っているのは、舞鶴と横須賀のみである。……つまり、横須賀鎮守府の提督も自ら危険を冒して戦いに挑んでいるということである。

 

コンビニで買い物といっても、冷泉がいた世界と比較するとその種類も量も質もだいぶ劣るものになっていた。海外との接点が無くなり輸入に頼ることができなくなった日本国では、すべて自給自足で行うようになっており、当然ながらその品数が減ってしまうのはやむを得ないことなのだ。もっとも、いつ戦闘になるか分からない領域戦のため、片手で食べられるものであり、かつ、戦闘は数日間に及ぶため、それなりの期間保存できるものしか持って行けないから品は限られる。

ペットボトルのお茶、菓子パン、チョコレート、羊羹。

「なんか、災害用の備蓄食糧だよな、これ。ほんと、ため息が出るよな」

購入した物を確認し、冷泉はぼやいた。

けれども仕方が無いこと。冷泉はすぐに気持ちを切り替えて、袋を両手に抱えて歩き出す。

 

しばらく歩くと、街灯に照らされ一人の女の子が佇んでいるのを見つけた。

セーラー服姿の銀色の髪をポニーテールにした女の子だ。

彼女は冷泉に気づくと駆け寄ってくる。

「提督、こんばんはー」

 

「おう、夕張か。……どうしたんだ? 」

 

「えっと、あの……お弁当作ってきました」

そう言うと、小さな包みを差し出す。

「出撃したら、保存食みたいなものしか食べられませんよね。だから、これ食べて下さい。明日の朝食べても大丈夫な物ばかりですから」

 

「おお、そうか。ありがとう。すまないな」

冷泉は大事そうにそれを受け取ると、コンビニ袋の中へとしまい込む。

 

「どういたしまして。帰ったら感想聞かせて下さいね」

と夕張はニッコリと笑った。

「……」

そして、何か言いそうにしながらこちらを見ている。

 

気づいた冷泉が問いかける。

「なあ、夕張」

 

「はい、何でしょうか提督? 」

 

「なんか、その……何か話があるんだろ? 」

 

「……」

彼女は少し考え込むような素振りをし、黙ったままだ。

 

「どうしたんだ? 言いたいことがあるんなら、はっきり言っていいぞ」

そう言って彼女を促す。

 

「……提督。私も領域に連れて行ってくれませんか? 」

 

「ん? 突然、何故そんなことを言い出す? 」

いきなりそんなことを言われ、一瞬言葉を失う冷泉。

 

「舞鶴鎮守府は、今、大変な状況なのは私にも分かってるわ。だから、提督の力になりたいの。いえ、なりたいんです」

 

「それはありがたいけれど、今回の出撃のメンバーは既に決まっているからな」

夕張の意図が読み切れず、冷泉は形式的な回答をするばかりだ。

 

「けれど、神通ちゃんも、羽黒ちゃんも入渠明けしたばかりでしょう。ほとんど休養もなしに出撃したら、ミスや被弾率が上がるというデータもあるわ。それに、神通ちゃんは大怪我をした戦闘のすぐ後の戦いなのよ。轟沈の恐怖に囚われれている可能性があるわ。だから、今は彼女に無理をさせてはいけないと思うんです。……もちろん、彼女は絶対にそんなこと無いって否定するだろうけど」

 

「だから、神通の代わりにお前が出撃するっていうのか? ……けれどお前は、お前は」

それより先を言おうとして、冷泉は言葉に詰まらせてしまう。

 

「うん。提督、分かっているわ。……私が領域での戦いに耐えられない体だってことは分かってる。けれど、もう黙っていられない。こんな体でも、私だって艦娘です。……軍艦なんです。仲間がボロボロになるまで必死になって戦っている時に、じっと待っているだけなんて耐えられない」

その眼差しは冷泉が怯むほどに真剣だった。

 

「その気持ちだけで充分だよ。お前の気持ちは俺だって知っているつもりだ。けれども、無理なものは無理だ。お前の体では領域での戦闘に耐えられないことくらい、シミュレーションを何度も繰り返したお前なら分かっているだろう? 」

 

軽巡洋艦夕張――。

 

かつては3000トン級の体に5500トン級の武器を装備した軽巡洋艦。この世界においても小さな体に強力な武器を装備して戦ってきた。けれども、冷泉がこの世界にくるだいぶ前に戦闘において被弾し、船体の竜骨部分にあたる箇所を損傷した。その場で応急処置をしたものの、その後も無理をして戦い続けたため、そのダメージが船体全体まで及び、完全な修復は最早不可能という診断がなされていた。

通常海域での航行や超兵器使用は可能であるものの、深海棲艦の支配領域である世界には耐えられない船体強度となっていた。つまり、領域においては軍艦としての機能はほとんど失われてしまった艦娘となっていたのだった。

通常海域における艦隊戦はほぼありえない状況であることを鑑みると、領域での戦いが出来なくなった艦娘は本来なら廃船処分にされてもおかしくなかった。だが、通常会期での航行や戦闘は不可能でないため、万が一の為の鎮守府防衛および艦載兵器実験艦としての使用は可能ということで、当時の司令官の判断により存置されることになったと聞いている。

 

「それでも行きたいの。提督、私だって艦娘なんです。こんな体になってからは、港でみんなが出撃するのを見送るだけ。軍艦として生まれたからには戦いたい。戦わなくちゃ存在する意味がないの。戦うこともできず、ただ日々を悶々と過ごし、生かされているだけなんて辛い。……仲間の死を見送るだけなんて辛い。沈んだ仲間の事を悼んでも、戦うことのない私は他の艦娘と同じ立場にいられない。悲しむことさえ後ろめたい。もう、ただ兵器開発実験のために生かされているだけなんて嫌です」

 

「夕張……」

 

「提督、私、みんなと一緒に戦いたいの。みんなと一緒に悲しみたいの。そして、みんなを護りたい。みんなと一緒に戦って死にたい。私だけ艦娘じゃないのに艦娘として生かされているのは嫌なの」

いつも笑顔で元気そうにしていた彼女の頬を涙が伝わり落ちる。

 

「お前の気持ちは分かったけど、それでも領域には連れて行けない」

 

「どうしてなの? 何故私じゃダメなの? 私だって神通ちゃんと同じ軽巡洋艦です。同じくらいの働きがきっとできるわ」

 

「……死ぬことが分かっている艦娘を連れて行ける訳が無いだろう? 」

 

「そんなことやってみなければ分かりません」

 

睨むようにこちらを見る夕張に、冷泉は伝える。

「お前の自己満足の為に他の子を危険にさらすわけにはいかない。領域において一人減るということは、それだけ艦隊にリスクが増すことになる。それが分かっているのに、指揮官としてお前を連れて行けるはずがない。お前だって分かっているはずだ」

 

「やっぱり、提督は私を戦力として見ていないのね」

寂しそうに夕張が呟く。諦めにも似た寂しそうな笑顔でこちらをみる。

その視線が痛い。

「私、一体どうしたらいいの。生きていても仕方のない艦娘がこれからどうしたらいいの」

 

冷泉は荷物を掴んだ両手を離す。どさりと地面にコンビニ袋が落ち、音を立てる。

そして夕張に歩み寄ると抱きしめた。

「な? 」

驚いた声を上げる夕張。そんなことお構いなく、強く抱きしめた。

「夕張、そんな寂しいことを言うなよ。悲しいことを言わないでくれ。生きていても仕方ないなんて言うなよ」

 

「だ、だって、私なんて」

 

「夕張、領域で戦えなくたって、お前にはお前のなすべき事がまだあるんだろう。それをやるんだ。お前が試した武器の評価が開発に反映され、今後他の艦娘に装備されるんだろう。それで彼女たちの生存率が上がれば、これほどの成果はないだろう。それに鎮守府防衛だって大事な仕事だ。鎮守府が絶対安全なんてどこにもそんな保証はないんだからな。……舞鶴は艦娘数が少ない。そんな中、深海棲艦からの攻撃を受けたらどうなるんだ。巡洋艦のお前がいてくれたらどれほど俺が安心か分からなくはないだろう」

囁くように諭すように冷泉が言う。

 

「けれど、けれど私は……」

 

「お前は今生きている。生きているんだ。それは沈んだ艦娘には絶対にできないことだ。志半ばで逝った彼女たちの分までお前は生きなければならない。……なぜなら彼女たちは生きたいと願いながらもその想いは叶わなかったんだ。その想いをお前は引き継ぐ義務がある。死にたいなんて彼女たちからしたら、ただの我が儘でしかないんだから」

 

「提督……」

夕張は呻くように呟いたまま、それ以上何も言わなかった。

冷泉の言葉が彼女に届いたかどうかは分からない。

言えることは、一つ。

冷泉は、彼女に死んで欲しくない。艦娘の誰一人にも死んで欲しくない。

その気持ちだけは分かって欲しいと願った。

 

 

そして、午後9時00分――。

 

舞鶴鎮守府第一艦隊は出航する。

冷泉は重巡洋艦高雄の艦長席に腰掛けて、ぼんやりと前方を見つめていた。

 

「提督」

彼の横に立つ秘書艦高雄が声をかけてくる。

 

「どうした? 」

 

「大丈夫ですよ」

そう言ってニコリと笑う。

 

「ん? 何の事を言ってるんだ」

 

「夕張ならきっと大丈夫ですよ」

何故か自信ありげな笑みを浮かべる。

「彼女ならきっと頑張ってくれますよ」

 

「高雄、知ってるのか? 」

冷泉は少し慌てたような声を出してしまう。

 

「そりゃあ提督の秘書艦ですもの。鎮守府内で起こった出来事はみんな耳に入ってきますよ。夕張も提督のおかげできっと立ち直りますから」

 

「はっきり言うと全然分からん。彼女はずっと落ち込んだままのようにしか見えなかった。いろいろ説得したつもりなんだけど、俺自身の言葉に深みも重みも無いから無理もないよなあ」

そう言ってため息をついた。

結局の所、人を救えるのは結局の所自分しかない。冷泉ができるのは助力したりするくらいだ。

司令官という絶対的な権力を持ってはいるが、その力は敵を殺すこと、味方を死なすことにしか発揮できず、決して誰かを救うという力を持ち合わせはしていないのだから。

たった一人の艦娘すら救えないことが悔しかった。

導けるような重みのある言葉を持ち合わせていない自分の軽さを呪った。

 

「提督までが落ち込んでどうするんです。……司令官たる者、常に冷静でいなければなりません。部下を鼓舞し、不安にさせず、やる気を出させるくらいじゃないといけませんよ」

冷泉を叱咤しているつもりなのだろうが、その能力の無い冷泉にとっては、その言葉に逆に落ち込んでしまいそうだ。

 

「提督、あそこ見て下さい」

言われるまま、高雄が大画面モニタを指さす。

冷泉が視線を向けると、画面がズームアップされる。

突堤が映し出され、そこにセーラー服に銀色のポニーテールの女の子が立っていた。

 

「夕張じゃないか」

彼女はこちらに向かい敬礼をしていた。

「見送りに来てくれたのか? 」

 

「みたいです、ね」

 

夕張の唇が動き何かを語っているように見える。

 

【かならず帰ってきて】

そんなふうに見えた。

 

「必ず帰ってきて。彼女はそう言ってますよ」

すぐさま高雄が翻訳してくれた。

本当かどうかはよく分からない。冷泉の事を気遣って言っているだけかもしれない。

 

「彼女が元気になってくれればいいんだけどな」

 

「大丈夫ですよ。いろいろ思い悩むことが夕張にはあったのかもしれませんが、提督が心配して下さっていることを知ったのですから、大丈夫です。提督が生きろと言えば、彼女は道を誤るようなことはありませんよ」

その言葉には完全に断定していた。

 

「本当かな。なあ……高雄、どうしてそこまで断定できるんだよ? 」

不思議に思い、秘書艦に問いかける。

 

「そんなの簡単なことじゃないですか」

彼女は面白そうに笑う。まるでどうして分からないのか? というふうにも聞こえる。

 

「いや全然分からない」

本気で冷泉には分からなかった。

 

「ふふふ、仕方ないですね。では……提督、あなたに好きな人がいたとします。とっても好きな人が。……その人が提督が落ち込んでいる時に、がんばれって励ましてくれたらどう思います? 」

 

「……言われたこと無いからあれだけど、きっと嬉しいだろうな。がんばろうって思うかもしれない」

 

「じゃあ、提督がとても辛いことがあって、本気で死にたいって思っている時にその人が現れて、自分の為に生きて欲しいっていったらどうしますか? 」

 

「うーん。そうだな、とりあえずは頑張ってみようかって思う……かな」

 

「はい、それが答えですよ」

そう言って彼女は微笑んだ。

冷泉は結局意味が分からないまま、高雄を見つめるだけだった。

そんな司令官を秘書艦は面白そうに見ているだけだった。


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