まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第48話

佐藤中尉は、なにやらぶつぶつと独り言を言いながら、鎮守府入口へと歩き去っていった。

 

「くそ。なんだよ、あのおっさん。吸い殻捨てて行きやがったし……。まったく、人んちで何てことすんだよなあ」

冷泉提督は、中尉が去っていった方向を見ながら文句をいいつつ、もみ消された吸い殻を取り出したティッシュにくるむとポケットに入れる。

「さーて、もう夜も遅いぞ。不知火、お前も夜更かしなんてしてないで、宿舎に帰って寝ろよ。夜更かしは美容の大敵っていうしなあ」

と、艦娘に声をかけるが、何故か不知火の反応は鈍い。

「ん? 不知火、どうかしたのか」

冷泉と不知火の身長差は結構あるため、どうしてものぞき込むような感じでこちらを見てくる。

目が合いそうになり、思わず彼女は目をそらした。

 

「あの、……その、提督」

 

「おう、なんだ? 」

と、提督は少し怪訝な顔でこちらを見る。

 

「あ、ありがとうございました」

どもりながらも、なんとか不知火は声に出す。

 

「へ? 何が……かな」

誰に対してお礼を言ったのか、どうしてお礼を言ったのかを目の前の司令官は分かっていないようだ。腕を組み首をかしげ、考え込むような仕草を見せる。

「あ-、もしかして、さっきの事か? 俺は、あのおっさんにお前が絡まれていたのを見つけたから、文句を言いに来ただけだよ。まったく、いきなりアポ無しで来たくせに偉そうな事言うだけ言って、それだけならまだしも、うちの子にちょっかいかけるなんて。本当に、ろくでもない変態ロリコン親父だよなあ、あいつ。……でもなあ、不知火も嫌ならはっきりと断らないと、あの手の輩はぐいぐいと攻め込んで来るからな。注意しないとダメだぞ」

冗談のつもりなのか、本気で言っているのか、提督の発言には、たまに判りづらい時がある。最後の佐藤中尉を評しての【変態ロリコン】うんぬんの部分については、普段の提督の行動を知る不知火からすれば、どの口がそんなことを言っているんだと思わず反論したくなる。

提督だって島風や叢雲に変態顔でよくちょっかい出しているし、不知火にもたまに絡んできてセクハラっぽことをするではないか? 島風達は、どうも提督に好意を持っているせいだろうか、キャーキャー言いながらも結構喜んでいるから構わないんだろうけど、不知火にとって、それはあまり気分の良いものではなかった。恥ずかしいし、不愉快な思いを必死に我慢しているのだ。司令官でなければ、魚雷を撃ち込んでいるはず。……まあ、嫌でない時もないわけではないけれど。

そんなわけで提督こそ、変態ロリコンなのでは? と常々疑問を感じていた。

それに佐藤中尉も冷泉も、自分から見たらそれほど歳は変わらない、ただのオジサンであるのだが。

でも、今はそんな事はどうでもいい。

 

「あの、そんなことではなくて……ですね」

そうなのだ。不知火の上司たる冷泉提督は、一応、彼女の危機に現れ助けてくれたのだ。彼女としては、お礼くらいは言わないといけない。まずは、彼女が何についてお礼を言っているかを彼に知ってもらい理解してもらわないと意味がない。

「私が勝手な事をして、みんなに迷惑をかけそうになったところを助けていただき、ありがとうございました。それを言いたかったんです。ご迷惑をおかけし、すみませんでした」

 

「あー! なんだ、そんなことかよ。どうってことないよ、気にすんな」

そう言って、右手をパタパタと降る。

 

「そうはいきません。私の勝手な行動で提督にご迷惑をおかけしてしまいました。それに私は命令違反を犯してしまっています。軍艦としてあるまじき行為をしてしまいました。これは罰されるべきです」

 

「なんで? 」

不思議そうに冷泉が聞いてくる。

命令違反による勝手な行動。それにより不知火は佐藤中尉に利用される危険性があったのだ。その軽率な行動を上司としては叱る必要があるだろう。

 

「先ほどの中尉と私の会話をお聞きになられたでしょう? 私の軽率な行為が、彼に取り入る口実を与えてしまいました。そして、私は彼の要求を拒めなかった。それが……今後、どのような事態になっていたかはともかく、私のせいで鎮守府のみんなに迷惑をかけてしまうところでした」

 

「でもさ、結局はあいつの思い通りにはならなかったし、何も問題ないだろ」

 

「そんなことはありません。確かにその件については、提督のおかげでなんとか回避できました。でも、そのせいで佐藤中尉は提督に対して良くない印象を持ってしまいました。すみません。私なんかを庇ったせいで」

思い出しただけで、悔しくて泣きそうになる。

 

「俺に対して悪感情を持っただって? そんなの全部あいつが悪いわけだしなあ。それにどっちにしたって、俺、あいつとは仲良くやれそうにないと思うよ。だから、気にしなくていい。それに、不知火、お前は俺の為を思って行動してくれたんだろ? だったらむしろ、謝るのは俺の方なんだけどなあ。ほんと俺の為に嫌な思いをさせてしまってすまなかったな。喧嘩は全然ダメなんだけど、なんならあいつをぶん殴ったほうが良かったかな? 」

提督に慰められるのは嬉しいけれど、こんな時はきっちりと叱って欲しかった。不知火自身のミスでみんなに迷惑をかけそうになったのだ。罰は受けないと納得できない。それなのにミスを責めることなく、むしろ自分の責任であると言う提督には当惑してしまう。

厳しく叱られたほうが不知火にとっては気が軽くなるのだけれど、目の前で済まなそうな顔で立っている司令官にはそんなことはできないのだろう。ちょっとエッチで浮気性なところが無ければ、すごく優しくて理解力があり、頼りになる尊敬すべき司令官なんだけど。神通が彼のことを好きになるのも少しは解る気がする。

自分だって……。一瞬、変な方向へ想いが行っている事に気づき、びっくりした。何を考えているのだ、自分は。

 

何故こんな事になったのかを説明すべきなのだけれど、それを口にすることができない。

本当は、神通が入院中に、提督の身にもし何かあったらいけないということで、監視をしていたのだけれど、このことは黙っておこうと思う。神通は口には出さないけれど、提督に想いを寄せていることは端から見ててバレバレだった。提督はまだ気づいていないみたいだから、彼女の気持ちを提督が知ったら、またこの人を増長させてしまうだろう。

 

「いえ、そこまでしなくても結構です。……それに暴力沙汰となったら、さすがに提督に非が無いとしても、まずい立場に置かれてしまいます。そして、彼のことです、またそれを利用して彼が付けいるかもしれませんし」

 

「うーん。不知火は、いつも冷静だよなあ。それはすごいって思うよ」

感心したように提督が頷く。

冷静ではありません! そう否定したくなる。今だって提督とこんな時間に二人きりでいるから、結構緊張しているのだ。さきほどから心拍数が妙に多くなっているのはその為だ。

この緊張は司令官と二人でいるためなのか、それとも別の要因なのかはよくわからない。時々提督と目が合うたびに、それから提督との距離が縮まる時にさらに高まる。

どうも最近、少し疲れているのかもしれない。

 

「いえ、私は冷静なわけではありません。人並みに緊張したり焦ったり怒ったりします。けれど私は軍艦です。戦闘にそういった感情は邪魔になるから、意識的に出さないようにしているだけかもしれません。勝利するために、生き残る為にはそういった余計なものは不用だと考えていますから」

なんとかそう反論する。

 

「そっか」

そう言うと提督はいきなり不知火の頭に右手を乗せると、撫でてきた。

「確かにお前の考えは、軍艦としては正しいと思うよ。でもな、戦場ではそれで構わないけれど、鎮守府に戻ってきた時くらいは無理をせずに、もっと自分の感情を出すようにしたほうがいいぞ。いきなりやれって言われても難しいかもしれないけど、できることなら俺に対しては、素の不知火をもっともっと見せてほしいんだけどなあ」

 

頭を撫でられて、なんだか変な気分、……どちらかというと穏やかな気持ちになりながらも不知火は反論する。

「どうして私なんかの素の姿の見たいのですか? そんなの見たところで提督には何のメリットも提督にはないと思うのですが」

 

「いや、その方が可愛いじゃん。お前が笑ってる姿を俺は見たいし」

と、あたりまえのような口調でとんでもない事を冷泉が言う。

 

「な! 」

次の言葉が出ずにもごもご口ごもってしまう。

 

「戦場では軍艦でいなければならないかもしれないけど、戦いの場から離れたら、本来の普通の女の子でいてほしいんだよな、俺は」

 

「それはきっと提督が私たちにいやらしい感情を持っているから、そうあって欲しいのではありませんか? 」

 

「ははは。まあ、半分はそうかもしれないなあ。可愛いものを愛でるのは紳士として当然のことさ。それはあえて否定はしないよ。けどな、俺は思うんだよ。……ずっと張り詰めたままじゃ辛くないか? どこかで息抜きをできないと、精神はきっと耐えられないって思うんだよ。だからせめて普通の女の子のような生活をできる時間を作れないだろうか? 俺はできる限りそういった環境をお前達に与えられればって思ってるんだ。俺たち人間の代わりにお前たちを戦わせている総元締めのくせに、勝手な事を言ってって思うかもしれないけれど」

 

「そんなことは、ありません。人間は領域では戦えない。だから、その代わりに私たちが戦っているだけのことです。これは私たちのとっての天命なのです。そもそも提督が気に病むような類いのことではありません。それに提督は私たちとともに、命をかけて戦ってくれます。それだけで充分です。それ以上は何を望むのでしょうか」

 

「本来ならば、お前達艦娘ではなく人間だけが戦うべきなんだよ。なのに女の子のお前達に戦えと強いなければならないんだ。俺がお前達に女の子らしい時間を持てるようになんて言ってるのも、本当はそんな立場の俺自身を守るためだけの身勝手な言い訳、贖罪でしかないのかもしれない。ただの偽善かもしれない。戦い死ぬのはお前達なのに。いつも辛い思いをするのは、艦娘のお前達だから、せめて鎮守府にいる時だけでも本来の女の子らしくしろなんて、やっぱり俺は勝手すぎる人間だよな」

突然、シリアスな発言を始めた提督に戸惑う不知火。

彼の横顔は何か思い詰めたように思え、その瞳は悲しげだった。とてもこの鎮守府の司令官とは思えない弱さを見せている。普段の少し調子の良い、基本スケベな、でもたまに格好良い彼とはまるで別の一面を見せていた。

 

「そんなことはありません。提督はそうやって私たちのことを慮ってくださります。それだけで嬉しいのです。だから、そんな風に自分を責めるのはやめてください」

 

「しかし……」

 

「提督は提督の職務を果たせばいいのです。それが司令官たるあなたのなすべき事でしょう。私たちは提督の命令に従い、その任務を果たすだけです」

 

「お前達は兵器なんかじゃない……。だからもっと何か、何か方法があるはずなんだ。俺はそれを見つけたい」

 

不知火は苦悩する提督に何を伝え、どうしてあげればいいか見当も付かなかった。

金剛さんなら「テートクー、私はテートクの愛だけがあれば大丈夫デース」とか言いながら抱きつくんだろうな。島風ならネコみたいにじゃれついて甘えたりするんだろうな。……けれど、不知火に彼女たちのようなことできるわけない。

駆逐艦である自分が上司たる提督にそんな破廉恥な事などできるわけがない。恥ずかしいし、公私混同はありえない。不知火と提督は上司と部下の関係でありそれ以上でもそれ以下でもありえないのだから。

 

けれど、今は……。

 

「提督……」

歩みよると、そっと提督を抱きしめる。身長差のために不知火が提督にしがみついたように見えるが、抱きしめた。

 

ずっと昔の事、何があったか覚えていないけれど、悲しいことがあった時、誰かにこうして優しく抱きしめてもらったことがあった。その人のぬくもり、伝わってくる鼓動を感じて、自分の気持ちが落ち着いた事を思い出したのだった。その記憶がいつのものか、どういう時のものかは思い出せないけれど、こうしてあげる事が、今の提督の気持ちを落ち着かせるために不知火ができる唯一の方法だと感じたのだった。

提督は驚いたのか、一瞬だけ体を硬直させたように感じたが、不知火を抱きしめかえしてくれた。

 

提督から伝わってくる温もりは、不知火がかつて誰かから与えられた温もりに似ていて、なんだか心地よく、彼女は目を閉じて彼の胸に身を預けるのだった。

 


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