まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第47話

「さて……と」

舞鶴鎮守府司令官との会談を終えた佐藤は、内ポケットから取り出した【THIS ONE】と書かれたタバコに火を付ける。

こういった趣向品は現在においては高級品となっている上に、それなりのコネがないと入手できなくなっている。これは闇市場で手に入れた珍しい銘柄だ。味は相当に落ちるけれど、無いよりはマシだ。

大きく吸い込み、ゆっくりとはき出す。舞鶴まで来るには列車しかなく、おまけに車両は禁煙だった。タバコを控えていたせいか、ニコチンが全身に行き渡りクラクラする。その感覚がたまらなく心地よい。

 

伝言を伝えるだけの簡単な任務のはずなのに、想像以上にストレスを感じた任務だった。話している間は気にならなかったが、腋汗が酷い。上着にしみ出してきているレベルだ。何でこんな簡単な業務で、これほどの緊張を強いられなければならないのか。

 

舞鶴鎮守府司令官、冷泉朝陽少将。

 

年齢では佐藤よりも確か5つ年下で、実戦経験どころが軍隊での経験すら皆無の、ただの一般市民といっていいような男。

異なるのは、異世界より来たという、異常な経歴のみ。

どこの三流SF小説の話なのかと思うが、現在の日本国の置かれた状況の異常さと比べれば、彼の異世界召還というチンケな設定も特に不思議ではなく、案外受け入れられた。

 

鎮守府司令官に抜擢されるほどの男はどんな人物だろう、と少し緊張しての面会であったが、彼と話した感じでは御しやすい、平均以下の能力しかない男だった。たまたま領海での戦闘で生き延びたようだが、そう遠くないうちに死ぬ未来が予想できる。軍隊経験も無い者があの深海棲艦との戦いに勝利するどころか、生き延びられるとはどんなにひいき目に見ても思えない。彼の、通常あり得ない経歴のおかげで、現在の地位に就くことができただけの男。彼がもしこちらの世界の住人であったなら、どこかで肉体労働要員として働かされているはずだ。

 

まあ、はっきりいえば拍子抜けだ。

 

しかし、あちら側はどういう訳か彼を高く評価しているようだ。

わざわざ、彼らはその力を利用して根回しをし、佐藤を、……なおこの名前や役職、経歴は全くの存在しないものであるが、……舞鶴鎮守府にまで出向かせて、冷泉少将への状況説明をさせている。

こんな特例措置を執るような理由が全く推測できなかった。

 

愚鈍で無能で理想だけは一人前の男。それが佐藤の冷泉評だ。

佐藤の冷泉少将への評価は間違っていないとは思うが、あちらが彼を評価するなら、自分はそれに従い任務を果たすだけだった。

 

結果、目的は果たせたと思う。この情報を元に、冷泉少将は彼なりの判断をしていくのだろうと思った。

 

もっとも、まずは次の査問委員会を乗り切れるかどうかだが。とはいえ、冷泉少将がこの先どうなろうと、佐藤にとってはどうでもいいことでしかない。失脚すれば誰かが後を引き継ぐだけだ。おそらくは査問委員会の委員となった、前の舞鶴鎮守府副官の男だろうけれど。こいつも有能とは思えないが、経歴だけは優秀だから、それなりに現状維持をするのではないかと想像する。どこの誰か分からない異世界の凡人がなるよりは、だいぶマシだろう。

 

「それもどうでもいいことなんだけれど、な」

思わず言葉が口に出る。

佐藤はタバコを地面に投げ捨てると、右足でもみ消す。

そして、

「あのー、そろそろ帰るので、私にプレッシャーをかけるのは止めてもらえませんか? それとも、私が鎮守府から出るまでずっと続けるつもりですか」

と、少し大きめの声で闇の向こうに問いかける。

異常なプレッシャーを冷泉少将との会談中、ずっとかけてきた存在があったのだ。それは明確な敵意、ある意味殺意に近い強烈なものだった。艦娘サイドにはすでに話が行っていて、提督執務室への干渉を停止させているはずなのに。実際には話が通じていて、艦娘たちは全員、宿舎もしくは自艦に引き上げていた。常に一緒にいるはずの秘書艦でさえ、建物から移動するようになっていた。

 

それなのに、ずっと佐藤に向けて照準を合わせていた存在があったのだ。

それは、何者かが監視していることを、こちらが気づくようにだった。あまりにあからさますぎて、その意志に焼き殺されるような気がしたほどだ。目の前に銃口を突きつけられているような感覚。こちらを害するつもりはないのだろうが、そんな強い思念を浴び続けていたら、精神がたまらない。今までの任務の中で同じような場面に出くわしたことはあるが、ここまでの圧力を感じたことは希だ。

このまま黙って帰ろうかと思ったが、これほどストレスを感じさせられたまま帰るのも癪だし、原因者が誰かを確認もしておきたかった。

「聞こえてますか~」

極力、おどけた調子を忘れないように意識する。

すると、すっと今まで向けられていた殺意のような波動が消えた。感覚的にはずっと照準されていたのを解除された感覚。

思わずため息が出た。

「ありがとうございました。どうです? 出てきたらどうですか」

相手はこのまま立ち去るだろう。出てきたら儲け物といった感じで軽く声をかける。

 

背後に気配を感じた。

 

職業柄気配を絶つのは得意だし、探知能力にも秀でている自信があったのに、まったく気づくことなく背後を取られたことに少し佐藤は衝撃を受けた。

ゆっくりと振り返ると、ブレザー姿の女の子が立っていた。暗闇でもその桃色の髪が目立つ。

艦娘の誰かであることは分かった。

「一応、艦娘側には話をしていたんだけれどなあ」

 

「話はもちろん聞いています。これは私の独断です」

突き放すような口調だ。まだ子供のくせに随分と偉そうだ。

 

「何かあれば撃ちますって感じの殺気だったから、おじさん、ちょっと怖かったよ。えーと、あなた駆逐艦不知火さんですよね」

と、からかうように言うが全く反応がない。怒るでもなく恥じるでもなく表情に変化が無い。

「……誰も提督との話に干渉しないようにってお願いしていたのに、少し酷いね。君たちの上の方に話しちゃうよ」

 

「……ご自由にどうぞ。私は一切、あなたのお話に干渉していません。それ以前に提督とあなたが何を話していたなど知るよしもありません。それについてはなんら指示を破ってはいませんが」

 

「でもね、明らかに君、私を狙っていたでしょ? 何かあったら撃つって感じで。すごく気分悪かったよ」

子供相手に真剣になるのはあれなので、茶化す感じを意識しながら指摘する。

 

「冷泉提督に、わざわざこんな時間に会いに来る事態が異常と考えました。着任間もない頃であれば、来訪の理由を見いだせなくはないですが、さて、一年以上経ってからなど前代未聞といっていいです。なにか人間サイドの不穏な動きと判断してもおかしくはないでしょう」

そうか……。そして佐藤は納得した。

今更ながらだが、この艦娘は何も知らない訳だな。聞かされてはいたけれど、実際に目にすると驚きだ。艦娘の上にいる存在は、どういうやり方かは不明だが、記憶を自由に改ざんできるらしい。

 

「まあこんな夜中になってしまったのは、私の至らないところではありますね。あなたに不信感を持たせてしまった事は詫びます。……けれど、冷泉提督にこの時間に会うこと、そしてその間は人払いするようお願いし、あなた方にも了承されていたはずなのですが。当然、あなたもそのことはご存じですよねぇ」

 

「それはもちろん知っています」

痛いところを突かれたのか、一瞬少女はたじろいだように見えた。

ふん。艦娘とか言っても所詮、ベースは10代の少女なのだから、ちょっと脅せば楽勝だな。

 

「では、なぜ約束を破ってまで私を監視する必要があったのです? それもあからさまに私に判るように……。それって私たち人間と艦娘側との約束を破るようなことでなるんじゃないですか? ちょっとこれは大きな問題になるように思うんですけどね。あなたたちも上からの命令には従わなければならないでしょ」

ずっと照準を合わされていたプレッシャーは結構堪えたし、イラッと来ていたので簡単に許す気は無かった。こんな小娘に恐怖を感じさせられた事にも腹が立っていた。それゆえ、この少女をどのようにしてやろうかと佐藤は少しサディスティックな気持ちになっていた。

 

「そ、それはそうです。私は命令に従う義務があります。けれども、あなたの素性が判らない状態で提督の身に何かあったら大変だと、個人的に判断して対応しました。命令違反の誹りは免れないかもしれませんが、別にそれはそれで構いません」

何か覚悟を決めたのだろうか? 少女から戸惑いの表情は消えた。挑むような感じですらある。

 

生意気な奴だ。

 

「では、あなたの独断ですべてはやったということですね。ふふん、これは問題ですね。……もちろんあなた方の中での問題ですけど。艦娘たちの中では、命令よりも艦娘個人の判断が優先されることがあるなんて、これはかなり危険です。あなたの対応は我々人間との共生関係にも影響を及ぼす可能性があります。これはあなたがたの上の方へと疑義を上げておく必要がありますね。艦娘は単体でも恐るべき攻撃力を誇る兵器です。それが軍隊では絶対の命令を無視するような存在であるというのなら、人間とあなた達との信頼関係が根底から揺るがされる大問題ですよ」

喧嘩を売られているようなので、佐藤も無意識の内に攻撃的となる。

この艦娘、駆逐艦不知火は命令を無視し、独断で行動をしている。軍隊としては大問題だ。この話を上に上げればおそらく無視することはでいないだろう。

本来ならそこまでやる必要はないが、小娘のくせに驚かしやがってという感情と、それ以外に旨くこれを交渉の手札とできないかとの計算も働いた。

 

「私の行動については私がすべて責任を持ちます。あなたが不愉快に感じたのであればご自由にどうぞとしか言えません」

先ほど感じた焦りのようなものは少女から完全に消えていた。やれるものならやってみろ、そんな目つきになっていて、またまたいらだちを感じた。

 

「覚悟を決めたというわけですか。いいでしょう。音便にすませても良かったんですがね。……けれど、あなた、それでいいんですかね? 」

 

「仮に私の行動に問題があるなら、私が処分されれば良いことです。それは仕方ないです」

 

「ははあ、けどですねえ。あなたが処分されるということは、当然ながら、上司である冷泉提督にも迷惑がかかるかもしれませんねえ。それから艦娘サイドの話としては、我々からの依頼を受けているのにそれを全員に伝えるべきはずの、秘書艦にも迷惑が及ぶんじゃないですかあ」

 

「! 」

明らかな動揺が少女の表情に浮かんだ。

彼女が動揺したのは提督の件なのか、秘書艦の件なのか?

「提督や高雄さんには関係ない、でしょう」

 

「そうですかね。部下の責任は上司の責任でしょう? あなたが処分されたら、当然、監督責任は問われるでしょうね。当たり前のことです。まさかそんなことにも考えが及ばなかったとでもいうんですか? 」

どうやら自分のせいで他人に害が及ぶことは耐えられないらしい。すぐにキャラクターを分析した。ここがウィークポイントのようだ。

 

「くっ」

唇を噛むその表情が可愛い。

生意気な小娘の鼻っ柱をへし折れそうで、すごく高揚するのを佐藤は感じた。

 

「……まあまあ。そう心配しないで下さいよ」

声色を変えて話しかける。

「私だって鬼じゃないですから。……今回の事は私の胸の奥にしまっておいてもいいですよ」

その瞬間、怯えたような少女の表情が期待に満ちたものになったのを見逃さなかった。交渉は旨く進みそうだ。思ってもない幸運が手にはいるかも、と気分が高鳴る。

 

佐藤の言葉の真意を測ろうとし、少女の顔に不安げな表情が浮かぶ。

 

「なあに、取って喰おうなんてことはしませんよ。あなたは提督の事を心配しての今回の行動なのですからね。部下としては立派な事ですよ。ちょっと行き過ぎた点はありますが。……ですから、今回の事はあなたへの貸しってことにして、私の胸にしまっておきましょう。これでいいですかね? 」

 

「……貸しということは、何かの対価を要求するということですか」

不知火はおそるおそるといった感じで呟く。

そんなことを言うと言うことは、すでに交渉のテーブルに乗っているということを少女が自覚しているということだ。ここはぐいぐい押すべし、と佐藤は認識する。追い込みすぎず、しかし逃げられないように誘導しなければならない。

 

「まあまあ、そんなに構えないで下さい。たいした事じゃありませんよ。そうですね、これからは鎮守府の状況を時々、私に教えて頂ければいいのですよ。誰が領域解放戦に出たとか、遠征に出たとか。誰がドック入りしたとかいった日常的な話をね。それだけです。私から何かをお願いすることはありませんから」

最初は情報提供だけ。しかし、次第にその内容を高度化させ、さらに難度の高い事をやってもらうようにしていく。けれどそんなことは最初からはお願いしない。じっくりと仕込んでいけばいいのだ。裏切りの罪の意識を植え付け、そこからさらに彼女の心の中に食い込んでいけばいい。焦る必要はない。

 

「本当に、それだけでいいのですか」

 

「もちろんですよ」

そう言って佐藤はほほえみかける。

どうやら交渉成立のようだ。思わぬ拾い物になるかもしれないな、これは。わざわざこんなところまで来た甲斐があったかもしれない。思わずほくそ笑んでしまう。

「では、和解の証として、握手をしましょうか」

そう言って右手を差し出す。

少女も恐る恐る、手袋をはめた右手を差し出す。

 

思わずニヤリと笑ってしまう。

やった!! 勝ったな。

 

佐藤が少女の手を握ろうとした刹那、

「ヤレヤレ。おっさんなんかと握手するなんて趣味じゃないんだけどなあ」

いきなり男の声がしたと思うと、右手をがっしりと握られた。

 

「な!! 」

驚きで思わず声を上げてしまう。

目の前にはいつの間に現れたのか、冷泉少将が佐藤と不知火の間に割り込むように立っていて、佐藤の手を両手でしっかりと握っていた。

不知火も突然現れた司令官に驚いたようで、慌てて飛び退くように下がる。

 

この男、いつの間に現れた?

 

気配は全く感じなかった。

そもそも、なぜここで不知火と話していることに気づいたのか。

 

「て、提督、いきなりされたんですか」

なんとか言い返すのが精一杯だ。

 

「こんな夜中に、見知らぬおっさんがうちの娘と二人っきりで話し込んでいたら、上司としては気になるだろう? そもそも、君こそこんなところで何をしてたんだよ」

その声は少し怒気を含んでいて、冗談めいた話し方ではあるが、決して目は笑っていなかった。

 

どうするべきか?

この男はどこまで話を聞いていたのだろうか?

不知火を懐柔しようとしていたところも知っているのだろうか?

うまく誤魔化さないと、この男との関係が壊れてしまいそうだ。それはそれでまずい。この男もこちら側の手駒として使えるかもしれないのだから。

 

「いえ、歩いて帰ろうとしていたら、この子に話しかけられましてね。何の用事で来たのかって」

とりあえず嘘はついていない。

 

「はいダウト……嘘はダメだぜ。ゴメン、聞くつもりは無かったんだけど、実はほとんど聞いてしまったんだよ、佐藤中尉。言うことを聞いたら、黙っていてやる。ただし、俺の言うことを聞けってね。どう考えても、女の子を脅かしているようにしか聞こえなかった」

 

「な、何を言ってるんですか。私がどうしてそんなことを。しかも、相手は艦娘ですよ」

 

「でも、俺は聞いてしまったんだよ。……な、不知火、そうだろ? 」

 

「は、はい」

戸惑いながらも少女は頷く。その前に冷泉が目配せをしていたのを見逃さなかったが。

 

「このことは報告させてもらうよ。そして、それ相応の対応を取るように私からも抗議させてもらうからね」

 

「な! 何を無茶苦茶な事を。そんないい加減な事を誰も信じる筈がないでしょう。えん罪だ!! 」

唐突に、そして何故かこちら側が脅されている状況に動揺する。

 

「はたしてそうだろうかな? 海軍少将の言うことと、たかだか中尉のいうことのどちらを信じるのだろうか、ね」

もの凄く邪悪な笑みを浮かべて佐藤を見つめる鎮守府司令官。

 

「わ、私を陥れようとするんですか、あなたは。……それなら私も黙ってはいない。この少女は、あなたとの会談の間、ずっと遠距離から照準を私に合わせ、ずっとプレッシャーを与えてきていたのですよ。海軍から艦娘側には会談中は干渉しないという約束ができていたというのに。そして、この子に聞いたら、独断で行ったというじゃないですか。これは、これは大きな問題ですよ。命令に背くような艦娘が鎮守府にいるなんてこと、我々との信頼関係に重大な影響を与える危険な事態です。これを報告しないわけにはいきません。私はその話をしていただけです。決して邪な考えを持っていたわけじゃない。私はずっと銃口を向けられた状態であなたと話していたのですよ。想像を絶するほどの恐怖を感じていたのです。任務ですからね。私こそ被害者だ」

まくし立てるように、ほとんど叫ぶように訴えた。

 

「へー」

小馬鹿にするように冷泉が呟く。

 

「なんですか、それは! 」

 

「俺にはそれをネタに不知火を脅していたように聞こえたんだけどね」

 

「そんなわけないです。ありえないです」

 

「残念ながら、鎮守府内におけるすべての動きはモニタされている。よってここでの出来事はすべて記録されている。セキュリティの関係もあるからな。君が記録を解除させたのは司令官の執務室だけだからね」

 

「だったら、彼女がそれを認めたって記録もあるはずですよ。独断で命令違反をしたという」

記録を取られていたことはまずかったが、逆転はまだまだ可能。

 

「いや、君にプレッシャーを与えてたのは俺の命令だから。俺が不知火に命令してやらせたんだよ」

 

「なんですって」

 

「艦娘内での命令は絶対だろうが、彼女は舞鶴鎮守府の艦娘だ。だから彼女たちの中での命令より、司令官たる俺の命令のほうが優先順位が高いからね。だから、彼女には何の罪もない」

 

「そんなの嘘だ。私が来ることはあなたは知らなかったはず。だからそんな命令をする暇などないはずだ。この子を庇おうとしても無駄ですよ」

 

「君が来ることを知っていて、前もって命令していただけだろう。何かおかしな点でもあるのかな」

 

「そんな……」

そんな馬鹿なと言おうとして、それが無駄であることに佐藤は気づき、それ以上は言えなかった。

たとえ秘匿していたとしても、仮に冷泉が今日の予定を確認すれば、秘書艦は佐藤の来訪を伝えていただろう。なぜなら、あらゆる命令にも鎮守府司令官の命令が優先されるからだ。司令官にも秘匿せよという命令は矛盾している命令だからだ。

 

「だから、君がいくら不知火の命令違反を訴えたところで、俺が命令したといえばそれ以上は意味をなさない。彼女は司令官たる私の命令にしたがっただけだ。だから命令違反ではない。そして、俺が命令した非を責めるつもりがあるかもしれないけれど、それも無駄だよ。鎮守府司令官になんらアポを取ることなく深夜に来訪する奴を無条件に信頼すること自体ありえない話だからね。情報を知ったなら警戒するのは当然のことだ。そもそもが俺に会いに来るのにきちんと情報を伝えなかった君の不手際だよ。なんならそちらからも攻めたっていい。だから、君がなんと言おうとも無駄だということだけは教えてあげるよ」

 

「く……」

佐藤は俯きながらどう反論しようか思考を巡らす。しかし、どう反論したところで勝ち目が無さそうだ。そして、仮に勝てたとしても、こちらにメリットは無いことだけははっきりしている。

 

「答えは出たよな。だったら、このまま帰るほうがいい」

 

「わかりました。ここでの出来事はすべて忘れます。それで構いませんか? 」

そう言うのがベストだと判断した。自分の冷泉少将の評価が誤りであったことを認識しつつも認められない自分に少し困惑もしていたため、冷静な判断ができない。これ以上の議論はむしろ危険だ。思った以上にこの男、奥底が見えない。

 

冷泉は頷いた。そして何も言わなかった。

 

「では、失礼します」

形式張った敬礼をし、佐藤は立ち去ろうとするが、どうしても我慢ができずに言葉を発する。

「今回は引き下がりますが、以後、行動には、ご注意ください」

精一杯の反撃だった。

 

「忠告ありがとう、肝に銘じておくよ。ついでだから、俺からも言わせてくれ。仮定の話でしかないけれど、今後、俺の部下にちょっかい出そうとするような愚か者がいたとしたら、二度目は無いってみんなに伝えておいてくれないかな」

その声はあくまで冗談めいた口調だったが、恐ろしく寒々とさせるものを感じさせられ、佐藤はぞくりとしたのだった。

 


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