まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第45話

佐藤の説明は釈然としない部分が多いけれど、あえて反論することなく冷泉は沈黙することとした。

 

この男の説明全てを黙って聞いておく方がこちらにとって良いと判断したのだ。

話す内容は矛盾を多く含んでいるように思うが、少なくとも彼の話すこと全てが嘘というわけではないだろう。もちろん、彼の言うこと全てが真実だと楽観的に信じるほど冷泉はお人好しでは無かったし。……嘘は真実の中に混ぜた方がより効果的に騙せるという。逆に考えれば、つまり、彼の説明の中には、真実が多く含まれている可能性もあるということだ。話を聞くだけ聞いて、後でその検証をすればよいのだ。ここで否定をして話を中断させるよりも、得られるデータは多ければ多いほど良いのだから。

それに、彼の話を信じたわけではないが、話を聞いた時から個人的には大阪・京都・神戸には行ってみたいと思っていたのだ。仕事の関係からそう時間はとれないが、舞鶴からならそれほど遠くない。話の内容の検証もできる。それから、帝都にも行ってみたいと思っていた。その前段として聞いておけばいろいろ役に立ちそうだし。

 

そんなことを考えながら、冷泉は佐藤の様子を伺っていた。彼から見て、自分はどう見えているのだろうか、と。できることなら凡庸な人間に見えていれば最高だ。彼にも隙ができるかもしれない。

そして冷泉は、もともとが優秀ではないから、普段通りにしていればよい。それだけで凡庸な奴、御しやすい奴と判断してくれるかもしれない。人間としては悔しいけれど、そうなった方が結果としては都合がいい。

 

「さて、簡単いいますと、日本においては、政府、陸軍、海軍の三つの組織が同列に並び、様々な案件についての意志決定を合議制で行っています。もっとも、基本、内政については政府、軍務については陸海軍が主として行い、他の機関は追認するだけっていうのがほとんどですが」

 

「それにしても三つの組織が同列で権限が同じってことは、何をやるにしてもそれぞれの利害が絡んで、口を挟み、なかなか決まらないんじゃないのかって思うけれど」

会社の事を思い出した。どうしてもセクショナリズムがあって、ことある事にいがみ合い、保身と利権主義で機能障害を起こしてまともに進まないことが多々あった。端から見ていれば馬鹿馬鹿しいことなのだけれど、当事者たちは真剣そのもの。会社ですらそうなのだから、国家機関レベルの話になると、それはもっとたちの悪い物になっているだろう。

 

「確かに、それぞれの部署が事ある毎に陰に日向に勢力争いを演じてますが、元老会議が上に乗っかって睨みを利かせていますんでね、……現在のところ突出した力を持つところはないです。みんな元老会議の意向を慮って動かざるをえないですからねえ。なんやかんやで牽制し合いながらも、案外上手く回っていますよ。まあ、これは戦時中であるということも大きな影響力を持っているのですが」

深海棲艦の存在を度外視したとしても、圧倒的に力を持つ者の存在が、ちょっとしたことで政変となりそうなものを押さえ込んでいるということだろうか。

もしも元老会議の主要メンバーを押さえ込むことができれば、国を支配できるということでもあるのだけれど。

 

「ちなみに、元老会議ってやつの構成員に、6隻の艦隊の勢力が存在するというわけなのか? 」

 

「さて、それは判りませんね。そもそも、6隻の艦隊がどんな存在なのかすら、判りませんから。そもそも、人型の形態をしているかすら知らされていませんからね」

とあっさりと否定された。分からないことははっきり明言しているのだろうか。

普通に考えればそういった存在がいないと、こんな状況下で押さえ込めないよな。

 

「まあ、確かに君は知る立場にないだろうね」

 

「ええ、そりゃそうでしょう。私は、たかだか中尉の階級でしかないんですからねぇ。ただ知らされた情報を、意味も分からずにお伝えしているだけの存在なんで……」

とぼけた顔で男は言う。

ただ伝えるだけだとしても、彼が今話している事は、かなり高レベルの機密情報のはずだ。仮に伝えるだけにしても、そんな情報を持たすのだから、この男は階級以上の存在であることは間違いないだろう。

そのあたりを総合的に考慮するなら、冷泉がやるべき事は彼からうまく情報を引き出すことなのだが、そういったことには冷泉は疎かったので、すでに諦めている。

 

「まあいいや。確かに知らない人間に聞いたところで、そりゃ無理だろうな。……とりあえず、現在の組織の状況っていうのは理解した。他に伝えなければならないことがいろいろあるんだろ。続けてくれ」

冷泉は肩を竦め、続きを促す。けれど男に悟られないように、彼の様子を観察を続けている。会話の中でわずかでも違和感を見つけ出そうと考えていたのだ。……しかし、さすがにぼろを出すような事はなく、顔に薄く張り付かせた無能さを装う仮面は、決して剥がれ落ちることは無かった。

 

「了解です。……とりあえず現在の日本の置かれた状況についての補足は、こんなところです。普通ならば質問はありますか? って一呼吸置くところなんですが、質問されてもお答えできませんので、提督のご希望通りに次に行きますね。……実際のところ、ここからの部分が本題となります」

そう言って内ポケットからメモ帳らしきものを取り出した。付箋紙のついた場所を開くと話し始める。

「提督にとって、とても身近な話となります。えっと、冷泉朝陽さん、現在のあなたの事についての話となります。我々はすでに知っています。あなたが、この世界とは異なるところから来た人であることを。……もちろん、この事実を知る者は、ごく僅かしかいません。元老会議と海軍の上層部数名のみが知ることとなっています。このことは鎮守府司令官ですら知りません。故に提督がいきなり舞鶴鎮守府司令官となった事については、上層部に対しては元老会議の指名ということで説明し納得済みです。なお、海軍内部においては、当然あなたの過去を知る者はいません。そして元老会議の指名という話もできません。なので架空の戸籍・記録を作成し、もともと海軍に在籍していたことになっています。まあ、何かあっても上層部がフォローしてくれるようになってます」

 

「ずいぶんと、ご都合主義なんだな」

 

「ははは、そう言われると辛いですね。ま、記録さえ作ってしまえば、海軍兵士の数からしたら、おそらくばれることはないですよ。幹部候補生だとその人数も少ないですし、流石にネットワークが張り巡らされていますから、場合によっては嘘がばれる恐れがあります。よって、一般職からの抜擢された事にしたんだそうです」

そんな安易なやり方でごまかせるのかと疑問に感じたが、男は真面目な顔で話している。

 

「しかし、キャリア制度があるのなら、そんなところにノンキャリが割って入る事なんてあり得ないだろ? 軍内を混乱させるようなことをしてどうするんだよ」

 

「まあ、確かに今回の舞鶴鎮守府提督人事について、心良く思っていない人もいるかもしれませんね。でも学歴とかもねつ造して東大を主席で卒業後、海外を転々とした後、ふらりと帰国。その後自衛隊に入隊。……そんな感じで、ただのノンキャリじゃない設定で体裁が整うよう経歴は作成されてますね。それに一応ばれることがないように、記載された過去の経歴について裏取り確認もしてますよ」

言いながら手元のメモ書きを見ている。どうやら、冷泉の架空の経歴を書き込んでいるのだろう。取り上げて確認したい衝動に囚われたが、なんとかそれを押さえる。

 

「しかしなあ、俺は、東大なんて受験すら考えた事なかったよ。……海外に行ったことも無いし。少し話したら、素性がばれてしまいそうだな」

そもそも、東大卒なら繋がりのある連中が軍にも結構いるだろう? そして、呆れた。何故、主席卒業にするんだよ、目立つじゃないかと。

 

「そんなことをいちいち確認する奴はいませんよ。なんせ階級が海軍少将なんですからね。それに、あなたのような階級の人と雑談を交わして詮索できるレベルの者は、あなたの出自を知っていますから、そんなことを聞いてきませんよ。まあ、それ以外の連中から妬まれたり陰で嫌がらせされたりするのは、まあ、仕方ないということで諦めてくださいな。妬まれにくいようにの配慮から東大主席卒としたそうです」

 

「妬まれるのかよ。なんでそんなことに」

 

「男の嫉妬は根深く醜いですよ。同期でもない、しかもポッと出の年下の人間に飛び越されてしまうのはキャリアにとっては屈辱でしょうから。たとえ、舞鶴鎮守府司令官のポストであっても納得いかないところはあるでしょうね」

冷泉は気づいた。今、この男、妙なこと言った。

 

「おいおい、「舞鶴鎮守府司令官であっても」って、まるでここが出世ポストでないような言い方じゃないか」

 

「……いや、舞鶴鎮守府が閑職というわけじゃないんですよ。なんといっても日本で4つしかない鎮守府の司令官ですからね。さらに旧日本海軍とはかなり組織形態が異なるので、さらに要職とされているんですけどね」

 

「でも、なんかそんな風に聞こえたからな」

 

「あらら、そんな風に聞こえましたか? そうだとしたら言い方が悪かったですね。ま、……そんなことよりも、話を続けさせてください。時間は無限じゃあありませんから。いいですか? 」

人の話を聞くつもりがなさそうなので、冷泉は仕方なく頷いた。

「あなたの置かれた状況についてもこんなところですかね。一応、念を押しておきますが、あなたが今いる世界以外から来たという突拍子もない件については、ほとんどの人に知らされていませんので、発言等にはご注意ください」

 

「そんな話したところで、誰も信じないし、信じる奴なんていないって言ってたじゃないか。まあ、話したところで心療内科での受診を勧められるだけだろうね」

そう言って冷泉は肩をすくめた。

 

「はははは、確かに……。そうなれば査問委員会なくして、提督を更迭できますねえ」

予想以上におもしろそうな反応をしている。

 

「査問委員会? 」

扶桑が言っていた事を思い出し、一瞬背筋が寒くなった。

 

「すでに聞き及んでいるかもしれませんが、提督は此度の海戦における不適切な作戦指揮があったということで、査問委員会への招聘が決まっています。ばかばかしいことですがね。私がここに来たメインの話はこれなんですよ」

 

「ふう。ずいぶんと長い前置きだったな。そして、ずいぶんと時期が遅くなった説明だな」

少し嫌みを込めて言うが、男はどこ吹く風かという感じで何も応えていないようだ。

 

「ま、時期を失した感はあるかもしれませんが、委員会にはなんとか間に合ったので良しとしてくれませんかね? 何の予備知識もないまま査問となっていたら、発言の言質を取られて、本当に病院行きだったかもしれませんからね。でも……まあ、ある意味そちらなら、それはそれで問題無いと言えなくもないんですけどね」

この男、言っている事がどこまで本気かわからない。

 

「それはそれで困るな。……で、査問委員会の乗り切る方法を教えてくれるってことなのか」

 

「委員会での内容は、それほど大したことは無いと思っています。なにせ、提督は艦隊の危機的状況で全艦を帰還させましたからね。結果からすると何ら責められる点は無いですよ。それに、元老会議も提督の味方ですから、裏から手を回してくれているはずです。仮に下手を打ったとしてもそれほどの処分を下すことなんてできません。本来なら、やらなくてもいい話なんです。ただ、どうしても手続き上の不備はあったわけで、形式的に査問会を行って、問題なしと結論づけないと、納得しない連中がいるってことです」

 

「まあ特別扱いをされるような筋合いもないからな。やむなしだな」

 

「ただ、査問委員会のメンバーの中には提督をあわよくば陥れたいっていう勢力がいることにご注意くださいね」

 

「ふむ。俺を陥れたいと思うほど憎まれる理由なんて無いと思うんだけど」

 

「提督に無くても向こうにはあるってことで……」

 

「ところで査問委員会の委員ってのは、どんな連中なんだよ」

 

「軍法会議ではないので、そんなに構えないで大丈夫ですよ。5名の委員による事情聴取です。冷泉提督の作戦指揮についての詳細な説明が要求されるだけです。基本的には今回の作戦には問題がなかったというアリバイ作りのために委員会です。だから普通に進めれば問題無かったのですが、ただ、委員の一人に問題のある人物がいて……。ま、彼はあなたの前任の提督の副官を務めていたのですが、理由は不明ですが提督といろいろ揉めまして……。結局、鎮守府を追い出されたんです。前任者との諍いがなければ、もしかすると、あなたの立場にいたかもしれなかった人物なのですよ」

 

「実につまらん。全くつまらん。とばっちりで俺が責められるってことか。ヤレヤレ、ばかばかしい。」

冷泉は、大きくため息をついた。なんて小さな奴がいるもんだ。何をやらかしたか知らないけれど、処分をした人間を恨むならまだしも、自分が本来着くべき職になった者まで憎んで足を引っ張ろうとするなんて。どういう精神構造してるんだ。

 

「かといって、彼はいわゆる御賜組ですからね。御賜組ってご存じですよね。彼らはプライドだけは人一倍高いですから。あ、そうじゃないですねえ。能力も相当に高いです。それは置いておいて、今回委員の一人となる方は、本来なら前任の提督にその矛先が向かうべきなのですけど、それができないから、まあ個人的な恨みと言っていいですね、……あなたを凹ませてやろうって考えてるんでしょう」

 

御賜組……。

将来の栄達を約束された一握りのエリートだったっけ。平時ならともかく、今は戦争中なのに、馬鹿げたエリート意識に凝り固まり、他人の脚を引っ張り自分だけがのし上がろうとするゲス野郎。作戦において無能ぶりを発揮し、日本の敗戦に一役買ったある意味では平和主義者という認識がある。

 

「しかし、そんな問題のある奴を委員に入れる連中も何を考えているんだか。しかし、そいつは一体何をしでかしたんだろう? 」

 

「鎮守府を追い出された後、いろいろ政治的な工作をしたんでしょう。保身のためにあちこちに手を回していたようですね。言いがかり的な理不尽な理由で鎮守府副官の立場を解かれてしまったとか言ってね。自分はむしろ被害者だと。コネを最大限に活用し、自らを被害者だと情に訴えでもしたんでしょうかね。そして、その熱意、声の大きさが効を奏したのか、みんなが信用してくれたようです。そのおかげで、上手くレールに戻れたようで、出世にそれほど影響はなかったようです」

 

「立ち回りの上手い奴が出世していくってパターンかよ。どこも腐ってるな。……しかし待てよ。いろいろせこい工作したところで、俺の前任の提督が処断したわけだから、そんなに上手く事は運ばないはずだろう? 正当な理由で処分しているだろうから、彼が反論すれば、当然ながら役職の上の人間の言うことだ、みんなそちらの意見を聞くんじゃないのか? 」

 

「そうですね。しかし、あなたの前任の提督は反論しませんでした」

 

「え、なんでだよ」

 

「残念ながら、したくてもできなかったのです」

 

「それは、一体どういうことだよ」

 

「実は、彼が亡くなられたからです。だから、嘘を喧伝されても反論するすべがないのです」

 

「は? 」

冷泉はいきなり提示された事実を理解できなかった。全く事態が飲み込めない。

 


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