まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第二章 艦娘との邂逅
第4話 とまどいの中、金剛との出会い


なんなんだろうか……このシチュエーションは?

 

当然なんだけれど、何一つ理解できない。それ以前に、現在、自分が置かれた状況が把握できていない。

 

いや、できるわけが無いか。

 

この世界の人間と接した事で、更なる混迷を極めている。

 

「ネエ、どうしたの、……テートク」

本当に不思議そうな顔で、いや、残念そうな目でこちらを見る少女の姿がある。

 

「えっと、すまないけれど、提督って? 何の事だい」

と、冷泉は思わず言葉を返す。

提督なんて言葉、普通に生きてたら聞くことない言葉だよ。

 

「テートクはテートクじゃない。今、ワタシの目の前にいる、ユーの事に決まってるじゃないデスかあ」

 

冷泉は、意味が分からず辺りをキョロキョロと見回す。

当然ながら、自分以外、この部屋には誰もいない。

 

「もしかしてだけれど、それって俺のことなのか? 」

と、自分を指さして質問を返す。

 

「えっ、もしかして……覚えていないのですか。オー、オーマイガーッ! です」

この子は、わざとこんな喋り方をしているのだろうか。冷静に見ている自分がいる。

 

「テートクったら酔っ払って二階から落っこちて、頭を強く打ち過ぎたんデスねーーー。お医者さまが言ってたとおり、本当にGeneralized Amnesiaになっちゃたんだ」

 

Generalized Amnesia、つまり、全生活史健忘だと思っているのか? 

 

いや、冷泉の記憶は、はっきりしている。これまでに無いほどクリアだと言っていい。

なのに、自分の置かれた現実とのこれまでの世界への認識との間の齟齬をかみ合わすことが不可能なんだ。これが、今の冷泉の理解できている事。

 

「テートクぅ-、冗談はやめてヨ。……ねえねえ、ホント大丈夫? 」

ぼんやりしている冷泉の事が心配だったのか、彼女は冷泉の頬に右手を当てると小首を傾げて心配そうな表情をしている。

 

状況はともかく、そんな少女を見て、思わずドキドキしてしまう。これはいけない。見つめられただけで、鼓動が高鳴るじゃないか。こんなのマジで惚れてしまいそう。本気で冷静さを失いそうになっていた。

 

しかし、夢だけど……夢じゃない!! なんて脳天気な事は言ってられない状況だ。冷泉は、全く理解不能なアナザーワールドに説明も無く放り出され、これまでの記憶は、全く役に立たないという状況。

 

―――なんだなんだ。

 

ここで取るべき行動とは、何だ!

 

冷泉は、その灰色の脳細胞をフル活性化させる。このような場面で行うことは決まっている。

 

―――四半世紀以上生きて会得したその成果を見るがいい。

 

「コマンド! ……ログアウト。ん、何も起きない?? では、セッション終了。……これでもだめか。冒険の書……それを中断!! 違う。menu save! 」

異世界転生もののラノベを読んだ記憶を頼りに、いろいろ叫んでみるが何も起こらない。

何もない空間をクリックするがメニュー画面は表示されない。

 

「……ログアウト不能なのか? クッ! どうして、何故? 」

何もかもが理解不能。

「どうして、こんなラノベみたいな展開の中に放り込まれなきゃいけないんだよ」

と、嘆いて気づいてしまった。

これまで読んだ小説では、こんなコマンドを連呼した主人公は、例外なく異世界から帰ることができなかった事を。

 

「ねえねえ、ダイジョウブですか」

頭がおかしくなったのか、と心配そうに少女は尋ねてくる。

 

「ああ、大丈夫だよ。ちょっと待ってね。……ふう、ちょっと待ってね。えっと教えてくれないか……ねえ、ここは一体、何処なんだい? 」

大きく深呼吸をし、再び意識を現実に戻してから、彼女に問いかけた。

 

「え? ここ? デスか。……よく分からない事を、提督は言いますネ。そうか、私をからかってるんですねー、面白い冗談です。ふふふふ、じゃあ、本当の事、教えてあげますネ。提督が今いる場所は、ですよねえ。……ここは、海軍病院デスよ」

 

「か、海軍? 海軍っていうのは何の事なんだ? じゃあ、ここは、どこの国なんだよ。もしかして日本じゃ無いっていうのか? そもそも、軍隊ってどこの軍隊っていうんだよ。憲法9条どうなったんだ? 廃棄されたのか。むむむ、共産党や社民党は無くなったのか? 戦争反対、憲法改正反対、原発再稼働反対、ヘイトスピーチ反対、差別主義者は死ねって連呼していた連中は、国外逃亡でもしたのか? まあ、そんなことはどうでもいいや。俺は、何者なんだ? 」

混乱のままに、冷泉は意味不明な事を連呼してしまう。

 

「再確認って奴ですか。じゃあ、お答えしマース。あなたは、舞鶴鎮守府司令官、【冷泉 朝陽】、若くして少将まで上り詰め、鎮守府提督となったエリート将校! それが提督のコトじゃないデスかー。本気で格好イイですね」

 

「え……理解できない。エリートって言われたら照れるけど、正直、俺には似合わない言葉だよな。それに、俺って何をしているんだい? 」

この子は冗談を言っているのだろうか。

 

「だーかーら、その名の通り、鎮守府提督デスよ。私たち【艦娘】の指揮官じゃないデスか。ねえねえ提督、大丈夫? 本当に大丈夫? 自分の名前まで分からなくなってるのデスか? 」

大きな瞳で真剣にこちらを見つめる。

 

ちょっと……。そんな可愛い顔でこっちを見つめられると、本気で困ってしまう。本気で照れてしまうし、ちょっとしたきっかけで彼女に惚れてしまいそうだ。

 

冷泉の不可思議な反応に、彼女も流石に冗談で言っているんじゃ無いことに気付いたらしい。

 

「OH! ジーザス!! 」

と、大声で天を仰いだ。

 

しかし大げさだな。それから、ごめん。もうその喋り方やめて……。冷泉は訴えたくなった。

頭が痛くなってきた。怪我をしてるから微かに痛みはあるんだけれども、それだけじゃない。ありえない現実を押しつけられ、途方に暮れて、頭が痛くなってるんだ。

 

しかし、事情は飲み込めないが、この現実は受け入れなくてはならないらしい。

 

……それが現実らしい。

 

メチャクチャな設定だけれども、まずは、これを受け入れないと話は前に進んでいかないらしい。

とにかく、与えられた情報を整理して、理解しなければならないらしい。

 

どうやら自分は提督という役職らしい。提督とは何だ? 何で提督なんだ? どうして俺が提督なんだ。

 

しかし、聞くにしても、あまりに基礎的な事を聞けるような雰囲気では無さそうだ。

そもそも、ここにいることという根源的なところからして、説明不可能理解不能なんだから。

 

この子の話によると、どうやら新しく来た艦娘の歓迎会の時に、はしゃぎすぎた提督(これは自分の事だ)が2階の窓から転落し、頭部を強打して海軍病院に運び込まれ、先ほどまで意識不明だったらしい。

 

ははは……完全なお調子者だな、まったく。

酔っ払ってドタマかち割れて失神するエリート将校だって……。いつの時代もエリートさんは変わらないな。やることが斜め上を行ってしまう。ここがいつの時代やら、分からないけれど。

 

しかし―――。

 

どうやら、記憶喪失という言い訳で、しばらくはこの危機的状況を乗り切られるのではないか? そんな計算が働いた。

 

つまり、少々言ってることが変でも、記憶喪失という事でごまかせそうだ。

うまくいくかどうかは分からないけれど、仮に本当の事を話しても納得してもらえないだろう。何故なら、彼女は冷泉朝陽という人間のの外見については、何の異常を感じていないんだから。

人間が入れ替わったというシチュエーションは想定されず、もともとこの冷泉朝陽という提督が自分のことであったのか、中身だけ入れ替わったのだろうか。

 

つまり、見た目はどういうわけか冷泉という名の提督らしい。

魂だけが入れ替わったのかという仮説も立てられるが、冷泉って自分の名前だ。そこまでの偶然の一致なんてないはず。

冷泉の先祖が軍人さんだったという記録は、無い。ひいじいちゃんは戦争に行ってたらしいけど、陸軍だったし、将校ではなかった。よって過去に意識が戻ったという話にもならない。

 

それ以前に彼女の外見やその言動。話すその内容について、何となく恐ろしい結論が待ち構えている予感がして、あまり考えたくなかった。

 

何かって?

そりゃ……。

 

「提督ー。まさか私の名前、忘れたワケじゃないでしょーネ? 」

眼前の少女の髪型、服装、そして奇妙な喋り方。

背中に艤装を背負っていないだけで、どう見たって浮かぶのは一人しかいなかった。

絶対に認めたくは無いのだけれど、これって……。

 

 

 

艦隊これくしょん!!

 

 

 

――この世界は、まさにその世界としか思えなかった。

 

艦娘とともに深海棲艦と戦い海域を開放していくゲーム。

艦娘を集めたり、改造したり開発した武器をつけて強化したり、その萌え世界を堪能したり……。

 

そして、この子は、どう見たって超弩級巡洋戦艦金剛型四姉妹の「金剛」にしか見えない。ここまで見事なコスプレは見たことがない。いや、コスプレであってほしいが、そのコスプレをしている少女のクオリティが半端なく高すぎる。どう見てもホンモノにしか見えないんだよ。

 

非現実・・・これは夢なんだろうと判断するしかない。

夢幻、それはあるんだろうけど、ゲームの世界が現実になるなんて、かなり拗らせてしまったとしか思えない。

 

恐る恐る、冷泉は話す。

「ごめん。……全然思い出せないんだ」

 

「記憶ソーシツですかー!! まさかまさかまさか、本当に私の事も忘れちゃったんデスかー。OH! 」

 

「いや、何となくは思い出せる気がするんだけど……」

 

「NO! つ、んがっ!……妻である私の名前まで!!……忘れるなんてアリエマセン。酷すぎるです」

何故だか妻という言葉の前に噛んでしまい、顔を赤らめる少女。

 

なんか、どさくさに意味不明なことを言ってるようだが。

 

ゲームの中でも奥さんじゃ無いでしょ、君。と、突っ込みを入れたくなる。

 

「君、……こ、こんごう、金剛だよね? 名前」

頭に浮かんだ、少女の見た目とは全く合わない、厳つい名前を答えた。

 

少女の顔がパーッと明るくなる。

「OH! 正解デース!! 」

そう言って再び飛びついてきた。

 

思わず悲鳴を上げてしまう。衝撃で頭を痛打する。

 

「愛の力は、……記憶ソーシツさえも乗り越えたンデスネー!! やっほー」

そして、ぐいぐいと力任せに抱きしめてくる。その力は、抗えないほど強い。

 

「ちょちょ、痛い痛い。金剛さん、お願いです苦しい、やめて」

必死に嘆願するが、声を出すことすら叶わない。締め付ける力が女の子と思えないほど強い。視界が再び歪みそうになる。

 

助けて下さい。本当に逝ってしまいそうです……。そう何かに祈るしかなかった。口は言葉を発そうとするが、パクパクと動くだけだ。

 

冷泉が、再び暗黒の世界に墜ちて行きそうになった刹那、扉が開く音が聞こえた。


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