まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第四章 闇の蠢動
第37話


領域解放戦で傷ついた艦娘は、ドックに入り修復作業を行うこととなる。

ちなみに舞鶴鎮守府で使えるドックは現在2つである……。

これはどういうわけかゲームと同じだ。

 

あと4つ(うち2つは屋根付きドック)があるが、老朽化および建設途中で放棄されたため使用不可となっている。

施設の整備や修繕には、当然ながらそれなりのお金を突っ込まないとダメだし、仮にそれが完了したとしても、施設を運用する人員が足りない状況。人を雇うにも当然金がかかる。また、軍隊の機密施設であることから、安い賃金で適当な人間を雇うわけにもいかず、海軍の人員を充てる必要があり、そのためには組織および人員の要求といった政治的なチカラも必要となるのだ。

 

どうも前任、いや、それ以前の鎮守府司令官も含めていいんだろうけど、その辺りの政治力や資金の運用、予算確保は苦手だったらしい。

戦果を上手くあげられなければ他で成果を上げている鎮守府へ艦娘を優先配置をされてしまう。そうなれば、艦娘の整備に人員も持って行かれてしまう。艦娘の減少は、戦果の低迷を呼ぶことになり、それが更なる艦娘や人員の減少、予算の縮減と繋がっていってしまう。

 

この負のスパイラルに陥っているのが現在の舞鶴鎮守府の置かれた現状と判断していた。

 

現有戦力で大戦果を上げるのはほとんど不可能だろうし、チマチマ遠征等で稼ごうにも、あまりに運用できる艦娘が少なすぎる。よくこれで鎮守府を回していたと感心してしまうくらいだ。

しかし、このままではじり貧になるのは想像に難くない。

今後、領域解放戦に出撃すれば必ず被害は出るだろう。今回、戦ってみて実感した。敵である深海棲艦は強い。こちら側が相当に戦力強化をしても、あの領域ってやつは敵部隊の能力に下駄を履かせるだけでなく、こちら側の能力をスポイルしてしまうという特殊な影響力を持っているからだ。

さらに難敵となるのは、戦いから帰還しても、艦の修理に必要なドッグ不足の問題が待ち受けていることだ。そして、資材不足。資金不足。そのために艦娘の修理が滞り、次の戦いに出せる艦がどんどんとへっていく。そして全体の艦娘数の少なさが問題をさらに大きくする。第一艦隊の不足分を第二艦隊から持って行けば、第二艦隊すら編成できなくなり遠征による資材確保すらできなくなる有様。負の連鎖が鎮守府を襲い、このままではやがて出撃すらできなくなってしまう可能性すらある。

 

これは、本当にどうにかしないといけない。

ゲームと違い、まるでうまくいかない。攻略法なんて見えてこない。

そしてふと我に返る。

 

「考えても仕方ないことなんだよなあ」

今日は、そんなことを考える時間じゃない。戦いで負傷した艦娘たちを見舞いに来たのだから。

 

軍艦の修理はドッグにて行われるが、艦娘の治療はそのドッグ横に併設された病院で行われる。

 

病院は地上4階地下3階の白い施設となっている。入口には二人の武装兵が直立している。

事前の連絡もなく現れた司令官の姿に一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに我に返り敬礼をする。

冷泉は軽く会釈をして自動扉の中へと入っていく。

 

一階はロビー及び事務員室となっており、二階より上の階では艦娘のチューニング作業等を行う施設がある。

負傷した艦娘の治療は厳重に管理された地下施設で行うこととなっている。受けたダメージの大きさによって入る階層が下がっていくとのことだ。

地下へはエレベータで行くことになるが、その扉は厳重に警備されている。病院内部の人間ですらIDを持っていないと入ること無理である。

鎮守府司令官の冷泉ですら一階の受付で身分証の提示、本人確認および記名、目的を記入させられた。

すぐに奥から役職が高そうな事務員が出てきて、冷泉に会釈をし、エレベータへと案内する。そしてエレベータ扉前に立った二人の屈強そうな兵士に声をかける。すると兵士の一人が壁面の操作盤を鍵で開いた。事務員は中にあるキーボードを素早く打つ。ポンと音がする。男は中にある身をかがめて顔を近づける。

どうやらバイオメトリクス認証を行ったらしい。

再び電子音が聞こえ、エレベータの扉が重々しく開かれた。

 

「提督、お入り下さい」

男に言われ、冷泉は中へと入る。

どうやらエレベータに男は案内してくれないらしい。権限がないのかな。

「地下3階へ降りていただければ、下で担当の者がお待ちしています。そこから先はその者がご案内します」

 

「わかった、ありがとう」

声をかけると男は頭を下げる。

静かにドアが閉まり、エレベータが降下を始める。エレベータの箱は2m×2mくらいの広さだ。

地下三階と言われたが、かなり深い場所にあることがエレベータの移動時間で分かる。

扉が開くと一人の女性が立っていた。軍服を着用していることから警備担当だろうか。拳銃を所持している。

地下はごく普通の病院といった感じで特に違和感はない。ただ病院の臭いはまったくしない。ほとんど無臭に管理されている感じだ。廊下はかなり広く、施設自体がそれなりに大きなものであることが想像された。

彼女に案内されて、奥の一室へと入る。女性兵士は中に入らず、外で待機するらしい。

入った部屋は8畳程度の広さで、奥の壁全面が黒いスクリーンのようになっていて、それに向かうような形で椅子が2つ。そして測定器やらパソコンらしきものが配置されている。

 

「ようこそおいで下さいました」

すぐにこの部屋に一人だけでいた女性が話しかけて来た。

白衣を着た長い黒髪の女性だ。黒のミニスカートなうえに白衣の下は胸元が大きく開いたシャツを着ている。これが制服なのだろうか? などと若干場違いな格好が気になる。

年齢は20代後半のように見えるが実際はどうなのだろうか。一応、直立で敬礼をする。

「乾崎軍務少尉です。軽巡洋艦神通の治療を担当しています」

 

「うん。よろしくお願いします」

 

「神通の治療状況を確認されたいとの事でしたけど」

 

「まあ神通のだけじゃなくて、入渠中の全艦娘の状況も知りたいんだけど」

どういうわけか乾崎少尉は怪訝そうな顔をして冷泉を見つめている。

「ん? どうかしました? 」

 

「いえ、何でもありません。失礼しました。では、まずは神通の状況ですが……。こちらへどうぞ」

そういって部屋の奥へと案内される。

「こちらにおかけ下さい」

言われるままに椅子に腰掛ける。

隣の椅子に少尉が座り、無意識なのか足を組んだ。ミニスカートだけに思わずその白い脚に目が向いてしまう。彼女は冷泉の視線に気づかずにカタカタとキーボードを操作した。

すると真っ黒だった全面のスクリーンが急に透明になった。透明有機ELの画面なのだろうか。

奥にも部屋があり、かなり天井は高い。室内はブルーの間接照明で照らされて薄暗い。そして部屋の中央は床が一段高く盛り上げておりにはSFなどに出てきそうな、大きな円筒形の培養槽が設置されていた。その培養槽を取り囲むように無数の配管と様々な色のコードが這い回るように設置されている。

そして培養槽の中に神通が膝を抱え込むような姿勢で浮かんでいる。あちこちから伸びてきた配管やコードが彼女の体に接続されている。おそらく全裸であるようだけれど、配管や光の加減でよく分からない。

 

「こ、これは? 」

 

「艦娘専用の治癒装置です」

 

「いや、それは何となく分かるけど、人類はこんな装置を造ったりできるのか? 」

思わず本音が出てしまった。鎮守府司令官としてはこれくらい知っているのでは? といった疑念はあるがつい口に出してしまったのだった。

 

「もちろん我が国に、いえ人類にこんな設備を開発するような科学力はありません。これは向こうから支給されたものです」

しかし乾崎少尉は普通に答えた。どうやら冷泉が知らなくても特に問題は無いレベルの話らしい。

 

「向こう? 」

 

「艦娘側より提供されたということです。……軍医とは名ばかりで私はこの機械の使用権限が与えられているだけで、マニュアルに基づき操作するだけです。実際に治療を行うのはこの機械だということです」

 

「では、艦自体の修理はどうなってるんだ? 」

この際だからついでに聞いてやろうと考える。

 

「艦艇部分の方は専門ではないので良くは分かりません。ただ、あちらの方については基本、艦船なので我々でも修理は可能です。また兵器についても領域内使用武器については我々のテクノロジーでも充分対応可能なので我々の弾薬を補充しています。ただ、あちらの艦艇部分のについては艦種によってその割合は異なりますが、半分近くはブラックボックス化されており、見ることすらできないらしいです」

 

「じゃあどうやって修理するんですか」

 

「こういう言い方が適切かどうかはわかりませんが、資材を支給すれば艦艇が勝手に修理するらしいです」

 

「よく分からないな。艦が自分で修理を行うってことなのかな」

 

「それすら我々の科学力では分からないのです。そもそも艦娘がどこから来たのかさえ我々は知らないのですから。……まあ、末端の私が知る必要もないことですので、これ以上は分かりませんわ」

どうやらこの世界はとんでもないものを抱え込んでいるようだ。敵も味方もだけれど。

 

「……わかった。肝心の話を始めたいと思います。乾崎少尉、神通の状況はどうなんでしょうか」

知らない人間から聞いても答えなど返ってくるはずもない。余分な話をして疑念を持たれるようなことがあったら大変だ。本題に入ることとした。

 

「神通の状況については、大破状況になっています。いわゆる小破、中破、大破の三段階の内でもっとも酷い状況ですね。そして神通の場合、大破状況でさらなる付加が長時間にわたってかかったようでかなり状況は悪いですね」

大破状態の中、最大戦速で撤退戦をさせたせいなのだろうか?

「提督、ご安心下さい。ダメージは深刻ですが、治癒不可能というわけではありませんよ」

深刻な顔をしたせいだろうか? あわてて少尉が否定する。

 

「そ、そうなんですか。……良かった」

 

「でも、治療には結構な時間と資材が必要となります。ご存じだとは思いますけど、修復といっても艦娘という存在は、ヒトである艦娘と艦艇部分である艦の二つの存在の結合双生児みたいなものなのです。もちろん、ご覧になれば分かりますが、ふたつは物理的に直接結合しているわけではありません。しかし、見えない糸もしくは回路というような霊的なものでしっかりと繋がっているらしいのです。ですから、人もしくは軍艦のいずれか片方がダメージを受ければ、もう一方にも同様なダメージを受けることとなります。この部分の話だけですと、なんだかオカルトでの双生児のようなものに聞こえますけどね。

故に、治療・修理についても同じ事になります。戦闘で艦が損傷した場合、艦娘の治療と艦の修理の両方を同時並行で行わなければならないということになるのです。

ともかく、我々人類の科学では理解不能な部分が無数にある艦娘ですから、彼女らの指示されたマニュアルどうりに事を進めないといけないわけなのです」

 

「だいたいどれくらいかかるんだろうか? 」

 

「早くて一ヶ月くらいではないでしょうか? 」

なるほど。つまりしばらくは神通は戦線に復帰させることはできないということだな。彼女抜きで戦略を練らなければならないということだ。

 

「そうですか。分かりました。……少尉、神通の事をよろしく頼みます」

そう言って頭を下げる。

すると彼女が耐えきれなくなったのか思わず吹き出す。

「どうかしたのですか? 」

 

「ふふふ。いえ、すみません。提督が少尉である私に対する言葉遣いがあまりおかしかったもので。失礼しました」

 

「何か変だったです? 」

 

「提督の階級は海軍中将です。それに比べて私は少尉。天と地ほどの階級差があります。そんな私に対して丁寧語はあまりに変です。提督はご自身の地位に見合った話し方をされたほうがイイと思います。むしろそうしていただいたほうが私としても話しやすいのですが」

全く気にしていなかったことを指摘され、なるほどそうなのかもしれないと納得もした。こちらの世界に来てからまともに話したのは艦娘だけだから彼女たちは冷泉に対して対等もしくは一部は向こうが上のような話し方をしてきたので、まったく自身の階級というものを意識していなかった。大して無い知識を動員しても海軍中将っていえば会社で言うと専務クラスなのかな。そうなると社員とタメ口っていうのもおかしいのか。しかし、偉そうに喋りなれてないし、違和感がある。

 

「なかなかうまく行かないなあ。少尉とは同年代くらいだしなあ」

 

「少なくとも前の提督くらいには話した方が良いと思います」

 

「えと、前の提督ってどんな人だったのかな」

ふいに前任の提督の話題になったので、チャンスとばかりに話を聞こうとする。

 

「まあ司令官たる地位にしては偉そうではありませんでしたね。私達にも気安く話しかけて下さいましたし。ただ……」

少尉は少し言葉を濁す。

 

「ただ? 」

 

「少し頑固な、そして強引な部分のある方でした。組織の人間であるのに、上にたてつくような行動をされて少し浮いた存在になりつつありましたからね」

 

「それは一体どんなことをしてたんですか」

 

「え? 前任の提督のお話はお聞きになっていないのですか? 」

 

「うん。実は知らないんだ」

その問いに一瞬どう答えるべきか悩んだが、変に取り繕うことはやめた。

その瞬間、彼女の顔が青ざめたような気がした。しかし、すぐに態度を改め

「まあ、それはそれですねえ。今の話はお忘れになってください。そして、申し訳ありませんが、それ以上はお聞きにならないで下さい」

やんわりとした拒絶の態度を示す。

 

「じゃあさ、前任の提督はどこに異動になったの? 」

 

「すみません。提督のご命令でもこれ以上はお話できません。これ以上の話については守秘義務が発生している案件です。私レベルの決裁権限ではお答えできかねます。すみません。しかし、提督であればご質問の件について直接担当部署へお聞きになられれば良いかと。私は軍医でしかありません」

明確な拒否に変化していた。これ以上彼女を問いつめても、冷泉の権限では答えさせることができないらしい。

これについては、忙しさにかまけて深く考えることが無かったが、非常に気になっている件だったのだ。

前任の提督がどこへ行ったのか。

そして艦娘たちが前任の提督と冷泉を同一人物と思っていること。

どうやら何かがあるのは間違いないが、想像すらつかない。

 

唐突に蘇る金剛の言葉……

「やっぱり先生の言ってた通りダヨねー、扶桑。あんなに強く頭を打っちゃったんだもんね。頭どかーんっ。血、ぶしゃーって感じだったんだよ、テートク」

……彼女は冷泉が二階から落ちて怪我をしたように言ってたし、艦娘たちはみんなそう思っていたようだけど、冷泉にはそんな記憶は存在しない。

冷泉が入院していた原因は、フェリーが撃沈された時に負傷したからだ。

あの時の記憶は現実の物だ。決して勘違いなんかではない。

あの時、フェリーを攻撃した艦隊はそもそも何なのか?

何もかも分からない。

そして考えたところで結論は出ない。

 

少尉に話を聞いてもこれ以上は話してくれないだろう。

冷泉は神通のことをよろしく頼むと伝え、部屋を出た。

入渠中の扶桑、大井は地下二階にいるとのことなのでそちらにも見舞いに行くとととする。

 


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