まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第35話

冷泉は神通の艦橋にいた。艦橋付近に着弾したはずが、艦の機能としては問題ないようだ。中は戦艦金剛と比べるとこぢんまりとしている。艦橋らしく様々な機器類や乗組員が着座する席が準備されているが、当然ながら無人のためガランとしている。

「提督、こちらにどうぞ……」

神通は艦長席に冷泉を誘導する。

 

「えと、……その前に」

そう言うと冷泉は第二種軍装の上着を脱ぐと、それを神通の肩にかける。

「うん、それでも着てろ」

 

「え? でも……」

困惑する神通。

 

「服がはだけてるだろ。そのままじゃ俺が目のやり場に困るの」

先ほどからずっと気になっていたことを口にしてしまった。ゲームでは【ヤッホーッイ】と思ってしまう艦娘大破時の着衣の乱れなんだけれども、現実世界で見てしまうと当然ながら目のやり場に困るわけで。

しかし、「きゃー」とか言って悲鳴を上げるかなと思ったけれど、案外神通は冷静で、冷泉の言葉を普通に受け止める。

「お気遣いいただきありがとうございます。でも、せっかくの軍服が汚れてしまいます」

 

「Oh! ノープロブレム、ネー。また支給してもらえばいいから。お前はそんな事、気にしないでいい」

 

「提督だけに見られるのなら、……少し恥ずかしいけど平気だったんですが。……でも、せっかくですので、着させていただきます。ありがとうございます」

少し顔を赤らめると冷泉に背を向け、軍服に袖を通し、ホックを留めた。

何気なく聞き流してしまったけど、結構すごいこと言われた気分。

「あの、変じゃないですか? 」

振り向いて問いかけてくる。彼女にはサイズが大きすぎたようだ。だぶだぶで手は袖で隠れてしまっている。

「おう、結構かわいいぞ」

 

「そんなに見つめられてしまうと、とても……恥ずかしいです」

おぉ。なんかまた違うタイプなので新鮮な感じ。恥ずかしくないとか恥ずかしいとかどっちなのか分からないが、とにかく可愛いことだけは分かった。

もう、どうしよう!! と、一人、悶々となってしまう冷泉。

 

「あの、提督。金剛さんと扶桑さんより連絡が入っています」

唐突に神通が伝達する。

 

「ん? なんだろう」

一人盛り上がっていたところを中断させられ少しがっくりしながらも、平静を装い返事をする。

 

「あの、次の指示をお願いしますとのことです」

なるほどなるほど。

おそらく、あの二人の事だ。神通に対しては、もっときつい言い方をしてるんだろうな、と瞬時に判断できた。そのまま伝えるのは問題ありと判断し、神通が気を利かせてオブラートに包んだ言葉に変換してくれたんだろうと一人納得する。

まあ確かに、時は一刻を争う状態である。

艦隊旗艦となった神通とキャッキャウフフってやってる場合ではないことは確か。追撃してくる敵艦隊が接近しているのだから。

 

「コホン。では、これよりの作戦を指示する。……神通、俺の言葉を全艦へ伝達できるか? 」

問いかけに真剣な顔で頷く。

「よし。作戦といっても単純な戦法だ。……拍子抜けするかもしれないけれど。みんな知っていて当たり前すぎるかもしれないけれど、この領域においては海流が川のように流れている。流れは領域入り口から様々に分岐しながら、敵本体へもしくは横道にそれて再び領域害へと流れている。つまり、撤退する艦隊にとっては海流が進行方向と逆となっているわけだよな。……つまりだ、何でもかんでも海に放り込んで流せば、確実に追尾してくる敵艦隊の方へ流れていくということだ。さらに敵は全速力で追撃してきているようだ。運が良ければ当たるってこともあり得る訳だよな」

 

「あの提督、扶桑さんよりです。そんなに上手く当たってくれるとは思いませんけれども。それに機雷だって巡洋艦の二人が積んでいるだけで、その数もそれほどありませんよ。とのことです」

 

「まあそうだよな。神通、この艦隊に機雷はどれくらいある? 」

 

「積載しているのは私と大井さんだけです。私が九三式機雷56個積載しています。大井さんは……どうやら20個積載しているようですね」

話しながら大井に確認したのだろう。

使える機雷は合計76個ということか。……それだけあれば充分か。

 

「では、すべての機雷をばらまく。できるだけ、まんべんなくね。この数なら10メートル間隔くらいかな。そして、各艦は捨てられるものがあれば一緒に捨てるんだ。もちろん水に浮く物をね。これで機雷のダミーとする。運が良ければ敵は損傷した艦も逃げるためにありったけの荷物を捨てて軽量化をしていると思うかもしれない。そうすれば逃がさないためによりいっそう加速してくるだろう。速度が上がればそれだけ視界が狭くなるし、気づいても回避できないかもしれない」

 

「はたしてそれでうまく行くのかしら」

妙に冷静な声がして驚いてそちらを見た。

「って扶桑さんが言ってます」

声色を真似たのか、結構似ていた。

 

「そんな物まねをする余裕があるのなら大丈夫だな。……神通、おまえについてはとにかくありったけのものを捨ててしまうんだ。とにかく軽くして速度を上げられるようにしないといけない」

 

「はい、了解しました。すでにその作業は開始しています。えと、弾薬まで捨ててしまって構わないのですか? 」

 

「もちろんだよ。できれば水面に浮かぶように処理できればベストなんだけれど。まあそれは任せる。とにかく……お前は全ての能力を航行に使うつもりでいるんだ。お前の速度が俺の想定より遅くなってしまえば、敵に追いつかれ艦隊が全滅するかもしれない。それくらいの覚悟で行くぞ」

 

「わかりました。一度捨てるつもりでいた命です。それくらいどうってことありません。それに今は提督が乗艦されています。何が何でも提督をお守りしなければなりません。全力で行きます!! 」

 

「その意気だ。まずは大井と連携して、機雷の敷設を行うぞ」

神通と大井は艦隊の両端からそれぞれが中央に向かいながら機雷を敷設していく。

つまり敵艦隊に対してハの字型になるように約10メートル間隔での敷設だ。そして中央に30メートルくらいの隙間をあけている。

 

「よし、神通を先頭にし縦陣列で撤退を開始! 」

舞鶴鎮守府第一艦隊の撤退が始まった。

 

「軽巡洋艦神通、最大速力へ移行します」

弱々しいながらも神通のブラウン・カーチス式オールギアードタービン4基4軸9000万馬力の機関がうなりを上げ、4本の煙突(一本は破壊されているため実質3本)よりもうもうと煙が吹き出す。不安定な挙動を示しながらも神通は進み始めた。横に並ぶように大井が続く。彼女も被弾しているため速力は落ちているようだ。未だに黒煙が上がっている。

 

「大井は大丈夫なのかな? 」

 

「彼女は大丈夫みたいです。彼女、結構元気そうですよ」

苦笑いを浮かべながら神通が言葉を返してくる。何が元気なのかよく分からないけれど、ゲームの中での台詞を知っているからなんとなく分かるのでそれ以上は聞かないこととする。

司令室内には三次元化された情報が宙に浮かび上がっている。

艦隊は神通大井を先頭にした複縦陣で移動している。味方艦隊は緑色で表示されている。そして遥か後方より6つの赤い点が表示されている。陣形は単横陣だ。

 

「中央に重巡リ級1隻、軽巡ヘ級elite3隻がその横に展開。両端が駆逐ニ級か……」

画面の赤い点の上にポップアップされた表示を見ながら冷泉が呟く。

 

「! 提督、敵艦の種類がお解りになるのですか。さすがです」

驚いた顔で神通がこちらを見ている。なんか凄く瞳がウルウルして尊敬の眼差しになっている。

どうやらポップアップ画面は冷泉にしか見えないようだ。これを当たり前のように人前で言うのはやめた方がいいかもしれない。

 

「ま、まあな。単横陣なら中央に旗艦が来るだろうしな」

誤魔化しながら答える。

「それから祥鳳に伝えてくれ。全艦載機に爆装し、指示を待つように」

 

「了解しました」

と神通。

冷泉は頷くと前方の画面に目を移す。

敵艦との間にハの字に表示された複数の白い点が先ほどばらまいた機雷とゴミだ。そのうち点滅しているのが数から推測して機雷だと思われる。

冷泉と機雷陣はどんどんと距離が離れていくと同時に敵艦隊がそれに接近していく。きちんと計算とかしたわけではないけれど、敷設した機雷陣は敵艦隊の隊列より少し広い感じで、このまま行くと上手いこと敵と接触しそうだ。

敵の艦速度、こちらの艦隊の速度が表示されている。明らかに敵艦隊の速度が速く、その距離は縮まっている。

 

一番前にある機雷と敵との接触時間が分かればいいのだが。そう思った刹那、時間が表示される。敵艦の射程に入る時間、および金剛の主砲の射程に敵艦隊が入る時間は?

 

【敵艦:駆逐二級ト機雷トノ接触マデ 12秒】

【戦艦金剛ノ射程ニ軽巡ヘ級eliteAガ入ルマデ 11秒】

 

思考を関知するかのように表示が出る。なんでカタカナなのかは不明。

 

金剛の射撃時における誤差修正するにはどうすればいい?

【第一砲塔:方位角左12度仰角-3度の誤差。第二砲塔:方位角右5度の誤差。第三砲塔:仰角+4度の誤差。第四砲塔:方位角右8度仰角-6度の誤差】

考えただけで、答えが3Dディスプレイに表示される。

どうやらこれも神通には見えていないようだけれども。

 

「金剛へ指示してくれ。射撃時には第三砲塔を仰角+4度、第四砲塔は右へ5度仰角-6度修正して砲撃するようにと。それから俺の指示があるまでは撃つなよって」

 

「金剛さんより了解とのことです」

 

ディスプレイに表示された一番前方に設置し、海流に流されて移動する機雷と敵駆逐艦との接触時間が減っていく。

3、2、1。

遥か前方。まだ敵影は肉眼では確認できない場所で左の海域で水柱が立ち上った。どうやら機雷が敵駆逐艦と接触したようだ。続けて右側でも水柱が上がる。

追撃を急いだあまり、注意を怠ったようだ。

「よし、全艦載機発艦せよ! 」

 

指示と同時に艦載機が発艦していく。

ほぼ同時に敵艦隊が砲撃を開始する。しかしその砲撃は散発だ。前方に展開された機雷原の存在に気づいた敵艦隊は減速および回避を余儀なくされ、速度が低下している。それでも追跡を諦めることはできずに右往左往している。

 

「艦載機に指示。二手に分かれ、左右より敵艦隊に爆撃を開始せよ」

ハの字型に仕掛けた機雷原を迂回して追撃させないように、爆装した艦載機で追い込むのだ。

 

大型モニタに状況を表示するよう神通に指示する。

中央には船型をした深海棲艦が一隻。奇っ怪な歯をむき出しにしたボディに人型をした上半身がくっついたような奴が二隻。出っ歯のオタマジャクシみたいなものが3体。こいつらのうち二隻は煙を上げている。

船の形をした奴が重巡洋艦か。

「神通、あの重巡洋艦をもっとはっきりと映せないか? 」

すぐさま神通が操作をしたのか、一気に倍率が上げられる。

映し出された敵艦の艦橋上部に人が立っている。青白いといってもいいくらいの白い肌に黒いビキニ姿。ショートカット。両腕を覆うように何か武装のようなものを付けている。どうみても女の子にしか見えない。

「どうみたってあれは人間のようだけれど」

 

「そうです。深海棲艦の上位種といわれるものは、人に近い姿になるとのことです。私は見たことありませんが、戦艦や正規空母クラスになると、ほとんど人間との区別はできないくらいになるそうです」

なるほど。ゲームと同じか。すると艦娘と深海棲艦との関連性も……。

そんな思考を打ち破るように近くの海面に着弾する。

 

そろそろか。

冷泉は思考を打ち切り、指示を発する。

 

「金剛、高雄、そして扶桑。砲撃準備。目標、前方の重巡リ級」

 

「……射撃準備完了です」

 

「Feuer! 」

轟音とともに後方を進む戦艦および重巡洋艦の主砲が火を噴く。

 

「続けて射撃準備」

素早く指示を追加する。

発射された砲弾はおおむね照準通りに飛んだようで、敵艦隊の中央に次々と着弾していく。完全な射程内とはいえ、初撃から全弾命中などということはどうもあり得ないようだ。

重巡洋艦には命中しなかったようだが、発射した砲弾の内、一発が軽巡ヘ級eliteに命中したようだ。

「命中したネー!! と金剛さんが叫んでいます」

被弾した軽巡は進路を逸らしながら横を進行していた重巡洋艦に衝突する。出口が一つの機雷原に追い込まれていたせいもあり密集状態となってしまったことが敵の条件を悪くしているようだ。

 

「砲撃準備はできたか? 」

 

「完了です」

 

「続けて砲撃開始」

再度、三隻より砲撃。今度も一発が着弾した。衝突した重巡洋艦と軽巡洋艦を迂回し、出口へと向かっていた軽巡洋艦が爆発炎上する。

30メートル程度しかない機雷原の出口は三隻によりほぼ封鎖された。

 

「全艦砲撃終了。それから艦載機に帰投指示。着艦後、再度爆装を行い、念のため発刊体勢のまま待機。今、敵は混乱状況にある。体制を整えて追撃するにもそれなりに手間取るだろう。このチャンスを逃がさず、可及的速やかに撤退するぞ」

と、指示をして神通を見る。

なぜか彼女は不満げな顔をしている。

「どうかしたのか? 」

 

「あの、……提督。どうして追撃をかけないのですか? 敵は混乱の中にあります。しかも攻撃で損傷している艦の数も多いです。ここで追撃をかければ敵艦隊を敗走させることも可能だと判断します。倒せるときに敵戦力を削っておくべきではないのでしょうか? 」

予想通りの事を彼女が言ってくる。

 

「なるほど。もっともな意見だよな。それはお前ではなく、金剛や扶桑の意見だろ? 」

問いかけると彼女はモジモジとしているだけで反論してこない。

「今回の戦いの目的は何だったか覚えているか? 」

 

「もちろん覚えています。みんな無事に領域を脱出し、帰還することです」

 

「そう、その通りだ。今、敵艦隊の足止めに成功した。思ったより敵に被害が出たのは偶然でしかない。反転攻勢にでたところでまだ敵のテリトリーの中だ。万全でない状態、いやそれどころか撤退しなければ危ない状態の艦隊で戦闘を挑んだとして、勝てるとは限らないんだ。……今、あえて犠牲を覚悟して戦闘を継続する意味は無い。それに無事に撤退できるんだ。今はそれだけで充分だろう? 反論はあるか? 」

 

「ありません。他の艦娘たちもありません」

 

「ならば問題ないな。全艦最大戦速で領域を撤退する! 」

 

モニタを見ると、次第に敵艦隊の艦影が遠のいていく。追撃の艦の姿は無さそうだ。

どうやら敵も諦めてくれたのかな……。冷泉は大きくため息をつくと、シートにもたれかかる。

「無事にいけそうだな……」

 

「提督、お疲れ様でした」

 

「なんとか作戦成功かな。神通、よく頑張ったな。あともう少しで領域から脱出できる。あと一頑張り頼むぞ」

 

「はい! 」

そう答えた刹那、神通の顔に緊張が走る。

 

「どうした? 」

 

「扶桑さんから連絡です。敵駆逐ニ級が一隻、追跡してきているようです」

 

「モニタに映してくれ」

瞬時に大型スクリーンに望遠の映像が映し出される。

巨大な出っ歯で一つ目特徴的なデザインの深海棲艦が一隻、派手に水しぶきを上げながら追跡してきている。

普段グリーンの目が燃えるように真っ赤になっている。

色が感情を表しているのなら、激怒している感じだな。

 

「神通、領域の外に出るまでの時間は? 」

 

「10分もかからないと思われます」

3Dスクリーンに映し出された画面で駆逐ニ級との距離を確認すると、20キロは離れている。他の敵艦は先ほどの位置からほとんど動いていない。

つまり無事なのは追跡中の艦一隻のみといいうことだ。

敵艦の方が速度が速い。どれくらいで敵の射程に入るか?

 

【約10分】

シンプルな答えが返ってくる。

ギリギリ逃げ切れそうだ。

 

「追跡する艦に構うな。速力を維持しつつ撤退だ」

 


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