まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第33話

冷泉は重巡洋艦高雄を先頭、殿を旗艦金剛とし、被弾した艦船を守るよ陣形での退却を指示する。

撤退と聞いた時、金剛の顔がほんの一瞬だけど曇り、冷泉に何かを言いたそうだった。普段なら思ったことをすぐにワイワイ言ってくる彼女が何も言わなかったことは少し不思議だったけれど、問いただしはしなかった。

それよりも今は撤退を急がなければならない。

 

損傷した艦船が多いため、最大速度での撤退など望めないけれど、かといってのんびりと撤退するわけにもいかない。

高雄を先頭とした陣形で、冷泉の艦隊が撤退を始めた。

 

しかし、予想されていた事だが、すぐに神通が遅れ始めた。彼女の後ろを行く扶桑が減速をし、さらに後方の祥鳳も減速してしまう。殿の金剛に至っては完全に停止してしまいそうだ。

予想以上に神通の航行速度が遅くなっているのだ。

 

「金剛、速度を落としてくれ」

速やかに指示を出す冷泉。

 

モニタに映し出される神通の姿を見つめる。

冷泉の予想以上に、彼女の船体及び機関へのダメージが深刻なようだ。確かに船体自体が少し右に傾いているようだし、浸水の影響で吃水線の位置もだいぶ上に来ているように思える。

 

「金剛、全艦に指示。速度を神通に合わせる。また、索敵の状況は逐一知らせてくれ」

 

荒れていた天候はすでに回復している。雨もやみ、風も収まったため、各艦から索敵機を複数、出させている。

金剛の話によると、基本退路に敵は現れないらしいので、後方より追撃をかけてきている艦隊がいないかを確認するために艦載機を発進させているのだ。

なお戦闘に備え、祥鳳には雷撃装備を搭載した攻撃機をいつでも発艦できるよう待機させておけと指示している。

 

過去の戦闘データから、この領域の敵に航空戦力は無いはずのため、空母があるこちらはまだまだ有利な状況なはずだ。

 

「……」

金剛が何かを呟く。どうやら偵察機からの報告が入ったようだ。

 

「テートク、偵察機より報告ネ!。後方に敵追撃艦隊の姿あり。詳細な艦種については不明だけれど、重巡洋艦1 軽巡洋艦3 駆逐艦2の計6隻。……こちらに向かい高速で接近中」

情報を伝えてくる金剛の声は、かなり緊張していた。

 

「そうか……」

予想はしていたとはいえ、思った以上に追撃がかかるのが早い。そして追撃部隊は先ほどまで交戦したどの艦隊と比べても、数・質ともに強大で明らかに手強い。

まともにぶつかったとしたら、これまでの鎮守府艦隊の戦いから考えるに、こちらが苦戦する可能性が高い。それどころか今はまともに戦える艦船が半分しかない状態だ。ひいき目に見たとしても……勝ち目があるとは思えない。

 

「金剛、現在の艦隊の移動速度のままだとして、どれくらいで敵に追いつかれる? 」

 

「今のままの速度だと領域からの脱出は不可能。そして、一時間程度で敵の射程に入るネー」

 

全艦が無傷ならば、一番艦速の遅い扶桑の速度に合わせたとしても、現在の敵との距離からすると楽々にこの領域外へ撤退できる安全マージンがあった。しかし、それだけの距離が離れていたというのに、追いつかれるてしまうほど艦隊の速度しか出ない、……つまり神通の速度が遅くなっていたのだった。

 

「テートク、このままでは追いつかれてしまうネ……」

考え込む冷泉に対し、遠慮がちに金剛が呟く

 

「ああ、それは分かってるよ。やはり、この速度だとすぐに追いつかれるのか。……なんとかして敵を退ける方法を考えなければいけない……な。航空戦力で牽制して時間を稼ぐか。それとも金剛、高雄はまだ無事だから……」

 

「えっと、テートク。どういうつもりでそんなこと考えてるのか分からないけド……何を言ってるのか分からないヨ。あのね、考え込んでいる時間、あんま無いんだヨ……辛いけど、私たちに指示をして欲しいネ」

 

「ん? それは、一体どういうことだ?」

冷泉は秘書艦が何を言っているのか分からなかった。

「俺が戦う以外にお前達に何を指示するというんだい」

 

「……このまま神通の速度に合わせて艦隊を進めていたら敵に追いつかれてしまうネ。だからネ、だから艦隊に最大速度で撤退する指示をして欲しいのネ。いえ……命令して下サイ」

 

「な、艦隊の速度を上げたら神通がついてこられないじゃないか。まさか……金剛、お前は神通を見捨てろというのか! 」

 

「今の距離なら、最高速度で撤退すれば敵に追いつかれること無く領域から離脱できるネ。でも、神通の速度に合わせて撤退しようとしたら、確実に敵と交戦することになっちゃうネ。現在の戦力では艦隊は更なる被害を受けるだけ。それどころか、全滅するかもしれないね。ううん、たぶん、その可能性の方が高いネ」

 

「しかし、神通は俺たちを守って損傷を受けたんだぞ……」

 

「テートク、神通の行動は軍艦としては、とてもすばらしいことだと思うヨ。でも旗下の艦船がその旗艦を守るのは当然のことナンダヨ。そして、さらに艦隊を守るために犠牲になることは、艦娘たちはみんな最初から覚悟してることダヨ。それはみんなが今まで当然のように行ってきたことだし、これからもずっとしていくこと……。悲しいけど、これが戦争なんだよネ。テートク、冷たいかもしれないけど、艦隊を守るために、いいえ、他のみんなを生かすためには、神通をおいていくしかないのデス。神通だってそのつもりデスよ」

当然のように秘書艦が言う。

 

「でも、神通は」

 

「テートクが言いたいことは私も分かってるネ。……でもこれは仕方の無いことなナンダヨ。どうしようもないことネ。私だってそんなこと今更テートクに言われなくたってわかりきっていることデス。誰だって仲間を見捨てたくなんて無いネー。救えるものなら救いたいヨ。でもね、でもね、私たち軍艦は敵を倒すためだけに存在のものナンダヨ。そして艦隊のために存在する。誰か一人の犠牲で他の艦が生き延びることができるのなら、当然それを選択するしかないでショウ? いえ、みんな当然のこととして、そうするネ」

 

「お前の言うことは分かるけど、辛くはないのか? 」

 

「それに、これは制御命令(control instruction)に関係する事だから、私たち艦娘は逆らうことができないのデス。そして、それ以前に私はこの艦隊の旗艦な。私情に流されるわけには行かないの。テートクのお立場なら私以上に分かるでショウ? 神通を見捨てたくない。でも、そうしない艦隊が全滅する危険がある。ねえ、テートク、この状況からみんなを無事に帰還させる方法があるなら、教えて欲しいネー」

極力冷静に、諭すように話していた金剛の声が最後には少し上ずっていた。言葉を詰まらせながらもさらに続ける。

「仮にテートクがそう判断したって、追撃してくる艦隊の戦力からして、今の私たちでは勝てっこないヨ。だから、もう何を言っても仕方ないこと。議論しているうちに貴重な時間がどんどん減っていくネー。私たちは、たとえ誰かを犠牲にしてでも生き残らなければならないの。それに今は鎮守府提督までが船に乗ってるんだよ。司令官までも死なすわけには、絶対にいけないネー。そもそも、これは決められている事。それに背くことは重大な軍法、軍紀違反……テートクだって処断されるかもしれないね。……もっとも生きて帰れたらだけれども」

 

小の虫を殺して大の虫を助ける……わかっているがその現実を目の前に突きつけられたとして、それを受け入れることが自分にはできない。けれど、秘書艦に突きつけられた現実を打開する妙案は浮かばない。

「クッ……分かった。お前の言うとおり、やむを得ないことだとわかった。艦隊旗艦でない限り、見捨てるしかないということなんだよな」

金剛もつらそうに頷く。

「最後に艦隊司令として神通と直接話がしたい。それくらいの時間を取ることは可能だろう?」

彼女は言葉通りに受け取ったようで、つらそうに頷く。

「了解ネ……」

 

冷泉が甲板に出ると、よろよろと進む神通に金剛が横付けする。

金剛から連絡を受けたのか、甲板にはすでに神通が待っていた。何故か服がはだけて胸元を両手でかばうようにしている。頭を打ったのだろうか? 額から出血もしているようだ。

 

「テートク、ちょっと待ってね、今から舷梯を……」

 

金剛が神通との間に船はしごをかけるより早く、冷泉は二隻の軍艦の高低差をものともせず、神通の甲板に向かって、飛んだ。

背後で金剛が悲鳴に似た声を上げる。

 


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