まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第3話 そこは知らない日本

冷泉が気がつくと、何故かそこはベッドの上だった―――。

 

視界に広がる風景は彼が見慣れた、二年以上住んでいる自分のワンルームマンションとはまるで異なる趣きだった。

 

白い飾り気の無い天井、むき出しので固定されている飾り気の無い蛍光灯。。壁も同じく白一色。

安っぽいカーテンが開かれている窓から僅かに吹き込むそよ風に揺らいでいる。

 

住み慣れた自分の部屋と比べても、あまりに物が少ない。とても殺風景な部屋だ。

 

でも、この光景、全く記憶に無いわけじゃない……。

 

昔、友達と度胸試しをして、学校の三階から飛び降りて骨折し、入院してた部屋と同じ天井、同じ光景がここにあった。

つまり、これは夢で病院に入院した時の世界にいるって事なのだろうか?

 

記憶の混乱を脳が処理しきれず、現実と過去の記憶と妄想をごちゃ混ぜにしてしまった結果の現象という事なのだろうか。

ただ、少なくともここが現実の病室であろうことは推測された。

 

そして、不意に人の気配を感じ、そちらへと顔を向ける。

 

「え? 」

思わず呻いてしまった。

 

どういうことなんだ? すぐ側に女の子の顔があって、彼女はうつぶせの状態で微かな寝息を立てていた。

 

その距離、……わずか数十センチ。彼女の吐息がかかりそうな位の位置関係だ。

自分の顔のすぐ側で女の子が眠っているなんて図、夢想したことはあっても現実に経験したことのないシチュエーションだった。

そう現状を認識した途端、冷泉は一気に緊張するするのを感じる。

 

どうやら、ベッドのそばに置いた椅子に腰掛けてたんだろうけど、寝てしまったと推測される。

つまり、何らかの事情で入院をする羽目になった自分を看病とかしてくれていたのか? 根拠もなく淡い期待を寄せてしまう。

 

彼女がまだ目が覚めていないみたいなので、じっくりと観察してみる。

 

長めの茶色いサラサラした髪。金色のちょっと変わったデザインの大きなカチューシャをしている。

肌は、かなり白い。

着ている服は真っ白で、何かどこかでみたことのあるデザインをしている。

そして、それに思い当たる。……そうそう、これは神社でよく見かける巫女装束だ。

白衣だけに色は純白。袖のあたりに朱色のラインが入ってる。腕の付け根あたりに切れ目が入っていて、隙間から白い二の腕がのぞいている。

 

病院と巫女さん。

どういう取り合わせなんだろう。これは。さっぱりわからない。想像も出来ない。

夢にしては、リアルすぎる光景だけれど、現実とはかけ離れている。

 

冷泉が思い出せるのは、一人旅の途中で、乗っていた夜行フェリーが国籍不明の艦船(知りうる世界情勢から想像して北朝鮮としか考えられないけど。もちろん中国の可能性もあり得るし、韓国だってやりかねない当時の東アジア情勢だった)に攻撃されて沈没。海に投げ出されて、その後の記憶が無いという状態だった。ゆえに、このちぐはぐな現状をかみ砕いて理解できないでいた。

 

まさに、冷泉朝陽は、途方に暮れていた。

 

そんな混乱の中ではあるが、何気なく右手を彼女の方へと伸ばしていく。

それは、年相応のスケベ心なんかじゃなく、夢と現実の境界をはっきりさせるための行動だ。本当に触れられるならば、これは現実ということなんだから。

決して、彼女が寝てるうちに触っとかないと、絶対に損とかいう計算をしてるわけじゃない。

 

「これは、仕方のないことなんだ」

冷泉は、誰に言ってるのか分からないがそう否定した。

 

恐る恐る、指先を少女へと近づけていく。

起きたらびっくりするだろう。かなりの確率で、変態と悲鳴を上げられかねない。

 

そして、少女の髪の毛に指先が触れる。

ふわりとした、すごく、柔らかい感触。

 

……間違いない。目の前の彼女は、実際に存在している!

さらに調子に乗り、そっと頭を撫でてみた。

 

サラサラの髪の毛の感触が明確に伝わってくる。

 

「ん……うん!? 」

少女の体が少し動く。

 

「あ、やべ! 」

思わず口に出してしまう。

 

寝ていた少女は、少し頭を左右に動かしたと思うと、おもむろにその頭を持ち上げた。

「むにゃにゃ……」

発せられたその声は、あたかも小鳥のさえずりのように可愛い。

眠そうに両手で目を擦る。

そして、大きくのびをし、目を開いた。

 

泣き腫らしたような充血した大きな瞳がこちらを見るが、焦点(フォーカス)は合っていないようだ。

 

よく見ると、彼女の目尻には涙が流れたような跡が見える。

彼女は、ぼんやりとした様子で理解できないような感じでこちらを見ていたが、唐突に動きが停止した。

 

 

見た目から言うとまだ、十代後半って感じだ。少し太めのキリッとした眉に大きな茶色い瞳。自己主張の強そうに見える口元。

街で見かけたら、振り返ってしまうような、かなり整った顔立ちだ。

 

―――ただし、……冷泉は話しかける勇気なんて無いのだが。

 

彼女は、呆然とした顔でしばらくの間こちらを見ていたが、やがてその顔に驚きの表情を浮かべたと思うと次の瞬間には目が大きく見開かれ、涙ぐみながら喜びの表情へと変化していった。

目まぐるしく表情を変化させる少女。その様子に思わず見とれてしまう冷泉。

 

見つめられて、冷泉は鼓動が猛烈に高まるのを感じていた。

 

「て、……提督ぅー!! 気がついたんデスネーー!! やたーーーーーーー」

突然、少女は叫び、そのまま冷泉に飛びつくように抱きついてきた。

勢いで枕にぶつけてしまった。同時に後頭部に激痛が走る。

 

「うげっ! 」

冷泉は、思わず呻いてしまうが、彼女には聞こえなかったようだ。

 

「ずっと気を失ってたままだったから、すごく、すごーく心配したんだヨー。輾転反側して一夜を明かしてしまったネ-」

そう言って顔をすりすりしてくる。

 

良い香りが鼻孔をくすぐり、うっとりしてしまう冷泉。後頭部の痛みも忘れてしまう。

どうも頭は包帯でぐるぐる巻きになっているようで、自分が怪我をしているようだと初めて気付く。

 

「もう!、……せ、せい、正妻を心配させたら no! no! ナンダヨ~」

彼女は一端離れると、こちらを見つめ微妙に変なアクセントで話す。

 

む? ……彼女、【正妻】って今、言ったように聞こえたが。それは、何だ?

 

何だ、これ。

 

これは、何?

 

理解できないよ。……冷泉は、思わず呟いてしまった。


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