「……」
「……」
しばしの沈黙が続く。
「えーと……」
たまりかねて冷泉が口を開いた。
「今言ったのは、マンガの登場人物の台詞で……」
「提督。……私は、真剣なお話をしていました」
遮るように扶桑が言う。そのはが明らかに普段より低くなり、怒気をはらんでいるようにさえ聞こえた。
まずい。これは明らかに怒らせてしまったかな?
「……はい、すみませんでした」
と、冷泉は即座に謝罪する。
「わーーい。テートク怒られちゃった」
脳天気に金剛が冷やかす。
馬鹿、黙れと声に出さないように金剛に伝えようとするが、彼女にとってはそれが面白かったようだ。
「テートク、何言ってるのかよく聞こえないデスヨー。金魚みたいに口パクパクしてオモシロイ。でもなんで怒った顔してるんデスかあ? 」
ダメだ。この子を相手にしてたら話が進まない。そう判断した冷泉は彼女の会話を無視することとした。
「……まったく。どうして提督は場の空気を読めないんでしょうか」
「ホントだね。テートクはダメダメ」
いや、お前がダメダメだろうと口にするのを必死に押さえる冷泉。
「私は、いえ、私達は提督の事を心配してるのです。わざわざ危険を冒してまで私達に同行する必要性は無いのですから。だから……」
「ならば、何故お前達だけが敵の領域に行かなければならないのか? 」
冷泉は素直な感想を口にする。
「え? 」
一瞬、虚をつかれたような口調になる扶桑。
「そ、それは、私達が兵器だからです。そう、私達は敵を斃す為だけに造られた兵器。ゆえに戦地に赴き戦うのです」
「だったら、俺もこれでも一応軍人だ。軍人だって戦うのが仕事だよ。安全な後方にいて指示を出すのが仕事じゃない」
「そもそも、あなたは鎮守府司令官です。前線に出るような立場の役職では無いはずです」
「本当はね。でも、お前達が命がけで戦っているっていうのに、安全な場所で指揮だけするなんていうのはできないよ。俺から見たらお前達は軍艦であるまえに一人の女の子なんだから。本来ならば戦場なんて行かせたくない。行くべきでないって思っている。けれど、そんなことが認められる状況ではないし、人間では深海棲艦と戦うことができないのだから仕方ない。だったらせめて俺がお前達の側にいてやりたいんだ。役には立たないだろうし、邪魔かもしれないけど。これは司令官として、いや人間として、……一人の男として絶対に譲れないことなんだよ」
「提督……」
「女の子だけを戦わせるなんてありえないだろ? せめて同じリスクを司令官である俺も共有しないと。お前達だけを危険な場所へは行かせたくない。勝つときは共にその喜びを分かち合いたいし、そして仮に死ぬ時があったとしても、お前達だけじゃない。俺も一緒だ」
「テートク格好いい! 」
金剛、大はしゃぎ。
それに反して扶桑はしばらく黙り込んだままだった。どうしたのかと声をかけようとした時、彼女は言葉を発した。
「分かりました。そこまでの覚悟をされているのであったら、私がどうこう言っても仕方ないですね。私もできるかぎり協力します。共に戦いましょう」
なんとか納得してもらったようだ。
モニタに映った他の艦娘たちの顔を見回す。みんな頷いている。
「……よし。では領域に向けて出発する」
冷泉は宣言した。
そして、護衛で来た島風、叢雲とここでお別れとなる。
「叢雲、島風。ここまでありがとう。次に会うときは領域開放後だな……。無事帰投できたら、お前達にもなにかお礼をしないとな」
「あー、何かくれるんだ。……えーと島風はねー」
少し考え込む島風。そして何か思いついたように声を上げた。
「島風はね、提督とチューしたい」
「は? 」
言ってることがよく分からん。
「キスでいいよー」
繰り返す島風。本気か冗談かよく分からないが、まあ彼女なりの気配りなんだと判断。まだまだ子供だなあ。
「そうかぁ。島風は面白いなあ。……よし、無事帰ったらキスしてあげるよ。叢雲は何か欲しいものあるかな? お前もキスでいい? 」
そういってモニタに映る叢雲に問いかける。
彼女は一瞬惚けたような顔をし、次の刹那には急激に顔が真っ赤になった。
「な、何を言ってるの? そ、そんなもんいるわけないでしょ!! この変態変態。一回死んできて! 」
予想通りの反応に思わず笑いそうになる。
「でもね、でも……アンタ、必ず帰って来なさいよ」
「むふーん。やっぱり叢雲は俺を心配してくれるんだ」
「な! し、心配なんてするわけないじゃない。何でそんなことしないといけないのよ。あー、もういいわ。馬鹿馬鹿しい。……帰ってきたらみっちり説教してあげるんだから!! 」
「ははは。覚悟しておくよ。二人ともありがとう」
そういうと冷泉は金剛を見た。
「全艦、これより出発するヨ」
金剛は頷くと指示を発しはじめる。
「対衝撃用障壁、機動開始」
艦全体が振動すると同時に、艦橋の窓部分が閉鎖されていく。不気味な空が閉ざされていく。
「続いて、全動力停止」
窓が完全に覆われると同時に艦内の灯りが明滅したと思うと、消えて暗闇となる。あたふたする冷泉を無視し、金剛の指示が続く。
「続けて動力切替……。完了。……艦内への電力供給、開始」
暗闇に灯りが点る。
しかし先ほどまでとはだいぶ照度が落ちるが。そしてポップアップしていた画面は今回は機動しない。モニタだけは稼働し、外の景色を映し出している。
「こちら戦艦金剛、切替、問題なし。みんな、状況を報告してネー」
「……」
返答は無い。しかし、金剛には何かが聞こえるようで頷いたり「了解ネ」と呟いたりする。
「なあ、金剛」
反応なし。再び声をかける。
「金剛? 」
「ゴメンね、テートク。今他の艦娘からの報告を受けてるから、ちょっと待ってネ」
そう言うと再び独り言を始めた。
どうやら、通信は艦娘同士で行うようだ。テレパシーか何かか? 先ほどまでのような通信機器を使っての会話はできないらしい。
「お待たせ、テートク。全艦準備完了したネ。これより突入を始められるヨ」
そういうと、金剛は冷泉の側に近づく。直ぐ側まで彼女の顔が近づき驚く。
「それから、あの雲の中に突入する時はかなり揺れるから、ベルトでしっかり固定するネ」
シートに装備された四点式のベルトをしっかりと固定してくれる。少しきつめだが。
「金剛は大丈夫なのか? 」
「私はこの船と一体だからネー。どんな振動が来ても平気だよ」
なるほど。
「じゃあ、出撃するね」
「了解だ。ところで、通信はどうなってるんだい。さっきから何か独り事言っているようにしか見えないんだけど」
「ああ、変だったデスカ? 領域に入ると奴らの影響が大きくなって電気機器に異常が発生するんです。だから動力を旧式のものに切り替える必要があるんだよ? あれテートク知らなかったっけ? ……まあいいや。でね、通信妨害も凄いから通信機器は一切使用できなくなるの。でも安心して。私達艦娘の生体通信能力を使用するから連絡は取り合えるんだよ。独り言みたいに見えたのは、そのせいデース」
「なるほど。すると俺の指示は金剛経由になるわけだね」
「そうデース。時間のズレが出るけど、まあ仕方ないデスね。……あ、そうそう。島風と叢雲から伝言あるよ。無事に帰ってきてねって」
「はは。……では返信頼むよ。みんな無事で帰って来るからなって。帰ったらみんなで旨いモン喰いに行こう」
「了解ネー」