まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第252話 再びの愚行

確かに……。

冷泉の立場でいけば、事実を包み隠さずに述べることしかできない。一切の脚色なく、中立の立場で語るだけだ。そして、それを為せば終わりだ。

判断は別の者が行う。

……金剛にとっては不利な結論が出るだろう。いかに客観的にみて金剛が正しいとしても、結果のみが重視されてしまうのだ。それはたとえ冷泉が彼女の弁護をしたとしても同じだ。

 

【艦娘が禁忌違反を行い、人に重傷を負わせた。】

それだけである。すなわち、絶対に犯してはならない罪を艦娘が自身の意思で行ったということ。それだけで厳罰は避けられない。どんなに理不尽であろうとも、それは人と艦娘の間で結ばれた契約なのだから。一度決められれば、それが破棄されるまでは順守しなければならない。

 

枷である。

 

自身の有利な立場を確信した草加は、ニンマリと嗤い金剛を嘗め回すように見る。

「ざまーみろだ。くっそ、それにしてもぼこぼこにしやがって。びっくりしちゃったよ」

不平を言いながらも満足げだ。

 

「俺は……」

冷泉は金剛を一度見、そして草加を見る。

 

「は? あんだよ、アンタ。これ以上、何か言いてえことでもあんの」

 

「俺はそれを認めない」

 

「あー? 」

 

「お前は金剛を処断したいようだけれど、それは認めないと言ったんだよ」

冷泉のその言葉に一瞬、草加は茫然としたような表情を浮かべたが、すぐに蔑むような憐れむような表情を浮かべる。

 

「何言ってるの? この現場の状況を見れば明らかだよねえ。俺はこんなにボコボコにされてんだよ。そしてそれはそこの乳デカ女が私情に任せてやった暴行だ。それ以外に何があんの? アンタ、艦娘を庇うっていうのかなあ。……かつての部下だから何とかしてやりたいって無い頭働かせてんのかな。……全部俺に問題があるから、艦娘が暴走したとでもいうの? ふんふん。人間同士ならまあ通用する意見かもしれないけど、あのなあ、ちゃんと現実見ろよな。これって人間様と艦娘の間で起こった出来事なんだから、そんなの言い訳になんねーのアンタでも知ってんだろ? プップー」

小バカにしたような目で冷泉を面白そうに見る。

 

「金剛がお前に暴行を働いたのは、彼女の意志じゃない」

 

「あ? 何言ってんの……まじ、意味わからんし」

 

「簡単なことだ。俺が金剛に命じたんだよ。お前があまりに糞生意気だから、その愚かで腐った性根を叩き直してやれって、な。本来なら俺がそれをやればいいんだけれど、俺はもともと喧嘩が強くないし、お前は体をサイボーグ化して随分と強化してる。どう考えたって勝てそうもないからね。だから、艦娘を使ったんだよ」

 

「意味わからんわ、ぼけ、頭おかしくなったのかよ」

 

「正気だよ。元々は金剛は俺の部下だったんだぞ。たしかに、疑問に思うのは当然かもしれん。それでも、どういう理由かは知らないが、まだ俺に命令する権限が残されていたようだな。だから、それを使用したわけだ。いわゆる絶対命令権ってやつの発動だよ。それを使われたら、艦娘は命令に逆らうことはできない。……それがたとえ禁忌違反であったとしてもな」

 

「んなことあるかー。そんなことできるわけねーだろう。嘘つくんじゃねえや」

理解できないことを言われ混乱しているのか、草加が喚く。

 

「フフフフフ。そりゃあお前のような下っ端では知らないだろうな。ごくごく一握りの上層部の者しか知らない事実だからね。これがお前の羨む鎮守府司令官の特権の一つだ。……艦娘の禁忌をも上回る命令権限だよ」

 

「あんあんあん? 嘘だ嘘だ」

 

「残念だったな、草加。お前のちっぽけな望みは叶わない。金剛を罰することはできない。なぜなら、金剛は俺の命令に従って行動しただけだ。そこに彼女の意志は存在しない。……俺の命令に逆らうことはできないんだからな。道具を罰する方は無いってことだよ」

1から10まですべて嘘だが、気にしない。どうせ草加は知らないのだから、反論もできない。そして、こんなときはまじめな顔で言いきったらなんとかなるもんだ。

 

「そんなんあるわけない……。あるわけないじゃん。あるわけ……んんんんんんんんんなあああああああああああああああああ!!! 」

混乱したようにブツブツと呟いていた草加が何かに気づいたように目を輝かせながら吠えた。

「ちょ、ちょっと待てよ。……すると、するとだよう。冷泉、お前は三笠様の部下たる、そしてともに行動せよと命じられていた俺様を排除しようとして動いたってことだなあ。これはこれは、三笠様への反乱てえことだよな」

嬉々とした表情でニンマリと嗤う。

「ってことはだよ、お前は裏切り者なんだよなあ。待てよ、お前、墓穴掘ったんじゃね? 糞艦娘を守るために自分を不利な立場に追い込んだんじゃね? 」

 

まさに草加の言う通りである。

 

三笠直属の部下である草加をぶちのめすために金剛を使ったというのであれば、それは三笠への裏切り行為だ。それはどういった意図で動いているかわからないものの、冷泉を軍部から守ってくれている彼女の信頼を失うこととなる。とても不味い行動だ。冷泉は、失脚する可能性がある。冷泉が任務途中で失脚するということは、ともに行動する予定だった草加にとってチャンスといえる。冷泉がいなくなればその後釜に自分が入れるんじゃないかと期待するのもやむを得ないか。そんなうまくいくはずはないが、……草加の性格ならきっとそう思うだろう。

 

それはかれの中では確信となり、事実となる。もはや、金剛に対する私怨などどうでもよくなるはず。

 

 

冷泉だって本当はこんなことを言うつもりなどなかった。今は三笠に利用されているとわかっていても彼女の命令に従う必要がある。なんとしても大湊警備府へ行き、みんなを助け出さなければならないのだ。そのためには三笠の機嫌を損ねるような行動なんてしてはならないのに。

 

また考えなしで動いてしまった……。

冷泉は、頭を抱えそうになった。

 

けれど、窮地に追い込まれそうになっている金剛を放っておくわけにはいかなかったのだから。自身の立場が悪くなるくらいですむのなら、安いものだ。

 

 

ふと金剛の方を見ると、明らかに動揺したような表情でこちらを見つめていた。ここにきて初めて感情らしい感情を見せる金剛がいた。

 

 

 


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