まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第247話 侵食

冷泉は、それ以上何も言うことができなかった。

もちろん、言いたいことならたくさんある。けれど、もはや反論など封じられているのだから。

彼女の操り人形と同じだ。抵抗することなど許されない状況まで追い込まれている。

 

冷泉としては大湊鎮守府まで、一人で行くつもりだった。長距離ではあるが、それくらいの距離なら営業でしょっちゅう運転してたし、確固たる自信はないけれど、軍の連中に見つかることなく行くことだってできると思っていた。

―――軍のデータベースにアクセスする方法だって、正規な方法以外にいくつかは知っている。仮にそれが駄目だとしても、加賀たちを頼ればなんとかしてくれるだろう。……こんな自分でも、まだ慕ってくれている部下だっているのだから。

 

そして、単独で動くことができたなら、まだ三笠を出し抜くチャンスだってやってくると期待していたのだ。三笠が望む結末では無く、もっとマシな結末の実現を求めていたのだった。

それはどのようにして成し遂げ、否、何を成し遂げるつもりなのか? と問われれば今の冷泉には持ち得ない回答であったけれども。しかし、可能性はゼロでは無い。ほんのわずかでも可能性があるのなら、希望はある。

 

けれど、そんな淡い期待すら奪われてしまった。監視役を付けられるとは予想はしていたものの、勝手に艦娘だと勝手に思っていた。これまでも三笠は冷泉の元に人間では無く、艦娘を送ってきた。それはきっと彼女が人間を信用していないからだと思っていた。艦娘であれば三笠のコントロール下にあるから、どんな状況でも破綻しないと信頼しているのだろう。人間であればいつ裏切ったりするか知れたものでは無いから。だからこそ冷泉はそこに可能性を見いだしていた。艦娘であれば人間よりもずっと話が通じるし、説得できると思っていたのだ。それは艦娘と長く接してきた故の過信かもしれない。それでも人間をあてがわれるよりずっとマシだったのだ。

 

それが人間―――しかも、よりによってこの少年とは……。草加という少年兵が冷泉の護衛となることが余計に冷泉の神経を逆なでる。全く知らない兵士であれば、ここまで感情が波打つこともないのだが。

 

どういうわけか知らないけれど、最初に会った時から何か嫌なものを感じていた。そもそも初対面で何の予備知識も無いはずなのに、こいつだけは信用できないと思ってしまったのだ。客観的に見ればあり得ない話。こんな少年に何ができる? そう言い聞かせようとしても、必ずこいつは何か害を為すに違いない。絶対に信用できないし、心を許すなんてあり得ない。できる限り自分の身近には置いてはならない奴だと思ってしまっていた。こんなに本能的な毛嫌いをするなんて、前の世界では無かった。どうしてこんなにまで思うのか疑問に感じるが、そう思うのだからどうしようも無い。

だからこそ、一緒に大湊まで行くことに気乗りがしなかった。

 

冷泉が裏切らないための監視であるのは間違いない。常に三笠の監視下にあることを冷泉に認識させ、行動を制限するためのものであることはわかる。けれど、三笠の性格から考えて、わざわざこんな少年にやらせなくても、もっと有能な人間が第二帝都にいるはずだ。だから思う。なんだかんだといっても、結局は冷泉に対する三笠の嫌がらせだろうと。彼女は本当に人の嫌がることをして、対象がどう反応するのかを観察するのが趣味だとしか思えない。損得勘定抜きで、自分の興味を優先させるように思える。

 

「さあさあ冷泉提督、時間はどんどんと少なくなって行っています。速やかに出発の準備を整えてください。ぼやぼやしていると大切な艦娘たちが戦闘に巻き込まれて大変なことになりますよ」

冷泉の思考を読んだのか分からないが、妙にご機嫌な笑顔で冷泉を急かす。

 

「ああ、もちろんだ。今は一秒たりとも無駄にできない。じゃあ、早速出発しようか」

そう言うと冷泉は草加を促し部屋を出ようとする。

 

「了解しました。では、三笠さま、行って参ります」

草加は三笠に敬礼すると冷泉の後を追って部屋を出て行った。

 

「お二人ともお気を付けて」

三笠がそう言い終わるとほぼ同時に、扉が閉まった。

 

「さてさて、これから面白くなりそうですねえ、うふふふ。全部嘘で固められた事実なのに、冷泉提督は全部真に受けてしまいましたねえ。神通が町を破壊したこともそれを隠蔽するために提督が絶対命令権を発動したことも……すべて嘘っぱちなのに。それどころか、彼はあの町に行ったことすらないのにねえ。笑ってしまいますわ」

冷泉提督を治療と称して彼の体を弄った際に、試験をかねて彼の記憶も書き換えてみたのだった。とびっきりあり得ないことを書き込んでみたのではあるけれど、彼の頭の中で綺麗にその出来事は事実として認識され吸収されたようだ。そして、その事実を無かった事にするため、いろいろとつじつまを合わせるような事が彼の脳内で行われたのだろう。そして、彼は一人悩み苦しみ、隠し通していたのだ。

「面白いです面白いです。思った以上の成果が出ましたね。彼がまともに動けるようになったのはごく最近の事。でもその頃には憲兵に捕まって取り調べを受けたりしていたんですけどね。だから、自分で車を運転するチャンスなんて無かった。だから、神通とドライブ行くことも無かったし、あの町に行くことすらなかったはず。まあ、あの町に囚われた感娘の気配を、彼の良く分からない能力で認識していたっていうのは驚きですけどね。その原因は一度ちゃんと彼を調べて見ないと分からないですけれど。うーん、知ってたらもっと慎重に施術したんですけれど、もう済んだことですね。ちょっと彼も壊れたのかもしれませんから、結論は出ないかも。……彼はもう冷静に思考する能力が無くなっているかもしれません。だって、少し冷静に考えたら気付くはずなんですけどね。もはや時間経過が彼の中でちゃんと整理できていないんでしょうね。まあそれはそれでいいかな。……なかなか面白い実験結果が出たんだから。総合的に調べる必要は要検討です。また彼の頭を弄くりまわして、もっと面白い結果が出るか試してみたいですね……」

と愉快な気分になるのを三笠は感じていた。

そして三笠は一人で微笑むと、右手を前に差し出す。かすかな電子音とともに、モニターが出現した。

 

「三笠様、ご用でしょうか」

モニターに映った一人の艦娘らしき少女が問いかける。

 

「冷泉提督が任務に出発しました。これで一段階進みましたねえ。彼がどんな動きをするのか、とっても楽しみですよ。……冷泉提督ったら、草加くんの事何も知らないはずなのに、本能的に何かを感じたんでしょうか? 明らかに毛嫌いしているんですよねえ。超能力なのかしら? 叢雲を銃撃して死なせた少年、金剛をレイプしようとした少年……。その事実をなんとなく感じ取ってるんでしょうかしら? うふふふ。さすが艦娘に愛される男ですねえ。そして、草加くん。……彼も冷泉提督への印象はとっても悪いみたいです。何の能力も無いくせに、成り上がった運が良いだけの男だって思い込んでますからね。きっと二人はうまくいかないでしょうね。どんなことが起こるかのか楽しみ」

身もだえするように語る三笠。

 

「は……はあ」

どう反応していいか分からない艦娘は曖昧な反応をするしかない。

 

「きっときっと、草加くんなら旅の途中で冷泉提督に叢雲を撃ったのは自分だってあえて告白するに違いありませんわ。冷泉提督の大切なものを奪い去ってやったと自慢する気持ちを、彼は絶対に抑えきれない。そして、彼を殺そうとさえするに違いないわ。けれど、冷泉提督もそんな話を聞いてしまったら、たとえ未成年の草加くん相手でも絶対に容赦しないでしょうね。逆に彼を殺そうとするんじゃないかしら。うわあ!、どうなるんでしょうね。この愛憎劇もなんだか楽しみだわ。機械で強化した草加くんの方が強いから、冷泉提督、死んじゃうかもしんないね。だったら殺してしまう前に止められるようにしておかないといけないかしらん? うふふっ! 楽しみがなくなっちゃうわね」

雄弁に、そして起こりうる未来を想像し興奮しながら三笠が一人で喋り続ける。恍惚といった風にさえ見える。

 

「あの……三笠さま? 」

 

「あらあら、ごめんなさい。ちょっと興奮しちゃったみたい。……駄目ね、冷泉提督とお話してると、楽しすぎてどうもリズムが狂ってしまうの。普通の鎮守府提督とはまた違った雰囲気を持ってるからかしら。これまでのどんな提督より、もっともっと楽しませてくれそうだから、本当に堪らないわね。あなたも提督を見たことあるでしょ? ねえ、第一印象はどんな感じだったかしら? 」

男の評価をするかのように問いかける三笠。

 

「わ、わたしは提督とはお話したことがありませんので、特にどうという感情はありません」

と戸惑いながら回答する。

 

「あら、残念ね」

 

「……ところで三笠様」

 

「何かしら? 」

 

「ご指示のとおり、横須賀鎮守府艦隊旗艦の金剛がこたびの出撃に際してのご挨拶に参っておりますが」

 

「あら、時間通りね。性格も生真面目になって……さすがだわね」

と、感慨深げに語る。

 

「1階の控室で待機しておりますが、すぐにこちらにお呼びしましょうか? 」

 

「いいえ、それにはおよばないわ。……うーん、そうね、私が行くから玄関で待つように伝えてもらえるかしら? 」

 

「は? ……しかし、それですと冷泉提督と鉢合わせすると思われますが? 」

三笠の指示に驚いたような顔で返答する。彼女も冷泉提督と金剛の関係性を知っているのだろう。

 

「うん、そうね。そうなっちゃうかしら? そうなるわよね。いえ、そうなって欲しいんだけど」

当たり前のように答える三笠。

「だから、そうなるように、早く伝えて」

 

「……は! かしこまりました。金剛に伝えます」

三笠の答えに全てを悟ったのか、感娘は一礼する。

 

「そうして頂戴」

モニターが暗転する。

 

「さてさて、どうなるのかしら。楽しみだわ」

ワクワク感に、三笠は湧き上がる感情に身もだえする。

 

しかし―――。

と、三笠は考える。

 

金剛と出会ったら、冷泉提督はどうなっちゃうんだろう。不知火と再会した時みたいに、混乱しておかしな行動にでるのかな? でもねえ、まあ金剛は一度死んでるんだけど、そのことは冷泉は知らない。だから、横須賀鎮守府に異動となり、彼が知っていた頃と随分変わってしまった金剛にショックを受けるくらいで終わるんだろうな。

当たり前の反応かしらね。でも、それくらいじゃあ……これはつまらないかも。

 

でも、金剛はどういった反応をするかしらね? 

ちょっとした悪戯心で冷泉提督を憎むように記憶を書き換えているから、少しは面白くなるかな。幽かに彼との記憶も残っているはずだから、彼女もちょっとは困惑するのかしら? ……興味深げ。これはこれで何かが起こりそうね。

 

あ! ……そうだ、草加くんの事忘れてた。彼の記憶を金剛の記憶からちゃんと消したかしら? あれ、あんまり覚えていないなあ。でも、彼のことを金剛が覚えていたら、大変だろうなあ。エッチなことをされかかったことや、そのせいで自分が死ぬことになってしまったことを覚えてたりしてね。だとしたら……きっと草加くんのことをただでは済まさないんだろうなあ。まあ一応リミッターが作動するだろうから、殺しはしないだろうけど、運が良くて半殺しかな。バラバラにされちゃったりしてね。クスクス。……まあいいか、あんなの。でも、草加くんみたいな子でもこんなに早く死んだら困るなあ。せっかく上手く調教できた駒なんだから。それに冷泉提督が野放しになっちゃうし。そうなると、ちょっとまずいかしらん。

 

―――ん? でも、まあそれはそれでいいかも。

突然、そんな感情が沸き起こる。

 

それは、なんで? なんでそう思うのかしら。

急に沸き起こった感情に三笠が問いかける。

 

だって、冷泉提督が私たちの監視下から逃れて行動できるから。私が望む未来ではない別の未来を模索するだろうし、もしかしたら、葛生提督を殺すことなく、戦乱を押さえてしまうかもしれないから。

 

そんなの、できるわけないはず。まあ、そもそもそんなことさせちゃいけないじゃないの。

と、反論する。

 

でも、彼ならできるかもしれないよ。冷泉提督はそう簡単には折れるような人じゃないし。それに、私も彼を応援してみたいなしなあ。

 

はあ? あなた、……いえ私は何を考えているの?

イレギュラーな思考に三笠は驚かざるを得ない。どうしてこんな感情がわき上がってくるのだろう? ちっとも面白くないじゃないの。

 

でもね、思わない? 加賀みたいに私も冷泉提督のこれからを彼の側で見てみたいなあ……。

楽しげに愛おしげに、そんな思考が展開されていく。それは、三笠の心の中で、次第に広がりを見せようとした。

 

たしかに、そんなのもいいかもね……。

本当にそう思うような気がした。

 

―――!!

突然、戦慄が走った。一気に心が急速冷却され、冷静な感情が戻ってくる。

 

しまった!!!!!

 

まさか自分にまでこんなことが。

いくつかの事例を見てきたというのに、油断をしていた。

 

まさか、こんなに侵食力が強いとは!

驚愕が思考を支配し、体がわなわなと震える。寒い寒い寒い。

 

そもそも、まさか自分が。自分は絶対大丈夫だと思い込んでいた。あまりに迂闊だった。あまりにも愚かすぎた。何を調子に乗っていたんだろう。

 

やはり、接触したのは間違いだった。危険だと認識していたのに、油断したのだ。何という愚かなんだろう。

後悔するがもう全てが遅い。遅すぎる。

 

三笠は大慌てで呼び出しボタンをたたき壊すくらいの勢いで押し、声を荒げる。

すぐに反応し、モニタに先ほど会話した感娘とは別の子が現れる。

 

何事かと思い接続したのだろうが、そのモニタに映し出された普段とは異なる切迫した三笠に驚く。

 

「今すぐ答えて。速やかに」

 

「はい」

 

「私の記憶のバックアップは何時取っていますか? 」

 

「2日前の午後7時と記録されています」

瞬時に答える感娘。事態はまるで飲み込めていないようだが、緊急事態であることは認識しているようだ。

 

 

「なるほど。それ以降なら、たいした指示はしていないわね。そして、誰かと面会した訳でもない。……不幸中の幸いかもしれませんね」

 

「三笠様、一体何が? 」

怯えたような様子で問いかけてくる。

 

「ちょっと私としたことが油断してしまいました。対象に接近しすぎちゃいました。この体は使い物になりません」

と宣言する。

「これから切り離し作業を行います。完了後、直ちにこの部屋を焼却しコアの回収をお願いしますね」

先程までの動揺は完全に消え去った三笠が淡々と命令を下す。

 

「何を仰るのですか? 何かあったのでしょうか? ……お待ちください、直ちに人をそちらに……」

 

「それは駄目です」

静かだが有無を言わせないものがその言葉にあり、感娘は沈黙する。

 

「あなたに言っても分からないかもしれませんが、私はどうやらかなり深いところまで侵食されてしまったようです。このままではまともな行動が取れない恐れがあります。……一度命を絶って、リセットしないと駄目なようです。私が生きている状態で誰かが接触した場合、どのような事が起こるかわかりません。万一、侵食が感染するものであるならば、あまりに危険。組織そのものが危険にさらされます。……万が一というレベルの危険性ですが、危険は取り除かねばなりません」

 

「仰る意味が私などでは理解できておりませんが、ご命令とあらば」

思考停止してモニターの向こうの感娘が答えた。

 

「会話は記録していますね」

 

「はい。そちらでの出来事は全て録画されています」

 

「ならいいわ」

そう言うと三笠は語り出す。

 

 

 

 

 

 

 




こんばんは。
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