まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第246話 決意故に悲しむ

「冷泉提督には、きっちりと現実を認識してもらわなければなりませんね。あなたの言動を見るに、どうやらまだ淡い幻想のようなものを抱いているか、もしくは信じたいという固定観念に囚われているようですからね。……これは私たちが様々なルートで入手した情報を元に、分析・解析して結論づけたものです。我々としては、その確実性は100%だと思っていますが、あなたがどう思うかはわかりません。けれど、これはすべて真実です」

そう言うと、彼女は語り始めた。

 

―――なぜ、島風だけが民間船の救助向かうことになったか。否、そもそもどうして民間船が護衛もつけずに単独で航行していたのかを。

 

「ご存知のように、通常、民間船だけで航行するなんてことはありえませんよね。たとえ深海棲鑑の気配が無かろうとも護衛を付けなければ航行は認められません。航行していた民間船は児童養護施設のもので、何を思ったか大勢の子供たちを乗せてレクリエーションの一環でクルーズとしゃれ込んで船を出したようです。まったく、ありえないですよね。どういう危機意識を持っているんでしょうね? よくある無知ゆえの行動と思えるところもありますが、普通は考えられない事です。で、その団体について関係性を辿っていくと、なんと反艦娘を標榜するグループの関係団体と繋がりがあると噂されている人物が役員にいたりするんですよねぇ。戦災孤児の保護とかをやっている慈善団体だからでしょうかね。結構な金やモノが政府から動いているようです。ですからいろんなうさんくさい人間が集まってくるのかもしれません。そして、この慈善団体なんですけど、裏から手を回していろいろ調べて見ると、何か看板とは異なることも裏で色々やっているようで、かなり怪しい団体でした。そしてそして、更に追求していくと、なんと野党への資金供与もしていたり、周防氏との個人的なつながりもあったようです。これ、真っ黒じゃないですか? 」

 

「怪しい団体なのは分かったけれど、だからと言って、普通、子供たちが乗っている船を危険にさらすような愚かな真似をするわけが無いじゃないか。そこに何の意味があるんだ? そんなことをしても金にならない。金にならないなら、うさんくさい連中は1ミリも動いたりしないはずだよ。……いくら何でも、それは話が飛躍しすぎだと思う」

 

「ですよねえ。……けれど、これを見てください」

三笠がパチンと指を鳴らすと、空間にモニターが出現する。

 

映し出された映像は、民間船に横付けした船からの定点カメラの映像に見えた。

大勢の子供たちが誰かに誘導されて、移動している様子が映し出されている。大人も数人いるようだ。そして避難誘導の指示しているのは島風だった。

これは島風が子供たちを故障した船から救助している時の映像だったのだ。

 

「これがなんだかわかりますよね。よーく観ていてくださいね」

しばらくすると集まった子供たちが何か騒ぎ出しているようだった。大げさな身振り手振りで、何かを要求して喚いているように見える。そして、子供たちは何を思ったか艦内への入口へと向かおうとしていた。

島風が必死になって艦内へと移動しようとする子供たちをなだめながら押し戻している様子が映っている。引率するはずの大人たちは、どういうわけか子供たちを遠巻きにして何ら行動を起こさず、静観しているようにしか見えない。

そして、何もしなかった大人が更に距離を取る。代表らしい一人の男が何か指示を出したように見えると同時に、大人たちは素早く甲板に身を伏せた。

 

刹那、島風のすぐ側で爆発が起きる。

 

島風はとっさにシールドを展開し無事だったようだが、爆風で吹き飛ばされる。そして、その爆発を合図に子供たちが、一緒にいた子供たちの血で赤く染められた甲板を突っ走り、艦内へとなだれ込んでいく……。

爆発で飛び散ったかつての仲間の体を踏みしめながら。

 

その後、何度も爆発音が響く。

 

「一体、なんなんだ……これは」

と、冷泉はうめいた。

モニターの向こう側で展開される信じがたい光景を、全く受け入れられずにいた。

 

何で助けられたはずの子供たちが自爆するんだ? 

 

「あの民間船に乗っていたのは、深海棲鑑との戦争で両親を亡くした可哀想な戦災孤児たちでした。無垢な子供だから、島風は余計に助けようと必死だったんですけどね。なのに、結果はご覧のとおり、あの有様です。子供たちは自分から爆発して、バラバラになっちゃいました。あの子たちが背中にリュックサックを背負ってたでしょ? あれって中に爆発物が入っていたみたいなんですよね。それだけじゃなくて、恐らく、体にもいくつか爆発物を巻き付けていたんでしょうね。子供たちは決死の覚悟で、島風を殺すために待ち受けていたんですよねぇ。邪魔な島風をまず一人の子供が爆発して怯ませ、その隙を縫って、他の子供たちが艦内に突入。それぞれ狙ったかのように艦内で自爆したようです」

 

モニターには、鑑が炎を吹き黒煙を上げている様子が映し出されていた。

そして、海面に黒い影が現れ、何かが黒煙を巻き上げる島風に近づいてくるのが見えた。

 

「なんで、こんなことに」

呆然と映像を見つめる冷泉。

 

「最初から駆逐艦島風の動きを止めるために、あの子供たちは準備されたんでしょうね。そして、艦内で自爆させて機器を破壊。島風を航行できなくさせてから潜水鑑型の深海棲鑑を船底に固定、領域を広げて島風を飲み込み、大湊から救援に向かっていた加賀たちもまとめて沈めようとしたんでしょうね」

淡々と語る三笠。

 

「なんでそんな酷いことをするんだ。……最初から準備していたっていうのか? 子供たちを爆弾にして、島風を沈めるために。そんな残虐なことを人が考え実行するっていうのか。しかも敵である深海棲鑑とグルになって」

爆弾を抱え、自ら死ねとどうやって子供たちに命令したのか? それが正しいこととして教え込んだのか? それは分からない。けれど、子供たちは自らそれを実行したのだ。自らの命を差し出してまでやらなければならないと思っていたのか? そのことが恐ろしく怖かった。そして、そんなことを実行させた何者かに対して、猛烈な怒りを感じている。

冷泉がいた世界のどこかでは、そういったこともあっただろう。どこかからさらってきた子供を洗脳教育して、兵器に作り替える存在がいたことを特番とかで見た記憶が蘇ってきた。けれど、それはどこか自分とは縁遠い遠い世界の出来事でしかなかった。異世界ものの小説と大して違いがなかったのだ。

 

けれど残酷な現実が目の前で展開された。

そして、それどころか冷泉の大切な艦娘を奪い去っていった。悲しいとか許せないとかそういった言葉だけで言い尽くせないものがあった。

 

「そうですよ。島風をピンポイントで狙ってね。これで分かったでしょう。敵はこういいう非人道的な罠を仕込み、待ち構えていたんです。艦娘の誰かを捕まえるためにね。……そんな罠の中にたった一人で島風は行かされることになりました。複数の艦娘を派遣していたら、こんなことにはならなかったでしょう。普通、何が起こるか分からない状況なら、バックアップ体制を整えて向かわせますよね。けれど、今回、それは為されなかった。島風一人で行くように命令されたのです。これは明らかに何が起こるかをしっていなければ、こんな命令なんてしませんよねえ。そして、誰を出撃させるか決められる存在は誰かということですよ。救助に向かった先に何があるかを知りながら、命令した誰かがいるってことですよね」

 

「……葛生提督が全てを知って、あえて島風を出撃させたというのか? ありえない、そんなことあるわけない」

考えるまでもない。それができるのは司令官たる葛生提督しかいない。本来の彼女の艦隊運用だったら単身で出撃させることなんてなかっただろう。他の司令官でも同様だ。しかも、戦闘には耐えられないはずの艦娘であることを彼女は知っていた。だが、あえて出撃を命じた。

 

何故か? 考えたくもないことだ。

 

「でもねえ、目の前の現実はそうなってますよ」

 

「こんな事に何の意味があるっていうんだよ」

島風は子供たちを助けようとして無理をして救出に行った。危険この上ない状況から子供たちを助けようと必死になって行動しただろう。だが結果は、子供たちは、島風を足止めするためだけに作られた人間爆弾だったのだ。そんなことあるか? 命がけで助けようとしたものが、実は自分を殺そうとするための存在で……目の前で爆散して、あたりを血で真っ赤に染めたのだ。自分に向けられた明確な悪意を感じて、島風はどれほど悲しかったか。どれだけ絶望したか。

 

そして、あえて島風を出撃させた理由について、思い当たることはあったが、それをすぐに頭の中で冷泉は打ち消した。

 

「そんなの簡単な事じゃないですか。今起こっている事実からすぐに推測できちゃいますよね。ちょっと前の話です。深海棲鑑は一度は手にしかけた正規空母の加賀に逃げられてしまった事がありましたよね。その時に活躍したのが冷泉提督であり、また駆逐艦島風だったわけです。あと一歩のところで、手に入るはずの加賀をかっさわれた訳ですからね、そりゃ恨まない訳がありません。ずっと邪魔をした奴への報復の機会を狙っていたんでしょう。そして、その機会はすぐにやってきた。だからこそ、周防議員および葛生提督と手を結ぶにあたり、島風の命を差し出せと言ってきたわけです」

淡々と語る三笠の言葉を、冷泉は黙って聞いているだけだった。どうしてそこまで彼女が知っているのかは疑問であったけれど、彼女の立場ならどんなことだって知ることができるのだろうと思った。

「本当は加賀を差し出せと言われたようですが、今後の日本国との戦いで葛生提督たちには、いえ深海棲鑑だって戦いを有利に進めるために彼女の力は必要ですからね。葛生提督はそれは認めなかった。だから、深海棲鑑と大湊警備府が手を結ぶための代償として、島風の命を深海棲鑑に差し出すことにしたってわけです。いろいろと準備を整え、逃げられないように、そして彼女ができるかぎりの悪意を持って苦しめられることを知った上でね。そして、それに深海棲鑑側も同意した」

 

深海棲鑑からの同盟のために交換条件。

それは加賀か島風の命を差し出すこと。そして、葛生提督は冷徹に損得勘定を行い、鎮守府にとっては不要な駆逐艦島風を生け贄として差し出すことで、失うもの以上の成果を得ることに成功したのだ。

 

もっとも深海棲鑑たちはあわよくば加賀たちも毒牙にかけようとした。しかし、それは島風の命がけの行動によって免れることとなった。深海棲鑑はまたもや島風に邪魔をされた結果になったわけだが……。

 

結局、島風は沈むこととなり、冷泉は彼女までも失ったのだ。

 

自分の無能さからまた大切な艦娘を死なせてしまった。自分の軽率な行動からまた艦娘を死なせてしまった。

……耐えきれないほどの絶望が冷泉を襲う。そして、同時に抗いがたいほどの憎しみの奔流を感じざるを得なかった。

 

「島風は立派でした。上官からの命令を忠実に守り、そして、味方である加賀たちを命がけで邪悪な罠から守り抜きました。艦娘として立派な死に様だったと思います」

取り立てて褒めるわけでもなく、淡々と島風を評する三笠。

 

「……俺はまた、大切なものを守れなかったんだな。そして、そんなことがあったことさえ気付かずに、愚かにも生きながらえていたわけか。やはり俺の全ての選択は軽率で間違いだらけで、良い方向に一人も導くことができず、逆にみんなの足を引っ張って不幸な方向へと追いやるだけなんだな。次々と大切な者が死に、俺だけが生きながらえる……か」

吐き捨てるようにしか話せない。

どうして自分はこんなに愚かで無能なのだろうか。徹頭徹尾、愚鈍でしかない。自分一人であれば、たとえそんな存在でも良かったかもしれない。けれど、分不相応な地位に就かされて多くのものを不幸にしてしまい、これからもしようとしている。

「だめだな……やっぱり」

 

「ふふふ、はい、だめですねえ」

愉快そうに三笠が相づちを打つ。

「本当にダメダメな人ですね、あなたは。もう生きていること自体が残念さんですよ。この先、まだ生に執着して、それでも惨めに生きながらえようとしているんですかね。あなたは、見かけが不細工な上に生き方まで惨めで格好悪いですね。不細工がこっちまで匂ってきますよ。臭い臭い臭い! 不細工がうつりそうなんで、どっか行ってくれませんか。ううん、生きているだけで迷惑をまき散らすんですから、できればどっか誰もいないところで死んでくれませんか? 見ているだけで気持ち悪いです、あなたみたいなのが生きているということを認識しているだけで、私は耐えられませんよ」

容赦無い言葉を浴びせてこられるが、それは事実なので冷泉の精神にダメージを与えることはない。

 

「ああ、その通りだ。死ねるものならさっさと死にたいよ、俺は」

本音だった。

もう何もかも投げ出して楽になりたい。これ以上、誰かが死ぬ所なんて見たくない。人の生き死ににもう関わりたくない。

「でも、それができないんだよ……。投げ出すのは簡単だけど、こんな惨めな俺を頼ってくれている人が、まだ、いるんだ。こんな不細工な俺でも死んだら悲しむ人がいるんだ。だから、……まだ死ねない。成すべきことを、成すための努力を投げ出すことは、俺のせいで死なせてしまった人たちに顔向けできないことだから。死ぬ事が逃げることであるならば、実に簡単なことだ。だけど、俺は逃げる訳にはいかない。どんなに惨めでも汚くても不細工でもなんでもいい。とにかく、足掻き続けなければみんなに申し訳ない。俺が動くことで、更なる不幸を呼び寄せることになるかもしれない。けれど、このまま逃げ出したとしても、やはり不幸をまき散らすことになるんだから。……正しいことかどうかは今は分からない。けれど、今、大湊警備府を止めないと、多くの艦娘が犠牲になる。俺に成し遂げられるかは分からないけれど、俺にチャンスがあるのなら、死なせてしまった者たちのためにも、まだ俺を頼ってくれる者のためにも、……諦めて逃げるなんてできる訳がない」

 

「! あれ、なんか格好良いこといいますね、提督は。不細工なくせに身の程知らずで生意気な事を言うんですね。でもでも……本当にできるんです? あなた、葛生提督を殺せますか? 」

と容赦無い言葉で煽ってくる。

 

「大湊警備府を止めるには、彼女を捕らえ無力化するか、彼女を説得するなりして翻意させて反乱を止めなければならないんだろう? けれど、今の俺にそこまでできるはずがない。俺の説得なんか彼女が聞くはずがないからな。あなたから聞いた話では彼女は膨大な力を得ているし、心強い同士も得ているらしい。つまり、今は勝ち馬に乗って有頂天なのだろう。そんな彼女を説得する言葉なんて俺は持たない。そして、その時間も無い。刻一刻と艦娘同士の海戦が近づいているのだから。もはや絶対命令権の発動を停止させるには、葛生提督の命を奪うしかないんだろう。……ならば、それをやるしかない」

 

「でもぅ、最後の最後で躊躇したりしません? 」

 

「無い。……島風を殺した奴を許せるはずがないだろう! 」

この言葉を発する時、心の底から怨嗟が湧き出てきた。神通も救いたいのは間違いない。けれどそれだけでは、人を……否、言葉を何度も交わし信頼できると思った人を殺す覚悟までには、足りなかった。けれど、手の届くところに明確な敵がいるのだ。そしてその敵を排除しなければ、多くの艦娘が死ぬことになる。そんなことは、許してはならない。

 

否、違うな。

それも真実だろうけど、ただただ許せないだけだ。

島風を殺した奴を生かしてはおけない。この手で殺してやりたい。

本当にそれだけだった。

それがいかに自分勝手な気持ちかは分かっていた。これまで死なせた艦娘や死んでいった人も葛生提督を殺す事で帳消しにできるような事を考えてしまっているのだ。

罪滅ぼしではない……罪逃れでしかないことも分かっている。

けれど、それを成すしかない。いや、成さねばならない、成したいんだ。憎しみがそれを後押ししてくれる。許すことのできない存在だからこそ、自らの手で成さねばならない。島風の仇を、自分の手で討つのだ。

 

そんなことをして、島風が喜ぶかは分からない。逆に悲しむんだろうな。

 

けれど成さなければならないんだ。

それでやっと迷いはなくなった。いや、迷うわけには行かない。迷うはずがない。

 

一人決意する冷泉だが、ふと三笠を見ると実に愉快そうな顔をしていた。しかし、目が合うと急に可愛げな笑顔を見せる。

「ふふふ、覚悟は決められたみたいですね」

 

「ああ、俺はどうなっても構わない。今は、俺にできることをやるだけだ。それがたとえ……。いや、なんでもない」

 

「ではでは、あなたの出立の準備をさせましょうか」

そう言うと彼女は手を二度叩いた。

ドアが開き、一人の兵士が現れる。兵士といっても少年兵だ。そして、その顔に見覚えがある。

どういうわけか分からないが、こちらを見る彼の瞳に前回会った時以上に、好ましくないものが含まれているのが分かった。しかし、それ以上に、作戦に同行する者がいるということで不安しか無い。しかもこいつが。

 

「一度会ったことがあると思いますが、彼の名は草加甲斐吉くんです。あなたの作戦に彼も同行させますのでよろしくお願いしますね」

 

「ちょっと待ってもらえないか。この任務は命の危険が伴うものだ。生きて帰れる補償は無い。そこにこんな少年を連れて行くなんてどうかしている。見た目からしたって、まだ正式に軍に加入できる年齢じゃないんだろう? 」

本音は別だが、正論を述べてみた。まだ若い彼を死の危険がともなう戦場に、しかも人間同士の戦いの場となる場に行かせるのは、大人としてもどうだということだ。

 

「大丈夫ですよ、まだ幼く見えるでしょうけど、彼はとってもしっかりしてますし、優秀な子ですから。提督のお役に立つのは間違いありませんよ」

 

「いや、しかし……」

正直、余計な奴が同行するだけで嫌なだけだった。しかも、完全に三笠の配下の人間だ。

 

「冷泉提督!! お言葉ですが、あなたから見ればまだまだ子供で、背中を預けるには不安かもしれません。けれど、一通りの訓練は終了しております。私は、決して提督のお邪魔になるようなことは無いと確信しております。この命に代えましても、提督をお守りし、任務を完遂させてみせます。ご安心ください」

声高らかに宣言する少年の瞳にはどういうわけか自信がみなぎっているようだ。

 

「しかし……。たしか、そうだ、彼は足が不自由ではなかったか? 」

わずかな記憶で思い出す。彼は出会ったときに松葉杖をついていた。怪我をしていたというより義足だったのは間違いない。しかし、その義足は彼の身体能力を落とすものではなく、逆に強化しているものであることを冷泉は感じ取っていた。それ以外にも彼はいろいろと弄られていることも認識していた。

しかし、それには気付かなかったふりをして言葉を続けた。

「たしか、彼は松葉杖をついていたように思うんだが……。良くは分からないけど、大きな怪我をしていたんじゃないのか? 前回会った時からそんなに時間は経っていない。まだ完治なんてほど遠いだろう? 怪我をした体じゃあ俺に同行なんてできるはずがない。……申し訳ないが足手まといでしかない」

 

「私はもう足の怪我は治っております」

そう言って彼は何度か飛び跳ねて健康をアピールする。

……あの時の少年の姿を思い浮かべる。あの時は明らかに義足であることが分かるような歩き方をしていた。けれど、今はだいぶなじんだのか、健常体と大差ないようにも見える。

 

「我々艦娘の医学によって、彼の怪我は完治していますよ。それどころか運動機能もむしろ前より高くなっているはずです。我が艦娘の医学の力は世界イチイィィ!!ってやつです。うふふ……そんなこと、身をもって経験されている提督ならすぐにお解りになるでしょう? それに、彼はまだ兵士としては幼いですが、車両の運転も公式に認められていますから、彼が運転して提督を大湊まで安全にお送りできますよ」

冷泉が不思議そうな顔をしていたのに気付いたのか、三笠が丁寧に説明をしてくれた。

つまり、彼は人体改造をされて常人以上の身体能力を持つことになった。だからボディーガードとしても十分対応できますよということなのだろう。車の運転もできるし。

確かに、冷泉は執行は停止されているものの、日本軍の中では単なる容疑者であることに変わりない。公共交通機関には必ず軍の人間が警備に当たってるから冷泉は使用できない。移動するなら自分で車両を入手するしかないのだ。しかし、一人で行動していて検問等に引っかかったら、そのまま拘束されるのは間違いない。しかし、艦娘側の人間が同行しているのであれば、軍も余計な手出しができなくなるだろう。円滑な移動には欠かすことができないのは事実だ。

 

「フッ……実際にはお目付役ということなんだろう。俺が途中で翻意したり逃げ出さないようにするための……。随分と信用されていないもんんだな」

とイヤミの一つでも言いたくなる。

スパイを動向させること自体嫌だったのだが、最初に会った時からこの少年のことを冷泉は何故か嫌いだった。同じ空間にいるだけで、どういうわけか苛立ってしまうのだ。だからなんとしても同行なんてさせたくないんだが。……しかし、拒否できるような理由は見つからない。

 

「いえいえ、提督が私たちを裏切るはずはないと思っていますよ。神通の命運が提督の行動に係っているんですからね。あなたは神通を見捨てるなんてことはできない。だから絶対に裏切りはないでしょう。ただ、彼は私と提督とをつなぐ連絡手段としての役割と、あとは保険みたいなもんですよ。私からの指示やあなたからの要望を迅速にやりとりできるように。そして、あなたがいればこの子だけでは近づけない場所まで行くことができるのですから。双方にメリットしかない事ですよ」

 

「俺の失敗も考慮しているということか」

 

「提督は裏切らないのは分かっているとはいえ、人を殺める瞬間に躊躇することは考えられますからね。どんなにその意思が堅くとも提督も相手も人間です。絶対はありえませんし、情にほだされることだってあります。そうなったら失敗の危険性もゼロではありませんからね。今回の作戦に失敗はありえないのですから。失敗はすなわち、私たちの大切な仲間たちが殺し合い、多くの犠牲が出ることになります。本来の深海棲鑑との戦闘ではなく、身内同士のいざこざで死なせてしまうのは忍びないですよね」

 

「俺は失敗しない。けれど、あなたがそう思うのなら、それは仕方ない。勝手にするさ」

そう、もう冷泉は決めたのだ。いかなる理由があろうとも葛生提督をこの手で討ち取ると。彼女を殺害するなんて、今さら躊躇するようなものではないのだから。そして、個人的な恨みとはいえ、いかなる理由があったとしても冷泉は彼女を許すことはできないのだから。

 

「そうですね、勝手にしますね。さあ、草加くん、冷泉提督をあなたの命に代えても最後までお守りするのですよ」

 

「かしこまりました。この身に代えましても任務を全ういたします」

三笠に対して片膝をついて恭しく礼をする草加。横目で冷泉を見、意味ありげにニヤリと笑った。

それだけで冷泉の心にどす黒い暗雲が垂れ込めてくるのを感じた。

 

「では、準備にかかってください。それと提督はこちらをお持ちくださいね」

そう言うと、彼女は銃を差し出した。

 

見たことの無い形状をした銃だ。見たことの無いデザインの銃だ。日本国製でないことはもちろん、映画でもモデルガンの雑誌でも見たことが無い。

軍から貸与された銃より口径が大きいが、持った重量は驚くほど軽い。

 

「安心してください。海軍の銃より操作はかなり簡単ですよ。適当に構えて目標を認識して引き金を引けば、だいたい命中します。弾丸は特殊なものですから、命中さえしたら対象の死は確定です。対象の体のどこかに2発打ち込めれば確殺ですので、そこだけはしっかりと覚えておいてくださいね。構えて狙って引き金を二回以上連続で引いてください」

 

手にした銃を見つめ、冷泉は覚悟する。

「分かった……」

 




どうもです。
週一ペースで今の所投稿できています。
もう物語も終盤に差し掛かってきてます。集中力を切らさないようにがんばります。
よろしければ感想などいただければ、やる気がみなぎります。
是非宜しくお願いします。

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