まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第240話 必要なもの 譲れないもの

「葛木提督が国家に反逆するなんて、信じられない。……確かに、いろいろと不満を持っていることは知っている。軍隊は完全な男社会だ。女性の進出は当然ながら他の分野より相当遅れている。彼女がそれを不満に思っていたのは事実だ。実際、初めて出会った時からそんなことを言っていたしね。自分は能力に比して過小評価されていると言っていたし、不当だとさえ思っていただろう。けれど、たったそれだけの事で国家に背くという発想に至るなんてありえないと思う。得るものに対して、あまりにリスクが大きすぎるからだ。彼女は軍の中での立場を、正当な評価を求めていたんだ。組織そのものを壊してまで、どうこうしようなんて考えていなかった。しかも、こんなに急激な変化を求めるなんて。ありえない。彼女は賢い人だ。こんな方法では代償があまりに大きいことを理解できない人じゃ無かったはずなのに、どうしたんだ」

もちろん、人の心は本人でなければ分からないことは理解している。しかし、それでも今まで所属していた組織に、いや暮らしていた場所を、仲間をすべてを切り捨てて、多くの犠牲を覚悟してまでして変えたいと彼女は思っていたんだろうか?

 

彼女は、自分の部下を大切にしていた。もちろん、艦娘も同様だ。そんな彼女が犠牲をいとわず戦いを挑むなんて、どう考えても理解できない。利己的な想いだけで部下に犠牲を強いるような真似はするようには思えないのだ。そう思っていたのに。

 

ああ、まただ―――また自分は間違いを犯してしまったのか。

 

信じられると思い、そして全てを託した。大切な部下たちを任せられると思った。信じられる、任せられると思ったのに、……裏切られたというのか。

相変わらず、人を見る目が無く、時流に乗ることさえできない……。いつもいつも後悔ばかりを繰り返し、何もかもを失っていくだけだというのか? 前と同じように。

お前たちを守ってやる! って偉そうなことを言っていた自分が恥ずかしいし、それ以上に情けない。情けなさ過ぎる。

 

「けれども……」

三笠が冷泉の心を読んだかのように言葉を発する。

「たとえ舞鶴鎮守府の兵力を手中に収めたとしても、まだまだ戦力不足です。なにせ、舞鶴鎮守府の艦娘は一部が脱走してその数を減らしているのですからねぇ。残った艦娘の状況を見るに、失礼ですが大湊警備府の艦娘と比しても貧弱だとしか言いようがありません。……おまけに鎮守府に資材が無い。お金が無い。……不足するものについては冷泉提督が頑張ってある程度まで挽回をさせていましたが、裏切った艦娘たちに持ち去られたものもあるようですし、その際の鎮守府での内乱の際に焼かれたものも多いと聞きます。厳しい言い方ですが、舞鶴鎮守府の戦力を得たとはいえ、反乱を起こすにしては兵力が弱すぎますね」

 

確かに、今の大湊と舞鶴の兵力を合わせたとして、数と質で横須賀鎮守府に圧倒されてしまうだろう。横須賀鎮守府の兵力が別格すぎるというのもあるだろうけれど。それだけでは無い。数的優位さよりも圧倒的な練度の差があるのだ。常に大きな戦いを繰り返している横須賀の艦娘は常に戦闘の中で鍛え上げられている。舞鶴はもとより大湊も大きな海戦に参加したことは数えるくらいしかないだろう。

「兵力が足りないことくらい、葛城提督だって理解しているはずなのに」

 

「まあ、ありきたりな言い方になってしまいますが、鎮守府司令官の地位まで上り詰めたといっても、やぱり女だということでしょうね」

と、小馬鹿にしたような口調で三笠が論じた。

 

「それは? 」

言葉の意味が理解できない冷泉が問い返す。

 

「おそらく、葛城提督はあの男の口車に乗せられてしまったんでしょう」

三笠が指さすと唐突にモニタが現れ、一人のスーツを着た男が演説している姿が映し出される。

「彼が大湊警備府に接触を図ったことが確認されています」

 

その男の名は、周防了一。

 

異なる世界から来た冷泉でも知っている男だ。

若くして野党第一党である自進党の党首である。彼の略歴を見れば分かる。そのは驚くほど華やかなものだ。まるで映画や小説の主人公のような華麗な経歴が並んでいるのだ。おまけに生来のものだろう、人の注目を集め人の心をつかむのがうまい。さらには時流を読むのが得意らしい。

若くして政治の世界に入った当初は、その交友関係からか与党に属して議員活動を行っていたが、彼の理想とほど遠い政権与党に愛想を尽かし、政府批判を度々行うようになり、煙たがれてついには党を追われることとなった。しかし、それでも彼は潰されなかった。新たに所属することとなった……そのころはまだ小さかった正当である自進党の中核を担い、みるみる大きくし、ついには野党第一党にまで育て上げたのだ。

周防家出身ということからもともと財界にも太いパイプを持っていたし、与党の若手議員からの信頼は厚く、いまだに交流があるようだ。それどころではない。警察、さらには軍……それも陸軍にまでその影響力を広げて行っている。

 

今の立場になってからは、彼自身は口にはあまりしなくなったが、自進党のスローガンは人間の手に日本国を取り戻そうというものだった。建前上は深海棲鑑から日本を守るものだろうが、艦娘による人間支配体制に対する国民の不満のはけ口として議席数を伸ばしている。もちろん腐敗しきった与党、海軍に対する不満は相当にあるため、それをうまく利用しているといってもいいのだろう。

若くて外見は優れていて、生き生きとしてとても目立つタイプであり、人当たりもとてもいい。それを最大限に生かすテクニックを持っていることをよく知っている。舞鶴の女性兵士の中では結構人気で、よく話題に上っていたことを覚えている。生気のない与党議員がよぼよぼの爺か脂ぎったデブしかいないことをおもんぱかると、そちらに興味が行くのは当然だろう。

 

ただ冷泉は気にくわなかった。もちろん、見た目では無く、彼の見てくれの良い外見の中にある、何か異質なものを感じてのことだった。けれど、批判を口にすると部下の女性から、男の人の嫉妬は醜いからやめた方がいいですよ~と窘められるだけだった。

嫉妬じゃ無いと声を大にしていいたかった。しかし、正論と思って批判したとしても、所詮モテない男の嫉妬だと女性から封殺されてしまうだけだった。

何も見えていないのは女の方だ。さすがに……声には出せなかったが。

 

周防という男は決して正面に立つことはなく、常に一歩引いた立場にいて、あえて誰かを立てるといった体で誰かを動かすといった手法を取っていることに気付き、警戒するようになった。

それは常に自分の立場を安全圏に置き、何か問題があればそいつを切り捨て、自分だけは生き残る算段を付けてから動いているようにしか思えなかったのだ。狡猾に時勢を読み、常に安全圏に自分を置き、危険をともなう事は別の誰かに押しつける。しかも、そうだと相手に思わせない技術も持っている。そして、好機とみれば一気に攻め込む。……そんな奴だと冷泉は分析していた。

 

「フッ、なるほどね……」

思わず吐き捨てるような口調になる。

 

「フフ……それにしても男前ですよね、彼は」

 

「ふん! ま、まあ、そう見えるのかな」

 

「クスクス」

 

「ん? 何かおかしいこと言ったかな」

 

「いえ、皆さん、同じような反応をされるんだなって、おかしくなって」

三笠が片手で口を隠しながら愉快そうに言う。

「私と接点のあるのは皆、政府の方か、海軍の方になるのんですけど……。周防氏の事を話題にすると、それまですごく愉快そうにしていたのに急に不機嫌になるんですよ。……私が彼のことを褒めたりしたら、なぜかムキになって否定されるので。あんな奴は男の中で最も信用できないタイプですよ、あんな奴に関わるとろくな事がないですよ。三笠様も注意してくださいって。中には本気で心配してくれて、本当に怒る人もいて……」

 

「それは、あなたが周防議員に興味を持ってるような態度をするからだと思うけれど」

 

「? ……どういうことでしょうか。私が誰かに興味を持ったら、何か損をするようなことでもあるのでしょうか? 」

 

「いやそのね、まあ、あなたの接する機会の多いおっさんたちも、なんだかんだで男だから……」

説明しかけて馬鹿馬鹿しくなってやめた。

「つまり、あなたは政府や海軍にとって、とても大事な立場の人だ。だから、そんな人が政府にとってはどちらかといえば敵対勢力である……まあ別に戦争するわけじゃあないけれど、そんな組織のトップに興味を持っていると思うと、やはり不安になるでしょう? あなたの力は……物理的なものだけでなく、政治的影響力を考えると不安しかないでしょう? ある日、急に野党自進党を応援することになりました~なんて言われたら、今の連中は全員クビになるのと同じだから。せっかく手に入れたぬくぬくなぬるま湯生活を奪われるとなれば必死になるでしょ。そして、その程度ですめば御の字だけれど、本当に周防議員があなたの力を得ることができたなら、きっともっと酷い厄災が彼らに降りかかることを理解しているんです」

本当は、絶世の美女といえる三笠が特定の男に興味を持っているということが彼らにとって耐えがたくも腹立たしい……という実に単純な理由でしかないのだが。

 

何故、あの男が与党から離れ、野党なんかに属しているのか不思議だ。うまく立ち回れば、十年二十年もすれば、いずれは党首になり、政府の代表になることも不可能ではなかったはず。

 

「? よくは分かりませんが、何度か彼とお話したことがあります。もちろん、そんな長く話すことは許されませんでしたが。けれど、とてもキラキラとした瞳をしていて、強い芯をもった人だと思いましたよ。人当たりもとても良くて、人の懐にスッと自然に入ってくるタイプですね。夢多き理想主義者のようでありながら、きちんとした計算ができる人だと思いました。見た目と言動、これまでの実績にクラッときてしまう女性も多いのでしょうね。そして、目立つのにあまり出しゃばらないところも、特技の一つのようですね。よく自分とその周りの情勢を見ています。理想を追い求める夢想家のような危うさや、夢見る少年のような部分も時折見せてくれますし。そういった自分を演出することを無意識のうちにやれる人はそうそういませんからね。それは彼の生来の能力かもしれません。やはり、できる雄、強い雄に雌は本能的に惹かれてしまうようですね。ふむふむ、それはまだ私も雌の部分が残っている証左かもしれませんけれど、ふふふ」

 

「確かに、今、日本国において勢いがある男といわれれば彼の名が真っ先に出てくるかもしれない。それは客観的に認めざるをえない。この停滞した日本の現状を打破してくれそうな大きなエネルギーに満ちているように見えるからね。しかし、それだけでは足りない。足りないはずなんだけど、彼にはもっと何かがあるように感じる。見た目だけ知りうる範囲以外に何かが。それが人を引きつけ、彼を動かす原動力なのだろうけれど。……それが分からないから、俺には、ただ不気味な奴にしか思えないな」

 

「周防氏では日本国を救えない? と提督はお考えなのですか」

 

「裏に何かを抱えているような胡散臭さを感じてしまうんだ。何というか理由は漠然としているんだけど、本能的に危険な奴だってね。見える部分だけに惑わされるといつのまにか足下をすくわれてしまう怖さがある」

人それを嫉妬という……鎮守府にいた頃ならそう評されてしまいそうだ。

 

「ああ、そうそう。彼は葛木提督と同じ大学の先輩後輩の関係だったようですよ」

思い出したように三笠が教えてくれた。

そんな頃からの知り合いなら、彼女の人となりを彼は知っていただろう。そして、その関係性からも接近は容易だ。

 

「なるほど。そういった関係があったのか。だったらなんとなく彼の目的も分からなくはない」

 

「若い多感な頃からの知り合いであれば、二人の過去にはいろいろとあったかもしれませんね。葛木提督も結構な美人ですからね。そんな二人が久しぶりに再会したのだから、なんだか運命を感じてしまいますね。方や野党第一党の若き党首、方や鎮守府司令官。学生時代とは比べものにならないくらいの地位についています。とはいえ、少しバランスは悪いですね。周防氏は社会的認知度は圧倒的とはいっても、所詮野党の議員でしかありません。政権運営に力を発揮することなど叶わない。そもそも、第一党とはいえ、果たして政権を取ることが可能なのか……今は平時とは違います。国民のためと叫んでも、それが反映されるとは限りません。彼が何を成しとげるかまったく未知数なのです。逆に葛木提督は今や飛ぶ鳥を落とす勢い。大湊警備府だけではなく、衰えたとはいえ歴史と伝統を兼ね備えた舞鶴鎮守府の司令官も兼任しているのです。彼女の命令でたくさんの艦娘や部下が動きます。その気になれば、国家を転覆させかねないほどの……ね」

 

「さすがにそれは無茶だろう? そもそも一軍人である彼女がそんなことを考えるはずがない。そんな野心家では鎮守府司令官になれるはずがない。軍も政府も馬鹿じゃ無いからね。そんな危険思想の輩に司令官の地位なんて与えないよ。そして、相応の地位にあるものは、行動はより慎重になるものだ」

三笠の意図が分からず、反射的に否定してしまう。謀反と判断されることに危険を感じ、思わず葛木提督を庇うような発言をしてしまった。

 

「普通ならそうでしょうね。けれど、人の心とは分からないものですよ。せっかく女性初の鎮守府司令官になり、さらには代理とはいえ舞鶴鎮守府も手に入れてしまったのです。その戦は横須賀鎮守府に次ぎます。急にそんな力を持ってしまったら、その無敵感からどうしても欲をかいてしまうこともあるでしょう。自分はすごい。まだまだ上を目指すことができるんじゃないかって、自惚れたって不思議ではありません。その心の隙に周防氏が取り入ったのでしょう。それに、なんだかんだ言ったところで、彼女も適齢期の女性です。軍一筋とは言っても、若い頃の知り合いである男が当時以上に成長した姿で現れ、その優しさに接したことで、心がほだされてしまったのかもしれませんね。もちろん彼女は賢い女性ですから、騙されたわけではないと思いますけれど。力を手に入れたことで、もともとあった野心に火がついたのでしょう。一人ではできないことでも信頼に値するパートナーに恵まれれば、それも叶うと思っても不思議じゃありません。実際、それに値する魅力と力を持つ人と出会ったのですから。お互いが全力を出せば、一人では成せないことさえ成し遂げられるように思っても仕方ないでしょうね。つまり、出会うべくして出会った。行動すべくして行動したという感じでしょうか」

と、冷静に分析される。

 

「けれど、それだけで上手く行くとは思えないね。それは誰でも分かる事だと思う」

それなりの力は手に入れたのは間違いないが、世界はそんなに甘い物では無い。

「たとえ大湊と舞鶴の戦力を合わせたところで、横須賀鎮守府の戦力には及ばない。まともにぶつかれば勝敗は明らかだ。それにあなたたちだって裏切り者を放置するようなことはしないだろう? あなたたちの戦力がどの程度あるのかは知らないが、葛木提督が横須賀鎮守府艦隊だけと戦ったとしても、勝ち目は無いと思う。周防議員がどの程度の影響力を日本国に対して持っているかは分からない。政府や軍の動きを鈍らせることができたとしても、やはりジリ貧になるのは明らかじゃないのか? そして、すでに横須賀鎮守府艦隊が動き出しているんだろう……周防議員がに何かしようとする前に、艦隊戦が始まってしまうだろう」

 

「確かに、単純に戦力計算をすれば、葛木提督に勝ち目は無いでしょうね。彼女を援護するために周防議員がどれだけの戦力を動かせるかは知りませんが、たとえ各地で蜂起したところで、日本国政府にダメージを与えることができても、私たちには何もできないでしょう。あとは殲滅戦になるだけでしょうね」

勢力分布を知らないとしても、三笠が言う展開になるのは間違いない。

 

「そんなこと葛木提督だって分かってるだろうし、周防議員も当然理解しているだろう? 決して表に出ず、裏から葛木提督を操り国家を混乱させるつもりならまだ分かるが、彼の影響力によるということはすでにあなたたちに露見してしまっている。目を付けられてしまったら、今後の行動に差し支えがでてしまう。それでは意味がない。それでも構わないとの勝算があるというのか? 彼は何を思いどうするつもりなんだろう」

 

「今回の動きを見る限り、いろんなところでいろんなところと繋がっていることが想像できます。そして、おぼろげながらもいろいろな事が表面化してきています。ふふふ、驚きますよ……。私たちの知りうる所では、どうも深海棲鑑と周防氏は接触を持っているらしいです。その関係が良好な方向に進んでいるからこそ、ついに動いたのだと推測できます」

 

「そ、そんなことあるうるのか? 深海棲鑑は人類の敵なんだぞ。人類を滅ぼそうと攻めてきたんじゃないのか? そんな敵と手を組むなんてありうるのか? それは逆も同じ。人類を滅ぼすために現れた種が人類と共存なんてありえないだろう? そもそもそんな情報、どこから出てきたっていうんだよ」

あまりに突拍子もない事が出てきて、驚きでしか無い。その発想は理解できない。深海棲鑑は人類を滅ぼすために現れたと聞いている。彼らとの戦いで想像を絶する数の人が死んだはずだ。人類の仇敵でしかないはずの奴らとどうして手を組むなんてことになるんだ。そもそも、どうして信用できる? それ以前にどうやってコンタクトを取ったって言うんだ? そして深海棲鑑側だって同じだ。何の理由でかは不明だが、急に現れ人類と敵対し、滅ぼそうと動く勢力がどうして人類と手を組む発想に至るのか。

それはあり得ないという結論にしかならない。

 

「接触の始まりは不明です。何を切っ掛けに、どちらからコンタクトをとったのかも分かりません。けれど、少なくともここ数年の間に急速に関係性を深めていったのは間違いありません。日本国の警戒の隙を縫い、人的物的なやりとりが行われているようです。そして、ついにそれが実を結んだのでしょうね」

事実を淡々と述べる三笠。こんな戯言のような話でも、艦娘のトップである彼女が言うと信じざるを得なくなる。

 

「明らかな裏切り行為なのに、あなたは随分と冷静だな。……それにしても、分からない。お互いの共通利益があったから手を結んだんだろうけれど、それは一体なんだろう」

 

「そんなの決まってるじゃないですか。……私たち艦娘の排除です」

 

「いや……それは意味が分からない。何故人類が君たちを排除しなければならない? 艦娘は深海棲鑑から人類を守る切り札。実際、君たちのおかげで人類は滅亡から救われ、曲がりなりにも明日に希望を持つことができているじゃないか。もし、艦娘がいなくなったら、それこそ深海棲鑑の思うつぼだろう? 一気に殲滅されてしまう。君たちが世界に現れる前の世界に時間が遡るだけだ」

 

「そうは思ってくれない人も多いということです。いろいろと見聞きして思ったのですが、人というものは停滞を嫌います。常に現状に満足せず、新しいものを求めるものなのです。それでこそ人類が繁栄してきた理由ですからね。そして、私たちが人類に与し、今、一応の安全は確保されています。けれど、それは深海棲鑑に怯えながら、細々と生きていくしかできない。明るい未来は無く、世界はずっと鉛色の風景のままです。人はこのままでは緩やかに死んでいく未来しか見えないのでしょう。深海棲鑑に常に怯えて生きていかねばならないこと。不自由に生きなければならないこと。……それらすべてが艦娘が日本国にいるから。そう思う人が増えても不思議ではありません」

 

「? 何だそれ、意味が分からない。そんなことを考える頭のおかしい奴がいるというのか? それも一人や二人じゃ無く」

 

「当然でしょう。自分たちは不自由な思いをしながら苦しい日々を送っている。しかもそれは永遠に続きそうだ。そうであるなら変えるべきだと思うのは必然。そして、そんな生活を国民に強いているのは現政府であり日本国海軍であり、そもそもが私たち艦娘のせいだ! という結論になるんでしょう」

 

「いつの間にか敵と味方が逆転しているじゃないか。多くの人が亡くなったことを忘れてしまったっていうのか? 日本国を守るために艦娘がどれほどの苦労をしているか忘れてしまったのか。まるで人間が馬鹿みたいじゃないか」

 

「冷泉提督のような方ばかりだといいんですけれどね。なかなか難しいものです。私たちがさっさと深海棲鑑を殲滅すればいいんでしょうけれど、そうそう簡単に事は進まないものなのです。私たちも無尽蔵な兵力をもっているわけではありませんし、様々な制約があるのです。……たとえあなたであっても、これは言えないのですが」

と、意味ありげなことを明かされる。彼女たちの秘密とは一体何なのか。気にはなるが、今はそれ以上にやっかい事だらけだ。

「日本国を取り巻く状況は、とても複雑で厄介です。敵は深海棲鑑というシンプルな構図にはならないのです。暗躍する周防氏もそうですが、日本国は一枚岩になれないまま、今に至っています。軍は海軍と陸軍でいがみ合っていますし、海軍の中でも様々な派閥があり、隙あらばと策を練り合っているようです。それに舞鶴鎮守府に混乱をもたらせた永末氏の行方はいまだ不明なまま。彼が艦娘を連れてどこに逃げおおせたのか。彼がどうやって舞鶴の艦娘を掌握できたのかも不明なままです。それだけではありません。せめて実戦部隊である鎮守府がまとまってくれればいいんですけど、大湊はあんな状態ですし、西の二人の提督だって、はたして日本国のために戦っているんでしょうかねと思う事が多いです。実際、何か思うところがあるようですし。ただ、明確に尻尾をつかませるようなヘマはしないという狡猾さがあるので軍部は気づいていないみたいですけれど。ふふふ……何やかんやと二人はいろいろとコソコソやっているようです。舞鶴鎮守府の内乱も、どうも彼らが間接的に関わっていたようですよ」

 

「何だって? 」

思わず声を上げてしまった。多くの死者を出し、二人の艦娘を死なせたあの事件に呉と佐世保の提督が関わっていた……だと? 

それが事実なら……。冷泉は心が細波立つのを感じた。

 

「そんな怖い瞳をしないでください。……今、こちらでそれは調査中ですから、何か分かりましたらお教えしますよ。それにしても……海軍は無意味な権力争いばかりしてばかり。どうしてあんな無能連中しかいないんでしょうか? 」

と三笠が愚痴をこぼす。おそらく本心からではないのだけれど、呆れているのは事実だろう。

 

「二人の提督が事件に何らかの関わりがあるというのなら、それを軍に伝えたらどうなんだ? 」

と、冷泉。

 

「まあ、そう言われればそうなんでしょうけど、それはあなたたちの日本国の問題ですからね。私たちが積極的に動く意味は今のところ、あまり感じられないんです。それに明確な確証はありませんからねえ。しばらくは様子見、泳がしておく方がいいと思っています。提督はご不満かもしれませんけど」

 

「けれど、艦娘二人が犠牲になったんだぞ。様子見なんかでいいのか」

あまりに危機感のない発言に冷泉が苛立ったように反論する。扶桑と不知火が轟沈したことを思い出し、胸が苦しくなる。

 

「うーん、私たちから動くつもりはあまりないです。提督は事実をお知りになりたいんでしょうね。でしたら、ご自身で艦娘を問いただせばどうでしょうか? 私たちの立場としては、鎮守府に所属している艦娘については、すでに私たちの支配下を離れ、日本国海軍に引き渡されています。そして、現在は各鎮守府提督の指揮下にあるのです。私たちがどうこうできるものではないですからねえ。越権行為だと思いますし、日本国との関係がこじれてしまうかもしれませんから。少なくともあの二人が裏でこそこそやっているのが事実だとしても、彼らでは日本国をひっくり返そうなんて大それたことを考えてなんていませんよ。そんな大きな野心なんて持ち合わせているわけがありません。老いぼれた小心者でしかありません。自分の欲望を満たし、それなりの生活ができれば満足。それにそんな能力も無いのは、提督もご存じでは? あ……もちろん、あなたの前任である高須提督が生きていて、彼らと裏で繋がっていたとしたら、また話は違ってくるんでしょうけれどね」

どこまでが本当でどこまでが嘘かはっきりしない物言いで、意味深な笑みを浮かべる三笠。もしかすると、周防や葛木の反乱でさえ、三笠にとっては想定内なのかもしれないと思うと、正直底知れぬ恐怖というか、どろりとした不安が冷泉の心に広がり、心を硬直させていくのを感じた。

「どうかされましたか? 」

呆然と三笠を見たまま黙っている冷泉を不審に思ったのか、三笠が問いかける。

こんな風になったのは、誰のせいだというのだ。文句の一つも言いたくなる。


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